06 魔石の活用
2020/12/30 改稿
町に戻り、アイテムボックス内の整理に半日を費やした。
赤いドラゴンのボディは、飛竜船を作る材料になるらしいので、そのままとっておく事にした。ギルドを通して売る事は出来そうだけど、さすがに足がつくし、そんなに金が必要なわけじゃない。
町から三キロ程離れた場所で赤いドラゴンを出す。
腹を割って、胃袋を切り開いたら、人間も含めた大量の骨が出てきた。人間は数人程度だったけど、かなり大きめの魔獣と思える骨が多かった。
そのためか、八つの魔石が見つかった。これはだいぶ得をした。
大きさ的にも金貨百枚分にはなりそうな石が八個だから、魔導書作りの練習や研究にも事欠かないだろう。
赤いドラゴン自身の魔石も三つ有った。でも、飛竜船に二つ使うし、一番小さな石でも、俺の頭ぐらいはある。授業で使う銀貨五枚の魔石がビー玉ぐらいなのを考えると、これも一般に流せる物じゃない。
なにより、俺の静かな生活のためには絶対に流せないしな。
使えるのは、胃袋にあった、哀れな犠牲者の魔石ぐらいか。それでもちょっとしたリスクがあるけど、それは目をつむろう。
大きく穴を掘って、犠牲者を入れた。そして、埋める前に成仏を願おうとしたんだけど、適当な文言を知らなかった。そこで、神聖魔法の浄化を掛けてから、手を合わせて冥福を祈った。
家族や友人の弔いを受ける事もない場所で、祈るのが今だけ、俺だけ、って事なんだけど、我慢してくれと祈る。ゴーストになって迷い出る事も不幸な話しだし、しっかりと成仏して、あの世で幸せになってくれと願う。
この世界にあの世があるのかは知らないけど。
そして、土を被せると、そこが墓だという事は誰にも判らなくなった。
心に区切りを付けてからドラゴンをアイテムボックスに入れ、魔石は別口でアイテムボックスに格納。
ついでに、誰も居ない場所だという事で、実験もしてみる事にした。
丁度魔石も手に入ったんで、魔石を使う術を試してみようと思うんだよ。
まず、適当な魔石を地面に置いて、召還、従属魔法の項目から、「開け! 塵芥に仮初めの命を吹き込み従僕とする呪文」と声にすると、手の平の基礎魔導書の目的の頁が開かれ俺自身の魔力が抜け出ていく。
「ゴーレムメーカー!」
ゴーレムメーカーは土から人形を作り出し、それが命令を聞いて動いてくれる従僕にする魔法だ。
タイプとして戦士、獣、小人、壁型、とかの型があるが、特に指定しないと通常型でもある万能型になる。力も素早さもあまり無いけど、器用さと理解度は一番だから、普段の仕事を手伝わせるのには一番いいと書いてあった。
身長は俺と同じぐらいで、ゴーレムのイメージとはかけ離れて、ヒョロヒョロな体型だ。生活の中で掃除とか荷物整理とかさせるのなら、こういう体型の方が便利って事なんだろうな。
走らせたり、腕立て伏せをさせたり、砂の城を造らせたりしたが、そこそこ器用にこなしていった。
魔導書に書かれた注意点は、あまり長時間作動させたままでいると、ゴーレムに自我が生まれて、制作者に反旗を翻す事がある、と書かれていた。
それはそれで面白そうなんだけど、俺が悪目立ちする可能性が高いので、実験が終わった時点でゴーレム魔法を解いて土に戻した。
魔石を回収してアイテムボックスに入れる。でも、一応、他の石とは区別しておいたのは俺がチキンだからかな。
その翌日は久しぶりの学院。たった数日空いただけなのに、かなり久しぶりに感じるのは、命がけの戦いがあったからだろう。あれは、うん、思い出したくもないね。忘れていよう。まぁ、ドラゴンの素材はしっかり使うけどな。
今日は、後ろのドアに仕掛けがしてあった。なんと、黒板消しが落ちてくるようにしてある。
だ、第四とは言え、王族なんだろう? 大丈夫か? この国?
