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グリモワールの欠片  作者: IDEI
34/51

34 ドラゴンブレス溶式

2020/12/30 改稿

 雨が降りそうだからと森の中に避難し竜人たちも待機、休憩モードに入った。アナザーワールドの開いた口を警護する数人を除いて思い思いに過ごしている。


 俺はアイテムボックスから布を取り出し、外套を作った。形はトレンチコートに近い形でフードが付いているモノを考え、それをアイテムメーカーで形にした。

 まぁ、所詮、俺が想像しただけの物だから、布一枚のペラペラな物なんだけどな。そのせいで、トレンチコートを目指したんだけど、タオル地じゃないバスローブみたいになってしまった。

 とりあえず、今回はこれで行くとして、帰ってきてから待機時間があれば、もっとしっかりした物を作りたいとは思う。雨期はまだまだ続きそうだしな。


 出来たバスローブモドキにロウソクをこすりつけ、応急の防水処置を施し、フードの口の部分を加工してない布の帯でグルグルと巻いた。まぁ、ゆったりとしたマフラーっぽい感じで。

 これで、走ってもフードが脱げないとは思う。前に作った飛行用の風防グラスでも着けようかと思ったけど、雨粒が相手だと逆に視界が悪くなりそうなので今回は除外した。


 帰ってきたら風呂入って着替えよう。女性陣に一言断れば問題無いだろう。


 うん。俺が、俺のためだけに作ったシークレットルームなんだよな。そうだよな。心の汗なんか流していないんだからね!


 準備が出来たので、俺はアナザーワールドの開いた出入り口の前に立ってばらけた魔導書を取り出し「魔導書よ、その身の一部の在処を示せ」と唱える。


 魔導書から伸びた光りが広場の更に先を示す。どうやら少し距離があるようだ。しばらくじっとしていたが、光りが横に動くような気配はなかった。


 しかし、次の瞬間、俺の視界が真っ白になった。


 そして、時を置かず、凄まじい轟音が辺りを覆った。


 「落雷か?」


 竜人族のリーガ達が驚いて駆けつけ、今の現象の確認をしようとしているようだ。俺は、初めの閃光をまともに見た所為で目の前が白いモヤで覆われているようにしか見えない。

 網膜が焼ける程ではなかった様だけど、回復する時間が惜しくて「ヒール」を唱える。

 自己治癒可能なレベルなら、ヒールで治るんだよね。ヒールが駄目だったらリカバリーを使う事になってたかも。でも、ヒールで充分に回復した。


 閃光の被害を受けたのは、アナザーワールドに開いた出入り口に一番近かった俺だけだったようで、他の連中に問題は無さそうだ。マレスは除く。


 「このアナザーワールドの周囲を見回って、落雷の痕跡を探してみよう。直ぐ近くに落ちたのなら、焼け跡ぐらい残ってるかも知れない。最悪な状況としては、この森が火事になる事ぐらいだろうけど、それ以外の脅威もあるかも知れないから注意してくれ」


 「御意!」


 またリーガが臣下の礼に近い感じで応えてきた。そして、俺がそれを注意しようか、リーガ達が飛び出そうか、というタイミングで、今日、二発目の閃光が走った。

 リーガは竜人族の戦闘部隊員に顔を向けていて、戦闘部隊員もリーガの方を向き、俺もリーガの方を向いた瞬間だったため、直接閃光を目撃した者は居なかった。


 なんというタイミング。


 それでも、目を押さえて視力の回復を待っている者たちも居た。


 「リーガ! 周辺探査は中止! 一度、アナザーワールドを閉じるよ!」


 そう言って大きく広げた出入り口を一気に閉じた。たちまち、辺りが静寂で満たされる。次ぎに竜人たちのため息が聞こえてきた。


 「ヤマト! 何があったのですか?」


 一発目の閃光と轟音で椅子ごとぶっ倒れて、お茶を頭からかぶって悶えていたマレスが復活し、リッカ達と一緒に駆け寄ってきた。


 「わからん! 突然の強い光りと爆音並みのデカイ音が二回、この近くで起こったらしい、っていうぐらいしか言えない」


 「落雷じゃないんですか?」


 「一回だけならその可能性もあったんだけど、二回連続で、っていうのがおかしいんだ。一回目の後、離れた場所に落ちてから、その後、またここに落ちた、ってのなら判らなくもないんだけどな」


 「なるほど。我々を狙った攻撃の可能性もあるかも知れないんですね?」


 もちろん、落雷が同じ場所に二連続で落ちるという確率が無い訳じゃない。この場所が、落雷の特異点になっている可能性もある。けど、だからと言って気を抜ける状況じゃないのは確かだ。


