47 隠れしモノたち
エルダーワードの街の外。街の周囲を包む様に覆うの壁から少し離れた場所に、新しく石を積み上げて砦のような小さめの外壁が作られた。
そこは俺、ヤマトがエルダーワードから半独立状態の場所を確保するためにあえて街の外に作った空間だった。
もちろん街の外とは言えエルダーワードの国の中にあるワケだが、エルダーワードが作った街では無い、国からの干渉を極力受けない場所だと言う意味を嫌みったらしく表現している。
まぁ平時ならそれでいいけど、有事には国に従わざるを得ないのは当然なのは仕方ないけどね。
そこは約百メートル四方の空間を、高さ十メートルほどの石垣が取り囲んでいる。中は荷馬車数台が駐められる駐車場と厩舎、人が二十人程度生活できる宿舎、そして魔道具を製作する施設が配置されている。
魔道具製作施設の方は、魔法により温度管理する小型溶鉱炉が用途別に三基。簡単な鍛冶仕事をする工場、図面や術式を製作する作業場、そして区分けされた倉庫で成り立っている。
その図面作業用の部屋で、俺は出来上がった魔道具について説明を受けていた。
「つまり、魔石優先で魔力が使われ、足りない分を使用者から貰い受けて動作するワケだ」
説明するのは魔道書使いリッカの師匠であるユーシー。そしてユーシーが連れてきた、リッカの兄弟子にあたるコルト。さらに冒険者ギルドからの紹介で来たカラという女性の三人。
「で、出来れば、魔石だけで完結するのが、り、り、理想なんだけど、けど、そ、それだと、術式の起動そのものが、な、無かった、んです」
コルトはどもり癖があるんだけど、こういう知識面ではかなり有能だ。頭が良すぎて考えすぎるからどもるのかも。
「魔石を複数内蔵する案も出ていますが、切り替えは不可能であり、複数の同時使用には条件が付きすぎて現場での混乱が予想されます」
カラは完全に出来るOLという感じの背筋がしっかり延びた女性だ。悪く言えば堅物なんだけど、しっかりと抜くところはわきまえてる。組織とか団体に一人いればかなり助かる、という貴重な人種だ。以前にぶっ潰した王宮魔道士団でパシリに使われてた才女なんだけど、俺がここに工房を作るという情報を得て、ベークライト第四王子がねじ込んできた。
「んー、要は強めに使いたい時はデカい魔石をセットしておいた方が無難ってワケか。逆に魔石を複数用意しておいて、使う強さで魔石を交換する、とかの方が安全かな?」
俺の意見にユーシーとコルトが少し話し合う。
「単発で固定して使い捨てって方法もあるな。ヤマトはどう思う?」
「持ち歩く時にかさばらなければ、ってのがポイントだよな。術式のプレートを使い捨てロッドに付け替えて使い回すとか?」
「あ、いいかも」
「ぷ、プレートを交換、ふ、複数の術式を、一つのロッド型魔石で、で、つ、使い回すのは、い、いい」
「ならば交換用のプレートの形状を決めませんと」
どうやら三人の意見が一致したらしい。コレで完成とはならないだろうけど、進展があると言うのは良い事だ。
俺たちが話し合っていたのは、魔法が使えない者でも魔法を打ち出す事が出来る魔道具の仕組みの事だ。一応、攻撃魔法は作らないで、誤作動したとしても軽い怪我程度で済むような光魔法による信号弾や契約魔法を主眼に置いている。
この世界はほとんどを魔獣が支配している。人族は比較的魔獣が少ない場所に壁を作って城塞都市にし、その中で生活している。狭い壁の内側では農作物の生産もままならず、人族種の主食はほとんどが魔獣の肉だ。
なので魔獣の脅威に曝されてはいるが、魔獣を狩らなければ生きていけない状態になっている。そこで活躍するのが国に所属する兵士と民間の冒険者だ。
特に冒険者は自由度が高く、兎の様な脅威度の低い魔獣が狩れる者から大型魔獣を倒せる者と様々なので、目的に合わせた依頼という形式で需要と供給が折り合っている。
まぁ、冒険者は口減らしと言う面もあるんだが。
つまり、この世界の住民は魔獣と深く関わらなければ生きていけない。肉ばかりじゃ無く、皮や骨、内臓等々が貴重な素材として使われ、求められている。
なので魔獣を倒す力は必須になる。しかし魔法を使う獣という『魔獣』に対して、人族は魔法をあまり上手に使えていなかった。