前のドアには何もされていないので、そっちから悠然と入室。もの凄く悔しそうな第四王子の顔が面白かった。
今度は、第四王子とはかなり離れた席に座る。きっと、投げる物を色々用意していると思ったから。案の定、それも悔しそうだった。
今日の授業は、通しで生活魔法の魔導書を作る事。手順としては、何も書いていない羊皮紙の頁を挟んだ、術式を組み込んだ表紙の本を用意する。そこに魔石を組み込み、本自体に魔力が浸透したら、各頁に本の魔力に馴染む魔力で魔法術式を書き込んでいき、最期に目次を書いて完成。
特に誰でも使えるようにするため、本自体に管理を行う人工精霊などは組み込まない。
本の管理をするモノが居れば、魔石からの魔力を効率的に使えたり、契約した者じゃなければ本を使えないようにするとか出来る。俺の持つ本みたいに、頁を開かせたり、失った頁を探す事も出来るってわけだ。
本の制作者によっては、その管理者を極悪な悪魔にさせたり、魔獣にさせたりしている。その場合、契約が困難だし、死後の魂と引き替えの契約、なんてものもあるらしい。
今は、そんな魔導書を作れる魔導書使いや魔法使いが居なくなったので、普通に出回る魔導書に危険なモノはほとんど無いという事だった。
少ないだけで、無い事は無いらしいけどな。
今だと、王宮内の秘蔵宝物庫あたりに、誰も使えない魔導書として保管されている数冊があるという噂だそうだ。おそらく、国王自身も詳しい事は知らないはずだと教師は言っていた。
もしも本の内容を記した目録が無ければ、契約した魔導書使い以外に内容は確かめられないんだから仕方ないんだろうな。
とにかく、今日は一番簡単な魔導書を作る経験をすることが大事だ。第四王子とも、それで席を離したわけだし。
そして、教師が大荷物を持って教室に入ってきた。それを見て、教室の生徒は誰も動かない。さすがは貴族様だ。
俺は走って、扉の所まで行き、荷物を支えて教壇まで誘導した。
その教師は手伝ってくれた事に驚いていたが、それが俺だと判ると納得していた。
俺が席に戻った所で授業開始。名前を呼ばれた者がそれぞれ今日の教材を取りに行き、それぞれの手に、本と魔石とインク瓶とペン、さらに膠とロウソクと金属製のスプーンが行き渡った。インクには魔石を持つ魔獣の血が入っているそうだ。ペンはそういうインクを使いやすいように、ちょっと大きめのペンになっている。
俺としては、これなら筆を使った方が書きやすそうだと思ったけど、始めはスタンダードに行うのが間違いがないだろうという事で、このままやってみる事にした。
まぁ、この世界に、ペンキを塗る刷毛はあっても、筆は無いんだよなぁ。刷毛を作る工房に、特注で頼んでみるか、刷毛を買って、それを素材にしてアイテムメーカーで筆を作るか、後で考慮しよう。魔獣の血も、赤いドラゴンの血でも使ってみようとも思っている。まぁ、内緒で、表に出せない物になるだろうけど。
まず、表紙に魔石を埋め込むための紋様を描く。この本の表紙は、薄い木の板が挟んであって、それを表紙の布が包み込んでいる形になっている。本来は木の板をしっかりと布が膠で張り付けられているんだけど、木の板に紋様を描くために、布は貼り付けられていない。一緒に渡された膠は、魔石を仕込んだ後に、布を貼り付けるための物なんだな。
魔石を組み込むための紋様は木の板に直接描く。そのため、書くのに失敗したら、板を交換する事になる。教師の教壇の上には、そのための予備が積まれていた。失敗もあらかじめ組み込み済みなんだなぁ。
書き込むための紋様は既に教えられている。教科書に書かれた紋様を正確に書き写さなければならない。良くあるのが円形だ。俺としてはコンパスかテンプレートが欲しくなった。
そこで、日用品の店で買った布の端をほぐして糸を取り出す。後は、使っていない普通のノート用のペンと、魔獣インク用のペンを糸で結んだ。結ぶ距離が調節出来るように、結ばずに、グルグル巻きにしただけだけど。
第四王子から一番遠い、教室の端の位置だから、隠れて作業するのが楽だった。
そして、教科書の手本を見ながら、即席コンパスで円を描く。
うん、完璧。始点と終点がしっかりと合わさった。
魔石を組み込む紋様だから、やたらと書き込む内容が多い。
今度は、ノートの一頁を切り取り、がっちりと折っていき、即席の定規を作った。
即席コンパスも使って、正三角形の頂点に印を付け、間違いないように図形を書いていく。それが終わったら、今度は術式の紋様。
これは、生活魔法用だから、特に凝った物じゃなく、誰でも簡単に使える物にした方がいい。
そこで、教科書通りの術式を描き、その周りに、魔石の効果を上げる祝福の文字と、魔石から術者に魔力が逆流しないようにするための、魔力弁と呼ばれる術式を追加しておいた。
まぁ、これが失敗したら、また始めから作り直すだけだ。
次は、この紋様へと魔石を組み込む。
組み込むと言っても、物理的に押し込むわけじゃない。この紋様の上に魔石を置いて、描いた紋様に魔力を通すと、まるで溶けるように紋様の中に染みこんでいく。と、言う事になるらしい。
で、早速やってみる事に。
推定銀貨五枚程度のビー玉サイズの魔石を置いて、魔獣の血のインクで描いた紋様に魔力を流す。
