二十四話
ウルスと話し合ってから早一週間。
異世界の生活にも少しは慣れ始め、三人は既に日課となりつつある戦闘訓練に打ち込んでいた。
今現在行なっているのは、魔法講義の教師役であるウィル監修のもとで、初回の時のような簡易魔法ではなく、より実践的な攻撃魔法の訓練を行っている。そのため、場所はウルスの時にも使っていた訓練場を使っている。
初日は、指導者と生徒の関係を築くことを重視していたのか、見学者や同じ時間に訓練をしている者たちを見ることもなかったが、一週間も経てば朔たち以外にも訓練場を利用する者たちが現れ、実戦形式の模擬戦や剣の素振りなどをして剣技を磨いている。……ようで、本当に真剣に打ち込んでいる者は半数にも満たないのだが。
当然といえば当然で、今後自分達を率いる勇者という存在が目の前にいては、訓練に集中することができず気もそぞろになってしまっても仕方がないかもしれない。加えて、葵や凛が思わず見惚れてしまうほどの容姿をしているのが拍車をかけた。彼女たちの一挙手一投足に、男性どころか女性まで息を吞む。それだけの存在感を二人は当たり前のように醸し出していた。
それだけの視線が集まっているにも関わらず、彼女たちは特に気にすることもなく訓練に励んでいる。
凡そ百メートル先にある的に手を翳し、凛は詠唱を始める。
「大気に満ちる水よ 凍てつく刃となりて 眼前の敵を刺し貫け――」
凛の詠唱に呼応して、空気中に漂う水分が急速に氷結し、瞬く間に氷でできた槍が形作られていく。
「――『氷槍』」
その言葉を合図に、氷槍は的に向かって疾走する。放たれた氷槍は的を正確に射貫き、射貫かれた場所を中心に、的そのものを凍らせようと氷槍の冷気が侵食する。
凛が行使した魔法の効果を十分に確かめたウィルは満足げに頷く。
「――実戦で使っても全く問題が無いレベルですね。さすが勇者に選ばれただけあって習得が速いです。どんなに魔法の素養のある者でも、一つの魔法を習得するには本来なもっと時間がかかるものなんですが――」
予想より遥かに速い魔法の習得に嬉しい誤算だと褒めちぎる。だが、褒められた当人の凛は氷槍が射貫いた的に目を向けたまま不満げな顔を浮かべる。
「――何か、納得のいかないことでもありましたか?」
「ええ。アレを見てください」
凛が的の方に指をさす。特に問題はないように思われたが、それではあのように不満げな顔を彼女が浮かべるのもおかしいと注意深く観察してみれば、まだ発動してから間もない氷槍が既に溶け始めていた。
「発動してまだ間もないというのに、あんなに速く溶けるようでは、実戦ではとても使えません。強度が弱すぎて簡単に壊されちゃいます」
確かに凛の言う通り、実戦で使えば打ち負かされる可能性が高い。だが、そのことを召喚されて一週間程度の彼女に指摘され、それと同時に既に彼女は実戦を想定として訓練を受けていたことにウィルは驚くが、向こうがそれだけ真剣に取り組んでいるのなら、こちらもどうように向き合わなければと、気を引き締める。
「強度が足りなかったのは、まだ魔法の構成が完全には掴めていなかったか、単純に魔力の込める量が足りなかったからだと思いますが、魔法自体は発動しているので、魔法の構成に問題はなかったと思いますので、原因は後者だと考えられます。
おそらく、これまで魔力というものに触れ合ってきたことないため感覚が掴めきれていないだけだと思います。なので、数をこなしていけば問題はすぐに解決するはずです」
それだけを告げると、ウィルは葵を見る。
「――では、次は葵さんでいいですか?」
「りょうかーい!」
元気よく返事をした葵は、一歩前に出て的の前に立つ。
的の前に立つ葵は陽気な雰囲気は鳴りを潜め、ゆっくりと頭上に手を翳す。
「焼き尽くせ 火球」
葵が翳した手の上に火球が出現し、的目掛けて振り下ろす。勢いよく放たれた火球は的から僅かに逸れ、そのまま壁に衝突しぶすぶすと音を立て鎮火した。
的に外れたことで肩を落とす葵の横で朔は安堵していた。初めての召喚の時もこの魔法を葵は発動したのだが、先ほどウィルが言っていたようにまだ魔力の感覚などぼんやりとしか掴めていなかった葵は、とにかく沢山込めておけば失敗する事はないだろうと安易に考え、本来は野球ボールサイズで十分な火球を数倍以上の大玉に変貌させたという前科があるのだ。
あれから随分経ったとはいえ、葵なら何が起きてもおかしくないと、表面上は澄ました顔を貫いていたが内心では、かなりびくびくしていたのだが、蓋を開けてみれば、氷槍より難易度の低めの火球を、しっかり加減も出来ていたのだ。朔が思わず安堵しても仕方がない。
「――的には外れてしまいましたが、魔法の発動には何の問題もありません。氷槍ほど難易度は高めではありませんが、葵さんも中々速い習得度ですね」
素直に感心するウィルに、若干の罪悪感を感じる葵。本来の葵ならばもっと難易度が高い魔法も楽々と行使できるが、勇者として召喚された凛より目立つのは拙いと話し合った結果、凛の習得度より下回る程度にすることになったのだが、もともと朔とは違って隠し事が苦手な性格な葵には、厳しいものがある。
これが、ウィルしかいなければ多少は本気を見せていたかもしれないのだが、流石にこれだけギャラリーがいれば、葵でも空気を読める。
そんな内心を何とか隠し、ウィルのアドバイスを聞き終えた葵は朔のもとに戻る。
「――では、最後に――」
「――――なにを、ちんたらとやっている」