かつてはもう少し上手く魔法を活用していた節があるが、俺がこの世界に来た時点では魔法技術は衰退の一途をたどっており、あと二、三世代も経過していたら魔法技術は根絶していた可能性まであった。
俺自身はこの世界から魔法技術が失われても関係無いのだが、俺がこの世界に来た目的である『探し物』を見つけるためには、この世界の社会とはある程度良い関係を持っていた方が便利だろうと教える事にした。
まぁ俺自身、爺さんから貰った魔道書の知識しか無いけど、それでさえ、この今の世界にとっては段違いの魔法技術だ。
俺はその魔法技術の中から、俺に理解できる範囲で簡略化した知識を教えている。一つは魔道書に書かれている魔法。もう一つは魔道具を作る技術。
この場所は魔道具を作る技術を教えるために、『国』とは一線を引いて作った砦で有り組織だ。俺は密かに『錬金術師養成所』と考えているが、表向きは魔道具製作工房となっている。
基本スタッフはユーシー、コルト、カラの三人。そしてそれぞれの弟子という位置づけで十二人が作業を手伝い、食事や仕入れや販売、馬の世話などで六人の合計二十一人が常駐している。
弟子に関しては増減が良くありそうなんだけど、出来上がったばかりの団体なので当面はこの人数で変わらないだろう。
ま、商人や他国の工作員など、ここに人を送り込みたい連中は多いみたいだけどね。
ここが稼働を始めてから一ヶ月半。現在は飛行船の浮遊装置に使われる『魔道白金』(正式にこの名前になった)、『太陽時計』(日時計という名前になりそうだったのを無理矢理この名前にさせた)、『ハイポーション』(薬師の連中とのもめ事は継続中)が主な生産物で、特にハイポーションはギルドからの特注が日増しに増えている状況だ。
太陽時計は魔道書にあった太陽の位置を知る魔法を参考にして、端に黄色い丸を描いた円盤が一日で一周する仕様だ。エルダーワードの王家が持っていた昔の時計魔道具を参考にしたが、それにも文字盤は存在しなかった。俺にとっては二十四分割が判りやすいが、この世界には時間の区分は二時間ぐらいで一刻と言うのがあるぐらいだ。なので真夜中を零時として十二分割してみた。
初めは何故十二分割なのかを良く聞かれたが、大凡の二時間の感覚を知る者たちからは概ね良好な感触を受けている。
そんな売れ筋製品は弟子達に任せ、ユーシー達には技術の研究をさせつつ、俺が貰った本に書かれている魔法技術を教えている。
そして現在三人が研究しているのは、以前、俺が片手間で作って全く役に立たなかった攻撃魔法を銃の様に打ち出す魔道具の改良。
その改良のために、魔石を単なる魔力電池にする方法や、道具にする際の魔法陣の作り方など、いろいろな技術革新があったりした。
正直俺には発想できなかった方法とかを乱発されて、俺が生徒になりたいとか思ったほどだ。世の中、天才っているんだなぁ。
「まぁ今回はこんなモンかな?」
「ああ、だけど、また白金の使用量が上がったな」
「それは仕方ない。たぶんこれからも増え続けるだろう。エルダーワードには言ってあるから、鉱山の方でも白金の採掘に重点を置く方針らしいしな」
白金は銀の様に見えて、銀どころか鉄よりも溶かす温度が高い。鉄を溶かすほどの設備があっても、白金は残ったままになって加工の出来ない邪魔者扱いだった。腐食にも強く鉄よりも頑丈な素材なのに、加工が出来ないためにゴミ扱いだったのはダイアモンドとかと同じ運命を辿ってるな。
だけどここの魔道溶鉱炉を使えば綺麗に加工できる上に、魔獣素材との合成も出来る様になった。
この魔道溶鉱炉を造れる様になるのが、弟子達の一人前の証になりそう。まぁ、現在は使用するための魔力を流すので精一杯だけど、その精一杯を繰り返していれば魔力量も上がって造れる様になるだろう。
だけど、造れる様になっても材料が無いのでは話にならない。
「とりあえず、ガンフォールの所に預けてる船でまた素材集めに行こうと思う。その時に何人か連れて行きたいんだが」
「ああ、私も行きたいんだが、この間も行ったからコルトとカラが煩いんだよなぁ。今回はコルトとコルトの弟子達を連れて行ってくれ」
