表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリモワールの欠片  作者: IDEI
18/51

18 真相

2020/12/30 改稿

 次の日の朝。目覚めた俺は眠い目を強くこすり、まだ動き出していない全身を強引に動かし、走って宿屋を飛び出した。


 そして、宿屋の前で待機していた城の兵士十二人、ギルドの冒険者二十人に、完全に捕らえられてしまった。


 「ヤマト殿。お待ち申しておりました。では、城へとご案内させていただきます」


 お城へ来ていただいても宜しいでしょうか? という質問部分が無かったよ?


 「ちなみに、待っていた、って、いつ頃から?」


 「夕べ、月が中天に差し掛かる頃からでしょうか」


 簡単に言うと、夜中の十二時ごろから日が昇った今までずっと、って事ね。


 「判りました。どうなとして下さい」


 もう、その根性に負けました。


 馬車に乗せられ、俺の横に二人、俺の前にも二人の騎士が囲み、馬車の縁に掴まって半分ぶら下がっているような状態の騎士が四人、御者席に二人の騎士が居る。そして、馬車の周りに二十人のギルドの冒険者が小走りに同行している。


 気分は護送中の犯罪者。


 トホホな気分で城へと登城した。まぁ、昨日はやばそうな所で勝手に帰っちゃったからねぇ。


 そして、国王陛下たちは朝の会議中。一応、今日する事を各大臣たちと細かく打ち合わせするそうだ。場合によっては、発言する言葉の一字一句が決められる事も多いらしい。国王の一言で、国政がガラリと変わってしまう訳だしなぁ。


 逃亡防止の騎士や冒険者に囲まれ城へと登城し、城内では二人のギルマスに挟まれとある部屋を目指していた。


 形式的には尋問室なんだけど、貴族とかを相手にする尋問室なので、調度品は他の客室と同じだ。


 そこに、昨日、悪魔に囚われていたアルールという女伯爵が居た。しかし、様子がおかしい。


 「昨日からあの調子でな。目は覚めているようなんだが、なんの反応もしやがらねぇ。お前なら、なにか判るんじゃないか?」


 ジーザイアの説明で、何となく状況が判った。


 アルールの目の前で手を振っても反応無し。なんの前触れもなく耳元で思い切り手を叩いても、ビクリともしなかった。


 「やっぱり、悪魔に魂を喰われ果てた状態と見るのが正しいのかも」


 「そうか、こちらでも大方の予想は同じモノだった。しかし、国を乗っ取る事を画策し、最後は悪魔に魂を売って、喰われてお終いとは、なんとも哀れな話だな」


 ファインバッハの話は至極もっともでは有るけど、俺には不自然極まりない話しに聞こえた。


 「それは、俺にはおかしい話しに聞こえるんだけどなぁ」


 「なにがだい?」


 「悪魔は魂を喰う、という話しが変に聞こえるんだ。俺の祖母ちゃんの話しと食い違うから、俺だけの勘違いかも知れないけど」


 「参考までに、君のおばあさんの話を聞かせてくれるかな?」


 「まぁ、本当に参考になるかなんて判らないけど…」


 そう言って、俺がさんざん祖母ちゃんに聞かされた話しを始めた。


 そもそも、悪魔とは、人間に悪い事をさせて喜ぶ存在じゃ無い。悪い事をした人間が、悪魔に唆されたんだ、という言い訳からそんな話しになったんだ、と言っていた。


 もしも悪魔が魂を喰らう存在なら、わざわざ願いを叶えるとかしなくても人間を捉えて魂をむさぼり食えば良いだけのはずだ。


 悪魔は人間を唆す。


 そんな面倒な事は誰かに任せて、体を休めようぜ、疲れているんだから。ってのから始まって、誰かを騙して、働かせて、その分自分が儲けようぜ。と、少しずつエスカレートする。そして、今度は他人から、家族や友人へとターゲットが向かう。

 自分の愛する家族や友人の命や人生を滅茶苦茶にさせ、そして、それをやったのが自分だという事に気付かせるのが悪魔なんだそうだ。


 自分のちょっとした怠け心や、本来は家族を愛する理由からの行動だったのに、その結果が愛する者たちを不幸にしてしまった事を思い知らされる。


 そして、心の底から叫び声を上げながら後悔の涙を流し、自分自身を恨む。その怨嗟の絶叫を集めるのが悪魔だという話しだった。


 だから、ちょっとした怠け心でも、悪魔に魅入られない様にしないとならない。それは、愛する者たちのためでもあるし、なによりも自分自身のため。


 俺は、そう戒められてきた。


 俺も、初めの頃は、祖母ちゃんの言っている後悔ってのが、良く判っていなかった。初めは言われるがままだったけど、後悔の意味が判ってくると、段々とその恐ろしさが判るようになってきた。