この作業が出来て、初めて魔導書使いと名乗れるんだそうだ。
初めて挑戦する生徒は、かなり緊張する作業だそうだ。これに、自分の適性が判断されてしまうわけだから。まぁ、始めの入学の時に、ある程度の適性が無いと入学出来ない、ってのがあるから、本来は問題ないんだろうけど。
俺は、特に緊張する事もなく、魔力を流し込み続けて、あっさりと魔石を溶かして組み込んだ。
まだ、どの頁にも魔法は描かれていないけど、しっかりと手応えは感じる。追加の術式も上手く機能しているようだ。
次にするのは、目次の頁を飛ばしてから、目的である生活魔法を書き込んでいく事。
この本には、もともと十頁しか無いから、目次を飛ばしても八頁分しか書き込めない。一番始めの頁には、生活魔法の魔導書、というタイトルと、制作者である俺の名前を入れる事になっている。二頁目に目次。三頁目から魔法術式だ。
個人によっては、この三頁目は何も書かない、っていう酔狂人も居るらしいけど、生活魔法程度で、そんな洒落てもしょうがないよな。
俺は、爺さんから貰った基礎魔法の魔導書を参考に、生活魔法を書き込む事にした。
と、言っても、術式はここの教科書に準じた簡単な物。少しは補助を入れるけどな。
もし、後半の授業で、術式の発展系や、補助系の課題が出されたら困っちゃうからなぁ。大事な物は、しっかりと引き出しにしまっておかないと。
爺さんの魔導書を参考にする、というのは、術式を描いた後、その下に術式の説明と、はっきりとした効果、さらに注意点を書いておこう、というもの。
俺にこの魔導書は必要ないから、これが誰かの手に渡った時に、安心して使える物にしておきたかった。
そんな事を考えながら、まずは水の術式を二つ。氷の術式を一つ。凍らせた物を、傷めないように解凍するための術式を一つ。点火のために、五秒ほど強い炎が出る術式。魔力を注ぎ込めている分だけ、ずっと炎が出る術式。桶や、風呂の水を湧かすための術式。そして、濡れたモノを乾かす術式を書き込んだ。
本当はもっと入れたかった。けど、八頁だと、どうしてもこんなモンだよな。
どんな術式を一冊の本に入れるかも、魔導書使いとしての力量になる、と言っていたからなぁ。
あとは、各頁に術式の説明と注意点を入れて、目次に八頁分の呪文名と説明文を入れた。
本を手にとって、魔力を通してみると、各頁ごと、しっかりと魔力が通るのがわかった。
最期の作業は木の板を表紙の布で覆って、膠で貼り付けるだけ。この手の張り紙工作って、子供の頃からやってるから、この世界の連中とは経験の差が出そうだな。
ロウソクに生活魔法の本を使って火を灯し、金属のスプーンの上に膠の塊を置いて、ロウソクの火で炙る。溶けた膠を使って布と木の板を張り付けていく。膠が冷めれば完成だ。
手を挙げて、教師に出来上がった事を伝えると、教室中の注目を集めた。午前と午後で通しでやる授業だったのに、まだ昼前で終了、ってのはやりすぎたかな? でも、単なる作業だからなぁ。
とにかく、出来上がった本を教師の所に持っていって、評価してもらう事にした。
教師は、その出来栄えに驚き、その使いやすさに驚いていたようだ。俺も頑張った甲斐があった。
「わたしはしばらく席を外すが、皆はそのまま作業を続けるように。ああ、君も自分の席で待っているように」
そう言うと、俺の本を持って教室を飛び出してしまった。
教室の中は、皆、必死に本を作っているため、あの小太りさえも静かだ。俺は席に戻り、ちょっと不満の出た生活魔法の魔導書の構成を考えてみた。
やっぱり、八頁ではとてもじゃないけど足りない。
水の方はピュアウォーターだけでも良かったかな? でも、洗濯や庭の水やりにまで関わるのだから、使い分けは必要なのかも知れない。
火は、点火と継続、そして風呂沸かしで充分だろう。
凍らせるのと解凍は欠かせない。桶に水を入れて凍らせれば、冷凍保存じゃなく、冷蔵保存も可能だし。
濡れたモノを乾かすというのは、実は薬品を煮詰めるのにも役立つモノなんだけど、おそらく洗濯物を乾かすだけの使い方しかされないだろうな。
そして、入れたかったけど、省いたモノに、治療魔法がある。ギリギリ、あの魔石では役立たずだったし、使う方も、結構な魔力を持って行かれるから、ちょっと危険なモノではあるんだけどな。
でも、少ない魔力でも、出血を抑えたり、ショック死から救う事はできそうな気がする。だから、非常時用の緊急対応として掲載するのは、人の生活にとっては必要不可欠なんじゃないかな。
この世界、医者はいるけど、馬鹿高い治療費の割に、やってる事は民間療法に近い頼りないモノばかりらしい。中には魔導書使いの医者も居るらしいけど、それこそ割高で、ほとんどが貴族のお抱えだそうだ。
あとは風関係。一定時間、意図した方向に風を流し続ける、というのは、真夏には嬉しい機能だよな。桶に水を入れて凍らせ、そこから風を発生させれば、涼風機のできあがりだ。但し、火に対して行うと火事の原因になるから、暖房には向かないけど。
あまり生活魔法と言えるかどうか判らないけど、他にも銀貨五枚の魔石で使える魔法も色々ある。
望遠鏡とか、声の拡大、ドアや箱の鍵の魔法、数時間灯り続ける灯りの魔法は、ロウソク屋を倒産させるかも。
