十一話
――明けて翌日。窓から見える景色は雲一つない晴れ模様。小鳥もそれを喜ぶように元気に鳴いている。まさしく朝の始まりとしては最高ではないかと朔は思っていた。
…………備え付けられている本来の枕を払いのけ、自身の腕を枕にして、気持ちよさそうに寝ている彼女たちが居なければだが。
――そんな朝から、嬉し恥ずかしなイベントの後、給仕服を着たメイドが用意した朝食も綺麗に食べ終え、食後にと用意された紅茶を楽しもうとする中、起きてから大分経つというのに、一人だけ不機嫌な男がいた。
「も~、いい加減機嫌直しなさいよ。ごめんって謝ったじゃない」
「……お前にはわからないだろうな。目覚めてみれば両腕は封じられ、お前らが起きるまで耐え続けた俺の気持ちが」
憎々しげに葵を睨みつけてみるも、
「な~に? 両腕さえ使えていれば、眠っている私達に、あんな事やこんな事が出来ると思ったのに! とか?」
当然気にするわけもなく、それどころか下世話な話をし始めた。もちろんその手の話に耐性のない凜は、
「に、兄さん! そんな事を考えていたんですか!?」
葵の言うことを真に受け、たまらず胸を両腕でガードし、朔から素早く距離を取る。
「……そんな理由で、ここまで不機嫌になるわけあるか。お前らがいつから俺の腕を枕にしてたかは知らないが、ようやく解放された時には、腕が全く動かなくなっていて、軽い恐怖を覚えたよ。……よくドラマとかで、女性に腕枕をしてやる男がいるが、こんな思いするなら二度と御免だな。おまけに今回は両腕とも枕にされて身動きが封じられて、拘束されてる気分になるわで、朝の目覚めには最悪だったしな」
凜の反応などお構いなしに、この場に男性が居れば、その時点で八つ裂きにされかねない恨み言を続ける。
朔の恨み言を聞いた葵は、ああ、と頷いた後、
「これだけの美女二人を侍らして寝られたんだから、名誉の負傷みたいなもんじゃない?」
「侍らしてないし、人聞きの悪いこと言ってんじゃねえよ。そもそも、お前たちがそうしたいからしたんであって、俺がしたくてしたことじゃないだろ」
「……兄さんは、嫌々私と寝てたんですね、私は子供の頃みたいに兄さんと一緒に寝れて嬉しかったのに」
先程、スルーしたのが許せなかったのか凜まで朔を弄りだした。
顔を俯かせ、口でシクシクとはっきりと言い、“私は悲しいです”とアピールしてくる。
「いや、まて。決して嫌々寝てたわけじゃないんだ。俺だって久々に凜と一緒に寝れてうれしかったさ」
嘘泣きと分かっていながらも、昔から可愛がっていた凜が悲しむ姿は見たくないと、半ば条件反射のように凜を慰めるつもりで言うと――
「――そうですか。兄さんも同じ気持ちでいてくれて、私も嬉しいです。では、私たちに腕枕にされて最悪だったと仰っていたことは、本当は一緒に寝れて嬉しかったけど、それを素直に言うのは恥ずかしかったという気持ちの裏返しってことでいいですね」
「あら、そうだったの? 案外可愛らしい所もあったのね、朔」
あっさりと手のひらを返し、朔が葵達に対する恨み言を、ただの照れ隠しによるものだったと結論づける。それに便乗するように、目元をニヤつかせた葵まで参戦してきた。
「んなっ!? な、なんでそうなる? 今朝の一件は、紛れもなく俺の本心だ」
はっきりと否定はしたものの、この場合、朔がどの様に訴えても、その発言を受け取る側である葵達がどう感じるかの方が重要で、凜のような受け取り方をされると、そのイメージをひっくり返すのはなかなか難しい。ただ否定しただけでは、本当に照れてしまって、素直になれていなように余計に見えてくるものである。
「そんな必死に否定しちゃって、ますます凜が言ってたことが真実味を増してきたわね」
「ええ。本当に兄さんは素直じゃないですね」
