24 ダンジョン制覇
2020/12/30 改稿
ガルモアに行った翌日。今日も行進を前に、机について、黙々と作業している。作業内容は、魔導書の作成。細かく言えば、魔導書に組み込む術式を、魔法を使う魔獣の血を混ぜたインクで羊皮紙に清書するのが仕事だ。
これは、冒険者用の生活魔法という、灯りや望遠鏡などの魔法を、魔導書使いじゃなくても使えるようにした魔導書用の術式だ。
元は俺が全て提案して、ギルドの冒険者に売れば、冒険者の帰還率が増えますね、というお節介だったわけだが、売り出せば爆売れは必至と言う事で、とにかく数が必要だと言う事だった。そのため、ギルドはランクを除外した依頼として、魔導書の術式を書き込む内職を発注したわけだ。
訓練を監視する必要がまだまだある新兵、……、もとい、騎士団などの戦闘部隊から目を離すわけにはいかない俺としては、ギルドの依頼を消化出来て、登録抹消から逃れられるので、便利な内職ではあるはずだ。
同じ作業を黙々と繰り返すのって、かなりしんどいんだけどなぁ。
マジで飽きる。
飽きのせいで、余計に疲れる。
イライラもしてくる。
なんか、久しぶりの感覚だ。昔は、宿題だの、テスト勉強だので、机に向かうと同じ感じになっていた様な気がする。
やっぱ、魔導書を研究する方が楽しいんだなぁ。
とりあえず、頭は別の事を考えていても良いから、手は止めないようにしよう。
思い出すのは夕べの事。あの後、ファインバッハをエルダーワードのギルドへと転移させ、ガルモアの冒険者に渡すための冒険者用生活魔法の魔導書をアイテムボックスに入れると、すぐにとって返した。
とにかく、まずは使って貰わないと話しにならない。
この魔導書には、頁を開く人工精霊なんか入っていないので、自分で頁を開く必要があるが、頁の端に五段のインデックス部分を取り付けてある。そこに指をかけるだけで目的の頁が広がるようになっているわけだ。
一般家庭で使う生活魔導書には必要無くても、一瞬を争う冒険者には必要だろうと思って付けてみた。
本音は、二つや三つぐらいは良いだろう、どうせ、俺が作るわけじゃないし。
そう思っていたら、周り回って、俺の所へ来たわけさ。笑ってくれよハニー。
とにかく、ギルマスたちや、冒険者たちにも好評で、術式自体も魔力消耗を抑えられて、なおかつ、効果が高いと、褒めゴロし状態だった。
特に術式に反応したのがリッカで、こんな術式、見た事無い、って震えていた。
リッカの知っている灯りだと、俺の作ったモノの数倍は魔力が必要で、効果時間も一時間弱だったそうだ。当然、魔導書使い専用になっていたわけだが、それが一晩中、一般人でも使えるのは、もう、不思議でしかない。なんて言ってた。
結局、他の連中が練習のために、平原の方へと灯りを作りに行った後も、テントで術式の解説に追われる事になった。
これは学院で解説もした魔法なので、俺自身混乱する事もなく説明出来たけどな。
五つの術式を全て解説し終わった頃になると、平原の方へと魔導書の練習をしていた連中の半分以上が戻ってきた。戻って来ていない残りは、前半、中盤、後半のうちの、前半の見張りになるらしい。
調子に乗って灯りを連発してきたら、平原の方がヤバイほど明るくなってる、なんて、笑って言ってたから、見張りも居眠りする余裕がないだろうな。
眠気覚ましの魔法もあるし。
そして、この日の最後の仕事として、俺は転移術式のプレートをとりだした。
わざわざ、本にしなくてもいい、という形のプレート型魔導書で、たった一つの術式のために、一冊分の魔石を使っている贅沢品だ。
要は、渡してすぐに使ってみて、というだけの物。
俺としては、これにマーカーを記憶させて、このプレートじゃなければ行けない場所、なんてのを考えているんだが、今のところは夢のまた夢だ。
とにかく、渡してすぐに使えるか? という実験のため、まずはリッカに渡して、この場所にマーカーを打ち込んで貰った。
成功。
リッカ自身に、マーカーを感じる事が出来るようになったそうだ。
そして、リッカを連れてエルダーワードのギルドにある転移室に転移。そこでもリッカにマーカーを打ち込んで貰う。更に移動した先は、ルーネスのギルド内にある転移室。マーカーを打ち込んで、そこで、リッカに転移してくれるようにと頼んだ。
目指す場所はガルモア。
元々のセンスがいいから、一発で、何の問題もなく成功した。
そして、今度はリッカだけで、ファインバッハとジーザイア、そしてマレスを連れて、転移していった。
今回は、帰ってくるのに時間が掛かっている。
「あの、どうしたんでしょう?」
様子を見ていた冒険者の一人が心配になり、俺に声を掛けてきた。
「たぶん、ギルドから出て、スイーツの店に入ったんだろう、この時間ならちょっと並ぶかなぁ」
「はぁ…」
俺の答えには不満だったようだ。もっと、真面目に心配しろと言いたい、っていう目をしていた。
そして、四人が何の問題もなく帰還。
「おう! 戻ったぞ!」
そう言うジーザイアとファインバッハの手には、スイーツの箱が提げられていた。マレスとリッカは木箱?
