23 魔道書使いリッカ
2020/12/30 改稿
エルダーワードからは徒歩だと一月以上掛けないと辿り着けないガルモアという場所でギルドマスターをしているマレスの所へ、ファインバッハとジーザイアを送り届けた後、俺は学院の生徒達と共にエルダーワードの城に登城していた。
そこで、正式に第四王子と学院の生徒、及び、学院の教師連名で、転移の魔法が復活した事が発表された。
まず、城の謁見の間で王子たちが国王陛下に報告し、そして、貴族の集まりの中で国王陛下が発表する。最後は夕方前ぐらいに、一般国民へと発表となる。町の方には、ほとんど町内会の掲示板みたいな感じになるらしい。
今回は、術式は認可制になり、ギルドや学院、そして城の正式な窓口での認可が無ければ与えられず、略式で口頭ではあるが、一応の宣誓は必要になると言う事が発表された。
同時に魔法師団へ、転移の術式の開発が行われているかの確認が取られる事も発表に加えられていたが、それを気にする一般人は居なかった。
その後俺はエルダーワードの騎士団の修練場で、戦闘部隊の行進を見ている。………、振りをしている。
実際は、行進のコースの横に書斎に置くような執務机を置いて、しっかりとリラックス出来る椅子に座っている。でも、単に座っているわけではなく、魔獣の鱗素材の透明な板に魔導書の書式を削り込み、魔獣の血を流し込んで固めている。その透明な板の裏には、転移の術式をしっかりと作った羊皮紙を張り込んでいる。
つまり、一頁物の転移の魔導書というわけだ。
普通の魔導書は木の板に魔導書の術式を書き込んでいたが、魔獣の鱗でも問題なく魔石を組み込む事ができた。
これは、俺の研究願望を刺激したが、魔獣の骨や角でやったら術式が割れた、という不可思議現象が起こったので、今は自重している。
羊皮紙が裂けた、とかじゃなく、空間ごと割れたんだ。本気でビックリだよ。
魔力を抜いたら直ったけど、あれ以上やったら、この世界から弾き飛ばされてたかもなぁ。
とにかく、飛行船の風防にも使っている魔獣の鱗なら、何の問題も無く使える様なんで、一枚の板に見えるだけの、一頁物の魔導書を作り続けている。
とにかく、さっと渡したら、すぐに使える、という状態にしたかった。
魔導書使いって、自分の魔導書に術式を書き込んで、全ての術式が揃ってから本を完成させようとするんだよなぁ。
学院では、未完成状態で強引に安定させておいて、試したい術式をその場で追加したり出来るようになっている。もちろん、そんな状態だと威力は落ちるし、モノによってははっきりしない、という欠点も在るんだけど、とりあえず発動するかどうかの確認から見る事が出来るので、『研究』には持ってこい、という状態になっている。
本格的に使う『完成』された魔導書を普段使いするのは当然なんだろうけど、『研究』用の魔導書なんて、持っているのは今の学院の生徒ぐらいだ。来年からは一般化するんだろうけどな。
そのため、一般の魔導書使いに術式を渡しても、すぐに使用出来るというわけじゃない。自分の魔導書を作り直して、自分で魔石を組み込む事で、自分の魔力に合った魔導書に仕上げてから、ようやく使えるようになる。組み込んだからと言って、実際に発動させたら、魔力不足で何も起こりませんでした。とかいう場合もある。
そこで、一頁物の魔導書を俺が作る事になったわけだ。
一頁物の魔導書として『完成』している物ならば、自分好みに術式を追加したりとかも無しに、そのまま使ってくれるだろう。魔導書に使われている魔石がもったいない、と感じる者は居るだろうけどね。
魔導書の術式を描くのも、ある程度の魔力を消費する。生活魔法のような、少ない魔力でも発動する魔導書の術式なら比較的に誰でも描く事が出来る。でも、魔導書使い専用の術式だと、ある程度以上の魔力を持った魔導書使いでなければ、描かれた術式が成立しないという条件が存在する。
今の学院の生徒でも、『転移』の術式を十頁も作れば一日分の魔力が空になるだろう。
俺は、周りの魔力を吸収して、急速充電みたいな事が出来るらしい。実際、大きな魔法を使った後も、割とすぐに大きな魔法を使えてたからなぁ。
それは、魔導書使いと言うよりも、魔法使いの領分らしい。確かに、魔法を『使う』というのが魔法使いなら、この世界に満ちている魔力を使える、というのもわかる話だ。
