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グリモワールの欠片  作者: IDEI
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03 麒麟

2020/12/30 改稿板を再アップしました

 目が覚めた時、俺は固い床の上に寝ていた。


 俺は確かにベッドルームに入ったはずだ。それは覚えている。でも、現状は六畳ほどの何も無い部屋に転がっていた。


 もしかして、ベッドって持ち込み?


 とりあえず、自然が呼んでいるので、もう一つの部屋に行くことにした。つまりトイレ。


 トイレ自体は綺麗な陶器で作られた水洗式だった。良かった。それは、良かった。けど、水も無いし、トイレットペーパーもない。


 確か、爺さんの手紙だと、創造魔法でトイレットペーパーを作れ、ってあったな。水も生活魔法とか。


 二度魔法を使って、二度とも気を失ったから、魔法を使う事に慎重になっているけど、あの二つは基本的に大魔法だと思う。生活魔法と言うぐらいだから、水を作り出すだけで気絶はしないだろう。


 たぶん。


 と言うことで、トイレに水を補充することにした。これは急ぎの案件だ。


 何処に補充するか考えながら眺めていて、壁の一角が扉になっているのを発見。開くと、そこには階段があり、登ってみるとデカイプールが有るのが判った。


 このプールに水を補充? 満杯にしたら、きっとまた気絶しそうだな。


 本を開き、生活魔法の目次を見ると、水を作る魔法には三種類有ることが判った。一つはクリエイトウォーター。二つ目はクリエイトピュアウォーター。三つ目はクリエイトホーリーウォーター。


 推測するに、一つ目は井戸水や川の水と同じものじゃないかな? 二つ目はそのまま飲める綺麗な水? そして三つ目は聖水か何かかな? 神聖魔法の所を見ると同じ呪文が書いてあったんで、そう言う事だろう。


 トイレに流す水に聖水を使う? どんだけバチがあたるんだろう。


 一瞬、ワクワクしちゃったけど、それを振り切り、ピュアウォーターを使う事にする。今はトイレだけだけど、その内拡張するつもりだからな。キッチンの水はこことは別系統で確保されるなら、その時はトイレ用に質を落とすだけ。今は、綺麗な水を確保しておこう。


 そして本に「清らかなる水を作り出せ」と唱えて頁を開かせ、「クリエイトピュアウォーター」を発動させる。


 これは、手の先の、さらにちょっとだけ先から水が飛び出るようで、俺が魔力を多く出すと水も多くなる仕組みらしい。これは、魔力を使う練習にもなりそうだな。

 今はその時間もないけど。


 プール全体から見ると全然だけど、それでもトイレ十回分以上は補充出来たと思う所で魔法を止めた。


 終了の意志をはっきり示すだけで、魔法がかっちりと止まるのは安心を感じる。


 さて、次は創造魔法。無から有を作り出すのなら、相当な魔力が必要なはず。でも、絶対に必要な物だ。覚悟を決めて本に「森羅万象なる力を使い、我が意に従いて我が望む物を作り出せ」と言って頁を開かせた。


 「アイテムメーカー、トイレットペーパー」


 まずは、一個のトイレットペーパーにしようと、意識をしっかりと固定する。すると、目の前の空中に何かが形成されていく。


 これは成功か?


 そう思っていたら、なんと、ジャケットの袖がボロボロになって消えていく。


 え? なんで?


 ヤバイ!


 と、思って魔法を終了させた。袖は七部袖と言う感じになってしまった。トイレットペーパーもなんか中途半端で使えない。


 「もしかして、原材料が必要なのか?」


 この仮説の証明は、外に出て、木を前にして使ってみればいいだけだ。


 時間も無い!


 俺は急いでシークレットルームから出て、近くの木に飛びついた。そしてアイテムメーカーを発動させると、案の定、木の繊維がボロボロと消えていき、そして一個のトイレットペーパーが出来上がった。


 「よし!」


 もう、その他の検証は後回し。俺は出来上がったばかりのトイレットペーパーを掴んで、シークレットルームに飛び込んだ。




 「間に合った~」


 不幸は回避されました。めでたし、めでたし。しかし、更なる不幸が俺を襲った。


 「腹減ったなぁ~」


 スマホの時計を見ると、爺さんと会ったあの時から一日半は経っている。出来ればベッドを作ったり、他の魔法を試したりしたいけど、食料の確保が先決だろう。でも、俺にそれが出来るのか?


