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グリモワールの欠片  作者: IDEI
12/51

12 生徒達の従魔

2020/12/30 改稿

 これからの学院での授業は、本格的な魔導書使いの内容になる。


 まず生活魔法用として作った実験用の魔導書と同じように、五十頁はある、実験、確認用の魔導書を作らせ、それぞれの魔術式のノート代わりにさせる。当然、人工精霊での魔力の補助や、他人が使えないようにするための制約も追加された。

 基本的にこの本は「試し」に作ってみた術式を、実際に発動させてみる、という「実験」用の魔導書と言う事になる。


 普通にノートに書いた術式じゃ、魔導書使いには発動させられないからな。いきなり本番、じゃ、術は書いてあり、発動させられるけど、術式を理解していない、なんて事にもなりかねない。


 魔導書に使う魔石は、昨日、大ナマズにすり身にされた魔獣から回収してあった物を配った。俺の握り拳よりやや小さいってぐらいの魔石で、それだけで金貨百枚は越えると言われたが、将来の投資として無償で提供した。一応、ここで俺の授業を受けていっぱしの魔導書使いになれたら、これぐらいの魔石を得るのは、そう難しい事じゃ無くなるはずだ。その時は、弟子や後継者にこれぐらいの魔石を与えられるようになれ、と言っておいた。

 これが本当の将来への投資ってヤツだよな。


 そして午前中いっぱいを使って実験用魔導書を作らせた。


 手の早いヤツは、昼休み前に完成させて、使い勝手を確かめていた。その中にベークライトくんも居た。


 始めは、生活魔法の魔導書が出来なくて泣いていたのに、凄い進歩だなぁ。


 「なんか、失礼な事を考えてないか?」


 「まさか、かなり頑張っているなぁって、感心してたんだ」


 「本当かぁ?」


 「まぁ、真実はともかく」


 「おい!」


 「実はベークライトくんにいい話があるんだけど?」


 「お前の事だ。何を言っても、断れない結果になるんだろう?」


 「快く引き受けてくれて嬉しいよ」


 「いや、もう、どうとでもしてくれ」


 「王都主催の飛行レースにエントリーしないか?」


 「僕は従魔自体持っていないぞ?」


 「従魔については明日になんとかなるかも知れない。ならなくても、俺のを貸すから、どうにでもなる。それに、飛行船でのレースにも出て欲しいんだ」


 「僕に使えるような飛行船があるのか? 自慢ではないが、船を操った事なぞ無いぞ?」


 「それも、まぁ、一日ぐらい練習すれば何とかなる。出来れば、派手に優勝して欲しいんだ」


 「僕がいきなり出て優勝出来るほど、飛行レースは簡単な話では無いと思うんだが?」


 「いい従魔と、いい飛行船があれば可能だろう? いい飛行船にはあてがあるから安心してくれ。ベークライトくんが大きなへまをしない限り、優勝するのは間違いないよ」


 「そこまで言っていいのか?」


 「この話に乗ってくれたら、その高性能の飛行船をやるから。まずは次の休みを一日、練習用に空けておいてくれ」


 そして、午後の授業では、魔導書にいくつかの術式を書き込ませた。

 治療魔法、従魔契約魔法、自動防御の盾の魔法、氷の大槍、炎の弾、濁流の槍、竜巻の七つ。教師によると、この七つを使いこなせるだけで、魔導書使いの資格が充分と判断されるらしいが、俺の理想はまだ先にある。皆にはもっと頑張って貰わないとな。


 術式の説明や、応用技などの活用方法は後にして、明日の授業ではこの術を使って従魔を狩りに行く事を宣言した。従魔は食費もかかるし、色々と面倒だから、一度従魔にしたら、確認後に解放してもいいと言っておいた。一度出来る事が判れば、後々、余裕が出来た所でまたやればいいだけだから。


 小さな小鳥でも、猫でも、犬でも、従魔は、相手が従う意志を示せば契約が成立するから、かわいがっている動物でも可能だと言ったら、数人の女の子は喜んでいた。

 ついでに、どこぞの王女様は、生まれた時から一緒にいるオウムと従魔契約して、口べたな王女の代わりに色々本音をしゃべりまくっている、という話しもしておいた。


 そして、明日は汚れてもいい、活動的な服装で来いと指示しておく。もしもの場合用に、普段の服を着替え用に持って来ておけとも。


 明日、連れて行くのは、大ナマズが暴れた場所。そこで、また救助活動を行う予定だ。ここの生徒たちにも手伝わせて、気を許した従魔に従魔契約をさせる経験を積ませよう、という考え。