逆に、自然に取り込みすぎて、飛行船だととんでも無い事になったり、攻撃魔法も泣く子も呆れて虚ろに笑う、って程の威力だったわけだ。周りの魔力を、取り込みすぎない、とか、足りない分を早急に取り込む、とかの訓練も必要だという感じだ。
そんな諸々を含めての、俺自身による一頁物の魔導書作りに精を出していると言うわけだ。
今は、俺自身の魔力の特徴を出来るだけ消して、周りの魔力そのものを使って魔石を組み込んでいる。これなら、誰でも使えるんじゃない? という淡い期待が込められているだけ、なんだけどな。
そんな転移魔導プレート、という、俺命名のアイテム作りをしながら、行進を眺めていた。
偶に、見てない振りをしながら雷を落とす事も忘れずに。しかも、昨日よりもちょっとだけ強い雷にしてある。
感心な事に、訓練には欠席者もなく全員参加している。よほど、家族ごと奴隷に売られるか、家族ごと反逆者になるのが嫌だったようだ。自分だけじゃなく、家族まで、というのは効くもんだなぁ。
行進も、足の上げ方、手の振り方、動きの素早さを、昨日の基準よりも厳しくしてある。
まるで、某北のジェネラルの国の軍隊みたいに見えるが、まぁ、ここまで厳しい歩き方は後五日ぐらいにする予定だから、今はこの状態がいいと思う。
六日後からは、本当に軽く。まるで行進と同じぐらいの速度で走らせるつもりだ。そして、毎日、少しずつ速度を上げていく予定。
この行進しているコースに、障害物を作って、走りながら乗り越えさせて行く、ってのは、後どのくらいになったら実現できるかな。
最大の問題は、走らせながら歌う歌詞が良く判らない、ということだ。
確か、日の出と共に起き出して、家庭用ゲームの戦争シミュレーションが、母親に内緒で、ホーチミンのくそったれ。だったか? 駄目だ、思い出せない。というより、元々詳しく覚えていなかった。
『王国のために、王家のために、我らは戦う』でいいかぁ。どうせ洗脳だしなぁ。
王子にもゆったり出来る椅子を用意したんだが、頑なに座る事を拒否された。俺としては好印象だから良いんだが、倒れないかが心配だ。
とにかく、今日も無事に訓練終了。昨日と同じ事を言ってから、解散させた。
王子を王宮に転移で連れて行き、その足でガルモアへと転移した。一度、ギルマスをギルドに送り届ける、という仕事があるはずだから、移動は早い方がいいからなぁ。
魔獣の海があった所は、何故か賽の河原になっていた。あ、魔獣をまとめて、山にしてあるようだ。きっと、一つ積んでは友のため~、とか言いながら積み上げたのかな。いや、不気味だから想像するのは止めよう。
「お疲れ~っす!」
隘路の入り口に設けられたバリケードでたむろする冒険者に声を掛ける。三人のギルマスたちは、隘路の向こう側、山の出口の所で休憩しつつ、打ち合わせをしているそうだ。
「所で、あの魔獣のボタ山ってどうするんだ?」
俺は平原に点々と、いくつも積み上げられた山を見ながら聞いてみた。
「とにかく、早いうちに燃やしておかないと、場合によってはゾンビになる可能性もあるからなぁ。だから、今、油を手に入れる算段をギルマスたちがしているらしい」
「こ、こいつらが全部ゾンビに? 嫌な光景だなぁ」
「いや、全部って事はない。コボルトや弱いゴブリンなんかはならないけど、ゴブリンシャーマンとかの、霊力が元々強かった者たちが、こういう、大量の死の影響で生まれるらしい。今回は大量の死、ってのが多いから、弱い霊力の魔獣でもゾンビ化するかもって話しだ」
「有効なのは燃やすだけ? 浄化とかはどうなのかな?」
「ああ、浄化も良いらしいな。ただ、浄化だと、腐った肉がそのまま残るから、また後処理が必要って事らしいからなぁ」
「なるほど。じゃあ、少しだけ燃やすのを手伝った方が良さそうだな」
そう言って取り出したのは「不死鳥」のカード。
「フェニックス! 魔獣の死骸がゾンビにならないように、燃やし尽くして来てくれるか?」
「クェーン!」
快い返事を貰った。フェニックスは、ゆっくりと飛び立つとその羽根で撫でるように魔獣のボタ山を燃やしていった。
まぁ、冒険者たちが、目を丸くして、今にも目玉がこぼれ落ちそうだったのは、いつもの事なんだろう。
ついでに。
「角竜!」
カードから俺のホーンドラゴンが実体化した。
「ほ、ホーンドラゴンだー!」
冒険者がいきなり逃げ出した。お、俺の可愛い角竜に酷い反応だよなぁ?
