37 商売の悪魔
竜人族の里の近くにある、竜人族の子供たちの鍛錬場所にもなっているダンジョン。そこに魔道書の頁があるという反応があったため、俺はそのダンジョンに入る事にした。
その俺の行動に同行するという、冒険者ギルド所属のハイエルフ種族の精霊使いマレス、人間種の魔道書使いリッカ、同じく人間種で剣士のエルマ。更に竜人族のリーガとリーガの部下であるラグの五人を引き連れてのダンジョン探索になった。
そして向かったダンジョンはリーガ達の知っている様相とは違っていた。
これは特別な頁を管理している悪魔が俺に対して嫌がらせを行うためにダンジョンコアに干渉して変化させていた物で、あわよくば俺に痛手を与えてから更に逃亡するつもりもあった様だ。
そんな状況だったが、俺の魔法を阻害する呪文であっさり解決。全員無事で魔道書の頁も回収する事が出来た。
でも何故か、魔道書の頁を管理していたはずの悪魔が、頁から出たまま戻れなくなっていた。俺の回収の仕方に問題があったのかも知れないが、何が原因になっているかはその悪魔にも判らないと言う事だった。
判っているのは、頁から出て来てはいるが悪魔は管理する頁から離れられない状態で有り、魔道書を持つ俺からは距離を取れない状態と言う事。つまり俺はその悪魔をどうにかしない事には、常に悪魔を引き連れて歩かなければならないと言う事だ。
「お前が管理していた『悪魔を殺す呪文』でお前を殺してしまうのが一番手っ取り早い方法って事か?」
『ぎぇっ! なんて事言うだわさ! 今まで管理の仕事をさせておいて、ちょっと都合が悪くなったら殺すなんて、悪魔よりも悪辣だわさ! まるで人間の様だわさ!』
「うーん、もっともだ。心当たりが有り過ぎて反論の余地が無いな。まぁ殺すのは無しにすると、あとは元通りの本の管理に戻すか、完全に解放するかだけど、その方法は知ってるか?」
『ウチが知っていれば、さっさとやってるだわさ!』
「さらにもっともだ」
寝泊まりの拠点にしているリーガ達の里に向かいながら、そんな実りの無い会話をしていた。
俺とマレス達は、リーガ達竜人族との交流の接点を持つためにやって来た、と言う建て前を持っていた。そのこと自体は俺の従魔になった緋竜のローローが見事に懐柔して里とは良い関係に落ち着いた。
俺たちがいつでも転移で行き来出来る様に場所を確保出来たので、魔道書使いのリッカも俺もここの場所にしっかりとマーカーを打ち込めた。これで交流の役目は完璧に成されたわけだ。
まぁ問題は、緋竜のローローにべったりの竜人族達を引き剥がすのが少しだけ大変かな? と言う程度か。
そんな事を思いながら里へと到着したら、何やら騒がしい。い、嫌な予感が。
「何事か! 誰ぞ説明せよ!」
俺たちと同行していたリーガが里の者に問いかけると、戦士職の竜人族と思しき一人が出て来て背筋を伸ばした。
「はっ。お帰りなさいませ。実は里に不審な者が入り込んでいるのを発見したのですが、どのような処置にするか問題になっております」
「不審な者?」
「はっ。本人はケットシーを名乗っております」
その言葉を聞いて、俺はマレスに顔を向けた。
「ケットシーって猫の王様だっけ?」
「それは聞いた事が無いのですが、確かに猫を統率する事は出来ると言う話ですね。一応、猫の妖精種の一つと言われています」
「妖精種?」
「精霊と人種との中間的な存在と仮定されていますが、済みません、詳しく学問されていませんので存在は認知されているのですがどういった存在なのかは不明なままです。それとノームやシルフなども妖精種と言われる事もあります」
「精霊とは違うのは判ってるって事かな? その辺りはどうだ?」
最後の質問は俺のやや後ろを着いてきているイワトビペンギンに向けた。
『ウチは知識の悪魔だわさ! 知識を求める者に知識を得る手段を諭して、ドンドンと知識を求めて行く様にする悪魔だわさ! 知識を持っている悪魔では無いだわさ!』
「知識を求めて人として破綻する様に仕向けるって事か?」