 治療魔法と従魔契約魔法。場合によっては戦う事になる場合も有るから、かなりの経験になるだろう。もちろん、俺の方のフォローも大変になりそうだけどな。

 そこは、俺のカードたちにフォローさせようと言う算段だ。


 今日は宿題は無し。しっかりと体調を整えておくようにと言って、学院を出た。


 そして、謎の魔導師になってギルマスの部屋に。


 相変わらず書類仕事に追われていたけど、今回は会話の余裕はある、ような感じだった。お姉さんにがっちりと監視されて、手を休む余裕も無かったみたいだけど。


 そして、決まった事を教えてもらう。


 まず、俺はイレギュラーとして、警備にも不参加。正体不明の魔導師じゃ、重要人物に近づくのさえ無理だという、今まで通りの内容。

 そして、学院の学生で、ギルドの冒険者として、飛行レースに参加。魔獣と飛行船の両方に参加して、問題が起きた時は王女や、場合によっては王族を含めた要警護対象を全て、空に避難させる役割を仰せつかった。


 「何人ぐらい引き受けられるかね?」


 「魔獣なら十人と少しは。飛行船だと、一隻に六人ぐらいかな。ガンフォールは三隻のエントリーが可能だということで、二隻で行って、十二人か無理して十八人はいけるかな」


 「三隻での救助はできないのかね?」


 「実は、一隻には第四王子であるベークライトくんに乗って貰おうと思ってる。そして、出来れば優勝して貰おうと」


 「なるほど。そんな事を考えていたのか」


 「優勝は第四王子、二位はガンフォール、三位は俺、という形で。レース後の祝勝会も、このメンツなら、安心だし」


 「ふむ。それが出来れば理想的だな。だが、飛行船はともかく、魔獣のレースは過酷だと思うが、あの第四王子に優勝が出来るかね?」


 「明日、ちょっと遠出して、魔獣狩りをしてくる予定を立ててある。そこで、そこそこの魔獣をテイムして貰うつもり。ふっふっふ。今から楽しみなんだよなぁ」


 「ま、まぁ、それは任せよう。なにか、こちらで用意する物とかはあるかね?」


 「魔獣飛行レース三人、飛行船レース三隻のエントリーをしっかりねじ込んで貰えれば、あとはこちらで何とかする」


 「判った。それと、もし、飛行レースの参加者が襲撃犯であった場合は、君たち三人に、迎撃による殺人の許可を出す事になる。念のための処置ではあるが、一応、頭に留めておいてくれたまえ」


 「嫌な話しだよねぇ。俺としては、出来るだけ生け捕りにするつもりで考えてるけど、まぁ、お気遣いは感謝」


 そして、ギルドを出てガンフォール船場へ。


 たった一日なのに、風圧推進器が三隻分出来上がっていた。後は組み込むだけらしい。


 「凄いな。さすがはドワーフと言う所かな」


 「はっはっは。これぐらいはな。単に形を整えただけじゃ。剣のように鍛えないとならないわけでもなかったしな」


 「これで、三隻は確実にエントリーできる?」


 「まぁの。あと一週もあるんじゃ。少なくとも、あと二隻は用意できるぞ」


 「もしものトラブルのために、予備は必要だけど、そこは無理しない方向でいこう。それと、三隻のエントリーと参加者を決めておいた」


 「うん? なにか、きな臭い感じがするんじゃが?」


 「勘がいいね。まず聞いてくれ。三隻はどれも同じような性能にして、どれに乗っても同じって感じにして欲しい。まぁ、見ると、言わなくても大丈夫そうだけど」


 「まぁ、それはそうじゃ。全部、最高の性能にしたわけじゃしな」


 「乗るのは、俺、ガンフォール、そして、この国の第四王子ベークライトだ」


 「えー! 俺は乗れないのかよ!」

 丁稚のウェストが騒ぐが今は無視。


 「当たり前じゃ。お前は黙まっとれ!」


 「ベークライトには、このレースに参加したら、その飛行船をやると言っておいた」


 「なるほど。この飛行船なら優勝は間違いない。それを王子が、ってことじゃな。そのまま王族御用達、って事も考えているわけだ?」


 「そう。優勝は王子、二位はガンフォール、三位は俺。それを、飛行船だけじゃなく、魔獣レースの方でも同じ結果にして欲しい」


 「飛行船の方は余裕だが、魔獣はどうする? お主のホーンドラゴン一体では無理じゃろう?」


 「ホーンドラゴンは非常時じゃないと出さないつもり。ガンフォールにはこいつに乗ってもらうよ」


 そう言って、カードから「鷲獅子」を出した。


 「グリフォンじゃと? はは、まさか、生きているうちに拝めるとは思ってなかったわい」


 「すげー。本物のグリフォンかよ~。さ、触ってもいいかな?」


 「好きなだけ触ってもいいぞ。まぁ、たまに喰われるかも知れないけど」


 あれ? 触らないのかな?