「ぎゃあ!」
俺が物思いに浸っていると、とんでも無く汚らしい音が響き渡った。立ち上がって見てみると、どうやら小太りが魔石を組み込めないで、魔石自体も損傷してしまったようだ。
結局、あの小太りは魔導書使いとしての素質も無かったわけかな。
「おい! 誰か魔石を持ってこい!」
そんな不遜なセリフを当たり前に言う。でも、それに応える生徒は居なかった。なにしろ、他の生徒は皆魔石の組み込みは終了していて、手持ちの魔石は残っていなかったから。
本来は、教師が代わりの魔石を持っているんだが、運の悪い事に席を外していた。教師はしばらくはと言っていたので、すぐには帰ってこないだろうけど、それほど長く掛かるわけでもないはずだ。だから、少しの間待てばいいだけ。しかし、小太りはその少しが我慢出来ないようだった。
「おい! 早く持ってこい!」
失敗しても、教師が代わりを用意していてくれる、という事から、独自に魔石を持ち込んでいる生徒は居なかった。
「ベークライト様。教師が戻るまで、もうしばらくお待ちください」
あの少女がそう進言した。この中では一番上の立場なんだろうな。でも、王族と比べると、取るに足りない存在なのかな。
「うるさい! 僕はすぐに持ってこいと命令しているんだ。お前らはさっさと持ってくればいいんだ」
わがままも、ここまで来れば滑稽なんだねぇ。俺は思わず笑い出してしまった。
「な、何を笑っているんだ!」
「あ~、あまりにも子供のわがままぶりで、我慢しきれなくなってなぁ」
さらにクックックックっと笑い続けた。いや、本当に止まらなかったんだよ。
「な、なにを! お前は、我が、エルダーワード家を侮辱するというのか!」
「逆、逆。そのお偉い、エルダーワードを侮辱しているのはお前だよ。他人に笑われるようなわがまま言って騒いでいるガキなんて、エルダーワードの王族には、とてもじゃないが、相応しくないだろう?」
なんだろう? 周りから、もの凄くキラキラした目で見られているような気がする。
「お前! 僕が誰だか判っていっているわけだな!」
「たかだか、王族の四男坊だろ? それにお前、王族になる勉強をしているか? させられているのは、せいぜい二番目ぐらいまでだろ? お前に王権を譲るつもりなんて、もともと無いって事だよな。しかも剣の修行をしているか? それもしてないって事は、もう、お前には何も期待してない、って事だ。しかも、魔導書使いの素質もないんじゃ、その内、城から追い出されて、何処かの地方貴族に婿入りさせられるってのが決まっていそうだな。
ちゃんと頭を下げる練習をしておかないと、その婿入り先でも捨てられるぞ?」
言いたい事を全部言ったら、かなりスッキリした。周りの目が、今度はウルウルしてる。
実は、この教室は人数が少ない。今は俺を含めて十二人だ。例年なら三十人以上は生徒が居るらしいが、今年は王族が居るからと、来年に逃げた貴族や平民が多かったそうだ。よほど、四男坊のやんちゃぶりは有名だったみたいだ。今居る貴族たちは、嫌々入学するしか無かったんだろうなぁ。
その当人は、顔を真っ赤にして何を言うべきか考えているようだ。何を言い出すんだろうね。でも、どうせ脱線した屁理屈の嵐になりそうだから、こっちで話題を誘導してみよう。
ま、話題の誘導が出来なくても、大したこと無いしな。
「どうせ、魔導書使いの素質が無いって事で、これからこの学院にも通えなくなるんだから、もうどうでもいいよな」
「なっ!」
自分が魔石を失った事を思い出したようだ。それは、本当に魔導書使いとしての道が無い、という意味でもあるわけだ。もしかしたら、本当に城での居場所が無いのかも知れない。なのに、あのわがまま振りを直す事が出来なかったんだから、同情の余地もないよな。
「ま、魔石が有れば、魔導書など、すぐにできるわ!」
なんか、夢を語ってる。
そこで、俺はポケットから、に見えるように、アイテムボックスから魔石を取りだした。赤いドラゴンの腹から出てきた物で、握り拳よりはやや小さいというサイズの赤い結晶だ。
「もしかして、これぐらいの魔石だと、成功したとでも言いたいのかな?」
それを見て、教室中の目が魔石に釘付けになった。たぶん、金貨で百枚ぐらいの値が付くかも、という魔石だと思う。相場は判らないけど。
「な、なんだ。魔石を持っているのか。ならばすぐに渡せ!」
「いくら出す?」
「ふん。金か。いやしいやつだ。金なら好きなだけくれてやる。だからさっさとそれを寄こせ!」
「好きなだけ、かぁ。じゃあ、金貨千枚!」
「な! 何を言っている!」
「その価値がないとでも? そう思うのなら別に構わないよ。売らないだけだしな」
「そんなモノが金貨千枚など、するわけないであろうが!」
「ならいいよ。この話は無かった、って事で。もうすぐ教師が戻ってくるだろうから、今、失敗したのと同じ魔石で再挑戦してくれ」
そこで小太りは黙ってしまった。俺の席からは遠くてよく見えないが、小太りの書いた紋様は汚く、絵のセンスも丸で無い事が判った。あれじゃ、正しく書いたつもりでも失敗するだろうなぁ。
「う、わ、わかった。お前の言うとおりにしよう」
「え? 何の事?」
「ん? 今さっき言っただろう! お前の持つ魔石を金貨千枚で買うと言った事だ」
