25 薬草採取
2020/12/30 改稿
ガルモアの冒険者は全て、隘路の町側にあるテントの前に集合していた。中には装備を脱いでくつろいでいる者も居る。
時間は朝。炊き出し班は軽くつまめる物として串焼きを焼いていた。
でも、全員の表情は気が抜け、どちらかというと眠そうな雰囲気だった。
そして、なんとものどかな時間が過ぎていった。
そこへ、ファインバッハ、マレス、リッカの三人が転移してきた。他の者は居ない。
そのファインバッハたちに向かって片手をあげて、ジーザイアが挨拶を送る。
「よお。首尾はどうだった?」
「それがね。あまり芳しくなかった。この後、ケビンの所へと行ってみようと思ってる。と、まぁ、それは良いのだがね。何故、ヤマトが我々に土下座をしているのかの理由を聞いていいかな?」
「まぁ、お察しの通りだ。ヤマトがやっちまった、って事だな」
「どちらかというと、既にいつもの事、と言えるような気がするが、今度は何をやったのかね?」
「なに、大したことじゃない。ヤマトが、この一晩で、ダンジョンを潰して帰ってきた、ってだけだ」
「………、すまない、ジーザイア。君の言っている事の意味が判らなかった」
「気持ちはわかるがな。千の説得よりもなんとやら、だ。元ガルモアのダンジョンの跡地を、その目で見てこい」
ジーザイアは出しっぱなしにしてある飛行船を指さし、三人に乗るように促した。そして飛行船はゆっくりと飛び立ち、ダンジョンのあった方向へと進んだ。
そして、しばらくの後、呆れた表情の三人が帰ってきた。大きく窪んだダンジョン跡地を見てきたのであろう。
「まぁ、とりあえず。納得はしていないが理解はした。ヤマトは、いいかげんに土下座をやめて立ちたまえ」
しかし、ヤマトは土下座の姿勢のまま動かなかった。それに疑問を持ったリッカが覗き込む。
「寝てるよぉ?」
「まぁ、昼間も一仕事こなしてから、一晩中ダンジョンを走り回ったわけだしな。当然と言えば当然か。ほら! ヤマト! 起きろ! こんな所で寝てても、疲れが取れ無いどころか、余計に疲れるぞ」
「ほへ? あれぇ? 俺の、ウニいくら牛丼の納豆定食は?」
「何の事を言っているのか判らんが、さっさと目を覚ませ」
どうやら居眠りをしていたようだ。良く判らないが、何か、美味そうな物を食べる寸前だったような気がする。夢かな? 寝ぼけてたんだろうな。
「あれ、ええっと、ファインバッハ、お帰り」
「ただいま。しかし、君には呆れるばかりだね。このダンジョンの攻略がどれほど続いていたか知っているかね?」
俺はマレスを見た。俺よりはちょっとだけ年上って感じの、完璧美人なんだよなぁ。それがギルマスだったから。
「三年ぐらい?」
「マレスがギルドマスターになってから約二十年ほどだろうか。それ以前も三十年ほどは攻略されていたんだがね」
ああ、そう言えば、超長生きのハイエルフとかだったなぁ。なんか、まだ頭が起きていないかな。
「約五十年だよ。人間であれば、人生一回分は充分にあるほどの長さだ。それを、始めてダンジョンに潜ったのに、一晩で攻略したというのは、ある意味、冒険者に対する冒涜でもあると、わたしは感じるのだがね」
「まぁまぁ、いいじゃねえか。目的は達せたわけだし、本来は褒めるべき事だろう」
「そ、そうですよファインバッハ。これには私からお礼を言わなければならない事なのですから」
「わたしは別に怒っているわけでは無いのだがね」
「そ、そうかぁ? なんか、珍しく憤慨してたって見えたがなぁ」
「まぁ、わたしも、昔はダンジョンに潜っていたからね。この気持ちは君にも判るのではないのかな?」
「う~、それを言われちゃなぁ。なぁ? ヤマト? って、寝てんじゃねぇ!」
ゴチン!
「痛って~」
「目は覚めたか?」
「え~っと、なんだっけ?」
「まず、てめえが、どうやってダンジョンを攻略したのか、って事の細かい説明だ。どうせ同じ事を説明するんだからって、ファインバッハが帰ってくるまでお預けだっただろうが」
「あ~、そうだった~。えっと、何から説明した方がいいかな」
そこで、まずは麒麟に乗って、魔法の盾と槍で武装、探知の魔法で最短ルートを進んだ事を言った。当然、麒麟とは何だ? と言う事になるので、全部出して見せながらの再現になる。
麒麟で盾を展開したまま突き進む描写のときは、障害物を置かれた道の上を実際に走らされた。まぁ、その一目で、どんな状況だったのか、しっかりと理解してくれたようだ。
目の前に居た魔獣が、一瞬で挽肉になって後ろの方に流れていった。という描写には、何かを諦めたような顔の冒険者が何人か居た。
そして、ゴーレムを濁流の槍で瞬殺してしまった話しでも、山の側面をターゲットに再現させられた。一撃で、人が立ったまま通れそうな穴が開いてしまったので、しっかりと納得はして貰えたと思う。逆流してきた水でずぶ濡れになったため、乾かす間だけ説明の時間が延びたけどな。
その、ずぶ濡れの状態を見られたから、というわけでも無いだろうけど、イーフリートがとばっちりで倒されていた、という話しには、微妙な顔をされてしまった。
更に話しは進み、最後は七十層のドラゴンとの対決。
実際は麒麟が上手に飛んでくれたおかげで、ほとんど苦労する事もなく倒せた、ってのが現実なんだよな。まぁ、スピードダウンが効いたってのも大きい要因だけど。
そして、ダンジョンの核を取っちゃったら、ダンジョンが崩壊しちゃったよ。ってわけだ。
「これがその、ダンジョンの核だ」
