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グリモワールの欠片  作者: IDEI
19/51

19 ルーネスの未来

2020/12/30 改稿

 アルールの件が一段落してアナザーワールドから王城に戻ると、そこには騎士団長が片膝付いて控えていた。


 騎士団長から、陛下への申し開きがあるって事だね。


 「騎士団長ランダールよ。我は申し開きは聞く必要は無いと考える。ただ、答えよ。魔導書使いヤマトとの、命を賭けた模擬戦を受けるか? その際、騎士は死ぬ以上の危害を受ける事になるが、騎士がヤマトを傷つける事は絶対に許さぬと命ずる」


 ワインズ国王陛下が、その条件を追加して出してきた。ちょっと拙いなぁ。


 「陛下。俺は、俺に触れさえすれば騎士の勝ちと申しました。ですので、俺を完全抹殺するほどの攻撃でも、触れるのと同じと考えますので、その条件は必要無いと考えます。まぁ、騎士団に俺を殺す事が出来るのならば、ですが」


 その言葉で、しっかりとカチンと来ちゃったねぇ。初老をかなり過ぎた感じの騎士団長のデコに、血管が浮き出ているような錯覚が見えた気がした。


 「恐れながら陛下。何故、その魔導書使いごときに騎士団の力量を見せねばならぬのかが不明ではありますが、我が騎士団の力を持ってすれば、一人の魔導書使いなどはあっさりと亡き者と化しましょう。そのような些事にて、陛下のお心が安らぐのであれば、我ら騎士団一同の力量、しかとご覧いただきたい」


 一度陛下が俺を見た。俺は目を閉じ、薄ら笑いを見せながらしっかりと頷いた。


 「判った。では、日が中天を越えた時刻にて、騎士団の修練場で、騎士団と魔導書使いヤマトとの試合を行う。騎士団は、ヤマトに負けた時に、その信任を全て失うという事を覚悟して試合に臨むように」


 「はっ。しかと、承りました」


 そして、俺たちは両王族の家族が全て揃っているテラスへと案内された。ベークライトも居るが、グリフォンは専用の部屋で寛いでいるそうだ。


 テーブルは三セット。エルダーワード、ルーネス、そして、俺たち用のギルドテーブル。かなり近いようにセッティングされていて、特に俺の席は他の二つの席から話しやすい位置になっている。


 そして、ワインズ陛下から騎士団との試合の話しが持ち上がった。


 でも、皆、心配してくれてないんだよなぁ。なんでぇ?


 「それは、騎士団の方々が哀れに感じますが」

 「騎士団は相当な貧乏くじを引いたよな」

 「騎士団が無くなったら、どう言った体制にしたらいいんだ?」

 「まぁ、どのような魔法が見られるのでしょうか」

 「やまと。やりすぎ!」

 「ああ、ユニコーンも捨てがたいし、グリフォンも可愛らしいし…」

 「で、どんな展開を目論んで居るんだ?」


 「えーと、まず。俺の身を案じてくれている人は手を挙げてください………。いえ、何でも無いです。忘れてください……」


 ああ、これが、やさぐれるという気持ちかぁ。


 「まぁ、負けるつもりも無いし。で、ベークライト殿下には頼みがある。学院の生徒を見物のために招集して欲しい」


 「魔導書使いとしての戦い方を見せて学ばせる、というわけだな」


 「まぁ、それもあるし、戦いの後のフォローも頼もうかと思ってる」


 「フォロー?」


 「騎士団の治療とか」


 「ああ、なるほど」


 「それと、城の魔法師団にもしっかりと見物してもらいたいんだよなぁ。今の魔法師団がどのくらい出来るかは判らないけど、魔法師団団長のレベルは初心者でしかなかったしなぁ」