「何の事だ? それは、すでに終わった事、って宣言しただろう? 終わった事を今更言われても、どうにもならないよ」
「な、なんだとぉ?」
ショックを受けている。思わずニヤニヤしてしまう。さらに煽ろう。
「なんだ? 俺の持っている魔石が欲しいのか? なら金貨三千枚で売ってやろう」
「なっ!」
「で、殿下。恐れながら。あの魔石ですと、金貨千枚というのも、無くはない話しですが、さすがに三千枚は価値不相応です」
あの赤茶三つ編みの少女が一生懸命進言している。そっか~、千枚って可能性もあるのかぁ。まぁ、良くて五百枚、って所が相場かな。
「だ、だろうな。こいつは売りたくないから煽っているだけだろう。だが、ここでひいては王族の名が泣く」
を? おいおい、そこは引くべき所だろう? さっさと諦めて、銀貨五枚の魔石で納得して諦めろって。
「おい、お前。その魔石、金貨三千枚で買ってやる!」
「金貨三千枚。お前に用意できるのかぁ?」
「ぼ、僕を誰だと思っている!」
愚連隊じゃないよなぁ。
「でも、確証のない取引は出来ないよ。担保でも有れば別だけどな」
「なに? 担保だと? ………、おい、担保とは何の事だ?」
ガクっと来た。まぁ、商取引なんかした事も、聞いた事もないお坊ちゃんなら、当然かもなぁ。
「担保とは、同じ価値のモノを一時的に貸し出して、金銭を支払えばそのモノは帰ってきて、金銭が支払わなければ、そのモノが相手のモノになるという、金銭の取引に使われる、保証の一種です」
「? すると、僕の持つ、金貨三千枚と同じ価値のモノを渡すだけでもいいんじゃないか?」
「そうなのですが、渡すモノは、この場合、金貨三千枚以上の価値があるモノでなければならないのが通例です。それを渡すぐらいなら、金貨三千枚を渡した方がまし、というモノで無ければ、取引が成り立たちません」
「ぼ、僕の持っているモノで、金貨三千枚のモノはあるか?」
「その……、ご、ございません」
「………」
これで終わりだよなぁ。なんか、無駄に長かったような……。
「ならば、ここは、我が第四王子の権利を持って、担保としよう」
「なんだそれは。そんなもんに価値なんかねえよ!」
つい脊髄反射で言ってしまった。まぁ、事実だからしょうがないよな。次は、小太りの命令で、言う事を聞く事しかできない貴族に、無理矢理強奪させる、って所かな。派手に血が出るように傷つけつつ、判らないように治療出来ればいいんだけどなぁ。
あれ? なんか、小太りがワナワナしてる。そんなに、価値がない、って言葉がショックだった?
「ぼ、僕には金貨三千枚の価値がないだと?」
「金貨三千枚の価値の有る事が出来るのか? 国政に関わる知識があるのか? 軍務に関わる体力と技と知識があるのか? 貴族をまとめる人脈と金が有るのか? 商取引の基礎さえ無いお前に、何が出来るんだ?」
まぁ、こんな事、普通は親の庇護の元に育っている子供に言っても意味のない事なんだけど、大人びたいガキにはいい薬だろう。
早く教師が戻ってこないかなぁ? これ以上は取り返しのつかない所へ飛んで行ってしまいそうだ。
そして、小太りは力無く座り込んでしまった。
もう、反論の余地は無いと諦めたんだろう。でも、まぁ、他の貴族の生徒に強奪させるとかが無かったのは、褒めてもいいかも。本来なら当たり前の事なんだけどな。
そこに、ようやく教師が帰ってきた。教師は俺を見つけると、急いで近寄ってきた。
「すまないが、一緒に来てくれないかな?」
なんだろう?
「えっと、構いませんが、あそこで、魔石を壊してしまった生徒が居るので、ちょっと見てやってはくれませんか? どうやら、術式の書き方が下手なのが原因みたいですが」
俺がそう言うと、教師は時間が惜しいとばかりに小太りの所へ行き、「確かにこれじゃ、失敗して当然だな。もう少し綺麗に書きなさい」と言って、板と持っていた残りの魔石を全て渡してしまった。
それほど、早く俺を連れて行きたい?
本当に手を引っ張られて、連れて行かれてしまった。
連れて行かれた先は学院長室。
入って、入学の時に会っただけの学院長と、挨拶もそこそこにお願いされる事になった。
「つまり、この生活魔法の書式を、今後、この学院で使わせて欲しい、と言う事なんだ」
初老という感じで、体格もいい学院長に頭を下げられてしまった。応接セットの低いソファで、学院長の頭の天辺の薄い所を見せつけられても困ってしまうだけなんだけどな。
「でも、そんな珍しい事を書いた覚えは無いんですが?」
「うむ。君にとっては珍しく無くても、我々には、最近では稀に見る革新であるのだ」
要は、この術式は、珍しくて効率もいいけど、今まで誰も、これを構築出来なかった、っと言う事らしい。俺にとっては、答えを見てから問題を見ているような感じだから、気が付かなかった事なんだろうな。
「まぁ、話しは判りましたが、それなら、あと二頁、追加して欲しい魔法があります」
「ほう。是非とも聞かせてくれ」
「一つは風です。ある場所から、もう一つの場所へ流れる、という風をある程度継続で起こさせる魔法」
「うん? 確かに、風なら比較的簡単に起こさせられるが、頁を少なくした方がいい生活魔導書にとっては、載せる意味があまり無さそうなんだが?」
