22 魔獣の海
2020/12/30 改稿
次の日の朝、ようやく、ギルドマスター専用の魔導書二十冊が出来上がった。なかなか魔石が見つからなかったんだよ。買えば良かったんだけど、なんか悔しいから、夜毎に狩りに行ってた。
魔石さえ揃えば、後は単純作業。さっそく出来上がった二十冊をアイテムボックスに入れてエルダーワードのギルドへと向かった。
あ、やべ。普通に表から入っちゃったよ。
仕方ないので、「ギルマスに本のお届けでーす」と言って、受付から普通に入れてもらった。ギルマスの秘書もしているお姉さんだったので、あっさりと入れた。
しかし、ギルマスの部屋には、ロダン作考える人の像があっただけだった。いや、ギルマスのファインバッハが苦悩していたようだ。
「ギルドマスター?」
秘書のお姉さんの呼びかけに返事がない。ただの彫像のようだ。って違うか。いつもは理性的なのに、怖いほどの表情で前を睨んでいる。これも違うか、たぶん、目の前のテーブルに置かれた手紙を見つめているんだろう。
一度秘書のお姉さんを顔を合わせてから、俺はアイテムボックスから二十冊の魔導書を取り出して、ギルマスの目の前にどさどさと乱暴に放り出した。
「なっ!」
あまりの事に驚き、腰でも抜かすんじゃないかと思ったほど狼狽えてた。
「ギルマス? ギルマス専用魔導書、二十冊、確かに納品しました」
その俺の顔を、呆けながら見ているファインバッハ。ファインバッハの珍しい、こんな顔を見られて、ラッキーなのか、それとも、アンラッキーなのか?
「あ、ああ、すまないね。これで、ジーザイアに文句を言われないですむ」
「ギルマス?」
「ん? 何かね?」
「眉間にシワが」
「お? おっと、これはいかん」
「で、手紙にはなんと?」
「わたしとジーザイアの古くからの友人で………。いや、いや、ヤマトには関係の無い話しだよ」
「俺には関係無くとも、ギルドの仕事には影響しているみたいだが?」
そう言って秘書のお姉さんを見る。コクコクと頷くお姉さんを見て、ギルマスが再び眉間を揉んだ。
「…………、ふぅ~。すまない」
「で? 手紙にはなんと?」
「……、どうしても手紙の内容を知りたいようだね?」
「俺じゃなく、お姉さんが、これからの予定を決めるのに、絶対に知りたい、って感じなんだけど?」
俺の言葉に、再びコクコクするお姉さん。それを見て、再び眉間を揉むギルマス。
「そうか。わたし自身の不甲斐無さから、なのでは仕方の無い事か」
そう言うとファインバッハは、今度こそ本当に深いため息をついた。
ファインバッハに届いた手紙は、古い友達からの別れの言葉だと言う事だった。しっかり、この手紙をあなたが読んでいる頃には私はもうこの世に居ないだろう。なんて言う言葉から始まっていたそうだ。
何となくだけど、一生の最期には、そんな手紙を残してみたい、という気持ちがする。受け取るのは勘弁だが。
その手紙のヌシは、ファインバッハとジーザイアの旧友で、共に冒険者として行動を共にしていたそうだ。その中で、一番にギルドからギルドマスターにならないか、という打診を受けたのが、そのマレスというハイエルフの女性だった。
ハイエルフというのはエルフの上位種族という事になっているらしいが、詳しい事はエルフとハイエルフだけしか知らないそうだ。人間には過ぎたる情報、だと言う事だった。
「どうしても知りたいかね?」
冗談半分なんだろうけど、ファインバッハがそんな風に聞いてきた。
「う~ん。知りたい事は知りたいかな。この町のお得スイーツ情報と同じぐらいには」
と、本音で答えたら、微妙な顔をされた。実は、お得スイーツ情報よりも知りたい率は低い、っていうのは言わないでおいた方がいいかも知れない。
『お得』な情報と、知っていても知らなくても変わらない情報だったら、『お得』な方がいいもんなぁ。
で、話しの続きだけど、このハイエルフがギルマスをしている国が、南の、間に国を二つ挟んだ場所にあるそうだ。そして、その国にあるダンジョンがあふれた、という内容が書かれていたと言う事だった。
『ダンジョンがあふれた』
俺には何の事なのか判らなかったけど、この世界にとっては相当にヤバイ事らしい。秘書のお姉さんは持っていた書類を落とし、しばらく、落とした事にも気付いていなかったみたいだ。
まぁ、ダンジョンがあふれた。という言葉から類推すると、ダンジョン内のモンスターが地上に出てきたんだろうな。定期的に狩って、数を減らしていかないと、中で魔獣が増えて、あふれて出てくるんだろう。
たぶん、当たっていると思う。
ダンジョンに潜る冒険者なら、初めから対応する装備や力量、覚悟を持っているが、地上の人々は、そんなモノは持っているはずもない。
地上にも魔獣は出るが、王国や町の警備団が定期的に狩るし、そもそも、数が少ない。
ダンジョン並みのエンカウント、ってのは、地上では稀だ。まぁ、地域によってはあるらしいが、人の住んでいる場所の近くは、比較的平和だ。
でも、ダンジョンがあふれたら、魔獣は人里を目指すだろう。魔獣にとっては地上の人間なんて、格好の餌でしかないだろうからな。
なら、そうなった時の、ギルドの仕事は?
まず、ギルド登録の冒険者を非常招集して、さらに、周辺国へ援護と援助を要請する事か?
同じギルド同士での助け合い、って、こういう時のためにあるんだろ?