 「念のため、このアナザーワールドの中を移動して、町一つ分ぐらい戻った位置から外に出てみようと思ってる」

 「お供します」

 「わ、私も!」

 「我々も追随する許可をいただきたい」

 「えっと~」


 それぞれが勝手な事を言っているけど、状況はそんな単純な感じじゃない。


 「待て。一応、全員でこのアナザーワールドからは出て貰うつもりだ。もし俺が死んだら、二度と外と行き来出来なくなるからな。

 それと、これがもし、敵対する存在からの攻撃だとしたら、俺は真っ直ぐに逃げるつもりだ。

 カミナリか、それに近い攻撃をしてくるヤツを相手に対抗出来る手段なんて持ってないからな」


 カミナリは周りの空気を押し広げながら電流が進む現象で、その時の摩擦熱で光ると言う話しを聞いた事がある。電流が進む速度は光りに近いと言う話しだけど、カミナリは空気を押し広げるために何度もその場所を電流が往復しながら進むそうだ。

 そのため、遠くから眺めて、かつ、動体視力が良ければ、カミナリが『進む』現象を見る事ができらしい。

 それでも、秒速で二百キロの速度はあるらしいから、『察知』して『避ける』なんて出来るわけもない。『避雷針』と言う防災手段も存在するけど、避雷針の直ぐ横の壁に落雷して、壁が弾けた、なんて言う事故も偶にあるらしい。


 中学の時。何故か音楽の教師が無駄知識を披露していたのが正しければ、だけどな。


 要は、自然現象のカミナリか、それに近い物だった場合は対抗手段が無いって事だ。これが、魔導書を使った雷撃魔法とかだったら、風系統の強風防壁や水の壁、土の壁なんかで防ぐ事が出来る。同じカミナリで誘導してやるっていうやり方もある。


 矮小な人間の魔法構成力と、大自然の力の差、ってヤツだな。


 俺たちは急いで荷物をまとめ、俺はローロー、マレスが麒麟、リッカ達にはグリフォンに乗ってもらった。さらに、竜人達には強化魔法を俺が掛け、強化しても自由に飛べるまでは鍛えていない竜人たちにはホーンドラゴンとコモンドラゴンを出して、その背に乗って貰った。


 そして、かなり推定にはなるけれど、あのカミナリの発生源とは反対と思える方向に飛び出した。


 まだ、アナザーワールドの中で、外とは完全に遮断した状態のため、なんの音もない静かな飛行になった。はたして、外ではどんな轟音が飛び交っているか気になるが、ここでは飛行従魔たちの羽ばたきの音だけが聞こえている。

 誰もが口を閉じ、これからの成り行きに不安を感じているのだろう。


 小さな山、というか、大きな丘というか、それぐらいなら魔導書の魔法で吹き飛ばしてしまう俺が焦って、逃げを打つ、という状況に、皆が改めてその威力を認識したんだと思う。

 正直、似たような威力の魔法を撃つ事は出来る。でも、それを自分が避けるとか、防ぐとかは無理だと断言出来てしまう。

 山を吹き飛ばした時と同じ量の土砂が真上から降ってきたら、防ぐなんて出来ないで、ただ逃げるしか無いモンな。銃は撃てるけど、銃弾は防げない、ってのと似たようなモンかも。


 出発地点から二十分程飛んで、空中に出入り口を作る。


 目の前には、まだ雨が降っていない空が見えていた。ちょっと離れすぎたかな。でも、安全のためには丁度いいかも。

 と言う事で、まずはリーガが一人で外に飛び出し、安全を確認している。


 そしてリーガの頷きで俺たちも外に飛び出した。


 人数の確認をしてからアナザーワールドを閉じ、改めてカミナリの発生源を見つめる。


 そこには、ごく狭い範囲だけに暗雲がかかり、時折稲光が走っていた。範囲としては一キロ四方という感じだろうか。今、俺たちが居る場所からは十キロぐらいの距離はあるようだ。そのためか、カミナリの音自体はほとんど聞こえない。


