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グリモワールの欠片  作者: IDEI
42/51

42 悪魔族の洞窟

 ハイエルフの里に向かったマレス、リッカ、エルマが捕らえられ、さらに何処かも判らない場所に強制転移させられた。一人だけ脱出に成功したリッカが助けを求めてギルドに駆け込み、丁度ギルドに居た俺と合流。ダンジョン風な洞窟で大半の場所が魔法発動が困難と言う事で、食料を入れたリュックと剣鉈という少し前の冒険者風の出で立ちで救出に向かった。


 そして進んだ先で捕らえられ、力を無くし、呪われている悪魔族と遭遇した。


 ゴブリンの様な見た目にまで弱体化した悪魔族は、本当にある一定の場所で足止めを食らっているようだ。

 壁があると言うよりも、磁力みたいな見えない力でそれ以上進めない、と言う様に見える。さらに呪いのせいか、細い体が時々泡立ち、肩が泡立った時はそこから腕がボトリと落ちた。すぐに腕が再生するが、また別のところが泡立つという繰り返しになっている様だ。


 「以前悪魔と戦った時はホーリーウォーターでチマチマ動きを牽制しながら麒麟のブレスでなんとか倒した、って感じになったけど。ああ、アレって悪魔本体じゃ無かったんだよなぁ」


 「なんちゅーか、運がよろしいですなぁ」

 『ホントだわさ。運だけで生きてるだわさ』


 「あ、やっぱり、そういう評価かぁ。まぁ仕方ないよなぁ。で、ペンギンが管理してる悪魔を殺すのとか、呪いを弾くとかの呪文は使えそうなのか?」


 『アレでしか倒せないだわさ』

 「相手が実態を持っている状態でしたら、他の魔法も効きますわ。とどめは刺せまへんけどなぁ」

 『聖なる属性はウチらみたいな精霊悪魔には効くだわさ。だわ悪魔族にはほとんど意味無いだわさ』

 「真っ暗闇の中で光を灯しても、光を反射するモノが無ければ真っ暗闇のままですなぁ」


 なにげに猫の補足が判りやすい。


 「はぁ、まぁ、仕方ない。これから悪魔を探知する呪文と悪魔からの呪いを弾く呪文を常時展開しつつ、いつでも悪魔を殺す呪文を発動できる様にし続ける生活が始まる、ってワケかぁ」


 『魔法使いの運命だわさ』

 「慣れればそんな難しい事では無いはずですなぁ。それに代行とか出来ますわ」


 「代行?」


 なんか朗報を聞いた様な。


 『三つの呪文を仕込んだ衛兵だわさ。本に無かっただわ?』

 「魔道具にエンチャントするのが基本ですな。ワイの持ってきた本にあるはずですわ」


 「それは良い事を聞いた。とにかく代行の事は後で調べるとして、今は目の前の悪魔をどうするか」


 『どうするだわさ?』


 「悪魔に通じる魔法とか試してみるとか考えてた。シークレットルームの扉を開いておいて、中から攻撃してみるか?」


 「アナザーワールドもあったんでしたな」


 「まずは今の状態でどうなるか試してみるか」


 魔法が阻害されるこの洞窟の中で、俺の魔法がどうなるか試してみる。


 まずは氷の槍を叩き込む攻撃呪文。

 「極寒なる氷の大地を凍てつかせる氷の大槍!」魔道書を持ってそう唱えると、魔道書がその頁を自動で開いてくれる。そして開くと同時に頁の魔術式が俺の体から魔力を吸い出す。


