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2020/12/30 改稿
本当に疲れが溜まっていたらしい。
目を閉じた次の瞬間には、朝の光のまぶしさで目を覚まさせられた。
「何? この、一瞬の変化」
部屋の椅子にひっかけたウェストポーチからスマホを取りだして時計を確認した所、しっかりと夜の時間を過ごしていた事は判った。つまり、しっかりと寝た、って事だな。睡眠をしっかりと味わう、という感覚が無かったけど、眠気と疲れは取れているようだった。
うん。ちゃんと寝たんだよな。寝たはずなんだけど、なんか、損している気になるのは何故なんだろう?
とにかく、朝食前にシークレットルームに戻らなくちゃならないわけだから、起きて、早朝からやっている出店にでも、軽食を買いに行こう。
何故か、手間の掛かるペットを飼っている気になったんだけど、変な妄想が立ち上がりそうだったんで、頭を振って部屋を出た。
「やまとぉ、お腹空いたぁ」
転移でザナリスの南端に移動し、崖の陰に設置したシークレットルームに入って一番に聞いたセリフが、その一言だった。
「色々と言いたい事はあるんだが、とりあえずパンとスープと串焼きを買ってきたから、大人しく食ってろ」
「マレスぅ。私、ヤマトに餌付けされちゃったよぉ。もうヤマト無しでは生きられない女になっちゃったのぉ」
「そう言って飯の支度を他人に強要するな!」
「リッカ? 数年前にも私に同じ事を言いましたよね?」
漫才はスルーして、厨房のテーブルに食事をとりだし勝手にやってくれとシークレットルームを出た。
昨日の雨の影響で空気はしっとりとしているけど、空は晴れていい青空の色を見せている。
涼しい空気をいっぱいに吸い込んで深呼吸し、体の隅々まで行き渡るように伸びをする。ようやく体が自分のモノになったような、はっきりした感覚が戻ってきた。
ついでに、体をほぐす体操をしていた所に、リーガがやって来た。
「おはようございます。ヤマト殿」
「おはよう、リーガ。夕べは何かあったかな?」
「ヤマト殿のアナザーワールドのおかげをもちまして、皆、安心して眠る事が出来ました。ここ久しくは無かった事になりますので、ヤマト殿には感謝の言葉もありません」
「…、いや、だから、そう言う言葉使い、やめない? もっと、気さくに言ってもらう方が好きなんだけどな」
「申し訳ありません。これより、鋭意努力致します」
努力する気ないよなぁ。
ちょっと、その勢いに押されて脱力している所で、空気に饐えたような匂いと獣の匂いを混ぜたような匂いが微かに混じっているのを感じた。空気が美味しい、っと感動していた所にこの匂いを嗅がされるというのは、ちょっとした罰ゲームみたいな感じだ。
「リーガ?」
気が付いている? という意味で聞いてみた。
「はっ、ゴブリンかオーガという感じですな。数は二十前後という所でしょうか。完全に単独か、斥候部隊かの判断は出来ませんが」
凄いなぁ。俺は、付近に魔獣が居るんじゃね? って程度しか判らなかったんだけどな。
「どうする?」
「この程度、我一人のみで、簡単に払えます。申し訳ありませんが、暫しのお時間をいただきたい」
そう言ってリーガは、アイテムボックスから一振りの刀を取りだした。日本刀と言うよりは、片刃の剣というか鉈という感じだが、剣先に行くに従って剣の幅が広がっている。
確か、柳葉刀とか言うんだっけ?
面白そうだとは思ったけど、サイズ的に、とても人族には振り回せなさそうだったのが残念だ。
「待ってくれ。俺も試したい事がある。リーガには協力して欲しいんだけど?」
「はっ。如何様にもお申し付け下さい」
「そんなに畏まらなくとも……。まぁ、強化の呪文を試したいんだ。掛ければ、だいたい普段の三倍ぐらいの力になるはず。ここで使う必要も無さそうなんだけど、一度も試した事が無かったんで、この程度なら実験としても、楽に試せる状況だからな」
「御意に。この身をヤマト殿の御ために使われる事を幸せに感じます」
「また、そんな仰々しい」
そんな事を言い合っている内に、数頭の魔獣の影が見えてきた。どうやらゴブリンとオーガの混成部隊らしい。
その姿を見て、リーガがダッシュを掛けそうだったので、俺は急いで魔導書を取りだした。
「呪の力によりて理より発せられる力を高める呪文!」
「ストレングス リインフォース リーガ!」
俺から発した力がリーガに注ぎ込まれるのを感じた。その次の瞬間、リーガの姿が消えた。
いや、ダッシュしたら、勢いが凄すぎて消えたように見えたってだけらしい。本当の所は、後で本人に聞いてみるしかないけどな。
で、その本人は、ようやく種族が判るようになった、という遠い距離にいる魔獣たちの真後ろに出現していた。ブレーキを掛けるために翼を広げたらしい。成る程、良い使い方だよな。
あれ? なんか、その本人は焦ってない? 大丈夫かな?