『破綻したらそれっきりだわさ! 知識を求めて更に知識を求めて、って限りなく求めて満足して求めて満足する状態が続くのが一番だわさ! でもちょっと油断すると破綻してまた初めからとなるだわさ』
「あぁ、中毒状態の魂というか、精神みたいなモノに浸るワケか」
『それが一番近いだわさ』
その課程で人間関係から破綻していくんだろうなぁ。
「すると人の持つ欲望系にはほとんど悪魔がいるワケか。怠惰とか強欲とか性欲とか」
『いる筈だわさ。もっとも、そういった事を知っていたり自覚しているのはほとんど居ない筈だわさ』
「知識の悪魔だからこそ知っていると言う事か」
『そういう事だわさ』
「なら、妖精とかの事は知らないのか?」
『知識を求める切っ掛けぐらいなら知っているだわさ。判らない、で終わると知識を求める欲望がそのまま消えてしまうだわさ』
「なるほど。で妖精って?」
『あんたの所の、所謂妖怪に相当するだわさ。こっちでも元々は幻想種とか言われていたのが、いつの間にか当たり前の様にいるだわさ』
「妖怪かぁ。じゃあ、居るんじゃ無いかという噂話から発生したとか、発生する条件が作られたとかか?」
『そういうのも居るだわさ。まぁ『はっきり』しないと言うのがアヤカシだった筈だわさ』
「で、本人はケットシーとか名乗っているらしいけど、本物なのか?」
『見ないと判らないだわさ』
「そりゃそうか」
と言う事で、後学のためにも是非見て見たいと言って、その現場に向かった。
里の外縁。竜人族の戦士達が訓練を行う広場に十数人の竜人族が集まっていた。その集団の中央に、『アイビーバインド』で拘束された一つの塊が立っていた。アイビーバインドのせいで倒れる事も出来無い様だ。
近づいて見ると、確かに猫だ。デブ猫だ。二本足で立っている状態にされているけど、その背丈は俺の腹くらいまではありそうだ。俺の横にいるイワトビペンギンの二倍近く背が高い感じがする。毛色は真っ黒で、胸の辺りが少しだけ白い毛になっている。
脇腹に手を入れて抱きかかえ上げると、ミョーンと伸びそうだ。きっと、ミョーンと伸びるに違いない。ミョーンと。ミョーンと。
俺が密かに恐怖していると、竜人族の魔道書使いがそろそろ限界だと言ってきた。なので俺が引き継いでアイビーバインドを張り直す。
元々竜人族は戦士系ばかりで、魔道書使いは数も少ないし練度も低い。俺たちと一緒に移動してきた竜人族の魔道書使いは、その中でも練度がかなり上だった様だ。それでも俺たちの基準からすると、『得意では無い』というレベルになる。
『植物の蔓での拘束』を引き継いで、改めて自称ケットシーを見る。うん、デカいデブ猫でしかないなぁ。
「なぁ。あんさん。ちぃと助けてくれへんかぁ?」
なんと俺に向かってそんな事を言った。
「お前、しゃべれるのか?」
「なにゆうてはりますのぉ? ワイ、ケットシーやと名乗ってますやろ?」
「あ、確かに」
そこに、俺の足を突っつくくちばしの感触があった。イワトビペンギンが何か言いたそうだ。
「なんだ?」
『そいつ、妖精族じゃないだわさ。悪魔ださわ!』
「え?」
イワトビペンギンの声が聞こえた様で、自称ケットシーが『ちっ』と舌打ちした。
イワトビペンギンの言葉を聞いて、リーガが持っていた剣を抜く。それに呼応して周りの竜人族達も剣を抜いて、ケットシーもどきに向けて警戒をあらわにした。
「で、このケットシーモドキはなんの悪魔なのか判るか?」
『たぶん、人の欲の一つだとは思うだわさ』
イワトビペンギンでもハッキリしないのか。
「自称ケットシーの悪魔に聞く。お前は何の悪魔だ?」
「ワイでっか? ワイは商売で儲けようという欲にどっぷり浸かった、身内でさえ売り飛ばす様な儲けようという欲望を嗜む悪魔や。よろしゅうに」
「え、えらく、ストレートに来たなぁ。イワトビペンギンは、あの言葉が正しいと思うか?」
『おそらく真実だわさ』
「あー、でも、商売に関する悪魔なら、欺瞞も言葉のアヤとか言いそうだなあ」
『あ、それはあるだわさ! ウチとした事が、瞞されるとこだっただわさ』
