表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリモワールの欠片  作者: IDEI
15/51

15 トゲクジラ

2020/12/30 改稿

 今日はルーネスの王族がエルダーワードを訪れる日。俺はギルド手前の路地裏で謎の魔導師にチェンジする。


 周辺を探査して、しっかりと誰にも見られていないのは確認済み。まぁ、見られてもおかしなヤツ、って程度だろうけど。

 学院の連中が転移を使いこなし、それを研究成果として発表したら、こんな事をする必要も、………、減るかなぁ? 減るといいなぁ。


 ギルドに到着したら、早速ルーネスへと移動させられた。こちらが待つのは当然だけど、王族を待たせるのは拙いんだって。


 基本的に、転移は決まった場所から決まった場所へと移動する方がリスクが低い、という言い訳で、王族であろうと、ギルドからギルドへと移動して貰う。

 実は、これは、王族にとっても都合がいいそうだ。城から出るのに王族専用の馬車を使い、城へと入るのにも専用の馬車を使うという形式が使えるためらしい。


 「え? 来てたの?」「え? いつ帰ったの?」なんて言われるような王族の移動というのはメンツが立たないそうだ。


 出来れば、町の外に転移用の大きな館を作って、そこから馬車に乗り継ぎたいぐらいだと言う事だった。


 「はぁ、大使館みたいなモノでも、お互いに作っておくって感じですかねぇ」


 なんて呟いたら、さっそく質問攻めにあってしまった。


 親善大使みたいな役職はあったけど、常設の、友好国に置く、連絡の中継ぎや、一時的な国の代表代理を務める、外務大臣の直轄のポジションという考え方は無かったようだ。


 他国の大使が来ても、城の中に入れてがっちりと見張っている、ってのはあったらしいけどね。


 大使館の敷地は、庭も含めて、全てその大使の国の一部として認め、自国の法律の適用外、なんていう扱い方は、まだまだ無理っぽい。


 と、まぁ、俺は転移係だから、ルーネスのギルドで待機って事で無駄話しをしてたんだけど、何故か城の方からお呼びが掛かった。

 まだ朝一と呼べる時間だから余裕はあるけどねぇ。しかも、城からの専用の馬車でお迎えされちゃった。ちょっとだけ、嫌な予感。だ、大丈夫だよね?


 そして、何人にも引き継がれて到着した所は、王族のみが使う私室の一つで、そこに国王一家が勢揃いしていた。

 さ、さらに嫌な予感が……。


 まぁ、実際に話を聞いてみた所、あのルーネスとユニコーンの物語を、もう一度、王族が揃って居る所で再生して欲しいというものだった。そのために、記録官と絵師、そして、一人だけ護衛騎士も控えている。


 国王陛下も、実際に胸に角を突き刺されたままの初代女王の姿は、未だに怖くなる、と言う事で、しっかりと物語を心に刻み込んでおきたいそうだ。

 それに、今回は第一王子、第一王女、第二王女、第三王女も一緒に居る。


 第二王子は居ないんだ? 第三王女まで居るという事は、頑張ったんだけど、っていう結果みたいだな。側室は居ないのかな? もしかしたら、側室は正規の家族枠には含まれないとか? 異世界の王族の仕組みなんてわかんないからなぁ。


 まぁ、他人の家の家族事情なんて気にしないで、さっさとやる事やっちゃおう。


 俺は記録の魔導書を受け取ると、本を開いて「我々に真実を語れ」と唱えた。


 そして、この世界の住民にとって大スペクタルな真実の物語が繰り広げられた。まぁ、この映像が全て本物か、というと疑わしいんだけどな。見ている当事者たちは感動しているから、とりあえず放っておこう。


 再生映像が終わると、やっぱり皆泣いていた。泣く要素が何処に? ってのは、ホントに俺だけの感性なのかな?