「判った。出発は明後日で良いか? 期間は最長で一週間。採掘が調子よく進んだら短くする、って所か」
「ああ、コルト、それで良いかい?」
「わ、判った。じゅ、準備、し、しとく」
打ち合わせも済んだので俺は工房を出て冒険者ギルドへと向かう。明後日に遠出をするため、その情報収集だ。
工房の砦を出て二百メートルほど歩くと直ぐにエルダーワードの街の門に到着する。この門は基本的に魔獣を警戒する警備兵しかいなかったが、最近は犯罪者のチェックも行う様になった。と言っても始めたばかりでノウハウがあるワケでも無いので、なんとなく怪しい人物をチェックして職務質問するぐらいだ。
特にここの門の周囲には俺の工房と、飛行船の発着場があるので結構頻繁に人の出入りがある。なので細かいチェックは出来ないのが実情というのもある。
一応、頻繁に出入りする者の為に、手のひらサイズの四角い板に身分を書いた『通行許可証』を一時貸与という形で発行している。基本的には日付入りで、『一日パス』みたいに使えるが、俺は『エルダーワード七百八十二』と言う年内いっぱいまで有効、と言うパスを頂いて首からぶら下げている。まぁ、この一ヶ月でこの門担当の警備兵には顔を覚えられたから形式的な意味しか無いけどね。
こういった警備体制が整ってくるのは治安維持という面では歓迎すべき事だけど、その反面、経費が掛かるという問題もはらんでいる。
まぁ現在はかなりの好景気なので、数年以内に良い状態での景気を維持できる様になれば問題ない。もしこの景気が数年以上何もしないで続くとか皮算用している様だとヤバいけど。
エルダーワードの街に入り、外壁沿いにある大きな建物に向かう。ここが新しいエルダーワードの冒険者ギルド。と言っても以前使っていた街の中心寄りにある建物はそのまま冒険者ギルドとして使っており、依頼の受け付けや登録、販売などの業務を通常通り行っている。ここは各国にある冒険者ギルドの総本部的な建物として使われており、各ギルドから集まる情報の取り扱いが主な業務だ。
門から近い事もあって、冒険者からの買い取りとかも行っているが、コレはかなり評判が良いらしい。個人差はあるが、荷物抱えて市街地を突っ切るのはかなり面倒という意見が前からあったようだ。
以前は門の直ぐ外で買い取り小屋を設営していた時期もあったが、鑑定や解体系の技術を持つ者を近場の二カ所に維持するコスト関係で試験的設置で終わったそうだ。
それが、転移や飛行船で早く、大きな流通が確実に出来る様になったため、大物や大量にあるモノをわざわざ街の中に入れる前に細かく仕分けする意義が大きくなった。
それでも『依頼する者』からしたら街の中心の方が利便が良いので、冒険者ギルドとギルド本部という二カ所で当面は続行するそうだ。
やっぱり『迷子になったピーちゃんを探してください』というのは街の中心じゃ無いと依頼しにくいだろうなぁ。
うん。可愛いヒヨコのピーちゃんで、迷子になってから二週間経ってるとかが定番だろう。で、探してみたらロック鳥だったとかがテンプレだよなぁ。ああ、一度で良いからそう言う依頼を受けてみたい。
見果てぬ夢を追いかけながら、到着したのはギルド本部の情報室。
なんか、ここも妙な進化をしている。
情報と工作で小悪党的な活動をしていたライハスを取り込んで、情報を精査する部門の立ち上げに関わったけど、何故かギルド本部の中心的組織になっていた。
まぁ、他のギルドの監視と抑制と組織の効率化を目的にしているから、ギルド本部の中心になってもおかしく無いんだけどね。
飛行船の新規製作が可能になって、さらに転移の魔法が公開された事で国と国の距離は縮まった。それまでは各国に分かれて存在する冒険者ギルドは理念と運営方法が似た様な組織、と言う曖昧さがあった。しかし短くて一週間、長ければ徒歩で一ヶ月とか二ヶ月とかかかる移動距離がゼロにもなる状況に変わって、他国の情報が大きな意味を持つ様になった。
いち早く情報収集の組織をギルド内に作ったファインバッハの功績だろうなぁ。
他のギルドは負い目マシマシで、現在はファインバッハのギルド本部の下部組織に成り下がっている。
