翼という少年
式たちが教室に着くと同時に、授業が終わったようだ。
「お、ナイスタイミングだね」
翼は教室のドアを開けて中に入り、「じゃあまた後で」と言い自分の席についた。
式も同じく席につき、次の授業の準備でもしようかと思っていたところに不意に声をかけられた。
「珍しいですね。式くんがクラスメイトと、しかも谷口くんと一緒に登校するなんて」
この声は榊だ。
「榊さん、おはよう」
「おはようございます。今日は学校に来たのですね。遅刻ですが」
「はは…」
「それにしても谷口くんと知り合いだったのですね」
「そのことなんだけどさ」
式は翼をちらりと見て、
「谷口くんってどんな人なの?」
「そうですね…」
榊は少し考え、
「彼は生まれつき体が弱いみたいで体育の授業はいつも見学していますね。無茶をしなければ日常生活に支障はないと言っていましたが、時折辛そうな表情を見せることがあります。そして彼について少し気になることがあるのですが…」
「気になること?」
「彼は授業中、いつも外を見ているような気がします。空をぼーっと見ていて、その目はどこか虚ろでまるで何かが見えているようでした」
「……」
「そのことを聞いてみてもはぐらかされてしまいますし、あなたと同じく、なかなか心を開いてくれません。相談してくれれば、いろいろと力になりたいと思うのですが…」
榊も、翼についてはよくわかっていないみたいだ。
「…そっか。ありがとう、いろいろ教えてくれて」
「いえ。それより先程の話ですが、式くんと谷口くんはいつ知り合いになったのですか」
榊が顔を近づけて問い質してくる。そこまで気になるのだろうか。
「教室に入る前に図書室に行ったらいたから少し話をしただけだよ」
「…本当にそれだけですか?」
「本当だよ。それよりもう次の授業始まるよ」
チャイムが鳴ったので、榊は仕方なさそうな表情をしながら席についた。
(榊さんの言っていたことが気になるな。授業中に外を見ているとか。少し観察してみるか)
授業が始まったので、式は翼を観察してみた。
榊の言うとおり、確かに外を見ている。顔が斜め上を向いているので、空を見ているのだろう。式も空を見てみたが、特になにもない。晴れ空が広がっているだけだ。
式は翼を授業中ずっと観察してわかったことがある。
翼という少年がどういう人物なのかよくわからなかったということだ。
「本当に谷口くんは不思議な人だな」
結局出会ったときと同じ感想になるだけだった。