アイテムボックスから直径三メートルほどの結晶のような『何か』を出して、日の光の元でじっくり眺めてみる。他の冒険者の多くは、始めて見るモノなんだろう。ここの冒険者にとっては、何時かは自分が、と思っていたモノでもあるんだろうな。
「俺は、これが二回目という事になるが、こっちの方が綺麗に見えるな。日の光の元で見ているからかな」
「わたしも、ダンジョンの奥で見た事はあるが、なるほど、このように取り出されて、日の光の元で見ると、こんなにも違うものなのだね」
皆、思い思いの気持ちでダンジョンの核を眺めていた。
「リッカ。危ないですから、よじ登るのはおよしなさい」
気楽なのも居たようだ。
「ねぇ、ねぇ、これぇ、どうするのぉ?」
そのセリフで、その場が一瞬で凍り付いた。
「ところで、ダンジョンの核って、なにに使えるんだ?」
さらに、その場が凍り付いた。
まるで、バナナで仇が討てます、ってぐらいに零下になった雰囲気だ。きっと、誰も知らないんだなぁ。
「あたしぃ、知らなーい」
「私も聞いた事がありませんが」
「ふむ。ダンジョンを維持している力が有ったのは知っているが、ダンジョンを潰す場合、核は壊すモノとなっていたからねぇ」
「まぁ、ヤマト。お前なら、その内、使えそうな方法も判るんじゃないのか?」
「え? いや、未来の可能性で出来るだろう、とか言われてもなぁ」
「ヤマト。ガルモアのギルドマスターであるマレスの権限で宣言します。そのダンジョンの核はヤマトの所有物として認めます。できればすぐにしまってください。ガルモアの王族に知れたら、国宝だとか言いだして横取りしようとするかも知れません」
「うむ。確かにな。じゃあ、俺も。ルーネスのギルドマスターであるジーザイアが宣言する。ガルモアのダンジョンの核はヤマトの所有物と認める」
「では、わたしも、エルダーワードのギルドマスターであるファインバッハが宣言する。ガルモアのダンジョンの核は、ヤマトの所有物と認める」
「これは、三人のギルドマスターに厄介事を押しつけられて、蓋をされた、って事でいいのかな?」
「「「………」」」
皆? 会話をする時は、人の目を見てしよう?
それから、ガルモアのギルドをどう閉鎖するか、という問題になった。まず、今回のギルドの要請によって集まった冒険者たちへの報酬。
「私は、我がガルモアの冒険者には、アレを報酬として与えたいと考えます」
「アレか、なるほどね。確かに、金銭よりもよほど貴重ではあるな。ヤマトはどう考えるかな?」
「俺は、そういう条件からすべて、丸投げしちゃったんで、俺からの意見ってのはないなぁ。でも、術の行使の手伝いぐらいは出来るからな」
「ふむ。と言う事で、ここは君の好きなようにやるべきだな」
そして、今回、生き残ったガルモアの冒険者には、全員にアイテムボックスが与えられる事になった。もちろん犯罪には使わないという拘束型契約も一緒だが、アイテムボックスを使わない犯罪なら可能だという話しには、妙な笑いが起こった。
で、拘束型契約をマレスと結んで、その後に俺がアイテムボックスを与えるという形になった。できれば契約はマレスにして欲しいらしい。二十年来のギルマスだし、これがマレスがギルマスとして与える最期の恩賞というわけでもあるからなぁ。
しばらくは、皆、そこら辺の石だとか、自分の装備品とかを出し入れして遊んでいた。
その間に、俺はダンジョンのゴーレムの魔石を二十数個をマレスに渡し、亡くなった冒険者への恩賞に当ててくれと頼んだ。
遠慮されたが、俺はもっとデカイ魔石を取ってきていると、ゴーレムの魔石の二倍ほどの物を見せて、納得して貰った。持ってるのは、巨大カナブンととばっちりイーフリート、更に針山大トカゲやバラの女王様とかの魔石がけっこうあるので、まるで損をしたような気にもならない。
と言う所で、俺の方は時間切れ。エルダーワードで騎士団の行進を見なくちゃならない。王子一人に見せておくのも、まだまだ頼りないからなぁ。
ファインバッハとジーザイアは、ガルモアのギルド本部で、ギルド撤収の仕事を手伝う事になるそうだ。ギルド撤収なら、他国とのしがらみも関係無いから、堂々とできるらしい。
おそらく、ガルモアという国は、これから滅びるか、とんでも無く衰退するだろう、と言う事だった。
元々、ダンジョンは大事な資材の源だ。そのため、ダンジョンの核に辿り着いても、その核を壊さず、核の守り手を倒した段階で帰ってくるのが常識だそうだ。
俺はまだFランクでそう言う話は聞いてなかったから、なかなか新鮮な気分だ。
魔獣の素材で、役に立つ物は多い。魔石自体が強力な魔力の塊だし、羽根や鱗などは透明素材として窓にも使われたりしている。全部が有効活用出来ないのは仕方がないが、様々な魔獣の、わずかな部分は、色々と役に立つのだ。
その、ある意味、宝が湧く泉であるダンジョンを潰す事は、通常は考えられない話しだった。
それだけ、ガルモアの国王はマレスにお熱だったって事なんだろうけど、『勅令』を出して、それを三人のギルマスに確認された事は、ガルモアには最悪の結果をもたらしたわけだ。
そんな事、出来るわけがない。という侮りも大きかっただろう。
何処かで聞いた覚えがあるんだが、ここのダンジョンは五十年ほど、攻略を続けられてきたらしい。ほとんどの場合、それだけの年数があれば、一度ぐらいは核に辿り着いた者が居てもおかしくないそうだ。