 王様の方は、胸に角を突き刺したまま長生きした初代女王の姿を見て、ようやく心の傷が癒えたようだ。


 映像を見終わった後は、第一、第二王女がユニコーンを見たいと言う事でお願いされた。実は絵師にも頼まれた。まぁ、一度見せているしね。不死鳥も見てみるかい? なんていう自爆はしないつもりだよ。


 で、再びユニコーンが王族に囲まれた。第一王子も楽しんでいる。


 「他のユニコーンだったら、大暴れするほど嫌がるでしょうが、そのユニコーンだったら我慢してくれますから、ちょっとだけ、角を触っても構いませんよ」


 そう言うと、皆、恐る恐る触っていった。その感想は、何となく気持ちの良い感じがする、というものだった。元々、ユニコーンの角は、強力な解毒の作用とか、万病に効く薬効とか言われているらしい。

 俺が調べた所によると、強力な魔法の触媒みたいな性質がある事が判った。要は、魔法使いが使う杖みたいな感じかな。魔導書使いにとっては、魔導書に組み込む魔石みたいな感じだ。そして、ユニコーン自体が治癒や解毒の魔法を使える。


 だから、角を折っても、角自体には治癒も解毒の効果もない。角が無いとユニコーンは治癒や解毒が出来ない、という事になる。

 初代女王に角を突き刺したユニコーンは、角自体に自分の魔力と命を吹き込んで、その角を女王に託したのだろう。本来は角が折れてもユニコーンは死なないから、つまりは、そう言う事なんだろうな。


 そう俺なりの解説を披露すると、再び皆が泣き出した。俺のユニコーンも、皆に撫でられつつも、皆が泣いているので、かなり困った様子だった。ゴメン、もうちょっと我慢して。


 そして、落ち着いた所で、俺への褒美という話しになった。俺のユニコーンはまだ解放されていない。


 「ヤマトは、貴族の爵位についてはどう思うかね?」


 一番嫌な質問が来たねぇ。ここは、曖昧な断り方だと拙いから、完膚無きまでに拒否しておこう。


 「国の爵位とか権利とかは、俺には一番邪魔なモノですね。俺には捜し物が有るんで、一つ所に居られないんです。飛竜に乗っても二~三ヶ月は掛かるような遠くに行く事も、まぁ、決まっているようなモノです。ですから、爵位ですとか権利ですとか、土地や、物も、必要無いし、すぐに置いていくだけになります。そして、帰って来ないでしょう。それが俺なんです」


 たぶん、国の爵位で、縛り付けるわけでもないけど、帰ってくる場所、ぐらいの意味合いでも持たせたかったんだろうな。


 「俺は、自分でやりたい事だけを選んでやっている、というつもりです。ですので、俺のやっている事に対しては、感謝の心は受け取りますが、それ以上は、俺にとっては負担になる事もあります。なので、大体においては感謝の言葉一つで充分です。

 それに、俺の捜し物に役立つ情報もあるのでは無いかという下心で行動したという事もありましたからね」


 「ふう。君が、本当に親切な心で我々を助けてくれたという事が判って、我々は安心と感謝を感じるのだが、それだと、我々の感謝の気持ちをどうやったら伝えられるか、という事が頭を悩ませる問題だ。君のしてくれた事に、言葉一つで終わらせたなどと知られては、我々は国民の上に立つ資格さえ疑われてしまうからな」


 ああ、そういうメンツもあったなぁ。国に貢献した者には、国民にも良く判る形で報償を与える、と言うのは、国民への示しもあるし、他国も含めて、色々な者への宣伝にもなる。

 まぁ、俺なんかは、目立ちたくないから、宣伝用の看板にはなりたくないんだけどな。


 「俺としては、王族のうちの一人が偶々見つけちゃったよ、ってしてくれた方が助かるんですけどね。っていうか、それをご褒美にして貰いたいぐらいで」


 「そ、それは、さすがにのぅ。王族として、ではなく、人としてどうか、という話しになりそうだ」


 結局、平行線のまま時間だけが過ぎて行った。


 褒美の話しは、また日を改めて、と言う事になり、俺は先にギルドに向かい、王族は用意をして後からくると言う事になった。


 ああ、無駄に待たされないで良かった。まぁ、ユニコーンを回収しようとしたら、第一王女に、凄く残念な目で見られちゃったけどね。

 さすがに、ユニコーンを従魔にする仲立ちなんて、俺には無理だしなぁ。この国にユニコーンの森でも作ってもらえたら、俺のユニコーンを仲介に勧誘ぐらい出来るかな? 本来のユニコーンって、もの凄くどう猛らしいから、やめた方が良さそうだけどな。


 ギルドに到着し、すぐ後から王族が到着します、と報告したら、二人のギルマスに挟まれ、ギルマスの部屋へと連行された。

 そして、第三王女との婚約が決まったか? それとも、他の王女か? などと聞かれた。いや、これって尋問だよね?


