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グリモワールの欠片  作者: IDEI
27/51

27 ギルド崩壊

2020/12/30 改稿

 次の日。意外に早くギルドからの呼び出しがあった。朝の日課としてギルドの依頼掲示板を眺めていた所、今日はマレスにドナドナされた。


 いきなりの転移で連れて行かれたのは、ガンカクジンのギルドだった。


 まぁ、張本人の居場所だし、一番広い、要人用の会議室等を備えた場所がここだけだった、という事らしい。


 そして、ギルドマスターとギルドに関わる重鎮たちが一堂に会している。基本的に各国毎にギルドが有り、ダンジョンに潜る冒険者を仕切っている。そのため、国もギルドにかなり食い込んでいて、ギルドの単独暴走を抑えるつもりにはなっているようだ。現状は、基本的に命令は出来るが、強制は出来ないという微妙な所。一応命令なら受けるが、嫌な命令だったら逃げられちゃう。ギルドに逃げられたら国もお終いだからなぁ。

 そんなわけで、一つの国、というブースにギルマスや国を代表する重鎮が複数居るという状況で、部屋が賑わっていた。


 部屋を満たすのは明かな殺気。それがないのはエルダーワードとルーネスのみだ。


 「では、ヤマト本人が来たので、この件の確認を行おうか」


 なんか、偉そうなおっさんが仕切っているようだ。ちょっと気に入らない。


 「君は、エルダーワードのギルドで登録した、Fランク冒険者のヤマト本人であるかね?」


 「さぁ?」


 ざわっ!


 いきなり会議室がざわついた。


 「ヤマト本人では無いのかね?」


 「さぁ?」


 そこで、更にざわついた。ファインバッハを見つけたら、目に手を当ててクビを横に振っていた。


 「どういう事かね?」


 「あんた誰? いきなり、自分の名も名乗らずに、人の名を訪ねるなんて、礼儀一つもなってないんじゃね?」


 更にザワザワ。なんか、馬鹿らしくなる場所だなぁ。


 やりたくなかったけど仕方ない。俺は魔力を第六事象でいじり、術式に構成していく。そして無言で探知の魔法を発動させた。


 成功。


 ああ、俺も魔法使いになっちまったなぁ。


 会議室の周囲には、かなりの数の冒険者が、既に剣を抜いて構えていた。魔導書使いの姿もある。この部屋の壁に掛けてある額縁の絵の部分は、裏板が取れて、のぞき込めるようになっているようだ。更に、隠し扉で強引に侵入出来る。


 まるで忍者屋敷だ。


 そこに俺を呼び出して、おそらくは服従と制約の契約でも結ばせようという魂胆が丸見えに見える。


 「そうか、それもそうだな。私の名前はペイトスト。ラグアークのギルドマスターだ」


 「ラグアーク?」


 そう言って、しばらく黙りこくった。目を閉じて、俯き加減にしてじっとする。実は、何もしてないんだけどな。


 「ラグアークかぁ」


 納得した声で呟いた。完全にはったりで。


 「き、貴様、何をした!」


 「口の利き方に気を付けろよ。まだ、何もしてないぜ」


 すると、探知していた一人の魔導書使いが何かした。じっくりと眺めてみると、「嘘は言っていません」と言っている。なに? 嘘発見器? いや、嘘発見魔法? そんなのあんの?


 興味を持ったので、さらに探知を集中させていく。すると、それがアレである事が判った。


 ばらけた魔導書の紙片。チッ! 既に拾われて使われてるのかよ。


 「口の利き方を知らぬのはお前の方であろう。場をわきまえろ!」


 「いいのか? ラグアーク?」


 「お、お前ごときに何が出来ると言うんだ!」


 「俺はラグアークのダンジョンを潰す事が出来る。わざわざダンジョンに潜る必要も無く、な」


 そして、壁の向こうで、「嘘は言っていません」という声を探知で知る。


 「わ、我々を脅迫するというのだな?」


 「なんだ? いきなり? 脅迫じゃなく事実を言っただけだぜ? 俺が嘘を言っていないのは、あんたの後ろに居る魔導書使いから聞いているんだろ?」


 「な、な、なんの、何の事だ?」


 「とぼけんなよ、みっともねぇ。それが大人のする態度か?」


 「ふん。それがどうした。我々が何をしようと、お前に何の関係がある」


 「じゃあ、ここにいる他の連中は知ってるのか? お前の後ろに、発言の嘘を見破る魔導書使いが居る事を」


 一気に会議室がざわついた。


 「ラグアークのギルドマスターよ、今の話しの真偽を聞かせて貰おうか」

 「ペイトスト! どういう事か!」


 「黙れ!」


 俺は声に魔力を乗せて怒鳴った。なんか、魂に響くらしいな。一気に静かになった。


 「まず。そこの魔導書使い。出てこい」


 魔力を乗せて、今度は普通の声で言う。もともと、俺の声に聞き耳魔法を当てていたため、意外なほどすんなりと言う事を聞いた。


 姿を現す魔導書使いを見て、ペイトストが焦ってる。


 「それはお前の物じゃない。返せ!」


 魔導書使いは素直に魔導書の頁に挟んであった頁の一枚を、魔導書ごと差し出してきた。


 「いにしえの契約をより確かな物とするために混沌の中より生まれた言葉よ、汝のあるべき場所に帰れ」


 コントラクト コンファームの頁が戻った。


 頁をめくって、今、戻ってきた魔法の解説を読む事にした。


 『契約を確認するための呪文』


 嘘発見魔法じゃねぇ!


 どういう事だ?