「例えば、火事の時は煙を誘導して外に出す事で、煙に巻かれる危険が減ります。まぁ、これは、災害救助を担当する魔導書使いが行えばいいだけですけどね。
もう一つは、家の窓から、別の窓へと風を流してやるという使い方です。夏の暑さの中でなら、風が通る事で快適に過ごす事が出来ると考えます。そこに、同じ生活魔法で氷を作って、その氷を通るような風を吹かせて、家の中を巡らせば、猛暑の時も快適に過ごせます。
これこそは生活魔法と言えると思います」
「な、なるほどな。冬場は、まぁ、別として、夏場の暑さは、それでかなり改善出来そうだ」
「そして、もう一つの魔法は、治療魔法です」
「治療魔法? だが、それは、今使っている魔石では、とてもじゃないが発動出来ないぞ?」
「俺が試した所、銀貨五枚で売っている魔石でも発動しました。ですが、確実を期すためには、銀貨十枚から二十枚ぐらいの魔石で作って貰いたいです」
「そ、それは、なぁ……」
「確かに銀貨五枚の魔石を使った魔導書でも、各家庭の負担は大きいでしょう。ですが、一冊有れば当分使えるわけですから、実際の負担はそれほどでも無いと考えます。そして、何よりヒールが使えれば、医者にかかれない家でも、ある程度の怪我を治す事が出来ます。医者に掛かる金が無いために、折れた腕をそのままにして、曲がったまま動かなくなった腕を抱えた人も多くいます。
各家庭の個人がヒールを使っても、それほど強力な魔法にはなりません。大きな怪我をしても、止血ぐらいしか効果がない、と言う場合もあります。ですが、皆で寄り集まって、数人掛かりでヒールをかけ続ければ、今までは死ぬしかなかった人が命を長らえます。
これは、是非とも入れておくべき魔法だと思います」
学院長は、天井を向いて何かを考えていた。
しばらく、誰も何も言わない時間が過ぎた。そして、学院長が顔を降ろしてこちらを向いてきた。
どうやら泣いていたようだ。
「すまない。どうも、年をとると涙もろくなってねぇ。確かに君の言うとおりだ。使えるかどうかじゃなく、備えがあるかどうか、だけでも、大きな違いになるだろう。金が無くて医者にかかれない、などというのは、庶民だけではなく、貴族の一部にも居たりするのだよ。これは、うん。確かに必要なモノだな」
俺をここに引っ張ってきた教師も、泣きそうになりながらうんうんと頷いている。
「治療魔法の本が一冊、集落に有るだけでも、貴重な人材が失われる事も少なくなるでしょう」
「そうだね。でだ、この本と、その治療魔法を組み込んだ本についてだが、君にはどのような報酬を支払うべきかを考えたいのだが」
「ああ、それですか。えっと、俺としては金は要りません。稼ごうと思えば稼げますし。ただ、学院が所蔵している魔導書を閲覧する許可が欲しいです。魔導書と、そして解説書、もですが」
「それだけでいいのかね?」
「充分です。ただ、ヒールが広まると、治療院や医者から文句が来そうなんで、それをかわす役割をお願いしたいと言うのも追加で」
「はは、なるほど。それは引き受けよう。生活魔法レベルのヒールで客を取られるような藪医者は、一度学院に入り直せと言っておくよ」
「お願いします。俺は、これから帰って、生活魔法十頁の魔導書をばらしたまま作ってきます。明日には持ってくるので、それを見て更なる予定を考えてください」
「判った。君の作る風とヒールの術式を楽しみにしているよ。魔力の弱い者たちでも、大きな効果を期待出来そうだからね」
ちょっとプレッシャーを掛けられてしまった。
そして、一度カバンを取りに教室に入ると、小太りの周りを、文字通りに取り巻きが囲んでいた。
どうしたモノかと覗き込んでみると、どうやらきっちりとした円が描けないようだった。魔法の紋様は円が基本だから、それが掛けないのは魔力的素養以上に致命的な欠陥だろう。
赤茶三つ編みも色々アドバイスしているようだけど、そもそも腕の力が弱い小太りだから、一点で支える事も難しいって事らしい。
「しょうがないな」
そう言って近づく。
「おい、普通のペンと、魔獣インク用のペンを出せ」
と小太りに命令する。既に心は折りまくっているから、素直に二本のペンを差し出した。
そこで、布をほぐして取った糸を出し、普通のペンにはしっかり結びつけ、魔獣インクのペンには巻き付けただけで距離を調節すると説明し、小太りと皆の見ている前で、ペンを中心に立てたまま円を描いて見せた。
「糸の長さが変わらないようにしてやれば、中心からの距離は変わらない、ってわけだ」
さらに、小太りのノートを破ってきっちりと折りたたみ、簡易直線定規を作る。
ノートの方にだけど、簡易コンパスで円を描き、定規で円の頂点部分から中心を通る縦線を薄く入れる。そして、円の下側と中心に入れた直線の交わる所を中心にして簡易コンパスで上だけの半円を描く。
後は、半円と元の円との交わった所と、円の上の頂点の三カ所を結べば、正三角形のできあがり。
小太りにもう一度やって見ろ、と言うと、素直にやり始め、見事に綺麗な円と正三角形を描いた。
「じゃ、頑張れよ」
と言って教室を出ようとした時には、他の連中もペンに糸を巻き始めていた。やっぱ、テンプレートぐらい有った方がいいんじゃね?