 「ここで、魔法師団と学院の生徒の違いを明確にするわけか」


 「まぁ、騎士団との事があったから、ついでに、って事で。一辺に出来た方が面倒くさくなくていいからな」


 「魔法師団の頭を抑えるというのは判るんだが、騎士団の頭を抑えるのは、どんな意味があるんだ?」


 「今朝言った事を覚えてるか? アレのためには、お互いを認めないとならないからな」


 「ふむ。そういうモノかも知れないな」


 殿下が納得した所で、陛下が質問してきた。


 「ベークライトに言ったアレとは何の事だ?」


 「あー、それは、騎士団との試合が終わった後に、ベークライト殿下に述べてもらいます」


 「ふむ。ベークライトの口からでなければならない話しというわけか」


 「と、言うわけで、ベークライト殿下のお言葉に期待させていただきます。この国の良き未来のための殿下のご提案に全てがかかっております」


 「わ、わざとらしくプレッシャーをかけるな!」


 そして笑いが起こった。まぁ、エルダーワードの他の王子たちは、目を丸くして驚いていたけどな。


 「そこで、ある程度まとまったら、殿下に転移の魔法について発表してもらおうと思ってる」


 これには二人にギルドマスターも食い付いてきた。


 「術式と力量さえあれば出来るものだし、なんとか転移禁止術式もモノになりそうな感じだしな。殿下には学院の生徒ともども、古い文献を研究して、転移の呪文を復活させる事が出来そうだと発表してもらう。まぁ、魔法師団の方に、転移を研究して実現出来ている者が居るかを確認するのが先だけど」


 「転移禁止術式とは、どのような物になるのかね?」


 とファインバッハ。


 「実は簡単な仕組みで、魔力を扱える者が居る必要もない。ソレを置いておくだけで、そこには転移出来ないと言う物だ」


 「それは?」


 「転移術式」


 「は?」


 「つまり、転移術式を展開して、マーカーを打ってある所に転移しようした時、魔力的にはその場所と魔力が繋がるんだ。その時、そこに転移術式があればどうなると思う?」


 「術式が二重になって、下手をしたら何処に転移するか判らなくなる、と言うわけか」


 「合わせ鏡みたいな状態にもなるのかもな。まぁ、マーカーを思い浮かべた時点でそれが判るから、その場所への転移を止めるだけで済むんだけど、無理に転移したら、それこそ、何処でもない場所、という狭間の世界に飛ばされるかもなぁ」


 「そこから、帰ってくる事はできるのか?」


 「判らない。帰ってきたと思っても、実は違う世界だった。なんて事もあるかも」


 「違う世界とは?」


 「例えば、城にはワインズ王も居るし、第三王子も居るのに、その世界では第四王子は産まれていなかった、という世界を想像できるか?」


 「え?」


 「城に帰ろうと思っても、ワインズ王からも、お前は誰だ。なんて言われる世界とかな」


 「わ、我が居ない世界に、我が行くとか? う、うむ、なんだ、この恐ろしさは」


 「もしかしたら、そういう世界も有るかも知れない、っていう可能性だけだから安心していいよ。もしかしたら、人間が全て魔獣に駆逐されて、魔獣しか居ない世界に飛ばされるとかもあるかも知れないしな」


 「ど、何処にも安心できる話しが無いぞ」


 「まぁ、だから、転移禁止場所に無理矢理転移するのは止めておけ、って事だな」


 「う、うむ。絶対にしたくはないな」


 「まぁ、他の魔導書使いの魔導書に収められている術式には反応しない様だから、単にマーカーを打つ位置を考えておけばいいだけだろう」


 「なるほど。なかなかためになる事例だな。我々も転移を出来る魔導書使いには、その話をしないとならないようだ」


 ベークライトとの会話に、ファインバッハも同意してきた。


 「で、具体的にはどのようにするのかな?」


 「転移の術式を、魔導書に書き込むように、魔石を持つ魔獣の血を混ぜたインクで書いた物を、その場所に置いておくだけ。例えば、壁に飾られた絵の裏に貼っておいても良いし、花を飾る壺の敷き布に書いておいてもいい。一カ所、という認識で示される場所に一つ、という感じなので、広い場所だといくつか必要だと思うけど」