ほとんどは、王族の無理解や、理不尽な要求で、冒険者が迫害されてきた。そのため、流れてきた優秀な冒険者は居着かず、ここで育った優秀な冒険者も、他へと流れる事が多かったため、攻略が進んでいなかった。
マレスの努力が無ければ、ダンジョンがあふれた段階で国が終わっていた。それが、ここの冒険者と、ギルドに勤める者たちの見解だった。
結局、この国は、王族の無知な我が儘により滅びる事になったわけだ。自業自得もここに極まれり、ってヤツだな。
今夜はぐっすり寝るつもりだから、こっちには来ないよ。と言って宿屋に転移。そこから歩いて第一王子と合流し、修練場へと向かった。
そして、とうとう、恐れていた事が起こった。
俺の書き写した表からは三名の存在が消えている。実は、スマホで撮影しておいて、あとで似顔絵を描き出しておいた。プリンターがあればなぁ。
見た物をプリントアウト出来る技術を魔法で、と言うのは今は置いておいて。
微妙に整列した所に空きが目立たないようにしている男が居た。おそらく、居ないのを誤魔化せと言われている弱い立場の者だろう。
「今まで以上にきっちりと整列させてくれ」
俺は王子に、その命令を実行するように言う。そして、明かな空間が空いているのを確認した。
「そこの、ロイドの場所、アッカの場所、そしてオルソーの場所を詰めろ。そこに、そいつらが入る事は、もう、永久に無い」
ここには三百名の戦闘要員が一緒に行進の訓練を行っている。なのに、居ないはずの三名の名前を言い当てた事に驚き、そして、その三名が、もう二度と城の兵と呼ばれる事が無くなった、と言う事に驚愕していた。
「今言った三名は、これから家族共々逮捕に向かう。もう、単なる犯罪者だからな。そして、今日、三名が抜けた事により、訓練を一段階厳しくする事になった。これは決定である」
そして、今日からは腕を曲げて腰の高さに付ける、いわゆる駆け足のポーズを取らせ、やや早い早足での行進をさせる事にした。
速度を出さなくていいのなら、『走る』という運動よりも、『早足』の方が効率は良い。走るというのは、実は蹴って飛び跳ねている行為だから、体全体にも負担が掛かるし疲れる。
訓練としては走る方が体力作りにはいいんだが、そんな事をしたら、明日にはもっと脱落者が出るだろう。
と言う事で、行進速度は三割り増し程度。「走ると疲れるぞ」と言ってあるので、それなりの負担ですむだろうと思う。
「明日、また脱落者が出たら、また一段階引き上げるからな」と言っておいたし、それなりの効果はあるだろう。
有るといいなぁ。もっと集団意識を育てなければならない、はずなんだよなぁ。
と言う事で、この現場は王子に任せて、俺は城の護衛騎士を借りて犯罪者逮捕に向かった。
ロイドは家に居なかった。家族はいつも通りに仕事に出かけていると思っていたようだ。で、その家族を捕縛して馬車に乗せ、近所でロイドが行きそうな所を聞くと、近場の酒場があやしいとなった。行ってみると、本当に酒を飲んでいた。なので、捕縛し、馬車の家族とご対面させた。
そして、どうしてこうなったのか、これからどうなるのかを、詳しく説明。その後は家族水入らずにしてあげた。
とんでも無い罵声が続き、その後に号泣が続いた。あ~、これを訓練している連中に見せてやりたかったなぁ。
アッカは何と、逃げ出したようで何処にも居なかった。何処かに隠れているんだろうけど、指名手配を出すので、もう表には出てこれないだろう。
オルソーは、家族が居ないし、親兄弟もこの国には居なかった。冒険者として渡ってきて、城の兵員募集に合格した、数少ない事例だったようだ。でも、こいつも酒場でチマチマと飲んで居た所を逮捕。せっかく流れ者の身で、城の兵になれたのに残念な事だ。
城の兵が犯罪者と言う事で、警備兵の詰め所の牢屋に入れるわけにもいかず、城の牢屋で尋問となる。まぁ、反逆者として打ち首になるか、今まで支払われてきた金を返してから、国外追放になるかの二択だけどな。
当然、死にたくないという方を選択。オルソーは一人なんで、五年、ロイドの方は家族全員で一年半の鉱山奴隷に決まった。その期間が終了したら、国外追放となる。
ただ、鉱山奴隷の生存率は、かなり低いらしいけどな。
夕方、訓練の終了前に戻り、終了の整列をしている所で今日の結果を全員に伝えた。今日中なら、城の牢に居るから、お別れしたければしておけ、と言っておいた。これで、見せしめになるかなぁ?
明日も脱落者が出るようなら、この方式も考え直さないとならないかも。要は、鍛えるのを諦めるか、どうか。本当に、冒険者の中から新たに雇った方が、体力も根性もあるんだよなぁ。
とにかく、今日は眠かった。
考えてみれば、ダンジョン一つ潰して帰ってきてから一日も経っていない。
今日ぐらいは余計な事は考えないで、ゆっくり風呂に入ってからぐっすりと眠ろう。
宿で、久々におっちゃんの煮込み料理を食って、かなり満足してからシークレットルームの風呂へ入った。そして、いざ、ベッドへ、と言う所で思い出した。
アナザーワールドに、緋竜のローローを入れっぱなしだった。
急いで世界を開き、そしてローローを探す。あれ? 居ない! 赤竜の三割程度とは言っても、体育館ぐらいの大きさはあるドラゴンなのに、ローローが居ない。
「ローロー!」
とりあえず、叫んで呼んでみた。
「わぎゃ」
なんか、気の抜ける声が真後ろから聞こえた。
振り返ってみると、俺の身長よりは高い位置に頭がある、馬の倍ほどの体積を持つ緋色のドラゴンが目の前に居た。
え? 縮んじゃった?