まぁ飛行船技術復活や転移魔法発表の一因である俺の『力』を侮って、傀儡に出来ると驕った連中ばかりだからどうでも良いと思ってるけどね。
そんな他のギルドから無条件で重要情報を収集できる様にしたファインバッハが、他のギルドよりもやり手だったというだけの話だ。
そして集まる情報から、俺専用に情報を切り分けてくれる事がとても助かっている。
「よ! ライハス。良いネタ入った?」
「なにを気軽に…」
俺が爽やかに、気さくに、楽しげに声を掛けると、机の上の書類に埋まっていたライハスが死んだ魚の目で俺を睨んでくる。うん、見事に修羅場ってるなぁ。もっとも、ライハスの机の周辺が修羅場じゃなかった事の方が珍しいんだけどねぇ。
以前、俺が自分の為用に作ったファイルホルダーとクリップボードと同じ物がライハスの周りに散乱している。俺専用の資料室の書類を整理するためにやっつけで作ったんだけど、何故かライハスが見つけてファインバッハと一緒に大量生産を発注したらしい。紙とハサミと糊があれば作れるファイルホルダーと、木の板と鋼の小さな板バネさえあれば再現できるクリップボードは、事務系備品を取り扱っている業者が新しい仕事として感謝していたと聞いた。
そのクリップボードの一つに手を伸ばして見てみると、ワイバーンを使った小荷物輸送業者の村が何者かに襲撃されて全滅という内容だった。
他のクリップボードには山で大規模な崩落が起こって、一つの村が土砂に飲み込まれたと言う報告書がはさまれている。他には村を襲う盗賊団などなど。
「なぁ、ライハス。こんな騒動がいつもこれぐらい発生してるのか?」
普段からこんなに騒乱が起こっているとしたら、この世界はかなり物騒だよなぁ。
「そんなワケあるか! と言いたい所だが、転移や飛行船で行き交う情報の量が増えたから、今まで起こっていた事が知られていなかった、って可能性がある事はある。だが、まぁ、村が全滅とかはそう起こらないはずなんだがなぁ」
「さすがに村単位とかだと、情報が無いという方がおかしいよな。原因は判ってのか?」
「ワイバーンの村は、魔道書使いが関わってる様だ。最後の生き残りだった男の目撃証言だが、成人前ぐらいのガキのようで、なんか四角い何かがガキの周りを回っていたらしい。よく判らねぇが、その証言の後で直ぐに死んじまったから詳しくは不明だとさ」
「もしそれが魔道書使いの仕業なら、俺よりも魔道書を使いこなしている可能性があるな」
「おいおい、マジかよ。それは洒落にならないぞ」
「魔道書を使いこなしているのと、戦う能力が強いとは別と考えても良いけど、まぁ弱くは無いだろうなぁ」
「ヤベェか?」
「ヤバイだろうな」
「なら頼む」
「ぐっ。しまった」
本来なら国で対処しないとならない案件だが、あまり俺個人に頼り切るのは国としてのメンツに関わる。一応税金取って兵士を雇って武装しているワケだからねぇ。例えば店を構えて従業員揃えて大事な仕事は外部発注、なんて対外的に見てその店に頼る者はいないだろう。大事な仕事なら、なおさら自分の所で完璧に仕上げなければならない。それがメンツ。見栄と言っても良い。でも大事だ。
だから国に情報を上げる前の段階で、ライハスは個人的に『頼む』と言ってた。
俺はあからさまに肩を落として見せて、大きくため息をつく。そしてクリップボードの資料を捲って内容を確認した。
ほとんど、さっきライハスが言った程度の情報しか無かったけど、場所と日付はしっかり確認した。そこでライハスに頷いてからクリップボードを返す。これで、この件についての話は終了。
「そんな事より、俺向きの情報は無いのか?」
あからさまな話題変更だけど、コレも通過儀礼。この部屋にはライハスの肝いりの職員しかいないけど、どこに耳があるか判らないからねぇ。まぁ、もっとも、知られても困るのは国のメンツだけだからあまり重要じゃ無いかな。
「コレなんかお前向きだと思うぞ」
「山の崩落だろ?」
「ああ、崩落して欠けた部分に古い石組みの通路らしきモノが見つかったらしい」
「石組みの通路? 古代の遺跡とかか?」
「それは判らねぇ。石組みの通路も大人の歩幅で二十歩ぐらいしか無くて、後は埋まってるそうだ。その奥があるかどうかは調べていないそうだ」