 「その前の、爵位に興味が? と言う所で、徹底的に断ってきました」


 「なんだと? あの第三王女はなかなか良い女だっただろ?」


 「第一、第二王女たちも、負けず劣らず、美人でしたよ?」


 「そうか、三人とも欲しいか。この欲張りめ」


 「どうしたらそういう考え方になるのか、その頭をかち割って、中を確かめたい気がするんですが?」


 「ああ、それはわたしも同じ意見なんだが、不思議な事に、普通の脳みそが入っていたようだったぞ」


 「た、確かめたんですか?」


 「不本意ながらね。わたしはジーザイアの頭の中に脳みそが入っているのを証言する立場になってしまった」


 「それは、その、ご愁傷様でした」


 「ええい、なんで俺の頭の中身の話しになってるんだ。そんな事よりだ、なんで断ってきた? これほど美味しい話しもなかっただろう?」


 「美味しいですか? 俺は、いろいろ準備が出来たら、捜し物のために旅に出る予定ですよ? しかも、ここに帰ってくる事はほとんど無いかも知れない」


 「やっぱり、そう言う事か……」


 「………だろうね。わたしたちも、うすうすは判っていたが、それでも、君とは一緒に過ごしたかったのだよ」


 「とても嬉しいですけど、ここに来たのも、目的のためでしか無いわけですから……」


 「まぁ、こうまではっきりと言われてしまっては、もう、わたしたちも諦めるしか無いようだ。だが、すぐにお別れというわけでも無いんだろう?」


 「学院の生徒を、最高の魔導書使いにするという目的も有りますし、旅するために使う飛竜船も作りたいですからね」


 「飛竜船ときたか。また、伝説級の話しが出たな。大昔に作られた飛竜船が、少し前に、どっかに落ちたって話しを聞いたな」


 「君はまた、いつも曖昧な言い方をするねぇ。作られたのは何時かは不明だが、今から十年前に、北へと向かった途中で連絡を絶ったのだ。既に老朽化が懸念されていて、無理矢理出航させた大臣が更迭されるという事になった事件だ」


 「まぁ、関係ない飛竜船の話しはいいとして、飛竜船ってのは、どうやって作るんだ?」


 「材料は簡単ですよ。それなりに大きなドラゴンの亡骸と魔石、そして、同程度の大きさの、生活スペースになる帆船です。魔石は二つほど必要ですが、後は魔法で全てを合体させるだけです」


 「そうか、それで赤竜か」


 「あっ、なるほどな」


 「すると、中型ぐらいの外洋船が必要という感じかな」


 「中型だと大きすぎるか、小型だと小さすぎるか、と言う感じなのがはっきりしてないんですけどね。外洋船の造船所で相談するつもりです」


 「それも、全て、自分の力で整えようというわけなんだね」


 「何しろ、実際にやった事がないんで、それで成功するかも判らないわけですからね。誰かの世話になるわけにもいきません」


 そんな事したら、祖母ちゃんにどんな説教をされるか。


 「君は、わたしたちには礼をさせてはくれないんだね」


 「さっきも、国王陛下に似たような事を言われたけど、俺は、礼を受け取るし協力も受けます。俺は一人じゃ何も出来ないってのは、魂に刻み込まれるぐらい躾られたから、なんでも自分一人だけの力で出来るなんて、思ってもいません。

 だけど、自分の財産になる物を作る時は、自分だけで作れと言われてきました。買ってもいいけど、もらうな。いくらでも教わってもいいけど行動は自分でしろって。自分の財産なら、自分の知らない場所を作るな、って祖母ちゃんに、徹底的に言われてきました」


 「そいつはまた、すげえ婆さんだな」


 「ふむ。尊敬出来る人物のようだ」


 「だから、飛竜船は俺の物で、俺の財産だから俺が作ります。もし、礼として協力してくれる、って言うんなら、学院の生徒や、ガンフォールのバックアップを少しだけ頼みます」


 「まったく、君は、我々に礼をさせてはくれないんだな」


 「頑固なガキだぜ」


 呆れられて、ギルマスの部屋での尋問はお開きになった。




 そして、ギルドに王族が到着した。


 なんで王子も含めて、王族全員居るの? テロの脅威があるんだから、王族は一つ所に居たら駄目なんじゃないの? 一度のテロで王族全滅って、絶対避けるべき行動だよね?