次の瞬間には、目の前に居たオーガを両断していて、更に返す刀で近くにいたゴブリン数匹を同時に真っ二つにしていた。
大丈夫そうだな。
ようやく魔獣たちが襲撃であることを察知して、戦闘態勢を取ったが、その時には、リーガは逆方向へと移動を完了していた。
逆に、反応の遅れたゴブリンの真正面に立つ事になったが、所詮は反応の遅れた個体なので、あっさりと首を落としていた。
リーガが更に位置を移動しようとした瞬間、大きくジャンプしたリーガは、なんと十メートルは飛び上がっていた。
普通なら、空中で身動きの取れない状態を晒す悪手なんだけど、リーガには翼がある。
翼を羽ばたかせ、右に、左にと位置を入れ替え、魔獣の動きを見極めた所で急降下し、そこで更に刀を振り回した。
そんな、瞬間移動を繰り返す戦闘パターンで、ゴブリンとオーガの混成部隊を完全に翻弄し、遊ぶように飛び跳ねながら最後の一頭を倒し終わった。
ついでにとばかり周囲を見回るように一周した後、リーガは翼を羽ばたかせ、空を飛んで俺の前に戻ってきた。
気が付いたら、俺の周りに竜人族の戦士たちが控え、そんなリーガの様子を見つめている。
少し手前で翼を上に上げ、一気に急降下したリーガは、地面すれすれで翼を開いて羽ばたき、ゆっくりと、地に足を着けて着地を完了させる。そして、三歩ほど歩いて俺に近づき、臣下の礼を取って跪いた。
「ヤマト殿! 感謝いたします」
「え?」
何が感謝か判らない。しかも、周りにいた竜人族の戦士も同じように跪いた。
「えっと、どういう事?」
と、言う事で詳しい事をじっくりと聞かせて貰った。
実は、竜人族の翼って、余り役には立たないらしい。高い所から落ちる時に、グライダー飛行は出来るし、全力を出せば羽ばたいて飛び上がる事も出来る。
でも、全力を使って飛んでいる時に戦闘行為はほぼ無理だし、飛ぶのも、真っ直ぐ飛び上がり、そのままグライダー飛行で滑空するだけしか出来なかったそうだ。
つまり、崖や川を飛び越すとかの、移動用にだけ使える方法だったそうだ。
最強の戦士は、翼で空を飛びながら戦えるはずだ。
そんな夢物語も生まれていたそうだ。創作か事実かもわからない、古い昔語りには、空を飛ぶ無数の竜人たちが、山を一周するほどの巨大毒蛇と戦う、という物語もあるそうだ。
それが今、証明された。
それは、竜人族のプライドをも蘇らせるモノだと、涙ながらに語られてしまった。
実は、竜人族たちにも自分たちの翼が、致命的に弱いという事は判っていたらしい。鳥は、翼を羽ばたかせる時、胸の筋肉も使って、力強く羽ばたく。しかし、竜人たちには翼の前に腕がある。そのため、羽ばたくための筋肉は、肩と翼の付け根の間にある筋肉だけという格好になる。実際は、脇の下を通るラインの筋肉も使っているが、あまり強い力は出せなかった。
それが、俺の強化の魔法で飛び上がるのに必要な力を越える力を手に入れ、戦いにおいても充分に使える第二の機動力として発揮する事が出来た、というわけだそうだ。
そんな訳で、俺は竜人族の魔導書使いに強化の魔法術式を教え、そして、戦士職と興味を持った者たち全員に、強化魔法を掛ける事になった。
まぁ、アイテムボックスよりも楽ではあったけどな。
ようやく竜人族の希望者全員を空にぶちあげ、海岸で、ウミネコが飛び交う様を眺める様な光景が繰り広げられている中、俺はシークレットルームへと向かった。
そこには、昨日の光景が再び繰り返されていた。まぁ、今回は書斎に加え、書斎の裏の工房もひっくり返されていたが。
「昨日に引き続き、酷い有様だな」
「ねぇ、ねぇ。これ、なんの表?」
リッカが突き出してきたのは、魔石と魔導書に組み込む魔法の相性を試した表だった。
「どの色の魔石が、どんな魔法と相性がいいのか調べた表だな。炎系の魔石が炎系の魔法と相性が良いのは当たり前だけど、それ以外の、レビテーションやスペルバインドとかで、色々試している。
例えば、念話に相性が良い魔石や、魔石の組み合わせが見つかれば、念話を使える魔道具が作れそうだからな」
「お、お、お。成る程ぉ。いろんな研究してるんだねぇ」
「簡単な魔道具にするためのヒントは、ガンフォールの飛行船に積まれていた魔導機関で詳しい事が判ったからな。でもまだ、簡単な応用しかできていない、ってのが現実だ」
「お風呂のお湯を沸かすヤツとか、洗濯をするアレだねぇ。ああ、転移の魔法や、今作ってるシークレットルームのプレートもそうなんだ?」
「魔法のプレートの方は、ほとんどが魔導書作りの技術だから、含めるのは問題ありそうだけどな」
「ねぇ、ねぇ。こっちの本はぁ?」
「そ、それ以上は、マジで近づくな。作ったは良いが失敗した結果の本や、学院から借りた悪魔付きの魔導書だ」
その俺の言葉に、エルマとアルバが青い顔をして引いていた。
「どうするのぉ?」
「どんな魔法が載っているのか興味があるんだが、悪魔を解呪出来なければ、完全封印して深い海の底へ捨てるつもりだ」