 「マレス。あれは自然現象なのか?」


 自然現象なら、精霊使いに聞いてみた方が良いだろう。そう思って振り返ったら、マレスは両手で口元を押さえて震えていた。


 「わ、わかりません。で、でも、皆、皆、怒ってる。風も、水も、火も、大地も…

 ま、まさか、精霊王? でも、でも…」


 「リーガ。こういった現象に心当たりはあるかな?」


 「いいえ。我もまた初めて見る状況です」


 リーガは単純に否定しただけだけど、マレスの言う状況ってかなりヤバイんじゃないのかな。


 「とにかく、あれが危険だというのは判るから、今は出来るだけ避けて通ろう」


 視界は悪くなるけれど、地上に降りて歩きで移動する事にする。地上と空中で落雷の確率はほとんど変わらなかったはずだから。周りに高い木が多い方が直撃の心配が少しだけ減るというのもある。


 全員が地上に降り立って、ようやく一息つけた。


 まだ安全になったわけではなかったけど、少なくとも狙いはそれたはず。


 そこで、落雷に驚いて、慌てて胸ポケットに仕舞い込んだ魔導書を開いてみた。消えている可能性が高いけど、上手くいけば目次が示しているままになっているかも、という淡い期待を込めて。

 そして、幸運な事に、目次は光って名前を示していてくれた。


 『精霊魔法の解説』


 は?


 『解説』?


 今までは、『呪文』とか、『○○をする力』とか、しっかりと周りに作用する魔法と判る書き方がされていたのに、単なる『解説』文とはどういう事だ?


 別に『解説』が珍しいわけじゃない。


 十二元素理論の解説とかも存在したから、在る事自体は不思議じゃない。不可解なのは、『解説』文が力を持っている事だ。

 ハイエルフのマレスをして、精霊王と勘違いするほどの力を持ち、実際に自然界のカミナリ並みの雷撃を放って来ている。しかも、『本』を持っている俺を明確に狙い撃ちしようともしている。


 つまり、俺は『解説』文に意図的に攻撃されているわけだ。


 な、なんだ? この、沸々と湧いて出る感情は? なんともやるせない思いだ。


 そうだ。俺は怒っているんだ。


 こ、これが、『精霊魔法の解説』ではなく、『子猫の飼い方、および気を付けるべき病気』の解説だったなら!


 きっと、攻撃方法も雷撃ではなく、肉球による猫パンチ、とかになっていたかも!


 ち、ちくしょう! 血の涙を流して悔しがってしまう案件だよなぁ。


 もしも! もしもそうだったのなら、俺はここで死んでいただろう。しかも、満足した良い笑顔で! なのに、現実は精霊魔法で、自然界レベルの雷撃魔法だと!?


 許さん!


 俺の『夢の大往生計画』をあざ笑うような奴には、正義の鉄拳を喰らわせてやる!


 人、これを、八つ当たり、という。


 うん。まったく関係ないな。でも、妙にやる気にはなった。殺る気になった、とも言う。


 「マレス! リーガ! 皆はこの場所で待機していてくれ。俺はアレを回収してくる」


 「な、何を言っているんですか!」


 「我らもお供します」


 マレスは怒り、リーガはビビリながらもそう言ってきた。リーガは見た目がトカゲというか、ドラゴン型なんで、たぶん冷や汗はかかないんだろうな。でも、かけるのなら、全身びっしょりに冷や汗をかきながら、忠義のために命を投げ出した、という感じだ。


 「アレの攻撃目標は俺だ。だけど、俺が居なくても、周りに被害は出続けると思う。だから、ここで回収しておかないと、この後、何処でどれだけの被害が出るか判らない。見たとおり、尋常じゃない力を持っている様だしな。それと、リーガ達の勇気は凄いと思うけど、相手がアレでは足手まといになると思う」


 その俺の言葉で、しばらく二人に詰め寄られて「逃げるしかありません」だの「我らが盾になります」だの喚いてきたけど、落ち着いた所でばっさり切った。


 「これは俺の仕事なんだ」


 報酬があるんだから仕事だよね。しかも、他人にやらせるわけにもいかない。


 もしもの場合に備えて、俺が死んだ場合、アナザーワールドの出入りが不可能になるので、中で避難しておくという方法が取れない、ということと、緋竜のローロー以外の従魔は消えてしまう事を説明。その場合、竜人たちにマレスたちを送って欲しいとお願いしておいた。

 一応、魔導書使いのリッカとマレス自身が転移魔法を使えるのでその心配はないけど、もしもの場合用に保険をかける程度の意味合いで。


 それから、カードになっている従魔を全て顕現させる。


 麒麟やグリフォン、角竜はマレス達や竜人たちの移動用に出したままだった。そこに、ユニコーンやフェニックス、コモンドラゴン、ロックジャイアント、ライトニングゴートが追加された。