案の定、朔の言い分など聞き入れてもらえず、葵と凜の二人は、朔は素直じゃないという方向に話をまとめにかかる。こうなってはどうしようもないと朔は潔く諦める。そもそも味方が居ない現状、はじめから勝ち目などなかったのだ。
「……朝っぱらから、二人そろって俺をからかって楽しいのかよ」
弱弱しく、しかしはっきりと不満の声を挙げる朔の言葉を聞き、二人は特に示し合せることなく――
「楽しいですよ」
「楽しいに決まってるじゃない」
今日朝一番の笑顔のおまけ付きで言い切り、それを見た朔は何も言えなくなり、がっくりと肩を落とす。葵達はそんな朔を見て満足し、紅茶が入ったカップを手に取り喉を潤す。
――その仕草は、貴族のお嬢様だと言われても疑われないくらいに様になっていて、それと同時に一枚の絵になっていてもおかしくないほどに完成された美しさがそこにはあった。
……その前の、朔を苛めて喜んでいる姉妹の姿を見ていなかったことを前提にした話にはなるが。
◇
暫くして、ようやくショックから立ち直った朔も、葵たち同様に紅茶を飲んで一息つく。
「……俺って、もしかしてお前たちの気に障るようなことでもしてたか?」
一息つき、落ち着いて考えてみれば、何故あのように二人は自分をからかっていたのかわからず、二人に理由を聞くことにした。
「気に障るようなことをしたか、分かんない時点でダメダメね」
「そうですね。兄さんは、もう少し女心というものを学んだ方がいいかと思います」
「ゔ、やっぱり何かしたのか……出来れば何をやらかしたか教えてくれると嬉しいんだが」
呆れたような目で二人に見られた朔は、やはり自分が何かやらかしたのだと悟り、背を丸めて縮こまりつつも、理由を聞く。
「腕が痺れちゃって気分が最悪なのは分かるけど、私達を腕枕して最悪だったって言ったも同然の感想よ、さっきのアレは」
「その上、拘束されたみたいだったなんて、私たちの方が朝からショックを受けましたよ」
「……すまん。確かに言われてみれば、お前たちの言う通りだ」
反論の余地もなく、自分が全面的に悪かったと素直に謝る。
「――はい。素直に謝ったから許します」
「今度、腕枕する時は気を付けなさいよ?」
「ああ、わかっ――は?」
凜に許してもらい、葵の注意事項に対して素直に頷こうとして、その内容のおかしさに疑問が口に出る。
「葵。その言い方だと、次がまたあるような言い方に聞こえたが?」
「それがどうかした?」
朔が何に対して疑問に思っているのか分かっているにもかかわらず、質問し返す。そんな葵の態度に若干の不安を感じつつも、そうでないことを祈りつつ、確信を突く質問をする。
「……もしかして、今後も一緒に寝るつもりか?」
「当たり前じゃない。凜はともかく私は一緒に寝るつもりよ? それとも、奥さんと一緒に寝たくないなんて旦那様は言うつもり?」
元々、朔が言い出した事でしょ、と口に出さなくとも葵の態度からはっきりと読み取れた。それが分かった朔は、手を挙げ、降参のポーズをする。
「はいはい。わかったよ」
「――なら、私も一緒に寝ます」
「は?いや、凜は別に一緒じゃなくても――」
昨日は、凜の事を考えて一緒に寝たが、流石にそれが毎回になると話が違ってくると思い、反対する。
「別にいいんじゃない? 一緒に寝ても」
「……また、その方が面白いからって理由か?」
「わかってるじゃない。でもって、拒否権はないわよ?」
こうなっては、もう何を言っても意見を変えないのは、今までの付き合いで分かっている。それでも、最後の足掻きにと凜にもう一度確認する。
「……凜は本当にいいのか?」
「はい。このまま一緒がいいです」
「なら、そうするか」
――朝っぱらから、何の話をしているんだろう、と朔は窓から見える景色を眺めながら、異世界に来たばかりの割には、どうにも危機感のないやり取りばかりしかしていない自分たちの危機感の無さに、呆れつつも、気負いすぎるよりは全然いいか、と開き直り、冷え切ってしまった紅茶を飲みきることにした。