 『どのような契約魔法に縛られているか確認する魔法。相対レベルが高ければ、その契約を変更する事も出来る。低レベルならば呪いも解呪できるが、解呪はソリューション カースの方が便利』


 解説文を読んでもイマイチ判らない。これが、どうして嘘発見魔法になるんだろうなぁ。


 とにかく、今はコレに拘っている時じゃ無い。まずは、この魔導書使いをどうするか、だな。


 「ラグアークのギルドマスターは、コレを使って、何をしてきた?」


 魔力を込めて声を出す。どうやら、魔力の扱いに慣れてない者は、強い魔力の影響をモロに受けるようだ。特に、魔導書使いだと、魔導書に魔力を取られる事に慣れているせいで、余計に影響を受けるようだ。


 魔力の扱いに慣れているか、あまり魔導書と関わりが無い者は、違和感を感じて自然と抵抗するようだというのも判った。


 「魔石の取引、ファインバッハからの魔導書の提供の時の確認、ファーガンとの取引の時の金額確認」


 その言葉に、ファインバッハとファーガンの国の王族が立ち上がった。どうやら、身に覚えがあるようだ。


 「で、でたらめだ。だ、だいたい、なんだ、そのあやしげな術は! 一体、どうやって操って居るんだ!」


 「操っている、って所で、認めている、てのに気がつかねえボンクラは黙ってろ!」


 そう言っているうちに、魔導書使いが気絶してしまった。どうやら、相当、魔力の扱いに慣れていないようで、影響力を受けすぎたようだ。すまん。俺も初めてで加減が出来なかった。まぁ、謝る必要は無いか。


 「ヤマト? 今のはどうやったのだ? そのような事が出来るとは聞いていなかったがね?」


 立ったまま、ファインバッハが聞いてきた。ちょっと裏切られた気分かもなぁ。


 「俺も始めて出来たんで驚いてるんだ。声に魔力を乗せて命令したら、その魔力の影響をモロに受けちまったようだ。たぶん、魔力の扱いに慣れてないんだろう。ああ、師匠のモノを勝手に使っていた影響もあるのかも」


 「さっきの、君の所に飛んで行った光りだね。アレは何だったのかね?」


 「見たら、契約を確認する魔法、って書いてあった。たぶん契約魔法の中身を確認とかする魔法だとは思うんだが……」


 一応、レベルが勝っていれば、契約内容を変えられる、と言うのは黙っておこう。


 「契約の確認? ふむ。その魔法を使い切れていない状態だと仮定すると、真偽のみが判るだけになるとか、かな」


 「さ、さあ。俺に言われても。出来れば、後で、その魔導書使いくんに詳しく聞いてみたいと思うけど。まぁ、出来なければ出来ないでかまわないな。まずは、ラグアークのダンジョンを潰す、っていう仕事もできちまったしな」


 「そ、そんな事はさせん。ラーハス! こいつを大人しくさせろ。生きていればいい。邪魔な手足は叩っ切ってしまえ」


 そして、真後ろから急接近する物体を探知の魔法で確認。右前方に飛び出して、その一撃をかわした。


 「ほう。魔導書使いにしては動きがいいじゃないか」


 むき身の剣を握った剣士が俺を見下ろして、余裕を見せている。


 たぶん、こいつがラーハスと呼ばれた男だな。見たまんま剣士だろう。持っているのは普通の剣のようだけど、よく切れそうなのが簡単に判るぐらい、綺麗に研いである。


 ここは、自動防御の盾! っと思った所で、すぐにラーハスが剣を振りかぶってきた。


 「やらせねぇよ。魔導書使い!」


 うん。魔導書使いに対抗するためには、呪文を展開させないように、たたみ掛けるしかないよな。


 で、俺は、呪文を展開するのを諦めて、ラーハスの懐に飛び込んだ。


 「!」


 それは一瞬。


 ラーハスも声を出す暇もない一瞬。飛び込んだ俺がラーハスの剣を握る拳に、下から俺の拳を叩き付けた。

 まさか、魔導書使いから、そんな反撃があるとも思わなかった様だ。きっと、横か後ろへ飛び退くと予想してたんだと思う。その分、きっちりと踏み込んできたんで、俺は半歩前に出るだけでベストポジションを取る事が出来た。


 剣を振り下ろすラーハスの指に、下から撃ち出した俺の握り拳ががっちりと食い込んだ。ラーハスの指の骨が逝った感触が戻ってくる。


 それのせいで、俺のスイッチが入ってしまった。


 剣を落としたラーハスが、身を引こうとしたが、俺はそれに追いつき、ラーハスの腰のベルトを握り込む。ベルトを引っ張りつつ、反対側の腕の拳を、ラーハスの腹の中に叩き込む。狙いは、肋骨の下。横隔膜を下から叩くため。


 祖母ちゃんからは金玉を握り込みつつ引っ張れと言われてるんだけど、……いや、何でもない。


 大抵は狙いが逸れて、肋骨に当たってしまうのだが、今回は綺麗に入った。こいつがあまり腹筋を鍛えてはいないというのも影響したようだ。


 ラーハスがむせている間に足払いを掛け、ひっくり倒しつつ、追いかけるように拳を出して、ラーハスの顔を床に叩き付けた。


 すぐに立ち上がり、ラーハスの膝小僧を上から踏み砕く。


 膝を押さえてのたうち回るラーハスの横腹に、振りかぶった蹴りを入れる。


 更に、っとしようとした所で、はっと、我に返った。


 ホンの一瞬だったけど、また思考が飛んでしまったようだ。


 見ると、剣士のラーハスくんは、なかなかに愉快な事になっている。運のいい事に気絶しているようだ。


 「あ~、また、やっちまった。えっと、らぁはす君だっけ? ゴメンなぁ。やりすぎた。でも、お前から斬りかかってきたんだから自業自得だよな。恨むなら自分を恨めよ。じゃあな」


