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グリモワールの欠片  作者: IDEI
31/51

31 実力

2020/12/30 改稿

 赤竜をアイテムボックスに戻し、何故かいきなり始まった俺とリーガの戦いに面食らっていたローローをなだめ、なんとかローローが落ち着いた頃にリーガが復活した。


 一応、今まで目は開いて、呼べば返事をしていたんだけど、まるで魂が抜けたような状態だった。まぁ、本当に魂は抜けていなかったとは思うけどな。たぶん、あの見えていたリーガの理、ってのが魂と似たようなもんだとは思う。


 たぶん。


 とにかく、リーガは俺を見るなり一瞬脅え、そしてその場に座って何かを考えていたようだ。そして、ようやく俺に質問する事が出来るようになった。


 「人族は、あれほどの魔法が使えるというのか?」


 「最期の二つは人の魔法じゃない。赤竜の魔石から生まれた赤竜の書、っていう、赤竜の全てが収められた魔導書なんだ」


 俺はアイテムボックスから赤竜の書を出して、それをリーガに渡した。


 「なんと、これは……」


 一応、一枚、一枚は捲れるようだけど、一気にとか、自動で、とかは出来ないようだった。


 「どうやら、赤竜公はお前だけを認めたようだな」


 「それも、本当かどうかは判らないけどな」


 「少なくとも、我にはその意を見せてはくれないようだ」


 そして、リーガは赤竜の書を返し、俺の前で今度は土下座をしてきた。


 「今までの、数々の無礼、まことに申し訳なかった。ここに、改めて謝罪する」


 強さで決める部分もある種族だという事で、こうなる気はしてたんだけど、改めて俺がその対象になるのは鬱陶しいと感じた。

 俺は、人に頭を下げられるような、偉い人間じゃないと思ってる。しかも、これは、相手をボコったら、負けた方が頭を下げる、っていう馬鹿な罰ゲームにしか感じない。


 「あ~、俺は、人族だから、強ければ偉い、ってのは遠慮したいんだが?」


 「人族もまた、似たような風習が在ると聞いていたが?」


 確かに、国と国の戦争なんて勝った者が好きにしているし、路地裏での喧嘩から商人の商売まで、負けた方を蹂躙する風習は在るよなぁ。


 「基本的に、人族で勝ったから相手を蹂躙するってのは、頭の悪い連中だ。竜人族は初めからその条件で戦うから成り立つ話しなんだろうけど、人族は勝負は勝負、付き合いは付き合い、って分ける建前も持ってる。人族は弱いから、その建前が無いと、その後が続かなくなるんだ。簡単に言うと、無節操に互いを食い合っていたら、最期には何も無くなりました。なんて事にもなりかねない。そういう、頭の悪い愚考をしないために建前を作っているんだけどなぁ」


 「互いに食い合って、最期には何も無くなる、か。その部分は確かに我らにも想像出来る。だが、そうだな、うん、我らにも、その建前というのがあるのかも知れぬな」


 「…………」


 「…………」


 俺とリーガ。ほとんど荒野と言って良いアナザーワールドの中で、地面に直接座って空を眺めていた。ああ、ローローも居るけど、俺とリーガの話しが飽きたのか、俺の横で丸くなっている。


 そして、このままというわけにも行かないので、立ち上がってアナザーワールドから出る事にした。


 「ローローはまた、ここで待っててくれ。ローローの助けが必要になったらすぐに呼ぶからな」


 なんとも一方的な物言いだけど、ローローは、簡単な事でもいいから、何時でも呼んでくれ、と言う心象を返してきた。


 そして俺とリーガで元の場所に戻った。


 「ヤマト!」


 マレスが俺の名を呼んで駆け寄ってくる。


 「族長代理!」「リーガ様!」「リーガー!」


 竜人族の面々もリーガに向かって走ってきた。


 そして、あっちもこっちも会話が出来ないほどの質問攻め。これって意味無いよなぁ。とにかく、お互い、落ち着いて、少し離れて打ち合わせをしようと言う事になった。


 ザナリスの冒険者が二十数名、そしてマレスたちが俺を囲んでいる。ザナリスの冒険者の中には、ザナリスのギルドマスターと念話が繋がっている者も居た。マレスもファインバッハと念話を繋げているようだ。