 それを思い出すと、このアルールという女伯爵がした事に違和感がある。悪魔も、単純に望みを達するためだけの人間と契約し、単純な力を貸しただけ、という状況もおかしい。契約不履行のはずなのに、魂を喰われた、というのも不自然だった。


 「ふぅむ。まずは、君のおばあさんの慧眼には、心底感心せざるおえない。なるほど。悪魔とは、人の後悔と怨嗟の叫びを求めるモノか。ギルドとしても、いくつか悪魔がらみの事件は担当したが、皆、発端になった者が最後に不幸な終わり方をしている。元々は、悪しき考えを起こした者の自業自得だという結論に至っていたが、それを考えれば、全くもってその通りだと言える。いや、なぜ、そこまで考察出来なかったのかと、自分を責めたい気持ちだよ」


 「俺もだ。まるで、今まで噛み合わなかった歯車が、しっかりと噛み合ったような気持ちだ」


 「ふむ。だとすると、ヤマトくんの言うとおり、アルールは被害者の一人で、悪魔による怨嗟の叫びを上げる予定の者が、別にいると考えるべきだな」


 「と、言う事は、この襲撃事件は終わっていないという事だな」


 二人のギルマスは、俺の話しから、俺と同じ結論に至ったようだ。


 「あの、アルールという女性はどうなるんだ?」


 「ああ、まずは教会へと頼み、悪魔から魂を取り戻す事を考えているが、おそらく、無駄に終わるだろう。すると、あのまま、魂の抜け殻として、弱り、数日で死んでいく事になるだろうな。悪魔に取り込まれていたとは言え、基本的に襲撃を計画していた本人であり、襲撃者本人でもあるわけだしな」


 つまりは見殺しにされるしかない、って事かぁ。だとしたら。


 「俺が、そのアルールに対して、殺すよりも非道な行いをして、人としての終わり方さえ与えない、悲惨な最期を迎えさせる、と言ったら、どうする?」


 「お? ヤマトは完全無抵抗の人形みたいな状態ってのが好みか?」


 「ジーザイア、そうでは無いだろう。ヤマト。君がそれを行う時、君は人払いをしたいと申し出るだろう。だが、そこに四名だけ、同席を許されるのなら、わたしとしてはその許可を取る事に全力で協力しよう」


 「その四人というのは?」


 「わたし、ジーザイア、そして二人の国王だ。四人とも、知っておかねばならぬ立場である上に、心に留め置く事が可能な立場でもある」


 そのファインバッハの言葉にジーザイアも大きく頷いた。


 「判った。その条件で許可を取って欲しい。アルールという女は、その時にこの世からは消える事にもなるんで」


 その最期の言葉で、緊張した二人はしっかりと頷き、王族の会議へとねじ込むために、それぞれの国の会議場所へと別れていった。


 そして俺は、一人で日当たりのいいテラスでお茶と言う事になった。もう初夏を過ぎて、そろそろ夏が近づいてきているこの季節、直射日光が少しだけ辛かった。でも、まぁ、日光浴と思えば、今まで、暗い部屋で読み書きを続けていた毎日からの脱却に感じる。