 「ホーンドラゴンだと、出したとたんに、周りの魔獣が脅えてしまうからなぁ。場合によってはレースそのものが開催されない可能性もあるしな」


 「ああ、なるほどのぉ。それは判る話しじゃ」


 「で、俺は良く知らないんだけど、グリフォンって早いか?」


 「う、そ、それは、なぁ……」


 確か初めて見た、って言ってたしなぁ。誰も判らなかった。


 「まぁ、実際に飛ばして見ればいいんじゃないか? お主なら、どこか、遠い所へも行けるんじゃろ?」


 あ、そう言えば、王都ぐらいの町、二つ分ぐらいの広さの土地を作ったんだっけ。


 えっと、目の前に空間を開いて、そこをくぐって貰おうかな。


 俺は、アナザーワールドと、ガンフォール船場の空間を横に繋いで、十メートル程の穴を開けた。


 「なんじゃ、それは?」


 「簡単に言うと、凄く遠くに、町二つ分ぐらいの土地が有ると思ってくれればいい。そこと、こことを繋いだんだ」


 「今、魔導書を使っていなかったよな?」


 「これは、作る時に、大きな魔石と魔力が必要なんだけど、作った後は、開け閉めぐらいは簡単なんだ。とにかく、町二つ分ぐらいの広さだけど、この中なら誰にも見られないから、存分に実験が出来るはずだ」


 「ふむ。飛行船の実験もできそうじゃな」


 「あ、そうだな。王子にも慣れて貰わないとならないから、後でこの中で、特訓を受けて貰おう」


 「第四王子とは知り合いなのか?」


 「学院で、同じ教室だからな」


 「なるほど。それ繋がりか」


 実はもっと複雑なんだけど。まぁガンフォールには関係の無い話しだから、適当でいいだろう。


 と言う事で、俺たち三人は空間の繋がりをくぐって、アナザーワールドの中に入った。


 中は地面と草木があり、所々に池があるだけの空間だった。おそらく、使った魔石の種類で、海が出来たり、山が出来たりするんだろうな。今回は、日差しが強いので、火の魔石と、植物に関する魔石が多かった感じだ。逆に、水系の魔石は無かった、って事なんだろうな。


 まぁ、生活するには不向きだけど、飛び回るのは問題ない。


 俺は、麒麟、角竜、鷲獅子、不死鳥、竜をカードから出した。グリフォンはガンフォールに乗って貰うために三頭全部出した。


 「あ、あ、あ、あれは、もしや、フェニックスか? あの、竜のような、鹿のようなのは何じゃ? 話しにも聞いた事がないぞ」


 「さて皆。空を飛べるモノだけ呼んだけど、これから、皆に、空を飛ぶ速度を競って貰う。一斉に飛び立って貰って、この空間の外周を三周して貰うだけ。遅くたって、残念がる必要はないぞ。ただ、今回は早い従魔が必要ってだけで、早さが強さじゃないからな」