 試してみたいアイデアはある。


 とにかく、肉を確保しよう。


 俺は本を捲りながら、どんな魔法が有るのかを頭に入れていく。すぐに全部は覚えられないけど、肉の確保に必要な氷での攻撃魔法は覚えた。森の中で火は使えないし、風や水は肉の確保という目的には使いにくい。

 つまり、獲物を凍らせて捕まえようとしているわけだ。


 そして、空間魔法の中にあった探知の魔法を使い、獲物の居場所を探る。どうやら、雉みたいな鳥が居るようだ。はっきりと姿を見ていないので断言出来ないけどな。

 で、見つけてみたら、本当に雉みたいだった。本当に雉なのかも知れない。


 雉の方も俺を警戒し始めた。ガサガサと大きな音を立てながら移動してたんで、見つかるのは当たり前だったからなぁ。


 でも、距離的に、逃げるか、その必要が無いか、判断に困っているようだ。


 ここで、雉には気付いたけど、興味ない、って顔をして横に移動してみた。すると、雉は俺を警戒してはいるけど、気を抜いた感じで、地面をついばみ始めた。


 何をついばんでいるのかは気になったけど、それよりも、雉の警戒を解いたこの瞬間が大事だ。俺は雉とは関係ない方を向いて本を開き、「フリーズ!」っと、物を凍らせる魔法を強く発動させた。


 実は、氷の矢を投げ飛ばすのは、攻撃力からしたら大きな成果を得られるんだけど、外れたら何の意味もない。デカイ魔力を使っておいて、当たらなければどうと言う事はない、って言われるのは問題だ。

 で、範囲も任意に決められるし、確実に凍らせる事が出来る、生活魔法のフリーズを選択した。


 凍り付くまで時間が掛かるというのは有るけど、相手が警戒していないと、異変に気付いた時には足が動かない、とか、頭が凍り付いていた、とかいう状況になる。

 我ながらいい選択をしたと思う。警戒されてたら、気温が下がった時点で逃げられていただろうしな。


 雉の居た所に近づくと、小さな頭が氷の塊に包まれて、ピクピクしていた。体全体はそのままなんだけど、頭が重すぎるし、意識も途切れて動けなくなったみたいだ。


 さて、これから雉を食料とする場合、まず首を切り落とし、逆さまにして血抜きをし、羽根をむしってから内臓を落として「鶏肉」にする必要があるわけだ。

 でも、自慢じゃないけど、鳥を捌いた事なんか一度もない。


 今も、ナイフ一本持っていない。


 じゃあ、どうする? サバイバルの達人なら、手で首を引きちぎって血抜きをするとかいう場面かも。


 でも、俺には魔法がある。実際に出来るかどうかは判らないけど、試す価値の有る魔法を持っている。


 本の頁を開く。そして「アイテムメーカー! 鳥の竜田揚げ!」


 地面に倒れている雉の体がボコボコに崩れていき、空中に薄茶色の塊が出来てくる。そして、それは出来上がると同時に自由落下した。


 「あ、やべ!」


 俺は竜田揚げをニュートンの呪縛から救うべく両手をさしのべた。


 「うぁっちー!」


 そして、香港の映画スターの呪縛が俺の手の平を襲った。


 「あちっ! あちっ! あちっ!」


 ええい、このまま大地に喰われるのなら、その前に俺が喰らってくれよう。


 そして口に入れたら、竜田揚げじゃ無く、鳥の素揚げという感じだった。熱くて、歯ごたえもいいんだけど、なんか、味が薄い感じ。落ち着いて考えると、脂や塩分は雉自身が持っていたけど、片栗粉は無かったからなぁ。近くに芋でも埋まってれば出来たかも?