 これで、因果を含める事も完了。気を失っているけどな。


 「さて、ラグアークのギルドマスターとやら? あんたにも、ラーハスくんと同じように、自業自得を味わってもらおうか?」


 「き、貴様、魔導書使いでは無かったのか?」


 「魔導書使いだけど? まぁ、人間相手には、こっちの方が得意だけどな」


 そう言って握り拳を見せる。正直、この世界の戦いには使えないと思ってた。実際、海のようなゴブリンの群れや、ドラゴンなんかには効くもんじゃないしなぁ。


 「な、な、何をしている! 警備の者! この犯罪者を召し捕れ!」


 なんか、時代劇を見ている感じになってきた。


 一応、自動防御の盾を展開しておこう。


 そして、しばらく待ったけど、誰も出てこなかった。


 「誰もこないねぇ」


 そう聞いたら、非常に悲しそうな顔をしていた。


 「ヤマト。待ってくれないか。その男の事は、我々に任せては貰えないだろうか?」


 ここで、ファインバッハが止めてくれた。止めてくれないと、こんな汗くさいおっさんを殴らなくちゃならなかったかも知れないから、助かったよ。


 「まぁ、こんなおっさんを殴っても、面白くも何ともないから、それはかまわないけどな。けど、ラグアークのダンジョンを潰すのは決定だぜ?」


 「決定とは、もう、覆せないと言う事かな?」


 「ああ、その通り。もう、ひっくり返らない。どうにもならない決定事項だ。ま、潜ってる冒険者に罪はないからな。一ヶ月だけはダンジョンは停止状態にさせて、一ヶ月後に潰す」


 「停止状態とは、どのような事になるのかね?」


 「ダンジョンコアが動いている状態、ってのは、地上の魔獣をダンジョンの中に転移させて、その強さに合わせた階層に配置する、って事だ。同時に、ある程度は餌になるようなのも一緒に移すらしいけどな。そして、その階層から出ないようにし続けている。戦っている冒険者が逃げ出しても、下の方の階層に行くほど、逃げやすくしている。それが止まると思えばいい。つまり、地上の魔獣が増え、ダンジョンからも上がってくる。どの強さでも関係なく、魔獣が上がってくるってわけだ」


 「な、そ、それでは、我が国は滅亡ではないか!」


 「城にも兵士はいるんだろ? 何のために税金取って、兵士を養ってるんだ? それに、今回はギルドが発端だもんな。ギルドが快く手を貸してくれるさ。まぁ、国のお前らも同罪だから、どっちが悪いだなんて言い出すなよ? どうせ、お前ら、寄って集って俺に契約呪文でも了承させる気だったんだろ? そのつもりがあったヤツは全員同罪だ」


 「な、何を言う、我々はそんなつもりはなかった。ラグアークの独断専行だ」

 「そうだ。我々は話し合いをもって…」

 「ラグアークだけが…」


 色々と、面倒な言い訳を始めた。コレがギルドマスターや国の重鎮なんだろうか?


 「よし。全員に契約魔法に了承して貰おう。内容は、今日だけ、俺の質問に嘘を含めずに答える、ってだけの契約だ。

 そして、俺の質問は一つ。俺からダンジョンコアの権利を取り上げようとしたか、しなかったか。だけ。

 正直に答えて、しなかった、という国のダンジョンだけは残そう。それ以外の、答えなかった、とか、契約に同意しなかった、とか、取り上げようとした、って場合はラグアークと同罪という事だ。

 ラグアークだけが独断専行して、あんたたちは、俺から取り上げようとはしなかったんだろう? なら、この契約は受けられるよな?」


 さぁて、なんか、ドンドンこいつらの逃げ道を塞いで行ってる。助けて! ファインバッハ! なんとか着地点を作って~。ああ、通じてるかなぁ? ちょっと目線を送ってみる、なんかいい案ない?


 あ、なんか、呆れた顔をして頭を抱えてる。ちょっとは通じたみたいだ。


 「あ~、ヤマト? ちょっといいかな?」


 「なんだい? ファインバッハは初めからそんな事を考えていないのは判ってるから、問題ないと思ったけど?」


 「それはな。我々は君の人となりを知っているからねぇ。それに、もし、君に手を出して、君を不幸な状態にしてしまった時。我々は君の師匠からの報復も恐れなければならない。君の師匠の実力を考えると、いやはや、絶対に君に手を出す事は得策ではないと考えているからね」


 あ、なるほど。師匠を悪者にしてしまおう、って事か。それも一つの手だよな。


 「ファインバッハ!お前! どうしてそれを言わないんだ!」


 別のギルドのギルマスが吠えている。


 「言ったはずだがね? 君こそ、アルバートの使おうとした薬を使うべきだと言っていたと思うが?」


 「それは!」


 いきなりのファインバッハの暴露に、皆が焦り始めた。


 「一ついいか?」


 「なんだね? ヤマト?」


 「師匠の言っていたセリフを思い出したんだ。俺がこの仕事を受けなかったら諦める、ってな」


 「君の仕事、と言うのは、先ほどの嘘を見破る魔法の効果を持っていた契約確認魔法などを回収する仕事、と、取って良いのかな?」


 「ああ、今回の嘘を見破る魔法、っていう状態になってるなんて大人しい方なんだよな。城ほどの大ナマズになって暴れていたのもある。ダンジョンコアを作るような魔法を持った師匠の魔法だからなぁ。そのものズバリでも危険過ぎるし、たぶん、魔法は変質している」


 「つまり、放っておくと、ダンジョンが潰れるとかのレベルでは無い被害が出る可能性を示唆しているという事かな?」


 「たぶん、百年や二百年は間が空くとは思うんだけどな。昨日、ダンジョンコアの呪文を見つけたんだが、アレも、放って置いたらどうなっていたか判らないんだ」


 「どうなっていたと思うのかね?」


 「マジで判らない。暴走して、ダンジョンコアもどきを量産するかも知れないし、全てのダンジョンコアに、変な命令でも出すかも知れない。ああ、ダンジョンコアの呪文の紙片に管理権限も入っていたから、いきなり全部が潰れるとかもあったかもな」


 「そんな危険な物を放置していたのか!」

 「それこそ、責任を取るべきだろう」


 また外野が騒がしくなってきた。


 「責任? なら聞くけどなぁ。まず始めに、誰のおかげで地上に国を造って安泰に暮らせていると思ってるんだ? 責任を取れというのなら、ダンジョンそのものを無くすのが筋だろう? ダンジョンがある事自体が不自然な状態だもんな。

