表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリモワールの欠片  作者: IDEI
28/51

28 赤竜の書

2020/12/30 改稿

 今日は、遠出までして得た物は少なかったという感じが強い。魔導書の頁やケヤキは手に入ったわけだしなぁ。でも、無駄足だった感が大きすぎてちょっと凹む。


 こう言う時は、クリエイティブな作業をして、達成感を味わうのがいいだろう。


 まず、町に出て、もう馴染みになった魔石屋のお婆の所に行く事にした。行く途中に露店も冷やかしてみたら、最近は品揃えが変わってきている気がする。案の定、魔石の欠片が値上がりしているけどこれは仕方のない事だな。魔石の欠片を使った治療魔法の魔導書は爆売れらしい。他にも何か変わったかなと露店の商品を見てみると、ちょっとした物に高級品が混じるようになってきていた。


 以前はがらくた率が高かったんだけど、それが低くなって、いい物が増えたってわけだ。


 そんな冷やかしをしている所に声が掛かった。


 「よお、景気が良さそうじゃねえか」


 声だけ。


 本人は何処にいるかも判らない。よくこんな声の掛け方が出来るなぁ。魔導書でも使っているのかな?


 相手は情報屋のライハス。随分と久しぶりだ。元は、ルーネス王国のアルール女伯爵に使われる三下を演じていた、裏の情報通だ。俺の情報屋として働かないか、って粉を振っている最中の相手だ。


 「久しぶりだな。そっちの景気はどうだい?」


 「あんたの言ったとおりの賭け札で、一応儲けさせてもらったよ。その後は、あんたの言うとおり、商売系の情報を取り扱っている。こっちは、イマイチだけどな」


 「イマイチかぁ」


 裏の情報よりも、品物の値段や流行とかで稼いだ方がいい、ってアドバイスしてたんだよなぁ。


 「ああ、あんたがギルドの情報をなりふり構わず集めている、って話しでな」


 「そ、それで、情報の流れがグズグズに?」


 「まぁ、そんな所だな。ほとんどは、その情報をかすめ取れないか、って狙っているせいで、横の繋がりがヤバイ事になりかけているのが多いんだ」


 「ギルドの情報は、俺の捜し物のためだけの物で、ギルドの外には出ないんだけどなぁ」


 「そ、そうなのか?」


 「まぁ、初代、ギルドのグランドマスター様は、この情報を使ってギルドの結束と清浄化を画策しているみたい何だけどな。冒険者支援の目的が有れば別だけど、それ以外で表に流すつもりなんかはまるで無いみたいだぞ」


 「お、俺たちは何に踊らされていたんだか…」


 「所で、今は誰かの元で動いているのか?」


 「いや。今は、さっきも言ったように、情報屋同士でも情報の信憑性が無いんでな。仕事があるっていう情報も簡単には乗れない状態だ」


 「そっか、なら、俺の所で働かないか? その、ギルドの情報が集まってくる所でな」


 「な、な、なんだと?」


 「ギルドからは裏の情報まで全部流せ、って言ってあるんだが、なかなか、全部は流してこないみたいでなぁ。俺自身は、別にそこまでの情報が欲しいわけじゃないが、そう言う態度を取られていると、後々に影響してくるって事で、きっちり締めときたいんだ。そう言う情報なら、ライハスの方が信頼出来るだろうからな」


 「………」


 「悪い話しじゃないだろ?」


 「ああ、良い話し過ぎて、警戒してんのさ」


 「そうか? 裏の情報に関わる事になるから、あんまり良い仕事には思えないんだがな」


 「俺以外にも声を掛けていいか?」


 「ああ、何人かでチーム組んでるんだよな。じゃないと、あの速度で情報のやり取りって無理だもんなぁ」


 「そうだ。俺以外に三人居る」


 「四人かぁ。………、ならいっそ、十人ぐらいの部屋にするか」


 「部屋? 部屋ってなんだ?」


 「文字通り部屋さ。俺の情報収集部門の所に、ライハスのチーム専用の部屋を設けて、そこを仕事の中心にして情報のやり取りをする、って感じだな。裏の情報を扱う時は、どっか、別の場所に秘密の部屋を造って、そこを囮にして活動とかも必要かも知れないけどな。まぁ、そういう感じで、情報を扱う店の従業員になって貰おうって事だな」


