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十六話

 ――訓練場まで案内したルナールは訓練が終わる頃に迎えに来る事を告げ、他にも色々と仕事があるらしく、足早と訓練場から去って行く。



 ルナールに案内された訓練場は、一度に数十人が訓練に使用しても十分過ぎるほど、広々とした空間だった。その分、今までの場所に比べたら、簡素で無骨な造りに本当に同じ建物に造られた施設のうちの一つかと疑いたくもなるが、他の場所とは違い、余計な装飾など不要なのだろう。訓練に必要だろうと思われるもの以外は何もない。



 他の場所は、二百年も経ち、そこまでする必要があるのかと疑問に思う場所にまで装飾が施され、朔からしたら当時の王族共は、魔王と厄介者扱いされていた自分が居なくなって事で、その反動で散財したに違いないと邪推していたのだが、流石に訓練場にはその様な事になっていなくて胸を撫で下ろす。



「……あの」



「――ん? どうした?」



あの方・・・が団長さんですかね?」



 凛が指さす方向を見れば、訓練もせず此方に向かって腕を組み、仁王立ちしている大男が居る。



 遠目でも分かるほどの大きな体格には驚いたが、凛が気にしているのはおそらく別の事だろう。



「……こっち見てるし、多分そうだろ」



「でも、あれって……」



、ね」



 言葉を濁して、思っていることを中々言えない凛に代わって、葵がはっきりと告げる。



 確かに葵が言うように、遠目から見える男性の頭には、あの大柄な体型には似つかわしくない、特徴的な小さく丸い耳が二つ、頭の上に生えている。耳だけ見れば可愛いと言えなくもないが、それが大の男だと分かると、何とも形容しがたいモノがこみあげてくる。



「……初めて会う獣人が、中年の熊だなんて」



 葵と同じく可愛い物好きな凛としては、許容できない事実だったのだろう。まだ訓練も始めていないというのに、すっかり気落ちしている。



 ――なかなか来ないことに業を煮やしたのか、男性が向こうからこちらに来て、朔達に声をかける。



「おう! お前らが、今回召喚された勇者様ご一行でいいんだよな? 俺はウルス=グロームだ。気軽にウルスって呼んでくれや!」



 近くで見ると、その大きさがより際立つ。顔つきはやはり熊の獣人だけあって野性味と逞しさに溢れている。遠目では大柄な体型としか判断が着かなかった体型は、近くから見る彼は全身が筋肉の鎧で覆われ、それだけで周りの者達を威圧してくる。



 身のこなしにも全く隙が無く、流石は騎士団長と言ったところだが、朔達に話し掛ける騎士団長は、思い浮かべた印象とは、真逆の気のいい親戚のおじさんを連想させる。



 ――こういう人物は、敵にすると面倒だが味方になれば心強い。そう判断した朔は、相手に言われたように気軽に挨拶する。



「わかったよ、ウルス。俺は朔だ。そっちも気軽にそう呼んでくれ」



「私は葵よ。よろしくね」



「……私は凛です。よろしくお願いします、ウルスさん」



 朔と葵が挨拶しているのを見て、少し遅れて凛も挨拶するが、まだショックを引きずっているようで声のトーンがこころなしかいつもより低い。そんな凜の態度を不思議に思い、首を傾げるウルス。



「おう、どうした勇者の嬢ちゃん? 元気がねえな、腹でも壊したか?」



 全く見当違いな心配をされてしまったが、本人を前にして“厳つい熊の獣人が初遭遇なんて嫌だった”とは流石に言えず、困っていたら――



「――ああ、初めて会う獣人がウルスさんみたいな厳ついおっさんだったのがショックだったみたい。可愛い獣人に逢えるのを期待してたみたいだから」



 あっさりと、葵によって暴露されてしまった。



 それを聞いた、ウルスはポカンと口を開けた後、葵が言った意味を理解して、大口を開けて盛大に笑いだす。



 ――そして一頻り笑った後に、凛の頭をぐしゃぐしゃと無造作に撫でまわす。



「そりゃ、悪かったな、勇者の嬢ちゃん!! 確かに俺みたいなおっさんより、可愛い獣人の方がいいわな!」



「ウ、ウルスさんが謝るようなことではないので気にしないでください。どちらかと言えば、ウルスさんを見て、失礼な考えをした私の方が謝るべきなんですから」



 ウルスによってぐしゃぐしゃにされた髪を手櫛で梳かした後に、自身の非礼を謝ろうとした凜をウルスが止める。



「いや、謝る必要はない。どちらかと言えば、嬉しかったくらいだ」



 自分に会ってがっかりしたと言われというのに、怒るどころか嬉しかったと言うウルスのいう事の意味が分からずに首を傾げる凛を見て、理由ワケを語りだす。



「――獣人を毛嫌いする処か、会いたかったっていう奴を怒るわけがないだろ」



「……獣人は嫌われているんですか?」



 既に奴隷としての扱いから解放されて二百年以上経っているのに、未だにその様な扱いを受けているのかと驚きを隠せず聞き返す。



「平民はそんなことないんだが、貴族の連中は未だにな。だから、城の中には俺の事を敵視してる連中が割と多い」



「よく、それでそんな役職に就けたわね」



 純粋に出た葵の疑問に、懐かしいことを思い出したのか口元が緩むウルス。



「……先代の王は、平民や貴族どころか、獣人にも分け隔てなく接する器のでかいお方でな。俺の実力を高く買ってくれて、今の役職に抜擢してくれたんだ。幸い騎士団の連中も実力主義な連中が多くてな。反対派を抑えて騎士団長に任命された」



 先代の王の事を話しながら、寂しさと喜びが入り混じった複雑な笑みを浮かべる。



「――ちなみに、今の王様はどんな人なんだ?」



 ――途端に、ウルスの顔が強張る。が、それも一瞬の事で。



「……即位してまだ数年だが、良き王として評判だよ。先代と同じく。

  ――さて、長々と話していたが、今は世間話をする時間ではなく訓練の時間だ」



 先代の王に比べると、実に当り障りのないことを言うと、これ以上言う事はないと朔達に背を向け訓練の準備に取り掛かり始めた。





 急な話の打ち切り方を不思議に思っている葵達の横で朔は、ウルスの態度を見て、やはりあの王は色々と一癖も二癖もある人物なのか、と自身の予想が確信に変わりつつある現状に、以前召喚された時の方が、現在の状況よりよっぽど楽だったのではないか、まさか勇者が二人もいるから厄介事も二倍になっているのか? もしそうなら、本当に勘弁してくれと肩を落としげんなりしていた。




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