 「まず、結論からお聞きします。ヤマト? ドラゴニュートとは、どのような結論を結んだのですか?」


 元ギルマスという立場から、マレスが代表になっているようだ。


 「ドラゴニュートと言うと、微妙に嫌な感じを受けるそうだ。呼ぶ時は竜人族とか、竜人って方が良さそうだぞ。

 で、結論としては……、あ、聞いてなかった」


 周りの皆のアゴが落ちる音を聞いたような気がした。その後の、皆の目は怖かったよ。マジで。


 「あ、ああ、確約的なのは話して無いって事で、向こうの行動方針としては、国に帰る事になるはずだ」


 ほとんどの者たちから安堵の息が漏れた。でも、マレスは難しい顔をしたままだ。


 「ヤマト? 戦いましたね?」


 「う、判っちゃう?」


 「それで、完勝しましたね?」


 「い、一発も貰わないでボコって、グシャグシャにしちゃったしなぁ」


 周りからは驚嘆の目で見られている。中には懐疑的な目も多い。


 「ヤマトが勝ったから、彼らは帰る事になるのですか?」


 「いや、納得して貰うために戦う事になった、って事だから、別に力ずくで戻って貰う訳じゃないぞ?」


 「なら、数年後に、再び彼らの軍事侵攻が起こる、と言う事は無いのですね?」


 「それについて何だけど、マレス? この世界の有名どころのドラゴン、ってどのくらい居るんだ?」


 「ドラゴンですか? えっと、有名なのは、炎の暴君と呼ばれた赤竜、オーバーロードと呼ばれる黒竜、瞑目する賢者と呼ばれる青竜、黄竜、紫竜、緑竜、白竜と言う所が色を冠するドラゴンですね。他に鋼竜、砂竜、水竜、地竜などが居ると言われています。別口というか、おとぎ話のレベルですが、天空竜とか、神竜とか、光竜、闇竜という名もあります」


 「おとぎ話の方は無視しても良いよな?」


 「以前は私もそう思っていたんですが、おとぎ話にしか無かったワザが、つい最近、次々と出てきた事がありましたので、無視出来ないと思いまして」


 なんか怒ってる?


 「ま、まぁ、いいか。とにかく、竜人の連中はドラゴンを自分たちの始祖として敬っているようなんだ。それで、竜人族の中にいるシャーマンがドラゴンの死を感知すると、その死を確認するために行動するらしい」


 「それで、今回は赤竜の死を確認するために、一族の里から出てきたというわけですか?」


 「ああ。一応、赤竜の事は『納得』してもらったから、これから帰る事になるだろうけどな」


 「あ、あぁ、ちょっと待って欲しい」


 それまで事の成り行きを見守っていたザナリスの冒険者が声を掛けてきた。


 「そ、それだと、赤竜があんたに倒された、と言う事か?」


 「内容的に秘密にしておいた方がいい、って事で、内緒だけどな」


 その一瞬の後、その場が爆発した。


 「ありえない!」「嘘を吐くな!」「自分が何を言っているのか判ってるのか!」「そのような嘘で言いくるめたのか!」「馬鹿かてめえは!」


 気持ちの良いほど罵声が飛び交う。そして、さらに一瞬で静まる。


 マレスが前に出て、俺との間に立った。


 「あなた方は、何を根拠に否定するのですか?」


 あれ? なんか、余計に面倒な事になりそうだと感じた。これは、曖昧にしておいた方がいいよなぁ。


 「あ~、マレス? ちょっといい?」


 「なんです? まずは、彼らの言葉を正さないとならないのですから、少し時間を下さい!」


 有無を言わせぬ迫力だねぇ。


 「まぁ、待てって。

 ここの冒険者たちには、俺が赤竜を倒したって事がご不満なようだ。なら、それでいいじゃないか?」


 「な、なにを言っているのですか?!」


 「『俺が赤竜を倒した』って事にしないと、竜人族の部隊はこのまま侵攻する事になるんだけどな」


 「え? ………あっ!」


 「俺じゃなく、他の誰かに倒された、でも、自然に死んだのでも、事故死でも、竜人族は、それを確かめに行くわけだ」


 「………、た、確かに、そうなりそうですね」


 「ここの冒険者たちは、侵攻する竜人族と戦って、打ち倒す自信があるから、俺が赤竜を倒したって事にするのが嫌みたいだよな?」


 「………」


 冒険者たちは、静かに俺の言葉を聞いている。


 「なら、俺は無理に、俺が赤竜を倒したって事を信じて貰わなくてもいいわけだ。俺が受けた依頼は竜人族の侵攻の理由だけだから、戦いは、自信のあるザナリスの冒険者にお任せでいいんだよな?」