 そうか、そっちのギルドマスターは責任を取るべきと言ったな。なら、その言葉通り、ダンジョンコアの呪文術式そのものを破壊しよう。 全てのダンジョンコアが消えて、二度と作れなくなるけどな」


 はい。そんな事出来ません。完全にはったりです。でも、静かになったからいいか。


 「そうだな。まず、我々は、君の師匠に感謝しないとならない立場だ。過去にどのような取り決めがあったかは判らないが、その管理権限を今も保有しているのは事実であるしな。そして、その弟子であるヤマトに、不埒な行いをした事を詫びねばならない。これは、我々に生きる術を与えてくれた君の師匠に対する裏切り行為だった。本当にすまなかった」


 「ファインバッハからの謝罪は受け取れない。なにしろ、謝罪する必要がないからな。謝罪する必要があるのは、さっきからラグアークのせいだとか、責任がどうのと喚いている連中だろう?」


 「ふむ。だが、彼らの行為は、言葉で謝罪し、頭を下げただけでは、とても謝罪にすらならない行いだったというのは理解している。そして、君は師匠の魔法を集める事を仕事としている。ならば、まず、各ギルドの謝罪の一環として、各ギルドが扱う全ての情報を君の所へと集めるというのはどうだろう? 魔法関係のみではなく、国や裏の事も含めて全て。その中で、気になる事があったら、それもまた各ギルドに調べさせる。そう言った情報を集め、整理し、閲覧をしやすくする組織もまた、各ギルドからの持ち込みで作るというモノを提案してみよう」


 「な、何を言うんだファインバッハ! そのような事をして、ギルドの情報が悪用されたらなんとするのだ」


 「悪用されたら、その責任を取るのもギルドだろう? そうでなくては、償いにはならないのではないかね?」


 「わざわざファインバッハが償える状況を作ってくれたのに、償おうとは思っていないみたいだな。俺も、もう、諦めるか。ギルドが情報を渡さないんだから、その国で暴走が起こっても知りようがないしな。国が無くなって、更地になってから師匠の魔法を探しに行けば、手っ取り早く見つかりそうだもんな」


 「うむ。わたしも、謝罪する気のない者たちを動かす事は出来ないな。ヤマトが諦めるというのであれば、もう、わたしにも打つ手は無いだろう」


 「俺も、こういう事をされて黙っていたら、今後はもっと酷い事をされるだろう、ってのはあるからな。きっちり返礼はさせて貰う。一応、汚名返上の機会は与えたわけだから、もう、文句も言うなよ?」


 そして、ようやく折れました。ヤツらの心が。


 面倒くさかった~。


 そして決まったのは、エルダーワードとルーネス以外のギルドマスターの引責辞任。そして、新しいギルドマスターによる誓約書の作成と、俺に情報を集めるためだけの組織作りと、情報と人と資金の提供。

 ラグアークはギルドの売り上げの純利益全ての提供を当分続ける事となった。まぁ、それではギルドが成り立たないので、いくらかは国も負担するそうだ。


 俺に薬を盛ろうとしたガンカクジンは、三つのうちの二つのダンジョンを停止させ、一つのダンジョンだけでやり繰りをしなければならない状態になった。更に、ギルドの売り上げの七割を提供するという、毎回大赤字になるようにと決められてしまった。かなりの資金を国が肩代わりする事になるので、また王族が権威を回復させて不安定な治世になるかもという不安もあったらしいが、それ以上に恐ろしい存在が居るという事実に、王族側も迂闊な事は出来ない状況だと言う事だ。


 そんなに恐ろしい存在が居るとは。この世界って、怖いねぇ。


 大体、そんなに大量の金をどうするんだ? 情報収集の組織だけじゃ、金が余りまくる計算だ。


 聞いた所、俺が自由に使える金だそうだ。なんで? って更に聞いた所、もしも探している魔導書が正規に取得された状態であれば、それを奪うのではなく、買い取る必要もあるという事だった。


 まぁ、基本、師匠の物なんだけどなぁ。でも、ファインバッハの言う事も一理あるんで、その資金設立には逆らえなかった。


 なんか、こういう自分の金じゃないのに、自分が使えるとか言う状況は、祖母ちゃんに説教されそうな感じなんで、ちょっと尻の据わりが悪い。


 そして、ファインバッハは、エルダーワードのギルドマスター兼任の、ギルドの初代グランドマスターという肩書きを背負う事になった。


 「格好いいじゃないかファインバッハ」


 というジーザイアの笑いながらの一言には、苦虫を噛み締めたような顔で返していた。




 後に、ギルド事変とまで言われた大騒動から一ヶ月。夏の暑さも峠を越えたような気が、しないでもない、という晩夏、もしくは初秋という時期になった。


 ギルドの、俺専用の情報室の建物も作られている最中だ。イヤ、俺専用の、と言うのは語弊があるだろう。何しろ、ファインバッハはギルドマスターたちが集まって会議を開くための『ギルド会館』という建物も併設して作っているからだ。

 中央に会議塔、その周りに各国のギルド専用エリア。そして、その一角に俺の情報室があるという感じになっている。


 ファインバッハ曰く、情報は活用すべきだそうだ。


 どうせ俺の所に集まった情報を分析する組織を作るんだから、そこからギルドに役立つ情報を集約したモノを流すための仕組みを組み込むということだ。

 元々ギルドのデータだし、集まってきたそれを俺がギルドに見せない、とするのも変な話しだし、意味もない。他のギルドには秘密、というデータも含まれている場合もあるので、そこは情報分析室で取り除いたり、あえて公開したりするような、なかなか危険な組織になるみたいだ。


 要は、情報操作機関って感じじゃね?