「ホーンドラゴン。フェニックスに魔獣の死骸を燃やして貰ってる。お前も手伝ってやってくれ。それと、空から周辺警戒も頼めるか?」
ホーンドラゴンが、鼻先を俺にこすりつけてくる。今日の機嫌もいいようだ。
「じゃ、頼んだ!」
振り返って、バリケードの中の冒険者を覗き込むと、皆、腰を抜かしていた。
「あ、俺の従魔だから、安心して」
「さ、先に言ってくれよ~」
大分脅かしてしまったようだ。ゴメンな~。
魔獣の後処理はフェニックスとホーンドラゴンに任せ、俺は三人のギルマスの所へ向かった。
隘路とは言っても、二~三人が並んで歩く事は出来る道だった。それを進んで山を抜けると、簡単なテントが出来上がっていた。
「俺、俺。俺だよ、俺」
「おう、ヤマトか、さっさと入ってくれ」
テントの外から声を掛けたんだけど、これって、ボケ殺しって言うんだよな?
「? どうした?」
「いや、ちょっとだけ凹んだだけ」
「良く判らんが、とにかくだ。お前に頼みたい事がいくつか出てきた」
テントに入るなりいきなりだよ。いろいろ、忙しそうだなぁ。
「で? 手っ取り早く出来る事ならいいけどなぁ」
出来れば、夜は宿に帰って寝たいんだよなぁ。
「ああ、まずは、魔獣の死骸がゾンビに変わる前に処理をしようという事になってね。君の魔法でどのくらい燃やせるかを聞きたかったのだ。こちらでも油を用意しようとしているんだが、いかんせん、量の確保が難しくてね」
「あっちの平原の魔獣の死骸だったら、今、俺の従魔が燃やして回ってるけど?」
「なに?」
「あっちの、バリケードの所にいた冒険者が、燃やさないとゾンビになって後が面倒だって言ってたから、炎が出せるのを呼んで、燃やして貰ってる」
「がっはっは。なんとも、面倒が無くていいじゃねぇか」
「そうか、既に実行中か。助かるよ。夜になる前に処理が出来たのなら、ゾンビ化の懸念はほとんどしなくて済むからね」
その時、テントの外が急に騒がしくなった。
「た、大変です! ほ、ホーンドラゴンが!」
テントの周辺警護を担当していた冒険者の一人が駆け込んできた。
全員でテントの外に出ると、山間に見える夕日をバックに、悠然と飛ぶドラゴン。う~ん、絵になるねぇ。
「ほ、ホーンドラゴン? この国は、どれだけ呪われていると言うのですか?」
なんか、ハイエルフお姉さんが絶望しちゃってる。まぁ、説明は面倒だから、後でもいいか。
「お疲れさん!」
俺は一人で前に出て、そう言って手を振った。
ゆっくりと、変な突風を出さないように、ホーンドラゴンが丁寧な着地をする。そして、俺に鼻先をこすりつけてきた。
か、可愛いヤツ。思わず、にやついちゃうなぁ。もっと、毛がフサフサしてたら、モフっちゃうんだけどな。
その時、ホーンドラゴンから、心へと伝わるモノがあった。言葉じゃなく、映像でも無いんだけど、場景が浮かぶような感じだ。『思い出す』とか、『考える』時の、思考に近い感覚。テレパシーってこんな感じなのかな。とにかく、ホーンドラゴンが何かを伝えようとしている。
それをしっかりと受け取った俺はカードをかざし、「ご苦労さん」と言ってホーンドラゴンを戻した。
振り返ると、両肩を落とし、間抜けな顔をしている三人のギルマスと冒険者たち。
「? どうした?」
「「「………」」」
なんか、疲れているようだ。長く魔獣と戦い続けてきたから、仕方ないんだろうなぁ。
