後ろ。
「ねぇ私のこと好き?」
「嫌いって答えたら怒るだろ?」
「私は…好きでいてくれたらいいって思ってるけど」
「そっちはどうなんだ?俺のこと好きか?」
「うん!大好きだよ!」
「ハハハ、可愛いな…俺もだ」
俺は冴えない男だ。特技もなければ頭も良くない。運動もサッカーをやっていたが花咲かず…バレンタインチョコにもありつけないような男だ。まったく、自虐をしようものならいくらでもできる。
そんな俺に彼女ができたのはつい最近の話だ。高校生のカップルなんてチャラチャラした連中の特権だとばかり思っていたが…俺の間違いだったらしい。
「ねぇ、明日暇だよね?」
「ああ…暇だけど」
「遊びに行こ?」
「どこへ?」
「遠くに」
「…OK」
クラスで成績優秀な美少女。そんな彼女が俺に告白してきたのだ。迷う余地もない。これを逃せば俺の青春も過ぎてしまうと思った。
「約束よ」
「わかってるって…」
彼女は年相応な美少女。学校では先生から信用される優等生。でも付き合ってみると、ちょっと強引だったり、しつこかったり…今までは見ることのできなかった彼女の側面を見た。
その中で俺が極めつけ印象に残った彼女の癖がある。
「か~ごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面 だぁれ?」
小さい頃に遊んだことのある…その歌を彼女はよく口ずさむのだ。それを口ずさむ時は最高に機嫌が良さそうだが。
「またその歌か?好きなのか?」
「好き…かな?」
彼女が好きと言う時の顔はいつもあどけない。照れているのか恥ずかしがっているのか…普通に可愛いと思えた。
「口ずさむほどね…」
「うん!」
登校はサッカー部の朝練があるので一緒に登校は厳しいが、今もそうであるように一緒に下校している。
「そうだ、今日はウチに寄って行ってよ。お母さん、今日もいないんでしょ?」
「そうだけど…」
あれ?俺、彼女に両親が離婚したこと話したっけ?彼女と付き合う前に離婚して…まだ先生にしか話していないのに…先生がバラしたのか?でも母さんが夜遅くまで働きに出ていることは先生も知らないはずじゃ…
「あのさ、なん…」
「決定ね。こっちよ」
聞こうとするとタイミング良く彼女は俺の腕を引っ張り、家に誘導していく。わざとのように感じたが…考え過ぎか。先生に個人情報漏らすなって訴えておこう。
「男の人を招くなんて初めてなんだよね…緊張しちゃうな」
「安心しろ。俺も初めてだ」
彼女の家についた。代々続く名家らしく、お屋敷と言える大きさはあった。外で見かける自動車の半分は彼女の父親の会社の製品らしい。母親も母親で有名な事業家として新聞なんかによく出ている。どんな家族だよって思うが…華麗なる一族ってことだな。
そして…俺とは不釣り合いということでもある。
「入って」
「お、おう」
荘厳な門を抜ける。玄関までが遠い。幾人もの庭師が木々を整えている。どの庭師も彼女を見るや頭を下げていた。
「お嬢さん、友達で?」
「違うわ。彼氏よ」
庭師にさえ…品定めされるような目線を向けられる。その目線は俺を拒否しているように見えてしまった。きっと俺の自意識過剰な反応ではないはずだ。
「な、なぁ?やっぱり帰ろうかな?」
「え?どうして?」
俺はずっと掴まれていた腕をさりげなく外す。しかしその時には玄関に辿り着いていた。武家屋敷みたいな家だ…
俺は臆病ではないが…勇敢でもない。中途半端、情緒不安定…そういう言葉の似合う男だった。だから門を抜けるのは余裕でも、いざ玄関に立つと余裕がなくなった。
「俺…やっぱり帰るわ!」
「待って!」
勢いに任せて来た道を戻ろうとすると…シャツの背を掴まれた。無理やり戻れば…シャツが裂けるほど強く。
「行かないでよ…1人にしないで」
「お、おい」
俺は弱い。彼女の悲しい感情の含まれた声に飲み込まれる。
「………わかったよ。だから泣くんじゃない」
振り返って見れば彼女のパァっと明るい笑顔があった。その顔でブロマイドでも作れば…軽く儲かりそうな可愛らしさがあった。俺みたいな貧乏人が考えそうなことだ。
「良かった…」
「でも少しだけだ」
「それでもいいの。少しでも一緒に居られれば」
玄関の扉が開く。靴を脱いで整頓し、襖に挟まれたピカピカな廊下を歩く。
「か~ごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面 だぁれ?」
彼女が上機嫌なところ、前から男の人が歩いてくる。見たことある人だ。
「友達か?」
彼女の父親だ。そして素晴らしいことに…俺の父親が働く会社の社長様だ。父親への土産話にでもするかな。
「紹介するわ」
「あ…!ただのクラスメイトです!」
彼女が言おうとしたことは想像ができた。彼女の父親の目線は庭師が向けたものよりさらに鋭いことを俺は一瞬で理解した。やっぱり俺には分不相応というわけだ。
「…だろうな。娘が世話になっている」
「こちらこそです…はい」
威圧感…それしか感じない彼女の父親はその後何も言うことなく、俺らの横を過ぎ去って行く。俺の体温は一気に上昇し、汗もダラダラと流れてきた。
「どうして…クラスメイトなんて」
「本当ごめん!やっぱり帰る!」
今度は掴まれないように急ぎ足で廊下を戻る。走ってはいけないだろうと精一杯の早歩きでだ。
「待ってよ!」
「また明日な!」
