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グリモワールの欠片  作者: IDEI
21/51

21 基礎訓練

2020/12/30 改稿

 その晩の送別会は、通常通りの普通の宴となった。


 まぁ、今までなら、王族の馬車で片道二十日という距離があったため、それなりに会う事は稀だった。そのせいで、会う、別れるは、かなりの重い意味を持っていた。

 でも、転移や飛行船の存在が、その雰囲気を無くした。


 まだまだ、数は少ないが、それは確実に増え、そう、遠くない未来には気軽に使えるようになるだろう。その気持ちは王族たちの全てが持っているので、送別会は友好を確かめるだけの儀式になってしまっている。


 俺も、アルール女伯爵の妹の件があるし、近いうちにルーネスのギルドに招集されるのも判っているしね。


 明日は、朝一で俺がルーネスにピストン輸送する事になっている。俺が学院に行く前に終わらせてくれるように予定されていたのには驚いたけどな。なんでも、本来は二十日程度は掛かる旅程が、小一時間もしない、って事で、だったら、午前中にさっさと済ませちゃおう、その方が、その後の時間も有効利用できるんじゃね? って感じで決まったそうだ。


 転移魔法は、明後日、ベークライト殿下が率いる学院の研究チームが、いにしえの魔法の解読に成功したという情報を発表する事になった。

 術式自体は発表しない、ってのがポイントだけど、王子の同級生たちはガンガン転移を実行してもらう。


 その裏で、ギルドからも、信用と実力のある魔導書使いを数名ずつ紹介して貰い、手っ取り早く習得してもらう事になった。

 その魔導書使いには、これから王族が発表する術式だ、と、言っておけば、余計な事はしないだろう。

 でも、ファインバッハは王族が発表するまでの間だけ有効な契約術式を使うそうだ。文言に、王族から発表があるまで有効であり、王族の発表後はこの契約は無効となる、と入れるらしい。発表は二週ぐらい後にする予定だから、ちょっとだけ窮屈だろうけど、発表されても、その術式が手に入るかが不明という状況だから、結局はお得感を持って快諾してくれるだろう、と言う事だった。


 魔法の術式は、完全に公開されている物や、個人から個人に譲られる物、売買される物、認可されて得られる物などがある。


 転移魔法は認可制になる。


 犯罪に使われる可能性が高いからな。まぁ、初めのうちだけ、とか、表向きだけ、って事になりそうだけど、それでも、認可されないと得られない特別な魔法、という扱いは変わらない。

 つまり、認可が無いのに所持していると犯罪になる可能性がある。

 術式限定だけど、犯罪にならないのは、オリジナルを所持しているとか、開発者だとか、法で設定される以前から所持していた者という抜け道はあるけどな。

 犯罪になる可能性ってだけで、実際は犯罪である証明が出来ないっていうザル法ってわけだ。でも、同業者などからは、そういう人間として見られるわけだから、それはそれで、あまり楽観出来る話しじゃない。最悪、新しい術式を『もらう』事が出来なくなる場合もある。


 犯罪者かも知れないヤツに、『攻撃魔法』の術式をあげるヤツなんて居ないもんなぁ。


 俺が学院の生徒に渡した術式のいくつかも、認可制になりそうだという事だった。「ラーバ キャノンボール」なんかは、それこそドラゴンとも戦えるだろうから、当然と言えば当然かな。でも、魔力量により威力が変わるという所は考慮されなかった。まぁ、これも当然か。弱い火の弾しか出せなくても、何時かは力量が上がるだろうからなぁ。


 そんなわけで、俺は学院の生徒に教える術式の篩い分けを行っている。


 俺は、俺の魔導書の術式を全部教えてもいいと思っていたが、認可制だとかの話しを聞くと、逆に生徒を縛ってしまうと考えた。


 危険な術式を持っているから、城から出るな、なんて制約を背負わされるとかなったら、鍛えた意味も無くなっちゃうよなぁ。

 で、まぁ、そこそこ使える攻撃魔法と補助魔法、そして、研究に値するような術のヒントになる、簡略化した上で分解した術式サンプルや、発展させる事が可能な術式サンプルを、残りの期間で教える事にした。後は研究の仕方とかなんだが、これは完全に俺のオリジナル、って事になるな。それと、制限の付いた本を皆に読めるようになってもらう、っていう目標がある。


 そこまで行けば、学院を卒業した魔導書使いとして、何処に出しても恥ずかしく無いだろう。


 その予定と教える術式、サンプルを、先に学院長たちに見てもらった。これで、俺が居なくても授業が滞る事もないだろうし、やり過ぎも抑えられると思う。


 ただ、その予定と術式を見て、学院長と教師たちが泣いていたのが気になった。アレか? 年取ると涙もろくなる、ってヤツ?