木箱の方は、ガルモアの冒険者用だった。ごめん、全部自分たちで食べるつもりだと、俺は考えてた。
更に、転移魔法を試してみたい、という冒険者の中の魔導書使いが何人かと、マレスやファインバッハも挑戦する事になった。
そして、かなりの魔力を取られるが、マレスとファインバッハも成功させた。あまり回数をこなせない様なので、いざという時にしか使えそうもないが、在ると無いのでは雲泥の差だと言っていた。
ガルモアの魔導書使いは五人挑戦して、二人だけが成功させていた。しかし、この二人も、ファインバッハのように魔力がギリギリで足りていた、という程度だったようだ。他の三人は、おそらく、ギリギリで足りなかったのだろう。
「このプレートは、一度魔力を通すと、その人の魔力に染まるようだ。だから、今日使ったプレートは、それぞれが持っていてくれ。その内、魔力量が上がれば、使えるようになるのは決まっているわけだしな。
成功した魔導書使いの方は、折を見て、自分の魔導書に組み込んでくれ」
「わたしまで貰ってしまって、何か悪い気がするねぇ」
「俺は、本当なら、誰が使っても、他の誰でも使えるように出来る物を作ろうとしてたんだよなぁ。今回は失敗作、って事にもなるんだ。気にせず貰ってくれ」
「おう、そう言う事なら、俺にもくれ」
そう言って、ジーザイアは残りのプレート三つのうちの二つを持って行った。残り一つはファインバッハに贈呈だな。
そして、夕べは、俺は転移で宿に帰り、ファインバッハたちは平原の夜の見張りをしていたはずだ。
はい、夕べの回想終わり。
夕べの回想をした結果。転移用のプレートをもっと作っておく必要があるのが判った。
し、仕事が増えちまった。
半泣きになりながら今の仕事の横にプレート用の資材も置き、片方に飽きたらもう片方に行く、という手法で自分を誤魔化すことにした。
現在、野ざらしの真ん中で、書斎に置くような執務机で作業をしている。空を見上げると、ややどんより気味。学校行事で校庭を使う時に用意していた、あの屋根だけテントでも作ってみようかな。
いや、これから、ここはフィールドアスレチック空間にする予定だから、メディックの待機施設とか、色々在った方がいいかも。トイレはその内設置しようと思っていたけど、シャワールームや更衣室も必要か? あ、実際にそのための建物もあったんだ。ほとんど、貴族などが訓練や模擬戦を見物するための建物でしかなかったから忘れていた。
隣に立って、ひたすら訓練を眺めている王子のための部屋も、そこに用意されてるんだよなぁ。
ならいっそ、その屋敷を拡充する方が楽だよなぁ。
あ、怪我人を搬送するのに、飛行船のシステムが使えないかな? 別に魔導機関にしなくても、術式はあるんだから魔導書使いが使えば良いわけだし。それなら、救護室もすこしぐらい離れていても問題ないよなぁ。
人を乗せて浮かせるだけの簡易ベッド。移動は人が押してやれば、台車を押すよりも軽く動かせるはず。あれ? 台車、馬車、トレイ、背負子。なんか、利用範囲多くない? 飛行船自体は一般人でも、生活魔法を使えるぐらいなら動かす事は出来る。ってことは、生活魔法レベルで、怪我人搬送用浮游寝台が可能なのか?
あ、魔導機関は魔力タンクを使ってたっけ。
で、でも、でも。その魔力タンクの簡易版を作ったり、浮游術式を効率良くすれば、誰でも使えるように出来るんじゃね?