 「あ、は、はい。確かに、グランドマスターからの依頼は完了ですね」


 「と、言う事で、俺たちはさっさと帰ろう。ここで竜人族との戦いに巻き込まれちゃたまらないからなぁ」


 冒険者たちは青い顔をして、誰かが何かの解決策を言い出すのを待っているようだった。そこで、一番始めに動いたのは先ほど声を掛けてきた冒険者だった。


 「ま、待ってくれ。あ、あんたが赤竜を倒したってのは、本当なのか?」


 「え? そんな事有り得ない、ってあんたらが言ってたんだろう? なら、そんな事は、有り得ないんだろう?」


 「うっ…」


 「俺が赤竜を倒すなんて有り得ない。なら、結果として、竜人族の侵攻は止められない。なら、戦うのはザナリスの冒険者だよな。せっかく侵攻が止まるようにお膳立てしても、ザナリスの冒険者にそれを否定された訳だからな」


 「わ、判った。判った。あ、あんたが赤竜を倒した。オレ、いや、オレたちはそれでいい」


 「なんだそりゃ? それは、まるで、俺が『嘘』を言っているみたいじゃないか? 俺は嘘つきなんて言われたくは無いんだけどな?」


 「す、すまねぇ! ホントだ! 悪かった! あんたが嘘を付いているかと疑って悪かった!」


 そこで、今まで様子を見ていた大斧を抱えた冒険者が、静かに俺に質問してきた。


 「お前は、赤竜を倒した事を、証明しようとは思わないのか?」


 「? なんで?」


 「強さを証明すれば、それだけ、多くの稼ぎを得る事が出来るだろう?」


 「俺は、ここ二ヶ月で、トゲクジラを十頭ぐらい狩って、魔石は五つほど手つかずで持ってるぞ? 特に執着はないから売っても良いんだが、魔導書に組み込むのも面白いと思ってるんだよなぁ。まぁ、まとめて売ると流通が混乱しそうなんで、簡単に売り払えないのが難点だな」


 そう言って、俺の握り拳二つ分よりは大きな、透明感のある水色の魔石を二つ取り出してお手玉した。


 その魔石を冒険者たちの目が、まん丸になって見つめてくる。


 「な、なぜ、トゲクジラばかり、そんなに?」


 「飛行船を作ってるガンフォールの手伝いでな。魔導機関の材料を取りに行ったついでに、トゲクジラを見つけたらチョチョイとな。魔石を取り出した後の肉が大量にアイテムボックスに入ったまま、ってのが、なんともなぁ。アイテムボックスは時間停止だから腐らない、ってのが無かったら、海に投棄するしかなかったなぁ」


 そこへ、いきなりリッカが抱きついてきた。


 俺の腹の部分にぶら下がるように抱きついて、物欲しそうな顔を俺に向ける。


 「ちょ~だい!」


 「これは水系だから、爆裂娘には合わないんじゃないのか?」


 「あたしぃ、水も得意だよ~」


 「そうか。なら、ちょっと待ってろ」


 俺はアイテムボックスを操作して、何度か魔石を出し入れし、トゲクジラの魔石で、一番大きいのを取り出した。


 「ほら、これがトゲクジラの魔石の中で、一番大きいのだ」


 「やったー」


 「他の魔石は、まだ一種類ずつしか無いのばかりだからな」


 「そういえば~、イーフリートの魔石も持ってたよねぇ」


 「炎系の魔石って、あの大きさのはアレしかないんだよ。大きさと種類を合わせないとならない魔法も在るから、アレはやれないぞ!」


 「ちぇ~」


 そう言いながら、リッカは魔石をアイテムボックスに入れて戻っていった。それを見つめる他の冒険者の目が、かなり羨ましそうだった。


 俺は、先ほど話していた大斧を抱えた冒険者に向き直る。


 「えっと、すまん。話の腰を折ってしまったな。それで、え~、なんだったっけ?」


 「イヤ、俺が無粋な事を聞こうとしていただけだ。それで、お前はイーフリートも倒した事があるのか?」


 「成り行きというか、とばっちりでな」


 「と、とばっちりでイーフリートだと?」


 「本当なんだけどなぁ。まぁ、そんな事はどうでもいいや」


 「どうでもいい……」


 正直、○○を倒しただと? なら、その証明をして見せろ、なんていうのに、一々付き合ってやる義理もない。


 「それで? あんたらはどうするんだ? 戦うのか? 引き上げるのか?」


 「あ、ああ、俺たちは……」


 「待ってください、ヤマト!」


 「どうした? マレス?」


 「竜人族が引き上げるのは歓迎しますが、ここまで戦ってきたザナリスの冒険者への恩賞の話しが残るのです。死んでいった騎士団も居るそうですし、この戦いの責任というモノをはっきりさせる必要もあります」


