十五話
――ルナールがこの国に居る理由を聞き、しんみりとした空気が流れる中、突如、コンコンと扉を叩く音が、静まり返っていた部屋にやけに大きく響き渡る。
「お食事のご用意が出来ました。中に入ってもよろしいでしょうか?」
話をしていた張本人の突然の登場に慌てつつも答える。
「え、ええ。大丈夫です」
相手から了承を得たことにより、ルナールは扉を開き食事を乗せたカートを引きながら部屋の中に入ってくる。
そして、慣れた手つきでテーブルの上に運ばれていく昼食を見ていた凜は、朝食でも思っていたことを呟く。
「……異なる世界って言っても、食べるものに大きな違いはないんですね」
確かに凛の言う通り、テーブルにある食事はサラダにパスタ、オニオンスープといった、地球でもよく見るありふれた料理だ。――あくまでも見かけや匂いで判断しただけだが、そこまで大きな差異はないことだけは理解できる。
「凛様の仰っている通り、この世界と凛様が住んでいた世界とのお食事には、多少の材料の違いはあるかもしれませんが、そこまで大きな違いはないはずですよ。今朝の朝食も、この昼食も先代の勇者様と賢者様が広めたお料理のうちの一つなんですから」
違う発展の仕方をしていても共通していることもあるのかと思っていたら、どうやら食文化にまで朔達は手を広げていたらしい。
「前回の勇者様と賢者様はそんな事までしてたんですか?」
「はい。料理を広めるのが目的ではなかったようですが」
ルナールの言葉に首を傾げる。
「え? 別の理由があったんですか?」
凜の疑問に、ルナールは首肯する。
「勇者様が薦める料理ですから、それだけで当時の飲食店を経営する者達からしたら喉から手が出るほど欲しいものだったと思います。確実に莫大の利益を生み出すことが予想できますから。それを理解している賢者様が経営者達に条件を出したんです」
「どんな条件だったんですか?」
どうせ碌な条件ではないのだろうと胡乱げな瞳でルナールを見つめる。
「『丁度、人手が足りずに困っている人達に人手を紹介する何でも屋みたいな組織を設立した所なんです。身元の保証は私達がするので気軽に依頼してくれると嬉しいです』だったと思います」
それはつまり“依頼しないところには料理のレシピは渡さない”と言っているも同然だ。ちゃんと経営者達にも利益があるはずなのに、朔のやり方だと、脅して言う通りにさせている悪人しか見えないのが、本当に残念だ。
そんな悪人しか見えないやり方を、ルナールがフォローする。
「確かに、賢者様のやり方は悪かったかもしれません。普通に考えたら敵を作りかねない強引なやり方だったと思います。ですが、料理のレシピを教わったお店は、たちまちに大繁盛するようになり、賢者様に言われるまでもなく、依頼していなければ、お店が立ち回らない状況になったそうです。それを考えますと、言い方は悪かったですけど、感謝せずにはいられないと思ってたそうですよ」
そこまで計算して強引なやり方だったのかと、凜は目を細め探るような視線を朔に向けると、その視線に耐えきれなくなったのか、目を逸らされた。
流石にそこまでは予想していなかったらしいが、下手したら敵を増やしていたかもしれないような危ない策を、よく強行していたものだと思ったが、当時の朔の歳を考えれば、そういう行き当たりばったりな策でも仕方ないかもしれない。
――最悪の場合、襲われても撃退できるほどの実力が二人にはあったのだから。
「――それにしても、ルナールさんは随分と先代の勇者の事をご存知なんですね。姉さんから聞きましたが、前回の召喚は二百年以上も前の話なんでしょう?」
「その通りです。ですが、前回の勇者様方は魔族との戦い以外にも、民の為にと動くことも多かった為か、今までの勇者様より人気で、御伽噺になっているものも多く、先程の話などは、当時から続く飲食店が語り継がせてる位の人気なんです」
「「は?」」
朔と葵がルナールの話を聞き、顔を引き攣らせている。そんなもの朔達からしてみれば黒歴史と言っても過言ではない。
「他にも、人間に化けることが出来るほどの強力な、狐や狼の魔物を家来にしていたという話も有名ですね。その魔物が人間に化けるとそれはもう絶世の美女達で、見た者達が魔物だということも忘れ求婚してしまう程だったとか。その度に賢者様が撃退しているので、勇者様を含め三人の美女を侍らすほどの女好きとしても有名でしたね~」
頬に手をあて、のんびりとした声でルナールは話しているが、今現在、凛に軽蔑な眼差しを向けられ、居心地の悪い思いをしている朔としては、今すぐにでもその話を止めてもらいたい。
「さ、さて! もう昼飯も食い終わったことだし、午後の戦闘訓練のためにそろそろ移動しようじゃないか!」
「そ、そうね! のんびりと話してる場合じゃなかったわね」
いつもなら、葵も朔をからかっていただろうが、下手をしたら自分の恥ずかしい話もあるかもしれないと、朔と共に話を切り上げることに協力する。
慌てふためく二人を見て、まだまだ自分には語られていないことが沢山ある事を察した凛としては、このままルナールから話を聞きたいところだが、二人の言う通り、このまま世間話をしている場合ではない。
一刻も早く、二人に護られる存在ではなく、肩を並べられるような存在にならなければならないのだから。
仕方がないか、と椅子から立ち上がる移動するためにルナールに声をかける。
「姉さん達もこう言ってますので、案内してくれますか、ルナールさん」
「あら、そうですか? まだまだお話したいことが沢山ありましたが、またの機会にしましょうか」
話を途中で遮られてしまったルナールは、まだまだ話したりなかったと物足りなそうな顔を浮かべているが、すぐに気持ちを切り替える。
「――では、訓練場に参りましょうか」
のんびりとした雰囲気を霧散させ、お仕事モードになったルナールはきびきびと動き出し、朔達三人を訓練場まで案内するのだった。