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グリモワールの欠片  作者: IDEI
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02 はじめての魔法

2020/12/30 改稿板を再アップしました

 「まぁ、そうだよなぁ」


 周りを見ながら俺はそう呟いた。


 俺が目覚めた所は、山の途中に出来たちょっとした広場。他の場所は岩肌が剥き出しになっているか、木や草がびっしりと生えていて、俺の居る所だけが見晴らしのいい広場の様になっていた。


 そして、見上げた空には、空飛ぶ十字架。


 正確にはデカイ羽根を持つドラゴンが悠然と飛び去って行った。


 ファンタジーの世界だ。魔法の本を集めなければならない、って話しだから、当然と言えば当然なんだろうな。

 異世界転移でミッションを成功させれば、元の場所に戻れるし、相当な報酬も約束されているわけだ。


 とりあえず、落ち着こう。


 よくある、一生帰れなくて、この地で骨を埋める、という覚悟は必要無い。

 これだけでも余裕が出てくる。

 勇者召還されて、奴隷のような契約で逃げられない死闘を繰り返さなければならない、と言うわけでも無い。

 魔王が居ても、俺は関係ないんだから、余裕だな。


 後は、ミッションをクリアするためにどうするか、という事だけだ。


 まぁ、行動によって、犯罪者に仕立て上げられるとか、魅了されて意のままに操られるとかが無ければ、という前提だろうけど。


 じゃあ、まず、自分の状況を確認しよう。


 手に持っているのはトレッキングシューズ。これはとりあえず履いておこう。


 今居る場所は山の中腹、という感じだ。さっき、ドラゴンが通り過ぎていったけど、よく喰われなかったもんだと、改めて安堵した。でも、あれだけの大きさなら、俺ぐらいの大きさの肉のために、わざわざ降り立つ方が労力を使うだろうなぁ。


 すると、ドラゴンの餌になるようなデッカイのも居るって事かぁ。


 俺は、生き延びることができるか?


 拳ならけっこう自慢出来るレベルでやれるんだがなぁ。人間相手ならともかく、ドラゴンや獣に、俺の拳が通用するとも思えん。ファンタジーなら剣か? 剣とか刀とか振った事なんてない。竹刀も触った事が無いんだからなぁ。実際、ナイフでの戦いとかも無理だろう。包丁だってあやしいんだから。


 ああ、魔法を与えてくれる、って言ってたな。どうやったら確認できるんだろう?


 まずは定番を試してみよう。


 「ステータス!」「メニュー!」「コマンド!」「開け!」「お願い!」「エスケープ!」「ログアウト!」


 それからも、ただひたすら該当しそうな言葉を叫び続けた。でも、「みそ田楽!」「義務教育制度!」とかまで来たら、これは違うんじゃないかと気が付いた。


 うん。早めに気が付いて良かった。


 気を取り直して、持ち物の再チェック。


 ウェストポーチのチャックを開け、覗き込むと、入れた覚えのない紙が入っていた。取り出して、四つ折りにされた紙を広げる。


 『これは幸福の手紙です

 まずは登録頂いて、こちらの商品をご購入ください。それをお友達に紹介して……』


 丸めて放り投げたよ。


 でも、崖下に放り投げたつもりだったんだけど、丸めた紙が風に煽られて俺の方に戻ってきてしまった。


 もう一度投げ捨てようとしたんだけど、文面が変わっているのに気が付いた。


 『冗談じゃよ。短気は損気じゃよ』


 俺はもう一度丸めて崖下に投げ捨てた。


 『これこれ、とりあえず話しを聞きなさい』

 『悪かった、悪かった。冗談が過ぎたのは謝る』

 『遊んどりゃせんか?』

 『犬じゃないんだから』


 投げれば戻ってくる紙で一通り遊んだので、あの爺さんからだと思われる文面を読むことにした。


 『これは不幸の手紙です

 これと同じ文面の手紙を……』


 とりあえず懲りない爺さんだと言うことは良く判った。紙で握り拳ほどの石を包み、思い切り崖下に放りなげた。


 ウェストポーチの中身をのぞき込み、持って来た物に損失がなかったことを確認し終わった頃に、ようやく紙が戻ってきた。心なしか、ボロボロな雰囲気を纏とっている。どうしたんだろう? 疲れているのかな?


