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グリモワールの欠片  作者: IDEI
14/51

14 ユニコーンの国

2020/12/30 改稿

 今日はガンフォールの所で飛行テスト、と、言う事で、早めにガンフォールの船場に来ていた。既にガンフォールは三隻の飛行船を完成させており、船の尖端に安定翼の取り付けも完了している。しかも俺が想像したよりも大きく、更に後方にも付いていた。


 ガンフォールによると、俺が空間を空けたままだったアナザーワールドを使って、実際に飛行試験をしていたらしい。閉じ忘れたのは俺の責任なんだけど、それを利用してしっかりと仕事をこなしてくれたガンフォールには感謝だね。


 船は、三隻とも同じ姿で、日本の釣り船ぐらいの大きさになっている。大体十五メートルほど。そして、操縦席が操縦室になっている。風よけとして透明な板で風防が取り付けられており、視界が必要ない所は金属板で囲われていた。


 透明な板は、なんとかいう魔獣の鱗で、透明になるまで磨き上げた物だそうだ。けっこう金掛かっているみたいだけど大丈夫なのかな? そこら辺を聞いたら、とある貴族の魔導機関を再生したら、かなりの金額を頂戴したそうだ。ちょっとだけ詐欺師の気分だなぁ。


 ガンフォールによると、透明な板の風防で、船の甲板を覆いたかったそうだけど、さすがにそれは金額的に無理だったそうだ。でも、この船をお披露目すれば、それも無理な話じゃない気がする。


 「王子の船以外には、ガンフォール造船、って文字をでかく入れた方がいいんじゃないか?」


 「儂の乗るのはそれで良いとして、ヤマトの乗るのにも書くのか?」


 「ああ、俺は三位狙いだしな。ガンフォールの名前が売れればそれでいい。一位が王子で、同じ造船所のチームなら、三位でも面白い賞品が期待出来そうだからな」


 そこへ、王子がグリフォンに乗ってやって来た。出来るだけ、空飛ぶ練習をしているそうだ。


 そして、王子に船を紹介。


 「どれも同じような物だから、どれでも好きなのを選んでくれ。レースまではここで保管という事になるが、レースが終わったら城に持って帰ってもいいしな」


 「それは嬉しいのだが、これは、帆が無いぞ?」


 「じゃあ、一隻使って、動かしてみよう。俺のアナザーワールドで飛ばせば、誰にも見られずに済むしな」


 「アナザーワールド? なんだ? 始めて聞いたが」


 「世界の果てより遠くに、町二つ分ぐらいの空間を作って、転移みたいな仕組みでその空間とここを繋いであるんだ。転移みたいな力じゃないと、絶対に行き着けない場所、って考えればいい。まぁ実際に入れば判るさ」


 そして、適当に一隻選んで、四人全員で乗り込んだ。船の前には丸く空間が広げられ、その向こうに別世界が広がっていた。


 「あっち側がアナザーワールドっと言うわけか」


 「その通り。行くぞ」


 俺は船をゆっくりと浮き上がらせた。そして、本当にゆっくり前進させ、慎重にアナザーワールドへと入っていった。


 「広いし、何も無いな」


 「金貨五百枚相当の魔石を五つも使って、ようやくこの広さなんだけどな」


 「そんな価値がここにあるのか?」


 「実は全くない。こうやって、誰かから隠れたまま、いろんな実験をする時ぐらいしか使い道は無いな」


 「どんだけ酔狂なんだ」


 「まぁ、作る時は、必要に迫られて作ったんだけどなぁ。それが済んだら、とたんに意味が無くなっちまった。まぁ、それはいいだろう。船を動かすぞ。この船がどうやって動くか、良く見ておけよ」


 そう言って、船を高く上げつつ、風圧式推進器に魔力を送る。


 時速は大体四十キロ。それでも、この世界のたいていの動物には出せない速度になっている。併走して飛んでいた王子のグリフォンがどんどん引き離されていった。


 一度空中で停止し、グリフォンを船に乗せる。そして再び発進。今度は五十キロぐらいの速度を出しながら、この空間の外周を飛び回った。


 「こ、これは、凄すぎる。飛行船とは、こんなにも早い物なのか?」


 「今までは、帆に風を受けて飛んでいたからな。空に浮かぶ雲なんて比喩されていたんだが、これからは鳥よりも早いと言われるようになるだろうな」


 そして、一度空中で停止させ、王子に動かし方のレクチャーとなった。


 まぁ、浮かせるための制御球と左右の風の魔導機関の出力調整だけだから、一度触れば大体の感じはつかめたようだ。


 ガンフォール船場の造船ドッグに戻り、今度はそれぞれが一隻ずつ乗り込む事にした。本当に適当に決まったけど、王子の船には開いた本にグリフォンの意匠を彫り込んだ物を使う事になった。