 しっかりと魔術式に魔力が行き渡ったと感じた所で発動の鍵になる文言を唱える。

 「アイスクルランス!」


 魔法は発動しなかった。


 「今、妙な感じがしたぞ。第六事象に魔法陣が作れなかった感じだ」


 逆に言えば、それ以外に違和感は全くなかった。


 『それだわさ。だわだわ、シークレットルームやアイテムボックスが働くのは、第六事象に常駐され続けているからだわさ』

 「他の呪文は第六事象にいちいち書き込む必要があるわけですなぁ」

 『本から第六事象への転写を妨害してるだわさ』


 やっぱりこの二匹は役に立つなぁ。俺だけじゃその結論に至るまで十倍ぐらいの無駄な時間を費やしていたかも知れない。


 「つまり第六事象に書き込める様にすれば良いワケか。なんか方法あるか?」


 「ニイさん。そこは魔道具ですわ」

 『何か魔道具持ってるだわさ?』


 「魔道具? ファインバッハに壊れてても良いから集めてくれって頼んだばかりだけどなぁ…」


 「ヤマトー? 飛行船は?」


 リッカの言葉で飛行船を持っている事を思い出した。そういえばアレも魔道具の一つなんだっけ。


 アイテムボックスから飛行船を出すと、飛行船はスッと浮かんで洞窟の天井にぶつかった。


 「浮いてるな」


 『浮いてるだわさ』

 「浮いてまんなぁ」


 ちょっとジャンプすれば船底に手が触れるから、収納準備をしてからジャンプしてアイテムボックスに収納し直す。


 「つまり浮遊装置の様にプレートに魔術式か、魔法陣を描けば良いワケか」


 『第六事象に転写するだけだわさ。なら魔法陣の方が良いだわさ』

 「魔術式には第六事象には必要の無い文言やらが書かれてますからなぁ」


 魔術式は基本的に魔法陣を描き出すための順番や力の掛け方が書いてある。モノによっては、『この術式よりも強くする場合は二番目の術式を入れ替えろ』なんて書き方をされているモノもある。魔法を使う方から見たら判りやすいが、結果を打ち出すだけの状態になる魔法陣には必要無いな。


 「なんとなく道は見えたな。ちょっと再確認」


 基礎魔法その二の魔道書を持ち、「魔道具作成」と唱えると該当頁が開かれる。今回は該当頁が複数有るから先頭頁が開かれた。

 初めの頁は魔道具の概念。後でじっくり読まないとならないけど今は飛ばす。次の頁に魔法の入出力に関する項目があった。入力はほぼ全方位。出力は魔法陣の面が向いている方が基本か。これは想像通りだ。大事なのは魔力流入と魔法発動のトリガーだ。


 いつもは魔道書の頁を開く事が魔力注入のきっかけで、キーワードを唱える事が発動のトリガーだ。それを魔道具で再現するには?


 あった。魔法陣の周りにもう一周、入出力の魔法陣を追加して、その端を一カ所繋げればチャージ、二カ所繋げれば発射になるのか。術式は中の魔法陣に魔力を通さない仕組みと強制発動の仕組みを組み合わせただけ。簡単で良い。


 「あの悪魔、あとどのくらい保つかな?」


 『削られ続けているだわさ。だわ、あと二、三日は保つと思うだわさ』

 「恐怖の対象ですが、あの姿は哀れですなぁ」


 俺は少し下がったところの壁にシークレットルームの扉を開き、全員で中に入って扉を閉めた。


 そして魔道溶鉱炉を使って白金を使った魔道白金を作る。

 さらに金と水銀と鉛を合板の様に貼り合わせた板を作る。この板を円形に切り出し、その表面に魔道白金で魔法陣を描き、鉄で作った二つのトリガーが付いたグリップを取り付け、魔道白金で導線を繋げてやる。


 完成! 拳銃みたいな握りがある鍋の蓋が出来上がりましたぁ。


 いや、見た目は本当にそんなモン。鍋の蓋の直径は二十センチぐらいで、真っ平らな円形だけどね。


 合金や合板を作る方が時間が掛かった。トリガーの方はアイテムメーカーで形を作るのに手間取ったけど、グリップも背中側にあるスイッチに親指を乗せるとチャージ。チャージボタンに触れたまま引き金を引くと発射、とする事で簡単構造にできた。


 リッカと精霊悪魔二匹に手伝ってもらっても五時間ぐらいは掛かった。まぁ、金属加工を合金を作るところから始めたにしては短時間で済んだと言っても過言では無いだろうけど。