 今日の授業は、明日の発表会のためのセリフの準備で午前中を使った。午後は教師に任せ、俺は騎士団の修練場で、騎士団、予備、見習い、補給の全部隊と、魔法師団の魔導書使い、という、戦争や魔獣との戦いで現場に立つ全ての人員を、洗脳……、もとい、再教育する事にした。


 第一王子エルビン殿下にかけ声を出させる。王子には、簡単な生活魔法級に落とした魔導書を渡してある。そこには声の拡大呪文、集団の中に居るたった一人にだけ雷撃を当てる呪文、同じく水をぶっかける呪文、同じく風をぶつける呪文が入れてある。


 それと同じ物を俺も持っている。ポイントは集団の中の一人をピンポイントで狙える、と言う部分。コレを生活魔法に落とし込むのに苦労した。


 そして、王子に命令させての、地獄の行進が始まった。


 「「「「王国のために、王家のために、我らは戦う」」」」


 同じ言葉を言わせ続けながら、ひたすら、歩調を合わせた行進をさせる。


 まず我慢。一番初めから、かなりチンタラやっている。一周三百メートル弱の行進だから、結構時間が掛かる。一番離れた所での怠け振りは、いい大人が情けないだろう、って程のモノだった。


 で、二周目に入った。今度は、王子には元の位置で見ていてもらうが、その行進に俺も付き添う。


 すぐ横を俺が歩く、そして、出来るだけ前の方でチンタラやっているのを見つける。


 居たよ。


 「チンタラやってたら反逆罪で処罰って言ったよなぁ」


 行進している全員に聞かせてから、前の方のチンタラに向かって電撃を浴びせる。


 「ギャッン!」


 まるで犬の悲鳴のような声と共に、一人の男が倒れて悶える。


 「チンタラやってたら処罰だと言っておいただろう!」「休んでいないでさっさと立って元の位置に戻れ!」


 そう、何度も言いながら、何度も雷撃を放つ。その雷撃が当たるたびに、人間とは思えないほどの痙攣で跳ね回る男。


 アレだ。漁船で釣り上げられて、甲板上で跳ね回る魚。その場景を思い出した。テレビで見ただけだけどな。いや、この前、引き網漁した時にも見たな。


 「ぎゃん!」


 電撃を撃ち込むたびに叫ぶが、それでも立ち上がって元の位置に戻ろうとする。まぁその動作がトロトロしてたらまた撃ち込むんだけどね。


 「チンタラやってんじゃねぇ!」


 と、そこでまた雷撃。


 「走れ!」


 と言って雷撃。


 「遅い!」


 と言って雷撃。


 一発、一発は、全身が痺れて激痛が走るが、その程度だ。そのダメージで動けなくなるほどじゃない。まぁ、二十発以上打ち込んだから、それなりのダメージは蓄積したかな。


 で、その男が行進に復帰してから、また別の男がチンタラやっているのを見つけた。


 そして、しっかりと繰り返した。


 何度も、何度も雷撃を浴びて、最後は声もなく体が浮き上がるほど痙攣を繰り返し、その後は元の位置まで走らされる。


 六人ほどを、「この程度で許してやる」っとした所で、俺が見ている前ではキビキビ動くようになってきた。


 次は、俺は姿を消す魔法を発動させ、行進している連中からは見えなくなる。


 そして、いきなり現れて、チンタラやっているヤツを電撃で甲板上の魚に変えた。終わったらまた姿を消して、ひっそりと監視して、チンタラに電撃を浴びせる。


 そこで、とりあえず、一回目の山は越えたようだ。みな、「王国のために、王家のために、我らは戦う」と叫びながら、揃った行進を続けている。


 それが、約二時間経った。


 第二の山が近づいて来ているな。


 そう、トイレ休憩。この広い修練場にトイレなんて無い。皆、修練場の端に行って用を済ませるわけだが、そんな休憩時間なんて与えるわけがない。


 俺は、さっき、姿を消したままシークレットルームに入って、水洗式トイレで済ませて、水を流してきたよ。ちゃんと手も洗ったからな。


 でも、行進しているこの連中に、その時間は与えない。


 「も、申し訳ありません!」


 キター!