 今年はプールで泳ぐとかは無理だろうな。川で泳ぐとかも、あまりやりたくない。実は、川って汚水をしっかり流すための存在なんだよなぁ。

 上流の村からも流され、そして、町から流されたモノが下流に行き、そして海に流れ出す。


 まぁ、川や海にとっては良い栄養なのかも知れないけどなぁ。俺としては、相当な沖で獲れた魚しか喰う気は無い。これは、しっかりと心に刻み込んでいる。


 真夏用の服はどんな物を用意しようか、と考えている所で、第四王子ベークライトが近づいてきた。俺はそれに手を挙げて、一緒にお茶しようと椅子を指差した。


 「相変わらずだな」


 その椅子に座りながら、ベークライトが呆れた声で言ってきた。


 「え? なにが?」


 まず、ベークライトが何を言っているのか、心底判らなかった。


 「今の行為だ。お前じゃなかったら貴族でも不敬罪で牢屋行きだったぞ」


 「うえ。そうかぁ。そういや、そうだったなぁ。忘れてた」


 「まぁ、忘れてたで済む事がとんでも無い事なんだが、お前らしい事ではあるしなぁ」


 そこに、新しいお茶が用意された。そして、お茶を用意した側近が離れていく。


 「そういや、レースの優勝に関してはどうなった? なにかもらったか?」


 「僕………、い、いや、我の方は……」


 「どうした? そのしゃべり方は?」


 「う、うむ。実は、ルーネスの第一王女との婚約が決まりそうでな、それで、言葉使いなどを改めるように言われているのだ」


 「ああ、エリアス殿下かぁ。まぁ、どちらかというと、愛でる事が出来る魔獣目当て、って感じもありそうだけどなぁ」


 「まぁ、その本人はな。周りとしては、友好の絆としたいようだ」


 「ベークライトはそれでいいのか?」


 「ん? 何がだ?」


 「あ、いや、特に好きでもない女との結婚だろ?」


 「ん? どういう意味だ?」


 「えっと、相手の姿形も含め、性格だとか、話しやすさとか、一緒にいる時の付き合いやすさとかを考えて、結婚相手を決めようとは思わないのか?」


 「ああ。そういう憧れとかで結婚相手を決めるとか言う話しもあったな。だが、僕たち……、あー、我らの結婚相手は、我らが決めるモノでは無いからな。少なくとも、エリアス殿下は見目麗しき女性であり、従魔への偏見も無いので、ぼ……、我としてはとても嬉しい相手だと思っているが?」


 「そっかぁ。そう言えば王族だったなぁ」


 「そう言えば、と、思い出さなければならなかったのか……」


 「まぁ、悪い相手では無かったのは良かったな。後は理解を深めて楽しめればいいだろう」


 「うむ。まだ本決まりではないのだがな。兄上たちの結婚も済んでいないので、発表も何時になるかは微妙な所だ」


 「ちなみに、上、二人の結婚相手って?」


 「お前に貴族の細かい事を言っても無駄だから省くが、その貴族の娘たちだ」


 「なるほど。まぁ、爵位とか影響力とかの、おどろおどろしい駆け引きの末に決まったような相手、ってのは判った。で、どんなんだ? 見た目や性格は?」


 「ぼ……、我は、何も言えん。何も言えんのだ。ただ、一言言えるとすれば、我は、兄弟一幸せ者であった、という事だけだ」


 「お、王族って、辛いんだなぁ……」


 熱いほどの日差しのテラスで、ちょっとしんみりしちゃったよ。


 その後も、しばらくは世間話を続けた。


 ベークライトは宝物庫の賞品の代わりに、魔導書使いとして研究していく事を許可して貰い、ゆくゆくは魔導書使いの顧問の地位が約束された。

 それは、えっと、名前は聞いていなかった、あの、小物の魔導書使いの顧問とか言っていたアレが、俺を襲ってきた事で自動的に牢屋行きになったため、空席になった事が大きいらしい。


 「アレが使ってきた魔導書の魔法は、学院で一番始めに習う術式そのままだったぞ。補助の魔力安定術式どころか、方向指示も、逆流防止もなかったぞ」


 「ま、マジか? ぼ…、我らは、そんなのを魔導師団に据え置いていたのか?」


 「魔法師団もしっかり確認しないと、火の弾を真っ直ぐ飛ばせるかも怪しいよなぁ」


 「今、学院に居る者たちで別の組織を作った方が良さそうだな」


 「まぁ、変な軋轢が後々まで残らない方法を模索してくれ。これから、お前たちには転移を発表してもらう事になるから、まず、魔法師団に国王からの正式な書状を出してもらって、魔法師団で転移を研究しているか聞く事から始めるわけだしな」