ライハスがクリップボードの資料を捲りながら言ってくる。
「崩落で埋まったのか、崩落前から埋まってたのか? どっちだ?」
「それも調べてないようだな。それよりも再崩落による二次被害を警戒してるって事だ。まぁ遺跡かも知れない所を危険を顧みずに掘るよりも、埋まった村を掘った方が意味があるからな。それも実は二時崩落の懸念から手を付けていないそうだしな」
「そう言う場合、基本的に放置なのか?」
「ああ、その場所の領主が余程の金持ちじゃ無い限り、遺跡も村もそのままだろうな」
世知辛いけど、それが普通だよな。
「この崩落した山や、周辺の山から鉱物資源は採掘出来るのか?」
「あー、ちょっと待て」
そう言って少し離れた書類棚へと歩き出す。その間俺はクリップボードの書類に目を通す。
崩落に巻き込まれた村の周辺は鹿や猪が多く棲息していて、村はそれを集団で狩って暮らしていた。魔獣のはびこるこの世界でも獣はいるが、地域的に限られている上に数も少ない。なので鹿や猪はこの村だけが狩猟を許可されていて、減りすぎない様に調整しながら狩っていた様だ。定期的に獣の肉が提供される村が全滅となったら、新しい村を作ってもノウハウが引き継がれるか疑問だよな。下手したら獣が全滅してそこに魔獣が入り込み、領地が魔獣に支配されるとかも可能性がある。今頃領主は頭を抱えてるだろうなぁ。
「あったぞ。崩落した山については資料が無かったが、周辺の山からはわずかに銀が採れていた時期もあったらしい。採算が合ねぇんで直ぐに取りやめたみたいな記述があるな」
「どこにでもある普通の山って感じだな」
「採掘にでも行くのか?」
「ウチの工房の連中を数人連れて、資材採取に行く予定だ」
「おめぇも立派な工房主になったなぁ」
「工房が軌道に乗ったら完全に手を引くけどな」
「そこは冗談でも良いから格好いい台詞を言えよ」
文句を言うライハスに手を振って出て行く。とりあえず明後日の遠征用の準備をしておくか? ここのところ、二日に一回は魔獣討伐に出かけているので金銭的にはかなり余裕がある。まぁその大半は新しく作り直したアナザーワールドに避難している悪魔族の被害者用の生活費に変わっていたんだけどね。初めは畑を耕したりや家畜を育てたりするのに必要な機材購入が多かったけど、最近は食料と生活雑貨だけで済んで落ち着いている。
出来れば直ぐに元の世界に返したいんだけど、次元の違う異世界人ばかりだから下手に実験する事も出来ない。元の世界だと思っても、そこが似ているだけの別世界という可能性の方が高い。なので俺に仕事を振った魔法使いの爺さんと連絡を取っている最中だ。
その連絡方法も、爺さんが残した不思議なメモに『悪魔族にさらわれた異世界人を保護している。元の世界に送り返す事に協力して欲しい』と書いて、返答が無いか毎日確認しているだけだ。全ては爺さんの都合だな。
異世界人達は不安はあるだろうけど、俺のアナザーワールドの中で意外とのんびりと暮らしている。作り直したアナザーワールドは森が多く、大きな湖も有り、気候も温暖で一定だ。しかも魔獣や獣もいないので無防備で外に出かけてもなんの危険も無い。さすがに獣もいないのでは森にも悪影響だろうと、淡水魚や比較的危険の少ない鹿や猪などを見つけたそばから手当たり次第にアナザーワールドへと送り込んだ。いや、猪はどうかと思ったけど、アナザーワールドへ避難している異世界人達が喜んで狩りをしてるんだよなぁ。皮なめしをするため欲しいと言われた木が茶の木だったのは笑ったけど。
ちなみに茶の木からお茶は作られていない。うん。専門知識を持つ者が誰もいなかったからね。茶の木の細かい分類もあやふやなので、木の皮を湯がいて皮なめしに必要な成分を抽出しているだけだ。こっちは知識を持つ者がいたので任せてる。
そんなこんなで、アナザーワールドの中に出来た避難民の村は、この世界の村よりも充実していたりする。避難している異世界人達も、仕方の無い理由であるなら焦る必要は無いと、元の世界よりもおいしいと評判のクリームシチューや二次発酵させたパンを食べながら言っていた。
元の世界に帰りたくないと言う様になったら、と思うのは単なる杞憂なのだろうか?