新たな研究材料を見つけた。これは、出来上がれば面白くなりそうだ。
まぁ、面倒になったら、学院の生徒たちに丸投げも良いだろうしなぁ。
ちなみに、学院の生徒の大半は、生活魔法レベルで利用出来る治療魔法用の魔導書の、術式清書の内職をしているそうだ。あれも、売り出せば、大量に売れていくのが目に見えているからなぁ。
そして、ようやく、ギルドの依頼である、術式、五種、各百枚が出来上がった。ついでに転移術式のプレートも十枚。
「あ、いつの間にか、夕方なんだなぁ」
俺のセリフは、第一王子の眉間にシワを作ったようだ。仕方ない、ちょっと、締めようか。
「今日で三日目。これから、連中は日に日に疲れてくる。今までも疲れていただろうが、それは体だけの疲れだ。気持ち的な疲れは一晩寝れば回復していた。けど、これからは、その疲れも回復し難くなってくる。本人の意図しないだらけや怠けが出てくる事になるだろうな。だから、ここからが本当の山だ。この山を乗り切らなければ、何をやっても救えない。騎士団全部をクビにして、冒険者を雇った方が有効な戦力って事になるだろう」
「…………」
「だから、明日からはだらけた者への折檻を、今日以上にしなければならない。明後日は、明日以上、次の日は、またそれ以上に。
それを、王子に直接やってもらう。覚悟はいいか?」
「わ、判っている」
「それじゃ、整列させて、今言った事を連中に言ってくれ。逃げ出したヤツには、家族だけじゃなく、親兄弟にも累が及ぶと付け加えてな」
「そ、そこまで必要なのか?」
「実際、魔獣が攻めてきた、とか、戦争が起こった、なんて時は、国を守る兵士が逃げ出したら、国に居る家族や親兄弟も、その被害に遭うわけだろう? 兵が逃げ出したら、家族が終わる、ってのは当然って事だ。補給部隊であっても、疲れたから補給物資を運ぶのを止めよう、なんて言うのは、兵が逃げ出すよりも意味が重い事だしな」
「それも、伝えてもよいか?」
「かまわないが、優しくは言うなよ? ここで舐められると、脱落者が増えるだけだからな」
「そ、そういうモノなのか?」
「ああ。疲れてくると、逃げ道を探すモンだからなぁ。逃げ場はない、って徹底的に言っておけば、諦めて訓練に参加するだろうが、もしかしたら、逃げても大丈夫かも、なんて心があったら、全部が台無しだ。この三日間の苦労も台無しだし、今まで王家が築いてきた、騎士団という存在も、そこに税を注ぎ込んできた国民の生活も、鎧を作った工房や武器を作ってきた鍛冶屋の努力も、全部、台無しになっちまう。
お前の声一つに、どれだけの物が乗っかっているか、しっかり考えろ」
「……………、う、うむ」
そして、王子はしっかりやったよ。目の前に整列している男どもを前に、腹から声を出して、親兄弟にも累が及ぶと言い切り、絶対に逃がさずにその責を取らせる、と言って脅えさせていた。
グッジョブ!
まぁ、その後はまた、部屋で吐いてたけどな。うん、頑張った。頑張った。
解散した後は、まずはギルドに納品で依頼達成の確認をして貰う。これで一ヶ月はまた猶予があるんだよね?
早くランクを上げたいんだけど、面白い依頼が無いんだよなぁ。いや、あった!
「犬の散歩を代わりにしてください」
これだ! 犬とか言って、行ってみたらシルバーウルフとか、フェンリルとかで、散歩のコースが国を三つぐらい跨るとかなんだろう? いや、小型犬なのに、散歩をさせていると、いつの間にか麻薬の組織を壊滅させていたり、誘拐犯を捕まえてたりするんだよな。その犬の首輪に、秘宝の隠し場所の地図が、っていうパターンもあるよな? な?
でも、散歩の時間が、朝方と夕方の二回だった。
朝は学院の授業をサボれば何とかなるかも知れないんだが、夕方は訓練とガルモアの件がある。
ちきしょー!
俺は、心の中の、建設中で鉄骨の骨組みだけのビルの上で、夕日に向かって叫んでいた。何故か鳩の群れが飛び去って行った。
落胆しつつ、近場の串焼きや汁物を売っている露店で、ガルモアの冒険者のオヤツになる程度の食い物を仕入れていく。向こうでも独自に用意はしてあるが、こういう差し入れは歓迎されるからな。
そして転移。いつもの、テントの横に到着した。
そして、炊き出しをしている所で、差し入れを渡しながら、今日の様子を聞いてみた。
なんでも、三人のギルマスがガルモアの王族に呼ばれたそうだ。基本的に、状況の確認だろうけど、呼ばれた先が城のあるガルモアの町ではなく、少し距離のある隣の街だという事だった。
王族と騎士団は、全て、そっちに行っているらしい。
ああ、そういう王族かぁ。
「ギルドマスターというのも、辛いお仕事なんだなぁ」
そう言ったら、周りの連中もしきりに頷いていた。
そこへ、馬に乗ったギルマスたちが帰ってきた。皆に歓迎されて、馬の世話を頼んでいた。
「お帰り。なんで、飛行船で行かなかったんだ? 時間の無駄だろ?」
俺の素直な疑問をジーザイアにぶつけてみた。
「あれで行ったら、あっという間に取り上げられちまうわ」
「そこまで酷い王族なんだ?」