「ねぇ、ねぇ。悪魔の魔導書を使ってみたいと思わないの?」
「……、誰が?」
「え? ヤマトが」
「俺が?」
「………、必要無いねぇ」
「だろう? 俺も、魔法の仕組み関係の知識が得られれば良いだけだからなぁ」
「その結果がぁ、一番恐ろしいのかもねぇ」
「そんなに褒めるな。照れる」
「このぉ、恥ずかしがり屋さんめぇ」
「「「おい!」」」
何故か、三人から突っ込みが入った。でも、何処に突っ込みが入ったのかは不明だ。
それから、何とか全員を追い出し、片付けるのは後にして俺も外に出た。外では、相変わらずウミネコがミャアミャアと飛び交っていた。いや、竜人族が空中散歩を楽しんだり、空中戦の練習を始めたりしていた。
「あの、ヤマト? 竜人族の方々は、一体どうしたのですか?」
「単にはしゃいでいるだけだから、放って置いてあげてくれ」
それが武士の情け。新しいオモチャを手に入れた男の子は、はしゃいじゃうモノなんだよな。
それから、俺だけシークレットに戻り、魔導書製作キット一組と、魔法プレート製作キット数組をアイテムボックスに入れて戻ってきた。
空き時間に竜人族に渡せる物が出来ればいいんだけどな。
そして、今日も現状維持という待機任務。ザナリスの王宮から竜人族の部隊の出国許可が出なければ帰れない状態だ。国の中から外に出るルートであっても軍事侵攻の一環と見られるのが通例だから、ザナリスという国がこれを放っておくと、軍事侵攻に対して何もしなかった国、というレッテルを貼られる事になるらしい。
本来なら国王の鶴の一声ででも完了する話しなんだけど、ザナリスの政治状況はグズグズになりかけていて、まともな命令系統も存在しないそうだ。
そこへ、ギルドも含めた暗殺者集団の件が加われば、本来ならダンジョン停止。緩い処置でも、国自体が債権管理の名の下に解体される事になるだろう。
もともと、この世界の国は、日本で言う大名程度の規模しかない。本来なら、国の中に出没する魔獣を倒すための兵を配置するだけでも財政はギリギリになるはずが、ダンジョンという資材が湧く泉のおかげで贅沢が出来るようになっていた。
そこに来て、ギルドの中身が暗殺者集団になっており、国との関係も親密状態だった、という実体が晒されてしまった。
結果として国とギルドの活動そのものが制限されるわけだから、解体でも優しい方だろう。おそらく、市民雄志によるザナリス再興組織が興され、現王族と関係者一同は公開処刑にでもされるんだろう。
これから、莫大な借金を抱えたザナリスを再興するとしたら、それぐらいしないと気が済まないだろうな。
その莫大な借金とは、誰が掛けて、誰の元へと行くんだ?
「…………」
『俺』は、青い空と飛び回る竜人たちを眺めながら、深呼吸をした。最近、自分を誤魔化すのもキツクなって来たんだよなぁ。
おそらく、今日か明日にでも、ファインバッハの管理の元に出国許可が出ると予想している。
ザナリスのギルドや国をいじるには、俺たちが居ると色々邪魔だろうしな。
今日は休暇のつもりで、一日、ゆっくり過ごそう。
で、いつも通り忙しい一日だった。
まず、リッカがシークレットルームをクリエイトする事になった。魔法自体は問題なく起動したんだが、出来上がった部屋のトイレはこの世界標準のトイレだった。
さすがに壺に取る形式じゃないけど、いわゆるボットン形式。
それが、リッカの想像したトイレだったと言う訳だが、リッカ自身は俺のシークレットルームのトイレを期待していたらしく、かなり落ち込んでいた。
そこで色々試す事にした訳だが、結果として、このシークレットルームの魔法は上書きが可能だと言う事が判った。しかも、初めの状況は初期化されますが上書きを実行しますか? というアナウンスまであったそうだ。
更に、第二ルームを作成しますか? というアナウンスもあったとかで、俺自身の期待も高まった。
とりあえず、俺の第二ルーム作成は置いておいて、まずはリッカのトイレに対する考え方を変えさせないとならない。
何故、俺の方のトイレにならなかったのか、と考えるに、その仕組みを理解していない、と言うのが大きいんだと思う。
そして、陶器製の便器、S字構造での防臭構造、タンクに一度貯水するための仕組みを教える事になった。
一番苦労したのが陶器だったのは何とも言えない状況だったけどな。
この世界、陶器の皿を使っているのは王族の一部だけだ。晩餐会とかのパーティがあると、豪華な絵皿が料理を乗せる事になるが、それを運ぶ給仕たちの命がけの表情は、見ていて哀れになるほどだ。
当然、リッカが陶器の皿を見た事なんかない。そのため、俺がアイテムメーカーを使って、簡単な皿を作って見せる事にした。しかし、これが難敵で、なかなか艶々な表面にならなかった。
それでも、素焼きの壺ぐらいは見た事があるらしいので、その原理は理解して貰えたようだったが。