 「なんで?」


 もう、素直にそんなセリフが出た。


 「なに。君たちの守りの力を信じているというだけだよ」


 国王陛下はそう言って笑った。


 「面白そうな事を見逃したくはない、というだけじゃないんですね?」


 そう聞いたら、答えてくれなかった。なんか、右斜め前を見てる。会話は目を見て話そうよ。


 そして、第一王女が俺に近づいてきて、ウルウルした目で見つめてきた。


 「あ~。『一角獣』、王様たちが帰るまでの間、警護を頼めるかな?」


 ユニコーンの、何かを諦めるという目を始めて見たよ。冥土のみやげになるかな。

 第一王女はユニコーンにしがみついて喜んでいる。なんだ、そんな事か、という目のギルマス二人には、後で報復を考えておこう。


 まずはエルダーワードのギルマスとお姉さんたちを先に送り届ける。そして受け入れ準備が出来たら、側近と護衛騎士の一部を送る。そして、側近だけをまた戻して、安全を確認したら、王族六人とうちのユニコーンを転送。あとは俺だけが戻って、残りの護衛騎士、荷物持ちと側仕えを送って終了。


 既に、エルダーワードのギルド前には王宮からの馬車が到着していた。各員、それに乗り込んで、さっさと出発していった。


 俺の今日の役割はここまで何だけど、もしも、ルーネスの側近あたりが、忘れ物がありました、なんて言って来る事態を想定して、当分はギルドでお留守番、となる。


 城では、今日は旅の疲れと、側近たちが使い勝手を確立するために、特に行事もなく個別に夕食を用意して終了、という予定。明日は隣国の王族の来訪を祝って歓迎会。明後日は飛行レースの前夜祭。そして、その次の日に飛行レースと、その祝勝会。次の日は特に決まってはいないけど、王族同士やレース優勝者と懇談会。次がルーネスに帰る前の送別会。そして、次の日にギルドから帰るというスケジュールだ。


 王族って凄い。俺なら一日で倒れる自信がある。


 そして、幸運な事に、何も無いまま受付時間が終了と言う事で帰る事が許された。


 宿に戻り、書斎に入って、資料のまとめと書き写しを行う。ああ、なんという至福の時間。


 本気で隠居したくなってきた。




 次の日は、緊急呼び出しがあるかも知れないけど、一応学院を優先という事になった。


 授業を始める前に第四王子であるベークライトに聞いた所によると、今晩から宴会続きになるそうだ。基本は夜だけ、という事なんだけど、王族同士でお茶会とか、個別の相談事とかの会合が開かれ、色々と話せない内容の秘密が飛び交うらしい。


 「やだやだ。俺は絶対に近づきたくないモンだ」


 と呟いた所、数人から「いいね」じゃなく、「だろうね」のつぶやきが帰ってきた。


 聞いた所、この教室の生徒は、全員、一張羅を着て、従魔を連れて参加するそうだ。


 「ああ、ルーネスの第一王女とかが連れているユニコーンは、俺のカードのユニコーンだからな。従魔にそう言っておけば通じるはずだ」


 「既にルーネスの王族と関係が?」


 王子がそう聞いてきたが。


 「転移係が俺しか居ないんだから、しょうがないんだよ。それより、昨日はしっかりと転移魔法の仕組みと術式を頭に入れたか? 今日はみっちり転移しまくりだからな。覚悟しておけよ。まぁ、午後から、送別会までは、休みにしてもいいと思ってる」