 従魔たちにそう告げてから手を挙げ、そして、勢いよく手を下げた。


 「行け!」


 その合図で、魔獣たちが一斉に飛び立つ。その風だけでとんでも無い勢いだった。


 そして、言われたとおりのコースで必死に飛んで行く。


 一番早いのは、麒麟だった。僅差でグリフォン。かなり遅れてコモンドラゴン。そのすぐ後ろにフェニックス、そして、体が大きい角竜が一番最後になった。


 「皆ご苦労さん。しっかり参考になったよ。今回はレースだからグリフォンたちに頑張って貰うけど、場合によっては皆にも手伝って貰うからよろしくな」


 そして、グリフォンだけを残して、他はカードに戻って貰った。


 「さて、ガンフォール。空飛ぶ稽古をしようか?」


 「う、わ、判った」


 俺とガンフォール、ついでにウェストもグリフォンに跨り、飛行の練習となった。


 「鞍があった方が乗りやすそうなんだけどなぁ」


 「馬用のモノを改造するしかないじゃろうが、儂は革細工は得意ではないぞ?」


 「俺も、きちんとしたモノは出来そうもないしなぁ」


 まぁ、丁稚のウェストには声を掛ける必要もないな。


 「さて、グリフォンたち。今、背中に乗っている者を騎手として、馬のように言う事を聞いて飛んでくれ」


 これは、どちらかというと、ガンフォールたちを安心させる言葉だ。グリフォンたちは、俺の気持ちを読んで、俺の目的を理解してくれている。


 「ピエー!」


 と、鷲の声で鳴いて、上半身が白頭鷲、下半身がライオンというファンタジー世界の魔獣が翼を羽ばたかせて空を舞った。


 だいたい、十周ぐらいで、乗っていたガンフォールたちが根を上げた。


 「やっぱり鞍は必要だな。きっと、グリフォンたちにとっても、その方が動きやすくなると思う」


 翼の付け根の前に足を出すため、羽ばたきを邪魔する感じになったり、前足に当たったりもしていた。鞍じゃなく、毛布を背中に乗せるだけでも違うかも知れない。


 「あと一週あるし、追々考えよう」


 そこで、グリフォン訓練は終了。今度は出来上がっている飛行船の一隻を、アナザーワールドで飛ばしてみようと言う事になった。


 乗り込んだのは全員。念のため、グリフォンには出てきて貰って、墜落時には各員を救出してくれと頼んだ。


 「儂の作った物が信用出来んか?」


 「力が強すぎると、動かす方が対応出来無いだろ? 船はいいけど、操る方が心配なんだよ」


 「なるほど」


 と言う事で、三人と三頭が乗り込んで出発となった。


 慎重に浮かせていく。これは元々の機能なんで問題ない。問題なのは、風圧式推進器。


 風を発生させていくと、ゆっくりと前に進み始めた。


 「ほうほう、いい調子じゃ」


 徐々に速度を上げていく。風の抵抗が激しくなってくる。


 「こ、これは、風に飛ばされそうじゃな」


 そして、船がどんどん上へと傾いていく。


 「あ、やばい」


 すぐに風を止めて、事無くを得た。


 「どうしたんじゃ?」


 「えっと、なんて言ったらいいかな。船が海を勢いよく進む時、船が海から少しだけ浮き上がる、って現象があるのは知ってる?」


 「ヤマトがそれを知っていると言う事に驚いたぞ。船乗りにとっては常識じゃが、船が浮き上がると水の抵抗も減って、さらに早くなるそうじゃ」


 「うん。船は重いよなぁ。速度が出ると、それが浮き上がる程の力が掛かるってわけだ」


 「ふむ。そうじゃな」


 「じゃあ、魔導機関で、船の重さが無くなったらどうなる?」


 「あっという間に飛び上がってしまうわけじゃな。じゃが、水が有るわけでも無いだろう?」


 「実際、飛ばしたら風が凄かっただろう? あれだけ強ければ、水の中にいるのと同じってわけだよ」


 「風でも、強ければ水と同じか。確かに渦潮と竜巻は似たようなモンじゃしな」


 「うん。船の形をしている限り、船と同じ動き方になるからな。帆で自然の風を受けて進むなら問題無いんだろうけど、船の形に拘るのはなんで?」


 「もしも魔導機関が不調になったら、海や川に降りる方が良かろう?」


 「ああ、確かに。それで船なのかぁ」


 不時着出来る広い平地を見つけるのは難しいけど、水面なら衝撃も緩和されるし、何より水平だ。垂直に落下しなければ安全度は高いだろうね。船の形をしていて帆があれば、不時着しても操船はできるってのも大きい。


 でも、それなら、この事態はどうしよう?


 前に進むと船体が上に持ち上がり、船首も上に向いていく。なら、強引に下向きにさせる?