 「ふむ。このようなテラスだとどんな感じになるのかな?」


 「ここなら、柱ごとに一枚ずつあれば確実だと」


 「わたしの、ギルドマスターの部屋の場合は?」


 「あの部屋なら、部屋の中央付近に置いてあるテーブルの裏にでも貼っておけば、目立つ事も無いから、いいんじゃないかな。床のタイルの裏にでも仕込めれば、誰にも判らないようにする事も出来るだろうな」


 「なるほど。具体的な感覚はわかったが、数を揃えるのは大変そうだな」


 「城は全面的に禁止って事になるから大変だろうなぁ。まぁ、いざとなったら、判子を作って、ぺたぺたと押していく、って事になるかな。あまり美しくないから一時的な処置って事だとは思うけど」


 「ハンコとは?」


 あれ? 無かったっけ?


 「ほら、その指輪みたいなもで、凹凸を左右逆に掘ったヤツ」


 この世界の偉い人は、自分の身分を表すための印章を掘った指輪をしている。手紙の封をする蝋印を押す時とかに使う。


 「ほう?」


 「指輪よりはかなり大きくなるけど、転移の術式の、一番簡単な物を左右逆堀で作って、普通の魔獣インクよりも粘りけの強い油を混ぜたインクにつけて床にペタリ、インクにつけて壁にペタリ、って押しつけていくだけ、って使い方も有りだと思う。もちろん、紙にもペタリ、と押しつければ、量産も可能だけど、気を付けなければならないのは、かすれて、輪が繋がらないとか、線が途切れるとかかな。それさえしっかりしていれば、それだけで効果があるのは確認済み。

 通常の魔導書で使おうとすると、なぜか使い難いんだけどなぁ」


 「それならば、城でも二日程度で対処出来そうだな」


 「テーブルや椅子の裏とかに、なら、見た目も悪くならないし、いいんじゃないかな」


 「最後に、その転移術式を数多くバラ撒くわけだけど、それを持った者が転移を実現してしまうという事故は起きないかね?」


 「基本的に、転移はまずマーカーを打ちこんで、その場所に転移するだけ。転移禁止用の術式にはマーカーを打ち込むための術式は入ずに簡略化したモノを使うから、ベテランの魔導書使いでもこれだけじゃ転移出来ないモノになると思う。まぁ、ベテラン以上の魔導書使いなら可能かな?

 心配なのは、汚れたり破れたり、って事で、効果が無くなる、ってぐらい。だから、一般向けには、木の板に簡略術式を判子押したのを、転移を使った泥棒除け、として安く売って欲しいってぐらいかな」


 「なるほど、良く判った。ギルドとしては、ダンジョンからの帰還者が増える可能性を上げるモノとして、一刻も早い実現を考慮しよう」


 「国としても、国と国を繋ぐ手段として、大いに期待している」


 ギルドではギルド間を繋ぐ転移場所とダンジョン帰還者向けの転移場所を作るらしい。特にダンジョン帰還者向けの方は強制しないが、特別なことが無い限りその場所への帰還を優先させるそうだ。これは冒険者がダンジョンに居るか居ないかの確認用だけど、これからはその確認がかなり曖昧になるのは仕方の無い事だと割り切るらしい。

 城では国同士を繋ぐ転移場所と公務用の転移場所、そしていくつかの個別の転移場所を設定し、その他の場所は全て転移禁止にする予定だそうだ。


 「ベークライト殿下や、学院の生徒と教師は、全員が転移を実行できるから、普及は早いと思うけどなぁ」


 「なに? お前、出来るのか?」


 「は、はい。発表までは隠しておけと言われてました」


 「まぁ、なるほど。それは仕方なき事だな。それで、何処へ行ける?」


 「まだ、マーカーは自分の部屋と学院の教室にしか打っていません」


 「なんだ、つまらん」


 「つまらん、って……。ヤマト。陛下がお前に似てきたぞ?」


 「お。俺のせい?」


 「違うというのか?」


 「え、えーっと、反論は、出来そうもないな。ここは一つ、殿下は飛行船でひとっ飛び出来るんで、殿下を行かせた後に、転移で行けば楽に遠出が出来る、って案を献上するということで」