「まぁ、お前なら、王族の資格もないクズ野郎として、さっさと燃やし尽くしているだろうな」
「ちょっと、行ってくる」
「待て、待て」
「え~? この世に存在している価値なんて無いんだろう? 後腐れ無く燃やした方が、喜ぶ人が多いと思うけどなぁ?」
「全くもってその通りなんだが、そんな事をしたら、王族殺しとして指名手配されるぞ?」
「ん~、別にかまわなく無い?」
「そう言うと思った。だがな、そうなると、お前との付き合いのある国が困るんだ」
「その指名手配を出している所へ行って、取り消してもらえば?」
「お? その手があったか」
「ジーザイア! ギルドマスターなのに言いくるめられるな。ヤマトも、その気もないのに、変なあおりを入れるのをやめてくれたまえ」
どうやら、ファインバッハは機嫌が悪いようだ。
「何があった?」
「ああ、その事は少し待ってくれ。出来るだけ多くの、ガルモアの冒険者たちに聞かせたい」
ファインバッハの後ろにいる、ガルモアのギルドマスターであるマレスも、かなり沈んでいるようだった。
そして、見張りのほとんどを一時的に俺の従魔で代用する事で、テントの周囲にガルモアの冒険者が全て揃った。
「皆さん。まずは、私の不甲斐なさから、皆さんに多大な迷惑を掛けた事をお詫び申し上げます」
マレスは、開口一番、詫びの言葉から吐き出した。
「何のことぉ? ダンジョンがあふれたのは、マーちゃんのせいじゃ、ないよぉ?」
リッカのセリフに、周りからも「そうだ!」という声が続く。その励ましに、マレスは泣きそうになっていった。
「ここからは、私が説明しよう。エルダーワードのギルドマスターであるファインバッハだ。
まず、今日、我々三人のギルドマスターはガルモアの国王陛下に招集され、現在のダンジョンの状況を説明しにいった。あふれたダンジョンからのモンスターは駆逐され、あとはダンジョンへと潜り、その数を減らすだけだと、しっかりと説明を行った。
だが、国王陛下からは、一週以内にダンジョンを潰せというモノだった。一週以内に達成出来ぬのならば、ギルドマスターがその責を取れ、という勅令だった」
「ちょっと行ってくる」「あたしも行くよぉ」「俺もだ!」
「待て! 待て!」
「待つ必要を感じないんだが?」「そうだ!」「そうだ!」
「待ちなさい。とにかく、これは国王陛下の正式な勅令として出されたモノだ。ここにいる皆を犯罪者にするわけにもいかない。特にヤマト。君は影響力が大きい。君が犯罪者として扱われたら、この世界全てが混乱する事も考えられる。君も、君が犯罪者と呼ばれたせいで戦争が起こる、というのは良しとはしないだろう?」
「それは、そうだが、そんな事になるか?」
「有り得るよ。とにかく聞きなさい。勅令は一週以内だ。その間に、ダンジョンを潰してしまえば良いだけだ」
「ダンジョンを潰す、ってのはどうやるんだ?」
「基本的に、ダンジョンの核を壊すか、そのまま取り出して持って来てしまえばいい。だが、核はほとんどの場合、ダンジョンの一番奥にあり、その核を守る仕組みも作られている。マレス、ここのダンジョンの攻略状況は?」
「あ、はい。最深の記録は五十八層なのですが、その冒険者は、その次の探索で行方が判らなくなりました。他の者では、四十五層が最深で、多くの者が三十層から三十五層で攻略を続けていました」
「魔獣の情報は?」
「五十八層では、イーフリートかも知れない魔獣を見た、という報告でした。他にはゴーレムの軍団が居たらしいのですが、隠れてやり過ごしていたという話しです。重厚な鎧を着たオーガという報告もあります」
「最下層が判らぬという現状。イーフリート。これは、他のギルドへ援助を要請すべきと考える」
「しかし、この国は」
「この国だから、君をギルドマスターにしたのだよ。君への援助であれば、喜んで力を貸してくれる者たちも多い。君は、長い旅の成果を、正当に評価すべきだと思うがね」
「あの~。下心も無しで、命がけで苦労してくれる、強力な助っ人に心当たりが?」
たぶん、皆の心情を代弁した意見だと思う。それを俺が聞いてみた。
「ああ、それなりに多いと思うよ。それなりに長い旅を続けてきたからね」
「そこが気になるんだけど? その助っ人候補って、ヨボヨボじゃないよな?」
「あ……」
「「「…………」」」
「エルフって……」
俺のつぶやきは、きっと皆のつぶやきだったと思う。
「だ、大丈夫だ。多くの者がギルドマスターや師範になっていたはずだ。本人ではなくとも、剛の者を借りる事はできよう」
あのファインバッハが焦ってる。けっこう貴重な瞬間かな。
「で?」
「わたしとマレスは飛行船を使って、急いで周辺の国のギルドを回るつもりだ。わたしもマレスも、ここになら転移で戻って来られるしね。ジーザイアにはその間の守りの要を頼みたい」
「二つ、いいか?」
「なにかね?」
「一つは、他の国のギルドに、この国の許可を取らずに頼ってもいいのか? って事だ」
