17 悪魔
2020/12/30 改稿
まだ四位以下は一生懸命飛んでいるんだけど優勝が決まってしまったので、陛下と優勝者の王子は祝勝会の会場へと向かう。そこで、ルーネスの王族や、他の貴族、町の有力商人などなどの前で、再び優勝の宣言をして祝う事になる。
一応は、俺たちも一緒。
そして、次は飛行船のレースも始まるので、一時間弱ほどの祝勝会という感じになる。その飛行船レースが終わったら本格的な祝勝会となり、つまり、本格的な宴会となる。
祝勝会の会場にはルーネスの王族も来ていて、俺たちの優勝を喜んでくれた。と、いうより、そこまでやって良かったのか? という呆れと心配の顔だった。
まぁ、第一王女だけは、一直線に王子のグリフォンに抱きついていたので、そんな事はどうでもよかったみたいだけど。
「やまと。やりすぎ?」
ルーネスの第三王女、ラセールがオウムのチーコの口を借りて心配してきた。
「あ~、一応大丈夫。だと、思う。たぶん。何しろ、この後の飛行船レースで、もっと、やりすぎる事になるから」
小声だけど、そう言ったら、驚いた顔をされてから、やっぱり呆れられた。
ま、俺にも、その気持ちは判る。
王子もガンフォールも、諦めた顔で頷いていたしね。
「皆に、此度の飛行レースの優勝者、ベークライトを紹介しよう」
そう国王陛下が祝勝会に集まった連中へと、ベークライトを紹介していく。なんだ、かんだ言って、自慢の息子を、めいいっぱい自慢する馬鹿親になってる。
国王が紹介し終わったあとは、ルーネスから始まって最後の商人連中まで、王子を称える言葉が続く。普段、何処かの貴族とかが優勝した場合も似たような感じになるらしいが、今回は王子が優勝とあって、称える言葉も長ったらしく、途中でどういう意味かも判らなくなった。
俺とガンフォールはオマケみたいなものだから、隅っこに寄って、テーブルの上の酒やつまみを食べながら、王族って大変だねぇ、なんて呟いていた。
ちなみに俺は酒は飲んでいない。ちょっと口を付けて見たけど、何処が美味いんだか判らないし、この後に飛行船レースがあるので果実水で喉を潤しているだけ。まぁ、一度酔っぱらうという経験をしてもみたいけど、こういう場で試すのはさすがに拙いだろうなぁ。
で、称える言葉が終わった後は、もう、飛行船レースの準備の時間だ。
げんなりしている王子を引き連れ、俺たち三人と三頭のグリフォンは飛行船を泊めてある広場へと向かった。スタート位置は従魔のレースと同じ場所だから、一度そこへ移動する必要がある。
停泊場へと行くと、そこには人だかり。
何があった? と、思ったら、ロックジャイアントとライトニングゴート、という魔獣を見物している野次馬だった。
「あれは、どういうわけだ?」
王子が半ば脅えながら聞いてきた。
「ああ、飛行船をイタズラされないように見張っててくれって、俺が出したんだった」
「アレなら、誰も船に触らんじゃろうから安心じゃが、さすがに目立つのぉ」
「王子が目立つのは構わないしな」
「さすがに、僕も目立ちたくなくなってきた」
「魔導機関を始動させて船を浮かせたら、後はあの二体に引っ張って行ってもらおう」
「わざとらしく帆を展開しなくてもいいように、じゃな」
きっと、レースになったら帆を組み立てると思われてるだろうしな。その帆にこの船の秘密が隠されている、と勘違いしているのも居るみたいだし、後々、驚かすためには勘違いはしてもらわないとな。
「これが、僕の船か」
そして、真新しい真っ白な船体に、本とグリフォンをデザインしたプレートが貼られた姿を見て、王子が泣きそうになっている。
気に入ったのかな? それとも、残念すぎるから、打ち砕かれたのかな?
「どうだ? 気に入ったか? それとも、気に入らなかったか?」
「気に入ったとも。凄い。僕の思っていた以上だ」
はたして、どんなのを想像していたのだろう? まぁ、以前に見たのは、木が剥き出しで表面処理や塗装もしていない、いかにも木造のデカイボート、という状態だったので、それと比べたら雲泥の差なんだろう。
乗員が揃った所で、魔導機関を始動させ、船を高さ二メートル程上昇させて安定させる。二隻をロックジャイアント、残りの一隻をライトニングゴートに引かせて、広場へと運んでいく。
見物人が喜んで、人だかりも一緒に移動してきた。
やはり、王子の白い飛行船というのはインパクトが強いようだ。ライトニングゴートに引かれていく姿も、一種のカリスマ的に見られていた。
はたして、王子の船はどんな実力を持っているのか?