 そっか、船の前に板を取り付けて、常に下方向へ向く力が掛かるようにすればいいんだ。F1の尖端に付いている横長の板みたいなヤツと同じにすれば良いわけだ。


 持ち上がる船首に、ダウンフォースを発生させるウィングを取り付ける。空を飛ぶための翼じゃないから、揚力が発生するように、とか、する必要もない。


 俺は船をゆっくりと造船ドッグに戻し、そのアイデアをガンフォールに伝えた。


 さすがのガンフォールも、すぐには理解出来なかったけど、アイテムメーカーで小型の模型を作り、風を当てて実験した事で納得してくれた。


 手に持った船の模型が、風を受けて上下に動くんだから、納得するしかなかっただろうな。


 実際の物作りはガンフォールに任せておけばいいので、その場は終了となった。


 明日は、学院で大ナマズの居た場所へと遠足だ。

 そこで、あの場所にマーカーを打っていなかった事に気が付いた。麒麟で急遽飛んで行って、マーカーを打ってとんぼ返りしてきたのは、ちょっとしたお茶目なんだからね。




 翌日。学院の教室にマーカーを打って、全員を大ナマズが暴れた山岳地帯へと転移させた。


 そして、周りの惨状を見て、生徒たちにかなりの緊張が走った。


 「ここは先日。城と同じぐらいある大ナマズが暴れまくった現場だ」


 「そ、その大ナマズはどうしたんだ?」


 皆の疑問を代表して、ベークライトくんが聞いてきた。


 「ここから、直線距離なら歩いて一日ほどの所にある湖に戻った。これだけの事をしても、大ナマズにとっては、水のない所に出ちゃった、という事故ぐらいの認識らしい」


 「………」


 「でも、普通に生きる獣や魔獣たちにとっては、山そのものが自分たちをすりつぶしてくる、っていうのと同じだったらしいな」


 「だ、だろうなぁ」


 「でだ。皆には、傷ついた獣や魔獣たちを治療魔法で治しまくって欲しい。実際の怪我を治す機会と、魔力の使い方の訓練になるわけだ」


 「危険じゃないのか?」


 「はっきり言って危険だ。手負いの獣は、こちらの親切心なんて微塵も感じてくれない。怪我をしている獣ってのは、自分が格好の餌になっているって事を知っているからな」


 「ど、どうしろと言うんだ」


 「まず、自動防御の盾を発動させて、必ず身を守れ。そして、怪我した相手には、ゆっくりと声を掛けながら近づいて、自動防御の盾が反応しないギリギリまで近づくんだ。ちゃんと、傷を治してやるから、じっとしていてくれと優しく声を掛けるんだぞ。あまり意味がないかも知れないが、たまに、頭の良い魔獣は理解してくれる場合もあるしな」


 「本当に大丈夫なのか?」


 「大丈夫か、大丈夫じゃないか、と言ったら、まず危険しか無いな」


 「おい!」


 「傷を治してやったとたんに襲ってくる、ってのもいるぞ。始めから攻撃してくるのもいる。中には瀕死で、近づいたとたんに死んでしまう、ってのもいる。

 とにかく、お前たちは、命って物を感じろ。魔獣が命がけで生きているこの世界を知っておけ。

 場合によっては、お前たちは魔獣を倒すために駆り出されたりするわけだからな」


 すんませんっす! 俺にそんな事を言う資格はありませんっす! でも、立場上、そう言わないといけないんっす。


 「これから、お前たちはバラバラに行動しろ。複数だと、相手が脅えるだけだしな。課題は、午後の終わりまでに、四頭以上の治療をする事だ。さあ、ばらけろ!」


 脅えながら散っていく生徒を見送って、見えなくなった時点で、麒麟、鷲獅子、不死鳥、一角獣、雷大山羊、竜を出して、生徒たちを密かにガードするように頼んだ。岩巨人はさすがに目立つから止めたけどな。

 俺も、周囲の状況を確認する探知魔法で、生徒と魔獣の位置を確認する。怪我していない魔獣は、生徒の気配で離れていく。怪我していると思われる何かに、生徒が近づくようだったら、姿を隠して近くから様子を見る、という形で警護する事にした。


 さっそく、生徒の一人が怪我をした雷大山羊と接触した。自動の盾じゃ雷は防げないな。水を使って電気を導けないとマズイよなぁ。

 でも、俺が言ったとおり、声を掛けながら近づいたために、攻撃はされなかった。そして、治療魔法も上手くいった。後は、攻撃されないように下がるだけだ。


 俺まで緊張していく。


 そして、無事、安全圏まで退避出来た。上出来! と、思っていたら、雷大山羊がその生徒の後をついて来た。


 どういう気かな? かなり頭の良い魔獣に分類されるので、この状況で敵意を持っているとは思われないんだけどなぁ。


 すると、その生徒がまた怪我をした魔獣を発見した。今度はハーピーだ。顔と上半身の一部が人間の女のように見え、後は鳥という形態をした魔獣で、確か人間を幻惑するとか聞いた事がある。マズイか?