 「皆、すまない。これから命がけの戦いになる可能性がある」


 従魔からは、『支援する』という意志が感じられた。


 実際、カードの従魔はダメージを受けすぎるとしばらく顕現出来なくなると言うデメリットがあるけど、俺が生きている限りは存在が消えるという事はない。俺の魔法使いとしての知識や技量が上がれば俺が死んだとしても顕現し続ける事も可能なのかも知れないけど、今は、俺の命と一蓮托生状態だ。

 それなのに、皆からは、全てを受け入れた状態で俺の行動を援護するという意志を示してくれた。感謝だね。まぁ、それ以外の選択が無かった、ってのは言わないで欲しい。


 結局、渋るマレス達を残し、俺は麒麟に跨り、カードの従魔を連れて元凶である、『精霊魔法の解説』頁に向かって進む事にした。

 竜人たちは最後までごねたけど、ローローの事を頼んだら大人しくなった。


 さて、戦いだ。


 ロックジャイアントとライトニングゴートは、一応はカミナリに対して耐性がある。そこで、先頭はトゲクジラのトゲを持ったロックジャイアント、二番手にライトニングゴート、その後にコモンドラゴンとホーンドラゴン、そして麒麟に跨った俺、俺の後ろにはフェニックスとユニコーンが、グリフォンに守られながら続くという配置になった。


 足並みはロックジャイアントに合わせる形になるが、森林破壊を気にせずに行く事にしたため、結構な速度が出た。


 一直線に向かう。


 カミナリが俺にあたるのを回避するために、ライトニングゴートが放電を続けている。そのため、向こうには直ぐに見つかった様だ。それでも、小さな町なら一つ分は距離が離れてはいるんだけどなぁ。


 そしてお約束のカミナリ攻撃。


 カミナリ自体はトゲクジラのトゲを持ったロックジャイアントにあたり、一応は直撃は受けなかった。でも、空中を伝わる余波だけでかなり痺れてしまった。地面から一メートルぐらいの所を浮いて移動していた麒麟に跨っていたのに、日本の家庭用コンセントで一瞬だけ感電したような衝撃を受けた。


 それは、もう、ビビビっと来て、全身の毛が逆立つのを実体験したほどだ。


 「ロックジャイアント! 大丈夫か!」


 そう、大声を出して聞いたら、ごく当たり前の様に振り返って頷いた。でも、その一発で、トゲクジラのトゲはボロボロになってしまった。

 代わりはいくらでも有るんだけど、ロックジャイアントが保つかが不安だ。


 ある程度近づいたら、麒麟で空中戦を仕掛けて、カミナリ攻撃の照準をとらせない様にしないとならないな。ロックジャイアントにはそれまで頑張って貰うしかない。


 トゲクジラのトゲの代わりを出そうとした所で、トゲクジラ自体を出したらどうなるんだろう、っと考えついた。


 仕留めて、魔石を抜いて、胃袋を切り裂いただけの、血抜き処理も出来ていないトゲクジラが六頭はアイテムボックスに入ったままなんだよなぁ。まぁ、アイテムボックスの中は時間停止だから腐る事もなく、いつかは貴重な食料になってくれるかも知れないんだけど、今の俺たちの命には代えられない。


 「トゲクジラの肉は、この後、スタッフが美味しく戴かせて貰いました!」


 そう叫んで、俺に出来る限界まで距離をあけた場所に、トゲクジラを出現させる。まぁ、食える状態で残っているかなんて判らないんだけどな。


 そして、案の定、トゲだけなら森よりも二段階は高いトゲクジラにカミナリが落ちた。


 結構距離をあけたはずなのに、やっぱり余波で痺れた。魔法による雷撃とは、一線を画する強さだ。でも、直撃を受けないのならこの方法で進むしかない。


 そして、六頭全部を使って、至近距離まで近づく事が出来た。


 そこで、『精霊魔法の解説』頁の変わり果てた姿を確認できた。

 その姿は、全体的には人のシルエットをとっているんだけど、実際は森の木々や葉っぱ、魔獣などの、その場に在った物が無理矢理吸い上げられて形を作っている、という印象だった。


 要は、決まった姿を持っていない、という事だな。

 簡単に言うと、透明な人型の巨人の中を木や魔獣や土砂などが渦巻いて、所々で火が燃え、雷光が瞬いているという見た目だ。


 まぁ、精霊ならそんな感じなんだろう。特に精霊王を模倣しているような状態だろうから、尚更、決まった要素は持てない、って事なのかも知れない。さらに、大きさは森の木々の高さの倍はある。まぁ、形が決まっていないんだから、大きさも自由なのかもな。