見物人が勝手な予想を言い合っているのも聞こえてくる。曰く、折りたたんでいる帆がポイントなんだ、とか、船の両側の樽が怪しい、とか、三隻が同じ形なのが関係しているんじゃないのか? などなど。
しまった。三隻合体変形、巨大飛行ゴーレム! という可能性を忘れていた!
大きなワイバーンをアシストの魔獣にしている船は、その分、大きくなるようで、広場へと移動させるのも時間がかかっている。その様子も、なかなか迫力があり、見物人たちのいい見物になっているようだ。
中には錨を前後四つとも下ろして、船を無理矢理留め、帆を張っているのもいる。船尾には数人の魔導書使いが居るようで、風魔法を当てて速度を出すつもりのようだ。まぁ、船首に乗って、まるでシンボルのように居座っているワイバーンが居るせいで、あまり早そうに見えないのはなんでかねぇ。
結局、その船は十人ぐらいで動かすようだ。レースの規定だと、魔導機関と空飛ぶ従魔だけなんで、乗員の数や大きさは決まりが無かった。
まぁ、このレース自体が、魔導機関がまだ健在ですよと言うアピールの意味しかないため、順位はあまり関係無いようだしなぁ。
俺も、見物人たちを見習って、他の飛行船の見物を続けていた。
そして、広場の予定位置に到着した所でロックジャイアントとライトニングゴートをカードに戻した。いきなり魔獣が消えた事に驚きの声が上がったけど、気分はお祭り状態なので、その驚きもすぐに消されていった。
すると、王子が手を振って、何か話したいという雰囲気だった。あ、そう言えばはっきりした作戦は伝えていなかったなぁ。
俺は船を地上ギリギリまで下ろし、グリフォンに留守番を頼んでガンフォールの船まで行った。それを見て王子もガンフォールの船を目指す。
今回、ガンフォールの船にはウェストも同乗する。人数の制限がないからな。そのため、ガンフォールの船に行く事が効率はいい。位置的にも真ん中だし。
「で、どのように飛ぶのだ?」
「前の使わなかった作戦、とか思ってたんだけど、周りの船の様子を見ると、前の従魔のレースと似たような事になりそうなんだよなぁ」
「まぁそうじゃな。魔導書使いを乗せて、帆に魔法の風を当てようというのも居るようじゃが、儂から見ても、儂らの船から見たら鈍亀だ」
「俺の目的は、要人を襲撃する連中から城やレースを守る、ってのもあるんだ。でも、周りの船に合わせてチンタラやってたんじゃ出遅れるだけだろう」
「ふむ、そうじゃろうな」「うん」
「でだ、俺たちは全力で飛ぼうと思う。順位は先頭が王子、二番目がガンフォール、三番目が俺、というのは変わらず、でも、三隻の間隔は出来るだけ距離を取る。できれば、一周を三分の一ずつにするぐらいに。そして、他の飛行船がレースを終えるまで、何周でも回り続ける」
「レースに参加し続ける事で、空から救助に駆けつける事が出来るようにしておこう、というわけじゃな」
「ああ、僕たちが先に三周してしまえば、後はいつコースを逸れてもいいわけだ?」
「そう、俺たちは、他の飛行船が三周する間に、どのくらい引き離したかの立証になるし、何度も他の飛行船を抜いていくのは、見物人たちにとってもいい見物になるはずだ。祭りなんだから、やっぱ、見て楽しむ、って事があった方がいいだろうからな」
「なるほど、先に三周してしまえば、どのコースを飛んでも自由じゃろうし、それこそ、城の周りを小さく飛んでも構わないだろうな」
「あ、襲撃がなければ、飛行コースはあまり変えないでくれ。襲撃犯を警戒している、と言うような態度はあまり見せたくない。あくまでも、祭りを盛り上げているだけ、って感じにして欲しい」
「ほ? しっかりと警戒していると見せつける方がいいんじゃないのか?」
「俺たちは抑止力じゃなく、対応力だ。俺たちが警護をしている、という事自体、知られないようにするのも大事なんだ」
「なるほど。儂たちが、いざとなったら要人を空に逃がす、という可能性を知られると、それに対する妨害策をとられるかも知れないわけだな」
「うん。それが怖いからな。だから、俺たちはあくまでもレース参加者、という仮面を、襲撃が起こるまで被り続ける。襲撃がなかったら、仮面を外さずに終わり、って事だ」
「なるほど」「おう、判った」
「じゃ、まずは三周してから、しっかりと祭りを盛り上げよう」
それから、簡単なハンドサインを取り決めた。速度が出ると、さすがに大声だけじゃ通じないからなぁ。
そして、それぞれの船へと戻った。
しばらくして従魔レースの時と同じような陛下のお言葉があり、いよいよスタートが近づく。
各船の緊張も伝わってくるようだ。そして、魔導書使いが音の拡大呪文を唱え、スタート合図の銅鑼が大きく鳴った。
ボンッ!