 その生徒は、俺に言われたまま、そのハーピーを治療するために近づいて行く。そこで、ハーピーが何かをしようとした。おそらく、幻惑か、それとも、直接攻撃だったかも。しかし、それを雷大山羊の小さな雷撃が止めた。


 脅えたように身を引くハーピーに、生徒が治療魔法を掛けていく。そして、治療が終わった後は雷大山羊が間に入って、ハーピーから安全距離を取る事が出来た。


 これは、この雷大山羊に任せても大丈夫みたいだ。


 俺は、他の生徒の場所へと移動した。


 そこにいたのはベークライトくん。なんと、翼を骨折したグリフォンを治療しようとしている。でも、骨折は骨の位置を正してから治療魔法を掛けないとならない。そのためには、かなりの激痛を持った折れた羽根を、直接繋いでやらないとならない。

 「ヒール」じゃなく、「リカバリー」という魔法なら可能なんだけど、初心者レベルでは使えないほど魔力が必要な治療魔法だ。


 ちょっと、君には無理だろ! 俺は飛び出そうとしたが、そこに俺のグリフォンが出てきて俺を止めた。


 どうやら、まだ、様子見だと言いたいらしい。


 それならと見ていたが、翼を掴んだベークライトを、そのグリフォンは悲鳴を上げて、ライオンの後ろ足で蹴り飛ばした。


 「ちゃんと治してやるから、我慢してくれ」


 血まみれでそう言うベークライトくん。ちょっと、キャラ、違うんじゃない?


 そしてまた翼に掴みかかり、骨の位置を直そうと力を入れる。今度は前足で太股を裂かれた。


 「耐えてくれ!」


 本当は、ベークライトくんの方が痛そうなんだけど、頑張っている。


 そして、いい位置だと思ったのか、本を開いて治療魔法を唱えた。けっこういい魔力も出ている。離れた場所から見ても、しっかりと治療出来たのが判った。


 そこでグリフォンが大人しくなった。ようやく痛みから解放されたようだ。そして、ベークライトに、何をしたのかを改めて知ったようだ。

 ベークライトは、グリフォンが治った事を確認して、がっくりと座り込んでしまった。でも、意識はまだある。少しだけ休んだ後に、自分でヒールを掛け、更に少しだけ休んでから立ち上がった。


 そのベークライトにグリフォンが顔を寄せた。その頭を撫でて、それだけでベークライトはその場を離れようとした。しかし、血を失いすぎたのか、魔力を使って疲れたのか、足がもつれて倒れそうになった。そこにグリフォンが入り込み、しっかりと翼と背中で支えていた。


 はい。お見事でした。感動しちゃったよ。


 俺はワザと大きな音を立てて近づいて行った。


 「お前、居たのかよ」


 「けっこう前からな」


 「………、で?」


 「そのグリフォンに従魔契約の呪文を掛けてみろ」


 「え? できるのか?」


 「それは知らん。そのグリフォン次第だな。でも、やる価値はあると思うぞ」


 「う、うん」


 ベークライトくんは魔導書から従魔契約を発動させた。そして、見事に契約を成立させた。


 「これで、そのグリフォンはお前の従魔だ。お前の命令で死ぬ事もある。どう使うかを、しっかりと覚悟しておけよ」


 俺の言葉に頷きながら、ベークライトはグリフォンに抱きついたままだった。


 「そのグリフォンに手伝って貰っても良いから、後三頭のノルマは果たせよ」


 俺はそう言って、他の生徒の所に向かった。


 結構危なかったのも居たそうだが、午前中が終わった段階で、全員がノルマを果たしていた。しかも、勝手に付いてきたという魔獣が多く、教師も含めて、全員が従魔契約を果たした。


 もう必要ないだろう、と言う事で、俺は全員の前に俺の従魔たちを紹介し、しっかりと安全対策はしていたというアピールはしておいた。


 「まぁ、色々と見てはいけない物を見たんだよ」と言っておいたら、そう言うモンだな、と、大半の生徒が納得していたようだけど。


 各々、昼食を摂り、午後は従魔と遊ばせた。


 従魔を維持出来る者は少ないので、帰る前に契約を終了する者も居るためだ。維持は出来ても、町中に入れるのに抵抗がある、という従魔も居る。


 俺の従魔はカード化してあるので大丈夫だと説明したところ、是非、自分の従魔もカード化してくれと言ってきた者もいた。しかしカード化は、生き物としての命を消して、カードの中の存在にするため、死なないけど餌も食べない、成長しない、自由もない、契約解放も無いし、必要な時にだけ出されて使われる存在だと説明したら、全員が諦めた。


 なぜ、そんなカードにしているのかと聞かれたけど、素直に、カード化しないと死ぬしかない状態だった、と言う事で納得して貰った。


 魔導書使いとして出世して、従魔の数体は維持出来るようになれ、という言葉は、多くの生徒の心に深く刻み込まれたようだ。


 結局、従魔をそのまま持ち帰れるのは、第四王子と、三つ編みのあの貴族の少女だけだった。その三つ編み少女の連れていた魔獣は、毛むくじゃらなリスみたいな丸い存在で、デコにキラキラ輝く石がはまっていた。