 『さっさと本題に入ることにしよう』


 その文字を読み終わると文字が消え、次の文字が浮き出てきた。


 『お主には儂の魔法を使えるようにしたが、さすがに呪文を練って第六事象の中で形を成してから現実に干渉するという技はできんじゃろう』


 うん。何を言っているのかも判らない。


 『まぁ、お主ならその内出来るようになるやも知れんが、何時になるかも判らんその時を待つわけにもいかんじゃろう』


 呪文を練って魔法を使う、という行為が出来るってのはちょっと楽しそうだけどな。


 『じゃから、お主には魔導書使いになって貰う』


 魔法使いと魔導書使いの違いってなんだろう?


 『魔導書使いは、魔導書と契約し、魔導書に収められた魔法を使うことができる者たちの事じゃ。今回は、儂がお主に与える基本的な魔法を収めた魔導書と、回収するための魔導書を持っていって貰う。この二つは既にお主と契約済みじゃで、そのまま使うことが出来るはずじゃ。お主の腰の巻き付けカバンに入れてあるから、しっかりと使えるようになっておくんじゃぞ』


 それを読んで、ウェストポーチを探ると、今まで何も入れていなかったチャックのポケットに、小さな板状の物があるのが判った。

 開いて取り出すと、手の平にすっぽりと収まる手帳だった。


 妙に古めかしい本のような装丁がされている手帳を開こうとしたら、急にデカクなりやがった。


 縦四十センチ、横三十センチって感じかな。開くと横が六十センチになる。その第一頁目には、基礎魔法その一、と書かれていた。その二もあるのか?

 更に捲ると、目次が書かれていた。


 四元素、六元素、十二元素、二十四元素理論。生活魔法。攻撃特化魔法。強化、干渉魔法。移動、空間魔法。治療、修復魔法。解呪、神聖魔法。召還、従属魔法。創造、構築魔法。その他。


 その他って何だよ。だけど、ゲームなんかで必要になりそうな物はほとんど有りそうだ。


 そこで、手紙の方に変化があったので見直してみる。


 『まず、どんな魔法が有るかを覚えるんじゃ。そして、本を手に持って、開け○○の呪文、と声に出してもいいし、頭の中だけで唱えてもいい。すると、本がその頁を開いてくれるから、本に魔力を通しながら呪文名を言えば、それで魔法が発動される。便利じゃろ?』


 確かに便利だ。でも、簡単に凄い魔法が使える、ってのは凄すぎてやばそうだな。


 『まず見ておくのは、空間魔法じゃ。所謂、アイテムボックスと、秘密の隠れ家を造る魔法を使っておけ。アイテムボックスは何でも入る秘密のカバンというのは判っておると思うが、時間停止もあるからとても便利じゃよ。捕まえた獲物を活きたまま停止させて持ち運ぶことも出来るから、鮮度が落ちんので刺身もOKじゃ。もちろん、怪我した誰かを、治療出来る所まで運ぶのも可能じゃ。まぁ、治療魔法も本に入っておるがの』


 よく、アイテムボックスには生きているモノは格納出来ない、ってのが定番だと思ったけど、これは違うんだな。しかも、時間停止のおまけ付き。本気で便利だ。


 『秘密の隠れ家は、亜空間に部屋を造る魔法じゃが、この世界において、お主には一番必要な物じゃろう。つまり、秘密の隠れ家の魔法で、緊急避難場所、兼、トイレと風呂とベッドルームを作ることを薦める。風呂やトイレの水は生活魔法でいくらでも補充出来るじゃろう。あとは、創造魔法でトイレットペーパーを作れば、いつも快適に過ごせるはずじゃ』


 うおおおおおおおおお!


 さすがだぜ!


 それだ!