いきなりの大きな風切り音とともに、一気に飛び出す王子。それを追うガンフォール、さらにそれを追う俺。という理想的なスタートになった。
驚いたのは観客だけじゃなく、他の飛行船や、テラスの王族や貴族たち。
何しろ、三隻とも帆を広げていない。スタート合図の一瞬で、爆発したように飛び出してしまったし、その姿は既に見えなくなっている。
他の飛行船は、ようやく帆を畳んでいたロープを解き終わった、という時間しか経っていないのに、すでに半周は差を開けられてしまった、という事実に呆然としていた。
そして、轟音をあげて俺たちの飛行船が飛ぶ。
実際は時速百キロ程度で限界なんだけど、この世界にその速度で飛ぶ人工物なんて存在しない。
ああ、俺は今、風になっている。
なんて冗談を言っている余裕はなかった。
俺たちの乗る飛行船は、なんとか上下にぶれるのを抑えただけの格好だという事が、ここに来て露呈。この飛行船って、左右に曲がりにくいし、真っ直ぐに進みにくい。ゆっくりなら問題ないけど、この速度だとコースから外れないようにするだけで精一杯だ。
俺は二人にハンドサインを送る。事前に打ち合わせた簡単な物だけど、速度を上げろ、と、下げろ、上昇、降下、並べ、と言うだけの物だった。その内の、速度を下げろ、というハンドサインが役にたった。
速度が百キロ近かったのが、約七十キロと言うぐらいになった。そこで手で大きな丸を作る。この速度でも、追いついてくる飛行船はいないだろう。操作もかなりやりやすくなった。
しかし、垂直尾翼とかも必要だな。方向舵にもなるように動かせる物がいいが、それが可能かどうか。船に付いている安定翼は、基本的にはダウンフォースを発生させるためだけの物だ。でも、船を、方向的に上昇させたり、下降させたり出来るようにもした方が良さそうだ。
今のこの船の状態だと、上昇、下降は浮游装置で単純に上下するだけだ。船体を上に向けて急上昇、なんて出来ない。必要も無いと思っていたけど、ここまで速度が出るのなら是非とも欲しいと思ってしまう。
具体的に言えば、船を左に傾けて上昇させれば、結果的に左に曲がれる、という扱い方が出来れば楽だと思った。
浮游装置はつけるけど、それは緊急用の安全装置ということにして、完全な飛行機型、というのも有りか? 完全に速度が必要な移動型、と考えれば有りなんだと思う。
まぁ、この世界だと、魔獣と戦う事を想定した方がいいから、速度よりも展開のし易さや人員の輸送、そして強力な武器の方に需要が傾きそうだから、速度重視型は人気が出そうもないな。
これからの飛行船の活用方法は、輸送型と、魔導書使いを甲板に並べて魔獣に魔法を打ち込む戦艦型って感じになるんだろう。魔獣からの攻撃を避けられる速度があれば、それだけで有効と判断されそうだ。
俺たちが今乗っている程度の船も、偵察、斥候、連絡用に用途はありそうだけど、これ以上の速度は求められそうもない。
なんか、いきなり先が見えちゃったなぁ、と考えながら、俺の飛行船は一周目を終わろうとしていた。
そのスタート地点の広場には、ようやく浮き出した飛行船が帆を張っている姿があった。こうしてみると、その姿はそこそこ美しくさえ見えた。
あの美しさは、これからも必要とされそうだ。
俺たちは他の船の妨害をしないように、大きく距離をとって抜いていく。まるで、大型戦艦と艦載機みたいな構図だった。それもまた、美しさの一つだろう。
そしてまた、しばらくは俺たちだけの世界になる。
俺たちが通過した地上付近から歓声が聞こえる。なんか嬉しいねぇ。
しかし、それはいきなりやって来た。突然の弓矢。かなりの強弓なんだろう。普通の弓矢よりも、太く、長く、強そうだ。それが俺たちに向かって放たれた。
そして、俺たちの後方に飛んで行った。
「…………」
どうやら、速度が速すぎて狙いきれなかったようだ。
たぶん、レースの出場者の関係者って感じだ。
どうするのかと王子とガンフォールの船が近づいてきたけど、俺は下を向いて、手を頭の上で大きく横に振り、三回ほど振った所で、人差し指だけを立てて前方を示した。
つまり、気にするな、と。
しっかり伝わったようで、二隻とも離れていき、予定通りの形に戻っていった。
町にも警備の兵やギルドの警備依頼を実行する冒険者も多い。あれだけ派手な事をしたんだから、ただでは済まないだろう。
