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グリモワールの欠片  作者: IDEI
26/51

26 ダンジョンコア

2020/12/30 改稿

 薬草採取した翌日。今日も修練場で戦闘要員の訓練だ。

 早足、徒歩、駆け足を組み合わせた行進。ここん所、代わり映えのしない内容になっている。と言うのも、これから大きく変わるために、基礎体力の安定を目指しているからだ。

 もう十日以上同じ内容で、同じ量のため、既に余裕が生まれている者も多い。


 そこで、今日は王子に監視を任せて、俺は明日から使うフィールドアスレチック用の『遊具』を作る事にした。


 今、行進しているコースの一段内側になり、距離としては短くなるが内容は厳しくなる。この日のために各地で取ってきた岩や丸太をたっぷり使った、楽しく遊べるコース作りだ。


 まず、カードからロックジャイアントを出し、アナザーワールドから緋竜のローローを出す。最近は特に気にしていない。今のように質問攻めにされる心配が無い状況だと、多くいる従魔のうちの一頭だろう、という感じになるからな。


 そして、この二頭に手伝って貰い、楽しい遊具の設置というわけだ。


 穴を掘り、丸太を立てて、横に通した丸太に金属製のかすがいを撃ち込み、ぶっといロープでグルグルと巻き込んで補強する。それを何度も繰り返し、一カ所として同じ形の無い遊具が出来上がった。


 まず、ロープで作った網を壁のように四角く張った障害物。その次が、高さ二メートルの一本橋。これは三コース作ってある。次は、丸太を横に置いて、三角形の山を作ってある。次は、高さ一メートルぐらいの所に網を張り、その下を這って進まなければならないコース。直径一メートルほどの丸い岩を、いくつもランダムに置いたコース。高さ二メートルの、丸太で作ったただの壁。ランダムに立てた丸太の間を走り抜けるコース。高さ一メートルの固定ハードルみたいな柵を十二作り、その上下を交互に通過するコース。


 更に、更にといっぱい作った。個別のパーツは作って置いたんで、後は打ち込むだけってのが多かった。そのおかげもあって夕方前には終わった。


 いやー、いい汗かいたよ。行進しながら見ていた連中は、ちょっと青い顔をしてたけどなぁ。


 一通り俺自身がコースを体験して、動線のチェック。順路が判るように地面の色をアイテムメーカーで変えておくのも忘れない。


 そして、今回作った物は騎士団専用で、この全部の中で、騎士団に相応しい者を選ぶための物でもあると説明した。

 つまり、見習いでも輸送係でも、コレに耐えられれば騎士団へと登録される。逆に、耐えられない者は騎士団から除外される。

 そして、これからの訓練は、騎士団、見習い、輸送、魔法の四つに別れて、それぞれが独自の訓練をして貰う事になる。


 見習いは動きやすい普段着のような運動着。騎士団はそれに砂袋を背負ってやってもらう。

 輸送係は回らない車輪の荷車を押したり、物資を積み上げたり、下ろして展開させたりという作業を繰り返してもらう。

 魔導師団は、ひたすら魔法を撃ち続けて貰う。その際、どのくらい連続で撃てたかを、回数を書いて背負って貰う。


 そういった内容に別れるわけだが、初めは全員で楽しい遊具をしてもらう。いつもの訓練の二時間ほどを遊具にしてもらい、そこから、各々、希望の訓練に移動してもらう。輸送係になると判っているけど、騎士団の訓練を続けた者は、それを評価する。やる気や動きに因るが、輸送部隊の分隊長とかも有り得ると追加で説明しておいた。


 大凡の行程はそんな感じで、実際は臨機応変になりそうだ。けどそれは言わない。ブレる様子を見せるのは拙いからね。


 そして、帰る時に、王子と別れる場所でギルドの連絡係が待っていた。急いで、と言う事なので、その連絡係を連れてギルドに転移し、ギルドの会議室の一室に通された。


 そこに居たのはファインバッハとジーザイア、そしてジーザイアの部下と思える数人。


 急ぎで、と言うのはジーザイアたちの都合だった。話自体は急ぎじゃなかった。


 アルールの妹が、半狂乱状態になったまま、二階のテラスから飛び降りて亡くなったそうだ。場所はアルールの屋敷で、何故か、その場所だけはチェックが入らなかったそうだ。


 「悪魔にしてやられたわけだ」


 それが俺の感想。もう、それしか無い。


 「全くもってその通りだな。おめえの言うとおり、自分のした事を後悔して、懺悔と呪いの言葉を吐きながら飛び降りたらしい。結局、悪魔に唆された者が、周りを巻き込んで、ぐちゃぐちゃにしてから、美味しい魂になって、喰われちまった、って事だな」


 「我々に出来る事は、この話の教訓を伝えて、悪魔に唆される者が減る事を祈るだけ、なんだろうね」


 色んな資料が提示されたけど、結局読む気にもならず、突っ返したらそのまま焼却処分された。元々、貴族の不始末でもあるし、情報は最低限しか残さないつもりらしい。


 そして、短い会談で会議は終わり、俺はジーザイアたちに手を振って一人でギルドを出た。


 向かう先は教会裏手にある共同墓地。


 ファインバッハのおかげで墓は出来たけど、扱いとしては、無縁墓地よりは少しだけいい待遇、と言う程度らしい。まぁ、俺の自己満足でも在るわけだし、俺の目が届かなくなったら、後の事は仕方ないと諦める。


 そして、本当に敷地の端っこにあるアルールの墓に手をあわせる。この世界の墓参の仕方なんて知らないから仕方ないよな。俺としては線香と花は欲しいと思ったけど、この世界では墓に花は添えないらしい。


 「よし。自己満足終了」


 そう声に出して、俺のアルールの墓参りは終わった。


 次の日の朝は、ちょっと寝不足な感じがした。別に夜更かしをしたわけじゃないんだけどなぁ。


 昨日の事もあるんで、ちょっとギルドに恩を返しておこうというつもりもあって、ギルド貢献度の高そうなFランク依頼を探してみた。


 何故か、受付の横の、南向きの窓の所に、俺が昨日渡した薬草のプランターがあった。


 いや! 見てない! 見てない! 見てない!