俺の提出は終わったんで、堂々と教室を出られる。まずは、商業区画の方に行って、魔石集めだ。俺が既に持っている魔石だと、一般家庭向きの生活魔法には向かない。出来るだけ安くすませないとな。でも、最低限の能力は必要だから、そこをどうするかで悩む。
この世界は魔石文化と言える技術の上に成り立っている。
町を覆う外壁には、魔石が埋められ、その力を引き出す魔法の術式が書かれている。そのおかげで、ごく一般的なドラゴンであれば、問題なく攻撃を弾く事が出来るらしい。
町の至る所に井戸があるが、あまり水量が無く、一カ所で多く使うと、他の所でも水量が減るらしい。そこで、水を発生させる魔法の道具が町の至る所に作りつけられ、そこがわき水の水場のように整備されている。一部の宿や商館などの限定だけど、水道を通して、そのわき水を引いている所もある。
数は多くはないが街灯もある。個人でも、小さな灯りの魔法の道具があり、酒場などの夜にも営業する店などで重宝しているらしい。
それら全てには、魔石が使われており、長く使って行くと魔石も小さく減っていくので、定期的に取り替える必要もある。
そのため、魔石の取引は常に賑わっている。
生活の至る所に魔法の恩恵を受けているんだけど、最近はそれを作る技術者が減っているそうだ。ぶっちゃけ、この国には一人も居ない。
魔導書の技能を教える学院がある都市なのに、魔法を使った道具が壊れたら、それを修理する技術を持つ者が居ないと来ている。
これは、この都市だけの話しじゃなく、この世界全体の傾向らしい。
魔導書使いの技量が下がったため、とか、魔法の道具を扱うドワーフが居なくなった、魔法の道具を扱う店が閉まったために誰も修理出来なくなった、などと言われているが、基本は油断していた、というのが事実らしい。
今使っている魔法の道具が完全に壊れたら、それで破滅する王国も少なからずでるだろうと予想もされている。
本当に、なんで魔法の技術が失われたんだろうなぁ。
そんな事を考えながら歩いていると、商業区画内の、自由市場の場所に到着した。
魔石や魔法の道具を売っている露店を冷やかしてみる。露店のモノはあまり信用出来ないモノが多いけど、極々たまに大当たりがある、って事でそれなりの魅力は持っている。
俺の知っている魔石ってのは、今日使った銀貨五枚程度の魔石と、赤いドラゴンの魔石と、腹の中で消化されかかっていた魔石だけだ。
魔石を見る目が有るわけじゃない。
一通り露店を冷やかしたけど、やっぱり露店で買う勇気は無かった。
そこで、しっかりとした店を出している所へと向かう。この時は知らなかったけど、店を探す場合はギルドに相談するといいらしい。町の中の店の情報もギルドに入るし、特に悪い噂は確実に回ってくるそうだ。
まあ、そこまで大きな買い物をするつもりも無かったけどな。
そして入った店は、まるで駄菓子屋みたいだった。
大きな瓶や横置きにしたような棚に魔石が飴玉のように放り込まれていた。
ビー玉サイズは、案の定銀貨五枚。これが相場ってやつなんだな。だとするとこの店は信用出来る方なのかな。
ビー玉の半分ほどの、丸くもない石のかけらみたいな魔石もあった。魔石の欠片、と書かれている。一つ当たり銅貨二十枚。五個買って銀貨一枚かぁ。
これがどう使えるか判らないので、銀貨五枚分、二十五個買った。そしてビー玉サイズを十個、銀貨五十枚。そして、ビー玉の三倍ぐらいの銀貨二十枚のを二十個。ビー玉の二倍ぐらいの銀貨十枚のモノを十個買って、合計金貨五枚と銀貨五十五枚のお買いあげ。
店のお婆に、魔導書作るのに必要な何も書かれていない本は何処で手に入るか聞いた所、この店でも売っていると言う事で、十二頁モノを十冊。五頁モノを五冊。三十頁モノを二冊買った。
更に、インクやペンも購入。魔獣の血は必要ないと言って、メモや練習用の羊皮紙も購入。これで全ての準備は出来たはず。
一応、日用雑貨の店で、刷毛と、木の板、膠、ロウソクと更なる布きれも買ってきた。
そして、宿に戻り、シークレットルームの書斎に籠もった。
まずは、アイテムメーカーで刷毛を素材に筆を作成。ちょっとごわつくけど、問題ない。そして、木の板で定規と一定距離ごとに筆を通す穴を開けた簡易コンパスマークツー。
準備が出来た所で、まずは学院の生活魔法の魔導書を作っていく。
一番始めには、銀貨五枚の魔石を組み込んで。二番目には銀貨十枚の魔石。三番目には銀貨二十枚の魔石。全部に魔法の紋様を入れるのは手間取ったけど、一度はやらないとならない作業だと割り切ったら、けっこうあっさり出来た。
三種類を使ってみたけど、銀貨五枚の魔石だと、ヒールが上手く働かなかった。無理に使ったら魔導書がバラバラになってしまった。
爺さんの気持ちが判った気がする。推定だけどな。
銀貨十枚の魔石だと、バラバラになる事は無かったけど、それでもヒールの効率は悪い。銀貨二十枚のモノで、ようやく普通に使えるようになった。
次は、変則的だけど、魔石の欠片を十個使う形式を試す事にする。
これは強化、干渉魔法にあった、肉体的な力を増幅する術式にあった、複数の術式をまとめるやり方を参考にした。
増強魔法って、単純に全身に掛けると、体がバラバラになるそうだ。単純に筋力を等倍に増やしてやればいいんじゃね? と思ったけど、筋肉を動かしているゴーストが対応出来なくなるらしい。
ゴーストってのは、例えば腕を伸ばして、先にあるモノを取ろうという作業を行う場合。意識は手の平を目標物に向かわせているだけだけど、実際には腕にある全筋肉を、それぞれ適量に動かすように調整している隠れた意識のことだそうだ。
もし、体を強化したければ、このゴーストの調整力に合わせた増強でないと、腕が逆に曲がるなんて事もあるそうだ。
そのため、強化の術式は、ゴーストを中心にした、錬金術の、生命の木に似た形をしている。もしかしたら関係もあるのかもな。
その生命の木の各所に、小さな魔石の欠片を十個設置し、その木を中心にした魔石組み込み術式を展開させた。
ほとんど思いつきだけどね。
そして魔石を本に組み込み、本全体に魔力を通した。
結果は、本が燃え尽きました。
なんで?