 「おお、その手があったな」


 「ヤマト~!」


 ベークライト王子の嘆きがテラスに響いた。


 くだらない笑い話という時間を過ごし、まだ騎士団との試合には時間があると言う事でエルダーワードの王族たちがそれぞれの部屋に散った。陛下は魔導師団を引きずり出さねばならないし、ベークライトは学院の生徒を呼び出すように手配しに行った。エルダーワードの他の王子たちは、実は俺に個人的な相談事が有るみたいで、その手はずを整えるための準備を始めたようだ。


 残ったのはルーネスの王族一行。ゲストとして来ており、今日の夜には送別会という段取りになっているため、俺とこうして話すのもこの機会が最後かも、という表向きの事情がある。


 まぁ、「今日、暇だから遊びに来ない?」という気軽さで呼び出されそうな気が、思いっきりありそうなんで、これで長く会えないかもねぇ、なんて感傷は湧いてこないけどなぁ。


 で、話の内容は、ルーネスの魔導書使いのレベルアップについてであった。


 実際、エルダーワードも含め、昔は強かった、という話ししか聞かない。剣士などは、昔も今も変わらぬ強さを持っているらしいが、魔導書使いのレベルはどんどん落ちて行っているらしい。治療魔法の使い手も減ってきていて、各地で混乱も起きかけているそうだ。


 治療魔法については、学院がそろそろ生活魔法レベルで発動出来るタイプの治療魔法の魔導書を発表する予定だと伝えた。


 しかし、事は治療魔法だけの問題じゃない。


 魔獣との戦いになった時、魔導書使いが居るか、居ないかで、勝率が大きく変わる。ダンジョンからの素材は、国の財政にも影響を与えている。


 この世界は、魔法という不思議な力に依存していた。しかも、その使い手が減っている。特に、魔力が世界から減っているわけではなく、人間のなり手が居なくなっているだけの話しだった。

 本来なら、魔導書使いを優遇するような補助処置を国が行えれば良かったのだが、国お抱えの魔導書使いの魔導師団が、己の優遇性を守るためにソレを邪魔した。


 構図としては、人間が人間同士で己の首を絞めている、という単純なモノだった。


 単純ではあるが根は深い。


 城のお抱えの魔導書使いの言う事を聞いていたら、魔導書使い全体のレベルが落ちるだろう。しかし、城の魔導書使いがその仕事を放棄したら、国の防衛は一時的にせよゼロとなる場合も有り得る。


 そのような綱渡りを、国政を預かる者が行って良いはずもなかった。


 エルダーワードのような、学院のやる気のある若い力が、古い体制の魔導師団を一気に解体して入れ替わる、という話しは、ルーネスにとっては羨ましい話しであった。


 「では、まず、その魔法師団の研究成果を全て発表してもらおう。エルダーワードが転移を発表する、という噂の段階で事を進めれば、エルダーワードの転移を見てから、実は、と言うのは言えないだろうし」


 「今までも、魔法師団の研究成果を国民に示せ、とは命ずる機会もあったのだがな。その研究成果が他国へと渡るのを防ぐため、と申して、有事の時以外は決して表に出せない、などと言う始末でなぁ」


 ルーネスの国王陛下であるエシュタルが苦々しく吐き出した。城では魔道士団が顔を利かせているようだ。でも実力評価は俺を見てからかなり下方修正されたみたいだね。先日俺が城に上がって見た感じでは、直接的な魔法の恩恵は感じない生活様式だった。それは、魔道書使いが自分たちの実力を隠すためにわざと遠ざけている様な印象を受けた。