「ローローか?」
「わぎゃ」
と、気の抜けるような声。心象が通じて、ローローであることは判った。
「お前、なんで縮んじゃったんだ?」
「わぎゃ?」
ローローからの心象は、なんで俺が大きくなっているんだ? という感じのモノ。
駄目だ。ローローはかなり幼いようだ。そのため、心象も整ったモノを送ってくる事が難しいらしい。ここは、先生にご登場願おう。
「と言う事で、麒麟! 解説お願い」
麒麟はドラゴン顔をしている馬、か、鹿、という印象だ。その顔が、微妙に嫌そうな感じだったのは気のせいだろうか?
で、色々説明してからの、心象でのイメージでは、ダンジョンの核に因ってローローは何処かからか連れて来られ、ダンジョンの核の力で、成竜の姿にされていたのだろう、という感じだった。再確認しても、肯定の感じだったので間違いないはず。
とにかく、変な病気とか、呪いとか、趣味じゃ無くて良かった。
ついでとばかりに、麒麟に通訳を頼んで、ローローの生活様式を聞く事にした。要は、食事のタイミングや量、そして出す方とか、眠りやストレスになるようなのとか、色々と。
カードになった従魔は、食事も眠りも必要のない、魂を持つ象徴という存在になってしまった。けど、ローローは普通の従魔だから、普通に生きていて、契約を解除すれば自由にもなれる。
生きているのだから、毎日の生活も必要となる。カードの従魔たちには、随分と楽をさせてもらっていたんだなぁ。
で、ローローは、一回の食事は羊や山羊程度の大きさの生きた動物がいいそうだ。魔獣でもいいけど、ゴブリンや腐った系は臭いから嫌らしい。俺も、俺の従魔にゾンビを喰わせるつもりはない。だいたい、羊一頭で四~五日は保つらしい。
大人になるに連れて、量が増えるけど間隔も長くなるそうだ。これは麒麟の方の知識みたいだった。
今の状態は、お腹は別に減っていないけど、眠りたいそうだ。でも、このアナザーワールドは昼も夜もないので、眠りにくいという感想らしい。
犬小屋ならぬ、竜小屋とか有った方がいいか? このアナザーワールドは山も無いから、洞窟も作れないんだよなぁ。森は端の方にあるんだけど。
とりあえず、お腹が減っていないのであれば、今はこれで我慢して貰う事にした。明日、なにか食える物を探しに行き、同時に、寝られる所も作れるような材料を探す事にした。
とにかく、色々な事があった一日だった。
それからの三週間は、なんというか、あっという間という感じだった。
俺自身は特に変わりもなく、騎士団の訓練は意外なほど順調だった。今では、小走りと早足、そして徒歩を混ぜた行進を遅れる事もなくこなしている。もうすぐ、騎士団の精鋭選抜形式にして、それぞれの専門職ごとの訓練内容へと移行する準備も進められている。
ここに来て、第一王子がやる気になってきた。ただ見ているだけじゃなく、自分も一緒に走って回ったり、次の計画への意見も積極的に出すようになってきた。
ガルモアのギルドの撤収は二十日ほどで完全に終わり、元ガルモアのギルドマスターであるマレスは、エルダーワードのギルドへ一時的に身を寄せている。他の冒険者やギルド職員も、ほとんどが周辺国へと散っており、ガルモアの国民として残っている者はほとんど居ないそうだ。
すでにガルモアの凋落は目に見えるほどにはっきりとしている。なにしろギルドが無いのだ。商人が他の町や国から移動する時に雇う護衛の冒険者が融通しづらくなった。本来なら、他国へと行った先で護衛を解放し、しばらくその地で商売をした後、移動する時になってまた護衛を雇うという形式を取っていた。商売中に移動用の護衛は必要ないから、その間は冒険者が他の仕事をするのが普通だ。だが、ガルモアにギルドとダンジョンが無くなってしまっては、冒険者がその地での仕事を取れなくなる。結果的に、商人がガルモアへ来るのは採算が合わなくなってしまった。
更に、ダンジョン由来の物資が無くなり、それを元にした製造品も作れなくなったため、それに携わる人々の大半は国を出て行き、残りは伝を頼りに農作業に移行するしかなかった。
まだ二十日ほどだから、現在は人の流出が続いている状況で、そろそろ、王族が人の移動を制限するのではないか、という見通しもある。あの王族だから、その事態も予測出来ていないかも、という見方もあるらしい。
今までの傲慢な国政のため、手をさしのべる国も無く、戦争を仕掛ける胆力も残されていない。はたして、一年後に国があるのだろうか、という言われようだ。
ダンジョン一つでここまで落ちぶれるとは。いったい誰のせいでこうなったんだ? ねぇ?
これから無くなる国の事は置いておいて、ギルドではマレスが新たな看板娘になりつつあるそうだ。実際は百才以上の年齢のハイエルフなんだけど、見た目は二十歳前後で超細身体型で美人だ。胸の付いては言及しない。エルダーワードのギルドは、美人系のお姉さんの宝庫で、用が無くてもギルドへ日参、という冒険者も多い。その中でもマレスは特に異彩を放っている。でも、本人にはその意識がほとんど無く、多少は美人に見られているんだろう、という程度の認識らしい。
まぁ、ギルドの中で、どのような覇権争いが繰り広げられているかは、俺には理解が及ばない事だ。
以前に、ほんのちょっとだけ、その片鱗を垣間見たような気がした時は、そのまま宿に帰って、布団被って震えていたのは、今も思い出したくも無い記憶だ。女同士って怖ぇぇぇ!