そして、俺たちは規定の三周目を周り終わった。陛下は広場で待ちかまえようとしたけど、俺たちはその上を、それまで通りの速度で通過。再び、ゆっくり飛ぶ飛行船を大きく飛び越して行った。
予定通り、三隻は大きく離れて、コース全体をフォローしやすい位置取りになる。そのまま、他の飛行船を眺めながら、時々は飛行船の乗員に手を振りながら空を楽しんだ。
大きな飛行船の横を、俺たちの船が通過する姿は、それを地上で見ている者たちにも楽しい光景だったらしい。競争という状況を越えた時点で、完全な余興に変わった。
わざと蛇行運転しながらコースの地上ギリギリを飛んだり、追い抜く船の真下、ギリギリを抜けたりと、いろいろとやんちゃをしてしまった。
そして、俺たちが三十周近く回った時、他の飛行船がゴール間近という感じになり、俺たちは一位として着陸する事にした。
まず、予定通り王子の船がゆっくり降りていく。それにガンフォールと俺の船が続く。
広場の、出発したと同じ場所に着陸する決まりなので、その操船技術も競われるらしいが、ゆっくり飛んでいる状況なら風圧式推進器の方向を細かくいじれるので、かなり楽な作業だ。
それでも、着陸寸前は真下が見えないので、ちょっとだけ不安にはなる作業なんだけどな。
王子の船が見事に定位置に着陸し、船から下りた王子がゆっくりと国王陛下に近づいて行く。それに合わせて楽団のファンファーレが鳴り響く。
「ワインズ国王陛下。我、ベークライトはここに舞い戻りました」
「エルダーワード国王、ワインズの名において、ベークライトを飛行船による飛行レースの優勝者と認める」
国王に一礼した王子は、魔獣の時と同じ言葉を使い。陛下もまた、ほぼ同じセリフで返した。
そしてガンフォールが着陸、続いて俺が着陸し、俺たちのレースは終わった。
何度も鳴り響く銅鑼が、けっこう心地よかった。
ようやく戻ってきた他の飛行船が、着陸のために苦労しているのを眺めながら、俺たちは広場に特設された休憩所で待たされる事になった。
飛行船が全て着陸したら、レースの終了を陛下が宣言するためだ。
そのために、魔獣でのレースのみの参加者も集められている。
俺たちは祝勝会の会場へ入るのは決定だけど、他の連中にはこの場での宴会が予定されているそうだ。そのために、運び込まれるのを待っている料理や酒、テーブルや給仕が、集団で固まって待機している。
やっぱ、待つのが仕事なんだな。
「ようやく終わったなぁ」
ガンフォールがそんなセリフを吐いた。かなり感傷が入っているかな。
「レースはそれでいいけど、俺はまだ、これからが仕事の本番なんだよなぁ」
「おお、そうだったな。儂とした事が、儂自身の事しか考えてなかったわい」
「ガンフォールは、これから来る注文に、どう対処するか考えないとならないんじゃないかな? 怒濤のように注文が来ると思うよ?」
「ああ、僕もそう思うぞ。あれは、やはり脅威だ」
「う、うむ……」
「全力で飛ばなくても十倍以上の差が出るんだからな。もっと改良したら、どうなるか。それに、飛行船の使い方も、今までと変わる事になるだろうしな」
「飛行船の使い方?」
「ああ、あそこまで速度が出なくても、人員を多く乗せる飛行船だと、戦争や魔獣への大きな戦力になるだろう?」
「確かにのぉ。儂としては戦争は嫌な使われ方だが、仕方のない事なんだろうな」
「戦争用だとそうだけど、普通に馬車代わり、ってのも同じ船でそうなるからな。同じ物でも使い方次第。包丁と同じようなモンだ」
「それを言われるとなぁ」
「ところでヤマト。さっき、もっと改良するとか言ったが、どんな改良をするつもりなんだ?」
王子が興味を持ってきた。よほど、あの飛行船が気に入ったらしい。
「まず、真っ直ぐに飛びにくかった、って点を改良したいな。それに曲がる時も推進器だけの力じゃなく、風を受け流して曲がる方法も取り入れたい……」
それから、しばらくは俺の理想論で暇つぶしをしていた。
ようやく最後の飛行船が到着した時には、如何に飛行船で魔獣を狩るか、という議論になっていた。もしかしたら、この瞬間に、この世界の歴史が動いたかも知れない。
ヤバイ知識を与えていなかったか、と、振り返ってみるが、ヤバイ知識しか言ってなかった自分が居た。
あ~、うん! 気付かなかった事にしよう。あ、ほら、今日の祝賀会は、どんな食べ物が出るのかな? 楽しみだよなぁ。
お願い。後々のテレビ番組で、この時歴史が動いた! なんてセリフで紹介されませんように!