 早速依頼の貼ってある掲示板へと向かった。


 Fランクで貢献度が高いと言えば、社会的に役立つけど、依頼料が安いモノだよなぁ。


 その線で探すけど、個人の手伝いがほとんどだ。引っ越しの手伝いに、部屋の掃除、恋人の浮気の調査なんてのもあった。お姉さんに伺いを立ててみた所、この時期はFランク冒険者が居ないので、依頼が浮いたまま流れてしまうそうだ。だから、出来れば手当たり次第に受けて欲しいと言っていた。


 もう、世間様は夏模様。汗をかくような仕事も嫌なんだろうなぁ。


 と言う事で、引っ越しと掃除の依頼を受ける事にした。恋人の浮気調査は面白そうではあったけど、時間が掛かりそうなので却下した。


 そして一件目。引っ越しは古い家から新しい家へと家具を運ぶ事だった。一つ一つの家具が大きくて重い。たった一人じゃ不可能だから、助っ人を呼んで欲しいと言われたが、当然一人でやると言ってどの家具をどの位置に置くかだけを細かく聞いた。そして、依頼主の目を盗むようにして古い家から家具をアイテムボックスに格納。依頼主と入れ替わるように移動して、新しい家に家具を設置した。


 と言う事で、一度も重さを感じる事もなく引っ越し作業が完了した。


 依頼主も目を丸くしていたが、依頼主自身、汗をかく事もなく終了したので喜んでいた。


 次に部屋の掃除という依頼。行ってみたら古い屋敷の地下室の掃除だった。しかもあやしげな物も多く、捨てる物と取っておく物がゴチャゴチャになっているそうだ。


 そんなんで依頼するなよ。と言いたかったけど我慢。


 ここも、依頼主の目を盗んで中の物をアイテムボックス経由で庭に出し、空になった地下室を掃除してから、依頼主に残す物を選んで貰った。

 そして、選ばれた物を、再び依頼主の目を盗んで地下室へと移動させ、捨てるべき物は地上の庭に残された。


 なんか、古い物ばかりで、ほとんど役に立たない物だと言う事で、欲しい物があればくれると言っていた。まぁ、捨てる物を減らしたいだけ、ってのは見え見えだったけどなぁ。


 それでも、錆びだらけの全身甲冑と盾、剣のセットは面白そうだったんで貰った。それと、埃の山に埋もれた古本も貰えた。まず、読めないし、読めた物も昔のゴシップとか、流行話やチラシみたいな物ばかりだった。まぁ、もしかしたらお宝が有るかも、という淡い期待もあるけどな。


 後で修復魔法を使って見よう。しまった。価格を鑑定してくれる団体が居なかった。


 残ったゴミはどうするのか聞いたら、小分けにして燃やしていくと言っていた。古い機織り機のような物や、菱形に歪んだチェスト。完全に足の折れた椅子やさびの塊でしかない剣の束まであった。


 それなら、俺が処分しましょうか? 俺、魔導書使いなんで後でまとめて燃やしちゃいますよ。って言ったら、それは、それは、大変な喜びようだった。そして、まとめてアナザーワールドに落として、全て終了。


 二つの依頼を午前中だけで終わらせる事が出来た。


 まだ時間的な余裕はあるから、古本の修復でもしてみようか。そんな事を考えながらギルドへと戻り、依頼達成の確認をしてもらった。


 そして、予定調和のドナドナ。


 久々にフワフワ系お姉さんに引っ張られてギルマスの部屋にやって来た。


 「すまない。時間はあるかね?」


 エルダーワードのギルドマスターであるファインバッハが、余裕のない感じで聞いてきた。


 「午後の訓練までは」


 「すまないが、午後の訓練は休めるだろうか?」


 「えっと、王子に伝言を頼めるかな? いつもの訓練と、適当な所で遊具を一通り遊ばせて終了。護衛騎士を二人、左右に立って貰って監視するように、と」


 俺の言葉を素早く書き取り、それをフワフワ系お姉さんに渡す。


 後はもう、いつも通りという感じでさっさと移動を開始、行った先は転移専用室。そこにはマレスとリッカ、 そしてエルマが待機していた。


 少し、部屋の隅に行って、事の次第を聞く事になった。


 エルダーワードからは西に、歩いても二ヶ月はかかりそうな遠くに、ガンカクジンという国がある。歴史も古く、その分貴族も多いのだが、その国ではギルドが一番の力を持っている。その理由は、国の中に三つのダンジョンを持っているため。

 ダンジョンは富を生み出す資材の泉だ。そのために冒険者の存在は欠く事が出来ず、代々の国とギルドの折衝の中で、ギルドの力が国を上回るようになった。実際は、その状況になって始めて、ダンジョンと国のバランスが安定した形を取る事が出来、そこからの発展は目を見張る物があったという事らしい。


 そのため、ガンカクジンのギルドは、まるで傲慢な王族のような態度を取る事も多いという話しだ。


 他のギルドへの資金的な援助は惜しまなかったから、ギルドの中でも強い発言権を持ち、ガンカクジンのギルドの言葉に逆らえないギルドも多いそうだ。


 そのギルドが、俺の持つダンジョンの核を欲したそうだ。ファインバッハは決して発言していないそうなので、おそらくガルモアの冒険者あたりから漏れた情報なのだろう。その程度の情報漏れは覚悟していたのでどうでもいいが。


 「行く前にちょっと用足し」


 そう言ってその場を離れる。そして、隠れた位置にシークレットルームの扉を出して、中に入った。


 一応、本当に用足しもすませた。


 目的の場所はシークレットルームの倉庫スペース。アイテムボックス内の整理が目的だ。昨日アスレチック施設を作ったので、アイテムボックスに空きは多くできた。でも、今日掃除のゴミを貰ってきたために、またゴチャゴチャしてきた。その整理をする。