 魔導書使いで、従魔にグリフォンを従えている、という意味だそうで、これからはずっとその意匠を使う事にするそうだ。

 丁稚のウェストが簡単なラフ画を描いた所、それが偉く気に入った様で後でデザイン料を出すので船に描いてくれと言っていた。


 そして、三隻で操船訓練。規定で空飛ぶ従魔を連れていないと失格になるという事で、それぞれの操縦室の真後ろが従魔の専用スペースになっている。三隻ともグリフォンになるため、皆同じ大きさで、グリフォンにとっても落ち着ける様になっている。

 もしもの場合は操縦者が真後ろに下がるだけでグリフォンの背中に乗れる様になっていて、グリフォンは真後ろに飛び立てばなんの被害もなく脱出出来るという出来栄えだ。


 普通の従魔はワイバーンとかなので、大きさが違いすぎたりもするんだけどな。グリフォンというコンパクトさも、船が速い要因の一つになるはずだ。


 いよいよ、それぞれが単独で、高速運転、と言う事になった。


 王子の後ろには王子のグリフォンが。俺の後ろとガンフォールの後ろには、俺のカードのグリフォンが待機。これで準備は出来た。


 「王子! ガンフォード! 競争しよう!」


 と、いきなり挑戦。面食らう二人を尻目に。


 「じゃあ、行くよ! 三! 二! 一! スタート!」


 と、勝手に言って先行した。


 いきなりのスタートダッシュで、約六十キロぐらいの速度を出したけど、船は安定している。操縦室になった事で、風の影響も少ない。

 さすがはガンフォールだ。


 すると、徐々に二隻が迫って来た。まずは並ぶのを待つ。


 三隻がほぼ、横一直線になったけど、風のせいで声は届かない。ギルマスにも渡した仲間内で登録する念話でも使うべきかなぁ。


 とにかく、今は競争の真っ最中。俺は更に速度を出して、二隻を振り切る準備に入った。


 心を落ち着け、船の振動を細かく感じようとする。


 うん。大丈夫。同じ調子で振動していて、振動が大きくなるとか、不定期な振動が発生するとかも無い。


 他の二隻も同じように食らいついてきて、結局引き離す事は出来なかった。


 三周してから速度を大幅に落とすと、他の二隻も併走してきた。お互いの姿を確認すると、お互いに手を振り合った。うん。今回のレース限定だけど、優勝は間違いないね。


 ガンフォールの造船所に戻り、魔導機関を止めて船体をチェックする。見た目も欠けた所や壊れた部分は見つからなかった。


 「完璧だね。さすがはガンフォール」


 「なに、ここまで出来たのは、ほとんどヤマトのおかげだしな」


 「レースはいよいよ来週に迫ったけど、皆には言って置かなくちゃならない事があるんだ」


 そこで、俺はルーネス王国の貴族による戦争を起こさせようと言う取り組みと、エルダーワードとルーネスの両ギルドによって、そのたくらみがほとんど潰されていっている現状を伝えた。

 ほとんどの計画は潰した。けど、いつ、イレギュラーな事が起こるかが判らない。だから、もし、何か起こっても、王子にはレースに集中して優勝してもらう。俺とガンフォールは、状況によってだけど、要人を空に退避させる役割を担うことになると伝えた。


 「その時は、僕も父上や母上を助ける役割に回りたいのだが?」


 「飛行レースそのものが潰されたとなっては、国のメンツって物が潰されるんだ。だから、問題はあったけど、レースはつつがなく終了しました。という事実を作りたいのが国、ってモノ。だから、王子が優勝して、国のメンツを更に立ててやる必要があるわけだ」


 「ふむ。それは、儂も同じ意見じゃな」


 「国としては、下衆なテロリストに、国の行事がぶち壊された、っていうのは弱さになるからな。弱さを見せると、つけ込まれる、っていうのが国だ。だから、変なのが居たけど、城の兵士で取り押さえて、何事もなくレースを続行しましたよ。うちは強いんですよ。っと、体面を維持しなくちゃならないんだ。だから、優勝した時に言葉を求められると思うが、何の問題もなく実力を発揮出来、優勝できたことを誇りに思い、我が父である国王陛下に感謝の意を捧げます、という感じの言葉で、『特に問題にするような事は何も無かった』という事をアピールしておけよ」