そして、広場に戻り、陛下の有り難いお言葉をいただいて、王都主催の飛行レースは終わりを宣言された。同時に食い物や酒がどっと持ち込まれ、それを縫うようにして、俺たちは祝勝会の会場へと向かう。
祝勝会の会場では、再び国王陛下の息子自慢。今回は第一から第四までの王子が勢揃い。こちらには王女は居なかった。
第一、第二王子は、王政の勉強をさせられ、国王陛下自身からも目を向けられているためか、なかなかに理知的な雰囲気を持っている。でも、ちょっと体が弛んでいるかな。体力的な根性はイマイチという感じを受ける。
第三王子は、始めて会った頃のベークライトを思い出させる。やっぱ、何の取り柄も無いのに我が儘に育てられた、って感じがてんこ盛りだ。国王は、この第三王子に、どんな未来を見ているんだろう。
俺が王族観察をしている間に祝勝会は滞りなく進み、襲撃の様子も丸で無いまま時間だけが過ぎていった。俺の立ち位置は、ルーネスの王族たちと、扉の間。手帳サイズに小さくなった魔導書を手の中に隠して持っている。この機能って、こう言う時便利だなぁ。俺も再現出来ないか調べてみようか。
おっと、余計な雑事を考えてないで、襲撃に備えないとな。襲撃と言っても、集団で襲ってくる、というモノばかりじゃなく、密かに音もなく、なんてのも有り得る。それもしっかりと警戒しないと。
幸いな事に、王子のグリフォンと、俺の二体のグリフォンが出ている上に、ルーネスの王族の所には俺のユニコーンが居る。そのため、姿を隠して近づく、なんて真似も出来る状態じゃない。
普通の獣なら、判っていても見逃す、って事もあるけど、従魔だから俺の仕事としての行動も理解しているため、決して見逃す事はないだろう。おかげで、俺は外からの襲撃に備えるだけでいい。
その外も、城の警備兵やギルドの腕利きが固めているため、まず、有り得ないだろう、という状態なのも助かる。
でも。特別な存在、というのは居るらしい。
「ヤバイのが来るぞ。逃げろ!」
それは、情報屋ライハスの声だった。まるで、俺にしか聞こえないように調整された声だったのかも知れない。
そしてそれが現れる。だけど、それを理解している者は誰も居なかった。
それは、天井から液体がにじみ出るように現れ、垂れる水滴の様に祝勝会の会場の床に降り立とうとした。
それを見ただけで、俺も戦慄した。ヤバイ。アレは、普通のモノじゃない。会場に潜んでいた警備の者も、それに気付いたのだろう、まるで心臓を鷲掴みにされた時のような息づかいをしているのが判った。
あれは、この会場を、滅茶苦茶にする。きっと、この部屋で生き残れるのは、良くて数人だろう。俺も、生き残れるかは判らない。俺の体に流れる血が、滝のように真下に流れて出ていくような、貧血に似た感覚になる。
でも、俺の目には、同じ方向だったためだけど、第四王子のベークライトやガンフォール、そしてルーネスの王族たちの姿が映っていた。
その、恐怖の存在を見つけた、グリフォンやユニコーンの驚いた姿も見えた。
あ、俺の守りたいモノだ。
俺の心が、『納得』した。
そして、俺はためらいなく、その恐怖の存在の足下に、アナザーワールドの世界を開けた。
降り立とうとした瞬間に床が無くなり、ソレは為す術もなくアナザーワールドに落ちていく。俺はすぐに世界を閉じると、別方向に世界を開け、そこに飛び込んだ。その世界もすぐに閉じる。
アレは、アナザーワールドに閉じ込めておける存在だとは感じられなかった。アナザーワールドに落としただけでは、きっと数分で出てきてしまっただろう。
だから、アナザーワールドに落としただけで満足せず、俺も入って、中で直接倒すしかない。
そして、降り立った先に、アレが居た。俺を見ている。たぶん。
まるでコールタールで出来た人形のような、真っ黒な半液状の生き物?
頭、胴体、手足の区別はなんとなく付くんだけど、本当にそういう機能かも判らない。見た目通り液状になって、剣や拳の攻撃とかが効かない、なんて事もありそうだ。
人間のような格好をしているスライム? もともと、ああいう魔獣? それとも悪魔の擬態の一種?