 「なるほど。発表後に、実は研究していて、秘匿していました、という言い訳を封じるのだな」


 「それと同時に、顧問が牢屋行きになったからな。今までの魔法師団の研究成果を全て報告せよ、って陛下に命令してもらえば、今居る連中の諦めもつくかもな」


 「その時は、ヤマトにも是非、内容の判断を頼みたいのだが、かまわぬか?」


 「そうだな。実効的なモノじゃなく、理屈的なモノでも、いい研究をしているのが居るかも知れないしな。そういう、貴重な人材は、逃したくないよなぁ」


 「本当に研究をしている者なら、我らがヤマトから教わっている事柄も、すぐに理解出来そうだな。そういった人材は、後々の大きな力になるわけだな」


 「ああ、それから、魔法師団を動かせるようになったら、騎士団とかの合同訓練とかも提案してくれ」


 「合同訓練?」


 「町に、大きな魔獣や、数多くの魔獣が迫って来た場合を想定して、どう人員を展開して、どんな戦い方をするのか、という流れを決めておいた方がいい、って事だ」


 「すまない。なにか、具体的な事例を教えてくれるか?」


 「そうだな。今回、魔導機関の空飛ぶ船が注目されたよな。そこで、大きな船に騎士や魔導書使いを乗せて、戦いの現場に向かう、という形になるはずだ。その時、魔導書使いは甲板上で魔法を撃って魔獣を牽制し、その隙に騎士団が船から降りて、包囲陣を引く、という流れだ。その後も、船を飛ばして、空中から魔導書使いが騎士たちを援護したり、騎士と同じ場所に立って、攻撃や回復も出来るように訓練しておく、って事だ」


 「なるほど。そういう、実戦を想定した訓練を出来るだけ行って、騎士と魔導書使いとの連携や、力量を上げておこう、と言うわけか」


 「ああ、騎士団はかなり模擬戦とかして、実戦型の訓練をしていたようだけど、魔導師団は、外で魔法を撃っている所さえ、見た事無い、って話しだったしな」


 「こうして聞くと、本当に嘆かわしい現実だったのだな」


 「自分を特別な存在だと思った者の末路だな」


 「少し耳が痛い話しだが、それに気付けるだけ幸せなのだろうな」


 「ベークライトが大人な発言をしている。お、俺も年をとったんだなぁ。しみじみ」


 「まだ三ヶ月弱程度の仲だろう!」


 そこで、ファインバッハが俺を呼びに来たで、席を立つ事にした。聞くと、ベークライトは、今、俺から聞いた話しをまとめると言っていた。なんか、本当に立派になったなぁ。

 結婚が決まると変わるのかな?


 俺の疑問を余所に、ファインバッハは無言で進み、城の奥へと進んで行った。俺も、話し掛ける雰囲気じゃ無かったので、無言で付いていく。


 そして、到着したのは、ちょっとした拷問室。


 なんか、勘違いされたようだ。後々の処置は、この部屋の方がやりやすいなんて言われた。


 ゴメン。しっかり言わなかった俺も悪いんだよね。


 「すんません。近くで良いんで、普通の部屋にしてください」


 俺の要望はすぐに取り入れられた。拷問室に国王を入れておきたく無かった、ってのが理由だな。


 そして、普通の客間。いや、普通よりは程度は落ちるかな? あまり重要じゃない貴族の犯罪容疑を取り調べる部屋のようだ。


 念のため、周辺探知を使うと、この部屋を覗き見る事が出来る裏通路が、部屋の周りを覆っていた。そこに結構な数の兵士も居たしね。


 と言う事で、更に部屋のチェンジを要求。


 しっかりと、監視出来ない部屋を要求した。んだけどねぇ。今度は天井が出入り自由だった。色々と懲りすぎじゃない? まぁ、仕方のない事なんだろうなぁ。


 更にチェンジを要求。


 ファインバッハに、「どんな部屋がいいのかね?」と、わざとらしく聞かれたけど、「監視のない部屋を用意出来ないのであれば、俺だけで行います。それか、追求は諦めて行わないか」


 そう言って、始めて周りが慌てたようだ。きっと、監視してても、それが判るわけはない、と、高をくくっていたんだろう。


 そして、次に用意された部屋は、クローゼットやチェストに、人が隠れていた。


 完全に見下されているね。


 「ワインズ国王陛下。俺は、俺とアルール、そして、二人のギルマスと、二人の国王陛下だけになれる部屋を所望したのですが、ワインズ国王陛下には、それを用意する事が出来ないと言う事が判りました。ですので、俺はここで失礼させていただきます」


