十七話
暫くした後、ウルスは四本の木剣を携えて戻ってきた。
「本来なら、しっかりとした基礎訓練をした後に戦闘訓練を始めるんだが、お偉いさん共がうるさくてな。来た早々お前らには悪いが、かなり荒っぽい訓練になる。
……まあ、陛下にこの国で一番強くなるまで勇者の嬢ちゃんを戦わせないなんて、とんでもない条件を吞ませたんだから、これぐらいの無茶ぶりが要求されるのはしょうがないわな」
思いの外、あっさりとこちらの要求を吞む王を訝しんでいたが、単純に“一番強くなるまで戦わせる事が出来ないのなら、さっさと強くさせればいい”と考えたのだろう。
その結果、基礎訓練を無視して初めから戦闘訓練するという無茶な状況になった訳だが、そうなると、先程の魔法講義の進め方に違和感を感じる。
国の決定を真っ向から逆らっていたとしか言いようがない、基礎の基礎しか習わなかった魔法講義。そのような事をして、あの青年の事が心配になるが、朔の予想が正しければ、大丈夫だろう。
そこまで考えたところで朔は、そのことは次の機会の時にでも本人に聞くとして、今は、これから始まる訓練に集中する。
「無茶な要求をした自覚はあるから、これくらいのことは仕方ないさ。――それで質問なんだが、わざわざ騎士団長のウルスが、俺達に訓練してくれるってことは、この国で一番強いのはウルスって解釈でいいのか?」
「朔の言う通り、この国で一番強いのは俺だ。つまり、朔と葵はともかく、勇者の嬢ちゃんは俺を倒せるくらい強くならないといけないって事だな」
これまで親しく接していたウルスが嘘だったかのように冷徹な顔になり、強烈な殺気を凜に向ける。
凛はウルスから向けられた強烈な殺気に、思わず気圧されそうになるが、この程度の事で気圧されていては、あの二人に追いつくなんて無理だと、気圧されるどころか、ウルスを睨みつけ宣言する。
「元々は、兄さんが言い出したことですが、私自身が言ったことではないんですが、勇者になった以上、最低でもこの国一番の実力者を打倒しない勇者として恰好がつきませんからね。私としても望むところです」
“貴方は私にとってただの通過点に過ぎない”と言われたも同然の宣言に、威圧していたウルスは、その宣言に驚き、破顔する。
「言葉が丁寧なだけで、本質はお前らと同じだな」
これまでの凜の態度を見て、朔と葵とは違い、戦いに向かない性格と危惧していたウルスは、その判断が正しいかどうか試すために威圧してみれば、挑発し返されるという嬉しい誤算。
ウルスが凛の事を試したのだと理解した葵は、呆れた目をしてウルスを見る。
「凛が見た目通りの大人しい子なわけないじゃない。私達の妹よ?」
まだ大して話したわけじゃないウルスに対して言っても、説得力の無い話に聞こえるが、それを聞いたウルス本人は頻りに頷く。
「そりゃ、そうか。俺みたいな強面に気軽に話せって言われて、あっさり気軽に話せる奴らの妹が繊細な神経してるわけないわな」
それに、自分を目にしてまず思ったことが、中年の獣人でがっかりなんて、ぶったまげた事を考えてるような娘だったことを思い出し、自分がしたことは要らぬ気遣いであったと、自分自身に呆れる。
「姉さん達と一緒にしないで下さい。私は姉さん達と違って繊細な神経の持ち主なんですから」
眉間に皺を寄せて、ウルスの言い分を否定する。
「俺の威圧を真正面から受けて、気圧される処か、挑発し返すような奴が言う台詞じゃねえな」
ウルスの全うな言い分に、凛が怯む。
「ね、姉さん達と比べたら、十分繊細です」
そこだけは妥協できないと言い返す。
「勇者の嬢ちゃんにそんなこと言われてるけど、どうなんだ?」
ウルスに言われ、二人は互いの顔を見合わせてから同じ結論に至る。
「「否定は出来ない」」
「どんな生活してたんだよ、お前ら。こっちの世界に比べたら比較的に平和な世界って来たことがあるんだが」
「ま、何処の世界にも平和な裏には大変な事が沢山潜んでるとしか言えないな」
過去の記憶を思い出し、哀愁を漂わせ始めた朔の横で、葵がうんうんと繰り返し頷いているが、二人共これ以上詳しく話すつもりはないらしい。
「詳しく聞きたいところだが、いい加減に始めるか。お前らの世界に魔物がいないってのは知ってるが、戦いの経験自体もないのか?」
「人の生き死にに関わるような物騒な事はしたことはないが、凛も含めてある程度の揉め事は経験してるから、対人戦自体が初めてってわけでもない」
凛はともかく、朔と葵に関しては真っ赤な嘘であるが、それを全く感じさせない朔の話にウルスは疑問に感じることもなく、朔の情報から今後の訓練の進め方を考える。
「じゃ、どの程度戦えるか順番に相手してみるか。順番はお前達が好きに決めろ」
誰から始めるか相談し始めた三人を見て、先程の凛とのやり取りを思い出して、知らず知らずのうちに笑みが零れる。
自分の殺気にも負けない、勇者に選ばれた彼女を見て、割と早いうちに先程の宣言通り自分を越えるかもしれないと、自分の勘が告げている。共に召喚されたという二人も同様に強くなるだろう。
もし本当にそうなったらなったで面白い、と久方振りに挑戦者側に回るかもしれない状況に、召喚に反対していた身ではあるが、国内で相手が居なくなって退屈していたウルスには久しぶりに楽しめる相手が出来て、朔達を召喚したことを初めて感謝した。
まだ戦ってもいない相手にそこまで期待している自分に驚くが、これが勇者のカリスマってやつかもな、と未だに順番を決められずに、じゃんけんで順番を決めている三人を見て苦笑するウルスだった。