「あんさんら! ワイは商売に関しては嘘、詐欺、ふっかけやごね得なんかも使いまくりやけど、それ以外は真摯で真っ当な心を持っとるのやでー!」
「今までで一番信用出来無い台詞が来たなぁ」
「なんやのん! ワイの言葉のどこが信用出来無いとおっしゃるんや!」
「いや、その標準語にどっぷり漬かった東京の人間が、大阪弁をマネした様な無様な関西弁が全てを物語ってる」
「なんやて!」
『それってゲーノス様の自動翻訳のせいだわさ』
「あ、そうなの?」
俺の胡散臭いと言う評価が翻訳魔法に反映されているらしい。
「まぁ、それはとにかく、商売の悪魔が誰かに憑依とかしないで直接ここに来た理由はなんだ?」
「ああ、ワイは悪魔としてでは無くてな、下僕としてのお使いで来たんや。ここにロブロスはんのにわか弟子がおるはずなんやが?」
「ロブロス? また、はじめて聞く名前だな」
『あー、ロブロスってのはゲーノス様の別名だわさ』
「え? 爺さんの?」
『魔法使い。特に悪魔さえ御する者達は皆本名を隠してるだわさ』
「ああ、真名だっけ? 真の名前は魂を縛るとか。俺も偽名を使った方がいいのか?」
『今更だわさ』
「だよな。まぁここの仕事が終わったら考えよう」
『ちなみにあんたの本名はなんだわさ?』
「福沢諭吉だ」
『ああ、人の価値は学問をしたかしないかで決まるだわさ、って言ったヤツだわさ』
「天は人の上に、とか言うのは引用文で本人の言葉じゃ無いから、そこを避けたのは流石は知識の悪魔って感じだな」
『で、福沢諭吉とどんな関係があるだわさ?』
「偽名を考えた時、有名人の名前が出るだろう? 伊藤博文とか新渡戸稲造とか」
『…………お金が無ければバイトとかすればいいだわさ』
「俺んちの場合、工房の工場での雑用か、成績死守の上での余所でのバイトかに別れるんだよ」
『家で働く方が色々融通は利くと思うだわさ』
「俺んちだと、将来の資格を取るための資金って事で自動的に積み立てされんだよ」
『良い事だわさ。将来食いっぱぐれが無い様に色々資格を取っておくべきだわさ』
親たちと同じ事を言うとは。
「あのな~。ワイはいつまで縛られたままなんやぁ?」
「ちっ。くだらない会話で意識そらして、そのまま放置する遠大な計画が…」
『清々しいまでにくだらない計画だわさ』
「ほんまや」
結局、俺自身に用があってここに来たみたいだし、特に悪さもしないとうことで開放して話を聞くことにした。
「ほんま、えらい目に会いましたわぁ。で、あんさんがロブロスはんのにわか弟子でええのんか?」
「ロブロスってのが俺の知ってる爺さんなら、だけどな」
場所は竜神族の里にある、一種のゲストハウスも兼用する場所を俺たちの寝泊まり用に借りている。そこに俺たち四人と、リーガたち竜神族が四人。そこにケットシーの見た目の悪魔。
「あの? ヤマトにはそのお師匠様である魔法使い殿は名乗らなかったんですか?」
ハイエルフのマレスが聞いてきた。
「あの爺さん。初めは『儂の事は好きに呼べ』とか言ってたんだ。だから『七夕の中の桃の節句ごま風味』と言ったらチェンジでって言いやがった。あれ? 無精卵のオスメス判定仏像だったかな? まぁいいや、結局爺さんと呼べって事になったから俺にとっては『爺さん』が正式名称だな」
「なるほど、ロブロスはん、というか魔法使い的な対応でんな。で、あんさんはヤマトということでええんか?」
「ヤマトでいいが、渋沢栄一でも廐戸皇子でもいいぞ」
『だからバイトしろだわさ』
「こっちで純金や銀を採掘しても、俺んところだと換金出来ないんだよ」
特に金とかは出自のはっきりしたものしか取引できないらしい。
「ほな、ヤマトはんとか、にいさんとか呼ばせてもらうわ」
「それぐらいならいいぞ。でもヤマさんとか、沈没戦艦とかだと『竜の顎』で噛み砕く」
「なんでかは知らへんが、拘りっちゅうやっちゃな」
「それで、なんで俺の所に来たんだ?」
「そやった。なんでか寄り道しまくってる感じやったが、ワイのお使いを済まさんとな。ヤマトはんはロブロスはんから『基礎魔法その一』とか言う魔導書をもろうてるはずでんな?」