 「それが国政というモノなんだな」


 「極々、ホンの一部だけどな。まぁ、テロリストが何もしてこなかった時は、普通に対応してればいいから」


 「う、うん。それだといいな」


 「ああ、そのために、ギルドの腕利きたちも動いてる」


 「ああ、それと、儂らのレースへのエントリーはしっかり出来たかな?」


 「俺たちは救助要員だからな。新しい飛行船のお披露目でもあるし、ギルドがしっかりねじ込んでくれてるよ。ギルマスもそれは約束してくれた」


 「なるほど。後、儂は、一つだけ心配な事があるんじゃが」


 「ん? 何?」


 「レースまでに、儂の船が何かされるんじゃないか、という不安じゃ」


 「まぁ、妨害工作はしてくるようなのもいるのかな?」


 「中にはおるぞ」


 ガンフォールが魔道機関を復活させたという話はかなり流れているみたいだし、変なちょっかいはありそうだな。


 「じゃあ、完成した三隻は俺のアナザーワールドで預かろう。あそこなら、俺の許可がないと誰も入れないしな。レース二日前に出して最終調整って感じでいいかな?」


 「ふむ。まるで金庫に入れておくようなモンじゃな。それなら安心じゃ」


 「それと、ガンフォールには、ここの造船所で、次の新しい船を造って貰いたいしな」


 「む? 次の船? 早くも来年の話しか?」


 「違う、違う。大きな荷物を沢山運べる、大型の輸送船を作って貰いたいんだ。魔導機関三つぐらい積んで、風圧式推進器で進む、大きな輸送船」


 「ほ? それで?」


 「まず始めは、エルダーワードとルーネスを繋ぐ定期便として就航させて、二つの国を繋ぐ輸送船にして欲しいんだ。もちろん、人を乗せても良い。たぶん、ゆっくり進んでも二日、早ければ一日で到着出来る船になるんじゃないのかな」


 「ふむ。確かに、大きな利益を生む、大きな事業じゃな」


 「うん。まぁ、ガンフォールが手がけてもいいし、誰か、商人に売り払ってもいいけどな」


 「確かに、売った金で新しい船を作る、と言う方が、儂には合っているかもな」


 「速い小型船、というのも多くの需要があるだろうから、注文も多くなると思うし、貴族なんかは、大型の派手な船を欲しがるかな。王族専用の見栄を張ったのを作れ、なんてのもありそうだな。上手くこの飛行船をお披露目出来れば、かなり忙しくなるだろう」


 「その時に、ヤマトは手伝ってはくれぬのか?」


 「作り方は全部判ったんだから、もう俺なんか必要ないだろう? あとは皆で優勝して、ご褒美ウハウハでいいんじゃない? 人手が必要なら、ガンフォールの故郷から連れてくる、ってのが、不安もない方法かもな」


 そして、俺はアナザーワールドに三隻の船を入れ、王子はグリフォンで飛んで帰った。


 少し寂しい雰囲気になってしまったけど、ガンフォールには船作りで目立って貰って、俺が作る飛竜船が目立たないようにして貰いたい。

 うん、これが一番大事だね。




 次の日は朝からギルドへ。


 早速資料を抱えたお姉さんたちや心の壊れ欠けた中物ローディアスを取り押さえている頑強な男たち、そしてギルマスを連れて、一気にルーネスへと転移した。


 ああ、早く転移魔法を王子たちに発表させたい。発表さえすれば、ギルド所属の魔導書使いでも転移出来るわけだしね。

 ただ、ギルマスからしてみれば、転移不可能領域を作れる様にならないと、一般的に許可する事は混乱を生むと言っていた。

 一応、マーカーを打ち込んで無い場所には転移できないから、マーカーを壊す術式か、マーカーが反応しないようにする術式かがあればいいんだろう。学院の書庫をあさって、使えそうなモノを探すべきなんだろうな。


 正体不明の魔導師としてローブにくるまり、喧喧諤諤な会議をボーっと眺め、ローディアスくんの尋問をボーっと眺め、飛行レース当日の警備体制の打ち合わせをボーっと眺めていた。