「えーっと。疲れている所申し訳ないんだけど、ちょっと確認したい事が出来たんだけど?」
「どうしたんだね?」
「一応、向こうの平原はフェニックスが頑張ってくれて、燃やすのと浄化もしっしょにしてくれたらしい」
「ふぇ、フェニックス……」
「で、そのフェニックスが、ボロ切れ状態の、たぶん、人間っぽいのを見つけたらしいんだ。今にも死にそうだったから、フェニックスが少し魔力を分けてやったら、もう少しだけなら保ちそうになったらしい。だから、俺がすぐに行こうと思う。その人間がどんな立場の人間か、俺には判らないしな。紛れ込んだ野盗なのか、農民なのか、冒険者なのか。それによって、運び込む所が違うだろ?」
「そう言う事でしたら、わたしが一緒に行きましょう。この国の冒険者であれば、知り合いも多いですし、魔獣との戦いで傷ついていたのでしたら、この度の戦いに参加した冒険者である可能性もあります」
「あ~、マレス? わざわざ君が行く必要はあるかね?」
「人を選抜する時間も惜しいですし、現場を直接見ておきたいと言うのもあります。急いで帰るつもりなので、ご心配にはおよびません」
「まぁ、いいか。ヤマトくん。マレスを頼んだよ」
「頼まれる、って仕事でも無いみたいだけどな『鷲獅子』」
俺はカードから二頭のグリフォンを出した。
「さっさと行きましょう」
その内の一頭に跨り、驚いているマレスを促した。
そして、山を越えた後は低く飛んで、草原の現状を確認した。ほとんどの魔獣の塊は無くなっている。所々煙が上がっている所は残っているけど、肉の焼ける匂いという感じも無くなっている。まぁ、髪の毛の焼ける匂いは残っているので、決してさわやかと言うわけでは無いんだけどな。
そして、草原を抜けて、針山のような小さな山岳地帯に入った。その奥に、俺のフェニックスが居るのが感じられる。かなり近づいた感覚があったため、グリフォンから降りて歩く事に。念のためグリフォンたちには周辺警戒を頼んである。
そして、小さな山の中腹にフェニックスの姿があった。
ちょっと登りにくいけど、登れないほどでは無い。ガラガラと崩れる岩に苦労しながら、山を二十メートルほど移動してようやく到着した。
そして。
「リッカ!」
マレスが飛び出した。
「リッカ! リッカ! しっかり! お願い! しっかりして!」
マレスが取り乱している所へ、ようやく俺も到着。フェニックスから心の情報を受け取ると、もうしばらくは大丈夫のようだ。
「あ~、マーちゃんだぁ。最期にマーちゃんに会えて良かったぁ……、ねぇ? マーちゃん? リッカねぇ、フェニックスとキスしちゃったんだよぉ………。へ、へぇ。い、い、でしょう? ……マーちゃん……」
「リッカぁ、しっかりしてぇ!」
取り乱しているマレスを放って置いて、俺は魔導書を手に取る。リッカという女性は、既に両手足がもげ、片目も完全に潰れている。見えないけど、内臓もほとんどが機能していないのだろう。これで、良く今まで生きていられたもんだ。リカバリーも、かなり強めに掛ける必要があるだろう。
「多いなる慈悲の力とこの世の有り様を説く理より 瑕疵を補いて傷を癒す力 リカバリー!」
魔導書から立ち上る術式をしっかりと眺めながら、その術式にも間違いが無いか確認する。そして、第六事象から現実の、リッカという女性の『理』の部分に干渉させる。
え? 今、俺、何を考えた?