まぁ焦る必要がなくなったのは良い事だ。うん、そうだ。絶対。そう思うのが俺の心の平安に必要だ。
アナザーワールドの方はともかく、先ずは明後日の遠征だ。食料はいつもの様に屋台の軽食を大皿で購入しておけば良いか? 汁物は居酒屋風の店に大鍋を渡して料金を奮発して作って貰おう。
エルダーワードで俺の評価の高い店に大鍋と料金を渡して回る。うん、当然鍋十個以上あるけど、店も十カ所以上だから問題無いよな。自炊? なにそれ? 俺に皮剥いて鍋に放り込む以上を望むなんてどうかしてる。
鍋は明後日の朝を少し過ぎた頃に取りにいく事を約束。仕込みは前日にするし、釜を一つ増やすだけだから朝の忙しい時間でも手間はあまり変わらないそうだ。屋台を巡り大皿に串焼きとかサンドイッチなどを盛り上げて貰いアイテムボックスに収納していく。他に必要なのはロープとか毛布とかタオル、採掘用の金具や桶などだが、アナザーワールドの異世界人のために普段からストックを多めに持っている。
屋台の品を回収し、串焼きで軽い昼食を済ませると時間が空いてしまった。
やろうと思えばやる事は多いんだけど、頭の切り替えや道具の準備とか考えると中途半端な時間だ。なので明後日に行く予定の例の山を見に行こうと思った。転移用のアンカーを打っておけば時間の節約にもなる。というワケでロケハンに出発。
飛行船で一直線、と言うのも味気ないのでカードになっている従魔を召喚。麒麟にまたがり、フェニックスに随伴して貰いつつ、ホーンドラゴンと編隊飛行で目的地に飛んだ。
他にもグリフォンとかいるけど、今回はあんまり外に出す機会が少ない従魔を選んでみた。皆目立つからねぇ。
でもコレが悪かったのか、いきなりホーンドラゴンに炎の弾が撃ち込まれた。
魔法攻撃だ! 誰かがホーンドラゴンを狩るつもりで攻撃したのか?
幸いホーンドラゴンにとって、その炎の弾はそれほど脅威でも無かった様だ。当たり所さえ悪くなければ軽い火傷もしない程度だったようだ。
「全員警戒! どこから撃たれた?」
たいしたことは無かったとしても、むやみに攻撃されたのはムカつく。皆に敵対する相手を探して貰うと直ぐに見つかった。
相手は空中にいた。俺たちの進行方向の右側後方から近づいてくる。グリフォンだ。いや、そのグリフォンの背中に乗った人物が炎の弾を放ったんだろうな。でもかなり異様だ。まず、グリフォンには目隠しと嘴が開かない様に革袋がかぶせられ、皮のベルトでぎっちし縛られている。その革ベルトに手綱らしきロープが伸びて、グリフォンの背中に乗る人物が握っている。つまり厳密な統制が必要な馬車馬と同じ扱いなんだろう。他にも装飾模様が描かれた布が結びつけられている。そしてその背中に乗馬服風なスーツを着た人物がいた。たぶん女性だ。胸の部分が盛り上がってウエストが細くなってる。スーツだから胸の形が判るほど凹凸がはっきりとは判らないけどね。そして黒? の帽子をかぶっている。たぶん黒の帽子。それに鳥の羽をそのまま使った様な羽根飾りがめっちゃ付いてる。もう少し整っていたらサンバカーニバルか宝塚か、って程だ。
空を飛んでるせいで、帽子の羽根飾りが乱れてる。なんで付けてるんだろ。
とにかくそんな女性がグリフォンに乗りながら俺たちに攻撃を仕掛けた。よく見ると手には手帳の様なモノを持っている。それを開いてのぞき込む様にしてから女は俺たちに向かって手を突き出した。同時に生まれる炎の弾。
あれって魔道書? 手帳サイズにするとか、なかなかやるなぁ。でも撃たれた炎の弾はそれほどでもない。手帳サイズだからか? んなワケない、けどね。