 「従業員? 店の店員って事かぁ?」


 「そう、だから、月ごとにお給金が出る。仕事の力量で上下する形式でな。情報料を渡す、とか、物や場所を用意して段取りをする、って必要があれば、それは必要経費として別口で支払われる」


 「ホントに店の店員だな」


 「ああ、各員のお給金は、基本給に能力給を合わせた感じでな。基本給だけでもギルドの職員よりもいい稼ぎにするつもりだ」


 「契約も厳しそうだな」


 「契約かぁ。それはライハスに任せるよ」


 「はあ?」


 「だから、個人の能力給を決めるとか、必要経費を認めるとか、個人個人でどんな契約をするのか、しないのかは、全部ライハスの裁量でって事で」


 「あんたが何を考えてるのかが判らねぇ」


 「えっ? 俺、そんなに難しい事言ったか? えっと、どれが判らなかった? 裁量? 必要経費?」


 「そうじゃねぇ! 俺に任せるって所が判らねぇって言ってんだ。俺がギルドの情報を抜いて流したらどうするんだ?」


 「ああ、そうなったら、ライハスに任せた俺の責任だな。任命責任ってヤツ、だろう?」


 「つまり、あんたは、俺を全面的に信じるって事か? おかしいんじゃねぇか?」


 「中途半端に信じるよりはいいだろ? 祖母ちゃんに言われてるんだ。信じるんなら、徹底的に信じろ。それで裏切られたら信じる相手を間違えたお前の責任だ。お前が責任を取って後始末するんだ。だからって信じるべき相手を信じないような男にはなるんじゃないよ。ってな」


 「あんたの婆さんって何者だよ」


 「お、俺のほとんどは、祖母さんの思惑によって構成されている、……かも」


 「判った、判ったから、泣くな、震えるな」


 「う………、え、えーと、なんだっけ?」


 「いや、あんたも大概苦労してんだなぁ」


 何故か友達の武藤君も、同じように慰めてくれたっけ。


 「えっと、なんだっけ? なんか、途中で思いっきり意識が飛んだような……」


 「あ~、思い出すな、俺の裁量で部屋を作る、とか、なんとかだよ」


 「そっか、そっか。えっと、必要経費も、ライハスの署名でも入っていたら、大抵は通すつもりだ。あり得ない程の大金とか、累積が膨らむなんて事が無い限りって条件は付くけど。仕事はギルドの裏情報の裏取り、っていう面倒くさい仕事だけどな。その情報の価値や、必要性とかは考慮して欲しいけど、それについては今更情報屋に言うべき話しじゃ無いしな」


 「まぁ、あんたの構想自体は判る。判るが、ギルドの情報屋の方が信用できるだろう?」


 「そいつらの裏をかきたいから、って事だしなぁ。別に強要じゃないし、割が合わないとかだったら、別にかまわない。危険も伴うしな。まぁ、出来れば、変わりに信用出来そうなのを紹介して欲しいんだけどな」


 「っぱ、はっはっはっはっは。お、思わず吹き出しちまった。なんだい、そりゃあ?」


 「? ら、ライハスの笑いのポイントが判らないぞ?」


 「ったく。とりあえず考えさせてもらうわ」


 「ああ、頼むな。どのくらい時間が居る?」


 「長くて二週、いや、長くて四週はくれ。結論が出たら、また声を掛ける」


 「判った」


 そう言った途端に気配が消える。情報屋じゃなく忍者と呼ぼうか?