「エルダーワードのギルドからも援助を向かわせるのか? その割り振りに悩んでいたって事か?」
「あ? ああ、違う。そうか、まだ君はFランクだったな。うん。
こう言う時は、ギルドは、周辺国のギルドに援助を要請するわけだが、国によってはその要請先を制限される場合があるのだよ。
特に、マレスの居る国は、他国とは仲が悪くてね。要請を出しても、答えてくれる国があるかどうか。そもそも、他国に救援の要請を出すなんて事もないだろう。
エルダーワードでも、たとえ要請があったとしても、応えるかどうかは微妙だな。特に今の時期だと、騎士団が使い物にならない状態だろう? こんな時に、優秀な冒険者を他国に送り出す事は、ギルドとしても、王国としても許可出来ない」
「つまり、ファインバッハは、古い友達を、状況的な判断で見殺しにしなければならない、と言う事か」
「酷いね。でも、その通りだ。私は、この国のギルドマスターなのだから。そして、それはマレスも判っている事だ。それ故の別れの手紙という事だな」
こう言う時、祖母ちゃんはどう言うだろうか? 体裁や体面でやりたい事が出来ないなんて、本末転倒も甚だしい。とかだったかな?
いや、それよりも、アレは何と言うだろう?
と、言う事で、アレに会いに行く事にした。
「ほんのちょっとだけ、失礼します」
そう言って、俺はルーネスのギルドに設置された転移部屋のマーカーに向かって転移した。
そして、やる事やって、エルダーワードのギルドに設置された転移部屋のマーカーに転移して帰ってきた。
「おう、ファインバッハ! さっさと準備しやがれ!」
そう、ルーネスのギルマス、ジーザイアに事の成り行きを説明しに行ってきた。位置的な関係から、まだルーネスには手紙が届いて居なかったようで、一から説明しなくちゃならなかった。そして、聞き終えたジーザイアはいつもの補佐官に「後は頼んだ」という一言でギルドを任せ、戦闘準備をしてから俺と一緒にエルダーワードへとやって来たというわけだ。
「ジーザイア、君も一国のギルドを仕切るギルドマスターだろう? それが許されるとでも思っているのか?」
「ああ? 何を言ってやがる。俺は、ギルドマスターの仕事を休んで、古い友と酒を飲みに行くぞ、と言っているんだ。ギルドが、なんの関係がある?」
「………、ジーザイア。確かに君の言うとおりの事は出来るが、今更、私と君の二人が行ってどうなる? マレスでも抑えられないダンジョンのあふれを、どうにか出来ると思っているのか?」
そこで、ジーザイアは俺の肩を抱くように組んだ。それは、もう、絶対に逃がさねぇよ。と言う強い意志を持って。
まぁ、俺も、ここでさよならなんてする気も無かったけど、やっぱり、ちょっとだけ、げんなりした。
「ファインバッハ。なんか言ったか? あふれたダンジョンの魔獣? それがどうした?」
「ヤマト? 君はそれでいいのか?」
「まず、町で、必要な物を買って行こう。ジーザイア? アイテムボックスは?」
「おお、ファインバッハから貰ったぞ」
「じゃ、荷物持ちは要らないな。そして、ガンフォールの所で一番早い飛行船を借りよう。飛行船なら、その国まで、どのくらいでいけるかな?」
「あの飛行船か。なら、今日中には着けそうだな。本来なら、山道が続くから歩きで一ヶ月、って所だ」
「え? じゃ、手紙も一ヶ月前?」
「いや、この手紙は従魔便だから、遅くとも一週程度だろう」
手紙程度なら、空飛ぶ従魔や、足の速い従魔で届ける事は出来るそうだ。ワイバーンを使った飛行便もあり、この前のレースにも出場していたらしい。
「一週。保ってるかな?」
「マレスなら大丈夫だろうが、援助のあても無い状況だと、周りの者たちが潰れるだろうな」
「食料品を多く買って、出来るだけ早く向かおう。手みやげはギルマス専用魔導書なら、喜んでくれそうかな?」
「おお、二十冊出来たのか。さっそく、一冊貰うぞ」
テーブルの上に置いてあった三冊の魔導書をかっさらい、さっさとアイテムボックスに入れてしまった。きっと、ファインバッハが、ギルド全体で会議でもやって決めよう、とか言うと思ったんだろうな。
それを見たファインバッハも諦め、一冊をアイテムボックスに仕舞うと、残りを秘書に頼んで金庫に入れるように指示した。
「食料はどうする?」
「俺としては、すぐに食える物がまず必要だと思うから、町の露店の出来立てを出来るだけかっさらうのが良いと思う。後は、行く途中で、肉になりそうな魔獣を狩るか?」
「おお、それはいい考えだ。アイテムボックスは時間停止だから、出来立てなら、何時までも出来立てなんだよな」
そこで俺は二人に、木で作った大皿を十枚ずつ渡した。
「露店の物は手渡しだからな。皿は足りなくなったら近場で買ってくれ。集合場所は、町の南東にあるガンフォール船場、って事でいいか?」
「おう」
「先に行ってくれ。わたしも準備をしたらすぐに向かう」
そして、同じ場所で買うのも効率が悪いので、ばらけて町を走り回った。まず、一カ所の露店で、「この皿に出来るだけ盛ってくれ。金が足りなければその時に付け足す」と、言って銀貨十枚を渡す。それを、次々と繰り返して、出来上がった頃に回収して回った。
さらに必要になりそうなのは、大量の布。裂けば包帯になるし、アイテムメーカーの素材にすれば、色々な物になるので、今回に使わなくても在った方がいい。下着類の替えも在った方が便利だろう、と言う事で、店にあった物を根こそぎ買ってきた。毛布も必要かな? と言う事で、在るだけ買ってきたけど、もう暑い時期なんで、使うかは微妙だ。まぁ、冬には使う事になるかも知れないからいいだろう。
そして、最後に材木屋に行って、きっちりと材木に切りそろえられた物と、丸太状態の物をあるだけ買ってきた。
俺が持っていた金はこれで使い切ったので、後で手持ちの魔石を売りに行かないとなぁ。
ガンフォールの所で、事情を説明。ガンフォールからは試作中だという、垂直尾翼のある飛行船を貸してくれる事になった。
やや大型になっていて、操縦席がかなり前に移動していた。もう、帆を張るとかは除外して、魔導機関だけの飛行船にしたそうだ。おかげで、操縦席の風防の後ろに余裕が出来て、操縦者以外にも四人用のシートも作りつけられていた。