振り返ってはいけない。俺は靴を履いて外に飛び出す。まだ作業中だった庭師達が嘲笑うように俺を見る。こうなることを彼らは予想していたのだ。
~~~~
そんなこんながあっても高校卒業まで付き合いが続いた。ただし、俺は彼女の家だけには近づかなかった。彼女もその辺の事情を察してか…俺を家に誘うことも少なくなった。代わりに俺の家に来ることが増えた。母さんの仕事は夜勤なので…家には誰もいなかったからだ。俺らはそこで……………いろんなことをした、気がした。彼女は俺の家に来るといつもあの歌を口ずさんでいたようだった。
「あなたは私だけのものよ」
「そうかよ…」
しかしその言葉を最後に終わりは突然訪れた。大学生になった俺のもとに彼女の父親が会いにきて、娘に近づくなと言ったのだ。そして後日、彼女が海外に飛んで行ったことが新聞に掲載された。携帯電話の連絡先も変わったらしい…彼女と会った最後の日も彼女は歌っていたと言うのに、見事な自然消滅っぷりだ。
大学では恋に恵まれなかった。彼女との恋が異常だったらしい。ようやく俺は正常運行に戻る。
そして何も起こらないまま就職した。3度の飯が食え、借金を負うことのない安定した生活を手に入れた。
就職して3年後、同じ職場で働いていた後輩から言い寄られ、いろいろあって結婚した。結婚は職場の仲間も復縁した両親も皆が暖かく見守ってくれた。
しばらくして妻が妊娠した。幸せの絶頂期だ。
「男の子かな?」
「どうでしょうね。私はあなたとの子ならどちらでもいいわ」
「仕事も頑張らないとな。張り切りが出るってもんだ」
「無理しないでくださいね?」
「お前こそ、身体には気を遣え。無理するな。何かあったら俺を使え。会社だって休んでやるから」
「嬉しいわ…そろそろ病院の診察があるから行ってくるね」
「大丈夫か?」
「心配しすぎよ。病院は近くだし、あなたは仕事がたまっているんでしょう?」
リビングを出て行った妻を見送る俺の顔は緩くなっている。妻の大きくなるお腹を見れば尚更のことだ。
俺はにやけ顏で書斎に向かう。しかし…
「きゃあぁぁぁ!」
家の外で叫び声が聞こえた。俺はすぐにその声のした方に突っ走る。
か~ごめ かごめ
「おい何があった!」
籠の中の鳥は
家を飛び出し、状況を理解した。家の前の数段の階段を落ちたのだ。
いついつ出会う
「大丈夫か!」
夜明けの晩に
やっぱり俺がついて行くべきだった!
鶴と亀が滑った
でも…階段には手すりもあって…
後ろの正面
「ねぇ私のことまだ好き?」
だぁれ?
~~~~
「やめろぉぉぉおおお!」
俺の上体が飛び跳ねた。そこであることに気づいた。
「夢か…」
俺は書斎で仕事をするつもりでいたが寝てしまったらしい。まったく…とんでもない夢を見た。それとあの夢…なんで彼女の歌声が聞こえたんだろうか?夢の中で妻を突き落としたのが…彼女だというのか?
『ニュースです。この国が世界に誇る自動車企業の社長ご夫妻が死体で発見されました。争った形跡などはありませんが…』
書斎にある小さなテレビでニュースが流れていた。あれ?俺はテレビを点けたっけかな?
「つか、このご夫妻は…彼女の…!」
背筋が凍る気がした。
『現場の近くでは血のついた足跡が見つかっており、警察は殺人事件と断定した模様。犯人は依然逃走中。近隣にいらっしゃる方々は十分に注意してください』
この現場…1km圏内だ。妻は大丈夫だろうか?
「不安だ。やっぱり追おう」
ガタッと椅子を鳴らして立つ。ここでまた違うことに気づく。
「か~ごめ かごめ」
それに気づくや否や、それは歌い出した。
「籠の中の鳥は いついつ出会う」
俺は膝から力が抜け、ストンと椅子に戻る。
「夜明けの晩に」
なんで…なんで…俺の机に……
「鶴と亀が滑った」
俺とは別の人影が……写っているんだ?それも…
「後ろの正面」
俺の後ろに!
「だぁれ?」
『新しい情報が入りました。足跡の人物は目撃者によると身長160cm台痩せ型の若い女性。白いワンピースを着ていたとブツゥン…』
俺は何もしていないのにテレビが切れた。恐怖が俺を支配した。
「お前は…お前は誰なんだ!」
勢いよく立ち上がる。手には一応護身にペーパーナイフを持ち振り返る。
「それを当てるのがこの遊びよ?…ね?」
光を背に…俺の後ろにいた人物は白い歯を見せた。俺とそいつとの距離は2mもない。俺は間にある椅子を横に蹴飛ばし、そいつの首元にペーパーナイフを向ける。しかし…そいつが誰なのか、俺はわかっていた気がした。
逆光に目が慣れていく。そいつの全貌が見えてきた。
身長160cm台痩せ型の若い女性…白いワンピース…手には血のついた斧…
「お…お前は…」
綺麗な顔に笑顔が浮かぶ。見覚えがある笑顔だ。
でもどこか違う。どこが違うのかわからない…不気味だ。不気味…?そうか不気味だ。不気味なのだ。
「会いたかったよ?私のこと、まだ好き?」
手に持っていたペーパーナイフが床に落ちる。そして伸びっ放しの俺の手にそいつは…彼女は斧を持っていない手で優しく包んできた。
「私は大好きよ…ずっとね」
これは夢じゃない。玄関先が騒がしい。インターホンがけたたましく鳴り続ける。大声で俺を呼ぶ声が聞こえる。俺の妻は?もしかして…
「これからはずぅっと一緒だよ?」
~~~~
かごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面 誰?