 「ヤスリがけしてないから、弄る時は手袋は必須で」


 ヤスリがけ、表面処理、グリップにはゴムを張りたかったなぁ。とにかくやっつけで十個が出来上がった。

 ヒールとトーレントスピアはリッカに持ってもらい、ペンギンにはアイスクルランス、猫にはトルネードフローディングを持ってもらう。俺はリカバリーとホーリーウォーター、アイビーバインド、そして対悪魔の悪魔用即死魔法、悪魔用探知魔法、悪魔の呪いを妨害する魔法の三つを持った。


 「魔力は周りから集めないで、グリップのチャージボタンに触れた者の魔力を使うから連発は出来ないと考えてくれ。その代わり込める魔力の量で強弱は付けられると思う。魔法陣が描かれた面の方向に真っ直ぐ飛んでいくから、狙いは慎重にしてくれ」


 『魔石を組み込めなかっただわさ?』


 「そういうのは時間が無かったんだ。安全装置とか魔力調節の仕組みとか、使わなかった魔力の解放とか、いろいろ組み込まないと危ない事になるからな」


 誰も触ってもいないのに発射態勢になっているとか、危な過ぎる。特に今回は攻撃呪文だから、非効率にしすぎるぐらいが丁度良い。時間が許せば狙いを付けやすい様に長くしたり照準器を付けたり、一つで複数の魔法陣を選択出来る様にしたかった。


 「すぐにあの悪魔で試すんで?」


 「リッカは疲れてないか?」


 「大丈夫だよー」


 「なら試した後に休憩って事にするか」


 『ウチたちには聞かないだわさ?』


 「さて行くか」


 『ゲーノス様ー!』


 皆でシークレットルームから出て、改めて捕らえられている悪魔と対峙する。皆はそれぞれに魔法陣の魔道具を持っているが、俺は六つ持つ事になっている。紐でも通せる穴でも付けておけば良かったなぁ。

 俺はウェストポーチのベルト部分に四つを挟み込み、両手に一つずつ持っている。


 「実際に持って移動してみると、使い勝手の悪さが見だつなぁ」


 『試した後で直すだわ?』


 「いや。考えたんだが、やっぱ攻撃魔法の魔道具化は危なすぎる。今回のコレは、使い終わったら破棄するつもりだ」


 コレが攻撃魔法を撃つ武器だと知らない者が触れたら、それだけで誰かが死ぬ可能性がある。俺の世界でも、子供が親の所持する拳銃をオモチャだと勘違いして家族を殺してしまった事故もあった。


 こう言ったモノを扱うのは臆病なくらいが丁度良い。


 そして悪魔と対峙。相変わらず狂乱した野生動物の様な動きをしている。


 「理性というか、知性が感じられないのは弱体化のせいか?」


 『呪いが大半だわさ。呪いが弱体化させてるだわさ』

 「おそらく痛みとか苦しみとかも相当なモンでっしゃろ」


 「呪われてなければどんな感じだったんだろうな」


 『力ある魔族は力にふさわしい美しさを持ってるだわさ』

 「肉体は無いんですが、肉体を構成する時は力なりの理想的な形状になりますわ」


 「なるほど。持っている力によって、姿形も知性も変化するってワケかぁ。すると、弱体化なんて呪いはかなりの屈辱になりそうだな」


 『屈辱だわさ、だわそれを感じる知性も無くしてるだわさ』

 「そこが哀れですなぁ」


 「じゃ、早く楽にしてやらないとな。俺たちの実験で」


 「ニイさん。エグい本音がダダ漏れですわ」


 猫の言い分は無視して、俺はまずアイビーバインドの魔道具を構える。そして親指をチャージのパーツに置き、魔力が充填された気配を感じてからトリガーを引いた。


 特に反動も発射光も無く、トリガーのカチっという音だけだった。


 しかもアイビーバインドも出てこない。


 「あれ? 失敗か?」


 『草や木のツタや根を利用する魔法だわさ。ここは自然にある地面の下を掘った洞窟じゃ無いだわさ。だわ、草木の根も種も全く無いだわさ』

 「ああー、ここは完全に異空間ですわぁ」


 「なんてこったい! じゃあ次だ。ホーリーウォーターだ!」


 アイビーバインドの魔道具はアイテムボックスに仕舞い、ホーリーウォーターの魔道具を構えてトリガーを引いた。


 同時に魔法陣を刻んだプレートから聖水が吹き出す。が、一瞬だけだった。俺は水道の蛇口につないだホースから水が噴き出すのを考えていたが、実際は握りこぶし程度の水の塊が勢いよく飛び出ただけだった。