 「その魔導師団をぶっ潰して、一人一人捕らえ、明確な研究成果を出せていなかった者は犯罪奴隷として鉱山送りだ。って言うのは簡単なんだけど、それで、全員居なくなる事が問題だからなぁ」


 「全くもってその通りなのだ。しかも、その可能性が高いのが、また問題なのだ」


 「まぁ、転移の魔法や新しい生活魔法の魔道書がもうすぐ発表、発売されるから、それをルーネスの魔法師団がどう受け止めるかを見てからでもいいかな? ルーネスの魔法師団はどうにかしてその魔道書を手に入れるだろうけど、『当然、ルーネスの魔法師団でも直ぐに再現出来るのだろう?』って言ってやるのが手っ取り早いかな?」


 「ふむ。どうせ、我らが秘匿して置いた転移の魔法をエルダーワードに横取りされたとか吐かすだろうが、なるほど、当然使えるのだろう? と聞くのが手っ取り早いな。それと、どのような魔道書が発表されるのかね?」


 「生活魔法の魔道書だから、一般人でも使えるモノが学院から二冊、ギルドから一冊の予定。特別なのは学院から生活魔法の魔道書とほぼ同じぐらいの値段で、ヒールの呪文が入った魔道書を販売する」


 「な、何? ヒールを生活魔法でだと? かなりベテランの魔道書使いでも調子の良い時に一度だけ等と言われているモノだぞ?」


 「ああ、今までの術式とはかなり違うし、魔石の使い方も変えたから、学院から販売される魔道書じゃ無いと発動しなかったはず。だから術式を書き写して『私が開発しました』とかは出来無いからその状況も使えるかな?」


 「なるほど。では、一度言質を取って、事実と異なる内容ならば反逆罪にするか、権限を剥奪した上で強制的に鍛え直させるという方法が採れるな」


 「その時は魔道士団の詰め所や研究施設を一気に制圧して、本当の実力をさらけ出させるのが肝心かな? やるなら徹底的にだね。事は国政に関わるんだから」


 「ふむ。その通りだ」


 大凡の方針が決まったところで、俺をチラチラ見ては何かを決めかねているルーネスの王子の姿が目に映った。


 たしか、名前はファーソン。


 「ファーソン殿下? 何か意見がありそうだけど?」


 「あ、あ、いや、その、なんでも無いんだ」


 なんか、ピンと来た。この殿下は、ベークライトが自ら飛行船に乗り、その大会で優勝したという状況を眩しそうに見ていたはずだ。


 「ファーソン殿下。この事はルーネスという国の大切な先行きを決める話だ。殿下にはこの話に、しっかりと協力する義務がある。俺はそう思うが?」


 「う、うむ。それは当然だと思う。あ、いや、当然だ」


 「なら、殿下には、これを命がけで行う覚悟があるか?」


 「え?」


 「ああ、待ってくれヤマト。ファーソンは、我が国の大事な後継者である。その命は国と同じに考えて欲しい」


 「ファーソンは? 陛下と同じ考えか?」


 「………」


 はたして、ファーソン王子はどんな判断を下すだろう? それが、ルーネスの未来を決めるかも知れない。


 「我が国は、今、命を削る病気になっており、瀕死の状態に近い。ここで、我だけが生き残ったとして、それにどのような意味があるだろうか。国の命の危機であるならば、我は国のために命を賭けねばならぬ。それが、王族である我の義務であろうと考える」


 はい。良くできました。って、実は、元々そういう気概があったんだけど、過保護なお父さんに押さえつけられていたんだよねぇ。それが、この国の第四王子の命知らずの活躍を見て、羨ましく思っていたんだよなぁ。まぁ、男の子が一人だけという状況では仕方無いのかな。