 でも、お腹はふくれた。まずは一安心。栄養の偏りは有りそうだけど、飢えて力尽きるという事は回避出来そうだ。


 もう一度、アイテムメーカーで素揚げを作ってみたけど、今度は始めの半分以下の大きさにしかならなかった。どうやら、これで打ち止めらしい。


 素揚げなら打ち止めだろうけど、他の料理ならまだ出来るんだとは思う。けど、それをする技量も知識もない。目の前には、素揚げに必要な分の肉をそぎ落とされた雉が横たわっている。俺は、一つの命を、そうとう無駄にして満足している事になるんだろうな。


 せめて、他の獣に喰われて、その命を繋いでくれと祈った。かなり身勝手な祈りだけど、俺自身の心のためには必要な祈りだった。


 そこで改めて思う。このアイテムメーカーを敵対するモノに使えば、簡単に殺せるんじゃ無いかと。

 まぁ使ってみた感想だと、俺の魔力が対象に『浸透』してから支配し、その後に『改変』するという手順を踏んでいるようで、一瞬の隙を狙い合う状況では致命的な隙を作ってしまいそうだ。しかも、魔力を浸透させる時に抵抗される感じもあったし、木などや倒しきった獲物に時間を掛けてからでは無いと成功しないようだ。

 敵を対象に、敵の心臓を手元に作り直して奪う、なんて技は不可能って事だな。


 それからは色々な魔法を試し、自分に出来る事を知るための毎日だった。


 木のそばでアイテムメーカーを使い、木の皿やベッド、そしてフワフワの布団を作ったり、剥き出しの岩場からナイフや剣を作ったりもした。銃も作ってはみたけど、モデルガンみたいな銃の形をした鈍器にしかならなかった。表面的な形しか知らなかったためらしい。こんな事なら、色々詳しく覚えておくんだった、というのは、いつもの後悔だよなぁ。試験の度に言っている様な気もするし。


 そして、遂に目的を果たすための行動をとる事にした。


 つまり、この近くに有るはずの魔導書の一頁を回収するというお使いクエスト。


 まず用意するのは、ばらけてしまった方の魔導書。


 ばらけたとは言っても、十頁は残っている。その内の二頁は目次。どんな魔法が収められていたかが書いてあるし、この目次自体が、魔導書の頁を探す手がかりになるそうだ。

 残りの八頁の内の一頁には、その目次の使い方が書いてある。残りの七頁には、従魔術の高等魔法、聖剣を作る場合に必要な条件と材料、飛竜船を作るための材料と呪文、世界の半分の知識を持つ人工精霊の作り方、魂の譲渡契約などを無視して使役出来る悪魔の呼び出し方、亜空間内に大陸並みの大地を作り、動植物が生きていける空間を維持する方法、そして、子猫のしつけ方と、気を付けなければならない病気とその対処方。


 おそらく、当分は基本魔法の魔導書しか使えそうも無い。シークレットルームで気絶している俺に、大陸並みの亜空間なんて、維持出来るわけ無いしな。


 子猫も居ないし。


 まずは目次の使い方を読んで、準備する。


 ばらけた魔導書の目次を開き、「魔導書よ、その身の一部の在処を示せ」と唱えた。

 トイレットペーパーを一個作る分ぐらいの魔力が失われ、魔導書の目次の一文が淡く光る。その光が微かに一方向を示した。


 光った文字は、聖獣を従える従魔術。その魔法の呪文が書かれた頁が、光の差す先、山の中腹にあるようだ。


 うん。聖獣と対決ってわけじゃないよ。


 ホントだよ! な? な?


 草や木の多い山を登る事になりそうなんで、柄の長い草刈り鎌を作った。気分は死に神さまだ。地面から伸びている草を刈るなら、草の根元で鎌を左から右に振るだけで良い。もしくは右から左。左右は楽な方法を取ればいいけど、けっこう個人差があるみたいだ。草だけならそれで良いけど、灌木の場所は刈るか避けるかが悩むところだ。草刈り鎌じゃなく鉈の方が良かったかな? 


 後は、調子に乗って作ったゲームに出てくるような西洋剣を腰に佩いて、手帳サイズにした魔導書は胸のポケットに入れて、何時でも出せるようにしておく。防具が欲しい所だけど、その知識もない。魔導書に防御力を上げるモノや、自動防御の盾を作る呪文も有る事は有るんだけど、自分の魔力の総量が判らないので、余裕のある状態で試してみない事には使用するのも危険だ。


 やっぱ出直そうかな?