「ああ、その事か。どうせ、ダンジョンが無くなったら、ギルドは存在意義を無くすのだからかまわないだろう」
「え? ダンジョンが無くなったらギルドもお終い?」
「当然だよ。町の中で行う依頼は、ダンジョンへと潜る基礎作りでしかないからね。町の依頼は、普通の口入れ屋でもあれば充分だろう。ギルドは、ダンジョン攻略のためにある。ダンジョンが無くなった所からは、ギルドは撤収するよ」
「じゃ、ここの冒険者たちは?」
「周辺の国に流れるか、この国で普通の国民の一人になるか、だね」
周りを見ると、皆が俯いて、その覚悟をしているようだった。
「まぁ、希望者がいれば、俺んとこのギルドへ来て貰いたいがな」
ジーザイアがそう言ったが、それで明るくなる事は無かった。仕事のある所へ行くとしても、故郷を離れる事には違いが無いって事だろう。
「一つ目はわかった。じゃあ、二つ目。
ギルマスたちが救援要請に出ている間、俺がダンジョンに潜ってもいいか? 規定なら、俺は潜れない事になってるんだけどな」
「あたしも行くぅ!」「俺もだ!」「俺も!」
「待て、待て。威勢が良いのはいいんだが、ヤマトについて行けるのがどのくらい居るんだ?」
ジーザイアの言葉で、一気に静かになってしまった。
「俺としても、単独の方が助かるな。最低でも、同じ階層に居られると、思い切り出来ない」
「うむ。俺も、お前ならそうだろうと思う。どうする? ファインバッハ? ヤマトを行かせるか?」
「悩みどころだねぇ。確かに、ヤマト一人の方が、大魔力で一気に殲滅というのも出来るだろう。わたしとしては、わたしたちが連れてくる助っ人と一緒に潜って貰いたかった、というのもあるんだがね」
「確かに、それは悩むな」
「ヤマト。明日の朝には一旦戻って来てくれる事を約束してくれるか? 君ならば、マーカーを打って、助っ人たちを一気にそこまで、というのも可能だろう?」
「ダンジョンの中にマーカーを打てるかが判らないんだが、一旦、朝に戻ってくるのは約束する」
「ならば、安全優先で行ってもらおう。その方が、何かと効率的だと思われるしね。それと、リッカくん? 君には、我々と一緒に来て欲しいのだが、頼めるかね? 君の転移に頼る事になってしまうのだが」
「お願い、リッカ」
「う、マーちゃんがそう言うなら……」
そして、ファインバッハとマレス、そしてリッカを乗せた飛行船が出発したのを確認してから、留守番のジーザイアに手を振ってダンジョンの入り口に潜った。
俺のカードの従魔たちは回収してある。串焼きやお好み焼き風の食い物も、二日分ぐらいはある。いざとなったらシークレットルームに入れば、料理道具と材料も保管されている。最悪、アナザーワールドに入り、空の高い所からこちらの世界に無理矢理脱出、って手も考えてある。
うん。手はたっぷりある。あとは、殺されない事だけだ。
そこで、まず麒麟に出て貰って跨った。さらに、生活魔法として普及させたモノとは違う、俺の魔導書の魔法の灯りを出して俺に追従してもらう。これは、サーチライトのように前後を放射的に照らすが、俺自身にはほとんど光りが来ないという形が取れる灯りだ。それが俺の右上に浮かんで、俺の動きに併せてくれている。目の方向ではなく、クビの方向で追従するので、目だけで手元を見た時などに眩しくなる事もない。
真正面に敵が来た場合も、俺の姿は暗くて見えないうえに、サーチライトのような灯りに照らされて、眩しくて直視出来ない、という状況になる。
ダンジョンの中は、広かったり、狭かったりと、様々で、どうやら、出てくる魔獣の大きさが広さになるらしい。一番狭い所でも、小中学校の体育館程度。言葉のニュアンスに多少の違いがあるかも知れないけど、広いところだとジャンボジェットの格納庫ぐらいはあって、麒麟に乗って余裕で走れるらしい。今晩一晩でもけっこう行けそうだ。まぁ普通の馬だとダンジョン自体に脅えて進まないらしいけど。
灯りの準備も終わったら、次は守りの準備。自動防御の盾を麒麟ごと包むように展開する。麒麟に付与するとかは出来ないので、守る範囲を広くするってだけだけど。そして最悪を考え、かなり強めに魔力を込めた。
更に、俺を攻撃してくる者に、問答無用で魔法の槍を打ち込む、自動攻撃の槍を展開した。まだ敵がいないため、槍は俺の周りを浮いているだけだ。
最後に、周辺探知の魔法を使って、周囲の状況を出来るだけ集める。これは、以前は止まっている時に見るだけだったんだけど、最近は展開したまま移動も出来るようになった。まぁ、麒麟とかに乗っている時限定だけどな。
でも、おかげでマッピングが必要無い事が判った。下へと向かう場所もはっきり判る。これなら、最短距離で行けそうだ。
「走るぞ! 麒麟!」
まずは、出来るだけ深層を目指す。後から来る助っ人のために、出来るだけ深く。
そして、いきなり高速で現れた俺たちの自動防御に盾に、何体もの魔獣が弾き飛ばされる、という、不可思議な現象を見続ける事になった。
船が水を割って、波を作りながら進んでいく光景で、水を魔獣に切り替えれば、似たような場景かなぁ?
