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グリモワールの欠片  作者: IDEI
10/51

10 隣国の第三王女

2020/12/30 改稿

 次の日、俺は角竜と麒麟と共に、魔力クラゲの捕獲に精を出していた。


 少なくとも十二匹。出来ればもっと、と言う事で、なかなかに苦労する漁になっている。


 ちなみに、クラゲはほとんどの場合一匹、二匹と数えてもいいが、一桶、二桶、と数えるという話しも有るらしい。まぁ、異世界で何言ってるんだ、って話しだけどな。


 なかなか発見出来なくて、ほぼ一日を使ってしまったが、とにかく十五匹は確保した。これをいつもの場所で粉にして、土を素材にアイテムメーカーで造った壺に入れてガンフォールの所に納品。

 明日からは学院やギルド活動があるので、まとめて時間が取れるのは来週だと伝えておいた。

 ガンフォールにしても、仕組みも判ったし、道具もあるので、これからはほとんど一人でも出来るそうだ。しかも、チョロチョロと動き回る丁稚も来たし、細かい手は足りているだろう。


 飛行レースまでは俺が魔力クラゲを集めるが、レース後はギルドに依頼して集めることにするそうだ。海に近い町のギルド出張所に依頼が回されるらしいが、おそらく漁師に協力して貰っての作業になるだろう。飛行船の需要を考えるとかなり高価な依頼になりそうだ。


 そして飛行船の作業から解放された俺は、ギルドに寄って程よい依頼がないか確認している所でフワフワ系お姉さんに呼ばれた。


 なんでも、王都から東のルーネス王国へ向かう道のほぼ中間、歩いて十日ほど、馬で二日、馬車でも三~四日と言う所で、不思議な鳥を見たという情報が入ったそうだ。特に被害もなく、不思議な鳥を見たとか、妙な鳴き声を聞いたとかだけの話で、それが幾人もから出てきたのでギルドでもどうするかで考えあぐねていると言う事だった。


 「変な鳥を見たよー」「へー、良かったねー」で、普通は終わる話しだよなぁ。


 特に被害があるわけでもないが、これが被害に結びついたりしたら、後々、変な叩かれ方をされるわけだから、ギルドとしては頭の痛い問題だろうな。それに、コレは俺がギルドに交換条件で出した話だ。


 「判りました。これから行って、ちょっと見てきます」


 そう言ってギルドを飛び出し、路地裏に回ってから転移で町の外へと移動した。


 今日はクラゲ集めで酷使しちゃったけど、もう少し頑張って貰おう。


 「角竜!」


 俺の呼び声に、元気よく出てきてくれたホーンドラゴンに跨って、俺は東へと飛んだ。


 そして、目的の場所近くで、とうとう真っ暗になってしまった。まぁ、ここは月が明るいから、ギリギリの視界は確保出来ているんだけど、低い位置を飛ぶ時はホーンドラゴンには辛いらしい。


 慎重に、ゆっくりと地面に降ろして貰い、これからは俺単独での歩いての調査となる。まぁ、無理そうならマーカーを打って、宿に帰って寝るんだけどな。ここにシークレットルームの扉を出して中で寝るという手もあるんだけど、明日になるとしたら学院もあるんで戻った方がいい、と言うのが俺の判断だ。


 ここは、大きな森の近くの平原。色々な獣のテリトリーが重なる場所だから、危険度は大きい。出来る事はさっさとやってしまおう。


 俺は、ばらけた魔導書の目次を開き、「魔導書よ、その身の一部の在処を示せ」と唱えた。


 でも、反応はまるで無かった。俺の魔力も育ってきているため、けっこう遠くまで反応するようになったはずなんだけど。と、すると、今回は魔導書とは関係無かったかな?


 その時。


 遠くの方で、男たちが騒ぐような声が聞こえた。


 女の声が聞こえなかった場合、無視していい、って法律が無かったっけ? 男たちが酒飲んで騒いでるだけ、って可能性も高いよねぇ。真っ暗とは言え、まだギリギリ夕飯の時間だしなぁ。


 あ、宿の夕飯を食い損ねた。


 ええい! この恨みはどうしてくれよう。


 「麒麟!」


 俺は麒麟に跨って、声のする方へと走らせた。地面を走るぐらいなら、月明かりでも充分だ。


 そして、丘を一つ越えた所で、何があったのか見えてきた。


 馬車と焚き火、数人の男たち。そして、それを取り囲む覆面の男たち。


 間違いない。マイムマイムの練習だな。


 俺も入れてー、っと麒麟を走らせたら、突然俺に向かって弓を射ってきた。


 と言う事で、悪ふざけは終了して取り囲んでいる方を黙らせる事にする。使う魔法は、防御に「オートトラッキングシールド」、そして植物に働きかける「アイビーバインド」。ツタとツタを結びつけたり、相手を縛り付けたりする拘束魔法だ。


 アイスクルランスで足下を凍らせようかと思ったけど、マジで凍傷になって、足の指が全部駄目になるとかもあるから、比較的安全な植物での拘束にした。こういう興奮状態だと、眠らせるのも難しいからなぁ。