 もう、何のためらいもなく出て行こうとした瞬間に止められた。


 「待って欲しい。我は確かに監視の無い部屋を用意せよと命じた。すまぬが、もうしばらく時間をくれぬか」


 そう言って二人のギルマスに目を向けると、ジーザイアは肩をすくめてから、傍らのチェストを蹴飛ばした。そこから吐き出される、女性騎士が一人。

 ファインバッハはクローゼットを開けて、中から男性騎士を引きずり出した。


 頭を抱えるワインズ王。護衛騎士としては、決して危険な状況にはおきたく無かったのだろう。それが王の命令だとしても。きっと、騎士団長の命がけの判断だったのだろうな。

 王も、その気持ちが判るので、どうするべきかを考えている。


 単なる命令違反であれば、それを処罰すればいいけど、命がけで王の身の安全を守ろうとした騎士を、どの程度処分すべきかを考えているようだ。


 この場合、処分しないという選択は無い。ただ、処分の内容が問題だ。重すぎると、王を守る気概を奪う事になる。しかし、軽すぎると、王が重要人物と約束をした事さえ、平気で破る騎士団になる。


 「すまない。我にはどうすべきか、迷い、判断を間違う畏れで迷っている。ヤマトよ。この騎士たちへの処罰で、よき方法があれば、我を助けてはくれぬか?」


 「では、午後から、騎士団には俺と模擬訓練をしてもらいます。俺は魔導書と魔法を余す事なく使い、騎士団は俺に触れれば勝ち、という模擬戦です。但し、俺は魔法を本気で使いますので、場合によっては死か、それ以上の悲惨な状態になるかも知れないという覚悟で戦ってもらう事になります。

 それが怖いという騎士は申し出てください、その者は模擬戦には参加させませんから」


 「ヤマトはそれでいいのか?」


 「いえ、その質問は逆です。陛下はこの内容を受けるのですか? 場合によっては、騎士団の全滅と言う事にもなります。しかも、たった一人の魔導書使いによって、王への不服従の刑罰で、という最悪な理由で。これは、今まで騎士団の維持に税を支払ってきた国民全てへの裏切りととられる場合もありますが?」


 それを聞いたワインズ王は、チェストとクローゼットに隠れていた二人に向かった。


 「今のヤマトの言葉を聞いたな?」


 男女二人の兵は、片足立ちで跪き、片手を胸に、片手を地に付ける臣下の礼をとりつつ、恭しく頷いた。


 「では、今のヤマトの言葉を一字一句、紛う事無き騎士団長に伝えよ。そして、命を賭けた模擬戦を受けるかどうかの判断を騎士団長に委ねると伝えよ」


 どうなるんだろうなぁ。俺の勝手な予想だと、騎士団長が不敬罪を自ら処し、遺書を残して自害して終わり、ってのが本来の終わらせ方だと思ったけど、騎士団長が何処まで王国の国王を立てる気概を持っているかで決まりそうだな。

 つまり、俺の挑戦を受ける様だと、国王を尊敬してない、って事になるはず。


 とりあえず、そんな話しには付き合っていられないので、俺はオバハンを肩に担ぎ上げた。


 そして、目の前に人一人が通れる程度の、アナザーワールドへの世界を広げた。


 「よっこらしょ」


 と、言ってくぐり、アナザーワールドへと入った。オバハンが意外に重いんだよ。


 続いてギルマス二人が入り、二人の王も世界をくぐってきた。それを確認した瞬間に世界を閉じる。これで、本当に始めの予定通りになった。始めからこうしておけば良かった、と言う話しは、何処かに置き忘れてここには無い。交番にでも届いているかな?


 念のため探知を働かせ、俺たち以外に居ない事を再確認。アイテムボックスから野菜が入っている箱をいくつか取り出して並べ、簡易ベッドにしてオバハンを寝かせた。


 更に、同じ箱を人数分取り出して、手抜きの椅子にした。国王陛下に座らせる物じゃないけど、この、町二つ分はある、何にも無いだだっ広い世界で、体裁なんかは意味が無いだろう。


 「ふむ。昨日も少し見せてもらったが、この別の世界、という魔法は凄いな」


 ファインバッハが周囲を見回しながら感心したように言ってきた。


 「人の頭よりも大きな魔石が五つあれば、大陸並みの広さも可能らしい」


 「その魔石をたった一つ用意するだけでも、至難の業だがねぇ」


 「元は巨大な魔獣の隔離場所という目的だったらしいんで。後は、大きな魔法の実験場所ぐらいにしか使えない、なんて記述されていたっけ。更に大きな欠陥もあるしなぁ」


 「欠陥?」


 「ああ。この世界は魔石を柱に存在してるんで、俺が死んでもこの世界は消えないんだ。でも、この世界を開く権限は、作った者にしか無い。つまり、俺が作ったこの世界と、元の世界を繋ぐ扉は、俺にしか作れなくて、その権利の譲渡や変更はできないんだ。