弟子入り志願、という名の産業スパイも多く来ていたが、ガンフォールは技術を秘匿するつもりは無いので、便利に使っていた。何しろ、弟子にしてくれたら、逆に金を払って、馬車馬のように働く、という約束をしたそうだから。
俺が渡した契約魔法を上手く使っているようだった。
ガンフォールにはアイテムボックスを渡してあるので、大事な物を盗まれる心配も無いし、これで当分は安泰だろう。
ファインバッハとジーザイアも到着。二人とも、露店の食料以外は、ファインバッハは小麦や塩を大量に買いあさり、ジーザイアは武器と矢を在るだけ買ってきたそうだ。性格が出るもんだねぇ。
三人で飛行船に搭乗。ガンフォールもついて行こうか? と言ってきたが、ダンジョンがあふれた現場だから、って事で念のために断った。ガンフォールなら簡単に叩き潰しそう何だけど、もしも、って事があると、飛行船業界が終わってしまうかも知れない。
そして離陸。風圧式推進器を作動させて前進を開始する。
ゆっくりと。
と、いうつもりだった。ホントだよ。
まず、俺がしたのは、魔力伝導式操縦球から手を放す事だった。あまりの加速に、一瞬、意識が飛びそうになったんだよ。
「な、なんだ、今のは」
シートのおかげで吹っ飛んでいなかったジーザイアが、目を回しながら聞いてきた。
「ガンフォールが張り切り過ぎたのかなぁ。それとも、俺の魔力が最近増えてきたせいで、魔導機関が予定以上の力を出したのか」
と言う事で、動かし方を教えて、このメンツの中で一番魔力の弱いジーザイアが操縦してみることに。
「おお、こいつはおもしれぇ」
やっぱり、俺の魔力が上がっているせいだったようだ。魔力が上がるのは良いんだけど、こういう、微妙な操作に影響がでるのは面倒だよなぁ。
おもしろがっているジーザイアに代わってファインバッハも操縦してみた。
ジーザイアよりも速度が出て、初めは驚いたが、それでも許容範囲だったのでそのまま操縦している。結局、俺だけが危険だから操縦できない状況のようだ。
転移でガンフォールの所に戻って、一番遅い船でも借りてこようか? 一瞬だけど、マジでそう思った。
山岳地帯に入った所で大きな鹿の魔獣を発見。群れで二十頭程居たので、三人で狩りをしてそれぞれのアイテムボックスに収容した。気絶させただけでも収容できるし、出す時も気絶した次の瞬間だから、出したとたんに暴れ出す、とかいう心配もない。生きていると処理をする必要があるが、新鮮だから喜ばれるはず。血も利用するから、生きている状態から処理した方が、利用出来る部分も多くて無駄がないそうだ。魔石も取り出さず、現地へのお土産にする事も決まった。
食料の確保もすんだので、一気に目的地に飛んだ。
とは言っても、山を七つと草原を三つ越えるだけだった。判ってるって、それが、歩きだとどれだけの苦労になるのかは。って言うか、俺たちが飛んできたルートを、本当に一ヶ月で踏破出来るのかが不思議だ。岩だらけの山道も在ったし、そもそも道って何? 美味しいの? って言うような場所ばかりだった。
とにかく、目的の国に入った。ファインバッハは操縦をジーザイアに代わらせ、しきりに地図と現地の地形を見比べている。地図とは言っても、江戸時代の、伊能忠敬以前の地図よりは、多少はマシ、って感じの地図のため、実は隣の国でした、なんて事も有り得る。
でも、ファインバッハの目は確かだったようだ。
「アレだ。あの丘にも見える小さな山が、例の重し山だ。その南側だから、向こう側にダンジョンが在るはずだ」
俺にも見えた。あの丸い岩の塊のようなのが『重し山』って言うんだな。確かに、重し用の岩に見える。俺の世界だったら、漬け物石山、とか、ハンバーガーヒルとか呼ばれそうな山だ。
そして、その山を越えた所は海だった。
いや、平原なんだとは思う。草原だったかも。実は森だったかも知れないけど。
そこには、ゴブリンを始め、醜悪な魔獣が海の津波のように押し寄せてきていて。地面が真っ黒で見えない。
魔獣が七で地面が三。魔獣で濁って地面が見えない! って報告をしておこう。
報告は冗談でも、状況はマジだった。
「冗談だろう?」
ジーザイアが船の上から見下ろしながら、青い顔で震えている。
「どうやったらこれに耐えられる、ってんだ」
心配なのはマレスというハイエルフなんだろう。俺も、この状況で一週なんて、とてもじゃないが保たないと思う。
でも。
東の端に、炎が立ち上った。
その後は一本の竜巻が周囲を舐めていく。
「はっはっは~。どうやら間に合ったみてぇだな」
「そのようだ。ジーザイア、船を適当な所に下ろしてくれ」
「おうよ! 適当な所だな!」
威勢良く応えると、船の操船をしていたジーザイアは、船の速度を上げながら高度を下げていった。それは、もう、地面ギリギリという高度で。
はい。船の床下からバッコン、バッコン、っと、かなり固いスイカをバットで叩き割っているような音が響いてくる。
ガンフォール。ゴメン。ワンピースで返す事が出来ないかも。このままジーザイアに任せてたら、飛行船の立体ジグソーになるかもなぁ。
誕生日のプレゼントに、千ピースのジグソーパズルをくれた武藤くん。君の事は適当に忘れないよ。何なんだよ『青空』のジグソーって。それをやりきった俺って…。
船は高さ五メートルと言う所で空中に止まった。そして、ジーザイアとファインバッハは嬉々として飛び降りていった。
はいはい。船を仕舞うのは俺の役目ってことだねぇ。でも、どうせ俺には動かせないんだから、騒動が収まるまで、どっちかが持っていてくれてもいいだろうになぁ。
で、俺も飛び降りようと思ったけど、その前に状況確認。
場所は魔獣の海と化した平原の東の端。どうやら、東の端には町へと続く隘路が在るようだ。元々こういう時のために細く作ってあるようだけど、海の如く湧く魔獣では、たとえ道を塞いでも乗り越えてくるだろう。正直、山と同じぐらいの扉でも、この数だと意味がないだろうな。
だから、そこで戦っている連中にとっては、その場所が最後の踏ん張りどころ、って事だ。
そして、反対側を見ると、魔獣に向かっている勢力は見あたらず、全てがこちら向きになっている。
つまり、ここから魔獣方面だと、魔法を遠慮無く使ってもいいんじゃねぇ? って俺としては結論づけたんだけど、どうかなぁ?