 まぁ、倉庫スペースに出すだけ、なんだけどな。


 さらに、倉庫スペースに置いてある魔獣の魔石や、高額で取引される魔獣の角などをアイテムボックスに入れる。たぶん、金銭的な取引を持ちかけてくるはず。なら、まずは、はした金ではまったく動かない、と言う所を見せないとならないからな。


 人の頭ほどもある、国宝級以上の魔石もいくつか保管している。以前は赤竜の魔石だけが、そのレベルだったけど、ガルモアのダンジョンの物や、海でトゲクジラを何頭か仕留めたりしているうちに、けっこう溜まった。


 俺としては、アナザーワールドの拡張か、特殊な魔導書作りとかを考えていたけど、身の安全のためにも放出する事を考えておかないとな。


 そこで、なにか、ムズムズするのを感じた。それは、しばらく出番の無かったばらけた魔導書。そう言えばさっきまでこの魔道書はウェストポーチに入れっぱなしだった。普段は基礎魔法の魔道書と自作の魔道書を使っているから避けて置いたんだよねぇ。


 この魔導書の頁を集めるのが、俺の受けた本当の依頼なんだよなぁ。最近ちょっとサボり気味? 気を付けることにしよう。


 で、この近くに魔導書の紙片があるかも知れない?


 今まで、何回か調べては見たけど反応は無かったはず。急にどうしたんだろうな?


 だけど在りそうなら調べてみるまで。俺はばらけた魔導書の目次部分を開き「魔導書よ、その身の一部の在処を示せ」と唱えた。


 そして、魔導書から光りが伸びた先には、ゴミとして貰ってきた紙くずの束が入っていた箱。更にその中にも光りは伸びている。


 魔導書の目次を見ると、術の名前が二つ浮かび上がっていた。


 「クリエイト ダンジョンコア」「マジック ジャミング」


 俺は思わず突っ伏してしまった。爺さん、あんた何考えてるんだ。この世界のダンジョンって、爺さんが作ったのかよ!

 目次だけは前から見えていたわけだけど、改めて見るまではその関連性に気が付かなかった、っていうマヌケもあったわけだけどな。


 とにかく、回収しない事には詳しい事は判らない。と言う事で早速回収。


 「魔の物を捕らえ、捉え、列び立たせる深き枷を作る、混沌の中より生まれた言葉よ、汝のあるべき場所に帰れ」

 「第五の事象に亀裂と混乱を生み出す、混沌の中より生まれた言葉よ、汝のあるべき場所に帰れ」


 クリエイト ダンジョンコアとマジック ジャミングの頁が戻った。


 で、早速詳しい事を調べてみる。頁に書かれた短い解説文によると、ダンジョンコアとは、ダンジョンを作り、周辺の地上にいる魔獣を、力量別に閉じ込めるだけの物だそうだ。そして、ダンジョンコアの一番近くが一番強い影響を与えて、逃げる冒険者を追わない、という規則もねじ込まれているらしい。


 つまり、地上から魔獣を極端に減らし、力量別に並べて地下に拘束する事で、倒し易くしてあるという事だ。


 ダンジョンコアの目的は、地上で人が暮らしやすくなるようにして、更に魔獣を倒しやすくする、というものだった。


 マジック ジャミングは、普通に、魔法の発動を邪魔する魔法で、力量の差はでるが、本物の魔法使いにも影響を与える事が出来る物と言う事だった。


 なんか、都合良く強力な手段が手に入ってしまった。これってご都合主義なのかなぁ。


 ファインバッハの所に行き、五人でガンカクジンのギルドへ転移した。一応、俺もここにマーカーを打ち込んでおいた。


 今回、ファインバッハは単なる紹介者という位置づけ。他の女性三人は冒険者としてファインバッハの側近兼任の護衛という立場にしてあるそうだ。まぁ、まんまだけど。


 そして通された豪華な部屋。ちょっと中華風? あ、部屋の壁じゃ無く、単独で朱色の柱が立っているんでそんな感じがするようだった。


 間取りから見ても、ギルドマスターの部屋には見えない。なら、接待室とかいう感じかな。無駄に贅沢に金を掛けて居るなぁ、という印象。至る所に観葉植物も置かれ、見た事の無いような花も生けられている。屏風みたいな衝立も置かれ、その向こうにも護衛らしき気配を感じる。そして、あらかじめ発動させていた探知の魔法にも色々とひっかかった。


 こう言う所では、座ってくれと言われるまで、勝手に座ったら礼儀知らず、って言われるんだよな。


 そこで、全員が立って待っていた所に、背は低いけどガッシリとした、まるで小さめの熊に山賊の格好をさせた様な男が入ってきた。ゾロゾロと無駄な側近も従えている。


 「ようこそ。俺がガンカクジンのギルドマスター、バイジンだ」


 かなり尊大に名を名乗ってきた。まるで王族であるかのような振る舞い、って本当だったんだなぁ。


 「俺はFランク冒険者のヤマトだ。今日は俺に用があるという事で呼ばれたと聞いている」


 俺としては、用があるならとっとと済ませろ、と言う含みを入れて言ったんだけど、通じたかな?


