二十一話
ウルスが国にとってのメリットを聞いたにもかかわらず、朔が提示したメリットは『ウルスの悩み事の協力』。
朔が提示した内容はウルスが朔達の情報を隠す事で国に不審に思われるリスクを考えると、全くと言っていいほどメリットを感じられない。
朔が何を思って、自分の手助けをすることが国にとってのメリットに繋がると思ったのかは、ウルスには理解できないが、ウルスには今現在、悩み事では済ませられない事件に首を突っ込んでいる。
それも、おいそれと他人には話せない国を揺るがしかねない事にだ。
もしそのことを理解した上での内容ならば、確かにウルスにとってはこの上ないメリットになりうる可能性を孕んでいた。
もともと、異世界から召喚されたばかりの朔達は、この国のどの派閥にも組み込まれていない真っ白な状態だ。自分では探れない情報も朔達なら探る事も可能かもしれない。
味方が少なく、色々と行き詰まっている所に思わぬ助け舟。
――問題は、彼ら三人を信用できるかどうかだ。
勇者として選ばれた者と同等か、それ以上の実力を秘めている可能性があるにも関わらず、その実力を隠している時点で、この国をいつでも裏切る腹積もりなのではなのではないだろうか? その為に、自分に時間稼ぎの片棒を担がせるつもりでこのような提案をしたのではないか?
いまいち信用しきれない朔の提案に、ああでもない、こうでもないと考えをめぐらせていると――
「――俺の提案に乗るかどうかの答えは夕食後にでも俺達の部屋に訪ねに来てくれ」
それだけ言い残すと、もう話す事はないと朔は葵と凛が待つ場所まで戻り、そのまま二人を連れて軽い足取りで訓練場を去って行った。
その後姿を呆然と見送っていたウルスが唐突にある事を思い出す。
「……この後に、訓練の様子を報告しないといけないんだった」
朔の提案に乗るにしろ、乗らないにしろ、その事を本人に告げる前に訓練の内容を報告するのは自身の道理に反する行いだ。それが半ば一方的な提案だったとしても、あの場で直ぐに答えが出せなかった自身が悪いのだ。
……その結果、この後の報告を偽らざるを得ない状況になったのも仕方がないことだとも思う。
それに、この世界に強制的に召喚された被害者である彼らに出来るだけ協力してやりたいという私情がないと言ったら嘘になる。
「……その辺の心情も読んで、返事も聞かずに立ち去ったのかもな」
此方の考えなど全てお見通しのような態度をとっている朔の姿が脳裏に過り、信頼していいのかどうか、これから約束の時間までの短い間に答えを出さねば、と朔とは対照的に重い足取りで訓練場から立ち去るのだった。
◇
訓練場から立ち去った朔達は、待ち受けていたかのようなタイミングで現れたルナールと共に自分達の部屋に戻る事になった。
道中、他の場所や城が出ることは出来ないのか尋ねると、現在は許可された場所以外は移動が許可できず、その移動の際にもルナール達の引率なしでは無理だと言われた。
その事から、どうやらこの国にそれなりの貢献をするまでは見張りなしで自由に動くことを許すつもりがない事を朔達三人は悟る。
本来はここまで軟禁状態に近い酷い仕打ちをする予定ではなかったらしいのだが、朔が無礼にも国王に条件を突きつけるなどという不届きな行いをしたと王族派の貴族に知られ、朔達に反感を抱いた貴族によってこのような措置をとるしかなくなったそうだ。勇者として召喚されたのだから、国賓待遇でもおかしくなかったというのに、今は不届き者扱いされていることに、その原因の張本人である朔は苦笑してしまう。
だが、そうなる事は予想の範囲ではあったので、そこまで気にしていないが、国の内情が一介のメイドに過ぎないルナールにだだ漏れなことについて、ルナールの情報網に驚くべきか、メイドに聞き耳を立てられるような場所で国の内情を話す迂闊な高官たちを笑うべきか、割と真剣に考えていた朔だが、それも部屋に辿り着くと、今後もルナールが情報を漏らしてくれるのであれば、どちらでもいい事だと結論づけることにした。
◇
「――夕食まで、まだ時間がありますので、それまでは訓練で掻いた汗をお風呂でお流しくださいませ。替えのご洋服も用意されていますので、お気兼ねなくお使いください。その間に夕食のご用意もいたしますので」
風呂場に繋がる扉を指し示した後、ルナールは足早に去って行く。
昨日から、お風呂に入っていないことに気付いた葵と凛の二人は、互いに先に入ると言い争っていたが、その間に朔が風呂場の広さを確認し、これなら二人が一緒に入っても十分の広さがある事を告げると仲良く二人で入って行った。
その際、いつものように葵がからかって、朔に一緒に入らないかと誘ってきたが、流石にそれはまだ早すぎると慌てる凛に止められ結局二人だけで入る事になった。
二人が出る間、朔は本棚から暇つぶしになるような本を読み漁り、長風呂でさっぱりした二人と交換に風呂に入り、ルナールが夕食を持ってくるまで時間を潰していた。
「――そう言えば、訓練終わりにウルスさんと何話してたの?」
「お仲間にならないかどうかのご相談」
「いきなりそんな提案しても、無理なんじゃないですか?」
「普通は無理なんじゃないかと思うんだが、葵が大丈夫だと確信してるみたいだし、取り敢えず、夕食後に会う約束しておいたから、その時に腹を割って話してみるさ」