俺は、音の拡大呪文を発動させ、東に向かって質問を投げかけた。
「ここから向こう側へなら、遠慮なくやっちゃって、いいっすか~?」
しばらく、東の端の戦闘を眺めて、答えが返ってくるのをぼーっと待った。そして、遠くでファインバッハが手で丸を作ったのを確認した。
よっしゃー! 承認キター!
まずはいくつもの竜巻で構成された大嵐! 俺は魔導書を片手に、「嵐さえも恐れる嵐よ、天と地をつなぎ、全てをその渦の中に!」っと唱え、開かれた頁に魔力を注ぎ込む。充分に魔力が浸透し、第六事象に魔術式がしっかりと構成されるのを確認した。
「トルネード フローディング」
術式の名前を言う事で、術が第六事象から現実へと干渉する。そして、魔獣の海が竜巻の大嵐に見舞われた。
今回はどんなに高く巻き上げても良いから、途中で止めるなんて事はなし。ちっこいクズは遠くへ飛んでけー!
見ると、嵐の効果範囲の外にもまだまだ魔獣がウヨウヨ居る。そう来なくっちゃなぁ。
次も、前回は不完全燃焼だった火の弾の魔法。あっつい溶岩の塊を撃ち出す呪文だ。「火の山の奥深き所に眠る白熱に輝く溶岩よ 砲弾となりて我が敵を討て」、その俺の言葉で魔導書の頁が開く。
そして、俺の魔力が注ぎ込まれるので、魔力量を調節して、出来るだけ大きな溶岩にする事にした。
「ラーバ キャノンボール!」
術式名と共に発生した、白熱する溶岩弾は、俺の世界の一般的な二階建ての家が、二つは入りそうな大きさだった。
ま、いいか。
狙いを定めて、『発射』の意志を込めると、大砲の弾の様に勢いよく発射された。それは、ほんの一瞬で一キロ弱の距離を移動し、その先を炎の地獄に変えてしまった。
飛び散った白熱の溶岩が、散弾銃のように広がり、当たった魔獣をことごとく燃やしていったからなぁ。水滴一つ分ぐらいの飛沫でも、白熱している温度だと、殺人レーザーに当たったのと同じ事なんだな。
今度は、少し大人しくいくか?
ホーミングして絶対に当たる魔法の槍を、魔力めい一杯にしたら、どうなるんだろう? わくわく。
「災厄を許さぬ守りの槍よ 我が怨敵の牙を残らず打ち砕け! チェイス スピアーズ!」
あ~。数が数えられない。空中に浮かんだ魔法の槍で、俺の周囲が暗くなったよ。どんだけ?
そして、俺に敵意を向けている魔獣に向かい、『自動』で飛んで行った。
その後は、ヤケに静かだな。という感想だけがあった。嘘です。とんでも無く生臭い匂いで気持ち悪くなりそうだった。
魔獣の海が、今度は血の海になってしまった。全て炎系でいくんだったと反省。同じ失敗は繰り返さないようにしよう。
でも、しまったなぁ。まだ、試したい魔法はあったのに、前回の不完全燃焼を試しただけで終わってしまった。もっと手加減すれば良かったかな? でも、それだと、全力の力を確認出来なかったしなぁ。
俺は船の床に手を付いて、船をアイテムボックスに格納。足下が消えたので、そのまま地面に飛び降りた。
「うわ~!」
飛び降りた足下に、魔獣の何かが死んでいたので、足を取られて転んでしまった。嫌な匂いが服に付いた気がする。血も付いたけど、それ以外の何かもあったようだ。ひっでぇなぁ。
なんとか泥の沼よりも酷い、魔獣の死骸の沼を渡りきり、ジーザイアの居る場所まで歩いてきた。飛行船がまともにゆっくり動いてくれたなら、こんな事する必要なかったのになぁ。
「ジーザイア。お疲れ」
「おめぇのせいで、疲れてもいねぇよ。ったく、手加減って物を知らねぇのか?」
「む、昔、聞いた事があるような気がする」
「はぁ~」
「あ、あれ? そこで終わられると、ボケを用意していた俺の立場が無くなっちゃうんだけど?」
「おう、ヤマト。怪我人が居るらしいから、治療の方を頼むってよ」
「そうですか。スルーですか。治療の手が狂って、腕が六本になったり、脇腹から火を吹くようになったらゴメンね……」
「こら、こら。怪我人を脅えさせるんじゃねぇ」
皆が集まっている所に行くと、かなりの生き残りが居る事が判った。けっこう持ち堪えていたんだなぁ。動ける者は魔獣の死骸を移動させたり、バリケードの補修をしているようだ。怪我人は一番奥に集められて、無造作に包帯を巻かれて転がされていた。
「複雑骨折でバラバラとか、部位欠損のある人を集めてください」
一人一人やってる余裕ないしなぁ。ヒールで治るのは後回しで。先にリカバリーを必要なのだけやっちゃおう。最悪、気絶しても、その方がいいだろう。
結構な数が居て、全部で十五人。いや、ファインバッハに肩を貸されて歩いてくる女性が居るので十六人だ。最後の一人は、面影がファインバッハに似ていて、細身の美人だった、という印象。今は、顔のほとんどが火傷でただれ、片目の周りだけが、なんとか赤くなっているだけですんでいる。腕や足も、いろんな方向を向いていた。きっと、内臓も酷いんだろうなぁ。普通なら、諦めそうだ。骨の位置を直してからヒール、なんてやったら、どれだけの苦痛を耐えなくちゃならないんだろう。
話しによると、守りの要で、前に出る事は禁じられていたが、魔獣のゴブリンが少女を人質に取っているのを見て、飛び出した所を袋だたきに会ったそうだ。その人質の少女も。ゴブリンが木の枝に布を巻き付けただけのモノで、見事に騙されたと言う事で悔しがっていた。
そのゴブリンたちは、すぐに肉塊に変わったそうだが、その女性の受けた傷は最悪だったわけだ。
十六人が集まったので、しっかりと治療するために精神集中する。自分の中の魔力を練って、強くしようと心がける。何となく、最近、この感覚のフィードバックが判るようになってきた。爺さんも、その内魔法を使えるだろう、って言ってたから、魔法使いに近づいたのかなぁ?