たとえ話で、命を軽く見る、という意味で、蟻を踏み潰す様に、とかいう表現があるけど、その蟻の部分を、コボルトとかゴブリンとかにしているような感じだ。
かなりのスプラッター映像なんだけど、ここまで自動攻撃の槍は反応しないで、俺の横に浮いたままだった。つまり、俺に攻撃とか考えるまえに息絶えちゃっているんだなぁ。えっと、その、成仏してくれ。
「これは不可思議映像。有り得ない現象。きっと夢だよ」
とか現実逃避しているんだが、雪国で線路の雪を弾き飛ばす除雪車を連想する光景が長く続いている。ああ、この地方の雪って、赤いんだねぇ。って、現実逃避は不可能だった。
俺たちの進路上以外の場所に居る魔獣は、暗いこともあって何が起こっているかも判らない内に俺たちが通過してしまっているようだ。さしずめ、光を発する何かが凄い勢いで通り過ぎたら、仲間の魔獣が居なくなっていた、ってところかな。
そんな時間が、一時間以上続いた。もう、どんな魔獣がミンチにされているかなんて、気にならなくなりそうだった。その一線を越えたら、やばそうなんだよな。
そして、俺はひたすら次の階層への最短ルートを麒麟に指示し続けた。
今、何層だっけ? たぶん、三十は越えたと思うんだけどなぁ。周辺探知の情報には、しっかりと四十三層と表示されてあった。い、いつの間に。
そこで、自動防御の盾が存続限界を超えたために消滅した。それに併せて麒麟も停止させる。
俺が自動防御の盾を再び唱える間の事なんだけど、始めて、俺に敵意を向けてくる魔獣に出会った。まるで、大コウモリという感じで、地面にうつ伏せだったんだけど、それでも俺の身長ぐらいはあった。
で、次の瞬間には魔法の槍でズタズタになっていた。
い、一瞬の出会いだったね。
盾と槍を展開し終わると、麒麟は再び走り出した。かなりの速度を出して走っているから、俺も最短ルートの指示出しに必至だ。そのため、よく前を見ていなかった。周辺探知には、ちゃんと映っていて、知ってはいたんだけどな。自動防御の盾と麒麟が、それに弾かれて止まるまでは、通常サイズの魔獣だと思っていた。
いきなり壁にぶつかったようなモノで、俺自身が吹き飛ばされるかもと思ったけど、麒麟の機転で振り落とされることなく止まる事が出来た。
麒麟は真正面から真っ直ぐぶつかったんだが、俺の体重移動に併せて斜め上に進路を変え、最後は壁を走って立ち位置を確保した。
相当な身体的負担を掛けてしまったかな? ヒールぐらいはかけた方がいいかなぁ?