 「ファーソン、控えなさい。お前はルーネスの王子であるという事の意味を取り違えている。まずは王族がそこにあり、国が存在する。お前自身が国なのだぞ。そのお前が命を落としたら、国そのものが終わる事を意味するのだ!」


 ちらりと王妃を見たら、肩をすくめて首を振っていた。王女たちは? とそれぞれ見たら、皆同じようにしていた。うん、王妃の娘だねぇ。


 「ファーソン殿下。俺の考えを聞くかい?」


 「ヤマト?」「是非聞かせてくれ!」


 「ファーソンには、冒険者登録してもらってダンジョンに挑戦して貰おうと思う。まぁ、初めはFクラスから始めないとならないから、お使いや、引っ越しの手伝い、薬草摘みに、屋根の修理、って所なんだけどな。そして、ランクを上げると、Dランクからダンジョンに入れるようになる。そこで、剣を持って戦ってもらう」


 「…………」


 国王陛下は、口をパクパク開け閉めして絶句状態だ。そして、王子自身も俺の言った言葉に驚いている。


 俺はしばらく無言を貫く事にした。女性陣も同じ気持ちのようだ。


 そして、まずは国王陛下が復活したようだ。


 「ヤマト! なんという事を言うのだ。確かにそなたには感謝してもしきれない恩があるが、これではこの国の運命が途切れてしまう危険があるではないか。このような事は国王として、断じて許すわけにはいかん。我が国の王子の命を、そのような危険な目にあわせるわけにはいかんのだ」


 っと、一気に捲し立ててきた。まぁ、初めから何を言うかは判ってたから、お茶を飲みながら聞き流したけどね。


 「父上。いえ、国王陛下。お願いがあります」


 「駄目だ。お前が冒険者に憧れている事は知っている。しかし、それと国とを天秤にかける事なぞ出来るわけもない」


 あ、知ってたんだ。その上で遠ざけてたのかぁ。


 「陛下、これからの事を考えられているかな? 二十年後。今の王子が今の陛下と同じぐらいになった時、国に頼りになる魔導書使いは何人居ると思う? 国の金を使うだけの能なしはどのくらい居ると思う?」


 「う、それは…」


 「王子はどのくらい居ると思う?」


 「二十年後なら、おそらく、実戦に出せる魔導書使いは居ないと思います」


 「騎士団の方はどう思う?」


 「多少は居るとは思いますが、実際に実力のある者が城に残っているかは不明だと…」


 「さて、一番大事な、財政は?」


 「実際には何の実行力のない、名前だけの役職の高給取りが数多く、それが財政を圧迫。しかも、ソレを終わらせる事が出来ない状況でしょう」


 おお! シビアに人の有様を把握している! 素晴らしい!