 「おいおい。俺はギルドマスターだぞ? エルダーワードの冒険者ってのは、礼儀も知らねぇってのか?」


 「冒険者相手に礼儀を求めるようなのがギルドマスターだと? 寝言言っているようならさっさと帰って寝た方がいいぞ」


 「てめぇ。口の利き方も禄に知らねぇガキだな。まぁ、いい。俺は寛大だからな。おら、突っ立ってないでさっさと座れ。これから大事な話があるんだ」


 「どうか座ってくつろいでください、ゆっくりと話しましょう、って言い直せよ。まったく、いい年して口の利き方も知らねぇのかよ」


 「何だと! てめえ!」


 バイジンが勢いよく立ち上がった。その勢いで、周りの護衛も剣に手を掛ける。


 「てめぇは、ギルドマスターに喧嘩を売るつもりか? どうなるのか知らねぇようだな」


 「どうなるんだ? 十七のガキに口喧嘩で負けた腹いせに、ギルドマスターがどんな事をするのか聞かせてくれ」


 「なっ!」


 「ほら、ほら、どうした? ギルドマスターさんとやら? さっさと済ませてくれねぇかな? 他の仕事キャンセルしてまで来てやってるんだ。用が無いってんなら帰るぞ!」


 「…グッ! てめぇ……。まぁ、いい。さっさと座れ、話しが在る」


 「どうか座ってくつろいでください、ゆっくりと話しましょう、だろ? 一度じゃ覚えられねぇロートルなのかよ。もう、帰るぞ!」


 「グッ! グッ! グッ! ど、うか、座ってください、ゆ、っくりと、はなしま、しょう」


 「良くできました えらい、えらい」


 俺は笑って手を三回ほど叩いてから、目の前の椅子に座った。元々は、椅子を引いてくれる係も居たようだが、既に逃げていて居ない。

 ここまでで、この山賊モドキのギルマスが、誰かに命令されて交渉係をしているのがはっきり判ったな。しかもかなり頭が上がらない存在らしい。要は黒幕が控えているって事だな。


 「ファインバッハ! てめえの所じゃ、こんな扱いを許しているのか!」


 「言ったはずだよ。一概には扱いきれないと。それと、もっと言葉に気を配りたまえ。彼を怒らせると、この国がどうなるのかも判らない、とも警告したはずだが?」


 そんな事言ってたのかぁ。まぁ、コレ相手だと、当然の処置だろうな。


 「で? 本当に用が無いなら帰るぞ?」


 「グッ!」


 バイジンが更に耐えるために頭に力を入れたようだ。本当にこめかみに血管が浮き出ている。アレって、本当に切れるのかな? 試してみようかなぁ?


 「ま、まぁ、いい。ヤマトと言ったな。まずは、てめぇの持っているダンジョンの核を貰おう」


 「いいよ。いくら出す? でも、はした金じゃやれねぇからな?」


 「ま、金だと嵩張るだろう。てめぇじゃ見た事もない、高品質の魔石で交換してやるよ」


 「お? それは、嬉しいねぇ。俺の持ってる魔石よりも、相当にでかくて質がいい物なんだ?」


 「当然よぉ。おい、持って来させろ」


 急に機嫌が良くなった。所詮は使いっぱ、って事だろ。


 そして、奥からバイジンの部下が持って来た魔石は。


 「しょぼ。なにそれ? 何処のゴミ捨て場で拾ってきたんだ?」


 大きさは握り拳一つ分ぐらい。色は茶で、大地属性って感じだな。


 そこで、俺は赤ん坊の頭ほどもある、赤く透明度の高い、イーフリートの魔石を取りだした。


 「この程度の魔石が五十とか言うなら話しになったのに、そんなショボイ魔石で誤魔化されちゃ、どんな顔をしていいかわからねぇなぁ? 俺ってどうしたらいいんだぁ?」


 「なっ、なっ、なっ」


 俺の魔石を見て震えている。


 更に、赤竜の魔石を取り出す。コレは俺の頭ぐらいの大きさがある。赤と言うよりもワインレッドという感じの血の色と言えるが、透明度もそれなりに高い。


 「これぐらいの魔石なら、色違いで十個とかにもまかるんだけどなぁ」


 周りの目が驚愕しつつ、一点に集中する。


 「で、ガンカクジンのギルドってのは、良く判らないギルド権限ってので、そんなショボイ取引を成立させようっていうわけじゃ無いよな?」


 握り拳一つ分ぐらいの魔石ってのは、大体金貨二百枚前後。一般人なら、そこそこの暮らしで一生暮らせる、って言われる金額だけど、ダンジョンコアと釣り合うわけも無いよなぁ。


 「クックック。そうかぁ。駄目かぁ。じゃあ、しょうがねぇなぁ」


 バイジンがそう言うと、周りの男たちが剣を抜き始めた。


 「バイジン! 君は何をしようとしているのかね?」


 ファインバッハが慌てて制止させようと立ち上がった。そのファインバッハにも剣が突きつけられる。


 「なに、護衛として雇っていた冒険者が、勝手にやっちまった事なんだよ。ああ、お前ら。ここで剣を抜くのはよしなさい。って言ってあるんだがなぁ」


 わざとらしくそう言って笑った。俺の喉元にも剣が突きつけられている。


 「あー、俺から、『最後』に聞いておきたい事がある。これが、ガンカクジンのギルドのやり方って事でいいのかな? その、壁の向こうに居る爺さん?」


 その一言でバイジンの動きが凍った。


 「俺は『最後』にと言った。もう、これ以上、後が無いぞ、と言ってるんだが?」


 その後、しばらくは誰もが無言の時間が過ぎた。


 「ヤマト? 君は、このギルドに、一体何をするつもりかね?」


 ファインバッハが、少し脅えたように聞いてきた。喉元の剣に脅えているんじゃなく、俺に脅えているって見えるけど? え? 正解?