 まぁ、俺は情報を見て活用するだけの立場だしな。そこら辺はファインバッハに任せよう。


 ファインバッハは、転移も念話も無い頃の、遠い離れ小島同士だった頃のギルドの腐敗振りを嘆いた。手紙のやり取りだけでも片道一週。実際に会うなんて、一生無い事もあるギルド同士の交流状況。本来ならば、ギルドだけでも連絡を密にして、ダンジョン攻略に役立てようという組織だったはずなのに、連絡が取れにくいのをいい事に、各ギルドマスターが好きに権力を振るっている状況になっていた。


 そこで、この機会にギルドの組織の引き締めと、情報を回す事により、下手な事が出来ない状況作りを実行する事にしたというわけだ。


 下手な事をしたら、すぐに情報が他のギルドに上がってしまう。コレなら、多少は愚かなギルドマスターでも、馬鹿な事は出来ないだろうね。と言ってにやついたファインバッハの顔が怖かった。


 元々の発端であるガンカクジンのギルドのアルバートは、老いに恐怖してギルドの組織を私物化してまで延命を模索した。その暴走の一端を、ファインバッハは自分にもあるのだろうと言っていた。エルフと人間では明らかに寿命が違う。元々整った容姿の上、何時までも若いままでいるエルフと、すぐに老いていく人間とでは親密な関係というのは不可能なのだろうかと嘆いていた。


 それは、魔法使いとこの世界との付き合いに似ているかも。


 持てる者持たざる者の差。それこそ、運命のごとき差を、まざまざと見せつけられながら付き合っていかなければならない。


 この世界には、人間、ドワーフ、エルフ、ハイエルフ、更に竜人族、妖精族、妖魔族や魔族などという種族もいるそうだ。寿命も容姿も生き方も違う、持てる者持たざる者が数多く入り交じる。

 この世界で生きるには、その差を知りつつも、付き合っていかなければならない。


 ああ、魔法使いが特別な存在というわけでも無かったようだ。


 特別な事が出来る自分を、特別な存在だと思って、調子に乗っていたようだ。その事をファインバッハに言った時は、それは豪快に大笑いされた。そこまで笑う事も無いんじゃない? ってほどに。


 そして、情報室の人員が揃ってきはじめた所で、俺は詳細な地図作りを指示した。


 まず白地図を作らせ、地形や町、道、川などを書き込ませる。それが終わったら、その白地図をコピーさせて、そこに情報を書き込ませていく。畑ならおおよその作物、森なら主な木の種類。町の名前や、出現する魔獣の名前、あるのならば、山の名前や川の名前も書き込ませた。


 コレにはファインバッハもすぐに飛びついた。


 すぐに全ギルドへ、地図のデータを取り寄せるように指示して、『全国版』とも言える地図の作製を指揮する事になった。

 全国版とは言っても、地球で言えばヨーロッパ地方一帯、という地域にしかギルド網はないだけどな。


 そんな地図情報の中に、ケヤキの木が自生している所がある、と言う情報が入った。


 かなり古いらしく、大木が期待出来そうだ。そこですぐにガンフォールの所へと行き、その事を伝えた。そこで一緒にその場所へ向かう事にした。


 高速飛行試験艇。それがガンフォールが持ち出してきた飛行船だった。


 空気抵抗を考えたロケットスタイルで、風圧式推進器も三角錐の傘をいくつも重ね合わせたようになった物を、六機も搭載している。

 俺はアイテムメーカーで作った方位磁石を渡し、ギルド情報の地図を見せながら場所を示した。


 「これは、針が一つの方向を向いているわけか。コレは地図? なんとも詳細な物があったもんだのぉ」


 「磁石ってのは鉄にくっつく鉄、っていうので判るかな」


 「ああ、偶にそんな鉄鉱石が見つかるという話しはあるな」


 「なんでも、鉄鉱石のある所に雷が落ちると、その鉄鉱石が磁石っていう、くっつく鉄になるらしいな。それを、こういう針にすると、片方が北を指すようになるらしい。まぁ、高熱をくわえるとその性質が無くなるそうだけどな」


 「なんと、面白い物があるもんだな。コレと地図があれば、空の旅でも迷わなくてすみそうだな」


 「ああ。この地図はギルドの裏情報まで入っているけど、ガンフォールが自分だけで使うならかまわないから貰ってよ。この周辺を飛ぶのに便利だろ? 方位磁石もコレをあげるけど、後で船に乗せるのに便利なタイプも作り方を教えておくな」


 「いつもスマンなぁ」


 「それは言わない約束よ」


 「そんな約束したか?」


 「いや、何でもない」


 ボケ殺しって、怖い。どんどんクセになっていく。


 そしてエルダーワードから北西に向かって進路を取り、高々度に上がって高速試験を行った。


 ガンフォールの感想は、「真下が見える窓が欲しいな」というモノだった。


 うん。真下の地形と地図を比べながら位置と進路を調べる航海士と、その進路に合わせた操船を行う操縦士という役割分担が必要だと本気で思った。

 今度は伝声管でも教えた方が良さそうだ。


 結局、何度も止まって地図と現在地を確認しながらの進行になってしまった。たぶん、それでも早い移動速度ではあったんだけどな。

 時間と速度で距離を出すとかの目安もないんで、一々止まって確認しないととんでも無い場所に行ってしまうだろうしなぁ。


 あまり高速艇の試験にはならなかったけど、それでもなんとかケヤキの森に到着した。


 たぶん、ギルドの情報にあった森だと思う。たぶん。たぶん。


 見下ろす光景は全て木。ちょっと飛行艇を下ろす隙間もない。何処かいい場所は無いかと探したが、あったのは川だけだった。

 仕方なく、川岸に浮かせたまま係留させ、岩を伝って森の土を踏もうというルートを取った。

 渡った後は飛行艇はアイテムボックスに収納。これが便利でいいよなぁ。


 「ここって、ケヤキじゃないよなぁ?」


 「ああ、ケヤキってのは、こんなに接して無い」


 「ちなみに、ケヤキの特徴は?」


 「葉はいかにも葉っぱという感じの、ありきたりな形だな。だが、葉の側面がギザギザになっとる。ノコギリ葉とかも呼ばれておったかな。葉の先端に刃が向かっているようなノコギリだ。そろそろ紅葉を始める時期だったかな。木そのものは、ある程度行ったら枝分かれして、更に枝分かれ、更にそれぞれが似たような長さで枝分かれ、っと、ある程度綺麗な放射状になっている場合が多い。遠くから見たら、葉の部分が丸い玉のようなシルエットになっているように見えるはずだ」