 麒麟が頑張ってくれて、相手に軌道を読ませない動きで攪乱し、見事に全員を縛り上げる事に成功した。


 そして、麒麟をカードに戻し、ゆっくりと馬車の男たちの所へと向かう。


 「えっと、すみません。俺は偶々ここを通りかかった冒険者なんですが、あなた方の立場と状況を教えてくれますか?」


 「ああ、すまない。まずは礼を言っておこう。おかげで助かったよ。我々はここから南へと向かう商隊だ」


 「南? 南になにかありましたっけ?」


 「南にはナグートの町がある」


 「そうでしたか。俺は東に向かっていたので気にしてませんでした」


 「ああ、ナグートの町は、ここからはまだまだあるからな。ルーネスへ向かう途中か?」


 「いえルーネスまでは行くつもりはないです、ここらへんで珍しい鳥が見られるらしくって、見物にきたんですよ」


 「珍しい鳥かぁ。聞いた事はないが、ギルドで、そんな噂を聞いたのかな?」


 「ギルドでは何も。俺は、酒場の噂で小耳に挟んだだけですけどね」


 「そうか……」


 バン!


 俺が展開していた、自動迎撃の盾が、商隊の剣士の男の剣に反応して叩き落とした。


 「くっ」


 商隊の剣士の男は、まさか剣を叩き落とされるとは思っていなかったらしく、その衝撃で剣を取り落としていた。

 俺も、まさか、このタイミングで攻撃されるとは思っていなかったので、まずは男から距離を取る事にした。


 「さぁて、どういった状況なのかな」


 まじでわかんない。野党に襲われていたと思われる商隊を助けたら、その商隊から襲われた、なんてなぁ。


 「ちょっと、積み荷の中を、じっくり見せて貰おうかな」


 そう鎌を掛けたら、連中の真剣度が上がった気がする。お互いが目で合図している。

 俺は魔石を取りだし、その魔石を地面に転がすと、戦士型のゴーレムを造って商隊の馬車を動かないように押さえつける命令を下した。


 商隊の中の別の剣士がゴーレムに斬りかかっているけど、かなり頑丈に造ったから、その程度じゃ中心の魔石まで届かないよ。


 「ちっ、ベテランの魔導書使いか。呪文を使わせないようにたたみ掛けるぞ」


 戦法としては正しいな。でも、全ては遅いんだ。既に自動迎撃の盾の呪文は発動中だし、ゴーレムも動いている。俺は守ってくれる盾に隠れながら「アイビーバインド」の呪文を唱えた。


 植物のツタに絡まれ、剣を振るどころか、口を開く事も出来なくなった人間の立像がたくさん出来ました。


 これ見て、褒めてくれる人は居ないよなぁ。何しろ醜いから。ウゴウゴ言いながら蠢いているし。


 「これ、このまま放って置いたら、野生の動物さんたちが綺麗に片付けてくれるかなぁ?」


 と言ったら、ウゴウゴな言葉の音量が大きくなった気がする。まぁ、気がするだけ、だよな、きっと。


 で、自称商隊という男たちの馬車の中身を確認させて貰う事にした。


 なんか、野菜とか入った箱が積み上げられているけど、あからさまに奥にある物を隠そうとした置き方だ。奥の方が空いているのが隙間から見える。俺はその荷物をアイテムボックスに収納していく事にした。後で食材として、おいしく頂くつもりだ。おそらく、こいつらにとっての食料でもあったはずだろうから、毒とかの心配も無さそうだし。


 で、奥にあったのは、一つの大きな檻と、そこに入れられていた女の子。手には、オウムのような派手な鳥が収まっていた。


 「えっと、どちらさん?」


 そう聞いたけど、完全に脅えてて、一言の声さえ聞かせて貰わなかった。


 「とにかく檻を馬車の外に出すよ」


 そう言って、力持ちのゴーレムに檻ごと馬車から降ろして貰い、降ろした所で、ゴーレムの力で檻をねじ曲げて出られるようにした。


 ようやく出てきた女の子だけど、まだ警戒しているみたいだ。


 まずは水でも飲んで落ち着いて貰わないとならないかな? 焚き火の前に、さっき収納した野菜の入った箱を置き、その上に布の束を置いて簡易の椅子にする。別の箱を出して、その上にコップと綺麗な水の入った瓶を置いて、コップに水を半分ほど入れる。コップの水を凍らせ、その上に水をつぎ足し、冷たく、綺麗な水のできあがり。その横に、王都に来てすぐに買ったけど、今まで食べる機会の無かった串焼きを置いて、テーブルセットのできあがり。


 アイテムボックスは時間停止だから、串焼きは出来立てのホカホカだよ。


 ちょっと気付いた事があるので、野菜の箱を出して、葉物野菜と、豆系の野菜を出して、丸い皿に水を入れて置いた。オウムって、何食べるんだっけ? とりあえず、今あるのはこんな物だから、これで我慢して貰おう。


 そして、女の子よりも、オウムの方が食欲に正直だった。


 その食欲を見て、女の子もようやく串焼きに手を出した。そして、アツアツの肉を頬張り、驚きながらも飲み込んでいく。


 ひとまず安心、って感じになったので、ウゴウゴ言っている自称商隊の剣士さんに、ちょっとしたアンケートをとりに言った。


 ゴーレムを女の子と俺の間に配置してはっきり見えない様にする。まぁ、周りはかなり暗くなってるんで、焚き火の明かりを遮っておけば良くは見えないはずだ。そして蔦で拘束した男の口だけは動くようにする。