 テニスボールを打ち出すバズーカのオモチャを思い出した。


 狙いも後から修正するつもりだったので掠りもしなかった。


 「こんなモンなのか? まぁ出るのは判ったけど」


 もう一度狙いを確かめて撃つ!


 ぎゃっ!


 しっかり当たったが悪魔は軽く叫んだだけで、怯むとかダメージを受けている様には見えなかった。冷たかったか、水ぶっかけられて驚いたのか。


 「やっぱ聖水とかは焼け石に水な感じなのかな」


 『悪霊系のリビングデッドとかなら効くだわさ。だわ、その程度だわさ』

 「場合によってはレイスとかにも効きまへんですからなぁ」


 「聖水って何のためにあるんだ?」


 『お清めだわさ』

 「塩まくのと変わりまへんですなぁ」


 「し、知らなかった」


 い、いや、この魔法で出した聖水の特徴がそれだけなのかも知れない。きっとそうだ。そうに違いない。とにかく、聖水を出す魔道具もアイテムボックスに仕舞っておこう。うん、もう廃棄の時にしか取り出さないだろうし。


 「えーと、つ、次は…、ペンギンのアイスクルランスと猫のトルネードフローディングを試すか。当てなくてもいいから、どの程度のモノが出るか試してくれ」


 『行くだわさ!』

 「やりまっせー」


 猫とペンギンがほぼ同時に構えて発射した。ペンギンが発射した氷の槍は二十センチほどの長さで、悪魔の横の地面に突き刺さった。猫の竜巻の嵐は、かなり強めのつむじ風が一つだけ悪魔の隣に渦巻いて、最後に悪魔の体を弾き飛ばして終わった。


 「使った後の感想はどんなモンだ?」


 『ある程度連発は出来そうだわさ。だわアノ程度のモノを連発してもたかが知れてるだわさ』

 「魔法陣の大きさが決まってますからなぁ。何本もの竜巻の嵐とかは元から無理ですわ」


 「牽制にはなりそうだがトドメとかには使えないか。次はリッカ、トーレントスピアを試してくれ。今度は当てて構わない」


 「いっくよー」


 リッカが構えて引き金を引くと、ポンプ車から送られる水を消防士が放水する様な水流が三秒ほど続いて消えた。


 「岩をえぐってトンネルまで作ってしまう水流が、消防放水並に落ちるか」


 『悪魔は弾き飛ばされてっただわさ』

 「生殺しですな」


 「リッカ。魔力はどんな感じだ?」


 「一晩中灯ってる灯りの魔法を、三個ぐらい作った感じかなぁ」


 「連射は出来そうだけど、コレも決め手に欠けるな。やっぱり、魔法陣の大きさが同じ小ささだからなんだろうな」


 『だわだわ。大っきなプレートを作ってみるだわ?』


 「これ以上は時間がもったいない。本気で悪魔に大ダメージを与えようと思ったら、大呪文を魔力をたっぷり込めて放たなければならないだろうから、元々出来る事じゃないって事だろう。なら怯ませるとか、目くらましぐらいしか出来る事は無いはずだ。つまりこの程度でやり繰りしないとならないんだろう」


 『だわさ』

 「負担は少ない方がいいですなぁ」


 「で。ヤマトー。アレどうするー?」


 リッカが指さしたのは放水に弾き飛ばされて、横たわったまま動かない疲弊した悪魔。


 「ちょっと試したい事がある」


 そう言うと、俺はその場にシークレットルームの扉を開いた。そして中に入り、扉を開いたまま中から横たわった悪魔を見る。


 「シークレットルームの中から洞窟内に魔法が届くかどうかの実験と、悪魔の事を詳しく知りたい」


 俺はばらけた魔道書を取り出し「コンバートブック」とつぶやく。すると頁が自動で開かれ魔法陣に魔力が供給される。


 魔道書内のコンバートブックの頁を開かせるのなら「有り様の理を整える力、理の有り様を整える力を操る呪文」と唱えるワケなんだけど、それは目次から初めて使う魔法を選択した場合。