 子供が書く木の絵の特徴そのまんま、って感じだねぇ。


 「………」


 「………」


 「ガンフォール?」


 「なんだ?」


 「見えてる?」


 「でかすぎて、今の今まで見えていても気付かなかったな」


 「じゃあ、やっぱり?」


 「とにかく、行ってみるか」


 それは、この森の中で、頭二つ分ぐらい飛び出していた丸い緑の頭。そういうのが所々に点在していた。


 そして、森の木々をかき分けて、その一際デカイ木の所に行ってみた。


 そこでようやく理解した。ここはケヤキ林だったんだ。それも巨大な。で、そのケヤキ林の下に、雑草のごとく普通の大きさの木で森が出来ていたという状況らしい。


 「なんちゅぅでかさだ」


 それがガンフォールの評価だけど。その評価で済むなんて、ガンフォールの器もでかいんだなぁ。きっと。


 「このケヤキ、切り倒せるかなぁ?」


 「ふむ。難しそうだな。ヤマトの魔法で、何かないのか?」


 「いっそのこと、根っこから持っていくか? それならアイテムボックスに入れる要領で出来そうだけど」


 「うーむ。それしかないか? 一度アイテムボックスに入れたら、アナザーワールドに入れるのだろう?」


 「え? アイテムボックスで、そのまま製材所に持ち込むんじゃないのか?」


 「しっかりと乾燥させんとならんからな。それなら、雨の降らないヤマトのアナザーワールドの方が便利がいいじゃろう?」


 「あ、なるほど」


 「根を切ったり、枝打ちしたりはするが、基本的には乾燥させてからじゃないと鋸は入れられないからの」


 「乾燥前に切っちゃうと、後で歪むんだったけ?」


 「うむ。出来るだけ丸太の状態で乾燥させるのがいいらしい。まぁ、聞きかじりだから、頼む製材所に詳しい事を聞く方がいいだろうがな」


 「うん、そうしよう。なら、とっととやっちまうか」


 「あ、待て待て」


 「え?」


 ガンフォールは俺を制止すると、一人だけ前に出て一度深呼吸をした。


 「おおーい! このケヤキの木を木材にして、船にしたいんじゃー! 持っていってかまわぬかー!」


 なんとも大声で、誰かにこの木を持っていっていいかを聞いていた。え? 誰かいるの? 俺は反射的に探知の魔法を魔法で発動させて、周囲を調べた。


 誰も居ないよ?


 しばらく静かな時間が過ぎた。


 『いいぞ~』


 そんな返事が突然頭の上から振ってきた。いや、本当に声が振ってきたと言う感じだ。何処から聞こえたか判らない。え? 誰?


 「が、が、ガンフォール! だ、誰だ? 今の? この、周辺には誰も居なかったんだぞ?」


 ちょっと、あれ系な存在か? 祖母ちゃんも苦手だと言っていた、あれ系。祖母ちゃん曰く、殴れないんじゃどうしようもないね。アレ? ああ、苦手だとは言ってたけど、怖いとは言ってなかったな。


 「そう、脅えんでもいいぞ。別に、悪さしなければ、何もしてこんからの」


 「わ、悪さすれば、何かしてくるのかよ」


 「ああ、それはの」


 「で、結局、何? 今の返事したやつって」


 「はっきりとは判らん。このケヤキ自身かも知れんし、この周囲を守る精霊かも知れん。だが、こうして伺いを立ててからじゃないと、森の木に手を出してはいかん決まりもあるんだ。特に、こういう、大木の場合はな」


 「はぁ、そういうもの、なんだろうなぁ。とにかく、これで持っていってもいい、っていうお墨付きは貰った事になるんだ?」


 「おそらくのぉ」


 「お、おそらく?」


 「儂も木こりではないでな。まぁ、間違ってはおらんはずだ」


 かなり不安は残るけど、とにかくアイテムボックスに格納してみる事にした。いきなりこの巨大な体積が消えるわけだから、出来るだけ離れて行う事にする。


 地面にでている根っこに手を当て、眼前に重なって見えているアイテムボックスの丸の中に入れる。


 そして、大きな太鼓の音が目の前で鳴ったような爆音と突風が襲った。


 残ったのは、かなりのすり鉢状のクレーター。


 「で、できたぁ~」


 「な、なかなかに派手なもんだな」


 「出す時は、もう少し静かになるけど、似たようなモンかな」


 「さて、次じゃ」


 「え? これじゃ足りない?」


 「それはヤマトのだろう? 今度は儂の分じゃ」


 「あ、そう言う事ね」


 と、言う事で次のケヤキを探した。


 それが、なんと、二回も『だめじゃー』と駄目だしされてしまった。その後は『いいぞ~』と一本は確保したけどな。

 それ以上は欲張らない方がいい、という結論になって、まずはそのままファーガン国の船大工コンゴウの所へ転移で移動した。


 「コンゴウ、居るかい?」


 「父ちゃん。依頼主が来たぜ」


 コンゴウの小屋は、寸法や何かのメモ書きなどが書かれた紙片で埋め尽くされ、人の生活スペースがなくなっている。毎晩、何処に寝るのだろうと聞いてみた所、この時期ならまだ何処でも寝られるぜ、という聞くんじゃなかったという返答が帰ってきた。