 見上げる位置まで近づいた俺は、狙い撃ちされるのを覚悟の上で、ばらけた方の魔導書を開いて、回収用の文言を唱えてみた。


 「精霊魔法の解説頁よ! 汝の在るべき場所へ帰れ!」


 ばらけた魔導書を掲げて、そう叫んでみたが、結果はデカイ火の弾が俺に向かって打ち出されるという状況を生み出しただけだった。


 いや、だけってレベルじゃないんだけどな。


 俺が作る溶岩の弾丸『ラーバキャノンボール』の数倍はある。俺のでも、一般的には腰を抜かすほどのレベルだと言われているのに、力のレベルが根本的に違う、という事を思い知らされる。


 しかも、あまりの早さに俺自身の対応が間に合わず、ロックジャイアント、ライトニングゴート、フェニックス、コモンドラゴンが麒麟に跨った俺に覆い被さるようガードしてくれた。

 更に、フェニックスが炎を多少なりとも逸らし、俺の炎の耐性を上げるパフを掛けてくれたみたいだ。


 結果、俺と麒麟は炎の中で佇んでいた。


 そして、ロックジャイアント、ライトニングゴート、フェニックス、コモンドラゴンは耐久値を超えたようで、カードに帰っていった。

 ちゃんとカードに名前が戻ったのは確認したけど、それ以上の確認は出来ない。今は、時間もないしな。


 俺は直ぐに麒麟に指示を出し、その場を飛び出す。文字通り、飛んで。

 ホーンドラゴン、グリフォンの飛べる組も周りを飛んで、俺へ攻撃が集中しないように攪乱してくれている。


 それから、『精霊魔法の解説』頁の様子を見ながら赤竜の書に持ち替え、『竜の爪』を開いて魔力を注ぎ込んでいく。

 長丁場を予想して、あまり込めすぎないようにするけど、それでも、山を切り裂いたモノよりも多めにする。たぶん、この一発で終わるわけはないと感じている。


 その、ほんの一瞬の間のはずなのに、『精霊魔法の解説』頁からは強風や豪雨による攻撃が続いている。ホーンドラゴンやグリフォンが、俺の囮になって次々と消えていく。

 ドンドンと、俺の防御が剥がされていくような感じだ。


 「焦るな。焦るな。焦るな。焦るな」


 声に出して自分自身に言い聞かせつつ、魔法を確実に当てられるタイミングを狙う。


 そして、一瞬の隙が見えた。


 実は、隙が出来そうな流れが見えただけで、隙を見つけたわけじゃない。これが、誘い込むための罠だったら見事にはまったわけだけど、余裕もないので魔法を放つ事にする。


 「ドラゴンズ クロゥ!」


 竜人たちの目の前で放った威力の、数倍の力が放たれた。


 その竜の爪の魔法は、吸い込まれるように『精霊魔法の解説』頁の形作る身体に到達し、その身体を構成している森の木々や魔物の身体を部分的に吹き飛ばした。


 うん。まぁ、当然だな。


 実体的な身体を持たないで、その場にある物で見た目を取り繕っているんだから、一部を弾き飛ばしても無駄なんだろうな。

 なら、今度はドラゴンブレスを試してみよう。

 『試す』などという余裕は無いかも知れないけど、試していかない事には攻略法が思いつかない。それでも、のんびり試している余裕は無いだろうけどなぁ。


 まず、『炎式』と『溶式』、そして『剛式』の内のどれかを選ぶ。たぶん『風式』なんかは効かないだろう。


 炎は、とんでも無い状況になりそうだな。森の木々や大量の葉っぱが構成要素になってるわけだし。剛式は単純に力押しって感じのブレスになる。ブレスなのに燃やさない事を目的に身に着けたワザなんだそうだ。まぁ、大爆発はするから、燃やさないという意味は判らないんだけどな。とりあえず、この場合は『溶式』を選択するしかないか。


 「竜の咆吼! 溶式!」


 攻撃を受けないために、ランダムに方向転換する麒麟の背で、赤竜の書を開く。そして、先ほどと同じ程度の魔力を注ぎ込んでいく。

 同じ程度とは言っても、竜人たちの前で小さめの山を吹き飛ばした威力の数倍はある。


 しっかりと魔力を込めた後、狙いとタイミングを合わせて術を解き放つ。


 「ドラゴンブレス!」


 そして、俺が突き出した手の先、一メートル程離れた所から光りの塊が吹き出して突進していった。


 こ、これは、エネルギー充填何パーセント、とか、耐閃光防御、とか言っちゃうような魔法のような大砲を撃つSF作品を思い出すなぁ。

 まぁ、出方は似ているんだけど、当たった所は吹き飛ぶという感じじゃなく、一瞬の見た目は変わらなかった。でも、光りの塊が過ぎ去った後、当たった所がコゲて消し炭のようにボロボロと崩れていった。


 あれ? 溶かすという溶式って意味じゃないのかな? あれじゃ、燃やすのと変わらないよなぁ。


 でも、まぁ、火は出ていない。俺の認識が間違えてたのかな? それとも、赤竜の考え方が違ったのかな?