 そう言って教師を見ると、頭の上に大きな丸を手で作ってきた。


 「許可が出たから、余計な力を使わずに、地獄の連続宴会を乗り切ってくれ」


 ほ~~、っというため息がマジで聞こえてきた。しかも一番大きいのは王子から。


 「王子は、ちゃんとレースに間に合うように来てくれよ。船はしっかり整備しておくが、グリフォンとお前自身の体調は、お前次第なんだからな」


 「ああ、飲まないように、食い過ぎないようにするつもりだ」


 「まぁ、そんなもんだな。だが、グリフォンには色々な手を出されてくるだろうから、基本的に動かないようにするのが一番だな」


 「色々な手、か。どんなのが考えられる?」


 「まぁ、単に興味本位から触りたがるのは当然居るだろうな。そして、触って、ワザと怒らせようと、隠れてナイフや串で突き刺してくるのも居るかも知れない」


 「な、なんでそんな事を!」


 「これは、ここにいる全員にも当てはまる事だが、そろそろ、お前たちに対するやっかみが本格化する頃だろうからな。お前たちの従魔を暴れさせて、お前たちの失点にするつもりのヤツも多くなってくるぞ」


 「どうしたらいい?」


 「グリフォンは、ある程度お披露目が終わったら、さっさと下がらせてしまえ。グリフォンは窮屈な環境を嫌う、とか、今日は機嫌が悪いようです、とか言ってな。それと、従魔は、主人の命令しか聞きませんから、他人には食い付くかも知れません、と言って、基本的に触らせるな。元々、主人であるお前たち以外に触られるのは好きではないのは判っているだろう?」


 「僕はそれでもいいが、他の者は、立場上、逆らえない者も多いのだが?」


 おお! ベークライトがクラスメイトの心配をしている! グス、グス、立派になって……。


 「そうだな。その時は、グリフォンは下がらせないで、グリフォンの周りに近づけないようにロープを張ってもらえ。ロープの中に入ると食い付かれると但し書きをつけてな。そして、他の連中の従魔は、やばそうな時はグリフォンの所に避難するように言っておけ」


 「なるほど。それならば、従魔だけなら大丈夫そうだが。従魔の主として、それはどうなのだろうか?」


 「従魔となって日が浅いので、このような場では落ち着かないのです。とか言っておけ。どうせ従魔を持っていない者が、そういうやっかみをしてくるだろうからな」


 「僕に近づいてきた魔導書使いは従魔を持っているぞ? 犬だけどな。従魔の使い方を教えてやるとか、偉そうに言ってきた事がある」


 「王子は、教えられると言う事は、グリフォンを従魔にする事もできるのですね? とか言っておけ。他の連中も、今の従魔の前の従魔の名前を教えてやればいい。カーバンクルについては、実はグリフォンより従魔にするのが難しいらしい。実質、妖精並みだから、グリフォンぐらいは従魔に出来るのですか? とか煽っておけ。もう一度言っておくと、そう言う連中には絶対に触らせるな。場合によっては毒を仕込まれるとかもあるからな」


 貴族の世界は伏魔殿とも言えると聞いた事があるし、このアドバイスでも足りないぐらいだろうな。


 結局、授業時間の半分は宴会時の注意点になってしまった。


 そして、転移の授業は、学院の教室と、学院の庭の二カ所にマーカーを打って、何度も転移で往復させただけで時間切れ。


 「自分の部屋にもマーカーを打って、宴会の時や、外で危ない時とかに転移で逃げられる場所を作っておけよ。マーカーはたくさんある方が便利だが、多くありすぎると、実際の転移の時にすぐに選べないというデメリットもある。使いやすいように整理しておけ。

 とりあえず、転移の魔法は、来週以降に、お前たちがいにしえの文献を研究して復活させた、と発表する事になっているからな。それまでは知られないようにしろよ」


 レースが終わり、ルーネスの王族が帰るまでは、これで休校という事になる。その時に、全員が無事に戻ってきて欲しいもんだ。


 学院の授業が終わった後は、ガンフォールの所へいき、飛行船の最終整備をして貰う予定。明後日には飛行レースが始まるから、見てもらうのはこのタイミングしかない。


 遠くにガンフォール船場が見えてきた所で、船場の中央辺りで煙が立ち上っているのが見えた。


 え? ガンフォールに何か?


