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ぼくはなんとなく、このあいだのホトトギスという女の子のことが気になっていた。
とっても危なっかしい子だったから、お母さん染みた心配の念からなのだろうな、と自分では分析している。
そんなわけで、ぼくは会社に出社してきて早々、自分のデスクに頬づえをつきながらぼーっとしていた。
いやまあ、普段からぼーっとしているのは確かなのだけど。
「アトリ~、今日もだらけきってるぞ~」
「そういうゆりかもめだって、だらけきった声だけどね~」
隣の席では、ゆりかもめがぼくと同じように、頬づえをつきながらぼーっとしている。
ゆりかもめの場合はぼくとは違って、考えごとなどではなく、単純に寝起きだからなのだろう。
いつもどおり寝グセのついた髪の毛が、開け放った窓から入り込んでくる風によってゆらゆらと揺れていた。
「まったく、お前らは……」
セキレイから、ため息まじりの言葉が向けられる。
毎朝恒例のごくありふれた光景だった。
と、突然サイレンが鳴り響いた。
けたたましいサイレンの音は、ぼーっとしたぼくの頭を現実に引き戻す。
「うきゃっ! こないだあったばかりなのに、また緊急事態だなんて、超絶ありえないよ~ぅ!」
ゆりかもめのボヤキ声が聞こえてくる。
前回からまだ数日しか経っていないというのに、こんな早く次の警報が発令されるのは確かに珍しいことだ。
でも、いつ起こるかわからないのが緊急事態ってものだし、ぼやいていたって仕方がない。
「ほら、ボサッとしてないで! 出番よ!」
凛とした大声とともに、前回と同じく、大型モニターにはヒバリさんの顔がアップで映し出された。
必要以上にカメラに近づいているのか、ヒバリさんの顔は画面いっぱいに映っている。
大型モニターにドアップだから、肌の細かなくすみなんかまで、見えてしまっているのだけど……。
そんなことを言ってしまったら気を悪くするだろうから、ぼくは絶対に口にしない。
もっとも、あとで気づかれたら、知ってたのに教えなかったのね~! と暴れられてしまうという可能性もある。
ま、そうなったらそうなったで、どうにかしてなだめればいいだろう。
とにかく、今は任務に集中しないと。
このあいだと同様、ぼくたち新入社員三人がキーボードを操作して、それぞれの担当場所を確認していく。
『準備OKですっ!』
三人の声が、ぴったり重なった。
「了解! これより、リバーシブル・アースを起動します!」
ヒバリさんの声に合わせて、サイレンの音が変わる。実行フェーズへと移行したのだ。
と、そのすぐあと。
さらに音が変わった。
前回最後に鳴り響いた、終了フェーズの静かなサイレンとは明らかに違う、激しく緊迫感のある音。
そう、それは危険度が高まったことを示すサイレンだった。
すなわち、いきなりレベル2の危険度へと突入してしまったのだ!
「わっ!? なによこれぇ~?」
「レベル2だよ、落ち着いて!」
焦りまくった声を上げるゆりかもめに、セキレイが的確に状況を伝える。
だけど、セキレイのその声も、かなり上ずって焦りを含んでいた。
そしてぼくは、声を発することすらできない。
この日本中央電力の雛森支社に入社して以来、レベル1より危険度の高い状況なんて、初めての経験だったのだ。それも当然の反応だった言えるだろう。
レベル2といえば、すぐにでも地球の存在を感知され、宇宙人たちが襲来してくるかもしれない、といった危険度になるのだから。
なお、レベル3になると、すでに宇宙人が地球を目指して侵攻を開始した場合と定められている。
そうなってしまったら、地球をくすんだ色にしてごまかすというリバーシブル・アースなんて、なんの意味も成さないだろう。
つまり、レベル2のうちにどうにかしなければ、地球の未来はないと言っても過言ではない。
緊張で汗が滝のように流れ出す。
春先としては暑すぎる今日の陽気も、それに拍車をかけていた。
もちろん社内には空調設備がある。
ただ、宇宙人警報が発令され、リバーシブル・アースが起動すると、神素を噴出する装置のために施設内の電力の90パーセント以上を消費してしまう。
そのため、リバーシブル・アースの起動中には、空調がほとんど効かない状態となってしまうのだ。
春や秋なら耐えられるだろうけど、真夏や真冬だと、かなり厳しい状況になると考えられる。
ぼくたち新入社員はまだ、そんな体験はしていないのだけど。
真夏ならカキ氷とか、真冬ならカイロとか、用意されたりするのかなぁ……?
ブルーハワイ味のカキ氷をシャクシャクと口に含みながらの仕事。
何十個ものカイロを抱えながらの仕事。
どっちにしても、あまり緊張感のある状態にはなりそうもないな。
緊急時以外は、普段から緊張感なんてカケラもないぼくたちではあるけど……。
ぼくが無意味な妄想に浸っていると、ヒバリさんからの叱責の声が飛んできた。
「こら、アトリくん! ボケッとしない!」
「は……はいっ!」
慌ててぼくは目の前のモニターに映し出される情報に集中し、キーボードを操作する。
なにせ、地球の未来がかかっているのだ。
ぼくがぼーっとしていたために地球が侵略されてしまった、なんてことのないように、しっかり仕事をしないと。
そんなことを考え、余計に重苦しいプレッシャーを感じてしまっていたぼく。
「こら、アトリくん! 緊張しすぎ! 手が震えてるぞ!」
再びヒバリさんからの叱責を食らってしまう羽目になるのだった。