 そう、思っていた事もありました。


 なんか、竜の爪よりもダメージが大きいようだ。体つきも一気に三割ほどは削れたように見える。しかも、短時間しか見ていないけど、元に戻る気配がない。あったとしても、かなり小さいようだ。相手の体力か、生命力を、文字通り溶かしたのかも知れないな。


 これならイケるか? とりあえず、このワザで削れるだけ削ろう。


 「麒麟! 今の攻撃を続けるよ!」


 そう言って、回避等の動きは全て任せる。こっちもタイミングを合わせて術を放つだけで精一杯だしな。


 それからは、山をも吹き飛ばす『精霊魔法の解説』頁の攻撃をかわし続けながら、『溶式』のブレスをぶつけるという、耐久値を削る消耗戦になった。


 ブレスの魔法も、一番初めの一発以外、クリーンヒットが無くなって、削れる量も少なくなった。その分、『精霊魔法の解説』頁の攻撃自体も避けやすくなっているんだけどな。ある程度小さくなって、『精霊魔法の解説』頁の化身の動きが速くなったっていう原因の所為なんだが。


 まぁ、『精霊魔法の解説』頁の化身の動きが速くなった所為で、こちらへの攻撃の照準が甘くなった、ってのは棚ぼたなんだけどなぁ。


 そして、とうとう、『精霊魔法の解説』頁の化身の大きさが二階建ての住宅ぐらいの大きさになった。攻撃も、その威力を減らしている。これがコンピューターゲームだったら二段階変身とかして、逆にパワーアップするという理不尽な状況になるんだろうけど、ここではそんな事もなく、素直に弱体化していっているようだ。


 もう、ここまで来たら一気に、っと思った所で我に返った。


 俺は、消し去るために来たんじゃなく、回収するために来たんだった。


 この化身を完全に消し去っても回収出来るのかは謎なんで、試してみるわけにも行かない。今までは、最悪でも半死半生程度だったし、他は素直に従って回収されてたしなぁ。


 そこで、回収をもう一度試してみる事にする。


 まだ、化身の攻撃は続いているけど、回避は麒麟に任せて回収用の言葉を発する。


 「精霊魔法の解説頁よ! 汝の在るべき場所へ帰れ!」


 はい、弾かれました。


 まだ攻撃を続けているし、まだ屈服してないってことなんだろうね。あと、一息かな?