マレスと言えば、リッカが一緒に付いてきた。リッカ自身がSに近いAランクで、実力的にもかなりの冒険者なんだけど、今はギルド専用の転移係になっている。
マレス自身が、ギルドとギルドを繋ぐパイプ役になっているため、その足になるのがほとんどだ。ギルドで転移と言えばリッカと言う意味になりかけているそうで、新たな異名になるかもという話しもある。本人に、そんなんでいいのか? と聞いた所、爆雷娘よりは何倍もいい、って事だった。そんな異名だったとは……。
一応転移魔法は認可制で広まりつつある。すでにエルダーワードとルーネスのギルドでは数人の転移係を常設している。
飛行船で名を馳せたガンフォールは、大型輸送船を二隻、同時に就航させて話題を集めていた。
浮かせるだけでも魔導機関を四つも使うタイプで、一般の人間一人で操るのはこれが限界だろういう飛行船だ。それでも、馬車で運べる容量の二十倍は有り、通常の馬車のキャラバンの二つ分と言われている。
空にも魔獣は居るので護衛は必要だろうが、地上よりは頻度も少なく、一回の移動時間も短いので危険率も下がる。今まで馬車で十日かかっていた距離も、一日から一日半で済むというのも大きい。
ガンフォールとその弟子たちでしばらく運行し、改善点やメンテナンスの目安を割り出していく事になっているらしい。その間も荷物の輸送を受け付け、搬送の利便性を追求しながら、利益を上げていくそうだ。もっとも、そのデータが揃ったらさっさと売ってしまう予定だそうで、次の船は俺が提唱した、騎士団と魔法師団が同時に乗り込んで現場へと急行するタイプの空中揚陸艇を考えてくれるらしい。
ガンフォールっていいヤツだよなぁ。
ガルモア騒動の時に借りた飛行船も、更に手を入れてくれて使いやすくなり、今ではファインバッハに無料貸与という事になっている。おかげで、リッカがマーカーを設置していない場所へ行く時に重宝され、結果としてギルド間の結束も密になっている。
全ギルドのギルドマスターが集まって、結束会議を行おうという話しも出てきた。
今までは、隣の国のギルドへ行くのも、十日とか二十日なんて状況だったため、全ギルドが集まろうとしたら、数年がかりの計画に半年以上の移動とかになったため、実現は不可能と言われてきた。これからは、相談だけなら念話で可能だし、全ギルマスが集まるのも、一日もかからず実現する事になるため、月一で集まって情報交換とかどうだ? なんて事も言われているそうだ。
世界情勢は、大きく変わってきている。日に日にそれが実感出来る。
そんな世界情勢の中で、俺は草原で薬草をほじくっている。
Fランクの依頼の『薬草採集』のためだ。
ちょっとサボっていたら、あと四日で資格剥奪ですよ、と言われてしまった。もう、選り好み出来る状況では無いため、仕方なく薬草集めを行っていると言うわけだ。
前回は、冒険者用の生活魔法の術式清書だったから、確かにサボりすぎだ。俺はローローの食事集めもかねて、山岳地帯の中に奇跡的に出来た草原へ降り立ち、スコップ片手に薬草集めをしている。
ここはエルダーワードからは歩いて一ヶ月以上は掛かる場所で、人がほとんど来ない山岳地帯でもあるため薬草も採り放題だった。既に依頼の四倍は集めて、今は自分で研究するための分を採っている。
この薬草という存在も不思議植物という感じだ。見た目は菜っ葉に見えるんだけど、地下茎で繋がっていて、根が伸びて別の場所に葉が出来るという感じだ。そのため花が咲く事も滅多にないらしい。薬草を根ごと引き抜いてプランターで栽培しようとしても育たず、あっという間に枯れてしまう。
冒険者の初心者が採りすぎると、長い期間、その周辺からは葉が出ない事になるので、ギルドでは初心者に諫めているようだけど、本当に出てこない場合と、次の週にはワサワサと茂っていたりもするという、生体も謎のままだ。
そもそも、何故、葉っぱにヒールの魔法効果があるのかが判らない。
どう見ても葉っぱでしかないし、多少の魔力は感じるけど、それがどう作用するのかも不明だ。顕微鏡や化学試薬関係の知識も薬品も無いから、見た目以上の研究なんて出来ないんだけどなぁ。
魔法を使うと第六事象の現象が見える様になっている。そこで、何かの魔法を使ってみる事にした。特にここで攻撃魔法なんか必要ないから、一番無難な周辺探知の魔法に。
「第一事象から第八事象とへと続く流れを我に見せよ」魔導書の頁が開く。その頁の術式に俺の魔法力が流れ込んでいく。そして術式が目に見えない、目の前の空間に完成するのが、魔法使いとしての感覚で感じられる。
「スローディング ディテクション」術式名を唱えると、第六事象に完成した術が、現実へと干渉する。ここでは俺の頭の中を中心にして、周囲に在る物や魔力や命に反応して、それを教えてくれる。
その、術式が第六事象という見えないはずの空間に完成するのを見ながら、薬草を見つめていた。そして、術を発動させる時も、発動した後も。
やっぱり薬草自体には特に何も見えなかった。しかし、周辺探知では薬草の地下茎の先に、魔石の反応があった。
その場所を探ってみると、緑の魔石に地下茎がびっしりとからんでいた。
「つまり、薬草も植物系の魔獣って事なんだな」
それが俺の結論だった。
ちょっとギルドに報告した方がいいかな? とか思って、大きめのプランターを作って魔石と薬草をその周辺の土ごと放り込んだ。
それをそのままアイテムボックスに入れ、午後の訓練も近いという事で、引き上げる事にする。
「ローロー! 帰るぞー!」
何処かで遊んでいるはずの緋竜のローローを呼ぶ。その声に素直に従って、ローローが飛んできた。
ローローを俺のアナザーワールドに入れて、転移でエルダーワードへと帰るつもりだったんだけど、ちょっと予定が狂いそうだ。
ローローが、何故か、ボロボロの女戦士と見える人間をくわえて来たからだ。
俺の目の前に降り立ったローローが、くわえていた女戦士を放す。当然、地面に落ちてへたり込んだ。
「お、おのれぇぇ。ドラゴンめぇぇ、殺すなら、さっさと殺せぇぇ」
なんか呻いている。
この場合の正しい対処。木の枝を拾って、ツンツンしてみる。正解だよな?