 「はい、すみません。聞きたい事があるんで、正直に答えてください」


 「ちっ、誰が答えると思っているだ?」


 そこで、俺はナイフを胸に食い込ませていった。心臓からは充分に離して、肺の気泡をいくつかぶち破るだけって感じでね。


 ナイフを引き抜くと、そこからしゅーっと音がして、血が泡を吹いてあふれてきた。


 本人も呼吸が苦しくなって。満足な息の吐き出しも、吸い込みも出来ない状態になっている。


 「えっとぉ。あの女の子。一体誰なんですかぁ?」


 「ハヒッ! ハヒッ! ハヒッ!」


 既に言葉を発する余裕が無いようだ。呼吸が満足に出来なくなって、顔も青くなっている。


 「ああ、どのくらいで呼吸困難で死んじゃうのかなぁ。でも、すぐ死なないで、このまま呼吸困難が続きそうだよなぁ」


 「ヒィッ! ヒィッ! ヒィッ!」


 泣きながら必死で息をして、ニヤニヤ笑っている俺を見ている。


 「苦しそうですねぇ。でも、終わるまでは、まだまだ掛かりそうだから、まだまだ続きますねぇ」


 そこでクックックっと笑ったら、口が何かを言ってきている。どうやら、助けて、って言っているらしい。


 「助けて? お前、何言ってんの? いきなり俺に斬りかかってきて、殺そうとしたのはお前だろう? 全部自業自得じゃないか。お前は俺を殺そうとした。だから、俺もお前を殺そうとしている。

 ほら。おかしい所は何も無いじゃないか。ぜんぶ、お前のせいだよ」


 男は、目を上の方に上げ、もう、耐えられないという顔をし始めた。涙と鼻水と涎でかなり汚いしなぁ。


 そこで、ヒールで男の胸の傷を完全に治した。


 直った事に気付いた男が、荒い息を整えながら不思議そうに俺を見る。


 「なんで傷を治したか、不思議そうだな?」


 男は何も言わないが、俺の言葉を肯定している雰囲気だ。


 「なぜ、治したか? それはな、もう一度刺して、同じ苦しみを始めから繰り返させるためだよ」


 そう言うと、俺は同じ場所をナイフで刺した。


 そして、今度は一切声を掛けないで放置。同じぐらい時間を掛けた所で、またヒールで完全に治した。


 その男の顔に近づいて。


 「はい、すみません。聞きたい事があるんで、正直に答えてくださーい」


 「な、なんでも話す、話すから、た、助けてくれ」


 それからは、いろいろ素直に教えてくれた。女の子は、東にあるルーネス王国の第三王女だと言う事だ。ペットのオウムは生まれた時から一緒に育っていて、今では片時も離れる事のない親友の扱いだそうだ。そして、大事な親書を持って、エルダーワードへと向かう途中だったらしい。


 お付きの者や王族専用の馬車は手引きした者も含めて全て殺し、火を掛けて来たそうだ。


 親書は一応馬車の中に開封された状態で在った。内容は色々な脅威があるから、連絡を密にとって、色々助け合おう、とか言う普通の物だったけどなぁ。


 そして、第三王女はエルダーワードの重要人物の手に掛かって殺された事にする予定だったそうだ。そのため、自害しないように、女の子の危機は回避されていたらしい。よかった、よかった。


 「で、このシナリオを書いたのは誰かな?」


 「そ、それは、本当に知らないんだ」


 ちょっと疑問に思ったから、また胸にナイフを突き刺してやった。


 そして、今度は、それを見ていた近場の男にナイフを刺した。また、同じようにハヒハヒ言ってる。しばらく、苦しみ抜いて貰わないと、素直に話してくれないのが難点だなぁ。出来れば数日掛けて繰り返して、体力が無くなるのを待ってからじゃないと、本当の事を言ってくれない場合もあるしな。


 俺の持つ基礎魔法に、こういう尋問系の魔法は無い。人の心に強く作用する魔法などは、悪魔などが関わっている場合があるので、関わる事自体が危険だと、学院の教師も言ってた。