今度はホーンドラゴンも警戒していたので楽に躱せた。
やっぱり高高度をグリフォンに乗って術を出すのは集中出来ないのか? グリフォンには目隠しで手綱を付けて操っているようだから、グリフォンの自由意志は全く無いだろう。俺の場合、もしずり落ちて落下状態になっても麒麟たちは必死に俺を救い出そうとしてくれるはずだ。だがあのグリフォンは主が落ちてもそのまま飛び続けるだろうな。空中に置いてこの違いは大きいだろう。
だがまぁ、そんな都合はどうでも良いか。問題は俺たちに向かって攻撃してきていると言う事実のみ。
ここで、相手が何か誤解をしているんじゃ無いかと仮定して先ずは対話を、とか言うほど俺は自分の命や仲間の命を蔑ろにするつもりは無い。対話をするなら、相手の武力を完全に奪った後に相手が生きていれば、と言う限定条件が付く。
なので反撃!
相手はグリフォンに目隠しをして手綱で操っている。だからグリフォンの野生の勘とか、種族特性なんかは無視している状態だ。と言う事で攻撃は風魔法。空中だと土魔法は威力が大幅に削がれるし、火や水は人が目で見て避ける事も可能だろう。だけど風ならぶち当たるまではどの方向からどんな攻撃が来たのか判らないはずだ。
実際は魔力が動くから察しようと思えば出来るはずだけど、空中で不安定な状態を不安に思っているのなら難しいと思う。まぁ憶測。
胸ポケットから魔道書を出して「竜巻!」と唱えて魔道書を開かせ、トリガーワード「トルネード フローティング」を唱える。
同時に俺が狙った場所に何本もの竜巻が現れて荒れ狂う。
あ、あっさり落ちた。
グリフォンから放り出され、竜巻に巻き込まれてグルグル回った後に弾き飛ばされ、また別の竜巻に巻き込まれている。
派手な帽子も飛ばされ、手や足も曲がっちゃ行けない方向に曲がっている様な気がする。意識も無いようだから痛くは無いのかな? それとも死んでる?
「えっと、どうしよう?」
逆に驚いてしまったので対応に悩んでいる内にドンドン落下していく。まぁ落ちたらそのまま試合終了だろう。人生の。
「仕方ないなぁ。『ドロウ アーム』」
かなり距離が開いたけど、引き寄せる呪文で捕らえる事に成功した。手元に持ってくる術だけど、微妙な力加減で気をつけながら落下だけを留める。
「麒麟。ゆっくり降りてくれ」
全く影響が無かったとは言え俺のホーンドラゴンに炎をぶつけてきたのだから、乱暴にするつもりは無いが、丁寧にするつもりも無い。近づいてきた地面に降ろして俺たちも近場に立つ。一応麒麟以外はカードに収納しておこう。
地面に降ろした女に近づいて見ると、息をしてなかった。まぁ、時間も経っていないから蘇生は出来るだろう。出来なかったらそれまでだけど。
「リカバリー」
魔道書からの魔法で完全修復させる。
「ゲホッ! ゲホッ! ゴホッ」
意識を取り戻したせいでかなり咽せている。あ、魔道書を取り上げるのを忘れてた。武器を隠し持っているかも確認してないや。間抜けしたなぁ。仕方ないので「オートトラッキングシールド」を唱えて、自動反応する盾を展開しておく。
「う、ここは…」
何が起こったのかまだはっきり認識出来ないだろう。暫く声を掛けずに、観察する事にした。べ、別に女性の身体に…、とかじゃない。実際身体は厚手のスーツで腰回りのくびれが判る程度で細かい凹凸が判るわけじゃ無い。何らかの武器や魔道具を持ってないかの確認だ。最悪なのはいきなり自爆! とかだしねぇ。まぁ普通はそれは無いとは思うけど。
「動くな!」
意識がはっきりしてきたぐらいでそう声を掛ける。女は驚いた様子も無く俺に振り向いた。普通軽いパニックになるもんじゃないのかな?