 それだといつまでたっても探索が始まりそうに無いので、探知の魔法を使いながら強引に出発した。


 探知の魔法は周りの状況がなんとなく判るんだけど、自分自身が移動すると探知の基準がずれてしまうようで、移動し終わった後にもう一度起動しなければならないという使えない仕様だった。


 仕方のない事だけど、何度も起動させて確認する。魔導書の一部までは、まだ距離があるはずだけど、野生の動物なんかとの接触は避けたいからなぁ。


 約一時間。ビクビクしながら歩き続け、ようやく目的地に辿り着いた。


 探知の魔法にも、すぐ近くに濃密な魔力の塊を感じている。


 目的地に近づいて行くと、何故か小さな祠があった。その奥に、一枚の板のように立っている紙片が見えた。

 これが魔道書の一部? この祠も謎だけど、とりあえず回収してみるしか無さそうだ。


 俺はばらけた方の魔導書を開き、目次の 聖獣を従える従魔術の文字を指でなぞる。


 「聖なる獣を意のままに従える混沌の中より生まれた言葉よ、汝のあるべき場所に帰れ」


 これで良いはず。近くでこの言葉を唱えれば、紙片は魔導書に戻ってくる、って書いてあった。


 でも、簡単にはいかなかったようです。


 紙片は光り輝き、まるで拒否するように震えると、祠全体が消えて一頭の馬型の何かに変わっていった。


 ロバよりは大きいけど、競馬馬よりは小さいかな。それぐらいの大きさだけど、俺自身と比べると、俺の頭の上に顔がある高さだし、体重も俺の三倍はありそうだ。野生動物とぬるま湯に浸かった日本人学生が戦ったら、どうなるかなんて三日前の鶏でも知っている事だよな。


 その馬もどきが俺を睨んだ。


 あ、馬じゃない? いや、馬だろう?


 なんか、体全体は馬の体型をしているんだけど、体には日本式の龍のような鱗が有る。顔も、馬に近いんだけど、龍にも近いという感じだ。

 あ、角があるから、馬と言うよりも鹿なのかな。馬と龍の間に生まれた神獣とか言われたら完全に信じるぞ。


 どっかで見たような気もするんだけど、体全体が真っ白で、ちょっと可愛いという感じも受ける。


 でも、剥き出したその牙は、俺の命を完全に食い散らかせる力を持っているという事が、しっかりと感じられた。


 これって、かなりヤバイ?


 左手に持った魔導書は役に立たなかったので、閉じて胸ポケットに入れた。入れ替えで、基礎魔法の魔導書を取り出し、どの呪文にするかを必死で考える。


 手持ちの武器は、基礎魔法の魔導書と、腰に吊したままの剣。そして、長柄の草刈り鎌。


 だめだ。勝てる気がしねぇ。どんだけ状況を舐めていたか、改めて思い知らされた。セーブポイントからやり直しとか出来そうも無いから、やるしか無い。


 爺さんなら、きっと適切な魔法を選び、確実に事を運べる経験と知識を持っているから、楽な仕事と思ったのかも知れない。けど、俺には知識も経験も無いし、同じ呪文を使えるとしても、一発で昏倒してしまうほど魔力が少ない。


 考えろ。


 まず、一番大事なのは、意識を失わない事。


 本があるから、怪我をしても何とかなるはずだし、逃げる場合も、戦う場合も、魔導書だけが頼りだ。だから、どんな怪我をしたとしても、意識だけは失っちゃいけない。

 剣も作って持っているけど、竹刀さえ持った事がない俺には、無駄な足かせにしかならないだろう。せいぜい、投げて気をそらすぐらいか。

 魔導書も、強力な術を使えば気を失う可能性がある。攻撃的な野生動物に噛み付かれたら、振り回され、本を開く事も不可能になるはずだ。


 つまり、選択は一瞬で確実に。行動は必ず避け、逃げ、転ばない。この二点に集中するしかない。


 それから? と考えている途中で、馬もどきが突進してきた。現実は、考える時間さえ与えてはくれない。


 俺は手に持っていた草刈り鎌を振り回し、龍のような馬もどきを牽制する。柄が長くて良かった。それを真っ直ぐに突き出し、直接向かって来れないようにする。これで、気を抜かなければ、無条件に蹂躙される事も無い、と、思いたい。