 で、二番目の男の傷を治して、質問。この王女誘拐暗殺の首謀者は? って聞いたら、素直に誰かの名前を言っていた。良く判らないけど、王女の国の大臣の名前らしい。


 「まぁ、一発目で素直に出てきた名前って、無実の罪を被せるための嘘、ってのが相場だよねぇ」


 そう言って、始めの方の男の傷を治した。


 「本当の事をいってくれるかなぁ? そうじゃないと、今までよりも浅い傷を付けて、そして永遠にそのままお別れ、って事にしちゃうけど?」


 「ほ、本当に知らないんだ。聞かれて拷問されたら、さっきの大臣の名前を言えと言われたが、本当の依頼主の名前は知らないんだ」


 「あーあ。これは、本当に知らないみたいだねぇ。本当に無駄足ってやつだ。ちゃんとした情報が取れなかったんじゃ、情けを掛ける必要もないなぁ」


 「ほ、本当に知らないんだー! ゆ、許してくれ。何でもする。何でも話す。だから、もう、や、止めてくれ」


 「じゃあ、お前らに、話しを持ちかけたヤツの名は?」


 「え、エティッシュだ」


 「何処にいる?」


 「王女を捕まえる前に別れた。今はルーネスの王都に居るはずだ」


 ここまで聞ければいいかな。後はギルマスに任せよう。


 俺は、野党と王女誘拐犯を別々にアイテムボックスに格納した。実際どんな気持ちなんだろうな。後で聞いてみようかな。


 そして、王女へと近づき。


 「第三王女とは気が付かず、大変失礼致しました。今までの無礼、お許しください」


 「あ、………、そ、その、……、い、いいの。その、あの……」


 「もしや、王女殿下の影武者の方ですか?」


 そう聞くと首を横に振る。


 「第三王女殿下、ご本人であられるのは間違いございませんか?」


 「は、はい」


 そう言って首を縦に振った。


 「では、なにか、ご不満な事でも?」


 「えっと、その。こ、言葉が……」


 「王女殿下は、会話を交わす事が苦手でありますか?」


 「は、……はい」


 「判りました。殿下の言葉は、こちらである程度予測させて頂きます。その際、無礼がありましても、どうかご容赦ください」


 「は、……、ご、ごめんなさい」


 まぁ、初対面の相手に、フレンドリィに会話出来る、ってのも難しい話しだろうな。しかも、今まで命の危機がある状況で、檻に入れられていたんじゃねぇ。


 と、そこで、従魔契約の魔法がある事を思い出した。


 魔獣じゃなくても、相手が従う意志があれば、獣でも、鳥でも、従魔として契約出来る。しかも、爺さんの魔法は他人と従魔との契約の仲立ちまで出来る優れものだ。


 「殿下、よろしければ、肯定なら首を縦に、否定なら横に振るだけで構いませんから、わたしの質問にお答えください」


 コクリと縦に頷いた。


 「わたしは魔導書使いです。その魔法の中には、従魔契約という物があります。そこで、殿下と、そのオウムを従魔契約させ、殿下のおっしゃりたい事を、そのオウムに肩代わりさせる事ができます。他にも、殿下が捕まった際、殿下の周りで飛び回るしか出来なかったオウムですが、心の中で指示して、王宮なりに飛ばして、助けを呼ぶ事も出来るようになります。なにより、このオウムの本音も判るようになりますし、殿下の心も常に伝わるようになります」


 王女に、この言葉の意味が全て伝わるのを待った。


 「殿下? このオウムと従魔契約を行いますか?」


 第三王女は、即座に肯定した。一概に得だから、というわけじゃなく、いろいろな気持ちもあったようだ。


 「いにしえの契約をここに再現し、従魔として心を共にする契約!」


 本の頁がバラバラとめくれ、目的の頁でピタリと止まる。


 「オビディエンス コントラクト!」


 『オウム チーコはラセールの従魔として、その命を賭けて従う事を誓うか?』


 「ケー!」


 『契約はなせり これよりチーコはラセールの永遠の従者とならん』


 へー、へー。これが従魔契約魔法かぁ。ちょっとビックリ。しかも、チーコのケー! で契約完了とは、やるな爺さん。


 「いかがですか?」


 「いいかんじ!」


 オウムの方が答えてきたよ。しかも、王女は照れているが、その内容を否定する気は無いらしい。


 「もしも、王女の危機の場合、チーコを飛ばして、助けを呼ぶ事は出来そうですか?」


 「まかせて!」


 「では、姫の新たな騎士の誕生をここにお祝い致します」


 「せんきゅー!」


 「実は姫って、かなりお茶目でしたか?」


 「ひみつよ!」


 オウムのチーコは開けっぴろげだけど、姫は顔を真っ赤にして顔を隠しちゃった。


 「親しみを感じますので、わたしの前でだけは、それで構いませんからね」


 「ぐっじょぶ!」


 「では、申し訳ありませんが、殿下にはエルダーワードのギルドへとお越しいただきます。この時間に王城というのは無理がありますので、不自由ではありますが、一般の者が使う宿へとお泊まり頂く事になると思います」