後で知った事だけど、陶器の表面って、一種のガラスコーティングらしいな。この世界、陶器はあるんで、ガラス質は存在するんだろうけど、純粋なガラス、ってのは見た事がない。魔獣素材なら、磨いた鱗とか、昆虫系の羽根とかでの透明な窓などは存在するんだけどな。
逆に、魔獣素材があるから、ガラスなどの素材開発が遅れているのかも知れない。
とにかく、そんな紆余曲折を経て、なんとかトイレが完成した。
初めはトイレとベッドルームの二部屋しか無いが、その内部屋が増えていくだろう。残りの水回りは風呂と厨房と洗濯室ぐらいだが、これは俺の部屋の物しか見た事がないから、同じような形になると予想された。構造も簡単で、しっかり判っているようなので、ほぼ、同じ物ができるだろうと、本人も言っていたしな。
お湯を沸かす魔道具は別口で作らないとならないが、これも、俺の工房で同じ物を作っていたので問題ないだろう。
実はリッカってSランクに近いAランクで、魔道書使いとしても一流に属する腕前らしい。まぁリッカの師匠が凄腕だったらしいけど、詳しいことは聞いていない。そのうち聞くことも有るかも知れないけど、知らないままというのもありそうだな、どっちでもいいけど。
リッカの方が終わったら、今度はマレスのシークレットルームだった。リッカほどの魔力は無いが、それでも精霊使いとしての魔力のコントロールは得意なので、アイテムボックスと同様にクリエイト可能だと思われた。
そして、確かに魔法は起動して、部屋は作られたわけだが、トイレとした部屋には便座が無かった。
どうやら、構造についても、材質についても、しっかりとした想像が出来なかったようだ。
精霊使いとしてだと、どちらかというと感覚的な扱いになるようなので、リッカのような機構的な扱いで考えるのは苦手なようだ。
魔力量の関係でリッカのように何度も試す事が出来なかった上に、必ず失敗するという状況にマジ泣き寸前の目を向けられ、俺は第二ルームを作って、そのトイレをはがして持って来た。俺も大甘だよなぁ。
その第二ルームは上書き作成したんで、トイレはしっかりとある。
後は、二人のシークレットルームが拡張され、風呂や書斎が造られれば、俺のシークレットルームに頼る事も無くなるだろう。
女剣士であるエルマは、リッカにくっついて行かないと生きていけないので、リッカに頼れば大丈夫だろう。もう面倒見切れないと言うのが本音。
◆◇◆◇ザナリス南端 冒険者マレス
私、マレスや相棒のリッカは冒険者を生業としている。しかも、一つのダンジョンに拘るのではなく、ダンジョン以外の仕事の方が多いくらいだ。そのため宿屋暮らしが常で、自分の書斎を持てないどころか、仕事用の服だけしか持てず、気に入ったお茶の葉をストックする事も出来ない生活だった。
それが、まずはアイテムボックスで解消された。
着替えの服や下着をまとめて袋に入れ、その袋を複数格納して、毎日でも着替える事が出来るようになった。気に入った本を買って、何時までも所持しておく事も出来るようになった。
個人的な物で、しかも、冒険者としての仕事に必要のない物を持ち歩いても、負担にならない。今までの状況を考えたら、全く世界が変わったのと同じ思いを感じた。
家が持てない、という状況だったのに、まるで、形のない部屋を一つ貰ったような物だった。
二十の枠があるアイテムボックスも、枠が増えるまではいつもいっぱいだった。
それでも、諦めなければならない物も多かった。特に、町中の店に並ぶ家具を見る意識が強くなった気がした。多くの服を買っても、詰め込んで収納しているだけのため、ハンガーに掛けて服を選ぶという夢を見るようになった。
それは、冒険者という仕事を選ぶ前からの夢でもあったけど。
冒険者は、ランクが上がれば高給取りと言われるようになる。しかし、一般人や低ランク冒険者は、普段の生活から厳しい環境だった。
一般人は家があっても好きな服を買う事が出来ない。
低ランク冒険者は、毎日の宿さえ確保する事が難しい。
そして、高ランク冒険者になって金を稼げるようになっても、好きな服を買う事が出来ない、という本末転倒な状況だ。
もちろん、高ランク冒険者で家を持つ者も少なくない。
そう言った者たちは、一つのダンジョンで、決まった魔獣を狩る事だけを生業にした、坑夫のような仕事の形態を取る者たちだ。
長く従事するほど命の危険も減り、安定した収入も確立できる。
そのため、周囲との確執も多く、そう言った懸念事項をクリアしたベテランだけがその形態を持つ事が出来るようになる。
一カ所のダンジョンに拘らない冒険者にとっては、ハードルの高い話しだった。
そんな訳で、家具や、落ち着いた我が家という物を、冒険者である身が持つ事は単なる夢でしかなかった。
大金を稼いで冒険者を引退したら、大きな家を買って、本や服をいっぱい並べるんだ。という夢を寝る前のまどろみで見る事もあったが、ハイエルフの身では、本当に何時になるかも判らない。
なのに。