ツンツン。ツンツン。
そこで、女戦士がはっとして体を起こした。ああ、やっぱり正解だった。
「はっ! ここは? わ、私は助かったのか?」
なんかと戦っていたのかな?
「ローロー。どうしたの? これ?」
俺がローローに語りかけると、それに疑問を持った女戦士が後ろを向き、そこに緋竜ローローが居る事に気がついた。
「う、うわぁぁぁ!」
驚いて後ずさる。どうしたもんかねぇ?
「ローロー? どうしたのコレ?」
再び同じ質問。
ローローからの心象だと、どうやらウサギを追いかけて遊んでいたらしい。今度、川でフナを釣る遊びも教えてやろう。で、そこに現れた女戦士が、突然剣を抜いて斬りかかってきたようだ。
でも、幼竜とはいえ、緋竜の鱗は簡単に切れるモノじゃない。何度も何度も斬りかかってきたようだ。
ローローには、人間に乱暴な事をしてはいけません、と、しっかり躾てあるからな。ローローは、ただ黙ってされるがままだったようだ。特に痛いとかも無かったし、何の危険も感じなかったようだし。
何もしてないんだけど、女戦士は勝手に足を滑らせ、谷の方へと転がって行ってしまった。そして、二メートルほどの段差を落ちた所で止まったので、どうしたらいいか、俺に聞きにきたという事だった。偉いぞ、ローロー。
女戦士は、驚いた顔のまま、俺とローローを見つめていた。
「ローロー。俺は宿屋暮らしだから飼えないんだ。残念だけど、元の場所に戻して来なさい」
「猫じゃない!」
「猫だったら良かったのになぁ」
「猫なら飼ったのかよ!」
「ぐっ! そこが悩む所だよなぁ」
「な、なんなんだ、お前は!」
「え? 薬草取りに来たFランク冒険者だけど?」
「え、えふ? そ、そのドラゴンは?」
「俺の従魔だ。可愛いだろう?」
「え? 可愛い? ドラゴンだぞ? えっと、よく見りゃ、あ、愛嬌はありそうだが」
「まぁ、お前も、大した実力もないのにドラゴンに剣を向けようとは思わない事だな。ローローじゃ無ければ死んでたぞ?」
「そ、そんな事はない! あと少しで私はそのドラゴンを倒せていたはずだ」
「ローローが手を出さないのを良い事に何度も剣を叩き付け、挙げ句の果てに自分で足を滑らせて転げ落ちたヤツの言うセリフじゃないな」
「な、な、な、なんで、み、見てたのか?」
「俺の従魔だって言っただろ。従魔とは心象で情報交換できるんだ。ローローがウサギを追いかけて遊んでいた所を、いきなり襲いかかった所から知ってるよ」
「……………、そ、その、す、すまない」
「ローローだけで遊びに行かせてたんだから、襲いかかった事は別にかまわない。だけどなぁ、自分の実力ぐらいは知っておけよ」
「私は、やはり弱いか?」
「そんなの知らん!」
「え?」
「少なくとも、幼竜とはいえ、ドラゴンに挑めるほどの実力は無いな。今までで倒した最高に強い魔獣はなんだ?」
「単独では、オーガの鎧戦士だ」
「へぇ、そこそこの経験はあるんじゃないか。ランクはBか?」
「いや。一応はAランクだ」
「オーガの鎧戦士だけでAになれるのか?」
「そんなわけはない。ダンジョンからあふれたオーガの村を、一年がかりで全滅させたためだ。その時は、複数の冒険者グループと一緒だったがな」
「なるほど、累積的な功績か。ならやっぱり、自分の実力はしっかり把握しておかないと、あっさり死ぬ事になるな。まぁ、お前の命だ、お前の好きにすればいいけどな」
「う、なんで、Fランク冒険者にAランクの私が、こんな説教をされるのかが納得出来ないが、言っている事は間違っていないので反論出来ない。でも、なんでFランク冒険者がドラゴンを従魔にしているんだ? 誰かから譲り受けたのか? それとも、卵から孵したのか? Fランクなのに、実力でも勝てそうも無いなんて、屈辱だ」
「なぁ。考えている事、駄々漏れなんだけど? それと、もう、行ってもいいか? 午後から別の仕事が入っているもんでな」
「あ、あ、すまない! すまないんだが、一つ教えて欲しい事がある。じ、実は道に迷ってな。エルダーワードのギルドへ行きたいんだ。知り合いが、最近、そっちに行ったらしいっと聞いてな。エルダーワードはどっちだ?」
「………」
「ど、そうした?」
「み、道に迷った?」
「は、恥ずかしながら、完全に迷った。たぶん、こっちでいいはずという方向には歩いてきたから、だいぶ近づいているとは思うんだが」
「あのなぁ」
「ん?」
「エルダーワードは、ここから歩いて、一ヶ月は向こうだ」
「な、なんだってー!」
人類は滅亡する、って言われたように驚いてるよ。どんだけ方向音痴なんだろう。
「うう。リッカが居た頃は、リッカについて行けば良かったから、道に迷う事なんか無かったのに……」
「なんだ、お前。リッカの知り合いか?」
「リッカを知っているのか?」
「爆雷娘だろ?」
「なら、リッカだ」
ちょっとだけリッカが哀れになった。
俺は空間を開き、ローローをアナザーワールドへと入れ、転移するのに身軽になった。