でも、麒麟の心配よりも、今は現状の心配。
俺たちの目の前に立ちはだかったのは、二階建ての一般住宅三軒分ぐらいある、でっかいカナブンだった。
英語で言えばビートルとか言うんだっけ? 固い外骨格の昆虫だよなぁ。
で、それがぶつかってきた俺たちを敵と認識したようだ。同時に魔法の槍が飛び出した。そして、見事突き刺さった。でも、二メートルちょっとの槍は、しっかりと突き刺さってはいるんだけど、見た目的には大して効いていないようだった。
相手が固くてでかすぎた様だ。
でも、まぁ。見上げるほどでかくても、城のように大きいわけじゃない。俺は氷の槍を唱えて打ち込んだ。
「アイスクルランス!」「アイスクルランス!」「アイスクルランス!」
何発撃ったかは判らないけど、全体が氷に包まれ、カナブンは動く事をしなくなった。周辺探知でも、生き物という表示は消えている。まぁ昆虫系でこれだけの巨体なら寒さには弱いだろうと思った。
「これって、魔石は何処にあるんだろう?」
そう言うと、麒麟はカナブンに近づき、後ろを向いてから、馬の後ろ足キックでカナブンの頭を弾き飛ばしてしまった。そこに転がる濃い緑の魔石。俺の握り拳を二つ合わせたぐらいはある。これはいい収穫だな。
魔石をアイテムボックスに入れ、盾と槍を張り直してからまた走る事にした。でも、今度は慎重に。盾で弾き飛ばすんじゃなく、槍で殲滅、という形式に切り替えた。
これだと、槍は使い捨てにされるから、使うたびに補充しないとならない。けど、さっきのように、盾で弾き飛ばせない場合は、こちらのダメージが大きいので、安全を重視することにした。
面倒ではあるけど、それが功を奏したようで、かなり固いのや、大きいのや、早いのが増えてきた事への対応が上手くいっている。
盾で防ぎつつ、槍が攻撃している隙に、雷撃を浴びせたり、溶岩の火の弾をぶつけたりしている。溶岩の火の弾は、後処理として水をしばらくぶっかけなければならないのが面倒だけどな。当然だけど、発生する熱風は風でダンジョンの奥に送り込んでいる。
そしてしばらく行った部屋は、学校の体育館が二つは入りそうな広い場所で、石で出来た人形が多数、動いてこちらに迫ってくる。
「これがゴーレムってヤツかぁ」
ロックジャイアントとは表面的な特徴は似ているかも知れないが、雰囲気がまるで違う。簡単に言うと、ロボットか生物か、という、単純、そのままの違いが見て取れる。
数は二十体以上は居る。
と言う事で、面倒なので、大瀑布の水を、その量と勢いをそのまま一本の槍に変えてぶつける濁流の槍を使う事にした。
はい。流れていきました。
水洗トイレをイメージしてたんだが。どちらかというとボーリングのピンのようだった。
完全に砕けた岩も多く、魔法生物として動ける状態でも、手足が無いために何も出来ないという物ばかりになっていた。そこをヒョイヒョイと回って、魔石を掘り出して行った。魔石は俺の握り拳一つ分程度だったけど、数があったんでお得な感じだ。
おそらく、近くにイーフリートが居るはずだ。もしかしたら次かも? その次かも? という感じなので、麒麟にはゆっくりと歩いて貰った。盾と槍も展開済み。濁流の槍も準備済みだから、すぐにでも撃てる。
そして、次の部屋へと入ったが、周りには何も居ない。周囲を警戒しつつ移動するが、探知にも引っかからない。そして、その部屋の出口の所で、赤ん坊の頭ぐらいはありそうな、真っ赤な魔石を見つけた。
「えーっと。もしかして、前の部屋のゴーレムを倒した水のとばっちりを受けちゃった?」
当然だけど、応えてはくれなかった。きっと、一人で泣きたいんだろうな。
それからの敵はなかなか手強かった。
でも、まぁ。今までの魔法で充分ではあったけどな。
目に見えないほどの早さで走る、ハリネズミのようなトゲを沢山持った大トカゲ。
部屋の中央に火口がある場所では、そこから溶岩が吹き出し、その溶岩から手が伸びて攻撃してきた。
刃物並みに固いトゲを持つツタを数十本、鞭のように振り回してくるバラモドキも居た。
羽根のないドラゴンが、ドラゴンブレスもどきを吐き出して来た時は焦ったけどなぁ。
自動の盾、自動の槍、濁流の槍、氷の槍、溶岩の弾、雷撃で何とかなった。適材適所の必要はあったけどな。
そして、七十層に到達した時に、周りの様子が変わった。
広い、ドーム球場のような空間。
そこに、一頭のドラゴンが居た。
鱗と言うよりも装甲服のような体表。真っ赤な体に、巨大な体。
赤竜。
でも、赤竜と比べると、大きさが三割程度だ。それでも学校の体育館ほどの巨体ではある。
「こいつも、飛竜船の材料にできるかなぁ?」
そして、三割赤竜が俺に向かって吠えた!
同時に飛び出す自動の槍。おそらく、赤竜の鱗には通じないだろう。でも、出来るだけ体は傷つけたく無いんだよなぁ。贅沢?
まずはステータスを下げよう。
「スペルバインド! スピードダウン!」
なんと、一発で通った。俺のレベルも上がってる? 調子に乗って、もう一発。
「スペルバインド! スピードダウン!」
浮かれちゃうね。これも通ったよ。もはや、三割赤竜は麒麟の動きにもついて来れていない。
「麒麟! ヤツの口の中に、濁流の槍を叩き込むぞ」
麒麟はその意を取り、三割赤竜が上を向くように誘導し、見事に口を開かせた。その真上から、濁流の槍を口の中に叩き込む。
更に麒麟が回り込んだ所で、口の中に氷の槍を叩き込んだ。
なんかあっけない。三割だから?