 「よしなに!」


 オウムのチーコの言葉だけど、許可が出たので、この地点にマーカーを打ってから、王女の手を取ってギルド近くの路地裏へと転移した。


 そして、裏口から入ってギルマスの部屋の扉を叩いた。もしや、もう帰っちゃったかな? 責任者が居ないと、さすがに拙いなぁ。


 でも、さすがにギルマス。この時間でもしっかり仕事をしてたよ。


 「この時間とは、かなりの緊急事態かな?」


 「急ぐ必要はありますが、慌てる必要は無いと思います」


 そう言葉を交わしてから、ギルマスの部屋へと向かい入れてもらった。


 「えーっと、何となくは判るのだが、そちらの女性を紹介してくれるかな?」


 「ご想像の通りのルーネスの第三王女ラセール殿下です」


 「やっぱりか」


 そして、この町から十日ほど東に歩いた距離で起こった事を、事細かく説明していった。ついでに、王女とオウムの従魔契約も。


 「なるほど。そう言うわけだったのか。なんというか、君は騒ぎを嗅ぎつけて、その中心に飛び込むような運命でも持っていそうだね」


 「もの凄く思い当たる気がするんで、出来れば言わないで。俺の心にぐっさりと突き刺さるよぉ」


 騒動を起こす根本原因を作るヤツがトラブルメーカー。最終的に騒動を終息させるのがトラブルシューター。そして俺は? トラブルダイバー、ってか? やめて、悲しすぎる。


 「まぁ、それでも、最悪の事態は避けられたわけだし、君には感謝の言葉だけではすまないと思っているよ」


 「俺は、俺の思惑で動いていて、偶々そう言う事に遭遇しただけなんですよ。だから、言葉一つで済ませて貰った方が、俺としては気が楽なんですけどねぇ」


 「それらは、また後で考える事にしよう。とりあえず、殿下には宿に入って貰い、旅の疲れを落としていただきましょう。ヤマトくんにはもう一仕事頼みたい。これからルーネスのギルドへ行ってもらい、状況の説明とマーカーの撃ち込みを頼みたい。殿下にはギルド経由でルーネスの王宮へとお戻り頂いて、状況の説明をしたいからね」


 ちゃっかりと、ギルドのお手柄にする気だね。まぁ、それは今後を考えると重要っぽいからいいか。


 「判りました。すぐに行ってきます」


 「ああ、少しだけ待ってくれ。ルーネスのギルドマスターにわたしからの書状を作るから、それを一緒に持っていってくれ」


 そして、ギルマスは部屋を出て、誰かに宿の手配をするようにと駆けていった。


 俺と殿下の二人きり、という状況に。これは、何かの進展が?


 「ありがと!」


 チーコのセリフだと、何もかもが台無し、って感じになるなぁ。


 「いえ。殿下の無事が何よりでございます」


 「やまと! ことば! へん!」


 「あー、王族の方へと失礼な言葉はさすがに……」


 「きらい! きらい!」


 「判った。特に他人の目の無い場所限定で、普通のしゃべり方にするよ」


 「やったね!」


 「今日、今、この瞬間に、殿下がこの町に居ると知っているのは、ほとんど誰も居ない、というのと同じ事だと思う」


 「そうねー!」


 「だから、今日、明日ぐらいは、本当に警戒しなくても済むから、ぐっすりと眠れると思うよ。かなり疲れているんだろ?」


 「ねむいの! おふろはいりたいの! かあさまにあいたいの!」


 「大丈夫。ここへ来た時と同じで、用意さえ調えば一瞬でルーネスに帰れるよ。馬車に揺られる事もなく、一瞬でね」


 「ばしゃ! おなかいたいの!」


 たとえ沢山のクッションが有っても、下から揺さぶられるから内臓が動くんだよねぇ。短時間ならいいけど、丸一日中とか揺さぶられていたら、お腹も痛くなるだろうねぇ。


 こてん。


 なんと、王女殿下の頭が、俺の肩に乗ってる。こ、これは!


 く~。


 お休みモードでした。うん、うん、お約束だよな。残念なんて思ってないからな!


 そこへギルマスが戻ってきて、俺たちの様子を見ると、それはもう、いやらしい目つきでニヤニヤしながら、何も言わなかった。無言でニヤニヤしながら、机について書状を書いていく姿には、ちょっとした怒りも感じたよ。


 書き終わったと同時ぐらいに、受付のお姉さんの同僚らしきお姉さんがドアをノックして入ってきた。どうやら宿の手配が終わったらしい。それを聞いて、ギルマスは俺に向かって両手で抱える仕草をした。


 つまり、俺に、お姫様をお姫様抱っこしろと?


 あのニヤニヤ顔をたまらなく殴りたくなった。


 俺は寝ている殿下をそのままアイテムボックスに格納した。


 「おいおい、ちょっと乱暴過ぎないかね? もしかして、そのままお持ち帰りするつもりなのかな? わかった、わたしは何も見ていなかった……」


 「いいから、さっさと宿に案内してくれ!」


 腹の底からの笑いを必死に耐えているお姉さんに案内されて、かなり高級な宿の、さらに高級そうな部屋に通してもらった。宿には貴族用の女中働きをする従業員も居るそうなんで、あとは任せられると言う事だった。


 掛け布団を広げたベッドの上に王女殿下とチーコを出して、後はお任せしますと部屋を出た。


 アイテムボックスでお持ち帰り。今更ながらにギルマスの言葉が強烈に蘇ってきた。えっと、ちょっと、初めての娼館でも……、と、思ったけど、まだこの後に仕事が残っていた。


 不完全燃焼でくすぶり続けながらギルマスの所へ戻ると、別の部屋に案内された。大物の素材買い取りをする部屋の一つで、ここを俺の転移の専用場所にするそうだ。

 ルーネスの方でもマーカーを設置したら、ここがプラットホームという感じになるんだろう。王女殿下をルーネスに届けるのもここからになるし、ルーネスの王族を迎える場合も、ここになるんだな。