 「何をやるかは、まぁ、最後のカウントダウンを済ませてからに。じゃあ、後、十数えて、数えきっても変わらないのなら、お終い、って事にしよう。十、九、八、七、六、五、四、三」


 「待ちたまえ」


 年は取っても、まだ力強い、という感じの声が響いた。そして、俺が差し示していた方の壁の一部が扉になって開いていく。そこから出てきたのは、かなり高齢な、杖をついたヨボヨボ爺さんという感じだった。


 「アルバート様!」


 バイジンが畏まって声を掛け、近づいて行って手を差し出す。アルバートと呼ばれた老人は、その手を無視して、先ほどまでバイジンが座っていた椅子に座った。


 「君はアルバートなのか?」


 ファインバッハは喉元の剣などは無視して老人に話し掛けた。


 老人は手を振り、剣を抜いている冒険者を下がらせた。


 「このように老い、衰えた姿を君に見せるのが、とても忍びないよ。久しぶりだねファインバッハ」


 「君が裏で取り仕切っているのなら、何故、ガルモアの時に手を貸してくれなかったのかね?」


 「まずは、君たち全てに謝罪しよう。全ては私の傲慢による罪なのだ」


 「アルバート。まずは、わけを教えて欲しい」


 「なに、簡単な事だ。私は老いと共に臆病になったという事なのだ。かつては死を恐れぬ冒険者などと言われていたが、今では死を恐れ、脅える老人でしかない。そして私は死を越える手段を模索し始めたのだ。そのためには何でもやった。不死にまつわる物を何でも集めた。

 そのヤマトという少年が不死鳥を従魔にしているというのも聞いた、ダンジョンの核が強い力を幾年も放ち続けているというのも、老いに対抗出来るやもと思って求めたのだ」


 「で、交渉という事で呼び出して、俺に薬を盛って、言う事を聞く人形にでもしようとしていたと言うわけだ。あっちの部屋に毒入り料理が用意されているのも判ってたしな」


 「おお、どうか、どうか、フェニックスだけでも。欲しい物は何でもやる。このギルドだってやろう。だからフェニックスを」


 「誰がやるか糞老害! さっさと死んでろ! 元々、フェニックスに人間の寿命をどうこう出来る程の力はねぇよ!」


 「おお、お、お、な、何を言う。さては、お前だけが、フェニックスの力で不老不死を得ようというのだな」


 そう言うと、片手をあげた。今度こそと、護衛が剣を構える。だが、次の瞬間には、俺の植物のツタでの拘束魔法が完成し、俺たち以外は全て縛られてしまった。


 「くっだらねぇ! このギルドは、こんなのに支配されてたのか!」


 「まったく、なんと情けない事なのだ」


 ファインバッハも憤慨している。


 「おい! バイジンとか言ったな。表向きはてめぇがギルマスなんだろ! なら、てめぇに言っておく。二つから選べ! 一つは、この老害を処分して、こいつのしてきた事を全部公開して、ギルドとして謝罪しろ。与えた損害も全て賠償するんだ。それが出来たら、ダンジョンは潰れない。もう一つは、このまま、こいつのやって来た事を誤魔化すつもりなら、三つのダンジョンは同時に潰れる。そのどちらかを選べ」


 ツタに縛られて転がっているバイジンにそれを言い残して、俺は全員を連れてエルダーワードのギルドへと転移で戻ってきた。


 そして全員でギルドマスターの部屋へ。


 「まず、ヤマト。ダンジョンを潰すと言っていた事の真偽を聞きたいのだが?」


 ファインバッハのもっともな質問に俺は頷いた。


 「まず、ダンジョンの核。俺はダンジョンコアと呼ぶが、コレは、牢獄を作り出し、魔獣を拘束するための魔法の核だった事が判った。

 元々は、地上に蔓延る魔獣から人を守り、魔獣を効率的に倒せる環境を作る魔法なんだ。効果は、地上の魔獣を転移させて、力量の弱い物から上から下へと拘束場所を移すという事だけ。人が倒して強くなるのに都合のいい環境にしたというわけだ」


 「人にとって都合が良かったのは、わざわざそのように作られていたから、と言うわけだね」


 「元々は師匠が作ったか、集めた魔法の一つで、ついさっき、回収する事が出来た物の一つなんだ。その師匠の管理権限もあるから、俺でもそのダンジョンコアを操作出来る。と、言っても、作動させる、させない、そして壊す、ってだけだけどな」


 「つまり、この世界のダンジョンは、君の師匠が作ったモノなんだね?」


 「全部が全部、そうなのかは判らない。まぁ、その可能性もあるし、他の誰かが作ったダンジョンコアの可能性も在るし」


 「そして、そのダンジョンの核、ダンジョンコアを作る事も可能なのかね?」


 「俺の握り拳二つ分ぐらいの魔石、色別で十種類揃えれば力量は足りるらしい、後はそこに術式を流し込んでやればダンジョンコアになる。

 そのコアを、魔獣が多くいる地方に埋めて、自然の状態なら数年から十年程度で、周りの魔獣を取り込むダンジョンになるそうだ。

 取り込むだけだから、中で繁殖して、ダンジョンコアの拘束力を上回った分があふれる、とか言う事になるらしい」


 「ふーむ。この話は公開してもいいかね?」


 「術式も出してもいいぞ。まぁ、役には立たないだろうけど」


 「役に立たない?」


 「魔獣が居ない地方でダンジョンを作っても、すぐに枯れて壊れるらしい。取り込んだ魔獣からも魔力を吸い取っているみたいだな。

 ということで、ダンジョンを作ろう、って場合は、魔獣が多くいる地方に行って、更に十年近く待たなくちゃならない。もしかしたら、その間に奪われるかも、ってのも警戒しないとならないわけだ」


 「なるほど。人の生活の場にするという目的で、魔獣を排除するためのダンジョンだったが、それが戦争の種になる現状では、なかなか見合う成果を得られないというわけか。

 まぁ、それでも挑戦する者は居そうだがね」


 「まぁ、居そうだよなぁ」


 「ああ、所で話しを戻すが、君が管理権限を持っているのは判ったが、ガンカクジンのダンジョンを潰すのかね?」


 「あっちに言ってきたように、ちゃんと晒して反省って事をするのなら、しないつもりだ。でも、薬漬けにされる寸前までいった俺の立場としては、許せないから反省が見られないなら本当に潰す。まぁ、潰す前にしっかりと理由を王族や周辺住民に知らしめてから、何時やるかも予告してからするけどな」