なんか、リッカという対象者の『理』? ってモノが認識出来たような気がする。え? そう言う事?
俺が一人で疑問に悶えている間に、リッカの手足は復活し、顔からも傷が無くなった。
「あ~、体から、痛いのが無くなっちゃった~。いよいよ、お別れだねぇ。本当のマーちゃんは元気かなぁ。元気だといいなぁ……」
「…………」
「…………」
「………、あれぇ? なかなか消えないなぁ」
その後、リッカはおもむろに起き上がり、そして自分の手足を確認している。周りの状況やフェニックスも見ている。
「リッカ~!」
その様子に安心したマレスは、リッカに泣きながら抱きついた。
自分を抱きしめながら泣いているマレスをボーっと眺めていたリッカだが、そこで俺の存在に始めて気がついたようだ。
「あれぇ? お兄さんはどなたですかぁ?」
「貴方の生まれ変わり先を決める神様です。貴方には異世界で男へと転生して貰い、その世界の女性とエッチな事をいっぱいしてもらい……」
「のくたぁんへ行け!」
突然のマレスの絶叫によって遮られてしまった。
「どうしたの? マーちゃん? 無責任ハーレムは男の夢だよね?」
「リッカ! 女性の貴方が言うべき言葉ではありません!」
「まぁ、まぁ、マーちゃん。落ち着いて」
「貴方までマーちゃん言わないで下さい!」
ちょっとしたパニックだった。まぁ、俺とリッカは大笑いしてたけどな。
そして、ようやく落ち着きを取り戻し。
「そっかぁ。あたし、助かったんだねぇ」
「その感想の前に、あの会話が出来るという所に不安を感じるのですが…」
「そっかなぁ? あたし、いつもと変わらないと思うけど?」
「そ、そう言えば、そうでしたね……」
「うん、うん、仲が良いというのはいいもんだよなぁ」
「えへへぇ、照れるねぇ」
「今までの会話で、そのセリフが出てくる根拠を、どうしても聞きたいのですが?」
「もうすぐ、完全に暗くなっちまいそうだ。さっさと帰ろう」
「私の質問が……」
まず、フェニックスをカードに戻した。
「ああぁ! あたしのフェニちゃんがぁぁぁ!」
「俺んだ!」
「フェニちゃぁぁん。グス、グス。もう、お別れなのね。あたしとの事は遊びだったのねぇ。いいのぉ。あたしは遊んで貰えただけで幸せな女なのぉ」
「リッカ? 私、貴方のそう言う事が理解出来ないのですが?」
「グリフォン三頭あるから、さっさと乗って出るぞ。暗いと飛びにくいらしいからな」
会話のまったく噛み合わない三人が、三頭のグリフォンで空に舞った。
そしてテントへと到着。さすがに、ホーンドラゴンの後では、グリフォン三頭は驚かれなかった。たぶん。
そして、降りてきたリッカを見た冒険者が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「「リッカさん!」」
「やっほぅ。みんなぁ、元気ぃ?」
人気者のようだ。皆が取り囲んでワイワイと騒がしくなっている。
「ご苦労だったね。どうやら、ここの冒険者でも、中核の一人という感じかな。ああいう冒険者が生きて帰ったという状況は、皆にやる気を起こさせるものだからねぇ」
「はい。リッカは近年では稀な異名持ちなのです。本当にリッカが生きていてくれて良かった」
「ほう。あの嬢ちゃん、強いのか?」
「魔導書使いとしては規格外だったと思っていました。……、その、昨日までは…」
「ぐわっはっはっは。規格外でいいじゃねぇか。こっちは常識外れ、ってんだ」
「常識外れとは、酷い言われ様の人も居るもんだなぁ」
俺じゃないよね? というアピール。
「それでな、常識外れくん。一度、わたしを連れてエルダーワードのギルドと往復して貰いたいんだが、大丈夫かね?」
アピール失敗。
「往復? 今晩はギルドで休むんじゃないのか?」