つい、数ヶ月前に現れた人族の少年。ハイエルフから見たら、まだ生まれたてで、ようやく隣の家へお使いが出来るかな、という年齢の少年が、飄々とした態度で、ごく当たり前のように実現させていた。しかも、それを秘匿する訳でもなく、弓矢の一本を貸し借りするぐらいの気軽さで与えてくれるのだ。
価値観の全てをぶち壊されたような気がした。
しかも、次の瞬間には、この状況が当たり前になっているだろう、というのも判る。
個人の資質の問題もあるし、持ち得る資格、というのもあるが、特に特別な物ではなくなるし、自分も特別な物を持っているという自覚も無しに使用していく事ができる。
もう、何度目だろう? と、ハイエルフのマレスは考える。
ギルドマスターを拝命されてからは、長い時間、ダンジョンの攻略状況に頭を悩ませてきていた。特にダンジョンの核にまで到達する必要はないが、それでも核のある階層を確認するのは、冒険者ギルドの目標でもあったからだ。
しかし、腕の良い冒険者の流出が止まらず、知り合いの冒険者に頼ったり、時には自らがダンジョンに潜り、冒険者のテコ入れを行って、なんとか体裁を整えていた。それも、ダンジョンがあふれた事により、結局は徒労に終わった。
いや、私は、中途半端なテコ入れが、かえって大規模な軍勢を育ててしまったのではないかと考えてもいた。
ダンジョンの手前にある大きな草原は、ダンジョンに潜る前の冒険者たちの格好の練習場だった。
そこが、魔獣で埋め尽くされるとは、本当に想像も出来ない状況だった。
一緒に戦ってきた冒険者たちとも、声もなく絶望を共有した。
そこに、ヤマトが現れた。頼もしい、ファインバッハとジーザイアと共に。そして、一瞬の間に、全てをひっくり返してしまった。
絶望、諦め、そして傷ついた体や諦めていた友の身まで。
初めは夢かと思った。そして、現実として認識出来ると、今度は今までの自分の苦労や、諦めてきた我慢、そして、無力を感じながら見送った仲間たちの姿が浮かび上がってきた。
今までの自分の人生とは、なんだったのか、と。
そして、ヤマトとは、大きな運、なのではないだろうかと考え、それに納得を感じている。
それが、幸運か不運かは判断出来ないけれど、その流れに乗れば、怒濤の勢いで前に進み、今までとは全く違う景色を見せてくれるのだろう。
生活魔法の魔導書を発展させた。
転移や飛行船を復活させ、国同士の距離を一気に縮めた。
アイテムボックスを復活させ、冒険者の負担を減らした。
一晩で七十層のダンジョンを攻略した。
裏で何をやっているかも判らないギルドのマスターたちを一掃して、悪事を働きにくい環境の基盤を作った。
薬草を植物系魔獣と看破した。
マレスが知っているだけでも、これだけ世界をひっくり返してきた。その一つ一つが、自分のしてきた努力をあざ笑うようなモノだ。
それでも、皆が待ち望んでいたモノでもあった。
そう。私自身も求めていたモノだった。
私はヤマトを求めていた? と、考えると、変な方向に行きそうなので、その考えは途中でやめたが、ヤマトは人を幸せにしているのは事実だと考える。
今までの私の我慢を考えるとやるせなくなるが、ヤマトによって私は幸せになっている。
ヤマトと居ると幸せになれるのではないか? という考えもしてしまう自分に驚く。
冒険者となった時に、他人に頼る人生は捨てたつもりだった。自分の命、自分の人生は、自分だけが決め、自分だけが作れる。そう誓ったはずなのに、自分の十分の一程度しか生きていないヤマトに頼る自分が居た。
ヤマトという、大きな波に飲まれ、共に生きていくのも良いのかもと考える自分が居た。
ヤマトが、魔法使いに何を望む? と聞いてきた時には、酔っていた状況も手伝って、フカフカなベッドが欲しい、と言いそうになった。
そのフカフカなベッドで……。あとは、ヤマトさえ求めてくれるのなら、と。
慌てて寝たふりをしたが、気分的には関係の進行があってもいいかもと、考えてしまっていた。
そして、一瞬、世界が瞬きをしたのか? という感じがした後、自分がフカフカなベッドに寝かされた事を感じた。
こ、これは、と、体は硬直し、鼓動は跳ね上がり、期待と不安が入り交じって、思考停止に陥りそうになった。
でも、ため息をついて出て行くヤマトと、リッカたちも一緒の部屋で寝かされた事を知って、その状況にとても落胆してしまった。
そう。『とても落胆してしまった』と言う事に驚いてしまった。
もう、ほとんど、捕らえられてしまった自分の中で、OKを出す自分と、NGを出す自分がせめぎ合っている。そんな私に、フカフカベッドはとても心地よい眠りを提供してくれた。
◆◇◆◇ザナリス南端 魔法使いヤマト
結局、竜人族と接触してから五日目にしてようやく出国許可が出た。
その間は、竜人族用に身体強化の魔法を魔道具化したアクセサリーを作ったり、リッカにアイテムメーカーの使い方を仕込んだりして、そこそこ忙しい感じで過ぎていった。