 ぶっちゃけ、今、ここで俺が死んだら、陛下たちは永遠にこの世界から出られない、と言うわけ」


 「おいおい」


 「まぁ、今死ぬような事をするつもりは無いから」


 「ふむ。で、これから、一体何をしようと言うのかね?」


 「俺にとっては禁術って感じの魔法を使う。その名はコンバート ブック。屈服した相手を魔導書に変えてしまう魔法なんだ」


 「相手を本に変えるだと?」


 「そう。しかも、本にされた者は、二度と元へは戻れないし、自分の意志で動く事も出来なくなる。本にはその人生の全てが記述され、本人が忘れている様な事さえ正確に記述され、その時の本人の考えや感情まで、『読める』状態になってしまう」


 「なるほど。まさに禁術とするに値する、凄まじい魔法だな。そんな魔法の存在を知られるわけにもいかない、というのも納得だ。君が神経質になって、騎士団の監視を嫌うはずだ」


 ファインバッハの言葉に、他の三人も大きく頷いた。


 「本来は特殊な魔獣に使う魔法なんだ。魔獣を倒して本にして、その能力を魔導書を使うように使用する、という目的で開発されただけのはずだった」


 「魔獣の能力?」


 「例えば、灼熱のマグマの中でも平気で昼寝出来る魔獣を倒して魔導書にすれば、その魔導書を使うと、マグマの中でも普通に活動出来るようになる。

 もしも、神さえも倒すブレスを放つ魔獣を倒せれば、神をも倒す魔法の魔導書が手に入る、という目的だったらしい」


 「なるほど。魔法や能力などは、持っている本人の記憶や経験に大きく依存するものだ。だから、本人の全ての記憶や経験を記録した本になると言うわけか」


 「魔獣の能力などはほとんどが本能だけど、その本能を使うのも、経験の蓄積で使い勝手が変わるから、使い勝手のためにはここまでする必要があった、とか、なんとか。

 ただ、人に使うと言う事自体が想定外だったみたいだけど、特にそれを禁じる術式は追加されてない。追加しただけだと、それを消すだけで良い、って事になるから、そういう無駄な事はしないらしいからなぁ」


 そして、しばらく無言の状態になった。皆が見つめるのは、魂が喰われた抜け殻状態の一人の女性。


 「では、俺は、このアルールという人の、人としての生を終わらせる」


 そこには、それを肯定する者も否定する者も居なかった。


 「有り様の理を整える力、理の有り様を整える力を操る呪文!」


 俺の声に応えて、本の頁がめくれる。


 「コンバート ブック!」


 かなり鍛えられて、結構な量の魔力を持つようになったと自負していたんだけど、それを越える量の魔力が引き出されていく。

 気絶寸前にはなったが、なんとか堪えきって顔を上げると、そこには居たはずの女性の体は無くなり、ボロボロになった衣服だけが残されていた。


 そして、頭のあった位置には、ちょっと分厚い、一冊の魔導書。


 この魔導書に人工精霊を組み込むと、頁管理してくれるのかなぁ? なんてくだらない事を考えながら本を覗き込む。


 本の表紙には「アルール・デ・ジンケルト・ボン・オーエンス」と書かれていた。おそらく、アルールの貴族としての正式な名前なんだろう。


 表紙を一枚めくると、そこには男親の名前と、女親の名前の間にアルールの名前があり、助産婦や手伝った女中の名前まで書いてあった。


 こ、ここまでする?