「夜の警戒こそ必要だからねぇ。今晩はこちらで詰めているつもりだよ。ギルドへの往復は、冒険者用の生活魔法の魔導書を持って来て、ここで、警戒に当たっている冒険者に使って貰おうと思ってね」
「ああ、なるほど、納得。夜の警戒には、俺の従魔も出そうか?」
「夜の警戒に得意なモノが居るのかね?」
「夜に強いというわけじゃないけど、ロックジャイアントとライトニングゴートなら、問題は少ないんじゃないかなぁ? それ以外は、やっぱ、空飛ぶ系は夜に弱いしな」
「空飛ぶってのは夜が駄目なのか?」
「フクロウとかは夜に飛ぶけど、やっぱ、鳥系は夜が苦手だな。高い所を単純に飛ぶだけなら何とも無いらしいけど、低い所で木だとか建物だとかがあったら、飛んでる時には見えにくいみたいでなぁ」
「ほう。そう言うモンなのか」
「なら、ロックジャイアントぐらいは借りようか。山の中で警戒に当たって貰えれば大変助かるだろう」
「『岩巨人』! ロックジャイアント! 今晩一晩、えっと、そうだな。マレスの言うとおりに従ってくれ。魔獣に対する警戒と、迎撃が主な作業だ。それ以外でも手助けが必要かも知れないから、臨機応変に手伝ってやってくれ」
「うわぁい。ロックジャイアントだぁ。頂戴?」
勢いよくリッカが走り込んできて、ロックジャイアントにしがみついた。
「やらん。ロックジャイアントはマーちゃんの言う事を聞くように命令してあるからな。今晩一晩限定で」
そう言っているんだが、リッカは聞いていないようで、ロックジャイアントでロッククライミングしている。落ちそうな時はロックジャイアントが密かに手を添えているので、酷い事にはなりそうもないから問題なさそうだけどな。
「わ、私の事をマーちゃんと呼ばないでください」
「おーい。マーちゃーん。やっほー!」
ロックジャイアントの頭の上で、リッカが手を振っていた。
「どうした? マーちゃん。ちゃんと手を振ってやれよ?」
「もう! どうして、今日はあんなにはしゃいでいるのでしょうか」
「ああ、今日はめい一杯、眠るギリギリまで、はしゃがせてやれよ」
「え? それは、どういう事ですか? ヤマト?」
「ああ、嬢ちゃん。そいつの言うとおりだ。出来れば、夢も見ないほど疲れて眠る、って事を、当分の間、続けられるってのが一番いいんだがな」
「ジーザイア? 申し訳ありません。良く判らないのですが?」
「うむ。と言う事で、ファインバッハ。説明!」
「まぁ、仕方ないか。マレス。あの人間の女性は、つい先ほどまで、死の恐怖にさらされていたわけだね。その恐怖というモノを想像できるかな? 一瞬だけ感じた死の恐怖だけでも、人の心は傷つくのだ。ましてや、長い時間、ただ何も出来ずに、死を感じ続けるというのは、拷問よりも恐ろしいものになる場合もある。おそらく、あの女性は、一瞬でもその場景を思い出したとたんに、その時の恐怖を思い出して、泣き叫ぶ事にもなるかも知れない。わたしは、それが、十年以上の苦しみになると思っているがね」
「こ、心の傷。私は、それを体験していない事を、喜ぶべきなのでしょうね?」
「当然だ。死の恐怖というモノは、実際に死ぬ時だけで充分なものだよ」
「心の傷というモノは、治す事ができないモノなのでしょうか?」
「その、前後の記憶を完全に消し去れば、可能性がある、などと言われているが、本当にそうかははっきりしていないね。記憶を消しても、本人には覚えのない恐怖が蘇る、などという話しも、本当かどうかは判らぬが、聞いた覚えもある」
「では、どうすれば?」
「心が、それを過去のモノとして記憶を薄く削っていくのを待つだけ、だと言う事だ」
とりあえず、その当事者のリッカは、ロックジャイアントの腕を水平に持ち上げさせて、右から左へと飛び回っていた。
