十話
更新が遅れて申し訳ありませんでした。
――凜に叱られ、部屋の中は先程までの喧騒が嘘かのように、シン、と静まり返る。
ふと腕時計に目を遣れば、二つの針は天辺を疾うに越えている。異世界の時間がどう進んでいるのかは分からないが、召喚されてから日付が変わってしまうほど、長い間話しこんでいたらしい。いい加減話を終わらせ、明日に備えるためにも、この疲れた体を少しでも休ませたい。
――しかし、そういうわけにもいかないですよね、と早々に諦め話を再開することにした。
「――普段なら、説教の一つでもしたいところですが、日付も変わって、残された時間もないことですし、話を進めることにしたいと思います……それで、兄さんが召喚された、初めの一月は弱かったっていうのは、分かりましたが、そもそも何故兄さんは暗殺なんて物騒な目にあったんですか? 本来なら、召喚に巻き込まれた被害者なんですから、手厚くもてなすことはあっても、命を狙われるようなことはないと思いますが」
「……確かに凛の言う通りなんだが、当時のこの国の人間からしてみれば、藁をも掴む気持ちで召喚してみたら、想定していなかった勇者のオマケの俺がついてきた。
想定していなかった事ではあるが、もしかしたら一緒に召喚された人間なんだから、勇者と同等か、それに近い程度には、強いかもしれないと期待してもおかしくないだろ? オマケに魔法を習ってみたら、理屈を理解した訳でもないのに、一発で使える葵がいるんだ。
嫌でも俺に期待値が高まった――だが、現実は厳しく、俺は魔法を全く使えず。一週間かけてようやく使えるようになっても、習いたての子供レベル。一気に俺の株は暴落した訳だ――」
頬をかき、当時の周囲の落胆した人間達の顔や、その後の自分に対しての仕打ちを思い出してしまったのか、苦い顔をしたまま話を中断する。
確かに、勇者として召喚された葵の力を目の当たりにしたのなら、共に召喚された朔にも葵に負けない力があるかもしれないと期待するのも無理のないことかもしれない。だが、それだけの理由で殺されそうなるのは、如何にも納得がいかない。
――その事が顔に出ていたのか、その疑問に答えるように朔が話を再開する。
「凜も不思議に思っているように、ただ俺が弱いだけで命を狙われた訳じゃない。――これは後になって分かった事なんだが、あの召喚の魔法陣には、こちらの人間の言うことを無意識に信じやすくなるような思考を強制する魔法が組み込まれていたんだ」
突然聞かされた、魔法陣の事実を知り、背筋に寒気が走る。
「――っ!? じゃ、私達はあの人たちの言いなりなんですか?」
「落ち着け。もしそうなら、俺たちが元の世界になんて帰れる訳ないだろ? 死ぬまで利用されてるよ」
そう言われてみれば確かに、と納得する。
「でも、そんな不利な状態でよく無事でしたね。その話を聞いたら、絶望的な気がしますが」
「あくまでも、信じ込みやすいってだけだ。もし葵一人で召喚されたなら駄目だったかもしれないが、魔法の効果は一人だけみたいで、幸い巻き込まれて召喚された俺には効果がなかったんだよ」
「本来なら、操り人形同然になっていてもおかしくない私は、朔のおかげでそうはならずに済んだんだけど、当然向こうは思惑通りにいかなくなった原因の朔を恨むわよね。
もし、朔が最初から強ければ、戦力が増えた訳だから、思惑通りでなくとも喜んでいたでしょうけど、全くその兆しはなく、それどころか唯一戦力になるはずの私は、朔に戦前に出るのを止められて、現状は全く好転する兆しがないんだから、私の彼氏だからって理由を抜きにしても、有り余るほどの恨みを国中から買ってたわね。私のそばから離れればいつ、誰に襲われていても、おかしくない状態だったと思うわ」
当時の朔は、まさしく針の筵状態と言っても過言ではない状況だった。周囲の者たちは、朔を冷遇し、演習中は死の危険を感じたのは、一回や二回の騒ぎではない。
凜は、一ヶ月で新しい魔法を覚える朔を異常だというが、それだけ早く新しい力を身に付けなければ、命の危機に瀕していたというだけの話だったのだ。