 「国としての、民への示しは、どのくらいつくと思う?」


 「魔獣に脅え、国から人が減り、その状況だと商人が減り、冒険者も減り、更に人が減ると思います」


 「国王陛下? そうなった場合、国の民はどうすると思う?」


 「う? 国を去っていくか?」


 「その可能性は半分。もう半分はどうなると思う?」


 「……」


 「暴動を起こし、城になだれ込み、王族を吊し上げてから、城の物を奪いつつ破壊していく、ってのが俺の予想。まぁ、間違ってないと思うよ。

 ああ、吊し上げられた王族は、国の民が多く見ている前で首を落とされる事になるだろうな」


 「それが、ヤマトが予想する我が国の二十年後か?」


 「来年かも知れない」


 「な、いくらなんでもそれは…」


 「まず、国の未来を考えるのなら、こういった最悪の事を考えて、それだけは絶対に回避出来る手段を用意しておかないとならない。違うか?」


 「………、間違ってはおらぬ」


 「最悪な状況はまだある。明日、魔獣が攻めて来る。って場合だ。どの程度対処出来る?」


 「………、魔獣の程度によるが、長くて一週間。短くて一日か」


 「国王陛下は、その一日の間に、王妃と姫、そして、王子を逃がそうと?」


 「………」


 「もし、国王陛下がそんな事を言ったら、俺はルーネスには一切手を貸さない」


 エシュタル王は下を向いて無言だった。


 「今更王族に、その血肉は何から出来てるんだ? なんて言うつもりも無いけどな」


 他の女性陣は、なんか、当たり前。今更何を、って感じだ。強いなあ。


 「エシュタル王。王子が怪我や最悪死んでしまうような状況に置きたくない無いという気持ちはわかるが、それは二十年後に、無惨に首を落とされる未来を確定するだけだぞ。その時は、もう自分は居ないから、見なくて済むとか思ってるからいいのか?」


 「そ、そんな事は。そ、それに、それだけ時間があれば、なにか解決策が出てくるやもしれんし」


 「出てくると思うか?」


 「出るわけないわね」

 「出るならもっと前に出てるだろうし」

 「出ても妨害されるわね」

 「ない。ない」


 女性陣の辛辣な意見でした。


 「じゃあ、吊し首決定だ。と、言う事で、今、王子がやりたい事をやらせて死ぬのと、二十年後に国ごと滅んで吊し首のどっちが良い?」


 「ヤマト。申し訳ありませんが、父上をこれ以上虐めないでいただきたい」


 「まぁ、掛かっているのはファーソン王子自身の命だからな。そう言うのなら止めるけど、良いのか? 一度はしっかり聞いておかなければならない言葉かも知れないぞ。一度は聞いているのなら別だけどな」


 「そうですね。それは我が聞く事にします。是非、お聞かせ下さい」


 王族が一般人に掛ける言葉じゃない、ってのは逆の意味も含めて今更だね。なら、しっかりと言うのが俺の役目、っと。


 そして、これからルーネスに訪れる最悪の展開を予想して聞かせた。


 まず、魔獣を含めた自然災害。あのアルールのような王家転覆を狙う者。人心が国を思う心を無くし、国内が荒れる事。城の中の大臣たちなどによる搾取。貴族たちによる不正。そして、エルダーワードを含めた、他国からの侵略。侵略も内政干渉や、地味な市民活動から始まり国内暴動を起こしてから侵略などというモノもある。


 その全てが、ルーネスを狙っている。自然災害など、そうそう来るモノじゃない。と国政を預かる者は絶対に言ってはいけない。権力を狙う者は、常に、下克上を狙っているし、見えない所で自分だけが儲かるようにとチャンスを狙っている。


 「その全てに備える勉強をしているか?」


 「いや。その、まったく聞いた事が無かった」


 「じゃあ、財政を預かる大臣が裏切ったらどうなる?」


 「そのたった一人のために、終わるのだろうな」


 「古くから仕える大臣なのだから、信じられる。疑うなぞ、愚の骨頂、ってセリフを言うヤツを、お前は信じられるか?」


 「………」


 「人を信じる、というのは、まぁ、美談だ、美徳だ。だが、信じたお前の肩に乗っているのは、国と国の民だ。裏で裏切っている者を信じたお前は、肩に乗っているモノ全てに対して裏切る、と言う事になるわけだ。

 お前は、絶対に国を裏切ってはいけない。それは、お前自身が存在する必要が無い、って事と同じだからな」


 「あ、ああ」


 そこで、王子はぐったりとしてしまった。なかなかきつかったようだ。


 「俺としては、言いたい事はだいたい言っちまった。後は当事者である本人が考えろ、って感じだな」


 「ほっほっほ。ヤマト? うちの国を仕切らないこと?」


 「やだよ、面倒くさい」


 「ほほほほほほ」


 俺の即答は、王妃様には大変受けたようだ。


 「実は、ヤマトは何処かの王子なのではなくて?」


 「それは絶対にない。俺のオヤジはちょっとした工房をやってるだけだし、お袋はそこで働いてた、って事で出会ったらしいからな。俺の言葉は、祖母ちゃんから聞いた話しを、俺なりに色づけした程度だ。俺も家族も、一つの国の一般国民の一人に過ぎないよ」