さらに、王都の修練場に行って訓練の様子を見たりもしてきた。魔獣集めが少し手間取っているから、実戦訓練は少し延期して、訓練と実務の併用にシフトするようにも言って置いた。何故か大喜びされたので、実戦訓練用の魔獣は少し強めのモノにしようと俺は心に誓った。
元になる材料さえ有れば考えた物が作り出せるアイテムメーカーという魔法は完全に魔法使い向けの魔法らしい。魔導書使いとしてかなり上位になるリッカでさえも、使い切れない魔法だという事だった。
逆に、これで修行すれば魔導書使いでも魔法使いに成れやすくなるんじゃね? と、問いかけたが、使い切れない魔法を使い続けるストレスは、魔導書使いとしての才能さえも蝕む、という話しを懇々と説かれた。
結局、リッカにトイレットペーパーと、布を材料にタオル地のバスタオルなどを作れるようになって貰うだけで精一杯だった。
まぁ、本人もそれで満足したようだが。
竜人族の魔導書使いは、丸一日掛けて強化の魔法を使えるようになり、他の竜人族から良くやったとお褒めの言葉をいただいていた。俺としては、アイテムボックスやリカバリーが出来たらこそ褒められるんじゃない? とか思ったけど、今の竜人族の優先順位は強化が一番のようだ。
なんか、これで、大手を振って帰れる。とかってセリフも聞こえたりした。
まぁ、いっか。
この強化の術式も一頁物の魔導書形式にしてみようと思ったけど、竜人達にはほぼ同じ形式でアクセサリー型にする技術を持っていて、剣を吊り下げるためのベルトに装飾のように取り付ける事に成功していた。強化のアクセサリーは、白から水色系統の魔石が効率がいい事が判明。生活魔法の魔導書作りに使う程度の魔石で充分だというのも判った。
しかし、竜人族は魔法が苦手だった。
魔力自体はそこそこ持っているんだけど、それを魔導書に流し込むという所で大きく損失してしまうようだ。中には魔導書使いに成れる程、それが得意な者もいるが、大多数は魔導書使いが魔法を掛けるよりも効果時間が短い結果しか出せなかった。そのためこのアクセサリーは、竜人族の間では『緊急避難』用の特殊アイテムという位置になった。
それでも、平均で二十分弱は効果があるんだけどな。
魔導書使いが掛けて、掛けられた本人が気を抜かなければ、一時間弱は強化魔法を保つ事が出来る。本人が気を抜くと、一分でも解けてしまうけど。
そう言った事を実際に体験しながら確認するだけでも時間は過ぎていき、竜人族たちは有意義な時間が過ごせたと喜んでいた。
とにかく、ほぼ、やる事はやって、いよいよ竜人族の国へと出発する事になった。
連絡要員として残っていたザナリスの冒険者とも別れ、南へと向かって出発。
構成としては、俺とマレスが竜人族の騎獣ドラゴンを借りて、他の騎獣ドラゴンに乗った竜人族の戦士と一緒に移動する事になった。
一緒に行動する竜人族の戦士は、だいたい五名前後。休憩ごとに代わったりしている。
他は、俺のアナザーワールド内で思い思いに好きな事をやっている。
リッカは俺のシークレットルームから持ち出した魔法プレートの作成キット一式で、なにやら、色々作っている。竜人族の魔導書使いも、強化のアクセサリー作りに余念がない。エルマは相変わらず竜人族の剣を振っていて、ここの所様になってきている。何故かついてきたアルバは竜人族の薬師と新しい薬作りを始めていて、なにやら楽しそうなのが不気味だ。竜人族の料理人は、俺が何となく言った豚の角煮に刺激されたらしく、たっぷりの肉を濃いめの味付けでコトコトと煮込んでいる。そして、アナザーワールドの中に残った戦士は、戦闘訓練を楽しんでいた。
マレスも、ファインバッハとの念話の係がなければ、中で本を読んで過ごしたいと愚痴を言っていたけどな。
騎獣に乗ったまま本を読もうとすると、酔うから止めておけ、と注意はしたんだよ? でも、続きが気になるからと騎獣ドラゴンの背の上で俺の書斎から持って来た本を読み始めた。
で…
青い顔して、何かを一生懸命に耐えています。
何を耐えているかは、あえて言葉にはしない事にします。
乗り物酔いにヒールは効かない。元々、病気にも効果が薄いしなぁ。この場合は、騎獣から降りて休憩し、自分の足で歩けば直ぐに治るはず何だけどね。
基本的に、『損傷』を修理するのがヒールだから、三半規管の情報と視神経から導き出される情報のズレが蓄積されて起こる酔いには、修復する場所がない。
どちらかというと、認識を曖昧にするような、弱めの麻痺とかが効くかも知れないけどな。
まぁ、魔導書にある麻痺は、魔獣を動けなくする目的のモノなんで、いくら弱めても人には使えないし、周りが全て海という状況でも無い上にエルフの得意な森という状況なら、自分で地面の上を歩けば良いだけの事なんだよな。
とりあえず、マレスには、今後の教訓として貰うためにも自業自得をしっかりと味わって貰おう。
と、思っていたら、マレスは精霊魔法の癒しを使っていた。そして、しばらく時間は掛かったが、いつも通りの調子を取り戻したようだ。
えっ? なんで治ったの? これが治療と癒しの違いってヤツ?
