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「さてと、今日はなにを食べようかな」
ぼくは寂れた商店街をのんびりと歩いていた。
今日は休日だから、仕事は休みだ。
会社のある山道を歩く必要もなく、朝というよりは昼と呼ぶべき時間に目を覚まし、ぼーっとしたまま着替えて外に出てきた。
緊急事態がいつ起こるかはわからないから、あまり遠出はできない。
もっとも、この町からだと会社まで三十分はかかるし、緊急を要する場合には間に合わないのだけど。
それは会社側もわかっているだろうし、どうにかして寮に部屋を用意してくれればいいのに。
無意識に不満が口をつく。
とはいえ、相部屋になるのも嫌だった。
そもそも、寮の部屋はひとりで暮らすにも狭いと、セキレイは言っていたし。
ま、休みの日にまで会社のことなんて、考えないほうがいいな。
ぼくは頭を切り替える。
基本的に自炊ができないぼくは、食事を外食かコンビニで済ませることが多かった。
木造建築がほとんどの静かな商店街ではあるけど、そんな中に一軒だけ、小さいながらもコンビニがある。
こんな田舎町だと、外食してもリーズナブルな値段だったりするのだけど、パンとかおにぎりとかを買っておくと、小腹がすいたときに便利だ。
とりあえず今日は、いつもの食堂で朝兼お昼を食べてから、コンビニでちょっとだけパンと飲み物でも買っておこうかな。
そんなことを考えて歩いていると、人通りのほとんどない道の脇に、女性の姿を目にする。
女性、というよりは、女の子と言ったほうがいいかもしれない。
見かけたことのない子だな。
なんとなく彼女に目を向けながら歩くぼく。
彼女はぼくがいつも行く食堂の前で、サンプルウィンドウにへばりつくようにしながら、その中を見ているようだった。
あの子も、この食堂で食事をするつもりなんだな。
そう思いつつ、ぼくは食堂の引き戸に手をかけようとして――。
ドサリッ。
突然なにかの音がすぐ横から聞こえたことに気づく。
振り向くと、さっきの女の子がぐったりと倒れていた。
「うわっ! キミ、大丈夫!?」
女の子のそばにしゃがみ込み、肩に手をかけて揺すってみる。
見たところ、十代後半といったところだろうか、なかなか可愛らしい印象を受ける女の子だった。
それに、倒れているから余計にそう感じるのか、すごく小さい。
軽く触れた彼女の肩は、強く揺するだけで壊れてしまいそうな、そんなふうにすら思えた。
肩を揺するぼくの存在に気づいたのだろう、彼女は微かに顔を上げる。
ぼくを見つめるその綺麗な澄んだ瞳に、吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
と、彼女は震える声で、こう言った。
「お……おなか、すいた……」
☆☆☆☆☆
ガツガツガツガツ、ぱくぱくぱくぱく、ごきゅごきゅごきゅごきゅ、もぐもぐもぐもぐ。
「ん……む……おい、ひい……くちゃ、……いき、かえう……ぴちゃ…………」
揚げたカツやら千キャベツやらご飯やら味噌汁やらを、それほど大きくないはずの口の中へと次々に押し込みながら、女の子はジャンボカツ定食(三百八十円)をたいらげていく。
「こらこら、食べてるときに喋るなんて、はしたないよ」
思わずお母さん染みたセリフだって飛び出してしまうってものだ。
食べるのに夢中で、まったく聞いてくれないかもしれないな。そう考えながらではあったけど。
そんなぼくの言葉がしっかりと聞こえていたのだろう、一瞬だけ目線をぼくのほうに向けた彼女は、
「………むぐっ…………!?」
と、うなり声を上げたかと思うと、
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」
思いっきり咳き込んだ。
その勢いで、口に含んでいた揚げたカツやら千キャベツやらご飯つぶやら味噌汁やらが、そこかしこに飛び散る。
ぼくの顔面やら服やらぼくの注文したジャンボカツ定食やらにも、飛び散った物体がくっついたりしてるし……。
「うあっ! まったく、もう……、落ち着いて食べなよ。ジャンボカツ定食は、逃げたりしないんだから……」
「ゲホッ、ゲホッ! お前が急に、話しかけるからだわさ!」
文句の声を上げるぼくに、そんな自分勝手な反論を返してくる女の子。
ご飯をおごってあげているというのに、この態度はいったいどういう了見なのやら。
つまり、こういう子なんだな、この子は。そう結論づける。
「……はいはい。ま、落ち着いて黙って食べな」
諦めたぼくは、会話を締めくくった。
ガツガツガツガツ、ぱくぱくぱくぱく、ごきゅごきゅごきゅごきゅ、もぐもぐもぐもぐ。
こうして再び、女の子の豪快な食べっぷりが目の前で展開されることになるのだった。
☆☆☆☆☆
「ふ~、美味しかっただわさ!」
「……それはよかった」
さすがにあんな言葉を受けていれば、こちらもぶっきらぼうな対応になってしまう。
目の前で豪快に食べ続ける女の子を見ていて、それだけで食欲も削がれてはいたけど、もったいないし自分のジャンボカツ定食はぼくもたいらげていた。
……女の子が咳き込んだせいで飛び散った、カツやらご飯つぶやらの残骸をよけながら。
食堂のドアを開けて、ぼくと女の子は外に出る。
「それで、キミはどうしてこんなところで、おなかをすかせて倒れたりしてたの?」
とりあえずは元気にはなったみたいだけど、状況がわからないままなのは気になる。
ということでぼくは質問してみた。
なんというか、この辺りでは珍しいと思うけど、もしかしたら家出少女なのかもしれないし。
「キミじゃないわさ。あちきは、ホトトギスだわよ」
「あっ、ごめんね。ぼくはアトリだよ」
文句を向けてくる彼女に、ぼくは反射的に名乗り返していた。
「あちきが倒れてたのは、その……たまたま持ち合わせがなかったからだわさ!」
続けられた答えに、ぼくの心配は募る。
この子、ほんとに家出少女だったりするのだろうか?
そんなぼくの目線を感じ取ったからか、ホトトギスと名乗った女の子は少々慌てた様子で、
「あ~、急がないとだっただわさ! それじゃ、あちきはこれにて! アトリ、ご飯、ありがとでしただわさ!」
それだけ言い残すと、トタトタと覚束ない足取りで走り去っていった。
喋り方も行動も含めて、とっても変わった女の子だったけど。
でもなんだかすごく危なっかしくて、思わず手を差し伸べてあげないと、なんて気になってしまう感じだった。
う~ん……。
ぼくってちょっと、お母さん染みている部分があるのかもしれないな。