ちょっとショックだ。ここまでは上手くいっていたような流れだったのに。
ぼーっと魔石を眺めながら、失敗の原因を考える。すると、何となく見えてきた。それは、魔石の色。
皆、似たような色だったため、気にならなかったけど、魔石の色はバラバラだった。
そこで、俺はシークレットルームを飛び出し、宿屋を飛び出し、全速力で魔石屋へと向かった。もう、夕飯時を過ぎた時間で、既に閉まってるっかも知れない。それでも、一縷の望みで駆けつけた。
そして、店の戸締まりをしていた婆さんを見つけた。
なんとか拝み倒して、魔石の欠片を見せて貰った。やっぱり、色がバラバラだ。これは、同じ色で統一した方がいいのか、それとも、設置する場所ごとで、色を変えた方がいいのか、正解は判らない。
なら、全部試すしか無い、って事で、大きな瓶に入っていた魔石の欠片を、丼勘定の金貨二枚で全部引き取る事にした。
かなり呆れられたけどな。
そして、宿に帰り、時間も時間なので夕飯を貰ってから、再びシークレットルームの書斎で実験を始めた。
魔石の色は、赤、青、黄、緑、茶、白、黒があるけど、中には虹色みたいなモノや、見る角度で二色に見えるモノもある。
まずは、同一色だけで試してみた。すると、欠片十個なのに、銀貨二十枚と同じ効果が出た。
いきなり目的を果たしてしまいました。
これだけではつまらないので、各色で試した所、色によって術の効果に違いがある事が判った。
白系統はヒールの効果が上がった。
赤系統は火の効果。青は水、黄色は風だった。
緑や茶色、黒は全体的に効果が弱かったような気がするのは、植物系や大地系の呪文じゃなかったためだろうか?
黒は何だろう? 闇系? まぁ、生活魔法には関係無さそうなんで、今は保留にしておこう。
しかし、白の魔石の欠片だけでヒール本でも作った方が捗るかな?
今の相場だと、魔石の欠片十個で銀貨二枚。銀貨二十枚の魔石の本と一緒というわけにもいかないような気がする。
で、結局はヒールは生活魔法から外した。これで、今まで通りに銀貨五枚の魔石で作れるわけだしね。そして、ヒールは白の魔石の欠片を十個使った形式で「ヒール」「キュアポイズン」「マウスフリックアウト」の三つを入れて治療系魔導書として整えてみた。
マウスフリックアウトは、ネズミを追い出す魔法だ。ネズミは、黒死病だけじゃなく、ネズミに付く蚤やダニも病気の原因になるし、貴重な食材を食い荒らすから追い出すという魔法はかなりの需要になると思う。
生活魔法の方は、風はそのままに、「モスボール」という虫除けを追加した。
生活魔法の魔導書は完成品が二冊。表紙を膠で貼り付けていないモノを二冊。治療系魔導書も、同じように二冊ずつ作って、布で一まとめにしてからアイテムボックスに放り込んだ。
これで、仕事の一つが終わった。
今度はギルドマスターに渡す方。
こっちは、契約しないでも使える形式にしつつも、けっこう強力な術式を使用しないとならないので、赤いドラゴンの腹に入っていた魔石を使う事にした。
まぁ、魔石だけで金貨五百枚ぐらいの値が付くだろうけど、それだけの価値を理解していて、金を持っているギルドの事だから構わないだろう。
生活魔法の魔導書と同じ術式で出来上がってしまったのは、ちょっとしたお茶目かな。俺は、この術式の構築で数日以上悩むと思っていたんだけどなぁ。
で、ギルマスへ渡す魔導書は、アイテムボックス作成、拘束型契約魔法、そして、任意の相手に念話を送る魔法の三つ。
任意の相手と言っても、あらかじめ登録しておかなければならないんだけど、登録しておけば数人の中から相手を選んで念話出来る魔法だ。たぶん、十数人と同時に会議するくらいは出来るとは思う。
まぁ、この三つだけでも、かなり喜んでもらえるだろう。
問題は、これでしっかりと機能するかどうか。俺がやって出来てもしょうがないんだよな。ギルマスが俺抜きで実行して、初めて成功って事になるわけだ。さっそく、明日にでも持っていって、試してもらおう。駄目ならすぐに手直ししないとならないからなぁ。
それと、ギルドの冒険者が持っていく生活魔法の魔導書も考えてみた。
例えば、ダンジョンに潜るのなら、灯りの魔法は必須だし、聞き耳の魔法も欲しいよな。望遠鏡も有った方がいいし、眠気覚ましや時間を知る魔法も必要だ。
時間を知る魔法ってのは、単に太陽が今、どのくらいの高さにあるか、というのが判るだけだけど、おおよその事でも判った方が便利なはずだ。
ダンジョンの攻略に便利なモノも色々有るんだけど、本当の魔導書使いじゃないと使えないモノばかりだった。例えば、自動マップ作成とか、姿を隠したり、などなど。シークレットルームや転移の魔法もダンジョン向きだけど、それ相応の魔力を持って行かれる。ダンジョン内で半日以上気絶なんて、冗談じゃないだろう。
とにかく、渡す予定のモノは一通り出来上がった。早速一眠りしようと思ったら、空が明るくなり始めていた。
これは、早速眠気覚ましが必要だな。