 「ギルドに対する風当たりも強くなりそうだな」


 「そうだな。周辺ギルドが寄って集って、強引にさらけ出させて、無理矢理反省させても、俺としては構わないと思ってる」


 「ふぅ。それを聞ければ、一安心と言う所だ。君にはとんだ迷惑を掛けてしまったね。今日の所は戻ってもらって、また、こちらから連絡する事にしよう。私は少し長い手紙を何通も書かねばならなくなった。マレス、リッカくん。すまないが、後で配達を頼む」


 「はい。承りました」「はい」


 俺は一人でギルドを出た。まだ訓練は行われている時間だけど、そこに顔を出す気分では無くなってしまった。


 「やっぱ、魔法使い、ってのは、人の生活の場には向いていないのかなぁ」


 魔法使いは、色んな事が出来てしまう。魔導書使いのように、出来る事が決まっているなら、そこに規則を設ければいいが、魔法使いは新しい魔法を作ってしまうし、規則に閉じ込められる事を嫌ってしまう。


 規則の中に居る事を満足するような者は、魔法使いになったりしない。


 俺の使っている魔導書は、魔導書使いが作った物じゃなく、魔法使いが作った物だ。だから、魔法使いが魔導書使いの振りをしているのと似たような感じだ。

 それに、俺自身も魔法使いになりかけている実感がある。試す事が怖いが、簡単な術式なら、魔導書無しでも展開できるような気がしている。いや、たぶん、出来る。魔導書を使いながら、無駄な事をしている感じもするし、第六事象に展開された術式が二重になっている感じも受ける事がある。


 今までは俺の使っている魔導書が常識外れだったが、これからは俺自身が常識外れになっていくんだな。


 そろそろ、この地を旅立つ準備を始めるか。


 まずは飛竜船だな。ドラゴンと帆船を合体させたような物で、普段は空を飛んで移動する。ある程度は自立した行動が可能で、基本的には操船も必要ない。アナザーワールドと組み合わせれば、停泊場所も必要無いし、船ごとの緊急避難も可能だ。ドラゴン並みとはいかないが、それに近い攻撃力もあるので、どんな場所へも安心して移動を任せられる。


 今でも、移動は従魔に乗って空を行き、疲れた所でシークレットルームで休む、という事は可能だが、何故か旅のテント生活を想像してしまう。大きな船でゆったりと、という旅路なら、テントの旅よりはリラックスできると思う。

 正直、この世界で疲れたまま移動とかはしたくない。何時、何処から、どんな魔獣が襲ってくるか判らない世界だ。油断してたら、居眠り中にパックリ、とかいう結果も怖いしなぁ。鍛えなくちゃならないのは当然だけど、疲れたまま無理をするような状況は、初めから除外すべきだよな。実際は、臨機応変で対応しなくちゃならないんだろうけど、基本姿勢として疲れないようにしておく、って心構えは無いと拙い。


 と、言う事で飛竜船にする船を造ってくれる所を探そうと思った。


 そこで、まずはガンフォールに相談。まぁ、忙しそうなら別口か、独自に調べるつもりだけどなぁ。


 で、行ってみた所ガンフォールは居なかった。留守番役の弟子の一人の言う事には、大型船でルーネスに向かっているそうだ。もうそろそろ到着する予定で、向こうを出るのは五日後になる予定らしい。


 忙しい事はいい事なんじゃね?


 仕方ないので独自に探す事に。そこで、そこに居た弟子に、造船している所のアテを聞いた所、ルーネスよりも更に東にあるファーガンという国が港を持っており、近くに造船所がいくつか有ると言う事だった。


 ならば、一度ルーネスへと転移して、そこから従魔で東に渡ろう。今日決まらなくても、港にマーカーを打っておくのは役に立つだろう。


 で、転移するのはルーネスの町の外に打っておいたマーカーの所。ギルドの中でもいいけど、挨拶も面倒だしな。どうせすぐに東に飛ぶわけだし。


 そして、転移した先では、何故か人がいっぱい居た。


 「へ?」


 何コレ?


 「お? ヤマトじゃないか?」


 真後ろから聞いた事のある声。振り向くと、ガンフォールとおっきな飛行船があった。


 「ガンフォール? え? ここが飛行船の発着場なのか?」


 「おお。ヤマトは知らなかったな。もしも飛行船に問題が起きた場合、町中じゃ大変な事になるからな。だから、今は試験的にこの場所を発着場にしてあるんだ。問題がなければ、もっと町寄りになるか、ここへの道を守る塀を作るかを検討するそうだ。

 で、どうした? いきなりこんな所へ」


 「ああ、いや。俺が来た事のある東の端がルーネスだった、ってだけだ。これから、もっと東のファーガンに行こうと思ってた」


 「なに? すると、船を造る気じゃな?」


 「ああ、外洋船でくつろげる部屋のいっぱいあるようなヤツをな」


 「よし! 儂も行くぞ。久々に海に浮かぶ船も見たくなったしな」


 「え? ここの仕事はどうするんだ?」


 「アレはもう、やった事の確認しか残こっとらん。儂がいなくとも、どうとでもなるわい。ちょっと、待っとれ」


 い、いいのかなぁ? まぁ、ガンフォールが居れば心強いけど。


 そうこうしている間に、ガンフォールは弟子たちに行動指示を出して、時間を作ってしまった。


 「さあ、行こうか」


 なんか、ウキウキしてる。もう、止められないなぁ。


 俺はグリフォンを二頭出し、ガンフォールと共に空に上がった。


 目的の港町までは結構かかった。途中でローローを呼んで、ローローに先導して貰う事で風の道を作り、その中を飛ぶ事でスピードアップしたので、かなりの速度が出ていたとは思う。

 緋竜であるローローは、自分では意識していなくても色々な魔法が使えるようだ。今回使った風の道もその一つ。要は空中に一方方向へと流れる気流を作るような感じ。その風に乗って、さらに自力で飛べば、負担もなく通常速度に気流の速度が追加されるというわけ。今回は実質、四倍以上の速度が出ていたかも。