大雑把な話を聞けば、ふざけた存在にしか見えない二人は、よくよく話を聞けばなかなかの命の危機を繰り返し乗り越えてきたらしい。なにせ、お互いに相手が居なければ乗り越えられない状況が多すぎるのだから。
「……もし私一人なら、最初の段階で相手の言いなりで終わっていましたね」
先程、葵が言っていた、もし朔がいなければという話を思い出し、二人の前で愚痴りだす。
「それなら、大丈夫みたいよ? 朔がその魔法はぶっ壊したって言ってたし」
でしょ? と朔に視線を送る。
「ああ。魔法陣自体は複雑すぎて無理だったが、勝手に喚んだ挙句、相手の言いなりなんてふざけた魔法、もし俺達以外が召喚されたとしても、後味が悪すぎるからな。召喚したこの国の奴らに一矢報いたくて、それだけは壊してやったよ」
「それだけで十分よ。朔は召喚の拒否も出来るようになったみたいな事言ってたけど、私は召喚されそうになったら、迷わず行くわよ。相手の思惑に乗るかは別として、本当に困ってる人たちがいるんなら助けてあげたいし。それに、なんだかんで異世界って、楽しいことも多いしね」
そんな葵の決意に呼応するように――
「私も同じ気持ちです。まだこの世界について何も知りませんが、目の前で助けを求めている人がいて、私が助けられることなら助けてあげたいですし」
そんな決意を共にする二人を見て、朔は大きなため息をつく。
「…………はぁ。やっぱり姉妹で勇者に選ばれるだけあるよ、お前ら。……わかった。二人まとめて俺がフォローしてやるよ。お前らを利用しようとする奴らなんか、逆にこっちが利用してやるさ」
葵達の発言に対して悪役らしい台詞で返す朔。だが、朔らしいその台詞を聞き、二人は知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。
――しばらく和やかな時間が過ぎ、ふと時計を見てみれば日付が変わってから一時間が経とうとしている。
「――お、そろそろ寝ないと、明日、起きるのがきつくなるな」
「そうね……で、どうする?」
朔の意見に賛同しつつも、含みのある笑みを浮かべる葵が要領の得ない質問をしてくる。そんな葵の顔を見て、嫌な予感しかしない朔は質問を無視したいが、どうせ無理だと早々に諦め、聞き返すことにする。
「……どうするって、何が?」
そう返されると予想していた葵は、笑みをより一層深くし――
「――そりゃ、誰が朔と一緒に寝るかでしょ」
しん、と一瞬の静寂の後――
「え、ええええええ!? に、にににに兄さんと一緒!! どうしてですか!?」
やはりこうなったかと、突然の事にあからさまに狼狽える妹を見て、なんとか笑いをこらえて理由を説明する。
「どうしても何も、ベッドが二つしかないからよ?」
朔が王子に頼んだ結果、この部屋になった訳なのだが、その際に、朔が葵との関係を夫婦と偽った結果、ベッドが二つしかない部屋になったという真相なのだが、生憎と凜はその時、ショックで真面に話を聞いていない状態だった。
……真相を知らない凜は、ベッドが二つしかない事を今初めて知り、激しく狼狽する。そんな凜をからかって心底楽しそうにしている葵を見て、さすがに凜が可哀想だと思い、朔が葵に反論する。
「いや、普通にお前らが一緒に寝て、俺が一人で寝ればいいだろ」
最も常識的な提案を出すも――
「嫌よ、そんなの面白くないじゃない」
と、葵に一蹴されてしまった。葵の突発的な提案に頭を抱えるも、いつもの事かと、さっさと寝たいために次点の提案を提示する。
「……なら、俺と葵が一緒に寝るしか――」
ない、と言い切る前に、
「――駄目です!!」
と、先程まで慌てふためいていた凜に却下されてしまった。
「え~どうして~?」
理由など百も承知なはずの葵の惚けた返しには心底イラつくが、上手い返しが思いつかず、しどろもどろになる。
「え、いや、え、えっと、そのですね――」
そこに、さらに追い打ちとばかりに葵が詰め寄ってくる。
「なになに、どうしたの、早くいいなさいよ」
そんな追い詰められた状態で絞り出した答えは――