 そして、今までの物よりもしっかりとマーカーを打ち込んで、そこから王女襲撃犯の馬車の所まで転移した。


 既に焚き火は消え、月明かりだけの平原でしかない。


 残った馬車をそのまま捨てるのももったいないので、馬ごと馬車をアイテムボックスに格納。後で、ガンフォールにでもあげよう。


 そして、夜に飛ぶのは苦手だけど、距離があるし、時間的にも早くしたいので角竜を呼び出して飛んで貰った。

 特に低空じゃなければ問題ないらしい。


 出来るだけ高く飛んで、山さえも下に見ながら夜空を進んで行った。


 そして、人工の灯りを発見。近づいて行くと、エルダーワードの王都と同じぐらいの町と言う事が判った。


 角竜に、町から少し離れた所に降りて貰い、カードに戻すと、ルーネスの王都へと走った。麒麟を見られたく無かったんだけど、格納した馬車を使えば良かったと、後から気が付いた。でも、馬の扱いなんか判らないので、結果的には同じだったなぁ、っと、無理矢理自分を納得させた。


 汗だくになりながらも町に入り、路地裏で身元を隠すための魔術師のローブを被った。


 そして、まるで何事もなかったように歩いてギルドへと入り、受付でお姉さんにギルマスとの面会を頼んだ。


 大丈夫かな? もう寝てる、なんて事ないかな? 世間的には、もうそろそろ寝る時間だしねぇ。


 戻ってきたお姉さんによると、少し酒が入っているけど、それで構わないのなら面会出来るということだった。どうせ、書状を見たら目が覚めるだろうと言う事で、すぐに面会する事にした。


 そして、案の定、酒の匂いをさせながらも、完全に酒が抜けきった顔で対応してきた。


 「まず聞く。ラセール殿下は本当に無事なんだな?」


 コクリと頷く。俺の身元は判らないようにするため、あまり声も出せない。


 「本当に転移の術が使えるんだな?」


 それも、大きく頷く。


 「ふう、そうか、そうか。なるほどなぁ」


 王女襲撃事件などについて考えているって感じかな。


 ルーノスのギルドマスターはジーザイアという名で、完全な戦士タイプだ。どちらかと言えば脳筋タイプで、細かい事を考えるのは苦手という印象を受ける。でも、ギルドマスターという役職が、考え無しではやっていけないのだろう。空中を見つめている目に、深い思慮の輝きが見て取れた。


 「で、殿下を捉えていた連中は、何人、生かしてある?」


 「全員」


 「なに? 全て生きたまま捉えただと?」


 コクリと頷いて肯定。


 「なるほど。それほどの腕利きってわけだ。ギルドのランクはいくつだ?」


 Fです。って言いそうになっちゃった。


 さぁてなぁ、という感じで肩をすくめて見せた。魔術師のローブを羽織ってるからかなりのオーバーアクションにしなければならなかった。


 「ふん。まぁ、そう言う事かぁ。ならいい。そいつらはいつ、引き渡してくれる?」


 「いつでも。捉えておく場所と、押さえつける人数がいれば」


 最小限に言葉を選ぶって難しいねぇ。チーコを連れてくるべきだったかな。


 「よし。それはすぐに集めよう。ああ、それで、お前の所で尋問はしたのか?」


 「簡単には」


 「その結果を聞かせろ」


 「尋問されたら、ある大臣の名前を言えと言われたらしい」


 「ふむ。その大臣なら俺も心当たりがある。まぁ、濡れ衣を被せやすい相手ではあるな。で?」


 「本当は何も知らないようだった。ただ、その仕事を手引きしたのが、エティッシュという人物だというのは吐いた。この町に居るらしい」


 「ちっ! やつか。なるほど、裏は繋がりそうだ。かなりのお手柄だな」


 それから、ギルマスはエティッシュの指名手配の準備と誘拐犯の収納の準備をした。そして、一つの部屋に押さえつけ用の男たちを集めた。


 「さて、押さえつけ用、ってのは用意したぞ。そいつらは何処に居る? 馬車の準備はどうする?」


 俺は何も言わずにギルマスと男たちを下がらせ、部屋の中央を開けさせた。そして、そこに捉えた男たちをアイテムボックスから取り出した。


 「なっ!」


 一瞬で空中から湧き出した四人の男たちに目を見張るギルマス。


 「捉えて、まずは装備のはぎ取りだな」


 そう言った所で我に返ったギルマスたちが、急いで誘拐犯たちにのしかかっていった。


 「い、今のは、もしかして、アイテムボックスか?」


 コクリと頷いておく。


 「す、すまねぇ。見た目で若造だと思ってた。無礼を謝る」


 い、いや、いや、とんでも無い若造ですってば。なに? アイテムボックス持ってると、伝説級の大魔導師とかになっちゃうの?