 「かけ声を絶やすな! 他の声を出して良いとは言っていない!」


 と、言って、雷撃を浴びせた。何度も、何度も。おかげで全部漏らしちゃったようだ。それを他の行進している全員がしっかりと確認した。


 「さっさと列に戻れ! 走れ!」


 本気で泣いてたな。でも、容赦はしない。


 次は、何も言わないけど、モジモジし始めたヤツを見つけた。「きちんと行進しろ!」と言って、雷撃の嵐。


 それが十人を越えた当たりで、悔しそうにしながら、行進を崩さずにそのまま用を足す連中が出てきた。


 そうそう、それでいい。


 「「「「「王国のために、王家のために、我らは戦う」」」」」


 同じセリフを何度も言わせ、同じリズムで行進を続けさせる。個人の生理現象なんか無視。行進しろ、と言ったからには、行進しかさせない。


 王子の所に戻って、ひたすら行進する連中を見ていたら、王子が、俺を、まるで見てはいけないモノを見るような顔をして見てきた。


 「なに?」


 「そ、その、これは、あまりにも酷いんじゃないのか、と思ってな」


 「こういうのは、普通は、兵士として城に入った新兵の時にやらされるはずなんだ。しっかりと命令を聞く兵にさせるためにな。こんな新兵レベルの訓練で根を上げていたら、国を守れない、ってのが、常識にならないとな。これから、さらに厳しくしていくわけだし」


 「さらに厳しく?!」


 「当然だろ? 見ろよ。あいつら、ただ単に歩いているだけだろ。あれで魔獣に勝てるわけないよなぁ? あいつらは、まだ、ヨチヨチ歩きを始めただけだ」


 「これは、どのくらい続くのだ?」


 「まず、この歩くだけの行進を、今日と同じように十日は続けてもらう。俺がやったような『修正作業』を、王子にもやってもらうからな」


 「…………」


 「できねぇか? 止めても良いんだぜ?」


 「い、いや。やる。やらねばならん。そうだろ?」


 「さぁ? 俺はどっちでもいい、『これ』は俺のやるべき事じゃないからな」


 「………、わ、判っている!」


 まぁ、王子のやるべき事でも無かったはずなんだけど、やるべき騎士団長がアレだったからなぁ。


 そして、日は傾き、夕方の赤い太陽になってきた。本当は、一晩中歩かせて、そのまま明日一日中行進させたかったんだけど、俺は帰って宿の夕食をとりたかったので、今日の所は終了させる事にした。


 まず、王子の前に綺麗に整列させる。昨日、しっかり教えたはずなのに、バラバラだ。


 「何故、昨日教えた通りに、しっかりと整列出来ないんだ!」


 と、声の拡大呪文でしっかりと聞かせてから、全員に満遍なく電撃を浴びせ続けた。そして。


 「整列!」


 今度は、一応は、と言う程度で整列出来た。


 「一度できっちり整列出来なかった罰だ。今度は駆け足でもう一周してこい! 走れ!」


 すると、本当に限界だったのだろう。フラフラと走り始めた。


 「なんだ、その不抜けた走りは!」


 と、言って、全員に電撃。


 そこで、ようやく、しっかりと走り始めた。やっぱ、皆、余力を隠しているよなぁ。単にだれているだけだな。


 そして、走り終わった者たちを「整列」させる。そこで、当然、遅れて整列に間に合わない者も出てくる。


 「整列に間に合わなかった者が出たので、全員でもう一周だ。今度はしっかり全力で走れ!」


 そして、半泣きを通り越して、全泣きで一周してくる全員を待って整列させる。


 そして、ようやく全員が整列し終えた。


 「明日も、太陽が中天の位置に来た時間から、今日と同じ訓練を行う。たとえ、明日が大雨の嵐でも関係なく実行される。

 そこで、お前たちに質問がある。お前たちが城の兵として入って、どのくらい経つ? その間に、いくらの給金をもらった? その全額はいくらだ?

 その金は、お前たちが、城の兵士として、国のために戦うという前提で支払われてきた金だ。訓練しかしていない時にも支払われているわけだ。だから、今日の分も、しっかりと支払われる。

 そのお前たちが、国のために戦わない、と言ったら、どのくらいの裏切りになるか、考えて見ろ。

 いいか?

 もし、明日以降、お前たちがここに来て、訓練をしたくないと言うのなら。お前たちは、国のために戦わない、と言ったと見なす。明日、ここに来なかっただけでも、それと同じと見なす。

 明日以降、来なかった者の家に行き、今まで国が支払った給金分の金を、全額返してもらう。返せなかったら、お前らと、お前らの家族を奴隷として売って、それに充てる。もし、この国から逃げたら、国家反逆罪として、家族一人一人の名も入れて指名手配とする」


 王子を拡声器代わりにして、俺はそこまで言った。


 ざわつく会話は起こらなかった。けど、泣きそうな程の、心の叫びは聞こえてきた気がした。


 まぁ、気がしただけ。


 「明日もまた、訓練に励む事を、王族として命ずる! では、解散!」


 王子にそう言わせた。そして、王子を連れて、修練場の王族用控え室へと一気に転移。そして、一人にさせた。

 部屋の中で、吐いている気配がしてる。今まで、よく我慢してたな。


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