 俺も初めのうちはそうする事が決まりだと思っていたけど、この魔道書に組み込まれた人工精霊はデキが良くて、使用者がしっかりと呪文の内容と結果を知っていると判断出来た時は略式でも開いてくれる。


 まぁ呪文の内容が判らなくても、自分で頁を捲っていく事は出来るんだけどね。


 そして開いた後の一瞬で魔道書の頁に書かれている魔術式に魔力が行き渡ったと感じたので、横たわっている悪魔に向かって呪文が飛んでいく様な想像をしながら唱える。


 「コンバート ブック」


 ほんの束の間。一瞬の間、第六事象という現実世界とは別の世界に魔法陣が展開しているのを感じた。魔法陣は第六事象に展開しないと現実世界に干渉できない。

 魔道書から始まって第六事象を経由して現実世界に変化をもたらす。それが魔道書使いの魔法だ。


 そしてコンバートブックの魔法により、横たわっていた悪魔はその理を操られ、変化し、一冊の本に変わった。


 「悪魔にも効くんだな」


 『元々は魔獣の使う魔法を分析する魔法だっただわさ』

 「悪魔の秘密を覗き放題ですなぁ。まぁ悪魔族には秘密なんて持ち合わせていまへんでしょうが」

 『せいぜい呪文や策略の方法ぐらいだわさ』


 力だけが主流だから、欺すとかしないで力で叩き潰すんだろうなぁ。精霊悪魔なら欺す事に主軸を置くのかも知れないな。


 「その本はペンギンが持ってて中身を確かめてくれ」


 『良いだわ?』


 「悪魔の知識に興味はあるだろ? だけど悪魔の本質的な悪意に犯されない様に注意してくれ。出来るか?」


 『だわだわ!』


 おそらく喜んでいるんだろう。俺の背負ってるリュックから飛び降りて本を取りに走っていった。まぁペンギン走りだけど。


 「猫は悪魔の秘密には興味無いのか?」


 「知識のネエさんは悪魔族に対抗する頁を管理してはったと聞いてますわ。なら悪魔族に関する耐性もいろいろ付与されてるはずですわ。ワイは悪魔族とは関わってませんよって、そっち方面はとんとですわ」


 悪魔の生き様をその悪魔さえも知らない事まで暴き出すコンバートブックだから、悪魔の成り立ちまで書かれている可能性がある。それは悪魔が悪魔たる由縁が書かれているワケだから、その本を読んだ者に悪魔的な影響を与える可能性がある。

 つまりミイラ取りがミイラになるかもという事だ。

 ペンギンは悪魔を即死させる呪文の頁を管理していた。それは悪魔からも直接攻撃される事を意味する。物理的な力を伴う攻撃は魔道書自体が弾くが、精神的な攻撃は耐性を付与して弾いていたというワケなんだな。


 「あの悪魔に掛かっていた呪いってどうなったんだろう?」


 「この場所に釘付けと力を削がれる呪いでしたなぁ。たぶん理が変わりましたんで、効力を失っている可能性が高いですな」


 「あの本を持ったまま移動してみれば判るか」


 地面に置かれた本を食い入る様に見つめているペンギンを本ごと、俺の背中のリュックの上に放り上げる。ちょっと乱暴になったかな? とか思ったけど、ペンギンは文句を言う暇があったら本の内容を読み込む、という感じで本を見つめていた。


 まぁ静かだから良いか。


 「ゴーレム。俺たちの五メートル前を移動してくれ」


 警戒を怠らずに前進を再開した。


 呪われた悪魔族が居た場所を通り過ぎても何の違和感も無かった。あの呪いはあの悪魔族のみに掛かっていたモノで、コンバートブックで本にされた後には影響を与えるものでは無かったようだ。