後は待つだけ。麒麟と共に離れた所で様子を見る事にした。
そして、悶え続けながら苦しむ三割赤竜を見ていると、ちょっとだけ哀れになってきた。しかし、その間も三割赤竜は悶え続け、そして、その長い首を地面に横たえた。
後、数分の命かな。
麒麟も俺を乗せたまま三割赤竜に近づいて行く。
殺してカードに、ってのも考えたが、それも忍びない。
俺は三割赤竜の目の前に行き、瀕死の赤竜に話し掛けた。
「ここで死ぬか? 俺の従魔になって、俺の手足のようにこき使われて生きるか?」
それは、あんまりじゃない? という麒麟の目が気になったが、俺としてはこう言うしかない。
でも、三割赤竜は、無理矢理に体を起こした後、俺に向かって頭を下げた。
「多いなる慈悲の力とこの世の有り様を説く理より 瑕疵を補いて傷を癒す力 リカバリー!」
喉に詰まった氷が取り除けるかが不安だったけど、問題なく回復したようだ。ここでまた、赤竜から攻撃でもあるかな? なんて思ったけど、素直に言う事を聞くようだ。
「いにしえの契約をここに再現し、従魔として心を共にする契約! オビディエンス コントラクト!」
『緋竜 ローロー・ローはヤマトの従魔として、その命を賭けて従う事を誓うか?』
「ぐわっ!」
『契約はなせり これよりローロー・ローはヤマトの永遠の従者とならん』
赤竜じゃなく、緋竜だったとは。で、どこが、どう違うんだろう? とりあえず、別系統のドラゴンってことでいいのかな?
「ローローかぁ。よろしくな」
「ぐわっ!」
ここで、このドラゴンの気持ちが流れ込んできた。なんか、この地下に無理矢理閉じ込められて寂しかったようだ。その、閉じ込めていた張本人が、ローローの後ろにあるらしい。
ローローの案内で、それを見る。
もしかして、ダンジョンの核なんじゃね?
岩壁に、直径三メートルはありそうな丸い穴が開いていて、そこに、雪の結晶と蜘蛛の巣を歪に組み合わせたような網を思わせる白く輝く石。その中央に丸い透明な球があり、更にその中に、ピラミッドを上下に二つ貼り合わせたような形の、正八面体の結晶が浮かんでいた。
魔力ではない何か。強い力を感じる。それは不安にもなるし、安心もするという、不安定で不思議な物だった。
「ローロー。これはここのダンジョンの核か?」
その答えは、良くわかんない、と言うモノだった。
まぁ、いっか。
「麒麟。これは、核だと思う?」
一応聞いてみたつもりだが、なんか、力強く頷いた。心にも、間違いない、って感じの心象が入ってくる。
「じゃあ、これを取っちゃえばお終いなんだな。さっさとやっちまうか」
そうしようとした所、麒麟に止められた。そして、麒麟はローローを見つめる。
「つまり、ローローを収めてからじゃないと、核を取っちゃマズイ?」
再び、麒麟から肯定の心象が届く。
そこで、俺はローローが入れるぐらいの世界を開き、アナザーワールドと繋いだ。
「ローロー。これは俺のアナザーワールドだ。今はこの中に入っててくれ」
不安がるかなぁ? とか、思ったけど、意外とすんなり入って、アナザーワールドの中を見回した後にくつろぎ始めた。
そして、核に近づくと、今度は麒麟まで、勝手にカードに戻っていった。けっこう、このカード、出入りが簡単な様な気がする。
とにかく、麒麟は我が儘な行動とかはしないからな。これも意味があるんだろう。
俺は核の前に立つと、核に手をついて、アイテムボックスの中に格納した。
そして始まる大崩壊。
そう言えば、ダンジョンの核だったねぇ。
少しずつ振動が強く待っていく。たぶん、ドンドン振動が強くなって、結局は洞窟の集合であるダンジョンが潰れていくんだろう。つまり、急いで脱出しないと一緒に埋まっちゃうわけだ。
と、いうわけで。
「だ、脱出ー!」
そして、何とか転移の頁を開き、ガルモアのテントの横に移動する事が出来た。そして、小さな山、一つ分、向こう側で、かなりの地響きと地面が割れる音が聞こえてくる。
俺は走った。隘路をダンジョンへと続く平原に向かって。
そして、呆然とする見張りの冒険者たちにまざり、その光景を見ていた。
平原だけじゃない。その向こうの山や森が、ダンジョンの入り口を中心に大陥没を起こしていた。空は白み、これから朝になろうという時間。山が崩れて太陽が見えるようになった、という瞬間を初めて見た。でも立ち上る砂煙により太陽が隠れていき、再び暗くなると言う現象を目の当たりにしていた。
なんというか、まぁ。
やっちまったなぁ。って感じだった。