 うん。もう、何が何でも転移魔法は発表しよう。


 そして、何もしていないのにへとへとになっていると、俺だけが呼ばれて城へと行く事になった。なんでも、王女救出の褒美をくれるらしい。褒美というのは嬉しい気持ちがするが、幾ばくかの金のために、またあの待機地獄を味わうのは勘弁して欲しいなぁ。


 でも、実際に行ってみると、主な対応は王妃様と第三王女だった。もちろん側近と護衛騎士も居るし、それ以外の記録官や女中なども居て、三人で和気あいあいと言うわけでは無かったけどな。


 でも日の当たるテラスでお茶をしながら、色々な話しを聞けた。


 一応、謎の魔導師ルックなんだけど、王女にはばれているし、王妃には王女から話しが行っているらしく、この格好をしている事すら馬鹿らしくなるほど、ごく普通に会話をしていた。


 王女のチーコからは、「たいへんなのね!」という慰め? の言葉をいただいちゃったよ。


 王妃からは、チーコのおかげで王女の本音が聞けて、ようやく本当の母娘になれたようだと感謝された。今まで、母親にも本音のセリフを言えないでいたらしい。


 「ちいこ いいこ!」


 これはチーコ自身のセリフだろうな。王妃も「そうね。チーコは良い子だわ」と言ってチーコの頭を撫でている。以前は母親でも、チーコに触れるのは危険な感じがしたらしい。撫でたり愛でたりと、色々したかったらしいけど、言葉も通じない獣だし、王女以外に気を許していない状態だったので無理だったそうだ。


 今は、従魔として王女の心と繋がっている。そのため、ある程度以上の知恵と意識を共有している状態だ。王女の記憶と意識を共有する事で、人の生活や言葉をしっかりと認識している。


 「わたしもこんな可愛い従魔が欲しいわ」


 王妃がこんな事を言い出した。でもねぇ。


 「オウムは四十~五十年は生きる動物ですので、人生の大半を一緒に居てくれます。場合によっては人よりも長生きする事もあるそうです。ですが、他の獣や魔獣などは、早くて数年、余程長くても二十年ほどの命だそうです。心が繋がっている相手に逝かれるというのは、とても辛いモノですので、あまりお薦めできません」


 「まぁ。確かに、普通のペットでも、亡くす事は非常に悲しいと聞きますね。それが、心の繋がっている相手となったら、どれほどでしょうか。そうですね、安易に従魔を欲しがるのは止めておきましょう」


 「かあさま! ちいこがいるの!」


 「まぁまぁ。チーコが私も慰めてくれるのね。ありがとう」


 「ちいこ いいこ!」


 はたして、何処から何処までがチーコの言葉で、どこからが王女の言葉か判らないけど、王妃は王女とチーコを一まとめにして考えている節がある。まぁ、賢い選択かな。


 それからしばらくは本当にくだらない話しで終始した。二人にとっても、貴族同士での見栄や駆け引きの含まれない会話は、とても気が楽で楽しかったと言われた。


 普段、どんなお茶してるの?


 そして、その場にいた全員でゾロゾロと宝物庫へと移動した。


 今、俺はお茶のゲストだったけど、控えの人たちはそのお茶が終わるのをずっと待ってたって事だよな。この前は、俺がその待っているという状態だった。こう言うのが、王宮の中での当たり前なのか? なんか、とんでも無い世界だな。


 そして、宝物庫に到着。そこには金銀財宝からごてごてと装飾された剣や鎧、そして巻物や本などが置いてあった。一応、各置き場所に目録も置かれて、しっかりと管理はされているようだ。


 「この中で、気に入ったモノを褒美として下さるそうですわ。物によってではありますが、一つだけとは限らない、というお話しも聞いております」


 王家秘蔵の宝物庫では無いようだけど、それでも大盤振る舞いだな。それだけ、王妃が王女の様子に喜んでいる、というわけだろう。


 でも、金目の物を貰っても、すぐに換金なんて、無礼にも程があるだろうし、倉庫に置きっぱなし、なんて物を貰っても嬉しさなんか感じ無い。はたして、何を貰うべきか?