「ああ、それとバラけた魔導書だな」
胸のポケットに入れてある魔導書を取り出して軽く見せる。相手は悪魔だから、奪われたり細工されたりしたら拙いからな。
「それでええですわ。しっかりロブロスはんの弟子と確認が取れましたわ。ほな、コレがロブロスはんからのお届け物や」
そう言ってケットシー型の悪魔がどこからともなく一つの風呂敷包みを取り出して俺に渡してきた。緑の地に白抜きで唐草模様って、良くありそうな感じであまり見かけない風呂敷だ。デザインは良いんだけど、テレビコントとかで泥棒が背負う荷物というイメージがあるんだよねぇ。
風呂敷包みを地面に置いて結び目を解き広げると、中には『基礎魔法その一』と同じ装丁の『基礎魔法その二』。その一よりもちょっと分厚い。
地面に置いたまま表紙をめくると、基礎魔法その二、錬金術と補助魔法というタイトルが書かれていた。更に頁をめくると目次の頁で、体力回復からキズの治療、毒消しなどの薬や、魔法金属精錬、魔道具作成やエンチャントなどの項目があった。
「うん。確かに爺さんの魔道書だな」
手に取ると他の魔道書の様にポケットサイズに小さくなった。内容的にその一よりも緊急性の低そうな魔道書になるから、胸のポケットでは無く腰のポーチに入れておく。胸のポケットは二冊でいっぱいだしね。
「用事はコレでお終いか?」
「そうでんな。ああ、一つ。『たまには手紙を確認しろ』とか言うのもあったわ」
あ、あの手紙って、メールの様に使えるのか。いや、手紙はメールだけどさ。
久しぶりにポーチから出して見ると、魔道書を送った、という短文だけが書かれていた。それも読み終わったら消えた。これって無線式のファックスって感じで使えないかな? 国同士、ギルド間、個人間で使えれば、魔法での念話よりも便利になりそうだ。
基礎魔法その二の内容に魔道具の作成に関する項目があったから、いろいろ研究してみるのも良いな。
「判った。後はコレを見て俺が勉強すれば良いだけだな。えっと、ご苦労さん。もう用事は無いよな?」
「コレで終いやな。ほな、ワイはこれで失礼させ………」
「? どうした?」
「わ、ワイはどうやって戻ったらええんや?」
「え?」
ここへは爺さんに直接送り出して貰った様だ。しかも、この悪魔は次元を越える能力を持っていないらしい。
「知識の悪魔は知らないのか?」
『次元を越えると言うのは魔法使いの奥義だわさ。幾つかある魔法使いと認定される条件の一つだわさ。ウチは知らないけど、知っていても魔法使いに使役されている悪魔には言う事自体が出来ないだわさ』
「そうか。それなら仕方無いな。じゃ、お使いご苦労だったな。元気でやってくれ」
「まってーな! 何を厄介払いしとりまんのや! あんさんの師匠からあんさんへのお使いでっしゃろ! 最後まで責任取って貰わんと割に合わんわ!」
ケットシーが逃げようとする俺の足に取りすがって泣いている。うん、鬱陶しいな。
そして、まぁ、判っていた事だけど、このケットシー型の悪魔も俺に同行する事になった。
「あー、同行は仕方無いとして、お前たちは何と呼べば良いんだ?」
ここに来て、イワトビペンギンとケットシーの名前を聞いていない事に気付いた。というか、わざと聞いていなかったんだけどな。
『ウチは頁の管理悪魔としか呼ばれてなかっただわさ。それ以前は名前とか関係ない存在だっただわさ』
「ワイはケットシーとは呼ばれておったんやが、これって種族名やろ? 後付けで『設定』された種族やからなぁ。それ以前はワイも名乗るとかはしとらんかったわ」
「なら俺も、イワトビペンギンとケットシーでいいか」
「なんちゅう、殺生な事を言わりはんのや。もっと真剣に付き合っとうてえな」
『真摯な態度を要求するだわさ!』
「面倒だなぁ。うーん、じゃあ、イワトビペンギンの方はイワトでケットシーの方はケットで」
『適当すぎるだわさー!』
「何考えてますのやー!」
不評だ。何故だろう?