俺の本能が理解したのは、悪魔一択。
この世界には悪魔が居る。まぁ、俺の世界にも居るかも知れないけど、この世界の悪魔は堂々と出てきて、好き勝手に活動していく。
たぶん、誰かがこの悪魔と契約して、相当な代償を支払う事で王族の殺害を依頼したんだろう。相当な代償というのは、この際関係ない。悪魔は、契約を守り、実行する。だから、ここで倒さなければならない。悪魔が相手では、どんな警備も意味を成さない。
悪魔に対抗出来るのか?
判らない。でも、やるしかない。
「麒麟!」
少しでも悪魔に対抗出来そうな、聖獣である麒麟に出てきてもらう。
「サポートを! でも無理はするなよ」
その一瞬後に、ゴム人形の様な悪魔の腕が俺に向かって伸びた。まるで弓矢並みのスピードで。その腕の先は何故か刃物に変わっていた。
液状だけじゃなく、変幻自在でもあるのか。
矢のように細くても視認し難いモノじゃ無いので、ちょっと距離があれば避けられない事はない。まぁ、絶対に油断していない状態で、っていう条件が花丸で付くけど。
腕を伸ばした事で、足場が固定された悪魔に対し、麒麟が細く絞ったブレスを撃ち出す!
ええ~! 麒麟って、ブレス出せたの? 従魔なのに、始めて知ったよ。生きていたら、後で問いただそう。
その麒麟のブレスはかすっただけで避けられた。しかし、かなり有効なようだ。もしかして聖属性なブレスなのかな?
悪魔は、未だ、悪魔特有の攻撃をしてこない。幻覚系か、呪い系、もしくは、魔法全般、っと予想している。そのため、他の従魔は出せないのが本音だ。
聖獣なら、そこら辺もある程度はレジストしてくれそう、ってだけで、確証があるわけじゃないのが辛い。しかし、俺一人じゃ絶対に勝てないから、麒麟には貧乏くじだけど、一頭で頑張ってもらうしかない。
悪魔は、麒麟の攻撃を嫌って、細かく動きながら標準をつけさせない作戦にしたようだ。半液状というか粘体的というか、不定型なゴム人形状態でピョンピョンと前後左右に飛び回る。ただ、それだと、俺への攻撃も手薄になる。
その時間を使って、悪魔に有効そうな攻撃が無いかを考える。
「とりあえず、悪魔に有効そうな攻撃手段、その一! クリエイト ホーリーウォーター!」
何故か魔法で生成出来る聖水を、悪魔の頭上高くに放水する。
効果は?
あったような、無かったような。
動きが一瞬だけ、躓いたかな、って程度の違いがあったけど、それ以降は普通に動いている。
そこへ麒麟のブレスが再び襲う。でも、今度は大きく避けられた。
その分、俺からは離れたので、俺は防御を優先した。
「何者をも逃さぬ空の目より生まれし守りの盾よ オートトラッキングシールド!」
ゴム人形の手足を伸ばして攻撃してくるのなら、自動防御の盾でかなり弾けるはず。これで、少しだけ余裕が出た。
と、思ったとたんに、ゴム人形型悪魔が魔法を使った。
俺と麒麟の方向にのみ、空中生成された金属製の剣が約五十本ぐらいできあがり、俺たち目掛けてぶっ飛んできた。
来そうな予感はあったから、動く前に横へと走り出していたんだけど、剣は俺たちを追って来ている。
俺は盾があるけど、麒麟には無い。ヤバイ! 確か、自動防御の盾と同じような、自動迎撃の呪文が有ったはず。
俺は、俺に迫り来る剣は全て自動防御の盾に任せ、その場に留まり、魔導書の目次から目的の呪文を探す事にした。
もし、盾が保たなければ俺は串刺し、呪文を探すのが間に合わなければ、麒麟が串刺し。
ちっきしょうー! 分の悪い賭けだけど、やるしかない。
盾と剣がぶつかる音が神経を逆なでする。でも、落ち着け、呪文探しに集中しろ。
そして。
「あったー! 災厄を許さぬ守りの槍よ 我が怨敵の牙を残らず打ち砕け! チェイス スピアーズ!」
主に、麒麟に向かう剣を中心に撃ち落とすために魔法の槍を発射した。
良かった。麒麟は何とか逃げ切ったようだ。残りの槍が、俺の方に来ていた剣の残りを撃ち落とした。そして、俺は自動防御の盾が、ギリギリ無くなっていたのを知った。
紙一重で助かった?