 「国の民の一人に過ぎないヤマトが、ここまで国政を語れるとは、ヤマトの国は凄い国なのでしょうね」


 「俺より頭の良いヤツは山のように居るしなぁ。俺なんか、下から数えた方が早いって程度だし」


 「それは、それで脅威ですね。どのような国なのですか?」


 「まぁ、昔、戦争して、徹底的に負けちまって、その反省から戦争をしないで他の国と付き合っていこう、っていう宣言をした国、ってのが正しいのかな。そして、国の民は、六才から九年間は必ず学問を学ばないとならない、っていう決まりがある国なんだ」


 「戦争をしないという宣言? もし、攻められたらそれで終わりではないのか?」


 あ、王子が復活してきた。


 「一応、守りは完璧にする、って宣言もして、攻めてきたら返り討ちにする、ってのはある」


 「なるほど。だが、国の民が、子供の頃から学問を学ばされるとは、凄いな」


 「まぁ、国の民のほとんどが読み書き計算の基本は仕込まれているしな」


 「恐ろしい国に感じたぞ」


 「かもな。戦争を仕掛けないという宣言で、戦争関係に掛ける金を、商売繁盛に掛けたから、国としては商売の国として潤った、って話しだしな。戦争に負けて、商売に勝った国、なんて言われるぐらいだ」


 「戦争に負けて、というくだりは遠慮したいが、それ以外はあやかりたい感じだな」


 「あやかってみたらどうだ?」


 「だが、戦争に掛ける金を減らせるわけでもないしな」


 「まぁ、そこはそうだが、国民の商売繁盛を後押しする国政を行う、って所だよ」


 「ふむ。なるほど。その価値は大きそうだな」


 「その前に、大臣や貴族たちの締め付けをしっかりとやって、手綱を握らないとな」


 「ああ、どうしても、それが来るんだな」


 「当然。国王のする仕事ってのは、それしかない、ってぐらいだからな」


 「そうか。……、あ、ああ、そう言えば、我が冒険者になると言う話しはどうなるのだ?」


 「その目的は三つあるんだ。一つは、王子が大臣や騎士団長とかと、真っ直ぐに向かい合って意見を押しつける事が出来る度胸と実力を付ける事」


 「うう、なるほど。厳しいんだな」


 「二つ目は、そのダンジョン攻略に、城の魔導書使いと騎士を連れて行き、更に、冒険者の魔導書使いと冒険者の剣士でパーティを組む事で、一般の実力と城の実力を目の前で、命がけで知る事」


 「更に厳しくなったな」


 「三つ目は、二つ目の延長だが、王子自身に、集団をまとめる力を付けてもらう事、って所だ」


 「剣を振り、魔獣を倒す事を夢見ていた我は、かなり甘かったのだな」


 「ダンジョンの中は真っ暗。泥だらけで、何時、何処から魔獣が襲ってくるか判らない状況。初めのうちはいいが、長く続くと疲れてきて、どんどん険悪になっていくそうだ。ギスギスした中で、どれだけお前がまとめられるかが、生死の分かれ目だな」


 「それを乗り切る事が、国を担う力を付ける第一歩、と言うわけか」


 「正解」


 俺がそう言うと、王妃もにっこりとして手を叩いていた。


 「なぁ、ヤマトよ」


 お? 王様復活かな?


 「わたしはどうすればいいのか?」


 復活してなかった。


 「陛下は、どうしてもらいたい? 優しく慰めてもらいたいか? それとも、厳しく尻を叩いて欲しいか? どっちにしても、それは然るべき人にやってもらう事だから、俺の出番では無いけどな」


 「然るべき人?」


 その言葉に、三人の王女たちは一人をしっかりと凝視した。俺はつられて見ないようにする事に必死だった。


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