「マレス? 今の、精霊魔法?」
「はい。水の精霊による癒しをお願いしました」
「え? 水以外にも癒しがあるの?」
「ありますよ? 風の癒し、火の癒し、土の癒し、緑の癒しなどですね」
「それぞれ、どんな効果があるんだ?」
「うーんと、それを説明するのは、ちょっと難しいですねぇ。例えば、火の癒しですと、凍えた者を暖める事が出来ます。水で体を冷やす事も出来るのですが、何故か火や風でも同じように冷やす事も出来るのです。毒にかかった者を癒すのに、土の癒しだったり、緑の癒しだったり、と、毒の種類によって違う場合もあるようです」
「精霊使いにもはっきりしないんだ?」
「いえ、判るんですが、その根拠となると曖昧に近い感覚というか…」
俺の感だと、植物由来の毒と、鉱物由来の毒の違いと考えられるな。水だと、人の体の体調を整える効果かな。風は、気体関係に特化している様だな。呼吸困難からガスによる被害にも効きそうだ。火は体温関係とかで、火傷の被害を広がらないようにも出来るんじゃないのかな。単純に熱を制御しているとも考えられるけどな。
そんな、ほとんど当てずっぽうに近い考えを披露してみたら、概ねの所で賛同して貰った。精霊魔法だと、目的を考えると精霊が適切な方法を教えてくれるそうだ。教えると言うより、感覚的に伝わってくると言うのが正確らしい。とにかく、精霊が教えてくれ、その通りにするだけなので、理屈では考えた事がないそうだ。そのため、俺の理屈的な考え方が合っているかの判断はし難いと言っていた。
「精霊にも、細かい意志があるんだ?」
「えっと、それも、状況によりますね。大精霊などは、強い個別の意志を持って居ますし、精霊の少ない場所ですと、単純に、自然と同じように流れるだけで、意志らしきモノを感じないという場合もあります」
「精霊の少ない場所だと、癒しとかも、適切な方法を教えてくれない場合があるって事か?」
「はい。そう言った場合ですと、癒しでさえ、施してくれない事が多いですしね」
「そんな場所って多いのか?」
「全ての精霊が少ない、という場所は、ほぼありませんが、偏った場所というのは多いですよ。砂漠や海、氷の世界や高い空中などが、常に偏った傾向にありますね」
「へー、ありがと、参考になった」
礼を言って精霊について考えてみる。
精霊ってのは、自然現象の中に生まれた、自然現象を動かせる意志みたいなモノじゃないかな? これは、現在はこれ以上判りそうもないから、この考え方を仮の断定で進んでいこうと思う。後で大きく修正って事は前提でな。
で、その存在は自然そのものに依存しているわけだ。
ほぼ、まずは自然ありきで、後から精霊、って事だよな。自然の中から生まれるのか、他から来るのかは謎だけど、その両方って場合も有りそうだし。
そこで俺が考えるのは、精霊魔法と魔法使いの使う魔法とのコラボ。
空間系魔法は置いておいて、他の、風や水なんかは、精霊魔法で風の精霊を集めて貰ったり、先に竜巻でも起こして貰ってから魔法使いの竜巻魔法を使えば、威力が倍増するんじゃないのか? という考えだ。
ただ、精霊たちにとって、魔法使いの使う魔法がどういった位置にあるのかが不安材料だ。
特に気にしない、と言うのが一番ありそうなんだが、自然を乱すから嫌い、とかいう認識だったら、それをしようとする精霊使いそのものが嫌われてしまう場合も考えられる。
マレスは気軽に協力してくれそうだけど、その結果として精霊に嫌われた、なんてのは見たくない結果だ。
自然の場を修復するような結果を考えた魔法でも、精霊にとっては負担だったり、忌み嫌った感覚を与える場合も考えられるだろうし、自然が流れるままにという基本姿勢を持つのならば、修復という行為も自然の有様に逆らう行為だよな。
まぁ、人の体調が悪いのも、自然の流れのままの現象だから、それを癒すのは自然に逆らうようなモノじゃないのか? という考え方もあるけどなぁ。
一番厄介なのは、癒しはいいけど、修復は駄目、とかいう、ケースバイケースだよな。
精霊魔法については、ほとんど何も知らないのが現状。もっと、見せて貰う機会を増やすか、そう言った事の研究を行った本でも探すかして、集められる情報を集めてから考えよう。
マレスに聞いても、感覚的な話しばかりで、はっきりした事が聞けそうもないと諦めたわけじゃないよ?