 市場の露天から、歩きながらライハスと話したせいで、既に魔石屋のお婆の店まで来ていた。扉をくぐり、既に顔なじみのお婆に魔導書の元になる何も書いていない本を頼む。

 最近は三十頁物がよく売れるそうだ。めくりやすいようにインデックスを付けたモノの注文があるとか。


 出てきた物は、かなり古そうな二百六頁物と、新しい百二十六頁物、八十四頁物の三つ。そろそろ、それぐらいの本は欲しいんじゃないのか? という感じで出してきた。


 その内の二百六頁物は、手に取った時に魔力の流れを感じた。


 中身は綺麗な白紙なんだけど、魔石を組み込む術式が書かれている様な感じだ。


 「お婆。この本は、表紙に術式を入れてあるんじゃないのか?」


 「ふむ。もしかしたら、故売屋から流れてきた物だったかねぇ」


 「盗品も扱ってるのかよ?」


 「なんでも扱ってるよ」


 「じゃあ、昔の魔法使いが残した魔導書とかもあるのか?」


 「ふぇっふぇっふぇ。どうだったかねぇ」


 「まぁいいや。これは貰うぜ。どんな術式なんだか、調べてやる」


 「ふぇっふぇっふぇ」


 結局、出してきた三つの魔導書の元を全部買った。これって、踊らされてる?


 早速宿に帰り、部屋の中から更にシークレットルームに入って、書斎の机につく。引き出しから魔導書作成用に集めたり、作ったりした工具を取り出して、魔導書の解剖を始めた。


 でも、出来なかった。


 ナイフを入れようと思っても、刃が表紙の布を切れない。


 折り返しの裏側から始めたんだけど、結局、表紙そのもの、イヤ、魔導書そのものが保護されているようだった。


 「こ、この保護魔法そのものが欲しいのに……」


 俺の魔導書にも、こういう保護魔法を仕込みたいと思ったのに、保護魔法が強すぎて、保護魔法が解析出来ない。


 しかし、どうしよう。白紙と言う事は、後から書き込むための魔導書のはず。だから、これに書き込むのは問題無いはずなんだけど、この二百六頁の魔導書につり合う魔石が想像出来ない。


 魔法は、術式の複雑さや、書き込まれたワードの数によって使用魔力が増えたり減ったりする。ワードの種類によっても多少は変わったりするけどな。

 そして、同じように魔導書が扱える魔法も、その術式の魔力総量によって魔石の大きさや純度が変わってくる。


 生活魔法の十頁程度だったら、銀貨五枚程度の魔石で充分だけど、攻撃魔法で十頁だったら、金貨十枚相当の魔石が必要になったりする。これも内容に因るけど。


 じゃあ、二百六頁。実質、二百頁の魔導書だったら、その中に書かれる術式はどのくらいになるんだろう?


 魔導書使いが魔導書を、その本の中に入れる術式が全部決まってから作るのも、魔石を無駄にしないためだ。四十頁の術式を扱える魔石を使って、十頁の魔導書を作ったら、本気でもったいない、って話しになる。その魔導書使いの魔力が、とんでもなくデカイとかなら、話しは判るけどな。


 なら、例えば俺が使う魔導書で、二百頁の本を考えると、使える魔石はどんな物になるのか?


 と言う事を考えてみても、実際想像も出来ない。二百頁、全てが埋まるまで、この本には魔石を組み込めない、って事になるわけだ。


 「なんか、ババを引いた気分だ」


 これで、中の保護の魔法術式でも判れば良かったんだけどなぁ。


 たとえ、この本に入れる術式が決まったとしても、これに見合う魔石ってのも想像出来ない。


 「例えば、赤竜の魔石ぐらいかなぁ?」


 久々に見てみようと、アイテムボックスから赤竜の魔石を探す。アイテムボックスは、今では百に穴が増えている。見た目は、十個二列の二十個組の穴が、五頁に別れている、って感じだ。穴は位置を編集出来るので、即応で使いたい物は一頁目の二十個に入れておき、使わないけど保管しておくべき物はドンドン後ろの頁に押し出されていく。


 赤竜の魔石も、二頁目の後ろの方にあった。あと二つ増えたら、三頁目に移動してたなぁ。


 ちなみに、三頁目は五つ埋まっていて、残りは空きになっている。その最後のアイテムは、赤竜のボディそのものだったりする。


 入れておく必要はあるけど、使う物じゃないからなぁ。使うのも、帆船が出来上がってから、一回切り、っていう物だしな。


 アイテムボックスを見ると、赤竜の魔石は一つの穴に三つ入っている。飛竜船に二つ使うし、一つは使えるんだよなぁ。


 そう思って、一つを取り出してみた。俺の頭ぐらいの大きさがある。バスケットボールくらいかなぁ。完全な丸じゃなく、やや卵形に近い歪な形をしている。


 結構重いし。


 「おっ!」


 で、落としそうになった。固い所にぶつけると割れそうなんだよなぁ。と言う事で、軟着陸させた場所が、白紙の魔導書の上だった。


 まずった。


 この可能性は充分考慮に入れておくべきだっただろう。本気でドジった。


 そう、本の術式が作動して、赤竜の魔石が組み込まれ始めた。


 どうする? ここで止められるか? もし、強引に止めたら、魔石が粉々になりそうだ。なら、いっそ、組み込んでしまう?