 途中のファーガンの王都を飛び越し、そのまま海岸線まで出て、そこでローローにはアナザーワールドへと戻って貰った。そして、グリフォンの翼でゆっくりと周り、造船所らしき建物を探す。

 漁船用の造船所は飛ばして、ようやくそれらしき建物が見えてきた。


 そしてグリフォンを降りて歩きで見ていく事にした。


 海岸線から少しだけ離れた道を行き、大きな建物を目指して歩く。一つ目の建物では、既に骨組みを作り終わっていた。念のために聞いてみると、注文生産のために買い主は決まっているし、特に問題なく引き渡せるようだ。


 大きな注文の場合、発注して、完成間近になって、資金繰りがあやしくなる、って場合もあるからなぁ。


 次の造船所は空っぽで、注文なら何時でも受けると言われた。でも、足下を見ると掃除もしてなくて、道具が出しっぱなしだった。それを見たガンフォールは即座に却下を言い渡した。俺も、大事な仕事道具であるノミや鋸が出しっぱなしで地面に転がっているような作業場をそのままにしている所には仕事を頼みたくない。


 オヤジのやってる工房でも、そこら辺はかなり厳しい。まぁ、祖母ちゃんの影響だけど。


 更に次ぎ、更に次ぎと流れて、ここら辺では最後の造船所になった。ここが駄目なら一旦帰ろう、という話しにもなっている。

 ガンフォールは、自分の所で請け負うと言ってくれているが、多すぎる注文をせき止めている状態なので、ガンフォールに負担は掛けたくない。

 ガンフォール自身も、海に浮かぶ船なら本職が一番だとは言ってくれてるしなぁ。


 そして、造船所を覗いてみた。


 作りかけという状況じゃない。道具は壁に作りつけられた棚やフックに、しっかりと収まっている。床も綺麗だ。大きさ的にも赤竜のボディと合体させる船としたら、丁度いい大きさで作れそうな造船所だった。


 でも、人が居ない。


 「おーい、誰か居ないかぁ?」


 ガンフォールが声を掛けてみると、ひょこりと一人の子供が現れた。


 「なんだい?」


 「ここは造船所だろう? 船を頼めるか聞きたいんだが?」


 「なら諦めな。もう船は造れ無いってよ」


 「なんだ? 経営難か?」


 「父ちゃんが腕をやられちまったんだ。もう、大工仕事は出来ないってよ」


 「それは何時の事なんだ?」


 「あん? 一週ぐらい前だったかな」


 「ん~、微妙な線だな。一応、見てみるかな。

 なぁ、その、お前のオヤジに会わせてくれるか?」


 「会ってどうするってんだ?」


 「別に。ちょっと話しがしたいだけだ」


 あまり納得した様子でも無かったけど、案内されて裏の小屋へと向かった。そこには、死んだような目をした、ガタイだけはいい男が居た。その右腕は肩口から無くなっている。

 まだ、相当な痛みが残っているんだろう。そのための酒の壺もあったが、あまり手を付けているようには見えなかった。ただ、座って、ぼーっとしている。


 「父ちゃん。話しがしたい、ってヤツが来たよ」


 子供がそう言ったけど、あまり興味があるようには見えなかった。


 「なんだ、あんたら? あんたらも俺を笑いにきたのか?」


 「笑われる謂われでもあるのか?」


 ここの会話はガンフォールに任せ、俺はリカバリーの頁を開いて、術式に魔力を流し込んだ。すると、目の前のオヤジの『理』が見える。その理は、ちょっとした設計図の様に見える。その理に従って術式から魔力を流し込むと、失った手足でも復活するという魔法になっている。但し、長く失ったままだと、その『理』自体が無くした状態で固定されてしまうので、そうなった場合は復活は不可能になる。


 うん、大丈夫。今なら復活出来るな。


 「ガンフォール。その肩口を覆っている布を取っ払ってくれ」


 俺がそれだけ言うと、ガンフォールは何の疑問も挟まず、強引に男の肩の傷を覆っている布を引き剥がしていく。


 「て、てめぇ。なにしやがる!」


 まだ痛みはあるようなので、その行為にも苦痛を感じているようだ。だからこそ間に合ったんだけどな。


 子供の方も驚いて、ガンフォールに飛びかかって行ったけど、簡単に弾き飛ばされていた。そして、肩の傷が完全に露わになった。

 既に術式に魔力はしっかりと通っている。


 「リカバリー!」


 魔力を術式を通して、男の『理』の中に流し込んでいく。


 同時に男が呻いた。傷が治りかけの所を無理矢理復活させたんだからな。その負担はあるだろう。


 「な、なんだってんだ。え? う、腕が、ある……」


 自分の右腕を細かく動かしたり、ニギニギしたりしている。


 「父ちゃん、腕が」


 「あ、ああ、腕が、有りやがる」


 「ほんとに? ほんとに?」


 「お、おお、さ、触って見てくれ」


 「あるよ。父ちゃん。腕があるよ」


 そして、ひとしきり騒がしい親子愛の時間が流れた。なんか、こういうの苦手だなぁ。終わるまで海で釣りでもしてこようかと思った。


 「で、じゃ。話しをしてもいいかの?」


 ガンフォールが、なんとか元の位置に戻してくれた。


 「あ、ああ、すまねえ。俺の右腕の恩人だぁ。どんな話しでも聞くぜ」


 「なに。普通の話しだ。船大工に船を一隻頼みたいだけだ。人は集まるかの?」


 ガンフォールが勝手に話しを進めてくれる。楽でいいね。


 「ああ、今ならまだ間に合うだろう。大丈夫だ。任せてくれ。で、どんな船だ?」


 「ほれ、ヤマト、どんな船がいいんだ?」


 「ああ、長さと横幅は、ヒモで計って持って来ている。だいたい、そこの造船所の建物の中、いっぱい、いっぱいぐらいだ」


 「おう? 寸法も決まってるのか?」


 「きっちりじゃなくてもいい。だが、大体同じぐらいの幅と長さじゃ無ければ、頼む意味がない。船だけなら、誰かの中古の船でもかまわないんだ。そうじゃないから頼みたい」


 そう言って、船の大雑把な絵を見せた。


 「俺は船に関しては完全に素人だ。だから、厳密にコレだというわけじゃない。まぁ、こんな風に、部屋が多めにあってくつろげる船って事だけだ。目的は長距離の旅。だから輸送船じゃないが、それなりの荷物は積みたい。本当にそれなりでな」