 まぁ、勘違いはさせておこう。


 「誘拐犯を襲った山賊はどうする?」


 「運も頭も無い馬鹿どもだろうが、一応、そいつらもこっちで預かろう」


 誘拐犯のはぎ取りが終わって、全裸で牢屋に入れ終わった後、再び押さえつけ班が待機している真ん中へと吐き出した。


 アイテムボックスに空きが出来て嬉しい。あんなのを入れている、という思いは、なかなかにきつい物がある。そう感じるだけなんだけどな。


 次に、マーカーを打ち込むための部屋に案内して貰い、早速マーカーを撃ち込んで俺だけエルダーワードのギルドへと戻った。


 そこにはエルダーワードのギルマス、ファインバッハが今か今かと待ち受けていた。


 「時間が掛かったようだね」


 「誘拐犯と山賊の引き渡しに少し時間が」


 「ああ、なるほど。なら、後はわたしの方の都合だけだね。では、早速行こう」


 ギルマスに急かされて、再びルーネスのギルドへ。


 たった今消えたばかりの俺が、ファインバッハを伴って現れた事に驚いていた。


 「ファインバッハ。今まで、そこに隠れていたわけじゃないよな?」


 「何を言っている。わたしは、今の今までエルダーワードのギルドに居たよ。なんなら、この後の話しはエルダーワードのわたしの部屋で行うかね?」


 「お? そうか。よし、それなら、そうしよう。おい、誰か一人だけ付いてこい」


 そう言って、またエルダーワードへと転移する事になった。


 「ああ、そうだ。今からわたしの所へ行くなら、帰りは、そうだな、明日の夕方、殿下と一緒にと言う事になるが、構わないかね?」


 「殿下と一緒なら、願ったり、叶ったりだがなぁ。なんか、理由があるのか?」


 「なに。転移させてくれる彼の方の都合だ」


 「ああ、なるほどな。お前だけが便利使いするわけにもいかないと言うわけだな」


 「まぁ、そんなところだ。では、すまないが、またエルダーワードへと転移を頼むよ」


 その言葉にコクリと頷くと、俺はギルマスたちをエルダーワードのギルドに設置された部屋に転移させた。そのまま、ファインバッハにお辞儀をすると、別れの言葉もなく宿の俺の部屋へと転移した。


 魔術師のローブを脱いで、今日の仕事は終了。


 あっち、こっちと、目の回る忙しさだった。周りの家々の灯りも既に消えている方が多い。宿の夕食は終わっている様だから、王女にも出した串焼きを出して、それを頬張りながらシークレットルームの寝床へを向かった。




 ◆◇◆◇エルダーワード、冒険者ギルド、ギルドマスターの部屋


 「と、いうことで、くれ!」


 「何がということで、なんだか判らんが、やらん! というか、そんな簡単なモノではないよ」


 「なんだ? 何を遠慮しているんだ?」


 「遠慮ではない。恐怖だよ」


 「確かに、凄腕の魔導書使いみたいだがな。伝説上の誰かなのか?」


 「いや。十七だと言っていたな」


 「じゅ、が、ガキじゃねか!」


 「ああ、わたしから見たら、生まれたても等しいな」


 「そんなガキにお前が恐怖だと? なんの冗談なんだ?」


 「先日、この街から二日ほど歩いた所で赤竜が目撃された」


 「赤竜だと! なんで今まで知らせなかった! ちっ! 今、誰が居たか? ゲルトのヤツは引退するとか言ってたが、なんとかなるか?」


 「まぁ落ち着け」


 「おい、ファインバッハ。どこから何処までが冗談なんだ?」


 そこで、ファインバッハは空中を指で探るような動きをして見せ、次の瞬間には畳一畳ほどの、赤い盾を出現させていた。


 「お、お前。アイテムボックスを?」


 「ジーザイア? これは何に見えるかな?」


 「なんか、不細工な盾だな。自然の岩か何かを使って作ったのか?」


 「いい加減、とぼけるのもやめたまえ」


 「ふん。良く見せろ」


 そして、腰に帯びていた小さなナイフで思い切り突き刺した。そのナイフは根本と切っ先が完全に折れ、ナイフとしては役に立たないモノになってしまった。


 「ふん。くそったれなモノだな」


 「全くだ。で、その赤竜だが、彼により倒されてしまったよ」


 「………」


 「わたしはその亡骸も見せて貰ったよ。このギルドの建物よりも巨大だった。その魔石は、人の頭ほどもあったしね」


 「国王陛下には?」


 「鱗を一枚献上して、備えて頂きたい、と言っただけだがね」


 「とんだ詐欺野郎だ」


 「どのギルドでも、同じ対応をしたと信じているがね」


 「そりゃま、当然だな」


 「何よりも怖いのは、彼には師匠が居て、その師匠に百年単位の仕事が入ったそうだ。そのため、彼は一人でこの町を訪れ、勉強しつつ、師匠から託された捜し物という課題を果たそうとしている、と言う事だ」


 「つまり、ヤツにはそんな師匠が裏に居るって事か」


 「わたしは笑ってしまったよ。自分の脆弱さに。わたしはなんと、か弱いんだろうとな」


 「ふん。俺たちは井の中の蛙。ダンジョンの底で一番強いんだと吠えるゴブリン、ってか」


 「だから、彼には、積極的に関わってはならないと自戒しているのだ。だがまぁ、彼の方が放って置いてくれないがな」


 「今回の件。本当に偶々だったのか?」


 「ああ、間違いない。彼には色々として貰う報酬として、ギルドが掴んだ情報を提供するという約束をしているんだ」


 「お、おい」


 「ギルドが掴む情報の中で、何処其処に、不思議な事象が起きている、とか、何かの騒ぎが起きている、とかの、表向きの情報だがね。国に関わるような情報は、しっかりと省いてくれとも言われているよ」


 「なるほど。しっかりわきまえているんだな」


 「今回は、東に変な鳥が目撃されている、というだけの情報だった。ギルドとして、調査員を差し向けるかが、非常に微妙な事案だったな。だが、それを伝えると、その場で飛び出していったそうだ。彼の師匠からの課題に関わる感じではあったな」


