十三話
――王との謁見を終えた朔たち三人は、現在別室で魔法の講義を受けることになっていた。
過去の勇者の記録により、朔達は魔法が存在していなかった世界から召喚されたことを知っていた王国は、初めからそれが前提で動いていたらしく、朔達が条件付きではあるが王国に協力することを了承すると、では早速と言わんばかりのテキパキとした動きで別室に案内された。
◇
案内された部屋には、既に講義を受け持つことになったらしい男性が待っており、手早く挨拶をすませた。――男性の名前はウィルというらしい。互いの名前の確認も終わり本題の魔法について語り始めた。
「――先ずは、魔力について説明したいと思います。魔力とは、魔法を発動させるために必要なモノで、魔力には私たちの体の中に流れる生命力の源とも言ってもいいほど大切なものです。
魔力は使いすぎると虚脱感に襲われ動けなくこともありますが、しばらく休めば空気中にある魔力を体の中に取り込み、自然と回復します」
ここまではいいですか? と視線でウィルが訴えれば、凛と朔は真面目に頷き、既にその事を知っている葵は暇そうにあくびをしていたが、隣にいた朔に小突かれ、慌てて頷く。
――約一名が怪しいが、まだまだ先があるので、と説明を再開する。
「次に説明するのは、魔法を発動するために必要な詠唱についてです。
――詠唱とは、魔法を発動しやすいよう補助するための鍵言です。過去には詠唱せずとも魔法を発動することが出来たらしいです。ですが、現在の魔法技術は魔法技術を生み出した古代人より落ちており、現在使われている魔法は全て古代の人が編み出したものです」
「……あの、私達を召喚した魔法陣もそうなんですか?」
ウィルの話を聞き、恐る恐る凜が質問する。
「その通りです。現在の所、異世界から勇者を召喚出来る事と、非常時にしか使えないことなどしか分からない、まだまだ解明できていない古代の遺産の一つです」
それを聞き、顔を俯かせてしまう凜。
当然と言えば当然だろう。ウィルの話によれば、凜たちを召喚した魔法陣ついて彼らはよく知りもしないで使っているのだ。
確かに、過去にも使われているからある程度は大丈夫かもしれないが、理解しきれていないもので召喚された側からしてみれば、堪ったものじゃない。どんな誤作動が起こるか分からないのだから。
その気持ちが十分理解できる二人は、凜を見て苦笑いを浮かべる。
二人にしてみれば、その事を知っていたから、今更不安を煽るような事を言う必要もないと言っていなかったのだが、まさかの召喚した国側による人間にカミングアウトに驚く。
普通、国に不信感をもたせないためにその辺は濁すものだ。それだけに二人は、ウィルを選択した国側の考えが読めない。
そんなことも露知らず、ウィルは凜が突然顔を俯かした理由が分からず、首を傾げている。
それを見た二人の考えは、『きっとこの人、馬鹿正直なうえに鈍感だ』で一致し、この人に対しては警戒することを止め、肩の力を抜く。
取り敢えず、俯いたままの凜をどうにかしようと二人が話し掛ける。
「――おい、凜。いつまでも俯いてちゃ、話が進まないぞ?」
「そうよ? この人も悪気があった訳じゃないんだし」
葵の発言に、肩をビクつかせ、オドオドし出すウィル。
「あ、ああの! わ、わわ私が何か気に障ることでもしたでしょうか!?」
「あ、やっぱり自覚なし?」
「でなきゃ、あんな事言わないだろ」
ウィルの狼狽えながらの発言に、二人は先程の予測が間違ってなかったと納得するが、ウィルにしてみれば、二人の話す内容にますます自分がとんでもない失言してしまったと確信し青褪めてしまう。
このまま、責任を感じて自殺でもしでかしてしまいそうな雰囲気を醸し出しているウィルを見て、慌てて二人だけじゃなく、いつの間にか立ち直った凜までもがフォローする。
「ま、まてまて! そんなに自分を追い込むんじゃない!!」
「そうよ? 別に貴方は何も悪くないんだから」
「そ、そうです。貴方は私の質問に、正直に答えてそれに対してショックを受けたのは、あくまでも私の問題なんですから」
朔、葵、凜の順番にフォローを入れ、あくまでも、ウィルの責任ではないことを伝える。
しかし、凜の話を聞き、ウィルは自分が彼女に何を言い、どうしてショックを受けたのかを理解して、先程にも増して顔を青褪めさせる。
「――っ!? わ、私はなんてことを! 誠に申し訳ありませんでした! 私に出来る事なら何でもしますから、どうかこの国を悪く思わないで下さい!!」