 そう考えていたら、なんか胸ポケットに入れた魔導書がむずむずと反応した。ばらけた方の魔導書だ。


 魔導書を出して目次を開く。


 その瞬間、一緒にいた護衛騎士が剣を抜いて俺を取り囲んだ。


 まぁ、その気持ちも判るけどね。魔導書使いが本を開くというのは、重機関銃を構えて安全装置を外すのと同じぐらいの意味がある。


 けど、俺はそれを無視して、ばらけた魔導書の目次を開き、「魔導書よ、その身の一部の在処を示せ」と唱えた。


 魔導書の目次の文字が光り、本から光りが伸びて、宝物庫の一点を指した。


 魔法の名前は「コンバート ブック」。俺から見たら禁呪に見える魔法だ。頁を呼び出す言葉から推察するに、人や魔獣を魔導書にしてしまう魔法らしい。頁そのものはまだ戻って無いので、詳しい事は判らないけど、これはカード化よりも恐ろしいんじゃ無いのだろうか?


 「王妃殿下。わたしは、この光りが指し示す物を、褒美として頂戴したく存じます」


 「まぁ、それについて、詳しく聞いてもよろしいかしら?」


 「この魔導書は、わたしの師匠の物なのですが、師匠が中身をばらけさせ、世界中に飛び散らかしてしまいました。わたしは師匠に命じられて、それを集めているのですが、どうやら、ここにその一片の頁が紛れ込んでいたようです」


 「そうでしたか。それならば、それは我が方からの褒美とはなりませんね。その頁とやらは、お持ち頂くのは当然として、他にも褒美を選んで頂きたいと存じますよ?」


 「それは後ほど。まずは回収をさせて頂きます」


 そう言って光りの指し示す方に向き直った。もし、その頁が、今までと同じに抵抗したら、それごとアナザーワールドへと引きずり込もう。その心の準備だけはしっかりとして、俺はばらけた魔導書を構えた。


 「有り様の理を整える力、理の有り様を整える力を操る混沌より生まれた言葉よ、汝のあるべき場所に帰れ」


 そして、意外にあっさりと光りが魔導書の中に入っていった。


 コンバート ブックの呪文が頁に戻った。


 しばらく様子を見ても、何かが起こる様子もない。


 「終了しました。ご協力感謝します」


 「意外に簡単な様に見えましたけど」


 「今回は素直に戻ってくれました。ですが、場合によっては暴れる事もあります。ですので、他の魔導書使いの方には知られないように回収したいと思っております」


 「暴れるとは穏やかではありませんね。どれほどのモノなのですか?」


 「この前に回収した魔導書は、城ほどもある大ナマズに変化して、山、二つが無くなりました」


 「それほどですか。かなり危険なモノなのですね」


 「はい。ですので、回収の手段を持たない魔導書使いが、何らかの刺激を与えた場合、どのような結果になるか想像もつきません。ですので、今回の事、特に魔導書使いには知られないようにと、ご配慮下さい」


 「ふむ。己の力量も顧みず、欲を持って、危険な魔導書に手を出す魔導書使いが、一番怖いと申されるのですね。

 判りました。この事は陛下へは進言致しますが、この場にいる者たちには、箝口とします」


 「ありがとうございます」


 「良いのですよ。それで、今の魔法は、どのようなモノでしたのかしら?」


 あ、やっぱり感心はあるんだなぁ。下手な嘘は、この王妃には通用しそうもない、ってのが怖い所なんだよなぁ。


 「魔導書使いとして、かなりの力量が必要になりそうですが、屈服した魔獣の力を我がモノに出来る魔法のようです。例えば、魔獣が火を吹く魔法を使えるのならば、これによってその能力を奪い、自分の魔法の一部としてその魔法を使用出来るようです」


 「まずは屈服させる必要がある、と言うのであれば、あまり意味がないような思いもしますが」


 「わたしもそう思います。ですが、よほど特殊な能力を持った魔獣を利用したいという状況でのみ、生きる魔法なのだとは思います」


 「その魔法を作った方は、そのような特殊な環境に身を置いている方なのでしょうね」


 「はい。もともと、魔法使いというのは、普通の方から見れば、何を考えているかも判らない、不可思議な存在でありますから」


 その言葉に王妃は納得して、扇で口を隠して笑っていた。よし、この魔法について誤魔化せたぞ。まさか、屈服させれば、人間をも本にして、その知識が文字として現れたり、持っているワザまで再現出来るようになるなんて、ホンの少しでも知られるわけにもいかない。しかも、本にされた者の魂は、本が朽ちるまで本に縛られる、なんていう、一種の地獄拷問的な呪文だしな。


