九話
――葵は言いながら、視線を朔の方に向け、凜もそれに流されるように朔の方をみれば、朔は顔を逸らし、苦虫でも噛み潰したかのように、何とも形容しがたい顔をしている。
そして、二人の視線に耐えかねたのか、朔はついに重い口を開いた。
「――確かに、葵にはそんな物騒なモンはなかったんだがな……俺には結構な頻度であったんだよ」
「その頃の兄さんって、今の私より若かったんですよね? ……よ、よく無事でしたね、兄さん」
「……ああ、我ながらよく生き抜くことが出来たと、自分でも感心するよ」
しみじみと二人で話しこんでいたら、横から明るい声で葵が話し掛けてくる。
「――で、暗殺対策の一環として、基本的に私と行動するようになったんだよね~……寝室もずっと一緒だったしね」
声を弾ませながら、葵は最後に爆弾を投下した。一瞬葵が何を言っているのか理解できなかったが、意味を理解した瞬間、凜の顔が林檎のように真っ赤になる。
「な!? 不潔です、兄さん!!」
「ま、まて! 止むをえなかったんだ! 当時はまだそんなに強くなかったから、そうするしかなかったんだ!!」
「嘘です! 兄さんが弱いわけないでしょう!」
恐ろしい剣幕な凜に、必死に弁解する冷や汗だらけな朔。それを見て、この状況を作り出した張本人は盛大に笑いだしている。そんな葵を見て、怒りの矛先を朔から葵に切り替える。
「何がそんなに可笑しいんですか! 姉さんも姉さんです!! 年頃の男女が同じ寝室で寝るなんて、ふしだらです!」
「笑ったのは悪いとは思うけど、少しは考えてみなさいよ? 暗殺されるか、されないかなんて話はどう考えても死活問題よ? 寝る場所くらい一緒になっても、それで問題が解決されるなら、大した問題ないじゃないと思うわよ。実際、それで多少は数も減ってたわけだし」
「……そ、それはそうかもしれませんけど」
思いの外、まともな事を言われ、反論できなくなってしまう。そこにさらに追撃と言わんばかりに葵は話しだす。
「それにね、さっき朔が言ってたけど、召喚された当初の朔は、私どころか、この世界の住人と戦っても勝てないくらい本当に弱かったから、私が護衛する為にも一緒に行動するのは理に適ってるでしょ?」
「……確かに葵の言う通りなんだが、何もそこまではっきり言わなくても言いだろうに」
事実である以上、反論しようがないことではあるが、それを彼女に言われると切ないものがある。彼女に護衛される彼氏……誰が見てもその彼氏は情けなすぎる。
――そんな、葵の発言にショックを受けている朔をよそに、先程までの怒りも忘れ、凜は凜で朔とは違った意味で衝撃を受けていた。
「……兄さんが弱かったって本当なんですか? 地球での姉さんの揉め事処理のおかげで、猛獣と渡り合えてもおかしくないくらい強かった兄さんが、魔法なんて不可思議な力まで手に入れたのに、この世界の人達に勝てないくらい弱い兄さんって、私には想像できないです。それとも、それだけ周りの人達が強かったんですか?」
「え? そこまで強くなかったと思うわよ?」
「待て、待て待て待て! それは初めからバカみたいに強かったお前基準だろ! 魔法が使えなかった俺からしてみれば、十分以上に強かったわ!!」
「――でも、魔法が使えるようになってからは、そうでもないでしょ? 使えるようになったら、あっという間に今まで負けてた相手に圧勝してたじゃない」
「そこまでの過程が長かったんだ! 魔法を習って初めての模擬試合で相手を完膚なきまでにぶちのめした上、訓練場を半壊させたお前と俺を一緒にするな!」
当時の事を思い出したのか、朔と葵の言い合いは次第に激化していく。
「――因みに、兄さんは魔法を使えるまでどのくらいかかったんですか?」
「大体、お前はいつもいつも――ん? 大体一週間でそれっぽいのは出来たんだが、どうにも俺にはここの魔法が向いてない気がしてな。それから一ヶ月かけてオリジナルの魔法を編み出して、ようやくここの奴らと対等以上に渡り合えるようになった訳だ」
自分は葵と違って普通だといった感じで葵に文句を言ってのるが気になって、詳しく聞いてみれば、自身には合わない魔法系統だという理由で、たった一週間で見切りをつけ、たかだか一ヶ月そこらで新しい魔法を編み出した。それに葵の話を聞けばその魔法で今まで勝てなかった相手を圧倒したというのだ。
どちらがおかしいと聞かれれば、断然朔がおかしいと答えるだろう。なので、未だに言い争いを続ける二人を見て、凜が言えることは――
「――私から見れば、兄さんも姉さんと同類ですよ。姉さんと一緒に行動して麻痺してるだけで兄さんも十分おかしいんですから、その事実を兄さんはしっかり受け止めてください」
「――な!?」
まさかの横からの攻撃に開いた口が塞がらない朔。そこに追撃とばかりに葵が茶化しだす。
「やーい、言われてやんのー」
「姉さんは黙りなさい、元々姉さんがおかしいのが原因なんですから」
「……はーい」
が、葵も朔と同様に、凜に叱られ、葵も瞬時に黙り込んでしまう。