 「麒麟!」


 俺は麒麟に跨り、一気にガンフォール船場に向かった。船場を囲むように高い塀があるが、麒麟に飛んで貰って、一気に煙の元へと急ぐ。


 目をこらし、現場をしっかり見つめる。


 ガンフォールは、………、居た! 尻餅をついているようだけど、無事なようだ。周りには、………、何も見えない。隠れたか?


 「ガンフォール!」


 俺は叫んで、俺という存在が来た事をアピールする。差し迫っていた場合、これで一瞬でも時間を稼げるはず。


 そして。


 「よう。慌ててどうした?」


 ガンフォールの呑気な声で、麒麟からずり落ちそうになった。


 で、結局、ガンフォールのスクラップコレクションが崩れ落ちただけだと判った。


 必死になった俺の覚悟を返して!


 「がっはっは。悪い悪い、大物を作るのに、色々片づけておこうと思ってな」


 「はぁ」


 まぁ、判るけどねぇ。


 「ここに積んである船は、魔導機関の一部と、魔力伝導線ぐらいしか使い道が無い物ばかりでな。今まで仕組みが判らんで取っておいた物じゃが、仕組みが判れば、ほとんどがゴミじゃったと言うわけだ。利用出来そうな物は外すが、後はお役ご免って事で、引導を渡してやらんとならんからな」


 船の構造材としての木材は、薪にぐらいしかならない。その薪もこの町の連中は買っている状態だから、焼いて処分するというのももったいないし、素材としての木材自体に対しても申し訳ない。金属部品も錆びになって消える前に、鉄へと戻してやらないとならない。それがドワーフの考え方なんだそうだ。


 ドワーフ独自の考え方じゃ無いだろう? って聞いたら、人間は鉄を無駄にしていると、ちょとしたお説教タイムになった。否定出来ない部分が多々あったため、反論出来なくて聞くだけだったけどな。


 そして、落ち着いた所で造船所の方へと移動。俺のアナザーワールドへと入るのには、人目に付きにくい造船所の方がいい。それと、道具も揃ってるし。


 で、造船所の中は狭かった。


 「何?」


 造船所の中いっぱいに、一隻の船が置かれていた。


 「おう、ヤマトが言っていた、デカイ輸送船、ってヤツだ」


 見上げながらボンヤリとガンフォールの言葉を聞いていた。ここまでデカイとは。


 「なぁ、ガンフォール。一つ聞きたいんだが」


 「なんじゃ?」


 「どうやって外に出すんだ?」


 「あっ」


 ガンフォールは本気で間抜けな顔をした。


 まぁ、こういうデカ物の場合、完成したら造船所の方を分解して船を出す、という仕組みもある、と言ったら納得してたけどな。


 「俺が居るうちは、アナザーワールドを経由して外に出す、とかも出来るけど、屋根が開く造船所か、前面の扉が全開する形式とか、考えておいた方がいいな」


 「ヤマト。お前、何処へ行くつもりなんだ?」


 「場所は判らない。でも、探さないとならない物があるから、あっちこっちいくつもりなんだ。もしかしたら世界中を何度か回らないとならないかも。

 まぁ、まだまだ、準備が出来てないけど」


 「そうか。短いのや長いの、なんでも、目標があるっていうのはいいことだ」


 「ああ、そうだな」


 しんみりするのは似合わない、って事で、さっさとアナザーワールドに置いてある飛行船の整備をする事になった。

 でも、魔導機関は作ったばかりで問題無いし、ネジやボルトの締め付けを確認しただけで済んだ。船体自体もある程度の速度で一回動かしただけで、各部も弛みや歪みも見られなかった。一応、全てを手で押さえて揺さぶったりして確認していく。ガンフォールはたまに木槌で叩きながら音を聞いていた。


 「ガンフォールはドワーフだろう? ドワーフって、鍛冶仕事が得意ってのは聞いてたけど、船とかの木工もいけるんだ?」


 「船造りは儂だけだな。儂はちょっと前、そうだな、三十年ぐらい前だったかな、船を造る集団に世話になっとったんじゃ」


 三十年はちょっとじゃねええええ! っと、心の中の岸壁で叫びつつ、無言で先を促した。


 「まぁ、そこで船造りと木工を学んだんじゃ。連中のようにはできんで、所々に金具で補強するのは、儂の未熟の現れよ」


 「そこの連中を呼んで、ここの仕事を手伝って貰ったらどうだ?」


 「いや、無理じゃな」


 「?」


 「あの周辺のヌシに根こそぎ喰われてしまったからのぉ」


 「ぬし?」


 「長さで言えばさっきの大型輸送船ぐらいの、クラーケンだ。なんの気まぐれか、いきなり浜辺に上がり込んで手当たり次第、海に引きずり込んで行ってしまった。生き残ったのは、儂と、数人の女子供だけじゃった」