 「さて、褒美の品を授けるのがまだ残っていましたね。どのような物を望みます?」


 「わたしは魔導書使いなので、魔導書関係の物で、新たな知識を与えてくれるような物ですと、有り難いと存じます」


 俺の言葉で、王妃が文官を見る。すると、文官は目録を眺めて、目的に合いそうな物を探し出したようだ。それを実際に取りに走って行った。

 ちなみに、俺を取り囲んでいた護衛騎士たちは、剣は収めたけど、まだ俺の周りを取り囲んだままだ。まぁ、これは仕方ないか。


 そして、文官が持って来たのは、二冊の本。魔力の感じから、二冊とも魔導書のようだ。


 「城の魔導書使いにも判らない、いにしえの魔導書という事です。貴方ならば、何か判るのでは?」


 「触れても構いませんか?」


 「どうか、お気を付けて」


 そして、俺が、一方の本に触れると同時に、世界が暗転した。王妃も王女も、護衛騎士も文官も女中も一緒にいる。けど、それ以外が見えない、真っ暗な世界だ。


 「何があったんだ!」「落ち着け! まずは殿下をお守りする位置につけ!」「真っ暗だわ!」


 色々と騒がしくなった。でも、足下の感覚は変わらない。踏みしめているのは、先ほどと変わらない、綺麗に磨き上げられた石の床だ。


 周辺の探査を行うと、俺たちは全員、あの宝物庫にそのままいる事が判った。単に、見え方をいじられただけのようだ。


 「落ち着いて。わたしたちは、今も、先ほどの宝物庫にいます。足を動かすと、同じ石の床だという事が判るはずです。見え方だけを変えられたようですので、まずは動かないで下さい」


 俺がはっきりと宣言すると、ようやく喧噪が収まってきた。それぞれが聞きたい事があるだろうけど、この場合は王妃がその役割を担うと言う事を、しっかりと踏まえているようだ。


 「これは、先ほどの魔導書の仕業と考えてもよろしいのですか?」


 「おそらく。魔導書の中には、触れた者の魂を喰らう悪魔や、魔導書の虜にしてしまう妖魔の類を、一種の罠として組み込んでいると言う物もあります」


 「ですが、今まで、いくら調べても、何も判らない、という事でしたのに、今回は何故、このような事に?」


 「おそらくですが、悪魔のような罠ではなく、ある程度魔導書使いとしての能力が無いと、反応しない仕組みだったのではないかと思います。例外もありますが、この場合は、悪い結果になる事は少ないと思われます」


 「そう。なら、わたしたちは、これからどうなるか、楽しませていただきましょう。期待していますね」


 「あの~。周りの護衛騎士や文官たちを安心させるための強がりじゃなく、本気で言ってましたよね?」


 「あら、あら、ほほほほほほ」


 周りの護衛騎士たちが、ちょっとだけ哀れに見えた。まぁいいや。


 「さてと」


 俺は、先ほど触った魔導書を、改めて持ち上げた。そして、本の表紙を捲ると、そこにはタイトルが記されていた。


 「ルーネスとユニコーンの物語、って書いてありますが、何方か思い当たる事はありますか?」


 「それは、この国の建国の歴史に関わる物語ですね。絵本や書物として、貴族なら、どの家にも必ずある物ですよ」


 王妃が答えてくれた。そうか、昔の物語を魔導書に込めてあるんだな。なら、危険は無いか?


 そして、タイトルの頁を開いた。本来はそこに目次があるはずだけど、物語一つの本なら、目次は必要ないか。そこには、「物語ではなく真実を知るか、物語を知るかを選べ」と書いてあった。


 「と、言う事なんですが?」


 いかがします? と聞いてみた。まぁ答えは判っているけどね。


 「王家の者としては、当然真実を知らなければなりませんね」


 「その方が面白そうだからですね」


 「ほほほほほ」


 そして、「我々に真実を語れ」と言うと、見えている世界が変わった。足下は相変わらず石の床なので、場所は変わっていないと思うけど、今度は他のメンバーが見えなくなった。皆もそれぞれ、同じ状態なのかな。


 次に見えたのは、小さな、ログハウス風の建物。場景は勝手に動いていき、ログハウスに近づいて行く。そのログハウスはヴァインスという国の最南端に位置する場所の砦、という扱いの家だった。


 そして、真実の物語が始まった。


 まぁ、内容は、新しいダンジョンが見つかったこの地で、領主として赴任した男とその娘の物語だった。町に貢献する何かをする度に本国の貴族にそれを奪われていき、貴族の策略でユニコーンの森をユニコーンの牧場にしろと言う王の命令まで下された。領主の娘はそれを拒否し、ユニコーンの背に乗り、王国の兵に対し反乱を起こした。