 さらに一頁めくると、出産の様子が事細かく書いてあった。


 それを覗き込んでいた全員と顔を合わせる。


 「これは、一頁ずつ見て行くと、かなり時間が掛かりそうだね」


 ファインバッハの意見は、全員の総意になった。そこで、一番後ろから逆に溯る事にした。


 最後の頁には、サカキ ヤマトにより、アルールは本にされ、人としての生を終えた。と書いてあった。本当に正確なんだなぁ。


 そして、俺との戦いの前まで溯る。


 そこには、妹から黒い宝石を渡され、「邪魔な王族なんて、居なくなればいいのよ」という妹の声が、意識として聞いた最期の言葉だったと書かれていた。その後、アルールの魂は、悪魔が能力を使うたびに削り取られ、麒麟のブレスによって、残りの魂全てが悪魔に食い尽くされたと記されていた。


 「あの時、俺と戦っていた悪魔の能力は、すべてアルールの魂だったわけか」


 ちょっとだけだが気分が悪くなった。


 「悪魔と言うモノは本当に恐ろしいモノだね」


 ファインバッハの言葉で、全員の表情が引き締まった。


 更に溯り、妹に、一番始めに唆され始めた頃合いになった。


 『今まで聞いた事がなかったのに、いつの間にか、甥っ子が生まれていたそうだ。しかも、十二才になるという。不思議なのだけれど、疑問にも思わなかった。わたしの可愛い甥っ子。ああ、この子のためなら、何でもしてあげよう』


 そんな記述から始まった。そして、どんどんと甥っ子への偏執的な愛情が加速していく。さらに本人には判らなかったはずなのに、妹と契約した悪魔により魅了の術が掛けられたと記述されていた。


 『妹からローディアスという貴族を紹介される。まだ女も知らない純朴な少年だと、何度も説明された。そして、この少年と青年の間にあるローディアスを、立派な男にしてあげようと言う気持ちがあふれてきた』


 ここでも再び魅了の術が使われ、さらにローディアスにも魅了が抱えられていたことが記述されていた。


 『ああ、若いというのは素晴らしい。尽きることなくわたしに熱い精を注ぎ込む』


 『いつの間にだろうか。旦那様に捧げた貞操を忘れたのは。ああ、気持ちが良いので、別にかまわないだろう。わたしは今幸せなのだから』


 そして、アルールはどんどんと坂道を転げ落ちて行った。


 詳しい経緯や、その間にベッドを共にした貴族の名前も、どのような手管をつかったのかも、事細かに記録されていた。


 そして、俺は本を閉じた。


 その行為に、誰からも文句は聞かれなかった。


 「あー、まずは、ヤマトに三つの感謝を伝えたいと思う」


 論理的な事を考える代表になったファインバッハが語りかけてきた。


 「一つは、この魔法を人に使う事を禁術としていて、使う事を忌避している事だ。

 二つ目は、相当な覚悟を持って、アルールに対してこの術を使ってくれた事。

 三つ目は、結果論ではあるが、悪魔の本当の恐ろしさを教えてくれた事、という三つだ」


 単に感謝と言ってくれたので、俺にも異論は無かった。


 本当に悪魔の所業というヤツが存在したというのが衝撃的だった。何しろ、そもそもの妹の息子という甥っ子自体が存在しなかったからだ。


 「ヤマトは、この『アルール』をどうするつもりかね?」


 「まず、普通の棺を用意して貰い、そこで本を完全に燃やして灰にして入れる事にします。そして、出来れば教会で葬儀をして貰い普通に墓に埋めてもらえたらと思います。たぶん、アルールという名で墓石を出す事は出来ないでしょうが」


 「そうだね。教会で葬儀をする事が、悪魔に対するせめてもの抵抗になるだろう。墓は、貴族ではなく、一般人のただのアルールとすれば、別に問題ないだろう。葬儀関係はわたしが手配するから問題ないよ」


 「ありがとうございます。少しだけ肩の荷が下りた思いです」


 「悪魔。要は、他人が他人を不幸にした、という、本来は他人事のはずだ。君がそこまで背負うモノじゃないと思うがね」


 「はい。そうですね」


 「さて、両陛下、ジーザイア、そして、わたしもだが、今、ここで見た事は、悪魔の脅威と実行された骨子以外を忘れると宣言したい。この後、今回のように悪魔に魂を喰われた者ならば例外ではあるが、そうでなければ、このような危険な魔法が存在する事自体を忘れ、利用しないと約束したいと思う。

 ヤマト、契約はするかね?」


 ファインバッハの言葉に、俺は肩をすくめて首を横に振った。どうせ、俺が嫌だと言えば良いだけの話しだしなぁ。


 俺はアルールの本をファインバッハに託して、アナザーワールドからの出口を開いた。


 「さぁ。戻りましょう」


 その俺の言葉に、全員の緊張が解けるのを感じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