「ねぇねぇ。あたしもこの従魔術欲しい!」
いきなり俺の目の前にぶら下がってきた。まるで忍者だ。身が軽すぎるって感じだな。
「教えてやるのはかまわねぇが。使う事はお薦めしないぞ?」
「え? なんでぇ? いっぱいもってるじゃん?」
「この従魔術は、相手をカードにしてしまうんだ」
「うん。便利だよねぇ」
「契約、と言うか、カードにする時は、カードになる事を承伏する心、従魔として仕える心が必要になる」
「従魔術なら、あたしも使えるよぉ」
「カードになった従魔は、体を消され、魂だけになってカードに収納される」
「う~、うん?」
「つまり、この従魔たちは、肉体的には完全に死んでる事になるんだ」
「え? え~? じゃあ、カードにする時に殺しちゃったの?」
「もし、無理矢理カードにしよう、ってんなら、殺す事になるな」
「って、待って。フェニちゃんは? フェニちゃんは不死身じゃないの?」
「俺とフェニックスが出会った時は、もう完全に死んでいた。でも、まだ魂は残ってたみたいでな、俺のカードになって生きるか? と聞いたら、その意志を示してきた。だから、カードにする従魔術を使って、カードにしたんだ。もし、可能だったら治療魔法で助けてるよ」
「でも、フェニちゃんが死ぬなんて……。どういう状況だったの?」
「ああ、えっと、場所的には、ここみたいな尖った山の多い山岳地帯だったな。本来は山が連なってたんだろうが、俺が行った時は色々と酷い状況だった。
城ほどの大きさがある、大ナマズが、山の中で飛び跳ねて、水が無い事に対して苦しみ、暴れ、跳ね回っていたんだ」
「城ほどもある大ナマズ? そんなの居たっけ?」
「で、フェニックスやグリフォン、このロックジャイアントもそうだが、皆すりつぶされて、息絶える寸前か、息絶えていたのしか居なかった。助けられのは助けたが、ほとんど死んでる、ってのは、カード化するしか生き残る道は無かった、ってわけだ。
息絶えたのでも、魂が残ってて、俺のカードになる意志があった連中が、こうして俺のカードになってる、ってわけ。
魂からの意志で、こいつらは俺についてくる事を決めたんだ。だから、俺はこいつらを誰かにやる、なんてつもりはない」
「うーん、そうなんだぁ……、あっ、そうか!」
「な、なんだぁ?」
「判ったぁ、判ったぁ。フェニちゃんが死んじゃったわけ」
「そんなの、今更関係あるのか?」
「今更は関係無いけどぉ。気にならない?」
「ガルモアのギルドにある、Fランク冒険者向き、美味しい依頼情報、と同じ程度には気になるな」
「それは、気にならない、と言う、遠回しの発言ですかぁ?」
「そこそこ、から、けっこう、気になる、って事だが?」
俺の発言には、ファインバッハとジーザイアが揃って頷いていた。
「まぁ、推測ですがぁ、フェニちゃんの死んじゃったわけを、発表しますぅ」
「で?」
「大ナマズによって、山岳地帯ですりつぶされた、って事が原因と思われますぅ!」
「いや、あの、まんま、だけど?」
「これがぁ、火山地帯でぇ、ドラゴンにすりつぶされても、フェニちゃんは何とも無かったはずなのですぅ」
「え? そうなの?」
「ああ、なるほど。リッカは、フェニックスの属性が完全に『火』で、大ナマズの『水』と山の『土』により、強くすりつぶされて、耐性として存在を越えてしまった、っと言いたいわけですね?」
俺は、カードからフェニックスを出して、聞いてみた。
「そうなのか?」「クエー!」
フェニックスの心象が流れ込んでくる。確かに、炎属性か風属性でも味方してくれていれば、すりつぶされるという最悪のドジは防げたみたいだ。
「まぁ、そう言う時もあるさ」
ちょっと可哀想になって、撫でながら慰めてしまった。
「あ、あ、あ、あたしのフェニちゃーん!」