 貴族は間者を放って娘を殺そうとしたが、父親がそれを庇って亡くなり、娘は泣きながら、女王として建国を宣言、現地にいたわずかな人間と、魔獣を率いて独立を勝ち取った。しかし、王国からの執拗な暗殺は続き、遂に毒蛇の牙を受ける事になった。

 そこでユニコーンは娘の体に角を突き刺し、自らへし折って命を落とした。

 その後、女王は常に体からユニコーンの角を貫かれた状態のまま生き続け、如何なる暗殺をも受け付けない不死の女王として君臨した。


 と言う、よくあるお話しだった。まぁ、かなり臨場感のある立体映像だったけどね。


 でも、イマイチ、物語の趣旨が何処にあるのかが判らなかった。真実の物語だから、こう、淡々と時間と行動が動いていくだけなのは、仕方ないのかな。


 周りが元の明るさを取り戻し、宝物庫の姿と皆の姿が見えるようになった。


 え? なんで皆泣いてるの?


 「え? そ、そんなに感動した?」


 「何を言うのです。この国の民なら、涙無くしては聞けない物語なのですよ。しかも、物語として伝えられているモノよりも、酷い暗殺が続いたというのは、本当に衝撃でした。ユニコーンの件も、角の力で女王を救った、というモノだったのです。まさか、角を貫かせたまま生きていたとは思いもよりませんでした」


 確かに壮絶だよねぇ。ふと見ると、本はかなり後ろの頁になっていた。つまり、物語が進むに連れて、頁も捲られていったんだ? あ、逆か。頁に少しずつ、物語が刻み込まれていたんだね。


 頁はまだ少し残っていた。俺は気になって、後ろの方を捲ってみた。


 そこには、女王とユニコーンを葬った墓と、女王の後継者に向けたメッセージがあった。


 「あの~。ちょっとした丘の上に、女王とユニコーンが座って戯れている像ってあります?」


 「建国の女王の墓という説や、単なる記念碑と呼ばれている物ならありますが?」


 「それかどうか判りませんが、初代女王の墓がそういう形になっていて、そこに、この国の後継者へのメッセージがあるそうです」


 「………」


 大騒ぎになった。


 国王陛下も飛んできて、皆でその記念碑扱いの所に行き、実際に開けるかどうか協議している。


 「あ~、でも、開けるには生きたユニコーンの同意が必要って書いてありますね」


 そこで皆止まった。本気で時間が止まったんじゃないか? って気になったよ。


 「この国はユニコーンを旗印に掲げてはいますが、既に居なくなって久しいのです。ユニコーンは気が荒く、乙女の腕に抱かれている時だけ大人しくなると言われており、ユニコーンを手なずけ連れてくるなどは、夢のまた夢になりますね」


 俺はカードを取り出し、「一角獣」と呼んで、ユニコーンを出した。


 まぁ、皆の目が点になったのは仕方がないのかな。


 ユニコーンは俺の方に近づくと、頭をすりつけて来た。なかなか呼ばれなくて寂しかったかな。


 「よしよし、寂しかったか? ゴメンな。ちょっと協力してくれ。この墓なんだけど、ユニコーンの協力があれば開けられるとか、書いてあったんだけど、判るか?」


 そう言うと、ユニコーンは墓の周りをグルグルとまわって、細かい場所をチェックし始めた。そして、石像のユニコーンの角を、自分の角で叩き始めた。


 始めは、ゴン、とか、ガン、とか言う音だったんだけど、続けていくうちに響くようになっていき、最期はもの凄く綺麗な金属音を奏でた。カーン、という響きで、もしかしたら町中に響いたかも、っていう音だった。


 そして、石像が持ち上がり、隠れていた扉が現れた。


 「扉には、この国の後継者。ユニコーンと共に入れ。と、書いてありますね」


 そう言ったが、俺以外には読めなかったようだ。制約か、それとも失伝かな。とにかく、国王陛下が入る事になり、俺のユニコーンに協力して貰う事になった。


 ユニコーンの角が扉に触れると、扉が開き、奥へと入れるようになった。


 「わたしたちはここでお待ち申し上げております」


 誰かが変な事を言う前に、同行者が出ないように防波堤を張った。第一王子とかならいいけど、それ以外は後継者としては資格が薄いからね。この手の魔法って、そこら辺、シビアだから気をつけないと。