思い切り安堵の息を吐きたいけど、それは終わってから。
追いかけてくる剣から解放された麒麟がブレスを放つが、これも避けられた。その間に再び盾を展開。さっき、少しだけ効果があったような気がした聖水攻撃をもう一度行う事にした。
それと同時に、向こうも魔法攻撃をしようと構えていた。
麒麟はブレスを放ったばかり、すぐには対応出来ない。俺はホーリーウォーターに魔力を注ぎ込んでいる途中。
ええい、聖水で悪魔の体を吹き飛ばして、時間を稼ぐ!
「神聖なる光りより生まれし聖なる恵! ホーリーウォーター!」
俺の呪文と、悪魔の呪文が同時に完成した。悪魔の呪文は白く輝くほどの高温を持つ、炎の魔法だった。それが聖水の噴射を浴びる。
そこで、始めて悪魔に大ダメージが通った。
自分で生成した炎は熱くないけど、聖水が高熱の水蒸気になったモノは、熱の無効化の対象外だったようだ。しかも、元が聖水。
全身火傷でのたうち回る悪魔に、麒麟のブレスが直撃した。
コールタールのような表面がひび割れ、中が覗けるようになる。そこには、普通の服っぽい感じの色合いが見えた。
まだ全身火傷の痛みでのたうち回っているので、再び聖水を、水状態のままぶっかけた。全身ずぶ濡れになった所で、氷の槍の「アイスクルランス」で両手、両足を串刺しにして凍らせた。
コールタールのような表面。そして、凹凸のほとんど無い、ゴム人形のような形状の悪魔は、俺たちの前で動かなくなった。
少しだけ見えた、ひび割れの中身が気になった。
それを確認しようと前に出ると、麒麟が前にきて俺を止めた。まだ、危険と言う事らしい。
悪魔に有効な呪文は無いのか? 探したけど、聖水と浄化ぐらいだった。ばらけた方には、悪魔に呪いを掛け、二度と人間に関わらせない、というのもあるんだけどなぁ。未回収だけど。
せめて、試してみるだけはと、「世界を正す大いなる理と聖なる者へと至る道を示す力よ セイント ピュアー」浄化の呪文を唱えた。
すると、コールタールのような表面が蠢き始めた。
どうやら、一人の人間を黒いのが覆っていたようだ。でも、あの動きから考えると、かなり無理があったんじゃないかと思う。まぁ、中は別空間、とかいうオチも有りそうなんで、特に文句は無いけどな。
そして、中の人間から離れた黒いグニャグニャが一つに集まって、何かを形成しようとしている。
悪魔の本体?
中に入っていたのは一人の女性のようだけど、服はボロボロ、紙はボサボサ、皮膚は赤くタダレ始めている。あ、皮膚に関しては俺がやったのかな?
そして、悪魔の本体が動き始めようとした所で、麒麟のブレスで燃やされて無くなりました。
麒麟は「フン!」っと鼻息で一息つくと、その場に座り込んでしまった。相当無理したようだ。でも、もう警戒はしていない。それを見て、俺は倒れている、悪魔に飲み込まれていた女に近づいた。
詳しく見ても覚えがない。年は、俺のオカンぐらいか? 息はしているようだけど、このままじゃ死ぬだろうなぁ。と、言う事で、疲れてはいるけど「リカバリー」を掛ける事にした。少なくとも、悪魔に取り込まれていた理由ぐらいは聞かないとなぁ。
「多いなる慈悲の力とこの世の有り様を説く理より 瑕疵を補いて傷を癒す力 リカバリー!」
見る見る、皮膚のタダレが消えていき、顔にも生気が戻ってきた。でもまだ意識は戻っていない。戻るのかな?