 「あ~、そう言うのもあったかぁ」


 俺が納得すると、多くの冒険者がホッとした顔を見せた。


 「赤竜の死を確認しに来ました。確認しました。では、帰ります。と言うのは良いのですが、実際は竜人族の軍事部隊の無断侵入。更には、戦端を開いての軍事衝突という自体に発展しています。私はザナリスの者ではありませんが、ザナリスとしては一つたりとも看過出来るモノではないでしょう」


 「まぁ、それは判る。だが、第三者的な立場で考えると、その責任は問えないと思うんだが?」


 「え? それは、何故でしょう?」


 「ザナリスと竜人族で、軍事的な、もしくは政治的な取り決めを約束した条約を結んでいたか?」


 「え?」


 言葉として難しかったかな? 簡単に言い直した方が良さそうだ。周りの冒険者も、俺が何を言ったのか判っていないようだ。


 「簡単に言うとだな、ザナリスと竜人族との間で、国の境界線の位置を互いに確認しあって、互いの国境線はここにしましょうという約束を取り決めた、という事実があるのか? って聞いてるんだ」


 「え? そういった話しは聞いた事がありませんが…」


 そう言ってマレスはザナリスの冒険者を見回す。騎士団は居ないので、ザナリスの政治的な話しを知る者は居ないが、ギルマスとの念話ができる冒険者が確認しているようだった。


 そして、念話での確認が終わった。


 「ギルマスも、そんな話しは聞いた事が無いそうだ。今、ギルドの記録を調べているらしいが、ギルド職員たちも知らない様だったそうだ」


 「ヤマト? 国の境界を確認していないと、責任を問えないのですか?」


 「当たり前だろ? ザナリスはここまで、って勝手に決めたわけだ。しかも、畑を開墾して行けば、その主張もドンドン変わっていくような曖昧なモノだろう?

 同じように、竜人族が、竜人族の国の境は、遠く、エルダーワードの北に在る。って勝手に主張されても、文句も言えないわけだ。

 双方共に、勝手な事を言っているだけだしな。そして、お互いに、相手が認めない。

 なら、どうなる?」


 本来なら、戦争だよな。


 「ザナリスが戦争責任を問い質せば、今度は国境についての問題で戦争になるわけですか?」


 「人族同士の場合なら、そうなってるだろうな」


 ザナリスの冒険者たちが、本日、何回目になるのか判らない落胆に沈んだ。人族同士なら、国境の問題が出てきても、戦う事に問題はない、とか言いそうな連中だけど、相手が勝てそうもない竜人族だと、戦う気力も湧いてこないんだろうな。