 陛下が奥へと入り、そして、しばらくして戻ってきた。


 そして、少しだけ泣きそうになっている。


 陛下が完全に外に出ると、墓は扉が閉まり、そして像が降りて、完全に元の状態に戻った。


 俺もユニコーンをカードに戻し、王が何かを言うのを待った。


 王の最初の言葉は、墓の中にあった初代女王の遺体の事だった。なんと、まるで生きているかのような姿のまま、胸にユニコーンの角が突き刺さっていたそうだ。そして、王族にのみ、ユニコーンとの約束の言葉を残すと書いてあったそうだ。


 王は、女王の胸に角が刺さっていた事にショックを受けていたらしいが、王妃たちは納得して喜んでいた。そのギャップは面白かったんだけど、早々に種明かしをして、その本は王家の宝にする事が急遽決まった。


 ユニコーンとの約束の言葉というのは、後継者のみに伝えるべきと、しっかりと陛下に念押ししておいた。下手したら、ユニコーンが乱獲されて全滅、とかなりそうだからな。まぁ、違う内容かも知れないけど。


 俺のユニコーンを譲ってくれないか、という話しにもなったけど、やっぱりカードの話しを詳しくして諦めて貰った。

 第三王女が戯れたいと言ってきたので、勇気があるなぁ、と思いつつ出してあげた。一応、経験無いのは判っていても、それでも乙女の証明がされる、ってのは怖くないのかな?

 でも、俺のユニコーンはカードになった時点で、そういう特性も俺次第になっている。


 第三王女のラセールが撫でているのを、指をくわえて眺めている王妃が面白かったんで、手を引っ張って王妃にも撫でさせた。

 始めは驚いていたけど、大丈夫だと判ると抱きついたりもしていた。


 周りの連中が、またしても目が点になっていたのが面白かった。


 「俺のカードになっているんで、そういう特性も無視できるんですよ」


 と種明かしをしたら、国王陛下も撫で始めた。まぁ、一生に一度の事だろうからね。


 俺へのご褒美が増えたと言って王妃が笑い、今日は是非泊まっていって一緒に夕食をとまで言われたが、ギルドでの仕事があるので早々に失礼する事にした。

 褒美は何が言い? などと聞かれたけど、またの機会に、もう一冊の本を見せて下さいと言うだけにした。


 俺としては、魔導書の一片が見つかっただけでも充分なご褒美なんだけどね。




 翌日からの三日間は何事もなく、学院で教えて、書庫で書き起こし、という作業だけの三日間だった。ああ、なんか枯れた日常だけど、それだけで充分と思う俺が居る。もう、隠居しようかな?


 書庫では転移について書かれた本を見つけたので、これを王子たちに研究させる事にした。基本的な事しか書いてないけど、それゆえに、丁度いい解説本だった。ちゃんと術式も綺麗にまとまっているし、問題は魔力制御が上手く書き込まれていないので、このままだと使う魔力が個人のレベルを超えている。本にも、数人掛かりで行う、なんて書いてあった。


 この記述をどうするかで悩む。


 で、結局俺がこれを参考に本を作り、写本だ、と強引な主張をする事に決めた。写本なら読めても不思議ではないし、新しく見えても説得力はある。何より、俺が好きに書けるわけだから、元の本よりも有効な術式になるのがいい。

 ただ、あまり多用できる方法じゃ無いのが残念だ。皆に教えたい術は一杯あるのに。


 とりあえず、皆にはレース前には転移を習得してもらうつもりだ。もしもの騒動の時は、それだけで身を守れる。発表はレース後になるけど、練習する機会があるのは良い事だろう。


 そして、レース三日前。俺は学院を休んで、ルーネスへとお迎えに行く。もちろん、学院には宿題をしっかりと出してある。俺の書いた転移の術式の写本を、文字一つに至るまで、すべて解説出来るようにしておけ、と言うモノ。ノートに書いてあるのを見る、とかじゃなく、完全に記憶しておけと言っておいた。

 良いやり方として、一人ずつ黒板前で本を全部解説し、他の者はその解説に突っ込みを入れまくる、と言うやり方を紹介してきた。俺が出したやり方だから、相手が上級貴族だろうが、王族だろうが、関係ない。突っ込みどころが見つかったら、遠慮無く怒濤の如く突っ込め、と、心優しくアドバイスしてきた。まぁ、どうなるかは判らないけどね。何度も繰り返して、突っ込みを入れさせなくなったら勝ちだ、とも言っておいた。


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