「多いなる慈悲の力とこの世の有り様を説く理より 瑕疵を補いて傷を癒す力! リカバリー!」
強めに魔力を送り込み、複数対象で魔法を発動させる。一気に貧血のように力が抜け、その場に座り込んで仕舞ったが、結果は?
俺の前で激痛に悶えていたり、何かを諦めていた十六人は、皆、普通に立って、自分の手足を見つめていた。
「ま、まさか、無くした腕が戻るなんて……」
「め、目が見える。よ、良かった。見えるよ~」
「信じられない。まるで痛みが無くなった」
どうやら、大方は成功な様だ。
ファインバッハが連れてきた女性は? 見ると、喜ぶファインバッハの隣に、しっかりと立つかなりの美人が居た。ちょっと、引いちゃうぐらい整っている顔立ち。町でナンパするために待ち構えていても、絶対に声を掛けられない、って感じの美人だった。
「良かった。マレス。完全に治ったようだ。火傷の跡一つ無い」
「ほ、本当に? でも、ぐちゃぐちゃだった手足も何とも無いし、目もしっかりと見える」
「ああ、綺麗に治っているよ。ヤマトには本当に感謝だねぇ」
そうして、二人が俺の所へと来た。立とうとしたが、手で制される。「休んでいなさい」
「ありがとう。貴方のおかげで助かりました。私はこのガルモアのギルドマスターであるマレスと言います。ヤマトでしたね、本当にお礼を言います」
俺は今度こそ立ち上がって、大きく深呼吸をする、すると、少しだけだが、魔力が戻ったのを確認出来た。更に深呼吸を繰り返して、ようやく通常状態に戻った。
「や、ヤマトは、精霊使いなのですか? いえ、精霊使いでも、そんな事は出来ないはず……」
「マレス? ヤマトに何を見たのかね?」
「え? あ、彼が、呼吸をするように周りの魔力を吸収していった様に見えましたが……」
「ああ、納得いった。ヤマトは精霊使いなのではなく、魔法使いなのだよ。文字通り、いにしえの魔法使いだ。まぁ、今はまだ、魔法使いになりかけの魔導書使いという所だと思うがね」
「いにしえの魔法使いというと、周りの魔力をも使って、大きな魔法を使いこなしたと言う? 伝説と言うには、あまりにも昔過ぎます」
「だからと言ってその存在が途絶えたと言うのは早計だと思うがね。現にヤマトはその片鱗を見せているし、彼の師匠はれっきとした魔法使いらしいからね」
「貴方はその魔法使いの存在を確認したのですか?」
なんか、勝手に口論を始めたようなんで、俺は残りのヒール待ちの所へ行った。
リカバリーよりもヒールのが楽なので、ある程度疲れが残っていても全員の怪我を治す事が出来た。
俺たちが来るのがもう少し早ければ、という声も聞こえたが、自分の大切な仲間や家族を失った者たちの、当事者そのものの声なんで、甘んじて反論することなく聞く事にした。
俺たちも今日知ったんだし、これでも急いだんだけどねぇ。
全員が全快した事で、いろいろと手は足りるようになってきたようだ。バリケードの修理を手伝っていたジーザイアも戻ってきた。
「船や食料をジーザイアに渡して、俺はここにマーカーを打って、城の兵の訓練に戻りたいんだけどなぁ?」
「ふむ。そうだなぁ。こっちには戻ってくるのか?」
「夕飯前には終わらせるつもりだから、終わったら来るけど。そこで、二人のギルマスを、それぞれのギルドへ送り届ける、って事をしちゃってもいいのかな?」
「ダンジョンがあふれた、ってのが、どのレベルかまだ判らんしなぁ。今日と同じレベルのが明日も、って場合もある。他の場所を回ってる、って場合もあるしな。しっかりと無くなったってのを確認はしたいんだが」
「じゃあ、今晩二人をそれぞれのギルドに回収して、明日の朝、転移を教える魔導書使いを用意して貰って、俺がここまで連れてくる、ってのが、今後の面倒も無くていい、って感じかな?」
「ああ、それなんだが、ファインバッハの所は知らんが、俺の所はまだ転移譲渡の候補者が決まってないんだ」
「信用出来る冒険者が居ない?」
「居る事は居るが、ダンジョン馬鹿、って感じでな。そんな便利な魔法を覚えたら、俺の方の協力なんかそっちのけで潜って行っちまうようなヤツらばかりなんだ」
「信用は出来るけど、役には立たない、と」
「全くもって、その通りだ。そこそこの金は持ってるしな。ギルドからの雇い入れの金なんかじゃ、簡単に天秤をひっくり返されちまう」
「悪い冒険者じゃない、ってのだけが救いかぁ。まぁ、あと二~三日は俺が通う事にしたほうが、いろいろ便利かなぁ」
「ああ、そうして貰うと助かる」