 俺たちにとっては今までの洞窟通路と変わりない状態が続く。一度だけ魔法の灯りが消えたため、一旦シークレットルームに入ってから魔法で灯し直した。その時に周辺探知の魔法と悪魔探知の魔法を掛けて見たが、洞窟内ではあまり役には立たなかった。


 「周辺探知だと真っ直ぐの道がある、ってぐらいしか判らないんだよなぁ」


 「異空間ですわ。道以外は存在しないのと同じですわな」


 「あ~、シークレットルームの中で周辺探知をする様なモノかぁ」


 「ですわ」


 「あっ」


 猫の返答のすぐ後に、俺の周辺探知に変化が訪れた。前方、探知のギリギリに何かある様に見える。


 「また円形広場かな?」


 「マーちゃんたちの反応はぁ?」


 「まだ探知の片隅に少しの変化があっただけだ。とりあえず進もう」


 捕らえられて、死を待つばかりの状態になっていた悪魔族を見て、リッカの焦りが再燃してきた感じだ。攻撃呪文の魔道具が気休めにしかならないモノだった、と言うのも焦りの原因だろうなぁ。でも、無いよりはかなりマシなはず、なんだよ?


 暫く進むと探知に反応したのはやっぱり円形広場だというのが判った。しかも、俺たちが今進んでいる通路がつながっているだけ、という行き止まり状態だ。


 「広場にマーカーを打って、転移の罠に掛かってみるしかなさそうだな。ペンギンの方は何か判ったか?」


 『今、大事な事が二つ判っただわさ。あの悪魔族は元々ヴァイカウント級の悪魔だったみたいだわさ。ヴァイカウントになって調子に乗って、カウント級の悪魔族を倒して取り込んで、一気に下克上を狙っただわさ』


 「で、返り討ちにあって呪われて閉じ込められたか。良くある話だなぁ」


 『基本はそれだわさ。だわ、実力差は明確だわさ。だわカウントの力の一部を削る様に奪っていく作戦だっただわさ。そしてここに辿り着いただわさ』


 「ここが悪魔の力を増強させている施設、というか発電所みたいな場所って事か?」


 『正解だわさ。カウントは敵対した悪魔族を捕らえて呪って、その力をゆっくり奪う罠の世界を作っただわさ』


 「ゆっくり奪う? 一気に取り込んだ方が早いし全部奪えるんじゃ無いのか?」


 『この本になった悪魔の状態を思い出すだわさ。捕らえたモノを呪って、怨嗟の声を上げる力も呪いの力で奪って、回復力も利用して奪い続けていただわさ』


 「うわー、さすがは悪魔という感じだなぁ。悪魔族って基本がそういう感じなのか?」


 『弱ければ単純になるだわさ。強くなればそういう事も含まれる様になるだわさ』


 「なんか大企業を連想してしまった」


 『似た様なモノだわさ』


 「で、そう言った捕らえられた悪魔が他にも居るってワケか?」


 『悪魔族だけじゃ無いだわさ。この本になった悪魔が確認しただわ。悪魔族が他に一体だわ。精霊悪魔が二体。魔法使いが一体だわさ』


 「魔法使い?」


 『だわ。人間種では無いだわさ。だわヤマトよりは魔法使いだわ』


 「爺さんのような熟練じゃなく、魔法使いとしては成り立てに近い魔法使いって事か。それでも俺よりは魔法使い、ってんじゃ、俺もこのまま進むのはヤバいって事か?」


 「ニイさん。諦めて帰りますか?」

 『帰るのも勇気だわさ。二重遭難だわさ』


 たぶん、ペンギンの言っている事が正解なんだろうな。この世界、と言うかマレスやリッカ、ファインバッハたちが居るこの世界で、魔法使いに近い存在は俺だけなんだろう。その俺よりも魔法使いな存在が捕らえられているんじゃ、俺なんかが太刀打ちできるモノじゃ無い。


 「いや、行こう。別にそのカウント級の悪魔族を倒すために来たんじゃなくて、マレスたちを探すために来たんだからな。こそこそ隠れてやり過ごして、探し出したらさっさと逃げる方針は変わらない」