リッカが飛んできた。フェニックスを抱きしめて、しきりにモフモフしている。フェニックスは必死に逃げようとしているんだけど。戻していい物かどうか、判断に迷うな。
「あの? リッカ? リッカは何故、そのフェニックスに拘るのでしょうか?」
俺の代わりにマレスが聞いてくれた。うん。気になるよなぁ。
「このフェニちゃんはぁ、あたしのファーストチッスの相手なのですぅ。イヤーン」
嫌がってるのはフェニックスなんだが…。
「ヤマト? どういう事でしょう?」
「あ~。ボロ切れ状態の彼女を見つけた時、命が消えそうだったから、フェニックスが自分の魔力を唾液に含ませて与えようとしたんだ。で、傷口からねじ込んでも良いけど、そのショックで死んじゃう、ってのもアレなんで、口の中にねじ込んだらしい。必然的にベロチューになっちゃったわけだ」
「イヤーン。もう、お嫁さんにいけないのぉ」
なんか、フェニックスが必死に形相になって逃げようとしている、ってのは、貴重な映像なんだろうか?
「あの、ヤマト? ちょっと気になる事があったんだけど、聞いてもいいかしら?」
「なに?」
「フェニックスの生き血に、不老不死の効果があるという噂があったのだけれど……」
「簡単に言えば、でたらめだな。鳥にとって薬になるモノが、人にとっても薬になるとは限らない、ってのもあるし、元々の、フェニックス自身の不死身性は、その独特の魔力と炎で出来た体だからな。今回、リッカに与えたのも、魔力を譲渡しやすい形に変えたためだし、その魔力自体はフェニックス以外は使えない。これは人の魔力についても同じだよな。
要は、フェニックスが魔力を譲渡しようとしない限り、その力は与えられないし、与えても、せいぜい、ヒールよりも弱い程度だ。自分自身になら、肉体の再構成ぐらい出来るけど、これだって、ほとんど火だから出来る事だしな」
「ありがとう。参考になりました。まぁ、当たり前ではある結論でしたけど、色々と腑に落ちる、という感じです」
「フェニックスを無理矢理捕まえて、その場で切り捨て、その血を浴びた、なんて話しも有るみたいだけど、モノが魔力だからその残滓の影響は受けるだろうけど、その血を浴びた者が数百年以上生きた、なんて記録は見つからないもんなぁ。
実質的には、治療効果のある魔力をたっぷり含ませた鶏の生き血を飲ませた、ってのと、似たような効果しかないと思うぞ」
「死者が蘇った、という伝説も無いわけじゃないのですが?」
「それは、フェニックスじゃなく、悪魔かなんかの仕業じゃないのか? もしくは、魔法使いが、何かをエンチャントしたって可能性の方が高いか」
「そちらの方が現実的な意見ですね」
「俺が従魔契約をしているが、カードの方は、もっと深く繋がるようだ。言葉じゃないのに、色々伝わってくる。で、フェニックスからは、たとえフェニックスの命を全部使ったとしても、俺の命を蘇らせる事は出来ない。だから気を付けてくれ、という心象をいつも受け取っているんだ」
「うん。これで、フェニックスの講義は終了しよう。出来れば、魔獣に関する話しは、詳しくまとめてギルドへと流して貰いんだがね。珍しい魔獣の生体であれば、情報料もそれなりに出す規定になっている」
「それは、ギルドの依頼達成扱いになりますか?」
バナナはオヤツに含まれますか?
「いや、依頼達成扱いには含まれなかったはずだ。大抵は自分の従魔の生体を詳しく報告してくれるだけなのでね、ギルドとしては冒険では無いという判断なのだ。その代わり、情報料は弾むわけだがね」
「は、早くしないと、Fクラス冒険者のまま、ギルド登録を抹消されてしまう!」
「………………………、えっ?」
ファインバッハとジーザイア以外の、間抜けな声がボンヤリと響いた。