そう言う事なら仕方なしと諦め、まずは俺のアイテムボックスに入っている飛行船と食料全部、更に毛布や布類をジーザイアに渡した。しっかりとジーザイアのアイテムボックスに入ったが、なんか、ギリギリだという感覚だったらしい。ジーザイアの魔力量か、他の何かが関係しているのかも。まぁ、今はその詮索は後回し。
今居る、平原の東の端の隘路の入り口にマーカーを打ち、念のため町の位置も聞いてからエルダーワードへと転移で帰還した。
◆◇◆◇ガルモア、冒険者ギルド所属の冒険者一同と三人のギルドマスター
ヤマトは一瞬で消え、エルダーワードへと転移で戻ってしまった。残されたのは、ガルモアの冒険者と三人のギルドマスター。
「さてマレス。まずは何をすべきかな?」
「どうしてファインバッハは、そうやって、いつも、人を試すかのような態度をとるのですか?」
「がっはっは。普通のエルフのファインバッハからしても、嬢ちゃんは子供みたいなもんだからなぁ。ハイエルフ様も形無しだな。っはっはっは」
「ジーザイア。貴方もです。貴方もギルドマスターとしての役職にて、責任のある立場になったのでしょう? もう少し落ち着いた言動をとるべきだと考えますが?」
「まあ、まあ。とにかく、さっさとやる事やって、疲れている連中を休ませてやろうや。でだ。まずはどうする?」
「もう、いつもそうです。
ふぅ。
とりあえず、残りの魔獣を確認して処理をしないと、休みたくとも休めません。疲れている皆さんには申し訳ありませんが、三人以上の組で周辺に散って貰って、残敵討伐を行って貰います。
ああ、ファインバッハ。あの、ヤマトという少年が倒した魔獣に関してなのですが、その魔石や素材はどのような扱いにした方が宜しいのでしょう?」
「あいつが、この程度の魔獣の魔石に興味はないだろう。はぎ取ったヤツが、まんま、もらっちまってもかまわんと思うがな」
「わたしもそう思うよ。はぎ取ったら、出来るだけ一カ所にまとめて、後で燃やしやすいようにしておく、という事で、許可してもかまわないだろう。
私とジーザイアで船を使って周辺の調査を行ってくるから、皆は、この周囲を片付けるのを優先してもらえればいいだろう」
「え? 船とはなんの事です?」
「なんだ、見てなかったのか」
そう言ってジーザイアはアイテムボックスから飛行船を取り出した。その船底は魔獣の血で赤く染まったままだった。
「え? 今、ジーザイアが空中から取り出した? え? 飛行船? え?」
飛行船は、取り出した瞬間は地上すれすれにいたが、すぐに五メートルほど上がって、そこで停止した。ヤマトがアイテムボックスに格納した時の状況が、その高さだったためだ。
そこで、まずジーザイアが足を開いて中腰になり、両手を腰の高さで組む。そこにファインバッハが走り込み、ジーザイアの手に乗ると、ジーザイアの持ち上げる力と、ファインバッハの飛ぶ力で、あっさりと船の甲板に飛び乗った。
魔力伝導球を握って操作し、船を地上に降ろす。こうすると、船尾側についているハシゴで楽に登る事が出来る。
二人はマレスを、ほぼ、無理矢理船に乗せ、固定されているシートに座らせた。そして、ニヤニヤしながら、ファインバッハが風圧式推進器に魔力を注ぎ込んだ。
「っ! き! き! き! …………」
悲鳴を上げる余裕もなく、一気に百キロを超える速度で飛び出した飛行船に目を見開いて、口をパクパクさせるマレスを、「どうだい、良い気分だろう?」っとジーザイアがからかった。
一応、脅かす事は終わったので、比較的ゆっくり、でも、普通の飛行船には不可能な速度で周囲を見て回りながら、話しをする事にした。
「と、とにかく、詳しい説明をよ、要求します!」
まだ、ちょとだけ、立ち直りきってはいなかったようだ。
「まぁ、これで三人になれたわけだし、極秘のギルマス会議をしてもかまわないだろう」
ファインバッハは飛行船を空中の一定の高さに留め、操縦席を出て皆と向かい合うように座った。
「おう、嬢ちゃん、……、いや、ガルモアのギルドマスターマレスよ。ギルドの理念を鑑み、話すべきでない事は秘を持って理念を守る事を誓え」
「え? は、はい。私、ガルモアのギルドマスターマレスは、ギルドの理念を制約と尊び、ここに約束する事を誓います」
「そういえばジーザイア、君は誓っていなかったな」
「おめぇもだろ?」
「あ、あなた達は………」
呆れるマレスを尻目に、二人は説明を始めた。まず、アイテムボックスを持っている事を。そして、まず、ファインバッハがマレスにアイテムボックスを与えた。
ファインバッハのアイテムボックスから出した、露店で鍋ごと買った汁物を、マレスが確認してから自分のアイテムボックスに格納してみる。さらに、ジーザイアの出した串焼きの盛られた皿を何枚も格納してみる。