 「問題は、ザナリスの国王次第という所ですか…」


 冒険者への恩賞にしろ、竜人族への戦争責任にしろ、ザナリスの国政を司っている国王の心構えと手腕に全てが掛かっている。


 でもなぁ……。


 かなり雰囲気が暗くなってしまった俺たちの陣地に、遠くから一人の竜人が近づいてきた。武器は持たず、ゆっくと歩いてきているんだが、三メートルの巨体なので歩幅が違う。

 その装飾から、族長代理のリーガだと判った。なんでも、他の竜人では対応に難があるらしい。


 「ヤマト殿、少し難問が持ち上がった。助言をいただいてもいいだろうか?」


 「や、やまとどの~? 俺は、殿なんて呼ばれるような、築き上げたモノなんか何も持ってない小僧だぞ。そんな風には呼ばれたくは無いなぁ。

 ごく当たり前に呼び捨てで呼んでくれ」


 「それは出来ない。我はヤマト殿の下僕であるのだから」


 「な、な、な、なんで? 何時から下僕になったの?」


 「我の心がそれを認めた時だ。故に、この心は変わらない。どうか、下僕である事を許して欲しい」


 「いや、いや、いや、駄目でしょう。あっ、そうだ、俺が認めなければ良いんだな?」


 「ならば我に捨て置くと言って欲しい。我は路傍の石としてこの身を朽ち果てさせよう」


 「おい、おい、おい、おい……」


 「あの、ヤマト? その事は置いておいて、まずは相談事というのを聞いた方が?」


 「あっ、そうだった。そうだな、まずはそれを聞こう」


 マレスのおかげで棚に置く事が出来たけど、解決した訳じゃ無いんだよなぁ。


 「はっ。実は、恥ずかしながら、我の陣営に置いて、ヤマト殿の所業を疑う者たちがおりまして、帰国に異を唱えております。ここは、ヤマト殿にご足労願い、赤竜公の確認をさせたいと考える次第であります」


 「あー、何処も似たような事になるもんだなぁ。まぁ、そう言うヤツは証拠を見せつけても変な難癖付けてきて、自分の望む結果以外は認めない、っていうトラブルメーカーなんだよなぁ」


 「まことに恥ずかしき次第であります」


 「どのくらいの数が、そう言ってんの?」


 「主だった所で十名。その言葉に同調しているのが五名ほどかと」


 「幹部クラスの、だいたい半分?」


 「はっ」


 「じゃあ、しょうがないから、竜人族の流儀で納得して貰おう。俺の言葉が信じられない、っていう竜人たちと俺が戦うってことにしよう。すぐに集められるか?」


 「も! 申し訳ありません! まことに、我らが不徳とする所ではありますが、愚かなる者たちとはいえ、十名の若者たちを失うのは族長代理としての職務がそれを許しません。ど、どうか、ご再考を!」


 片膝付いた姿勢から土下座になって謝るリーガの姿に、周りにいた冒険者たちが茫然自失になって見ていた。


 「大丈夫、大丈夫。戦う前に、俺の魔導書使いとしての実力を見てもらうから、それを見て、本当に戦うか決めて貰おう。それでも戦うって言うのなら、遠慮無くやっちゃうけどな」


 「………、なるほど、それでもなお戦おうという愚者であれば、もはや諦めるしかありません。ヤマト殿の温情に感謝致します」


 そう言って、リーガは竜人族の陣営に走って戻ってしまった。


 「ヤマト? どのような力を見せつけるのですか?」


 マレスが嫌そうに聞いてくる。あまり派手な事はしないでくれ、って祈っているような感じもする。


 「まぁ、全力じゃなくても大丈夫だろう。反応を見ながら選ぶつもりだけどな」


 「く、れ、ぐ、れ、も、お、ん、び、ん、に! お願いしますね」


 「は、ははは、………はい」


 釘を刺された、って言うより、ネジを打ち込まれた気分だ。


 「これじゃ、アースクイックは出せないなぁ。ボルケーノもアシッドレインやエクスプローションも駄目か。あぁ、大規模魔法を使って見たかったけどお預けだなぁ……」


 俺のつぶやきは、冒険者たちにもしっかりと聞こえたようだ。中には泣いてるのもいる。なんでだろう?


 そして、しばらくの後、さっきまでは戦場だったその場所が闘技場になった。


 周囲は冒険者や竜人たちが取り囲み、リーガが一応の審判役に付いている。俺の目の前には二十人の竜人。リーガを倒した俺との戦い、と言う事で、そのためだけに参加したのも結構いるらしい。


 「あー、俺からの要望は二つだ。一つは、一対一の戦いではなく、戦うつもりの竜人たち全員と一辺に戦いたい」


 「人間! 我らを愚弄するつもりか?」


 「あ、逆、逆。俺は魔導書使いだ。だから、一つのワザを出すのに魔力を消費する。まとめて掛かってきた二人に魔法を使うのと、同じ魔法を二回使うのとでは、まとめてやっつける方が消耗は少ないんだ。そっちは、小さい人間相手に戦うとしたら、せいぜい、二人がかりでしか出来ないだろう? 波状攻撃で仕掛けて来るにしても、そのタイミングは一対一と、そうたいして変わらない事になるはずだ」