 「その場で飛び出して貰わなかったら、王女は助からなかったかも、ってわけだ。なるほど、放って置いてくれないねぇ」


 「それだけじゃない。彼は今、ガンフォールというドワーフに関わっているんだが、このドワーフは、魔導機関に拘っている事で有名でね。つい先日、彼と関わってから、魔導機関の再現に成功したという情報が入ってきた」


 「おいおい、あの空飛ぶ船が、どんどん造られるようになるのか?」


 「まだ個人の規模だが、いいのか、悪いのか、もうすぐ飛行レースだからなぁ」


 「王女はそれに合わせた日程で出たんだが。放って置いてくれないにも程があるんじゃないか?」


 「まだあるが、聞きたいか?」


 「ああもう! 確かに俺らの手には余る存在だってのは判った。だが、聞こう。聞かないでいる方が不安だ」


 「良く判るよ。彼は魔導書使いだが、師匠からは理論的な事はほとんど教えられていなかったそうだ」


 「あれだけ使えるのにか」


 「そう、伝説級の魔法も使えるのに、生活魔法の魔導書の作り方も知らなかったよ」


 「ちぐはぐにも程がある、ってもんだろ」


 「だから、学院に通い出したんだ。そして、基礎から習いだしたら、どんどん応用を初めてねぇ。ついには、これを作り出してしまった、と言うわけなんだ」


 エルダーワードのギルドマスター、ファインバッハは、アイテムボックスからギルマス専用と書かれた魔導書を取り出した。

 それを、そのままルーネスのギルドマスター、ジーザイアに渡す。


 たった三頁の魔導書。その中身を見て、ジーザイアは震えた。


 「ちきしょうめ」


 「アイテムボックス作成魔法は、わたしでもかなりの魔力を持って行かれるよ。出来て一日に一回だろう。だが、わたしにも出来た。うちのAクラス冒険者エブロくんに、わたしがアイテムボックスを与えたんだ」


 「この拘束型契約魔法ってのはなんだ?」


 「契約と言うよりも約束を確実に実行させる魔法、というのが正しいかもな。例えば、秘密を守りますと契約すると、どうあっても、秘密をしゃべる事が出来なくなるそうだ。わたしは、これをアイテムボックスを犯罪に使わない、という制約のために使おうと思っている」


 「そして、最期は念話か。これも、伝説に出てくるモノだよなぁ?」


 「ああ、冒険のパーティで、仲間内なら離れていても会話が出来て、はぐれた時とか、魔獣を追い込むためにタイミングを合わせるのに使っていたらしいね」


 「つまりそいつは、学院で初歩を囓っただけで、こいつを作くっちまった、って事か?」


 「いや。正確には、自分の持つ魔導書に記されていたんだろう。だが、そのままじゃ、わたしには使えない、と言う事で、生活魔法並みの使い勝手に直してくれた、って所だろう」


 「それだけでも恐ろしいもんだ。今まで、契約が出来なかったために使えなくなった伝説の魔導書も、生活魔法並みにする事もできそうだな」


 「かも知れないねぇ。生活魔法と言えば、こういうのも便利ですよ、と、気軽に提供されたモノもあるよ」


 そう言って、またアイテムボックスから魔導書を取り出す。今度は普通の生活魔法の本と変わりがない。


 「灯りの呪文? 聞き耳? 望遠鏡に眠気覚まし、太陽の高さを知る魔法だと? おい、こいつは、内容的には大した事は無さそうに見えるが、ダンジョンでは生死を分けるぞ?」


 「全くだ。これを見せられて、もう、呆れてしまったよ。彼には懐の底が無いのか、とね」


 「これはどうするんだ?」


 「ギルド内に魔導書を作る部門を作って、今、必死に増産しているよ。ああ、その本は彼のオリジナルだから返してくれ。こちらで作った物の数が出揃った所で、一気に売り出すから、その時は君の方にも、作り方ともども渡すから安心したまえ」


 「売り出す前に寄こせ。少なくとも、同時に売り出した方が混乱は無いだろう」


 「ふむ。距離があるからそうでも無いと思ったが、場合によっては魔導機関の飛行船が飛んでる場合もあるな。なら仕方ない。明日、お前が帰る時までに、製作用の見本を渡せるようにしておこう」


 「それと、ギルマス専用の方はどうだ?」


 「忙しい所を縫って、同じ物を彼が二十冊作ってくれる事になっている。それは、彼の作業待ちだな。何しろ転移だの、王女誘拐騒動だので忙しいからな」


 「なにが、怖いから関わりたくないだ。どっぷり浸かってるじゃねぇか」


 「君ならもっと距離をおけたかね?」


 「俺なら、死なば諸共だな。こんな面白いヤツはいねえだろ。どうせ、老い先も見えてきたこの人生だ、楽しませてもらうだけだな」


 「そのために、世界そのものが無くなったら意味がないとは思うけどねぇ」


 「その時はその時だ。その時はきっと、この世界に存続する価値がなかったんだろうさ」


 「君のその理屈は、昔から変わらないねぇ」


 「変わらないと言えばお前だってそうだろう。慎重な物言いなのに、実は一番とんでも無いのがお前だったからなぁ」


 二人のギルドマスターは、その夜、久しぶりの深酒をして、次の日に後悔することになったそうだ。



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