 「………」


 「女子供の方は、近くの村に厄介になるそうでだな。儂も故郷に帰って、鍛冶仕事だけに精を出して、船の事は忘れるつもりじゃった。じゃが、かつては空を飛ぶ船があったという話しを聞いてな。万全の状態の飛行船があれば、クラーケンなどは怖くもないだろう、と思ってな、それで、飛行船にのめり込んでしまったんじゃ」


 飛行船作りは、ある種の敵討ちであり、ケジメでもあるわけか。


 「よし。ガンフォール。これからクラーケン狩りに出よう!」


 「い、今からか? レースが終わってからでもいいじゃろう?」


 「レース終わったら、忙しくなるだろ。いいから乗れ! 俺の方も出すぞ」


 そう言って、王子の船を残したまま、俺とガンフォールの乗る二隻の船が、アナザーワールドの中で浮き上がった。そして、そのまま南東を目指す。まぁほんの少しだけ、って感じだけど。そこから世界を開いて通常空間に出ると、町から南東に少し出た場所だった。当然、人の気配は無い。


 今はアナザーワールドの位置を固定しているため、現在位置の表と裏が一致する。俺が別の場所でアナザーワールドを呼び出したらずれちゃうんだけどな。


 そして、海を目指す。


 ガンフォールは何も言わずについてきているが、どんな気持ちなんだろう。実は、ガンフォールの経験したクラーケンの場所とは違う場所に向かっているのは判っている。

 俺としては、海でクラーケンを狩れさえすれば、大きさも種類も違っていいと思ってる。


 ガンフォールも同じ気持ちならいいんだけどなぁ。


 そして、結構な速度を出しつつ、海に出た。歩いたら三週間ぐらいの距離かな。更に沖を目指し、何か獲物になりそうなのを探す。


 あ、クジラだ。でも、クジラにウニみたいなトゲってついていたっけ? アレはイルカかなぁ? 空中に飛んだと同時に口を開き、その先が爆発したようになった。それと同時に気絶した魚たちを呑気に喰ってる。あ、トビウオだ。ひれの真ん中で曲がるようになっていて、本当に羽ばたいてるね。


 ファンタジー万歳。涙が出てきたよ。


 以前、魔力クラゲを捕まえるのに使った網をアイテムボックスから出して、片方をガンフォールの船の船尾に縛り付けさせる。俺も反対側を縛り付け、ガンホールに船の動きを合わせるように指示した。


 そして、ゆっくりと船を降ろしていく。網が海に沈んだ所で船を前進させる。


 かなりの抵抗が掛かって、船が外側に向きそうになるのを、外側の推進器で調整する。そして、海の水を網で濾していく。


 適当な所で船を止め、そのまま上昇すると、小魚を中心に、なかなかの大漁だった。


 「こいつを持ち帰って、一杯ひっかけるのか?」


 「それもいいけどね。大物相手の撒き餌にしようと思う」


 「なるほどな」


 そうは言いつつ、マグロみたいなのや見た目も普通な魚のいくつかは、引き寄せ魔法で引き寄せ、時間の停止するアイテムボックスに入れて置いた。


 いいじゃない。人間なんだもの。ヤマト。


 それからしばらく、ゆっくりと船を飛ばしていたが、クラーケンらしき影は見えなかった。そう言えば、イカって夜行性だっけ?