「こ、怖いからです!! さ、さすがに今日一日だけで色々とありましたし、一人では不安で眠れないから、兄さん達二人で寝るのは却下です!!」
咄嗟に思いついた割には納得のいく理由である。その理由を聞き、確かにな、と朔が頷く。
「なら、やっぱり葵と一緒に――」
と、今度は姉の方に途中で遮られる。
「――なら、三人一緒に寝るしかないわね」
“これで決定!”といった感じの葵に何度も話を遮られた朔が不機嫌な顔を隠さず言い返す。
「待て、何でそうなる」
「だって、さっきも言ったように、私と凜で寝るのは面白くないし。なら、三人で寝るしかないでしょ?」
「……ないでしょ?って……せめて、凜にも了解を得てからだな――」
毎度毎度、突拍子もないこと言いやがって、とそのまま説教にシフトしようとすると、
「……です」
か細く、語尾の方しか聞き取れない程度の小さい声で凜が話しだす。
「……私も…………三人で……寝たいです」
途切れ途切れではあったが、今度は何とか聞き取れる声で、凛は葵の提案に同意する。それに対して、まさか凜が同意するとは思わなかった朔が慌てる。
「は!? マジか!!」
「……兄さんは…………私と一緒に寝るのは…………嫌ですか?」
精一杯の勇気を振り絞り、朔から見て上目遣いになる凜が顔を真っ赤にし、不安そうに聞いてくる。そんな顔をさせてしまった朔としては、答など最初から決まったも同然で、
「何言ってんだ! 嫌な訳がないだろう!!」
と、言うことしかできなかった。
◇
――長い話し合いも終わり、結界を張る意味もなくなったので、ネージュに頼んで解いてもらい、別れの挨拶も済ませ、朔達三人はいざ寝ようとベッドに入ったが――
「……何で俺が真ん中なんだ? 普通、さっきの話の流れなら、凜が真ん中になるんじゃないのか?」
理由が理由だし、と最後の抵抗に言ってはみるも、
「それだと朔に抱き着けないじゃない」
「……出来れば、私も兄さんと手をつないだまま寝たいです」
葵はともかく凜までそのようなことを言い出し、何も言えなくなる。
「……はぁ、わかった、わかった。わかりました。真ん中でいいですよ」
「最初からそう言えばいいのよ」
「いくらベッドが広くても大の大人が三人で寝るなんて恥ずかしいだろ。それも左右が女性に挟まれてるときたら――」
「役得でしょ?」
ぶつぶつと愚痴をこぼしていたら、横から合いの手を入れてくる。
「そうそう、役得。男冥利に尽きる……って、違うわ!! 単純に緊張するって言いたかったんだ!」
「別に昔は三人一緒に寝てた事もあったじゃない」
「そうです。今更じゃないですか」
先程まで緊張していた凜までもが朔をツッコんでくる。
「…………昔ならともかく、今のお前ら二人と寝て緊張しない奴なんて、男じゃねぇ」
「……それは私も女性として意識してるってことですか?」
今まで凜にそんなことを聞かれたことがない朔は一瞬戸惑うが、思ったことを素直に口にする。
「そりゃ、それだけ美人に成長すりゃ、意識するなっていうのが無理だ」
「彼女がいる横で、妹を口説くなんていい度胸してるわね~」
大して怒ってはいないが、朔をからかうためにそんなことを葵は言い出す。
「別に思ったことを言っただけで、口説いてたわけじぇねえよ」
「そうなんですか? 私はそうだと思っていましたが、兄さんはそうじゃなかったんですね」
と、先程の朔の言葉に気をよくした凜もしくしくと泣いたふりをしながら、朔をからかいだす。
「――っ。いい加減に俺をからかうのをやめて、寝ろ! 俺はもう寝る!!」
と、布団を頭まで被り朔はふて寝してしまった。
「あら、からかいすぎたみたいね。ま、朔の言う通り、もう寝ましょうか」
「そうですね……おやすみなさい、姉さん、兄さん」
「おやすみ、凜、朔」
そこで、ようやく布団から顔を出し、
「……おやすみ、二人とも」
――こうして長い異世界召喚一日目は、普段の三人と全く変わらないやりとりで終わり、勝負は明日からだと、英気を養うために三人は眠りにつく。
騒がしくなる明日からの事を思い、今日だけは、平和な夢を見れるよう願いながら。