 ならばと、完全に消し去らないように小技で削っていく事にしよう。


 「竜の爪!」「ドラゴンズ クロゥ!」

 「竜の牙!」「ドラゴンズ ファング!」

 「竜の尾!」「ドラゴンズ テイル!」


 込める魔力も竜人たちの前で披露した時と同じ程度にする。要は、頁を開いて直ぐに放出という感じ。これでも、人間の作った城なら吹き飛ばせる威力があるんだけどな。


 そして、ついに森の木々よりも小さくなった。ここで三度目の正直で回収を試みる。


 「精霊魔法の解説頁よ! 汝の在るべき場所へ帰れ!」


 一瞬だけ抵抗したような感触はあったけど、諦めた、という感じで、今度こそ頁は本に戻った。


 ふう~。


 俺は思いっきり息を吐き出し、全身の力を抜く。麒麟にも地面に降りてもらい、俺は麒麟から降りて地面に座り込んだ。

 『精霊魔法の解説』頁の攻撃で、全身びっしょり濡れている上に、巻き上げられた土砂の所為で、俺も麒麟も泥だらけだ。


 ああ、早く風呂に入りたい。


 でも、その前に皆をアナザーワールドに回収するのが先だよなぁ。


 そこで、俺の意識は途切れた。気が付いた時はマレスやリーガ達に覗き込まれているという状況だった。


 「あれ?」


 「よかった。ヤマトが気が付きました。

 どこか、痛い所とかはありませんか?」


 マレスが周りに報告した後に、そう聞いてきた。


 そこで周りを見ると、俺が座り込んだ場所、そのままだった。どうやらあの後、俺はその場で昏倒、様子を探っていたマレスたちに発見された、って事らしい。

 その状況にため息をついた所で麒麟が消えてカードに戻っていった。

 きっと、ギリギリだったんだろう。無理をさせてしまったようだ。反省しないとな。


 「ああ、大丈夫だ。きっちり終わってるから、もう心配はないよ」


 あれ? よく見ると周りが明るい。戦いを始めた時は、日が暮れるギリギリだったはず。終わった時は完全に真っ暗になってた様に思えたんだが。


 「えっと、あれからどのくらい経った?」


 「え? ああ、寝てたから判りませんよね。今はアレから一日弱、と言う所でしょうか。もう、昼を過ぎた頃です」


 結構爆睡していたようだ。皆はずっと探してくれていたのかな?


 「ああ、すまない。とりあえず、アナザーワールドへ入ろう。そこでなら安心して休めるからな」


 急遽、五メートル四方ぐらいの出入り口を作ってアナザーワールドとを繋ぐ。俺が死ぬ可能性が無ければ、アナザーワールドの中の方が安全だもんな。


 リーガとマレスに手伝って貰って立ち上がり、自分の足で立って身体の確認を行った。


 全身筋肉痛。


 ちょっと動かすだけでズキズキと痛む。まるで出来の悪いロボットダンスのように身体を動かし、出来る部分はほぐしていく。

 あ~、駄目そう。まずは、風呂に入ってしっかりマッサージしないとなぁ。


 そして、アナザーワールドの出入り口の隣りにシークレットルームの扉を出現させる。


 「俺はこっちで身体を洗ってくる。皆は、悪いけど、アナザーワールドの方で休んでいてくれるか」


 そう言うと、返事も聞かずにシークレットルームの扉に手を掛ける。まずは泥をしっかりと落として、熱い湯船にどっぷりと浸ろう、って考えで頭の中がいっぱいになった。


 完全に油断してたよなぁ。だから、気が付かなかった。


 無理矢理俺たちの旅についてきた、ポーションを作っている薬師のアルバが、お腹の位置に何かを抱えるような前屈みになって、俺に向かって突進してきた事に。


 ドン!


 勢いとしては、そんなに大した物じゃなかった。けど、完全に脱力していた上に、油断しまくっていた俺は、二回りは小さいアルバの体当たりで一メートルほど弾き飛ばされていた。


 腹にナイフを突き立てられて。


 「え?」


 果たして、誰が言ったかは判らなかったが、その場にいた、アルバ以外の皆の心情を明確に表した言葉だったと思う。

 皆、呆けたような顔をしている。ああ、これが、青天の霹靂とかいう状況なのかな。


 呆けている俺に、アルバが無表情のまま、淡々とナイフを取り出し追撃を行うべく、突進してきた。そこで俺も正気を取り戻し、地面の砂やら小石やらを掴んでアルバに叩き付けた。

 しかし、アルバはその程度では動じず、勢いを変えずに迫って来た。


 身体を動かすアクションを起こすには、何もかも足りない。


 アルバのナイフが俺に届く寸前、俺自身は思考の加速を感じていた。命がけの場合に、走馬燈を見るとか言う場面で起こる思考の加速だろう。アルバの動きがゆっくりに見える。


 この場合、植物のツタで相手を拘束する『アイビーバインド』という魔法が役に立つんだが、魔導書を出している暇はない。

 最近目覚めた魔法使いとしての技能で、魔導書が無くても魔法を放つ事は出来るが、こんな切羽詰まった状況は考えた事がなかった。


 出来るのならば、やれ!


 俺は頭の中で『アイビーバインド』の術式を思い起こす。そして、二本目のナイフが俺の首元に届く瞬間。


 「アイビーバインド!」


 植物のツタがアルバを止めた。


 しばらくの後、誰かの息を吐く気配で、その場にいた全員の緊張が解かれた。


 「なんなんだよ。って、痛っ! ぐっ! なんだ? は、腹が…」


 既に一本目のナイフは腹に刺さっていたんだった。しかも、この様子だと毒が塗ってあったらしい。


 急いでナイフを抜いて捨てる。毒がなければ治療するギリギリまで抜かない方が、無駄な出血が少ないから良いんだが、毒がある場合は出血させる事によって、中に残った毒を捨て去るという意味が、ほんの少しは有る。


