八話
――大まかにではあるが、当時の話を聞き終え、まだ私に話さなければならないことはあるのかと、凛が朔達に確認してくる。
「――そうだな。一通りは話したと思うが……葵、まだ話といた方が良さそうなのってあったか?」
朔に問われた葵が、顎に手をあてながら考える仕草をする。
「んー、そうねぇ。色々とある気もするんだけど、取り立てて言うほどの話は、今のところ思いつかないわ。――逆に凛は、私達に聞きたいこととかってないの?」
しばらく考えたものの何もおもつかず、ならば逆にこちらに聞きたいことはないかと凛に質問し返す。
「え? 私が聞きたいことですか?」
「ええ。別に何でもいいのよ? 少し不思議に思った程度の事でもね」
葵に言われ、今日起こった出来事を振り返り、聞きたいことを考える。
「質問って言うより、確認に近いことなんですが……召喚された直後に、何故兄さんは私達の関係を家族だと偽ったんですか? やはり、あの王子みたいに姉さんを狙いそうな人達を遠ざける為なんですか?」
召喚直後の出来事を思い出し、この兄ならば、一つの嘘で二手、三手先のことを考えた上でのことだったのかもしれないと、確認がてらに質問してみた。
――が、しかし、朔は、凛の質問の内容に気に食わないことがあったのか、眉を顰め凛のことを睨みつける。
「……確かに大雑把に言えば、凛の言うとおりなんだが。――何でそのなかに凛が入ってないんだ?」
凛は葵に負けず劣らずの美人である。もちろんそのことを長い付き合いで十分理解している朔は、葵と同じく凛も言い寄って来るであろうと予測を立て、今後に対しての軽い牽制としてあのような嘘をついたわけである。まあ、嘘と言っても、ほとんど家族同然の付き合いをしている仲なので、あながち嘘とも言い切れないのだが、今回の場合は、家族としての繋がりがないと口を挟む権利さえもらえないような状況が来ることもある。
そのことを予期しての対策だったのだが、
「へ? 私も入るんですか?」
と、朔の気遣いに全く気付かずにいた凛は、今初めてその事実を知り驚く。その様子を見た朔からしてみれば、思わず睨みつけてしまっても仕方ないと言える心境だった。
そんな、こちらの気苦労を察してもらえずに、やさぐれ気味な朔を見るに見かねて、葵は自身が現在置かれている立場をいまいち理解しきれていない凛に、朔に代わって説明することにした。
「――寧ろ、私より、十代半ばの凛の方が、こっちの世界の常識では結婚適齢期に入るから、かなりの人数の人に言い寄られると思うわよ?」
「……ついでに言うと、勇者として召喚されて、色んな意味で利用価値が高いお前を、誰も狙わないと本当に思うか?」
葵の説明を補足するように、朔がぼそっと告げる。
「……思いません」
二人の説明で、自分の現在の立場がどういったものかを理解し、凛の顔が一気に青褪める。
「実際、当時の葵もかなりの奴に言い寄られてたからな。ま、あの頃に比べたら、実力も大人達と渡り合う経験値も数段違う俺と葵がいるんだ。――だから、そんな暗い顔すんな。ちゃんと守るって約束するからよ」
「――それに、私達に言い寄ってくる奴らをあしらうなんて、朔にしてみたら遠い昔に慣れっこなんだから、朔に任しとけば大丈夫よ」
朔はともかく、葵のフォローは完全に|他人(朔)任せの意見ではあるが、それが凛にとって一番効果がある励ましだったようで――
「……それもそうですね」
その意見には大いに同意だと、お互いに顔を見合わせて微笑みの表情を浮かべている。
二人にとって厄介事は『朔に任しとけばどうにかなる』という考えが共通認識らしく、凛が元気を取り戻して一安心だが、朔としては、自分の事を便利屋か何かと勘違いしていそうな二人に、この件について小一時間ほど話したい。
……生憎、そんな話をしている場合ではないので、話を進めることにしたが。
「……凛も十分に理解したみたいだから、話を続けるぞ。――あの時、俺がああ言ったことで、葵達に言い寄る連中を追い払うための大義名分を得ることが出来た訳だ……まぁ。そんな事したら、俺は連中にとって暗殺対象上位にランクインすること間違いなしなんだがな」
「『暗殺』なんて物騒な事言わないでくださいよ」
凛が、あまりにも現実離れした言葉に眉を顰める。
「――それが、実際に起こりうる可能性が多々あるのが、この世界なのよねー」
「――――は?」
――凛にとって、それは、葵が言うような、決してサラッと流して言うような話ではなかった。そして話の内容を理解した瞬間、背中に寒気が走った。
「……それはつまり、姉さん達は『暗殺』されかかった事があるんですか?」
半ば確信しているが問わずにはいられなかった。その問いに対して葵は――
「え? あるわけないじゃない、そんな物騒なこと――」
が、予想に反して葵は手を振りながら、凛の問いに対して否定の言葉で返す。
しかし、葵の話はまだ終わってはいなかった。
「――『私』にはね」