「でもなぁ。どうせ爺さんのところに戻れば意味の無い名前になるはずだろ?」
『そんな事無いだわさ。あのゲーノス様が自分でウチらの名前を付け直すとは思えないだわさ』
「ほんまでっせ。下手したらワイらの真名になってもうかも知れへんのや」
なるほど。真名になる可能性があるのなら変な名前は嫌がるよなぁ。
「なら知識の悪魔にはノウンってのはどうだ?」
『あんたのとこの言葉で、ノウレッジとかからだわさ?』
「ああ、ノウハウとかアイノウ、とかっていうノウから取ってみた」
『あんたにしてはそこそこな感じだわさ』
「俺もそう思う。まぁ普段はペンギン、と呼ぶだろうけど」
『ぐっ。それは我慢するだわさ』
そして直立した二足歩行状態の黒猫に向き直る。
「ケットシーの方はアル…じゃなくてアイ…じゃなくて、算盤ってなんだっけ?」
『もしかしてアバカスの事だわさ?』
「それそれ。商売系の悪魔なら良い感じだと思うんだが」
「ほう。アバカスかぁ。中々かっこええんとちゃいまっか?」
「普段はネコだけどな」
「それは…、まぁええわ。ほなそれで宜しゅうに」
それから少し実験をした。
まず俺のシークレットルームに二匹を入れて、俺だけが転移で離れてみる。少し前はダンジョンの底から地上に転移しただけでペンギンが一緒に転移してきたが、シークレットルームに入れておくとルームに入ったままになるようだ。シークレットルームは俺自身の存在の中に空間を作るという感じになるので、ルームの中なら俺と一緒に居るという事になるんだろう。同じ条件のアイテムボックスにも入るだろうけど、中は時間停止だし、悪魔そのものの能力で内側から悪戯される可能性も考えるとやらない方が良さそうだ。
俺だけが通行する権利を持っている俺のアナザーワールドにも入れてみたが、こちらはペンギンだけが出て来て着いてきてしまった。ネコは入ったまま昼寝してたから、ネコ自身は俺から離れても問題無いって事だな。
と言う事でシークレットルームの二番目に二匹の部屋を作った。
簡単な箱を並べただけのベッドに俺のクリエイトアイテムで作ったマットレスモドキとシーツを敷いただけの寝床とまだ何も置かれていない棚があるだけの部屋だけど、二匹とも妙に感激していた。
精霊の上位種の一つである悪魔だから、人間に取り憑いたり、世間を彷徨ったりする性質なため、一つ所に留まり続ける事が無かったかららしい。特にペンギンの方は魔道書の頁の管理という役割のため、必要な時に呼び出されるだけで普段は曖昧な状態で寝ていたらしい。
「必要そうなモノが有ったら言ってくれ。出来るだけ作るか買うかで用意するつもりだ」
そう言ったら、何故か驚愕していた。魔法使いにとっては悪魔は使役するモノで、悪魔に便宜を図るなんてあり得ないらしい。そう言う扱いの方が良いのか? と聞いたら全力で首を横に振っていた。
俺としては、俺の周囲に騒ぎを起こして欲しくない、ってだけ。どうせ連れて行く事になるんだから、恩を売っておいた方が後々都合が良さそうだしなぁ。
ペンギンは本を読みたいと言ってきた。なので一番目のシークレットルームへの立ち入りを許可しておいた。ネコは特に無いらしいけど、筆記具関係とクリエイトアイテムで作った算盤を与えてみた。算盤は算盤の元になったアバカスというモノでは無く、現代日本で使われているタイプの長いヤツ。使い方はペンギンに聞いてくれと言っておいた。
そして、俺たちの竜人族の里での用事は全て終わった。
転移でさっさと帰ろうかと相談していたら、リーガ達に止められてしまった。何でも送迎の宴を催したいとか? 実際は緋竜のローロと別れたくないって所だろう。俺たちがダンジョンに言っている間、一生懸命なつかせようと餌付けしてたしなぁ。
宴の準備に十日くれと言われたが、明日には戻るから宴は今晩だけと断っておく。
宴までの間に俺は基礎魔法その二の魔道書の内容をチェックする。
俺自身からしたら、かなりの魔力を使うが部位欠損さえも直せる魔法を使える。細胞が死んでさえいなければ脳みそさえグチャグチャになっても蘇生出来る。ならば薬品関係は後回しで良いかな?