 「ふむ、なるほどな」


 「だから、全部を相手にするつもりの俺としては、まとめて掛かってきてくれた方が有利なんだよ」


 「なるほど、理解した。それでも、我らに有利なのは判断出来ているか?」


 「もし、竜人が五人、とかだったら、一対一の方が有利なんだけどな」


 「そこまで考えての事なら、我らにも依存は無い。お前の考えが深い事を称える事にしよう」


 「それと、もう一つ。お前たちは魔導書使いの戦い方を知っているか?」


 「我らにも、魔導書使いは居る。あまり戦場には出ないがな」


 「そうか、一度おさらいしておくと、魔法は、開いた魔導書の頁の術式に、魔導書使いの魔力を注ぎ込み、術式に魔力が満たされたら、そこで初めて発動する事が出来るようになる」


 「何を判りきった事を。時間稼ぎか?」


 「まぁまぁ、ポイントはここからだ。要は、本を持っていても頁を開いて居ないと意味がない。そして、開いてから魔力を注ぎ終わって、初めて撃てるようになる。

 つまり、戦いの時には、頁を開いてから、魔力を注ぎ終わる時間が短いほど実用的、というわけだ」


 「ふむ。それで?」


 「それを踏まえた状態で、俺が試しに出す魔法を見て、まずは俺の実力を知って欲しい。これが二つ目の要望だ」


 「あまり、意味があるとは思えんぞ? 戦いの前には実力を隠しておくモノじゃないのか?」


 「ただの示威行為だよ。戦いの前に吠えつけたりするようなヤツだ」


 「ふむ。まぁいいだろう。戦いの前にするのはそれだけで良いのか?」


 「充分。俺は、戦いを想定した速度で、三つの魔法を撃ち出す。その三つは、実際の戦いでも使う予定だ。じっくり見て、対策を考えてくれ」


 そして、俺は周りを見回した。


 左手の崖の上には農場がある。ここは、谷間になっていて、雨期には川になる場所のようだ。右手も崖になっているが、様相としては崖と言うよりは山に近い。

 岩山で、灌木さえも少ない、せいぜい雑草が生えかけているだけの禿げ山だ。


 この禿げ山なら、何をしても被害は少ないだろう。


 審判役のリーガが禿げ山との間に居たので、農場側に退避して貰い、皆の注目が集まる中でアイテムボックスから赤い本を取り出した。


 実戦を想定して速度重視。だから、魔導書に魔力が吸われるのを待つ時間も惜しい。こちらから魔力を押し込むぐらいの気概で行こう。


 そして。


 「竜の爪!」

 俺の声に反応して赤竜の書が一瞬で頁を開く。そして、俺の中にある魔力を無理矢理押し込み、その一瞬の後に術を起動させるキーワードを叫んだ。

 「ドラゴンズ クロゥ!」


 赤竜の書に記された、ドラゴンの爪の攻撃を術式化した魔法を撃ち出す。


 次の瞬間、頂上に登るだけでも三十分は掛かりそうな山に、一本の縦線が入った。同時に地響きが周囲に走る。


 間髪を入れずに。


 「竜の尾!」

 「ドラゴンズ テイル!」


 その瞬間、登るだけで三十分は掛かりそうな山の、上半分が、横薙ぎに吹き飛んだ。実際には見えなかったはずなのに、巨大なドラゴンの尾で薙ぎ払われたのが感じられた。


 そして。


 「竜の咆吼 剛式!」

 「ドラゴンブレス!」


 目の前が大爆発を起こした。


 あまりの爆音に耳が一時的に聞こえない感じになっている。聞こうと思うと、キーンという耳鳴りを極悪に強くした感じの頭痛が再現される感じだ。

 その爆発の勢いは全て前方方向へと進んでいったので、こちらには余波しか無く、俺たち自身には被害はなかった。だが、砂煙が収まって視界が開けてきた後には、何も無かった。


 さっきまでは、まだ、上半分を失った山があったはず。なのに、今は扇状の広場が出来上がっていた。


 かなりえぐられているから、広場とも言えないかも知れないが、野球のグラウンドなら、外野と外野スタンドも含めて六面ぐらいは取れそうな感じだ。


 遠くでは、吹き飛ばされた砂利が落ちてくる音がしていて、まるで雨音のように聞こえる。それも、土砂降り状態で、なかなか終わらなかった。


 こ、これは、やりすぎたかも知れない。


 俺は恐る恐る後ろを振り返った。


 そこには、冒険者や竜人たちが、尻餅をついて呆けていた。


 「やりすぎちゃった」


 定番のセリフを後頭部をかきながら言ったら、その瞬間に糸が切れたように、大半の者が気を失ったのは俺のせいなのかな?


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