 基本的には、大雑把。特に大きめに材料を切り出して現場で微調整したり、設計の方を材料に合わせたりして辻褄を合わせるのが設計士と船大工の仕事だそうだ。

 でも、ここの設計士は、まず、きっちりとした図面を引いて、余裕を持たせた切り出しはするが、最終的には図面通りのモノに仕上げるのが得意だと言う事だった。


 設計段階では二度手間にはなるが、現場の作業は効率がいいし、資材の無駄遣いも無いので、依頼主にも評判がいいという話しだ。


 船の船体の曲線部分は、板材や角材を遠火で炙りながら力を加えて行き、ゆっくりと曲げていく。強引にはめ込んでいくという方法も使うが、重要な骨組みパーツなどはしっかりと形を整えておかないと、後で船に荷重がかかった時に折れてしまう。そのため、船造りで一番重要で、神経を使う作業になる。

 ここの設計士は、その曲げ加工も効率的で、無駄を出さない仕事にしてくれるそうだ。


 そのため、設計段階で倍以上の時間がかかるらしいが。


 俺としては、いい仕事をしてくれるなら、と言う事で、追加報酬を出してやってくれ、とコンゴウに言っておいた。これからも、いい仕事をした作業員には追加報酬を出して労ってやれというのも付け加えて。


 出す金額についてはコンゴウに一任。あまり出し過ぎると、次の仕事にも影響するだろうしな。


 コンゴウからも、値引き無しの、きっちり定価のお仕事で、皆張り切ってると言う事だったので、飲み代に消えるぐらいの追加報酬になるのかも知れない。


 「よう、どうした?」


 コンゴウは、実際の作業の工程も含めた意見の交換を設計士と行って、作業のすりあわせを行っていた。


 「遠くでケヤキの木を取ってきたんで、製材の加工所を紹介して貰おうと思ってな」


 「おお、あんたらなら、何処へでも自由に行き来出来るもんなあ。正直、船なんて必要無いと思うんだがなぁ」


 「前にも言ったろ。俺は家が欲しいんだ」


 「おう。それそれ。それが聞きてぇのよ。俺たちのやる気が変わってくるからなぁ。で、だ。製材所だったな。木はどんなもんだ?」


 「それが、斧で切るには不都合があってな。根っこから引き抜いてきた」


 「なんだそりゃ? まぁ、あんたたちの事だからなぁ」


 「それに儂も入っているのか?」


 「当然だろ? 飛行船作りのガンフォールって名は、こっちでも聞こえるようになってきたぜ」


 「うむ。それならば仕方ないか」


 「で、木は? 一応、見せてくれるか?」


 コンゴウがそう言った時、奥で書類と格闘していた設計士も木を見たいと言い出した。


 今までは、製材所で切り出された木しか見ていなかったそうで、特に今回の船に関しては思い入れも強いらしく、俺が持ってきた生木を是非見たいと言い出した。


 まぁ、コンゴウに見せるついでに、アナザーワールドにアイテムボックスから出さないとならないため、何人居ようが問題無いしな。


 そして、アナザーワールドへの世界を開き、五人で中に入った。コンゴウの息子も入ってきた。


 何も無い、広々とした空間。王都というレベルの町の二つ分ぐらいある世界だ。遠くの方には山も見える。実は、ローローのための寝床を作るため、山を持って来て洞窟を作った。

 ジーザイアが俺を常識外れ、って言うのも判るようになってきたのが、最近の悩みだ。


 「突風が巻き起こるから、離れていてくれ」


 そう言って、二十メートルぐらい離れて、そこからも少し離れた位置にでるように心がけてアイテムボックスから出した。


 そして、地響きと突風を伴って、巨大ケヤキの木が、根とからみついた土をそのままにアナザーワールドに出現した。


 ついでに、ガンフォールの分も取り出す。ほとんど同じぐらいの大きさだった。


 コンゴウと息子と設計士は、それはもう、呆れていた。


 「なぁ? あんたに、俺の船が必要か?」


 虚ろに、そんな事を聞いてきた。今更、何を言ってるんだろうなぁ。


 一通り見せ終わったので、アナザーワールドを出て、コンゴウの小屋の前に移動。


 そこで設計士と息子と別れ、コンゴウの案内で製材所へと向かった。かなり距離があったけど、どうせ帰りは転移だ、特に気にする出もなくのんびり歩いた。


 そこで、俺の胸ポケットに入れておいた魔導書がムズムズと反応した。


 近くにばらけた魔導書の頁がある?


 俺が構えたので不審がる二人を無視したまま、ばらけた魔導書を取り出して目次部分を開く。


 「魔導書よ、その身の一部の在処を示せ」


 その言葉で、魔導書から光りが伸び、海に向かっていく。その先には、普通に大海原。水平線が普通に見えるだけ。


 えーと? とりあえず目次を見ると、サモン コントラクトの呪文が光っていた。


 と、同時に海の向こうで何かが跳ねた。光りはその何かを指している。


 「シャチだ。しかも化け物級にデカイ。いや、おそらく魔獣なんだろう。つまりは化け物って事だ」


 コンゴウがしっかりと解説してくれた。あのシャチが、サモン コントラクト。つまり、召喚契約の頁なんだろう。

 まぁ、予想は立つけど、一応はしっかりとやっておこう。


 「いにしえより紡がれる契りの約定を築く混沌の中より生まれた言葉よ、汝のあるべき場所に帰れ」


 ばらけた魔導書の目次に魔力を通す。


 はい。


 弾かれました。


 やっぱ、直接行くしかないのか? 一本釣りでもして陸地に引き上げたい所だが。


 と、言う所で一つの呪文を思い出した。魔力クラゲを引き揚げて来た、指定したモノを引き寄せる魔法。


 術式としても単純で、生活魔法にも出来る簡単な呪文だ。これは魔力を通した分だけ威力が上がる。なら、今の俺ならいけるか?


 俺は基礎魔法その一と書かれた、俺用の魔導書を取り出した。


 「呪を力に変えて引き寄せる呪文」

 「ドロウ アーム!」


 呪文を唱え、相手をピンポイントで指定、………出来なかった。


 海の中に潜っちゃねぇ。


 「今、何をしたんだ?」


 ガンフォールが聞いてきた。


 「引き寄せる魔法を使ったんだけど、相手が海に潜っちまって……」


 「ふむ。再び飛び跳ねるのを待つしかないのか?」


 「えっと、どうしたらいいかな。あ、さっきは」


 と言うので思い出した。さっきは、ばらけた魔導書の呪文があるかどうかの確認の魔法に反応して飛び上がったんじゃね? 