 「ほう。で、常時乗る船員の目安は何名ぐらいだ?」


 「ゼロだ」


 「はあ?」


 「まぁ、今更言わずもがなだけどな、俺は魔導書使いだ。それも、かなりの常識外れときた」


 自分で常識外れと言って、ちょっとだけ泣きたくなったのは、表に出さずにすんだ。偉いぞ俺。


 「………、なるほど。で?」


 「この船にも魔法を掛けるつもりなんだ。それが成功すれば、操る必要もない」


 「はっはぁ。そいつはすげぇや。まぁ、昨日までの俺だったら信じなかっただろうな」


 「船自体は、人が操れば完璧に動く、という普通の状態で欲しい。そうじゃないと、まともに動かないらしくてな。海にも浮かび、水漏れもすることなく、完璧な船であれば、それだけ成功しやすいそうだ」


 「そこら辺は、大工の腕を見てくれ、って所だな」


 「ああ、で、最短でどのくらいかかる? おおよその費用はどんな感じだ?」


 「腕の礼もあるし、大負けに負けて…」


 「いや、値引きはしないで欲しい。きっちり報酬も合わせた正規の値段を出して欲しい」


 「うぇ? い、いいのかい?」


 「それはこちらのセリフだな。正規の値段の仕事っぷりをしっかりと見させてもらおう」


 「くっくっく。言うじゃねえか。よぅし、その仕事乗ったぁ。そこまで言われたら、値段以上の仕事っぷりを見せてやらぁ」


 「それで、おおよそでいくらぐらいだ? 後で増えてもかまわない。おおよそでだ。あと、期間はどのくらいかかる?」


 「おおよそでか、だいたい、金貨で五千ぐらいだな。艤装をどの程度の物にするかで前後するってところだが。期間は、おおよそ一年半。材料である木材関係を発注して、使えるようにしてから切り出す、ってのが時間が掛かるんだ。上手くそういうのが流れて来てくれたなら別なんだがなぁ」


 「ガンフォール。船の木材って、手に入り難いのかな?」


 「竜骨なんかにはケヤキが使われるんじゃが、ヤマトの船に使えるようなのを選ぶのはちと難しいかもの。ケヤキは曲がって育ちやすいし、枝分かれですぐに細く分割してしまう。木としては固くていいんじゃが、曲げ加工なんかには面倒なもんだしなぁ」


 「何処かに自然に出来たケヤキの森とかないかな? 俺たちで取ってきた方が手っ取り早そうなんだよな」


 「ふむ。確かにのぉ」


 「なんか、ドワーフに木材加工の事で解説願えるとは思わなかったぜ」


 「ガンフォールも船を造ってるからな。飛行船だけど」


 「ひ、飛行船だって?」


 それからまた、一悶着あった。結局、一度ガンフォールの造船所に戻り、小型飛行船を一艇アイテムボックスに入れて持って来た。それで、しばらくは飛んで遊ばせる事になった。


 「すげぇぜ。こんな空飛ぶ船を造られちゃ、俺たちゃ、仕事を干されちまう」


 「そうでもないぞ。まだまだ、船としての知識が必要だしの。それに、この風を起こす魔導機関を取り付ければ、空を飛ぶよりも安全に航海する事も考えられるしの」


 「……、いや、やっぱ、空飛んだ方が安全だぜ」


 「どうしたんじゃ?」


 「俺の右腕な、海で、クラーケンに引き千切られちまったのさ」


 「そういう事だったか」


 そこでガンフォールが黙ってしまった。


 「ガンフォールは昔、船大工に世話になって、いろいろ教わったそうなんだ。その連中がクラーケンにやられたらしくってなぁ」


 「そ、そうだったのか。すまねぇ。俺のドジのせいで余計な事を思い出させちまったなぁ」


 「なに、こういうモノは運が強く関わってくる。運命なんてのは信じないが、出会いや遭遇の運というヤツはあるからのぉ。儂も、このヤマトに出会わなければ、飛行船の完成を見る事もなかっただろう」


 「あんたらが訪ねて来てくれなかったら、俺も終わってたわけだしなぁ。運、ってヤツは粋だったり酷だったりするもんだな」


 「まったくだ」


 なんか、意気投合しちゃったようだ。まぁ、仲良くなるのはいい事だろうな。


 そして、その日はもう遅いという事で、解散という話しになった。ガンフォールは元の大型飛行船の所へ戻る。ここの船大工であるコンゴウは、俺の持ってきた寸法を測ったヒモを頼りに、船の図面を起こす要員を雇う事になる。これは、既に馴染みの仕事人がいるんで、頼みに行くだけだと言っていた。俺は、一応の手付けとして、金貨千枚相当の魔石を二つ、そして金貨百枚相当の魔石を五つ渡した。現金よりも魔石の方が運びやすいし、扱い易い。そのため、商人の一部には魔石で取引する者も居るが、魔石は価格が変動する場合もあるので好まない商人も多い。

 俺も、換金金額をしっかりと教えてくれと言って、足りない事が無いようにしてくれと言っておいた。


 魔石でいいなら、金貨八千枚相当はすぐに出せるんだけどなぁ。


 そして、ちょくちょく顔を出すと約束して別れた。正式な契約は図面が出来てから、という事になる。そうじゃないと、いくら掛かるか判らないから仕方無いよな。


 今日はガンカクジンのギルドで人間不信になりそうな事があったが、ガンフォールの楽しそうな顔を見れて、少しだけ復活出来た。


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