「すごい。本当に伝説の通りのアイテムボックス」
「俺でも、この飛行船をアイテムボックスの中に格納できた。まぁ、ギリギリだったがな。おっと、これも入れてみろ」
そう言って出したのは、途中で狩った鹿型の大型魔獣。狭い飛行船がとんでも無い事になったが、マレスは慌てる事もなく格納した。
「い、今の魔獣、生きてたようですが?」
「おう、殺しちまうよりは、使える所が多いだろう?」
「生きているモノを入れられるなんて」
「一応、気絶させるとか、屈服させる必要があるらしいがな」
「つまり、人間も入れられると?」
「捕まえた野盗を運ぶのに、便利に使ってたぞ」
「信じられません。使い方によっては、大量の人間をさらったり、国から脱出させる事もできる程の、重要かつ、危険な魔法ではありませんか」
その言葉で、二人は微妙な顔をしてしまった。
「まぁ、アナザーワールドを見てしまうと、どうでも良い話しではあるんだがねぇ」
「そうなんだよなぁ」
「何の事です?」
アナザーワールド。別世界に大陸並みの空間と大地や森、海などを作り出し、その世界との間の繋がりを自由に開く事が出来る魔法。但し、世界を繋げるのは制作者のみとなるが、世界自体は使用される魔石に依存するために、制作者が存在しなくなっても、世界は存在し続ける。
「つまり、大量の人間を移送させるだけなら、アイテムボックスを使うまでもない、と言う事ですか」
「まぁ、今のところ、使えるのはヤマトぐらいだがね」
「教えてくれ、って言ったら、普通に教えてくれそうだがなあ」
「……、なんなのですか? あの少年は?」
「言っただろう? 魔導書使いだよ。正確には、魔法使いの弟子、って事なんだろうけどね」
「その、師匠という魔法使いに関しては?」
「正確な事は判らない。ヤマトの言う事を総合すると、彼の師匠は百年単位の仕事が入ってしまって、彼の師匠がバラ撒いた何かを、彼が回収する事になったそうだ。そのため、彼は師匠から教わる事が出来なくなった、と言う事らしい。そこで彼は、独自に魔導書の研究をしながら、捜し物をしている、と言う事だ」
そう言った後に、三冊の魔導書を取り出した。
「これは彼が作った物なんだが、我々に使いやすいようにされている。これは君の分だ」
「ギルマス専用? え? アイテムボックス作成魔法? 拘束型契約魔法に、念話? どんな冗談なのですか?」
「私とジーザイアは念話の登録をしてあるから、国が離れていても何時でも相談できる。これは重宝しているよ。行く行くは周辺のギルドマスター全てと登録すべきと考えている。ああ、もう一つの魔導書は、生活魔法の物だ。一応の魔力がある者なら誰でも使えるという魔導書だというのは判っているかね?」
「ファインバッハはいつも私を試すのですね。生活魔法ぐらい、この国の子供でも知っているますし、使っているモノです」
「それは、彼が作った冒険者用の生活魔法の魔導書だ」
「え? 灯り? 聞き耳? 望遠鏡? 眠気覚まし? 今の太陽の角度を知る? こ、これって」
「どれも便利そうだろ? 俺の所とファインバッハの所で作って、冒険者用に売り出そうってなってな。生活魔法の魔導書と同じ価格に出来たから、数を用意してから売り出さないと混乱するってファインバッハが言うモンでな。今は、たっぷり作ってる最中だ」
更に、ファインバッハはもう一冊の薄い本を指差す。
「ヒール? キュアポインズン? 最後のネズミ除けってのが良く判りませんが、これが、もし、一ヶ月前にあったら………」
「それについては、なんの慰めもできないな。我々も、これを受け取って二週程だしな」
「え?」
「つまり、まだ一般には出回っていないほどの、出来立てのモノなのだよ」
そこで、マレスは下を向いて、押し黙ってしまった。肩が震えているので、泣いているか、それを堪えているのだろう。
しばらく時間を空けてから、ファインバッハが居住まいを正した。
「マレス?」
「ごめんなさい。でも、この二十日間、一日たりとも安心出来る事のない日々が続きました。招集された冒険者たちは、皆、勇敢で優しく、頼れる方々ばかりでした。それが、次々と倒れ、私がもっとも信頼を置いていた魔導書使いは、自らが逃げる時間を捨て、最後まで魔法を放ちながら、魔獣の群れの中に消えました。毎日、毎日が絶望でした。そして、今日は、私と、この国の全ての終わりの日と覚悟を決めていたのです。
それが……、それが…、あまりにも簡単過ぎるのです。
これでは、ベリトや、カイラス、フーマ、ロックは何のために死んだのか判りません。ファインバッハ。教えてください、私たちの命は、どれほど軽いと言うのでしょう?