 「今日は無理っぽいから、あのウニみたいなクジラにしておこうか?」


 「なに? トゲクジラだと? クラーケンよりも難しいだろう」


 俺の、デカ物に対する方法。それはアナザーワールド。城ほどの大ナマズよりは小さいし、それほど苦労は無いと思う。まぁ、抵抗する意志を示されると、アイテムボックスには入らないからなぁ。


 問題は、ちゃんとアナザーワールドのど真ん中に落とさないと、王子の船が粉みじんになる、って事ぐらいか。

 網を魚ごとアイテムボックスに収納する。そしてガンフォールの船と歩調を合わせ、トゲクジラへと近寄っていく。トゲクジラは学校の体育館ぐらいかな。それに、十メートル以上はある、ウニみたいなトゲが沢山生えている。本当にクジラ? 殻を割るとオレンジ色の身が詰まっている、とか無い?


 ガンフォールの作った飛行船が四隻ぐらいあれば持ち上げられそうなんだけどなぁ。まあ、無理はせずに。近づいて行って、「アイスクルランス」で凍らせていく。俺の氷なんか、大したことがない、って感じで悠然と泳いでいるけど、それが命取りだね。どんどん凍らせて、トゲクジラが気付いた時には、潜る事も出来なくなっていた。


 そして、動きがゆっくりになった所でアイテムボックスに入れてみた。


 入っちゃった。アナザーワールドを動かさなくて済んだけど、こうもあっさりと陥落するとはねぇ。


 「えっと、どうしようか?」


 「近くの漁村を探せ! 分け前を出せば捌いてくれるじゃろう」


 「ああ。その手があったか」


 俺は麒麟をカードから出して、漁村が無いか先行して調べて貰った。そして、戻ってきた麒麟に誘導され、ゆっくりとその漁村へと船を進めた。


 そして、村の連中と交渉。と、言っても、俺たちは旨い所を三~四人前、後は全部あげる、って話しだから、駆け引きもなしに全面的な協力を得られた。


 まぁ、いきなりトゲクジラをアイテムボックスから出したのには驚かれたけど、上級魔導書使いだ、って事で無理矢理納得して貰った。


 トゲクジラの魔石は、俺のコブシを二つ合わせたぐらいの大きさで、赤竜の物を除けば最大のものだった。これは金貨千枚はするかも、と言っちゃったら、村の皆の目の色が変わった。


 かなり拙かったな。


 仕方ないので、その魔石は村に差し上げますので、村の危機の時に使って下さい、って言ったら、とても感謝された。けど、後々、骨肉の争いが起こりそうだ。桑原桑原。


 トゲクジラの腹の中からも、いくつかの魔石が見つかったが、これは全部俺たちが貰う事になった。大体、俺の握り拳よりも小さいサイズで、赤竜の腹に入っていたのと同じぐらいだ。それが二十二個。

 これはガンフォールと半々にした。まぁ、ガンフォールは金に、俺は魔導書にしちゃうつもりだけどな。


 そして、トゲクジラの切り身を炙っての、ちょっとした宴会になった。撒き餌にするつもりの魚も提供して、魚づくしの料理大会だ。

 本物のウニが無かったのは、ちょっとだけ残念だったけどな。


 あまり食べ過ぎて、レースに支障が出るというのも間抜けな話しなんで、適当な所で引き上げた。


 そして、ガンフォールの船場に帰還。一度アナザーワールドを通過したので、町には一切見られないで済んだ。


 「ガンフォール。済まなかったな。クラーケンが居無くって」


 「何じゃ、そんな事。それよりもじゃ、クラーケンどころか、魔獣が現れたら、この船には対抗手段が無い事が判った。これは、由々しき事じゃ」


 「まぁ、レース用だからねぇ。レースが終わったら、町の警備兵が乗るタイプでも考えてみる? 上から槍の雨を降らせるようなのとか」


 「ふむ。それは有りじゃな」


 「船の強度が心配だから、船の穂先に角をつけて、船ごと突っ込む、とかは無しで」


 「それは、男のロマンじゃないのか?」


 「船の強度があればな。全部鉄で作って、魔導機関を倍以上使うような船なら可能かも」


 それに、突っ込むのなら尖端はドリルだろう。ああ、この世界にはドリルが無いんだった。つまり、ロマンが無いんだ。男の夢を語れないとは、なんと悲しき世界なんだろう。


 今回動かした事による痛みが出ていないか、船を細かくチェックしていきながら、飛行船の夢を語ったりしちゃった。最終的には城並みの戦う飛行船の話しまででた。まぁ、如何に無駄な使い方だという結論がしっかりとでたけどな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