 そうだな、どうせ魔導書にするつもりだったんだ。赤竜の魔石の魔導書を作ってしまえ。


 かなり、凶悪な魔法を集めた特殊な本が出来そうだ。


 そんな事を考えながら、魔導書に魔力を注ぎ込み、組み込みがスムーズに行くようにと願った。


 しかし、魔石が完全に魔導書に消えてから、魔導書の魔力が蠢き始めた。


 俺は何もしていない。完全に魔力は切ってあるのに、勝手に魔導書の中で魔力が動き回っていた。まるで、何百もの小さな虫が動き回っているような、重なり合った細かい動きだ。


 徐々に魔導書の魔力も増えていく。


 俺の魔力総量程じゃないが、既に一般人レベルを超え始めている。


 俺は椅子から立ち上がり、少し離れた位置へと移動した。


 魔力構成を妨害する『マジック ジャミング』を使えば、これを止められる可能性もあるんだけど、どうせなら、この後の結果も知りたいじゃん?。


 今は魔力が自主的な動きを続けている。ここで何かの魔法を使う事は、何らかの影響を与えるかもしれない。どうせなら完全形で、その結果を知りたいと思ったんで、俺は書斎を出て、その入り口から収まるのを覗き込んでいた。


 やっぱ、爆発したらヤじゃん?


 そして、それから十五分ほどは、書斎を覗き込んだままの状態で、ビクビクしながら待っていた。


 結局、爆発する事もなく、単に魔力が収まっていって終了しただけだったけどな。


 そして、赤竜の魔石が組み込まれた白紙の魔導書を見てみた。


 その表紙には、ドラゴンの顔があった。


 なんで?


 本自体も真っ赤だ。そう、赤竜のように。


 恐る恐る手を伸ばして触ってみる。感触は赤竜の鱗の様に固い。しっかりと触って魔力を通してみたが、目を開いて語りかけてくる、という事はなかった。


 そこで、本の頁を開いて見る事にした。


 そこには、読んだ事のない、かなりの特殊な文字が書かれていた。すぐに俺の中の翻訳魔法が起動して、その文字の内容を伝えてくれる。


 そこには、赤竜の書、という文字が書かれていた。


 更に頁を開くと、そこには入り組んだ、複雑な術式が書いてあった。この術式は翻訳魔法でも読めない。各部が何の意味もない記号や一文字だけ、とか、二文字だけとかが、まるでランダムに置かれているだけに見えた。でも違う。これは、術式に意味があるんじゃなく、これから紡ぎ出されるモノに意味があるんだ。


 魔力を通すと、その術式が起動した。


 それは、生物の設計図。細かすぎる解剖図を更に細かく展開し、説明文を載せた図に変換される構造になっている。

 治療魔法の『リカバリー』を使った時に見える、人の形の元になる『理』と同じ様なモノだと言うことは『判る』。


 そしてその生物とは『赤竜』。これは生物としての赤竜の設計図だ。まぁ、これがあったからって、赤竜を作れるわけじゃないけどなぁ。

 でも、爪の形や鱗一枚一枚の形まで、この術式から知る事が出来る。


 魔力を切ると、設計図は自然と訳の判らない図に戻った。


 更に頁を捲ると、そこには魔法の術式が描かれていた。これも、俺たちが使う文字やシンボルでも無く、特殊な文字とシンボルだったが、その構成は俺たちの魔法と同じモノだった。