必死に頭を下げ、この国は悪くないのだと訴える。この国が悪く思われないためになら、何でもしますから、と何度も繰り返し頭を下げる。
そのあまりにも愚直な態度から、ウィルがどれだけこの国を愛しているのかが窺える。
勇者に悪感情を持たれ、協力を拒まれたくないという考えもあるのかもしれないが、迷うそぶりもなく、己を差し出そうとする者は、そうそういないであろう。
馬鹿正直で鈍感なうえに純粋でもある、と。そんなどこぞの主人公みたいなこの若者をこのまま頭を下げさせたままでいると、朔達が悪者に見え始めてくる。
感じる必要もない罪悪感まで、感じ始めた三人は、頭を下げる必要もないし、この国についても悪くなんて思っていないことを必死に伝える。
後半になると、『こんな事で頭を下げさせてしまってごめんなさい』、『私の考え足らずの発言がそもそも悪いのです。本当に申し訳ありません』などという、互いに謝りだすという、傍から見ると訳の分からない状況にまで発展したが、どうにかこうにか話が終着した。
「――それで、魔法の講義はどうするんだ?」
「そうですね。……基礎的な事はお教えしましたので、簡単な実践でもしてみましょうか。――葵さんも小難しいお話だけでは退屈そうでしたしね」
ウィルは言いながらくすり、と笑みを零しながら葵を見る。先程の言い合いで互いの事が多少分かったようで、そんな冗談も言えるようになっていた。
「そうだな。このまま理論だけだと、眠っちまうな、葵なら」
「そうですね。まず間違いなくそうなりますね」
「そこは、否定しなさいよ、家族なら!」
二人に賛同され、ツッコミを入れる葵。それに対して、一斉に三人は笑い出す。
――その様子は、講義を初めた頃の静けさはまるで感じさせず、休み時間の友人同士で会話を楽しむような和やかな空気が辺りには流れていた。
「――ふふ。では、今度こそ本当に始めたいと思います。今から見せる魔法は、生活に根付いている魔法の一つです」
そう言った後、人差し指を三人に見える位置まで上げ――
「――『灯火』」
ウィルが言葉を紡ぎ終えると同時に、指先に小さな火が点る。吹けば消えるような弱弱しい火だが、間違いなく何もない所から火が点いた。
それを見た凜は、ようやく魔法らしい魔法を見て、子供のように目を輝かせていた。
「これが、魔法を初めて子供に教えるときに使う魔法です。長い詠唱もないうえに、魔力もほとんど使わないので、冒険の際の野営などでも、よく使われている魔法なんですよ?」
「わ、私にも出来るんですか!?」
興奮気味に話してくる凜を見て、自分の頃もこのように目を輝かせて魔法を教わったのを思い出し、親が子に教えるように優しげな声で答える。
「ええ。この世界に召喚されたことにより、凜さんも私たち同様に魔法が使えるはずです」
そう言われた凜は、先程ウィルがやったことと同様に指先に意識を集中し、祈るように唱える。
「る、『灯火』」
すると、先程同様に凜の指先に火が点る。
「で、出来ました! 私にも出来ましたよ。兄さん、姉さん!!」
勢いよく振り返り、二人に報告する凜。
――――が。
「おう、おめでとう凛」
「ちゃんと出来てよかったわね」
喜び勇んで振り返ってみれば、既に二人も同様に指先に火を点し、凜に対しても冷静に返事をしてくる。
考えてみれば、二人は既に魔法が使えるわけで、この程度の事が出来ないわけがないのだ。
でも、少しはこの喜びを共有する優しさくらいは欲しかったと思う凜であった。
「――では、三人とも問題なく、魔法を発動することが出来たのを確認出来ましたので、今日の所はこれで終了したいと思います」
喜びの温度差に違いはあるけども、魔法の成功には違いないと、三人を見てウィルが今日の講義の終了を告げる。
「え? もっと、急いで魔法を習得しないといけないじゃないんですか?」
「確かにその通りなんですけど、他の魔法となると、室内より外でやったほうがいい魔法が多いので、今日はここまでにしようかと思います」
「それだと、偉い人に叱られませんか?」
国の方針にそぐわない、スローペースの講義をするウィルが心配になり、そんな質問するが、
「お気になさらくとも私は大丈夫ですので」
と、笑って返されてしまった。
心配は解消しきれなかったが、これ以上言っても無駄だと悟り、何も言わないことにした。
「では、また後日よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
互いに顔を合わせて、笑い合いながら別れを告げ、本日の楽しい魔法講義が終了した。
魔法を講義してくれる男性はウィルに変更しました。