二十六話
アレックスとウィルの遣り取りの一部始終を見ていた者たちは、先ほどまで一件の余韻を引きずり暫くは静かなものだったが、正気を取り戻したものから順に訓練を再開し、アレックスが現れる前と変わらない喧騒が訓練場を包みだした。
そして、未だに先ほどの一件を引きずっているのは当事者の一人きりになり、アレックスが立ち去ってから俯きっぱなしのウィルをこのまま放っておくわけにもいかず、このまま訓練を再開する気分ではないと早めに訓練を打ち切り、ウィルを引き連れ訓練場を後にすることにした。
◇
「――以前から、そうなんじゃないかとは思ってはいたんですけど、先ほどの遣り取りを見た感じだと……ウィルさんが第二王子ってことで間違いないですか?」
二人の王子の仲が険悪なことは、ルナールやウルスからこの一週間の間に聞かされていので、取り敢えず当たり障りのない質問をすることにした。
「ええ。こんな形でバレてしまうと思ってはいませんでしたが。――とは言っても皆さんお気づきになられていたようですね」
自身が第二王子に相違ないと肯定する。
「なんでまた、王子さまがこんなことしてたんだ?」
仮にも一国の王子がやる事ではない。当然の疑問を口にしただけだが、ウィルの表情が少し曇る。
「兄さんが言っていたように、この世界に召喚してしまった罪悪感も確かに会ったと思います。それを紛らわすために凜さんたちの教師役に名乗り出たってことも少なからずあると思います――」
そこで、一端区切り、曇っていた表情から一転、照れくさそうな表情に変化する。
「――でも、それ以上に召喚された勇者様と友人になりたかったんです」
――昔からの憧れだった、異世界から召喚される勇者。
こことはまるで違う世界から召喚され、
他を圧倒する力を持ちながら、その力は弱きもののために振るわれる。
幼いころ、母によく御伽噺として古の勇者たちの英雄譚を聞かされて育ったウィルとしては、罪悪感を感じつつもついお近づきになりたくなったとしても仕方がない。
他にも、王族故に慕われることはあっても、友人になれるほどの関係を結べる相手がこれまでいなかったが、相手が勇者となれば対等に関係が結べるのではないかという尤もな考えもあるが、それは後付けに過ぎない。
実際に会ってみて、
話をしてみて、
その人柄を知り、ますます親しくなりたくなった。もちろん、一緒に召喚された二人とも。
思いがけないタイミングで本心を知らせることになってしまったが、ちょうどいいのかもしれない。
「王族だということを隠して近づいた私ですが、皆さんの友人になれますか?」
どんな返事が返って来るかと三人の様子を窺えば、三人は口を揃えて同じ言葉を吐き出す。
「もちろん!」
◇
朔たちに友人として認められ、気を良くしたウィルは、命令そのものは撤回することは無理かもしれないが、日にちを先延ばしにすることは可能かもしれないと部屋から勢いよく飛び出していった。
その後ろ姿を見送った後、ぽつりと本音を漏らす。
「……まあ、無理だと思うが」
「そうなんですか?」
「あれだけの人の前で言った命令をそう易々と変更するとは思えない。そんな簡単に命令を変えてたんじゃ、国王としての沽券に関わってくる。
ましてや俺たちはまだなんの実績もないんだから、なおさらだ」
今の朔たちは、肩書があるだけで、それに見合うことを何一つしていない。そんな人間に国王が振り回せれては周りの人間は国王に信頼を寄せられなくなるに違いない。
「なら、何故そう言ってあげなかったんですか?」
「あの目を見てたら言い辛かった」
友人のために頑張ると目を輝かせるウィルを見て、水を差すようなことなど言えるわけがない。
「でも、朔の考えが正しかったら、すんごい落ち込んだ顔して報告しに来るんでしょうねー」
一体どっちがウィルの為になったのかしらねー、とこれまで会話に参加してこなかった葵に身も蓋もないことを言われ、万が一でもいいからとウィルの成功を祈る朔だった。