 翻訳された文字を読むと、『ドラゴンズ クロゥ』の術と書かれている。


 次の頁は、『ドラゴンズ アイ』、その次は『ドラゴンズ イヤー』、更に次は『ドラゴンズ ファング』と書かれた術式が書かれてあった。

 更に大きく飛ばした頁には『ドラゴンブレス 炎式』、『ドラゴンブレス 溶式』。『ドラゴンブレス 剛式』、『ドラゴンブレス 風式』、などの頁が続いていた。


 つまり、この赤竜の書というのは、赤竜の『全ての情報』が詰まった魔導書と言う事になるわけだ。


 爺さんがバラ撒いた呪文の中に、人や魔獣を魔導書に変えてしまう『コンバートブック』という魔法がある。本にされたモノは元に戻れないが、その記憶や持っている能力を、本の頁として読む事が出来るし、魔導書の魔法として使う事が出来るというものだった。

 これは、それの魔石版という感じのモノというわけだ。


 爺さんの魔法が、相手の肉体から全てを必要とする事に対し、これは魔石のみでいい、と言う事は、爺さんとは別の魔法使いが作ったと見ていいだろう。


 違いとしては、魔石を持つ魔獣にしか効果が無いと言う事か?


 魔導書をしっかりと持って、その魔力の感触を確かめてみる。


 「なんか足りない」


 それが俺の感想だった。別に何が足りないとかが判るわけでも無いんだけど、何かが足りないと思ってしまう。もしも俺がロングヘアーで、朝起きた時に坊主になっていたら、きっとこんな気持ちなのかも知れない。


 え、縁起でも無ぇ。お、オヤジは、ちょっと心許なくなってきている。祖父ちゃんは判らねぇけど、祖母ちゃんの話しだと、祖父ちゃんのオヤジはツルツルだったらしい。


 だ、駄目なのか? もう、運命は決まってしまったのか?


 い、いや待て。俺には魔法が有るじゃないか。爺さんも報酬は思いのままと言っていた。な、ならば!


 ここに、俺が爺さんに望む報酬リストの三番目の項目が追加された。


 ちなみに、一番目は魔法とか、魔導書関連の事。二番目はこの世界や、別の世界への移動に関してだ。こんなに苦労しているのに、使えなくなるなんてもったいない。

 あの爺さんなら、仕事が終わったら俺の記憶を消して、報酬だけが手に入るようにしよう、なんて事は言わないと思う。新しい事に挑戦する気持ちが無くなったら、魔法使いはやってないだろう。時には倫理的にはNGな事も平気でやっちゃうのが魔法使いだしな。


 そうじゃなければ、あの魔導書の魔法の数々についての説明がつかない。


 絶対、人間の命なんて、そう大したもんじゃ無い、って考えてるヤツの考えた魔法だよな。もしくは、それこそ、魔獣の被害が厳しい場所かも。魔獣に関しては、遠慮無しにバンバン倒してそうだしなぁ。


 だから一つの世界秩序を守るために俺の記憶を消すとか、異世界に簡単に干渉出来無い様にするとかの面倒くさいことをするわけが無い。うん、それは確信を持って言える。もしそんなことを言ってきたら、それは爺さんの振りした偽物だ。


 そんな事を考えながら、俺は赤竜の書を持ちシークレットルームを出て、宿屋の部屋に戻った。そこから世界を開いてアナザーワールドへと入る。


 シークレットルームからアナザーワールドへは、直接は移動出来ない。どちらも空間系の魔法なので、何らかの干渉があるようだった。


 そして、アナザーワールドの中に放置してある巨大なケヤキを見上げる。


 あまりに大きすぎて、切る手段の無い、木材にするつもりだったケヤキだ。俺は、このケヤキに対して、いくつかの赤竜の術を使って見る事にした。


 まずは、『ドラゴンズ クロゥ』。ドラゴンにとっては魔法ではなく、単なる能力になるらしいが、本には術式として再現されている。それを、ケヤキの太い根に打ち込んでみようと思う。

 そう意識しただけで、手の中の魔導書がパラパラとめくられ、『ドラゴンズ クロゥ』の頁が開かれた。まぁ、三頁目だけどな。そして、頁に魔力が持って行かれる。


 「ドラゴンズ クロゥ!」


 と、術の名を叫ぶと、意識した場所に、一筋の線が走った。


 そして、俺の意識した場所から縦にすっぱりと、何本もの根が切り落とされた。


 俺はすぐに逃げ出した。


 だって、頭の上から、何本もの巨大な根っこが落ちてくれば、逃げないと面白い事になるわけだしなぁ。


 かなり本気の、命からがら、という走りをした。偶に俺の横十メートル程の所に、直径三メートル、長さ二十メートルの根っこが何本も跳ね回ったりしながら落ちてきたけど、なんとか俺には当たらなかった。