 龍のような馬もどきが攻めあぐねている間に、どんな魔法を使うかを考える。


 雉を凍らせたフリーズは時間が掛かるため、警戒している今はやるだけ無駄だ。氷の矢を飛ばす魔法や、溶岩の弾を飛ばす術もあるけど、正直、命中させる自信は無い。

 風の刃も当たらないだろうし、竜巻とかは、木が林立するこの状況だと、目くらましぐらいにしか役に立たないだろう。それも、大きく避けられたら完全に無駄になってしまう。


 転移の呪文で、元のキャンプ地に戻る方法もあるけど、未だ一回も試した事がない。もし、失敗して気絶したら、それだけでバッドエンドだ。


 困った。打つ手がない。


 俺が、ここまで色々考えられるなんて、ちょっとした奇跡なんだけど、これ以上は走馬燈が見えてきそうだ。


 ここで俺は覚悟を決める。魔導書は完全に回復用として、胸ポケットに入れる。一つのポケットに二つの手帳サイズの魔導書が入ったため、かなり窮屈だけど、これなら動き回っても落ちないだろうからこのままにしておこう。


 そして、右手に草刈り鎌、左手に剣を持って、どちらかを叩き付けるだけ、という戦術に決定した。一度や二度で決まらなそうだから、何十発も攻撃を避けながら打ち込まないとならないだろうな。

 そして、突き出していた草刈り鎌を引く。


 今まで、攻めあぐねていた状態だったのに、草刈り鎌を引いた事に警戒を強めている。こいつ、けっこう頭良いんだな。

 俺は、龍のような馬モドキが動いた一瞬後を狙うために、神経を尖らせる。さらに、ゆっくりと近づいて行く。体の真正面から、真っ直ぐに近づくと、その状況を嫌がって、場所を移していくので、逃げにくい岩壁の方へと誘導していく。


 一度、踏み込んだ時に、岩壁を背にしていた事に気付いて、大きく跳躍されてしまった。


 そのため、また始めからやり直し。二つの得物を持って、真正面から近づくと、かなり攻めにくいようだ。そのまま、追いつめ、何度目かに、ようやく岩壁に追いつめた。


 この後は、窮鼠猫を噛む、という感じで、逆転の反撃を撃ち出してくるはず。それをしっかりと迎撃出来れば、俺に勝ち目が見えてくる。迎撃出来なくても、攻撃を避ければ、まだやり直しが出来る。狙うのは、目、口、喉、足。それ以外の場所は怒らせるだけになるかも知れない。


 集中しろ、俺! 一瞬を見逃すな。祖母ちゃんとの喧嘩の練習を思い出せ! あれ? 何故か諦めたくなってきた。


 そんな俺の心なんか無視して、その一瞬が来た。


 まるでバネで弾かれたように飛び込んでくる。それに合わせて、草刈り鎌を壊れても構わない、というつもりで振り、叩き付けた。

 その反動を利用して左手の剣を両手で握り、まるで棍棒を叩き付けるかのように剣をぶつけた。


 「ギャン!」


 龍のような馬モドキが、悲鳴を上げてもんどり打った。仰向けに倒れた一瞬を見逃さずに、剣を構えて首筋を狙おうと飛び出したけど、一瞬の差で体を起こされてしまった。

 でも、飛び出した勢いは消せないので、そのまま剣を頭に叩き付ける。


 刃は立っていないので、切ると言うよりも叩くと言う形になったけど、見事に片目を潰す事に成功した。


 「ギャギャギャ」


 悲鳴を上げている内に距離を取り、足下の枯れ葉や砂利などを片手で握り込む。そして、まだ悲鳴を上げている所に投げつけた。

 でも、これはちょっと失敗したようだ。本当は残った方の目も目つぶししたかったんだけど、のたうち回っているせいで、狙いがはずれてしまった。


 仕方なく、のたうち回るのが落ち着くまで、警戒したまま待つ事にした。


 のたうち回るのにも体力を使うから、それが落ち着いた時は、この龍のような馬もどきも、諦めているだろう。トドメはその時考えればいい。激しくのたうち回っている今、攻撃を仕掛けるのはかなり危険だと思う。


 そして、龍のような馬もどきは、三十分以上のたうち回った後、力無く、虚ろな目を向けてきた。


 トドメを刺せば、魔導書が回収できるのかな?