 なに? この不思議生物。


 良く判らないが、この大きさなら飼いやすいだろう。


 ベークライトくんには空飛ぶ従魔、しかもグリフォンを獲得して貰ったので、予定通りの結果となった。ベークライトくんに目立って貰って、俺が少々派手な事をしても目立たない大作戦も、なかなか順調にいっている。いいことだ。


 生徒の数人が、三つ編み少女のような小さな従魔を獲得したいと言いだしたので、自分の従魔に手伝って貰って探してこい、と許可を与えた所、第四王子、三つ編み、そして俺だけが取り残された。


 従魔契約をすると心が繋がる。それが無くなるのが寂しく感じるんだろう。


 手持ち無沙汰になるんで、王子と三つ編みには他の生徒達の様子を見てこいと言って放り出した。一応俺も見回るけどね。


 そして多少の時間オーバーがあったけど、皆、新しい小型の従魔を獲得して帰ってきた。三つ編み少女と同じ魔獣や鳥系、山猫系、そして教師の一人は妖精と契約してきた。


 その妖精を見て、他の生徒たちがかなり悔しがっていた。


 連れ帰れない従魔の契約を解除する、という経験も出来たし、心が折れそうな時に支えてくれる従魔も獲得したしと、得る物は多かった遠足になった。


 まぁ、皆、これから時間もあるんだから、まずはしっかりと稼げるだけの実力を磨いてくれ。と言う事で教室に転移して終了。着替えが必要な人はさっさと着替えて帰ろうね。


 明日は普通に授業するつもり。明後日からは二連休だから、遊ぶならその時にしろ、と言って解散。


 俺は学院の書庫に行って、参考書作りを再開した。今日は生徒の安全に気を使って疲れた。のんびりと資料をまとめる作業で夕食までの時間を潰そう。




 翌日に知った事だけど、第四王子が従魔としてグリフォンを連れ帰った事は、城にとって大きな驚きになった。何しろ、従魔契約だけなら城の魔導書使いでもできる事だけど、それがグリフォンとなると、さすがに再現不能だ。


 王子は偶々怪我をしたグリフォンの手当をしただけだと、かなりすっとぼけたらしいが、今まで、単なる穀潰しと見られていた第四王子の偉業に、城の内部での勢力争いの図式が大幅に変わりそうだと言う事だった。


 「まず、魔導書使いの派閥が取り込もうとしてくるだろうなぁ」


 グリフォンの首を撫でているベークライトに俺はそう言った。


 「あの連中に取り込まれるというのは、少々業腹な思いがするな」


 「まぁ、そいつらは、お前にとっては踏み台だ。踏んづけて上に上がったら、もう必要のない存在だからな」


 「相変わらず、凄い言葉遣いだな」


 「今まで王宮の金。つまり、国民の税金で贅沢して怠けていたような連中なんぞ、気を使う必要も無い」


 「まったくだが、当面はどういった態度を取るかだな」


 「なに、学院で研究する事があるから忙しい、とか、グリフォンが運動不足にならないようにしないと、とか、飛行レースの練習をするとかで抜け出して、個別に会う事を避けてればいい」


 「なるほど。こうしてみると、やる事は多いのだな」


 「まぁ、それでも、向こうは強引に会合に参加させたり、食事会に呼んだり、我々が魔導書使いとしての知識を教える、とか言ってくるだろうな」


 「うーむ、かなり鬱陶しいな」


 「そんな時は、第六事象での術式の構築について、実践出来る方が居ましたら、是非ともお会いしたい、とか言っておけば良いかもな」


 「それは、どういう意味なのだ?」


 「よし。今日の午前の授業は、基礎理論で行こう」


 こうして、今日は、魔導書、いや、魔法の理屈についての講義となった。とは言っても、俺自身、理解しかねる部分が大半なため、言葉は知っていても、それを力にするレベルじゃない。まぁ、知っていて損はないけど、知らなくても損はない、という無駄知識だ。


 まぁ、ここの生徒が研究を続ければ、その内光明が見えてくるかも、という期待はあるけどな。


 そして、四元素理論から始めて二十四元素理論まで。第一事象から第六事象までの話しをする。この第六事象の代わりをするのが魔導書で、魔法使いはそれを自力で行う者のことだという話しには、全員が目を輝かせていた。

 魔導書を使い続け、魔力の扱いに慣れていくほど、魔法使いに近づくらしい、という言葉に食い付いただけらしいけど。


 元素の理論は、俺の基礎魔法の魔導書に載っていたんで解説は楽だった。でも、それ以上は俺にも謎なので、講義としては俺の魔導書に載っている魔法と、その区分けについて解説した。