 「ヤマト~」


 リッカが抱きついてきた。リッカ自身も話を聞いていて、諦めるしか無いと思っていたんだろうな。


 「とりあえず進もう。ペンギン。そのカウント級に俺たちの存在は知られていると思うか?」


 『この本にされた悪魔によると、極々偶にしかここに来て無いだわさ。だわ、管理用の下僕は置いているだわさ』


 「少しだけ朗報って感じだな。まぁ基本、見つからない様に進もう」


 そして円形広場に到着した。


 ここでもはぐれない様に全員でゴーレムに乗り込み、広場の中央に進んだ。程なく雑な転移の気持ち悪さが襲い、すぐに消えた。


 そこは、今までと違う光景だった。円形広場は三倍ぐらい大きくなっていて、五つの大きな円がサイコロの五の面の様に地面に刻まれている。それ以外にどこかに進める道は存在しなかった。


 「ここは、転移の分岐点か?」


 「おそらくそうですな」

 『どの円を選ぶだわさ?』


 「分岐点と言う事なら、まずは中央だろう」


 特に反対意見も無かったので、俺とリッカで転移のマーカーを打ち込んでからゴーレムに乗ったまま中央の円に進んだ。


 おそらく転移の罠が起動するだろうという場所の手前でゴーレムを止め、ゴーレムの肩に座ったままアイテムボックスを操作する。アイテムボックスから出すのはリッカの世界で手ぬぐいとして使われている布を一枚。


 まず布を少し丸めた状態にして地面に描かれている円の外側に放る。次に反対側にアイスクルランスを打ち込む。この転移の罠がある空間でなら魔法は使えるから、俺の魔道書からの強めの魔法を打ち込んでおく。


 「まぁ、当てには出来ないが、何らかの目印にはなるだろ」


 そしてゴーレムを進ませ、罠の転移を発動させる。


 再び襲い来る気持ち悪さを超えて、転移した先はお屋敷の庭だった。


 転移だからどんな場所に出ても当たり前なんだけど、悪魔の作ったダンジョンもどきから転移したら宮殿風のお屋敷の庭というのは意表を突かれた。


 「えっと、ここ、何処だろ?」


 宮殿。

 主に王族が住む屋敷の事だ。俺の世界だと皇居が同じ意味を持つが、目の前にあるのは西洋的な王族の威厳を表す屋敷という感じだ。屋敷の前には広い庭が広がっているが、俺たちは比較的屋敷に近い場所に転移させられた様だ。


 「と、とにかく、目立たない場所へ移動しよう」


 目の前の屋敷には、屋敷に入るためのデカい扉がある。しかし派手な装飾が施された扉はガッチリ閉まっているようだ。まぁ、おそらく使用人用の小さな扉が両脇にあるんだが、そっちなら開いていそうな気がする。横方向に移動すれば、さらに小さな扉がいくらでもありそうな雰囲気だ。まぁ、出城では無く屋敷だしな。


 屋敷の窓から見えない位置、と言う事で屋敷に近づき身を低くする。それから少し迷ったが、ゴーレムの魔法を解除して土塊に戻し、魔石を回収する。動きが遅いし、どこかに待機させておいても回収できる見込みも無いしな。


 「ここはカウント級の悪魔族の屋敷だと思うんだが?」


 『ウチもその可能性は高いと思うだわさ』

 「ワイもや」


 「ならこっそり入って、こっそり調べて、こっそり脱出、ってのが筋だな。で、確認なんだが、皆は今、魔法は使えるか?」


 『魔道具の方は判らないだわさ。だわ、魔力変換は無理だわさ』

 「ワイもや」


 「あたしも駄目みたい~」


 リッカも魔道書を出して確認している。だがアイテムボックスから出すのは出来ても、魔道書の呪文は相変わらず発動しない様だ。

 あの悪魔を閉じ込めておいた洞窟とつながる転移の出口なんだから、もしもを考えて魔法発動を阻害する仕組みは当然あるよなぁ。


 俺たちはこっそりと屋敷の側面に回り込み、通用口の一つを見つけて潜り込んだ。



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