「誰ですか? 貴方は」
女は平然とそう言い、なんの気概も無く立ち上がった。
「動くなと言ったはずだ」
「どう言う状況です?」
今度は俺への問いかけでは無く、独り言だろう。平然と、当たり前のように服から土埃をはらっている。
「動くなと言ったのが聞こえないのか!」
俺はやや恫喝が含まれる勢いでそう言うと、漸くこちらに目を向けた。
「煩いですね」
耳は聞こえているようだが、その後の行動には正直驚いてしまった。
女は胸元に両手を当てて祈るような仕草をすると、どこからともなく一冊の手帳が女に向かって飛んできた。しかも近くまで来ると女の回りを守るように飛んで回っている。
「え? あれって…」
俺が驚いている内に女が俺を見て手を突き出す。すると炎の弾が現れて俺に向かって飛んできた。
まぁ、自動防御の盾を展開してたんであっさり弾いたけどね。
俺に到達しなかった炎の弾にいぶかしむ女。そしてさらに炎の弾を打ち出してくる。
当然全弾弾き飛ばす。
「俺を殺そうとする敵と判断した! 恨むならお前自身を恨め! 『トルネード フローディング』」
そして竜巻に巻き上げられて行く女。ありゃ、またやり過ぎたかな? でもまぁ、命を狙われたのならこうなるのが当たり前の世界だしなぁ。
当然だけど、術の効力が切れれば竜巻も消える。なので落下してくる女。うん、また手足が曲がってはいけない方向に…、いや、両足もちぎれてないか?
ちょっと遠くに落っこちた。まだリカバリーで修復出来るレベルだろうけど、実際に生き返らせるかどうかは考えなければならないなぁ。
麒麟に乗って落下地点に行けば、ちょっとお子様には見せられないグロ映像が展開されていた。うん、頭は真後ろをしっかりと向いてるし、残った左腕も関節が増えているようだ。
えーっと、なんまいだぶ、なんまいだぶ?
俺じゃ無くても構わなかったみたいだけど、一応俺を襲った理由が知りたかった。しかし、なんか面倒くさい性格だったみたいなんで、このままさようならした方が、良かんべ? と本気で帰ろうかと思った時、女が動き出した。
え? どうして?
「ふぅ、面倒ですね」
後ろ向きの首のまま身体を起こして、どうやってか、そう呟く。えっと、気管とか潰れてるはずだよね? ね?
この女はゾンビなのか? とか思ったけど、ついさっき俺自身がこの女をリカバリーで修復したんで、生身の身体だという事ぐらいは把握している。細かい情報はそのまま流して修復情報に持って行ったので覚えていないけど、屍肉で出来ていない事ぐらいは判っているつもりだ。
だから、この女が動いている事が信じられない。
俺が驚愕して、次に何をするか考えられなくなっているのに、女は再び祈るような感じで前屈みになった。いや、首は後ろを向いてるし、残った左腕はめちゃくちゃな状態で祈ってるか判らないんだけど。
でもそこで、いつの間にか千切れた手足が女の周囲に現れた。しかも元の位置に戻りつつ、折れた状態が修復されていく。首も元の前に向いて行ってる。まるでビデオの逆再生を見るようだ。あ、どこに飛んでいったかも判らなかった手帳型魔道書も戻ってきて、女の周りを回ってる。
そしてふわりと立ち上がる。あれ? まるで体重を感じさせない立ち方だ。浮いてるのか?
「グリフォン!」
女は周りを見ながらそう口に出すが、目隠しされて飛んで行ったグリフォンは近くには戻らない。当然だよなぁ。
「ちっ」
暫くして女は舌打ちをする。そしていきなりその場から消えた。
「え? 転移か?」
身体はまだ完全では無かったはずなのに平然と転移魔法を発動させて行ってしまった。まぁ見た目的には揃ってた様だけど。
「なんなんだ、アレは」
それだけが漸く口に出た言葉だった。ワケ判らん。