 生活魔法や攻撃特化魔法は当然判るんだけど、強化、干渉魔法で、体力や防御力、攻撃力の強化をおこなったり、敵の速度や防御力を減らす干渉については、伝説で聞いた事がある、と言われたし、転移の魔法そのものも失伝の魔法だから、俺が持っている魔法を自慢げに披露する事自体がはばかれた。


 一応の、今後の予定として、俺の授業にしっかりと付いてきて、努力を怠らなければ、転移の魔法と、極秘級の魔法の二つ教えると約束しておいた。それ以外にも色々教えるつもりだけどな。


 「今の時点で、お前らは城のお抱え魔導書使いと同じレベルの知識を持っていると考えられる。だけど、向こうのが長く使っているという経験があるからな。もし戦ったりしたら、経験の差で負ける公算が高い。だから、今は耐えて、近い将来、その立場をひっくり返す時を想像しながら自分の力を付けていけ。なに、後、半年程度でお前らをその高みにまで導いてやる。気を抜かず、しっかり努力しろよ。

 じゃあ、午前の授業はここまで、午後は一昨日作った魔導書の実践だからな」


 目標設定してやると、皆の目の色が変わるんで、発破代わりになるのは楽で良いね。


 俺は書庫の本の翻訳という作業のため、サンドイッチを抱えて教室を後にした。


 書庫の本の翻訳は、俺にとってもメリットが大きく、その恩恵を安価で受け取っている気がするので、学院にも本の内容は包み隠さず渡している。元々学院の本だしな。


 その、俺が翻訳した術式の解説だけでも、伝説の魔法や失伝した記録そのものだと言われ、それだけでも城のお抱え魔導書使いを越えると言われた。なので、まとめ終わったら書籍化して、今の生徒や、これからの学院の生徒に配ろう、という話しにもなった。

 学院長や教師たちも、城の魔導書使いとは確執があるらしい。


 それと、俺の授業を熱心に聞いていた教師の一人が、書庫の本の一部を読めるようになった、という話しがあった。

 魔導書使いとしてある程度以上の実力を持てば、本に掛かっている制約を抜けて、読む事が出来る、という事実が立証されたわけだが、従魔を従える授業で妖精を従魔にした教師だったため、いろいろな感情から素直に実力だとは認められなかった、とか、なんとか。


 もっと鍛えれば、生徒たちも制約を超えて本を読めるようになるかもな。楽しみだ。


 その前に、参考になる本と、危険な魔導書を仕分けしないとならないか。変な悪魔や、人の魂を喰らう事を考えている魔導書もある。その本の管理者をぶっ壊して、中の魔法を調べるという方法もあるけど、悪魔や魔獣を封印している魔導書の場合は解放する事になるから、一様に取り扱うわけにもいかない。


 一応、触れるだけで魔導書か単なる本かは判るので、本棚の入れ替えで大雑把な区分けは済んでいる。魔導書同士は、近づけて置いておくだけでも悪い影響が出る、なんて都市伝説もあるらしいので、魔導書だけの本棚を作るのも怖かったというのは、ここだけの話しにしてくれ。


 そして午後の授業。昨日と同じ場所に転移して、今度は何も無い場所に向かって魔道書に書かれた氷の大槍、炎の弾、濁流の槍、竜巻の魔法を発動させる実践。動作確認用の本にまとめたモノだから威力は落ちるけど使えるかを見るのには充分だし、逆に全力で発揮出来無い方が被害も少ないから都合は良い。


 教師も含め、皆が攻撃専用の術式をしっかりと発動させている。けっこうヤバい。町や町の近くとかでやらせたらかなりの騒ぎになってたかも。特に炎の弾を投げつけるラーバ キャノンボール」は、十五人で城を落とせるんじゃ無いかと言う威力を見せた。


 俺も恐怖を感じたけど、それ以上に使っていた生徒や教師が自分たちの力に恐怖していた。


 「魔法の不用意な使用は本気で気を付けようね」


 という俺の台詞は皆の心にしっかりと根付いた事だろう。


 とりあえず魔力が空になるまで何度も撃たせて、皆がヘトヘトになったところで教室に戻った。


 明日から休みなんで二日分の宿題を出す。内容は、自分の従魔の外見的特徴から、内面的特徴、さらに魔獣としての能力をレポートする事。

 何が出来て、何が出来ないか。生物的な弱点や有利な部分。何を好んで食べるか、食べられないか。そう言った情報を改めて知っておかないと、後で後悔するという事もあるからなぁ。


 まぁ、従魔と戯れる大義名分という話しでもある。



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