 解毒が可能な魔法ってあったけ? モノに因るけど、リカバリーで修復出来るかも知れない。俺は魔導書を取り出し、リカバリーの頁を開く。


 -多いなる慈悲の力とこの世の有り様を説く理より 瑕疵を補いて傷を癒す力- 長いな。

 「リカバリーの頁!」

 今までの中二病的な文言はなんだったんだ? と言うぐらい、あっさりと頁が開かれる。今は検証している暇は無いと、さっさと魔力を込めて起動させる。

 「リカバリー!」


 すると、一気に楽になった。


 でも、今度は一段階弱い痛みが、腹を中心に広がった範囲で痛み出した。


 「リカバリー!」


 再び、術を起動。すると、今度も一段階弱いけれど、範囲が広がった痛みに襲われる。


 竜人族の薬師が駆けつけて、引き抜いて落ちているナイフを検分する。


 「これは、毒蛇の血液毒のようです。身体の中の血液が煮こごりの様に固まって、血の巡りが止まる毒です」

 「何? それで、解毒薬は?」

 「血の巡りが止まるのです。如何なる薬も効きません」


 薬師とリーガがそんなやり取りをしている。その間、俺はリカバリーをかけ続けている。


 身体の中に入った薬液が消費されきるまで、固まった血液をリカバリーで元に戻す、という追い駆けっこが続くわけだ。もし、薬液が脳に届いて、術を唱える事が出来なくなったらアウトって事だな。

 一応、リッカがリカバリーを使えるようだけど、俺みたいに何度も連続でかけ続ける、ってのは無理だろう。無茶をして二回という所か。時間を空ければ一日に数回は唱えられても、短時間に連続だと個人の魔力量が足りない。


 結局、リッカのリカバリーは保険として取っておいて、俺が頑張るしかないってことだな。


 それにしても、と、俺はアルバを見る。こんな毒を使ってまで、ヒールを広めた俺が憎かったって事か? アルバ自身は、俺に覆い被さる寸前の格好でツタに絡め取られている。俺も死にたくなかったってので、アイビーバインドをガチガチに搦めたから、全く動けないはずだ。


 動けないから、じっとしている。と、思ってた。


 「ちっ! 自害しやがった!」


 道理で静かだと思った。顔からは血の気が失せ、青白く変わっている。アルバを連れてきた事に責任を感じているマレス達が駆け寄ってくるが、声をかけるでもなく、じっと耐えている。


 「そう、簡単に死なせてやるかよ!」


 俺は自分に掛けていたリカバリーの照準をアルバに移し「リカバリー」を唱えた。

 俺の『リカバリー』は、リッカが使う『リカバリー』とは一線を画す。例え心臓が止まろうとも、脳波が測定不能域に落ちても、『理』が生きていれば再生可能だ。だが、その『理』が死んでしまってはどうにもならない。肉体が『理』を維持出来なくなると、『理』が抜けて出て行ってしまう、というのは判っているが、『理』を殺す方法なんて俺には想像出来ない。


 だが、目の前のアルバは、その『理』が死んでいた。いや、抜けていたのか? どちらにせよ、再生は不可能だ。一応、俺に感じられないだけかも、と思って、リッカに『リカバリー』を頼む。


 「リッカ! 俺のリカバリーじゃ反応がない。そっちで試してくれ!」


 俺の言葉で、リッカが魔導書を取り出す。そしてアイビーバインドで拘束されたままのアルバに向かって「リカバリー」と唱えた。


 「だ、だめぇ。反応無いよぉ」


 涙目でそう訴えてきた。リッカ自身はその一回で魔力の大半が失われたようで、泣きながらその場に座り込んでいる。出来るのならば、何度でも試したいという気持ちなんだろうな。


 マレスたちも、何を言って良いのか判らず、ただ、悲しみを堪えていた。


 俺は自分自身への『リカバリー』を唱えながら、アイビーバインドを解いてアルバの亡骸を地面に横たえた。


 そうこうするうちに、俺の身体の痛みが無くなる。痛みが無くても、内臓がダメージを負っている事もあるから、時間を空けてリカバリーを続けるけど、ほぼ安全圏に達したっと思ってもいいだろう。


 アルバがどうしてこんな事をしたのか気になったので、『コンバートブック』を掛けてみようと思った。でも、『コンバートブック』でも反応が無く、結局は謎は謎のままって事になりそうだ。

 一応、マレス経由でギルドのグランドマスターであるファインバッハ、情報屋ライハス達に調べて貰うつもりだけど、おそらく、何も出ないだろうと思う。


 そして、やりきれぬ思いのまま、俺は風呂に入ってから再び爆睡。アルバの遺体はマレスがアイテムボックスに収納して、一段落となった。


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