 「魔導書よ、その身の一部の在処を示せ」


 ばらけた魔導書を持って、目次を開いて唱える。そして、再び光りが伸びる。そして飛び上がった。そこへ、俺の引き寄せの魔法が。


 間に合わない。


 魔導書を交換しないとならない? ああ、もう、俺は魔導書を二冊、両手で持って、まずは引き寄せの術式に魔力を入れて術式を構成する。そのまま、ばらけた魔導書の目次にも魔力を注ぎ込んだ。


 「魔導書よ、その身の一部の在処を示せ」


 「ドロウ アーム!」


 時間差はあるけど、ほぼ、二冊同時発動だ。


 そして。


 「掛かったぁ!」


 飛び上がったシャチが再び海中に戻ろうとするけど、一度掴めば放さない。俺は魔力という力を込めて、その化け物シャチを引っ張った。


 引っ張った。


 引っ張った。


 引っ張らなければよかったかな?


 海岸線まで引き寄せた化け物シャチは、本当に化け物だった。シロナガスクジラよりもデカイかも。俺が造って貰う事になっている帆船ぐらいはあるんじゃないかな?


 「な、なんか、やばいかな?」


 「や、ヤマト。なにか考えがあって引き寄せたんじゃないのか?」


 「えっと。海の中では戦えないから、地上でなら、って程度、……かな?」


 「考え無しか~!」


 かなり怒られた。俺だって、こんなにデカイなんて思っても見なかった。これが暴れたら、大ナマズ程じゃ無いけど、似たような被害が出そうだ。


 あれ?


 動かない。


 「動かないなぁ」


 「ん? 引き寄せただけで死ぬとは思えんがな」


 俺たちに疑問を余所に、大型クジラよりもデカイシャチは動かなかった。


 「どうしたんだろ? おーい、サモン コントラクト! どうしたー?」


 『やはり、その名を知る者か』


 いきなり話し掛けられて驚いた。


 「な、なんだ、ちゃんと意識はあるのか。ど、どうして動かなかったんだ?」


 『暴れてもいいが。どうせ、お前には勝てんだろう。すでにそれが判るのであれば、戦う必要もない』


 「なかなか合理的なんだな。助かるよ。じゃ、頁に戻って貰おうか」


 『うむ。だが、一つの契約は果たして欲しい。この魔獣。今は私ではあるが、元々は召喚獣の一頭であった魔獣だ。私が本に戻ると同時に独立した個体へと戻り、元の姿に変わるので、召喚契約をして欲しい。さすれば、この召喚獣も元の世界に戻るであろう』


 「判った。約束しよう。いにしえより紡がれる契りの約定を築く混沌の中より生まれた言葉よ、汝のあるべき場所に帰れ」


 サモン コントラクトの頁が戻った。


 そして、目の前には、相も変わらず巨大なシャチ。と、思ったけど、なんか普通よりは大きめのシャチに戻ってるような。さらに、形も変わってる。胸びれに、なんか羽根がついてるんだけど? 今までツルツルだった皮膚にも鱗と言うよりも、鎧という感じの物がついている。


 「か、形が変わったねぇ」


 ちょっと、びびってる。威圧感がとんでも無い。まるで魚型のドラゴンだ。とにかく契約を終えて元の場所に戻してやろう。


 「いにしえより紡がれる契りの約定を築く呪文」

 「サモン コントラクト」


 『これより、バハムートはヤマトの召喚獣として、次元の壁を越えて呼びかけに応える』


 「え?」


 なんて言った? バハムート? これが? ちょっと小さすぎない? いや、それより、なんでシャチだったの? え? いやいや、次元を越えてってなに?


 そして、魔改造されたシャチ、いや、バハムート? は、薄くなって消えていった。


 「で、何があったんだ?」


 コンゴウの呆れた声での質問からは、逃れる術は無かった。俺もわけ判らんけどな。


 製材所へ行く道々、説明しながら歩き、結局、爺さんの魔法を集めるために旅をするしかない、という状況だという話しをした。

 だからこそ、家である船は欲しいんだ、という話しには納得して貰えたけど。


 ようやく製材所に到着。


 ここは、丸太を持って来て、それを船用の木材に加工するのが主な作業になる。丸太にする作業は行っていないようだが、大丈夫だろうか? という質問をしてみたが、物による、という答えしか貰えなかった。


 で、実際に製材所の作業員に見てもらう事にした。


 見せる前に事前説明をじっくりやったんだけど、それでも、しばらくは呆けていた。


 やっぱり、説明が、とんでもなくデカイ、ってだけじゃ、伝わりきれなかったようだ。まぁ、当たり前か。


 で、ようやく復活した作業員と話しをしてみると、まず、輪切りにしてみない事には使えるか使えないかが判らないそうだ。大木に成る程木の中に亀裂が入りやすくなって、見た目そのままの木材を取る事が出来ない可能性が大きいと言う事だった。


 更に問題なのが、この大きさになると切るための鋸が無いと言う事だった。


 大きければ何でも解決とはならない様だ。


 中二病をくすぐるような次元斬とかの魔法でもあればなぁ。


 実はあるっぽいんだけど未回収。回収したら違った、なんて事も考えられるから言わないし、アテにもしてないけどな。


 とりあえず、俺たちのケヤキは保留となった。今のまま乾燥させて、切る手段が見つかったらまた相談してくれ、という投げやりなお言葉をいただいた。


 まじで、しょうがない。


 実は、ロックジャイアントに持たせる巨大な斧の計画もあったんだけど、作り方の問題でそれも保留している。


 やっぱり、大きいだけ、ってのは使えねぇわ。


 コンゴウを造船所の方に送ってから、通常サイズのケヤキを探してみると言って別れ、ガンフォールも船場に送り届けてから宿に戻った。


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