「じゃあエルダーワードへ連れてってやるよ」
「そ、そうか、有り難い。ならば、一ヶ月ほど世話になる」
「いや。数分」
「え?」
そして、俺たちはエルダーワードのギルドに設置された転移ルームへ移動した。
「え?」
ついさっきと同じ、間抜けなつぶやきを漏らす女戦士。
「そう言えばお前の名前を聞いて無かったな。俺はヤマトだ。猫娘は?」
「ね、猫娘ではない。私はエルマだ。それで、ここは何処だ? なんか、一瞬で景色が変わったぞ?」
「ここはエルダーワードのギルドの中の一室だ。俺たちは、あそこから転移で移動したんだよ」
「転移? ま、まさか。アレは伝説の中の話しじゃなかったのか?」
「リッカは、このギルドで、転移魔法を使う仕事をしているぞ?」
「うそ」
「ホント。おかげで転移係っていう異名になりそうだと喜んでた」
「喜ぶ?」
「爆雷娘よりはいいらしい」
「なるほど」
「判ったのなら行くぞ。何時までもこの場所に居ちゃいけない決まりだからな」
そう言って部屋を出て、受付の方に向かう。その次の瞬間、後ろの部屋の中に大きな力が突然湧き出し、破裂し、そして消えた。
見ると、エルダーワードを根城に、ギルド間を行き来しているハイエルフのマレスと、もはや転送魔法要員と化したリッカが居た。どうやら、別のギルドからの帰りらしい。マレスの腕には、書類が一つ握られていた。他の荷物はアイテムボックスの中なんだろうな。
「あら、ヤマト。珍しいですね。このような所で出会うなんて」
「目立ちたくないから、この位置へ来るつもりは無かったんだけどな。落とし物を拾ったんで届けに来た」
そう言って、体を傾け、横にいたエルマを見せる。
「エーちゃんだぁ! 元気ぃ?」
「エルマ? まぁ、なんて事でしょう。貴方がエルダーワードへと辿り着くなんて」
おい? マレス? なにげに酷い事言って無い?
「リッカ! それにマレスも。良かった。本当に生きている間に会えた~」
本人は更に酷かった。
「落とし主に届いたようだから俺は行くよ」
「あら、つれないですわね。もう少しご一緒出来ません?」
「一緒にぃ、エーちゃんいじって遊ばない?」
うん。もの凄く納得。三人の中では、そういう立ち位置なんだなぁ。
「残念だけど、完了報告しないとならないし、午後はいつもの訓練だからな。ああ、生態観察の報告もあったんだ」
「早くランクを上げてくださいね。私もリッカも、一緒に潜るのを楽しみにしてますから」
「そうそう。その時はフェニちゃんも一緒にね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
一応、社交辞令を言って受付の方へと歩き出そうとした。
「ああ、生態観察の報告とはどのようなモノなのですか?」
マレスから急に呼び止められた。なんでも、魔獣の生態報告はマレスでも受け付けているそうだ。さすがは元ギルマスって所かな。
「うん、大したことじゃないんだ。今日、始めて薬草集めって依頼を受けてみたんだが、この薬草が植物系の魔獣の一種だと言う事が判ったって感じなんだ」
そこで、急にマレスが壁に手をついて、俯き加減で黙ってしまった。なんだろう? 怒ってる?
「ま、マレス? えー、マーちゃん?」
「ど、どーして、貴方はそうなんですか!」
急に怒鳴ったかと思ったら、なぜだかギルドマスターの部屋、つまり、ファインバッハの所へ連れて行かれてしまった。なぜ? ティーチ ミー ホワーイ。
「では、きちんと全部、報告してください!」
ファインバッハも面食らっている。勢いで一緒に付いてきたリッカとエルマも、目を丸くして、事の成り行きを見守っている。
「えーと、なんで、そんなに怒っているのか知らないんだけど」
「怒ってなどいません。どうぞ、続けてください」
「はぁ」
と言って、まずはアイテムボックスから薬草を周囲の土ごと入れたプランターを出した。
「えっと、薬草は、なんでか、根っこごと引き抜いて持って来ても、なぜか根付かないから、栽培が不可能って聞いたんだよな」
リッカも、エルマも、ファインバッハも頷いている。
「で、薬草をじっくり見つめながら、探知の魔法を使ったら、その薬草の魔石を見つけたんだ」
そう言って、プランターの一部を掘り返す。そこには、薬草の地下茎にびっしりと包まれている魔石があった。
「そもそも、単なる草にヒールの効果があるのが変だったからな。草には魔法効果があるわけじゃなかった。でも、魔石を持つ魔獣なら、ヒールを使う魔獣なら、って考えたんだよな。まぁ、詳しくは調べてないけど、このサンプルからは、そんな事が考えられるんじゃないか、っていう報告」
マレスは、下を向いてヒクヒクしている。ファインバッハまで上を向いて手で顔を覆っている。
「え、えーと、なんかマズイ事があったかな?」
「あ、な、た、は、どうしてそうなんですか!」
さっきも言ってたよね。どういう意味?