もう、悪魔の気配は完全に消えた。
「ご苦労さん。本当に助かったよ」そう言って、麒麟をカードに戻す。そして、このオバハンを肩に担いでからアナザーワールドの世界を開けた。たぶん、ここら辺が城の中だったと思う、という場所に。
開いたら、空中だったけどね。急いで閉じて、場所をずらして再び開けた。そこは、城の廊下だった。
俺を見つけた城の警備兵が、祝勝会の会場の扉を開いてくれた。どうしよう。ちょっと、説明する言葉を探し切れていない。でも、事態はしっかりと進行してるんだよなぁ。
仕方ない、と覚悟を決めて、会場へと入っていった。
「ヤマト!」
その声が誰のモノかは判らなかった。もしかしたら複数だったかな。
俺は片手をあげて挨拶を返すと、空いている椅子を探した。とにかく、このオバハンを下ろしたかった。そして、隅にあった長椅子に放り出して、ようやく落ち着いた。けっこう重かったのよ、このオバハン。
俺が一仕事し終わった所で、エルダーワード国王陛下が一歩前に出て、俺に向かい合った。
「ヤマト。まずは、何があったのかを説明してはもらえぬか?」
全員の質問の代表を務めるようだ。まぁ、この国の王だからな。当然か。
「その前に、俺が消える直前に、何があったのかを、どのくらい認識していた?」
あ、やべ。敬語じゃ無かった。まぁ、今更か。
「む。そうだな。わたしは、天井から黒いモノが落ちてきた、という認識しかなかった。しかし、警備の者が、あれは非常に良くないモノだと言って震える始末でな。この部屋に居るのも危険だと進言してきた。我々が知り得たのは、そこまでだ」
「判った。まず、あの黒いのは悪魔だった」
そこで、その部屋の全員が息をのんだ。控えていた警備の兵さえも、息を飲んで青い顔をしていた。
「悪魔は、体を好きなように作り替えられるようで、液体のように天井から染みだし、この部屋に降り立つと同時に、この部屋の人間を殺そうとした、と、思う」
そうして、俺は事の顛末を説明していった。途中で世界を開いてアナザーワールドを覗かせたり、麒麟を出して、聖獣だという説明も必要だったが、大方は、質問も無しに聞いてくれた。
そして、最後に。
「黒い液状の悪魔に体中を覆われていたのが、この女だった、と。まぁ、俺にも何処の誰かは判らないので、目を覚ましたら、色々聞かなければなぁ」
「いや。この者の身元は判っている。我が、ルーネス国の女伯爵であるアルール本人であろう。ワインズ王、そしてヤマトよ。我が国の者が、大変な迷惑を掛けた事を、ここに詫びる。この償いは我が命を賭けて必ずさせてもらう」
ルーネスのエシュタル国王が、エルダーワードのワインズ国王と、そして、俺に向かって深々と頭を下げてきた。その後ろに控える王妃や王子、王女たちも、深々と頭を下げる。
俺はもう、疲れまくっていたし、こういう時の言葉を知らなかったんで、エルダーワードのワインズ陛下に片手を差し出し。「丸投げ!」と叫んだ。
しばらくして、その言葉の意味を理解したワインズ陛下が、それは、それは、深いため息をついたというのは、ちょっとした伝説になったようだ。
「エシュタル王よ。我がエルダーワードの民にも犯罪者は居る。さらに、それらが、ルーネスにて犯罪を犯す事もまたままあるという。そこに、我が国に責を求める事も無いだろう。
此度の件、確かにルーネスの国民によるモノではあったが、ルーネスの国の責では無い事は明白。エシュタル王が、その責を感じる必要は一切無いと、我も、ヤマトもそう思っている。まずは、胸を張ってくれ。我らが国の友情は変わらぬのだから」
「感謝する。ワインズ王、そしてヤマト。しかし、この者が我が国の政権を奪う目的であったのもまた事実。我ら王族には、そう言った者たちを抑える事もまた責の一つである事もまた事実。あらかじめ、このような者が現れない様にとの責を果たせなく、此度はこの国とヤマトに多大なる支障を与えてしまった事には、どのような言い訳も出来ぬほどの……」
「ピー。やまと?」
エシュタル王の謝罪の言葉を遮ったのは、ラセール第三王女のオウム、チーコであった。
そのチーコの言葉に疑問を持った者たちが周りを見回すが、そのヤマトの姿は誰にも見つけられなかった。
「逃げたな」 ガンフォール。
「逃げたんだろうね」 ベークライト。
「逃げたか」 ワインズ国王。
「逃がしたなぁ」 ジーザイア。
「逃げたねぇ」 ファインバッハ。
「まったく。礼ばかりではなく謝罪さえ受け取ってもらえぬとは」 エシュタル国王。
「にぃげちゃった」 チーコ。
「ふっ。これから何を言うにしても、その相手が居なくなってしまったのでは、言葉を重ねる意味もなくなりましたな」
エルダーワードのギルドマスター、ファインバッハがまとめるためのきっかけを出した。
「そのようだな。確かにヤマトは悪魔と戦い、それを倒したという。ならば、その疲労も一方ならぬモノであろう。ここは、その労を労うのが我らが始めの務め。我らが行う事は、エシュタルと我がエルダーワードが、今後も、今まで以上の友好国である事を約束する事であろう」
エルダーワード国王ワインズ陛下としての言葉を残し、エシュタル王の謝罪の言葉を無かった事にした。記録官にも命じ、エシュタル王の謝罪は永久に抹消された。
「それがいいですな。そうでないと、あのヤマトがヘソを曲げる事も考えられる」
ファインバッハの言葉は、なぜか、周りの者たちに恐怖を与えたという。これは、正式な記録には残っていない、というのが正式な記録だった。
余談ではあるが、その後の会談ではルーネスの第一王女とエルダーワードの第四王子であるベークライトの婚約話しが持ち上がった。本当に余談ではあったが。