 異世界物で、何が必要? と聞かれたら、俺は間違いなくトイレットペーパーを推す! 俺のデリケートなお尻ちゃんは、草や縄やトウモロコシの芯には耐えられない。蚤だらけの宿屋のベッドや、桶の水だけで体を拭くだけってのも辛い物がある。これは、確実にやってみるしかないな。


 そこで、まず、目次から空間魔法のアイテムボックス作成の項目を探す。「クリエイトアイテムボックス」というのが有った。目次には、英知を込めた秘密のカバンを作り出す、と書いてあった。そして、そのまま開けばいいんだけど、やってみたかったので一度本を閉じた。


 すると本は手帳サイズに戻った。これも便利だなぁ。


 本を片手に、「開け、英知を込めた秘密のカバンを作り出す呪文」と言うと、手帳サイズから元の大きさに戻り、バラバラと捲られていき、その頁で止まった。


 あれ? 本に魔力を注ぎ込む、って、どうやるんだろう? と思っていたら、体中から体力じゃない力が抜けていく感覚が襲った。

 な、これが、魔法力?

 体中の力のほとんどを奪われたような感覚だ。立っている事も難しい。でも、ここで止めたくはない。


 「クリエイトアイテムボックス!」


 そう叫ぶと、本から何かが飛び出した感じが帰ってきた。飛び出して、そして、迷っているような感じだ。


 そして、直感的に、何を迷っているのかが判った。魔法を掛ける相手が判らないんだ。つまり、これは他人にも掛けられる魔法なんだな。


 「俺だ! 俺! 俺にアイテムボックスを寄こせ!」


 そう言ったとたんに、空中で迷っていた力が俺に飛び込んできた。そして、魔力が底をついた感覚と、何かの衝撃を受けて、俺は昏倒した。




 気が付いたのは、周りが真っ暗になった頃だった。月明かりって、かなり明るいんだなぁ。


 こんな所で意識を失うなんて、野生の動物さんたちにオヤツを御馳走するようなモンだよなぁ。


 起き上がって、周りを見回すと、目の端に、本当に小さな影が見えた。なんか、目で追うと逃げていく。それでも根気よく観察すると、それは小さな宝箱のようだった。

 もしかして、これがアイテムボックス?


 そのとたんに、小さな影でしかなかった宝箱が二回りほど大きくなった。


 俺の意識に反応したんだな。だとすると。


 「アイテムボックスオープン」


 そう言うと、俺の胸元に、横に十個、縦に二列の、二十個の丸い穴が現れた。


 試しに、ウェストポーチからスマホを取り出し、その丸の中に合わせてみた。すると手の平からスマホが消えて、一つの丸の中にスマホの映像が出ていた。更に、丸の端には1の数字も出ている。


 「アイテムボックス、クローズ」


 それで目の前の丸の列が消えた。スマホも無くなっている。


 「アイテムボックス、開け」


 オープンでも、開けでも、俺の意志が同じなら関係なく反応するようだ。


 二十個の丸の列から、スマホが入った丸を指で突くと、スマホが出てきた。


 「閉じろ」


 特にアイテムボックスと指示しなくても、俺自身がアイテムボックスを閉じろ、と意識していれば反応するようだ。


 「便利だ」


 爺さんが始めに取得しておけ、と言ったのも頷ける。ゲームでも初期装備だしな。


 その爺さんのアドバイスに従って、今度は秘密の隠れ家というのを作ることにした。基礎魔法の目次で確認すると、同じ空間魔法の所にクリエイトシークレットルーム、というのが有った。これだな。


 「開け、深遠なる深き場所に安住なる部屋を築く呪文」


 本に命令して、その頁を開かせる。


 そしてまた、全身から魔力が吸い取られる感覚が。それに耐えつづけ、終わるのを待つ。そして、呪文を唱えた。


 「クリエイトシークレットルーム!」


 今度は、誰に? という疑問が発生しない。つまり、唱えた者だけの限定魔法なんだな。でも、意識が混濁する。何かを決めなければならない、と言うのは感じられる。

 何を決める? あ、間取りか。しかも、俺の今の力量だと、部屋二つが限界だというのも判った。なら、今必要な、トイレとベッドルームだ。


 そう決めたとたんに、目の前に一つの扉が出来ていた。


 でも、俺はもうフラフラ。手からこぼれそうな意識を必死に繋いで、その扉を開けた。その中には更に二つの扉。片方はトイレ、もう片方はベッド。

 俺は気力を振り絞ってベッドルームに入り、そこで三度目の気絶を体験することになった。

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