たった一人の魔導書使いが来ただけで、全てが終わってしまう。ただ、それだけの騒ぎに、私たちは何人死ねばいいと言うのでしょう?」
「ふむ。マレス? まずは我々も反省し、先に英霊たちへの追悼を行う事を忘れていた事を謝罪しよう」
「ああ、俺たちも、どうやら調子に乗ってはしゃいでいた様だな。全くもって大人げない、浮かれた行動だった。すまん」
「あっ、いえ。ごめんなさい。私の方こそ、この状況へと駆けつけてくれた二人には感謝しなければならないのに、八つ当たりのような事をしてしまいました。本当に申し訳ありません。私たち、そしてガルモアの国は、ファインバッハ、ジーザイア、そしてヤマト、という三人によって救われました。感謝いたします」
「いや。我々も、本当に浮かれていて、大事な事を見過ごしていたようだ。実際、我々の国もまた、同じような状況だったのだ。ダンジョンがあふれたというわけではないが。人による災害、とでも言ようか、怠慢のツケとでも言ようか、そんな、足下の危うい状況ではあったのだ。その憂いが少しだけ解消され、現実の厳しさを忘れていたようだ」
「うむ。そうだな。これからも、まだまだ、何とかなる。という浮かれた気持ちだったな」
「我々の国もまた、ダンジョンがあふれる可能性もあるわけだし、いつ、魔獣に襲われるかも知れないのだ。その備えは常に心がけねばな」
「ああ、あいつも、何時までも居るわけじゃねぇからな」
「あのう、ヤマトと言う方はどのような方なのでしょうか? 二人の言葉からは、信頼と尊敬を感じるのですが? 魔導書の件を考えると、とても恐ろしい存在に感じられるのですが」
「なるほど。確かに、魔導書のみの話しでは、警戒すべき危険人物であるな」
「確かにな。だが、実際は、警戒する必要なんてまるでない、もっととんでも無い危険人物だろう?」
「はっはっは。なかなか良い表現をするね、ジーザイア。まったくもってその通りだと思うよ。そう、危険性に関しては、完全に諦めたという所だね」
「はぁ?」
「これは、我々、ギルドとしての秘密にして欲しい、ある種、卑怯な行為なのだがね」
「え? そのような事を?」
「ああ、エルダーワードの王都の近くに赤竜が現れたという報告があったのだ。まぁ、想像の通り、彼が倒してしまったんだがね。私は、赤竜の死骸を見せて貰ったよ。我がギルドの建物と同程度だった。そして、記念にこれを貰った」
そうして、アイテムボックスから赤竜の鱗を一枚出した。
「また在るから、それは進呈しよう。君なら、良き使い道を考えられると思うしね」
「ありがとうございます。あの、卑怯な行為とは?」
「なに、国王陛下に赤竜の報告をして、鱗を一枚献上しただけなんだがね。まぁ、倒された、という報告は言い忘れてしまってねぇ」
「そ、それは、私も気持ちだけは判りますので、何も言わない事にしますが……」
「がっはっは~」
「まぁ、そんなわけで、我々としては、彼とは決して敵対しないように、仲良くやっていこう、という方針になったわけだ。そのおかげで、このような魔導書も貰えたしね」
「貰えた、のですか?」
「そう。貰えたのだ。何しろ、まだ報酬を支払っていないのでね。元々、過分な謝礼は受け取らない、という人物なので、我らの感謝を伝えるのが難しいのだ。魔導書に関しても、実費とある程度の作業料ぐらいなら受け取って貰えそうなのだがねぇ」
「ルーネスの王族も、似たような悩みを持ってたな。なんなら、王族専用の宝物庫の中身を全部渡して、あいつが要らない、って言ったのだけ残して貰うか、なんて真剣に言ってたぞ」
「エルダーワードでは、王族の宝物庫の、魔導書全部を渡して、王族に関するモノなら要らないだろうから残していい、という条件を本当に出したらしい」
「………………、はい?」
「マレス? 我々は、今まで、一切の嘘は言っていない。全て真実なのだ」
「ど、どこの伝説の英雄譚ですか? それとも、聖人君子による救世の物語ですか?」
「聖人君子には見えないねぇ」
「王族にもタメ口だしなぁ。ああ、王子も泣かされていた、って言っていたな」
「泣かされたおかげで、性根も正されて、なかなか立派な言動をするようになったのだから、陛下も喜んでいたがね」
「ごめんなさい。二人がどんな人物の事を言っているのか判りません」
その言葉に考え込んだファインバッハとジーザイアは、ひとしきり納得の声を上げただけだった。
「まぁ、ヤマトの人となりは、とりあえず置いておいて、一応、我らの秘密にしておくべき事は話し終えたと思う」
「ギルドには長く居ると思っていましたが、こんなギルド会議は初めてでした。場所についても、内容についても」
「一応、情報の扱い方は各ギルドのギルドマスターに一任されるわけだが、君がどのような判断を下すのかが楽しみだよ」
「また、試そうという気なのですね。ファインバッハは」
「はっはは。まぁまぁ、待ってる連中も腹を空かせているだろう。さっさとダンジョンの方を確認して帰ろうや」
「食事。ああ、最後に食べたのは何時でしたでしょうか」
「これは早急に帰る必要があるようだね」
そして、飛行船でダンジョンの周囲を何度も回ってみたが、時折斥候らしき影は見えるが、部隊と見えるような集団は存在しなかった。
「どうやら、大量殺戮のせいで警戒してる、ってところだな」
ジーザイアの分析は、他の二人のモノと一致した。
「早ければ今晩。通常は明日の明るくなってから、という所だね。まぁ、今晩という線は少なそうだがね」
「俺でも、あの大竜巻の嵐を見たら、二~三日は様子を見たい気になるだろうしなぁ」
そして、警戒されないようにゆっくりと飛行船を東の端へと進めて行った。
「あの、ファインバッハ? 灯りの呪文とは、どの程度のモノなのですか? 継続時間などはいか程在る物なのでしょうか?」
「灯りか。わたしが試した時は、ほぼ一晩保ったな。朝方、明るくなっていてもまだ在ったので、そのぐらいは保つのだろう。但し、わたしの魔力の量にも因るらしいがね」
「ならば、今晩。隘路の入り口となる場所に、多くの灯りを灯したいと思います。それだけで、見張りの負担も減りましょうから」
「ふむ。拙ったな。今日は見せるだけのつもりだったので一冊しか持ってこなかった。見張りの者たちに、聞き耳や望遠鏡を使わせれば、負担も更に減るだろうにな」
「無い物は仕方在りません。在る物だけでやり繰りをするしかありませんから」
「いや、今晩、ヤマトが来た時に、一度一緒に戻って貰って、エルダーワードのギルドに作り置きしてある冒険者用魔導書を持ってこよう」
「ファインバッハ。やはり簡単に言い過ぎです。お気持ちは有り難く頂戴いたしますが」
「なに。在る物でやり繰りするだけだよ」
その後は、まず、ファインバッハとジーザイアの二人で隘路の入り口を警戒することになった。その間、疲れ切った冒険者たちは、隘路を抜けきった町の手前で野宿のように休む事になった。
その前に、マレスのアイテムボックスに今回持ち込まれた救援物資の受け渡しがあったが、まるで手ぶらで来たような三人の手荷物とはとても思えない量に、周りの連中が目を丸くしていた。
それでも、たっぷりと喰って、ゆっくりと寝られる、という状況は何よりも嬉しいようだ。このような状況のため、ヤマトが買った毛布や布、更に下着類が、意外に重宝されたと言う事を、ヤマトは最後まで知らなかった。