 本気でぐちゃぐちゃになった俺を想像してしまった。その想像に胃の当たりがムカムカしたが、空間を開いて外に出ればよかったんじゃネ? という事に思い至って、ムカムカからシクシクに変わったような気がした。


 巨大ケヤキの木は、掘り出された根を下に、枝葉を上にして、アナザーワールドの地面の上に立っている。だいぶ土が残って付いているけど、根っこからそのまま掘り出して、地面の上に立たせているんだから、安定としては悪いはずなんだけど、未だに横に倒れる気配は無い。


 まぁ、今、俺が切った根っこも、俺から見て右端の、ほとんど地面についていない根っこばかりだったわけだが。


 「それにしても、ドラゴンの爪がここまで凄まじいってのは変じゃないか?」


 元々、こんなに威力があるんなら、俺との戦いでも出していたはずだ。

 あ、あの時は、俺という存在をほとんど認識していなかった可能性も高いか。それに、威力が高すぎる攻撃は迂闊に出せない、という考え方もあるしなぁ。


 実際、ここまで凄まじいと、ここで、このケヤキを切るのに使うのも躊躇してしまう。


 ならどうする? 込める魔力を調節すれば弱まるのか?


 「あ、俺が魔力を込めすぎたから、とんでもない威力になったのか?」


 疑問に思ったらすぐに検証、ってのは、祖母ちゃんは言ってなかったな。


 とにかく、近くに転がって、ようやく落ち着きを取り戻した、切り落とされた根っこを使って実験してみる事にした。

 縦方向と延長線上の安全を確認する。これって、アナザーワールドじゃなければ検証も不可能だったかもな。


 そして、魔法として発動するギリギリの最低出力をイメージする。


 魔導書は、術式の書かれている頁を開くと、ほぼ自動的に魔力の流入が始まる。これは、頁を開く時が術を使う時、と言う状況が当たり前に想定してあるからだ。術式の確認だったら、自分のメモを見ればいいだけだし、本来は自分の知らない術式は載っていない。

 だけど、強く魔法効果が出て欲しい時とか、早く発動させたい時なんかは、魔力が流れる勢いを追加したりして調節出来る。それに慣れれば、逆に魔導書に魔力を取られない様にする事もできる。


 自動で引き出される魔力を。まるで綱引きのように引きずり戻す。


 流れ込んでいこうとする魔力を留めて、魔導書の術式に流れ込んでいる魔力の量を確かめてみる。そういえば、さっきは、術式が満杯になった、と言う感触は無かった。もしかして上限無し? じゃあ、下限は? そう思って、おそらくだけど、探知一回分ぐらいの魔力に絞って発動させてみた。


 「ドラゴンズ クロゥ」


 唱える声もおとなしめ。すると、目の前に切り落とされて転がっている、太さだけで俺の背丈を超えるケヤキの根っこに深々とした傷が入った。


 次は、一人でする転移一回分の魔力。太い場所の直径だけで三メートルはある木の根が両断された。地面にも傷跡が残っていたけど、三メートル程度先で途切れていた。


 ここまでは順調。順調だと、余計な事をしたくなるもんだよなぁ?


 俺は、同じ転移一回分ぐらいの魔力で、別の魔法を試す事にした。


 「ドラゴンズ ファング!」


 すると、太さ二メートルの木の根が、噛み砕かれた。


 かなりビックリ。


 何しろ、自分の背丈と同じ丸太状の壁が一瞬で無くなっちゃったようなモンだからなぁ。どれぐらいの破砕機があれば、これと同じ事が出来るんだ?

