十二話
――のんびりと紅茶を飲みながら雑談をしていたら、扉を叩く音を聞き、出迎えて話を聞けば、先延ばしにしてもらっていた王との謁見の為に来てほしいと伝えられ、朔達はそれに素直に応じる。
道案内がてら、葵はメイドと世間話をして、たちまちに仲良くなっているなか、凜は葵たちの会話に参加する余裕もなく、初めて見る西洋風の城にドギマギしながらも遅れないようにしっかりついてくる。
そんな対照的な二人とは別に、朔といえば、葵とメイドが話す内容から今後に役立つかもしれない内容を取捨選択しながら、前回と今回で召喚した城の内部構造に違いが無いかのチェックをしている。
各々違った時間の潰しかたをしていたら、いつの間にか目的地に着いたらしく、目の前には今まで見てきたものとは一線を画した大きな扉があり、その前に兵士が控えている。
それだけで、この先にこの国の王が待ち受けていることが分かる。
葵たちは、ここまで道案内をしてくれたメイドに礼を言い、王が待つ謁見の間に向かう。扉の前にいた兵士は朔達を確認し、扉を開く前に朔達に話し掛ける。
「扉の奥には、我が国――プリムヴィア王国の王が勇者様達を待っておられます。くれぐれも失礼のないようにご注意ください」
朔達に注意事項を告げると、ゆっくりと扉を開き始める兵士。
そして兵士と共に先に進めば、当然と言えば当然だが、朔達が使っていた部屋とは比べるまでもないほどの巨大な広間がある。そこはただ広いだけでなく、壁や天井、広間を支える柱にまで細かい細工が施され、それだけでこの部屋の力の入れようが窺える。
――それは、この部屋に招いた者に己の力を誇示し、優越感に浸るためか、あるいは自国の力の一端を見せ、牽制するためか。
どの様な理由かは定かではないが、この場では下手なことをしてはならないと無意識のうちに考えさせられている。
中にいる人物は、中央奥、他より一段高い位置の玉座に座る王を中心にして、その両脇には前日に話した王子と、恐らく王の腹心である初老の男性。
残りは、三人を護るよう配置されている兵士と王宮魔導士たち。
――それら全員の視線が朔たち三人に集まる。その中を歩き、王と一定の距離まで近づいたところで止まる。
「――名はなんと申す」
王の静かながらもよく通り、生まれながらにして他者を従えることに慣れた声が広間全体に響き渡る。
王の問いにたいして、代表で朔が話す。
「……名は朔、姓は雪城で、雪城朔といいます。そして妻の葵に……この国に勇者として召喚されたらしい私たちの妹の凜です。昨日は私たちの都合で王様との謁見を引き延ばしてもらい誠に申し訳ありませんでした」
「その事は、息子から話は聞いた。勝手にこの世界に招いておいて、帰る手立てはないと知らされたのだ。そのショックを考えれば已む得まい。気にするな」
「お心遣いに感謝します。時間が十分に取れたことで、色々と気持ちの整理が出来ました」
「ならばよかった」
表面上、ただの詫びと感謝の言葉を交わしているだけに見えるが、実際は互いの本音は別であり、そのことを理解している二人には、互いの言葉は嫌味にしか聞こえいない。
「――父上、そろそろ本題に入りませんか?」
そんな二人の会話の裏を読めず、中々話が進まない事に、業を煮やした王子が話を遮り、先を促す。
「おお、そうだったな。――予定外な事に三人も召喚されてしまったが、そもそも何故、勇者殿を召喚せねばならなかったかの話をしよう」
――そして、王から聞かされた話によると、近年、魔物の異常増加による被害が頻発し、それを危惧した国の上層部の意見により召喚することになったらしい。
反対する者もいたらしいが、これに乗じて過去に王国を危機に脅かした魔族まで侵攻してきたら一溜りもないという反論により、反対派を封じ込め、強行したことが話の内容から推測できる。
ここまでの話を聞き終えた朔は、どう答えるのが、現状で最善の選択かを考える。
どこまでが、本当の事かはわからないが、世界全体で見れば本当に危機に瀕していることは召喚が成功したことが証明している。
なら、今ここで選択すべき答えは――
「……お話は分かりました。こちらの条件を幾つか吞んで頂ければ、協力させて頂きます」
王族に対して条件を突きつけるという、下手をしなくても無礼な発言をする朔を見て、周りに控えていた者たちがざわつくが、王が手を挙げると、そのざわつきはすぐに静まる。
それを確認した王が、朔を見て話を続けるよう促す。
「…………話を聞こう」
「勇者として召喚された妹を含めて私たちは、戦闘能力はほぼ皆無です。ですので、本当に戦いの場に出したいのであれば、この国一番の実力のある者を越えるまでは、戦いに出すのは勘弁してもらいたいのです」
「話は分かるが、一定以上の力を身に付けるだけでよくはないか? 実戦でしか得られないこともあるしな」
「いえ。我々は人の生き死になどに関わることなど全くない、生き方をしてきた人間です。その様な人間が、半端な力を身に付けても周りの人間を巻き込むだけです。
それに、妹は勇者として召喚されたんです。そんな状態で戦いに赴き、危機に瀕したとき、周りにいるものは、勇者を護るために振り回されることになります。護るべき者たちに護られたら勇者なんて呼べないでしょう?
ですから、私たちが協力するなら、一番の実力者を越える、最低でもその人に認めて貰えるような実力を身に付けねばならないと思うのです」
朔の話を聞き、考え込む仕草をしていた王が口を開く。
「……ふむ。其方の言い分では、勇者はともかく、共に召喚された其方たち自身は、即戦力になるようなら、すぐにでも戦いの場に出してもいいように聞こえるが?」
朔の話の穴をついたつもりだったが、朔はその問いに笑って肯定する。
「王様の仰る通りです。わざわざ異世界から召喚するというとことは、それだけでこの世界の者を越える潜在能力を持っていることを期待して妹が召喚された事は理解できますが、イレギュラーで召喚された私たちが、妹と同じような潜在能力を持っているかは未知数です。
なら、私たちは妹とは逆で、最低限の戦闘訓練で結構です」
それは、案に私たちが妹の代わりに戦うから、妹は出来るだけ戦わせないでくれと言っている。
そこには、妹を必死に守ろうとしている兄の姿が見えた。
「其方たちも、それで本当にいいのか?」
これまで、まったく話に参加していなかった、葵たちに話を振る。
「それが、夫の考えでしたら」
「私としては、多少の不満もありますが、兄さんの言うことなら従います」
葵は迷いなく、凜は不満げではありながらも、頷く。
「わかった。その条件を吞もう」
これで、凜を鍛える時間を十分に取れるかと、一先ず安堵する。
どこまで約束を守るかは分からないが、その為に、自分と葵はすぐにでも利用しても構わないように告げたのだ。
――――今度は、情報収集をして王の話との齟齬を調べないといけないな、とやることの多さに、げんなりする朔だった。