 ちょっと疑問に思った。


 下手にトドメを刺したら、魔導書が消し飛びました。なんてのは困るしなぁ。


 俺は、横たわっている所に近づき、剣を振りかぶって、龍のような馬もどきの首筋の、少しだけ手前に突き刺した。

 そして、剣を抜いて、その首に手で触れてみる。


 うん、しっかりと諦めたようだ。手で触れているのは判っているようだけど、何の抵抗もしない。


 俺は基礎魔法の魔導書を取り出し、「大いなる慈悲の力によりて傷を癒す力!」と唱え、頁が開いた後に、「ヒール!」と、唱えた。


 潰れた目さえ治ったのは、こいつの特性なのか? ヒールにはそこまでの性能は無いと書いてはあるんだがなぁ。


 完全に傷が治った後、龍のような馬もどきは立ち上がり、慎重に俺に近づくと、俺の手をぺろりと舐めた。


 良かった。もし攻撃するつもりだったら、完全にやられてたよ。俺の読みが当たって良かった。なんか、無駄に危険な賭けをしてしまった感じだけど、賭けに勝って本当に良かった。


 とにかく、これで納得して貰ったはずだから、魔導書に戻ってくれるだろう。


 「聖なる獣を意のままに従える混沌の中より生まれた言葉よ、汝のあるべき場所に帰れ」


 しかし、龍のような馬もどきは、これに抵抗した。なんで?


 何かをもの凄く我慢している感じだ。そんなに戻るのがいやなのか? どうする? 止める? それとも、このまま強行する?


 俺が迷っている間も、まだ耐えている。


 そして、龍のような馬もどきの体が光り出した。更に、二つに分かれて、その一つが魔導書に入った。


 セイントビーストフォローの頁が戻った。


 でも、もう一つの光は残ったままだ。なんか、段々と小さくなっているような気がする。


 すると、魔導書が勝手に動いて、従魔術の高等魔法の頁が開いた。


 俺には高等すぎて、絶対に出来ないだろうと思って、ほとんど見ていない呪文だ。それが勝手に開いたので、改めて見てみると、従魔をカード化する魔法のようだ。なにそれ?


 でも、この状況は、これを使え、って事なんだろうな。


 どうする? 気絶する確率がかなり高いけど? ええい、求められて応えられないなんて、男の恥だろう。やってやろうじゃないか。


 「いにしえの契約によりて、我が従魔に永遠の契約と、永遠の命を」


 頁が開くと、かなりの魔力が強制的に吸い出されていく。やっぱきつい。でも、頑張る!


 「チェンジ! カードワールド!」


 その魔法が、残った光に飛んで行ったのを感じつつ、俺の意識は真っ暗になった。



 目を覚ますと、また真夜中だった。月の明かりで、なんとか周囲は判るんだけどね。で、よく、動物さんたちのオヤツにならなかったな~、なんて考えていると、俺のすぐ横に、まるで添い寝のように体を横たえている龍のような馬もどきが居るのを知った。


 俺を守っていたみたい?


 「あ~、その、あんがとな」


 ちょっと照れ臭くなって、そんな言い方になったけど、大体の意味は通じたようだ。


 そして、俺が大丈夫であると判断したんだろう。一回だけ頷くような動作をした後、立ち上がった。


 月明かりに照らされた、真っ白い体は、妙に神秘的だ。俺が見上げながらそんな事を考えていると、龍のような馬もどきの体が薄くなって消えていく。

 俺が焦って身を乗り出した時には、完全に消えていた。


 「え? なんで?」


 訳が判らない。今まで俺を守ってくれたのは、あいつの幽霊だったとでも言うのか?


 確か、俺は気を失うほどの魔法を使ったんだ。従魔をカード化するという魔法を。


 それを思いだし、胸のポケットから魔導書二冊を引き出すと、同時に一枚のカードがこぼれ落ちた。


 「なんだ? これ」


 そこには、複雑な紋様が描かれて、裏も表も同じ模様だった。そして、裏表にデカデカと、「麒麟」という文字が入っていた。


 もしかして、これが、あの龍のような馬もどきがカードになった物なのか?


 物は試しと、俺はカードを掲げ上げ、「麒麟!」と呼びかけた。


 すると、カードから麒麟の文字が消え、目の前には月明かりに照らされた白い龍のような馬もどきが立っていた。


 「お前……、大丈夫なのか?」


 そう声を掛けると、「麒麟」は嬉しそうに俺の体に顔をこすりつけてきた。かなりくすぐったい。


 「そうか、まぁ、これからよろしくな」


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