「そもそも、薬草なんて、数百年以上前から使われてきたんです。そして、何人もの研究者が、長い年月を掛けて調べてきたんです。もう、薬草は栽培出来ない、薬草を調べるだけ無駄、という結論に、多くの賢者が結論を出したのです。
それなのに。
今日初めて薬草採取の依頼を受けて、今日初めて薬草に触れた貴方が、なんで、薬草の真理を解いて来ちゃうんですか!」
「は、はははは、な、なんか、ゴメン」
マレスの勢いに押されてしまった。なるほど。前回も始めてダンジョンに挑戦したんだったなぁ。
「ヤマトくん。君は、薬草採取の依頼が、常時依頼であり、ランク制限無しである理由は判るかね?」
ファインバッハが、いつもの調子で聞いてきた。普段の自分を取り戻したようだ。
「えっと、つまりは常に品不足って事だよなぁ?」
「その通り。そして、君が我々の前に現れるまでは、冒険者は、絶対に傷ついてはならない、と言う事を信条にしていたのだよ。たとえ傷ついても、動く事に支障が出ない程度に収める、もしくは、動く事に支障が無い、と自分に言い聞かせてね。もし、自分の冒険者仲間に、治療魔法を使える魔導書使いが居たら、大変な幸運だという状況だったしね。
わたしやマレスの精霊魔法などは、癒しであって、治療ではないからね。
正直、手足が無くなった状態なのに回復出来る魔法などというモノは、今まで見た事も無かった」
マレスとリッカが強く頷いた。
「つまり、今までは、大きな怪我をしただけで、冒険者としてはお終いだったわけだ。失敗の経験というのは、次の機会に生かせれば大きな財産となる。しかし、一度の失敗で全てが終わってしまう冒険者も多くいるのだ。それ故に、薬草はどの冒険者であろうとも、皆が常に持っていたい貴重品であるのだ。治療が使える魔導書使いが居ても、はぐれたり、その魔導書使いが怪我をしてしまったら、と考えるのは当然ではあるからね」
そこで、ファインバッハが机の引き出しから一冊の魔導書を取り出した。
「この、君が作ってくれた治療魔法の本も、出す端から売り切れている状態だそうだ。おかげで、一人一冊という制限まで出来たが、それでも手に入れられない人たちがあふれているそうだ。
君は、マレスの傷を治したリカバリーという術も、その内発表するつもりなのだろう?」
「城の兵が実際に戦う状況を考えたら、必ず必要な術だからなぁ。それが使えるようになって貰うために、もっと鍛えないと、と思ってる」
「その状況は、ダンジョンでは既になっているがね」
「だけど、一人、二人出来た所で、状況は変わらないだろう? 逆にその方が酷くなる場合もある」
「ふむ。君には愚問だったね」
「………」
俺は、ちょっと肩をすくめただけ。さっさと次の話題に行こう?
「あ、あの。すみません。その、リカバリーを冒険者用に発表するのは、どこが拙いのでしょうか?」
マレスは、次の話題に行かせてくれなかった。
「まぁ、簡単に説明するよ? 例えば、リッカくんがリカバリーを覚えたとしよう。かなり魔力を消費するという魔法だから、リッカくんでも一日に数回だろう。そのリッカくんをギルドとしてはダンジョンに送り込むわけにもいかない。たった一つのグループにのみ所属する事になるような状況を許すわけにもいかないからね。だが、必ず、意地の悪い引き抜きは在るだろう。引き抜かれた先でも、上手く馴染める関係にはならないだろうしね。例えば、高額の報酬で組んだ場合、毎回リカバリーが必要となるわけでも無いから、その時は怪我を負わなかった連中との確執も生まれるかもね。
しかも、このリカバリーを使える者がダンジョンに潜るとしたら、ギルドでの治療もままならないわけだ。冒険者であるという自由を認めた規約が、ギルドの仕組みを上手く動かしてくれなくなる、という感じだね。
そこで、ヤマトは初めから、城の兵である魔導師団にリカバリーを覚えて貰い、その師団を町やギルドに多く派遣しようと考えているわけだ。魔法師団にとっても、魔法を使えば使うほど上達するし、冒険者に引き抜かれる事もない。いい修行の場になるというわけだね」
「なるほど。それは判りましたが、普通に術式を公開しても良いのではありませんか?」
「実際には使えないのに、使えると言ってしまう魔導書使いが出る可能性もあるからね。いや、魔導書使いでも無いかも知れない。簡単に公開してしまっては、魔導書に書くだけなら誰でも出来てしまう。書いただけで、実際は発動出来ないのに出来ると偽り、高額の依頼料を取るという卑怯な者たちも出てくる事が心配だ。実際に使用される機会が少ない場合も多いはずだ。そこで、リカバリーが在ると頼って無理をし、その瞬間に雇ったリカバリー使いに逃げられたら、貴重な冒険者たちが無駄死にしてしまう事になる。
それならば、ヒールのみで頑張って貰い、転移で戻ってきてから城の魔導師団に託す方が良いと考えるわけだ」
「申し訳ありません。私も同じ結論に至りました」
「なに、謝る事はない。冒険者を思うギルドの職員として、同じ気持ちであったわけだしね」
ねー? まだー? もう、ギルドの受付で薬草渡して城に行きたいんだけど?
「で? この『薬草』はどうするんだ?」
「ああ、すまない、話の途中だったね。つまりは、わたしは、ヤマト、君が、アイテムボックス、念話、転移、飛行船、そして『薬草』で、世界を五回も変えてしまっている、と言いたかったのだよ。これは、感謝であると同時に、脅威も感じている。これから君は、さらにとんでも無い事で我々を驚かせてくれるだろう。だが、感謝が無く、脅威しか感じないような事をする愚を犯さない者であるというのも信じているつもりだ。くれぐれも、君が愚に染まる事がないように願っている。そのためなら、我々は君への協力は惜しまないつもりだ。その事だけは、必ず覚えていて欲しい」
ファインバッハの言葉に、マレスもしっかりと頷いた。
「はい。しっかりと釘を刺されました。じゃ、もう行ってもいいかな?」
「ふむ、すまない。余計な時間を取らせてしまったね。『薬草』の方は、しばらくはこのまま観察させて貰おうと思ってる。ある程度の結果が出たら、相応の報酬を出すと約束しよう」
「単に、薬草をほじくって持って来ただけだからなぁ。その程度でいいよ。じゃ、お疲れさん」
「ふう。マレス、コレはどこか日当たりのいい所に置いて、偶に水をやってくれないか?」
「承知しました」
二人の会話を背中で聞いて、今度こそギルドの受付へと並んで、依頼達成手続きを終えた。
「薬草を採取するだけでこの騒ぎとは、俺って呪われてる?」
次の依頼は慎重に選ばないとなぁ、っと考えながら城へと急いだ。