「あんさん。薬関係は良い商売になりまっせ? 何より作り置きを必要に応じて換金出来る優れモンや。コレはやらない手は無いでっしゃろ」
ネコが目を細めて迫る。流石は商売の悪魔だ。さらにマレスも顔を近づける。
「この間ヤマトが毒に倒れた時、ヤマトは気絶も出来ないで治療魔法を使い続けました。その時は何とかしのげましたけど、もしヤマトが気絶してしまった時には強力な薬の作り置きは必要なのでは無いでしょうか?」
「うん。簡単なヒールはヤマトのおかげで広まったけど、魔道書使いがいるパーティじゃないと危ないのは変わらないよねぇ」
魔道書使いのリッカも薬を広める事に賛成の様だ。
「ええ商売になりまっせ~。ほな話をつめまひょか」
「いい話っぽくなってきたのに、いろいろ台無しだな」
どれをどうやって広めるか、まずは作り方から見て見ようと基礎魔法その二の魔道書を取り出して手に持つ。
「ポーション」
魔道書を開かず、手に持ったままそう言うと本か勝手にめくられていく。たぶんそうなんじゃ無いかなと思ってやったけど、本当に自動で開いて良かった。
基礎魔法その一の魔道書は開くと同時に発動準備に入るけど、こっちは作業手順が書かれているし、点順や必要なモノが頭に入ってくる仕様のようだ。
「ヤマト?」
マレスとリッカが覗き込んでいるけど、内容は判らないらしい。というか読めなかったようだ。魔道書その一も見せた事があったけど、同じだったな。おかげで俺が一つ一つ書き写さなければならなかった。
まぁ、そのおかげで、術式をレベルダウンさせて教える事が出来たんだけどね。
レベルダウン、と言うか、省魔力化という方が正しいか。爺さんの魔道書は開くと魔力を自動で引き出していく。それを抑えるセンスと大きな魔力を扱う資質が無ければ、ちょっとしたミスで干からびて死んでしまう事もある。これは暫く爺さんの魔道書を使ってから気付いた事なんだよなぁ。
初めから学院の生徒や生活魔法用に省魔力化する事を前提に書き写してきたからこそ、その安全は守られたって事に後から気付いてちょっと焦ったのは良い思い出だ。
「えっと、まずは普通のポーションなんだけど、コレによると薬草と、薬草の魔石が要るらしい」
「え? ヤマトが発見したアレですか?」
「ああ、それと、薬草の魔石から魔力が抜けない様に、魔道書の魔方陣を描くのと同じ材料で魔方陣を作って、その中で魔石を砕いて蒸留水で完全に溶かして、更に薬草を細かく切ったものを入れて一定温度で煮込むんだそうだ」
「薬草の魔石を使うと言う時点で、薬師の作るポーションとは違う感じがしますね」
一時はギルドの長を務めていて、最近はファインバッハの下で動き回っているマレスが言う。
マレスの知り合いだった薬師のアルバという女性を思い出す。つい数日前、俺を殺そうとしてきて返り討ちに遭い死んでしまったが、俺を狙った動機も不明のままだ。
俺が生活魔法でヒールを広めたせいでポーションを作る薬師の恨みを買った、と言う可能性が高いらしいけど本当のところはまだ判らない。
しかし、ここで俺が魔石を使うポーションを発表したら、確実に薬師の恨みを買うんじゃ無いだろうか?