 ちなみに、噛み砕かれた範囲は、縦横二メートルという感じだった。


 地球で走ってる五人乗りのセダンぐらいなら粉々に出来そうだな。うん、そう言う基準で覚えておこう。


 クロゥよりは、ファングの方が魔力を使うって事なんだな。まぁ、切るだけ、ってのよりも、範囲攻撃で噛み砕く方が魔力を使うのも当たり前か。


 俺は、更に寄り道として、別の魔法を使ってみた。


 「ドラゴンズ アイ!」


 ドラゴンの目って、どんな魔法だ? と思ったら、目の感覚が狂って視点が定まらなくなった。しかも、赤外線映像みたいな見え方もするし、遠距離を拡大して見る見え方も、普通の見え方も全部が重なって見える。透視能力もあるのかな? あったとしても、複数の情報が同時に遠慮無く入ってくるんで、何がなんだか判らない。


 クラクラする。


 これが、ドラゴンの見え方ってわけだ。情報を受け取る方の脳の機能も上げとかないと、何が見えているのかも判らない訳だな。


 魔法は切る意志をしっかり持てば、簡単に切れる。


 情報過多で脳がオーバーフローしたような感覚から立ち直るのに少し時間が掛かった。同じようなドラゴンの耳も、試すのはやめておいた方が良さそうだ。単なる地獄耳というわけにはいかないだろうしな。


 確かにこの魔導書は、赤竜の能力を使えるようにした魔導書だ。でも、人間に便利なように使えるようにしたわけでは無い、って事だな。

 たぶんだけど、ほとんどの術式は、赤竜と同じ程度のドラゴンじゃ無いと、便利に使えないって事じゃないのか?


 だとしたら、意味無ぇんじゃね?


 この、魔石を魔導書にする術式があれば、他の魔獣でも試せるのに。


 元々、魔導書を守る機能付きのモノだったため、布を切り開いて見る事も出来なかった。今じゃ、赤竜の鱗のような表紙になってる事で、更に、壊してでも見る、と言う事が不可能になっている。


 そう思っていたら、赤竜の魔導書がパラパラと開いた。一番最後の頁だった。そこには、魔石を魔導書として取り込む魔導書のための術式、と、人の言葉で書かれていた。


 なぜ、こんな事が?


 気になって頁を一枚戻ってみると、俺のアイスクルランスの術式が書かれていた。その前の頁には俺のクリエイト ウォーター。その前には、スペルバインド スピードダウンの術式。

 更に前の頁を見てみると、ホーンドラゴンが持っているはずの、ホーン ドライブという術式が書かれていた。


 ホーン ドライブは、ホーンドラゴンが頭の角を、確実に敵に打ち込むための魔法だ。本能的な能力として使えるが、魔力を使用するしっかりとした魔法だ。


 つまり、この赤竜は、敵対したモノの使ってきた術式を解析して覚えている、って事だ。


 そう思った所で、頁がペラペラと捲れて、その受けた魔法攻撃の術を解析する魔法の頁が開いた。魔法名は『マジック アナライズ』。まんまだな。


 敵の魔法なんて、ほとんどは役に立たない情報だろうけど、手強い敵と戦う場合には、これほど便利なワザは無いんだろうな。


 「俺は良く生きていたなぁ」


 正直、赤竜にとっては小さすぎる敵って事で、油断もあったんだろう。俺程度の大きさのモノ相手に本気になるなんて、赤竜からしたら非効率極まりないしなぁ。


 人間に喩えると、伝説級の剣、鎧、兜、盾を持ち、あらゆる魔法とレベルをカンストレベルまで上げた勇者相手に、カナブンが襲いかかった、って感じかな。

 警戒はするけど、本気にはならないだろうなぁ。


 結局、魔石を魔導書にする術式は載っていたけど、魔導書を保護する方の術式は載っていなかった。直接影響を与えたモノじゃないと無理って事なんだろうな。しかも、魔石を魔導書に組み込んだので、その能力も失われていると思う。

 魔導書にはその能力も書き込まれて、使用出来るようにはなっているけど、魔導書から個別に発動させる必要があるわけだ。


 「赤竜の魔導書から、ピックアップした魔導書を作るしか無いか」


 それが俺の結論になった。


 と言う所で夕食の時間になり、一度保留でアナザーワールドから出て補給を行い、寝る前の時間まで、ドラゴンの爪で根っこ切りを再開する事にした。


 途中、ローローが覗きに来たのを構いながら、それでも俺の一本は完了した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