二十三話
「ウィリアム王子とも仲が良く、将来は二人で手を取り合って、この国をより良き国へと導いてくれるような存在だったというのに――」
これまで誰にもこのような話をしてこなかった弊害なのか、話し始めた頃は真面目に過去の事を語っていたウルスだが、やはり五年という長い期間の間に鬱憤が溜まっていたのか、第一王子の話をし始めると、今までの真面目な態度が一変し、第一王子の事を三人に愚痴り始め――
昔は、あのように人を蔑むような目をしていなかった。
昔は、弟の良き見本になるようにと励む、誰もが羨む理想的な兄だった。
昔は、よく自分に剣の稽古をせがんできては、打ち負かされては再戦を挑んでくる負けん気の強い子だった。
と、延々と話すウルスの姿は、国を憂いている騎士ではなく……大好きだった孫が反抗期に入ってしまい、過去とのギャップの差に嘆いてるお爺ちゃんにしか見えなくなっていた。
さすがにこのまま話されていてはマズいと止めに入り、ウルスを正気に戻すことに成功した。
途中で止められたものの、今まで話せなかったことを話せたせいか、心なしかスッキリした顔を浮かべながらも、まだ二十そこらの若者たちに情けない姿を見せてしまったと気恥ずかしそうにしながら、三人に謝る。
「……すまん。いらんことまでしゃべっちまった」
朔としては、詳しく聞きたい気もするが、今、第一王子の話をすると、また愚痴りだすかもしれないと予想し、他の事について質問してみることにした。
「とりあえず、王子さまの話はまたの機会にするとして。……先代国王が、今の国王に即位させる気が無かったっていうのは本当か?」
朔の質問に対し、ああ、と頷くウルス。
「だったら、なんでその事を進言しなかったんだ? 仮にも騎士団長の証言なんだから、それなりに信用もあるだろ、普通は」
朔のもっともな言い分に、苦虫を噛み潰したような苦い顔をするウルス。
「情けないことに、俺も陛下が亡くなってショックを受けた独りでよ。――陛下と話した内容を思い出したころには、イディオは国王とし盤石の地位を築いていたよ。
おまけに信頼してた部下は、魔物の被害が多い地方に飛ばされ、今じゃどこぞの亜人嫌いな貴族の二男坊ばっかが部下だ」
正しく“仮の騎士団長”に過ぎないわけだ、と投げやりに答える。
周りに味方がいない今では、上に進言したところで国王に反旗を翻そうとしているとしか思われないだろう。
ウルスからしたら、四方八方が敵に囲まれているといっても過言ではない現状。今まで誰にも話せなかった事情に納得する朔たち。
「よく今まで無事だったわね」
普通に考えれば、今すぐにでも亡き者にと暗殺者を差し向けられているような秘密を抱えているにもかかわらず、発言力や戦力こそ弱体化させられているが、ウルス自身が五体無事でいることに呆れるがウルスがそれを否定する。
「俺も不思議なんだが暗殺者に狙われたことは一度もないんだわ」
「そりゃ、疎ましい存在には違いないが、最大戦力には違いないお前を、魔物が増加していつこの国を脅かすか分からないんだ。そうやすやすと暗殺するわけがないだろ。――だから、おまえ自身の発言力の低下や、徒党を組んで反逆されることのないようにお前の戦力を削る事に相手は尽力してきたんだろ」
なるほど、と暢気に頷くウルスに、朔は呆れてしまうが、凛は朔の話を聞き頬を引き攣らせる。
「? どうしたの凛?」
「――兄さんの話が正しいことを前提とした話になるんですが……ウルスさんに代わる戦力が見つかれば、ウルスさんを生かしている理由がなくなりません?」
まだ続きがあるが非常に言い辛そうにしている凛が気の毒で、朔が続きを引き継ぐ。
「先ず間違いなく、その為に勇者召喚を利用したんだろうな。――つまり」
――国王はウルスの殺害を企てている可能性が高い。
しん、と部屋が静まり返るが葵がお構いなしに口を開く。
「あー、だから、あの時、朔の条件を素直に受け入れたわけね」
「だろうな。向こうからしてみれば、そうなる前提で呼び出したに違いないんだから、向こうにしてみれば、こっちが出した条件なんて痛くも痒くもなかったんだろうな」
葵と朔の交わす会話の内容を聞き、ますます仮定の話が確信に変わり始める。
まさか勇者召喚の目的が魔物退治ではなく、自身を用済みにした後の戦力の補充の為だったとは予想もしていなかったウルス。
「――で、どうする? まだ俺たちの協力は不要か?」
にやにやと、嗤う朔を見て寒気が走るウルスは、この部屋に来た時に交わした朔との会話が頭に過る。
――無理にでも、俺たちはお前に協力することになる。
勇者として召喚された凛は、自身が召喚されたせいでウルスに危機が迫っていることに責任を感じ、ウルスが何を言おうが協力しようとするだろう。
葵は、この仮定の話をする前から協力したがっている。
朔の言葉通り、無理にでも。
身内の性格をよく知っているからと言えば聞こえはいいが、二人がこうなるように仕向けたとも感じる会話の運び方に、正義の味方というより、悪の黒幕にしか見えない朔のやり口には恐怖を覚えるが、味方になればこれほど心強いものはないとも感じられる。
ウルスは朔の問いに首を振る。
「……いや、必要だ」
互いに協力し合う関係になることを約束したものの、今後、この男を敵に回すことになるだろうこの国のこと思うと不安を感じざるをえないが、側にいる二人の女性がいればそう悪いようにはならないだろうとも確信するウルスだった。