「更に、安定剤を入れて煮込む時にヒールやリカバリーの魔法を掛けてやれば、術者の力量次第でハイポーションなんかが作れるらしい」
「え? 熟練者が作成すれば、リカバリーに準ずるポーションという事ですか?」
「ああ、いや、あくまでハイポーションの上級止まりだな。リカバリー並とかなら別の製法でエリクサーの劣化板ぐらいは作れるみたいだ」
「え、えりくさー…」
マレス達が絶句している。動じていないのはペンギンとネコぐらいだ。
「ワイの記憶では、ハイポーションでも指ぐらいは作れたはずやな」
『それより上級は材料を集めるのに割が合わないからやめておいた方が無難だわさ』
? 何故か二匹の悪魔達は、エリクサーの製作は乗り気では無い感じだ。話題を変えた方が良いかな? 後でマレス達とは別の場所で悪魔達に聞いてみよう。
「安定剤ってのは魔力クラゲの粉で良いのか?」
『あ、それを知っているなら話が早いだわさ。最適な材料と言うわけでも無いだわ、悪くは無いだわさ』
「なぁなぁ、こっちではポーションはどのくらいの量がいくらぐらいで取引されとるんや?」
「あ。俺はポーションとか買った事が無かったな。マレス?」
「はい。え、ええと、ヤマトが生活魔法のヒールを発表する前ですと、二回から三回ぐらいは使えるポーションが銀貨二枚から四枚ぐらいの間でしたね」
「高! ヒールが載ってる生活魔法の魔道書は銀貨五枚ぐらいで売ってたよね?」
「はい。ですので薬師が……」
そりゃ、恨むよなぁ。でも完全にぼったくりじゃん。売れなくなっても自業自得じゃん。
「その価格はほとんど詐欺みたいだから参考には出来無いな。ギルドで薬草の買い取りって、鉄貨数枚だったよね?」
「はい。季節や供給量に因って変動しますが」
「ならハイポーションでも銅貨五枚弱ぐらいが真っ当な値段かな? もしくは薬草買い取りの値段を上げるか」
「作業手順を考えますと、リカバリーぐらいは使える魔道書使いを専属にする必要がありそうですし、銀貨一枚ぐらいにはなるかも知れません。魔法を込めないポーションであれば銅貨五枚弱でしょうけど」
「ほな、魔石を使うだけのポーションは卸値で銅貨五枚、売値で銀貨一枚でどないや? 魔法を込めた方は卸が銀貨一枚、売値が銀貨二枚と言うところでっか? 本来ならポーションが銀貨二枚、魔法込めポーションが銀貨二枚半が相場っちゅう感じやけどなぁ」
こ、ここに商売人がいます! 悪魔じゃ無く、普通の商売人がいます!
「悪魔ならもっとぼったくるんじゃ無いの?」
「何ゆうてますの。コレでも輸送費や保険を除いた価格としてはぼってますやん」
「あ、確かに」
売れなかった場合の処分費やそれに伴う損失分、更に宣伝費とか色々上乗せされてるのが俺の方の考え方だったなぁ。
「問題は製造元でんな。あんさんが一々作るっちゅうワケにもいきまへんやろ? いっそ、製造と販売を担当する会社を興したらどないや?」
「おお。コレが商売の悪魔の手口かぁ。感心するなぁ」
「おおきに。って、何関心しとるんや。ワイはあんさんのためにゆうておるやで!」
「ぶっちゃけると、金目的じゃないんだよなぁ。ここで儲けるのなら適当な魔獣でも狩って魔石を取ってきた方が儲かるし」
『だわさ。ヤマトは魔獣を狩る力もあるし、治療魔法も使えるだわさ。わざわざ手間掛けて魔法使いの奥義を広める必要は無いだわさ』
「とりあえず作ってはみるけど、売りに出すかは別の事として考えようと思う。薬師の連中の動きも気になるし」
そこで宴の準備が出来たと呼び出しがあった。とりあえず本格的な普及は先だなぁ。
ツッコミって大事だわ~