ほ、ホントだよ?
たぶん。
そんな事を、騎獣の背中で揺られながら考えていると、遠くの方の空に暗い雲が漂っているのが見えた。
「あの雲とはかち合うかな?」
「そうなりそうですな。この季節は、どうしても雨は避けられませんし」
竜人族の戦士がそう答えてくれた。どうやら、この周辺地域の雨期みたいなものらしい。
「マレスはどう思う?」
ここは精霊使いの意見も聞かないとな。
「そうですね。夜遅くには降り止むし、明日には影響無さそうですが」
「そっか。まぁ、取り込む荷物も無いし、降られるまではこのまま進もう」
雨が降ってきたら、外に出ている俺たちだけがアナザーワールドに飛び込むだけだ。
そして、それから約三十分ほど。また土砂降りになりそうな黒雲を間近で見上げる程になった所で、胸ポケットのばらけた魔導書が反応した。
こんな所でぇ?
もしかしたら、雨の中を這いずり回っての回収になるのかも? それを考えるとかなり憂鬱になりそうだ。でも、明日に持ち越したら、何処かに移動しちゃって、それを探すのにどれだけ苦労するのか、という可能性もあるし、明日にした所為で甚大な被害が出た、なんて事態も考えられてしまう。
とほほ、な気持ちにムチ打って、やる事をやらねばなるまい。
まず、状況を見る。
今俺たちが居る場所は、雨期になると川になる谷底の道だ。
もう既に雨期に入っていて、本来なら大部隊が進む道では無かったんだけど、少人数の俺たちはギリギリまで、この進みやすい道を行く事にしていた。
でも、明日にはどうなっているのか判らない。今回の雨でしっかりとした川になってしまう可能性もあるので、明日までの休憩を取るには高台の広場を選んだ方が良さそうだ。
元々、南の竜人族の国と、北の人族の国とは交流がない。極々偶に、数人の冒険者が珍しいモノを求めて『冒険』するぐらいだ。
そのため、当然道は無い。雨期でなければ、乾いた谷底を進む事も出来るのだが、雨期ともなるとその川に近づくのも危険になる。
竜人族は、戦闘を基本とはしていたが、連れている部隊の半数以上は生活支援の要員だ。さすがに竜人族なので、この生活支援の要員でさえ、人族には脅威の戦闘能力なのだが。
そんな生活支援要員を連れての行軍であるため、森の中を進む場合は、森を切り開きながらのゆっくりとしたモノになる。数日掛けて森を切り開いて移動、そしてまた、数日掛けて森を切り開いて、という繰り返しも多い。
今回も、俺がいなければそんな行軍になっていたはずだった。
実際は、俺のアナザーワールドに全員を突っ込み、俺だけが空を飛ぶ従魔で移動して、目的地に着いたらアナザーワールドから追い出して終了、という手順も取れた。
だが、何故か、『時間を掛けない移動』は竜人族には不評だった。
ああ、何故なんだぁ? まぁ、理由は判るけど。
ローローが第一の理由だろうけど、その裏にある本音は、目的を果たして帰る前に、羽を伸ばしたい、というモノだろう。
今じゃ、ホントに翼を伸ばしているしなぁ。
さらに、アナザーワールドに入っていれば、行軍に気を使う事もなく、自由な時間を過ごせると言う事で、本当に息抜きの休息時間になっている。
俺も、個人的な捜し物があるので、ひとっ飛びの移動ではなく、ある程度ゆっくりとした移動を希望すると提示したので、今回のような移動形式になったわけだ。
それも、これからは変えないとマズイかも知れない。
「谷から上がって、休憩できるところを探そう」
そう言うと、竜人族の戦士たちが三名ほど、器用に騎獣を操って谷を作っている崖を登って行った。その先からは、バキバキバキという、あまり聞こえちゃいけないような音が響いて行ったが、まぁ、聞こえない事にしておこう。
しばらく後、そろそろ空模様があやしくなってきた所で、一人の竜人が戻ってきて、雨や土砂崩れの心配のない広場を見つけたと言い、騎獣に乗っていた俺たちはその後をついて移動していった。
大きく木が切り倒されている道が出来ており、移動はかなり楽だったと言っておこう。
そして、広場に出てアナザーワールドを開き、少し離れた位置にシークレットルームの入り口を開放状態で置いて休憩の準備が終了。
昼の時間の少し前と言う所で雨が降り出し、明日まで待機という指示が伝えられた。
アナザーワールドの世界は、高さ四メートル程、横幅十メートル程と言う、学校の教室一つ分の窓際の壁一面ぐらいの大きさで開いたままにしてある。
皆はその口からは離れているが、マレスだけは念話の弊害が出ない位置に居る必要があるため、開いた口から二十メートル程の場所にテーブルと椅子を置いてくつろいで居る。その位置だと、外の風は感じられるが雨には濡れないと言う事で、本人も快適だとは言っていた。




