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リバーシブル・アース  作者: 沙φ亜竜
第1章 リバーシブル・アース
5/33

-5-

「お疲れ様~!」


 ぼくたちのいる部署のドアを開けて、女性が入ってきた。

 それは、ついさっきまで大型モニターに映し出され、指示を出していた女性だった。


 ぼくたちの直属の上司ということになる、この部署の部長、古女(ふるめ)ヒバリさんだ。

 メガネをかけて髪を首筋の後ろで束ねているため、ちょっと地味な印象を受ける。

 落ち着いた雰囲気だからなのか、三十代半ばくらいに見られることが多いけど、まだ二十六歳らしい。

 ……年齢を詐称していなければだけど。

 なんて言ったら、メガネ越しの鋭い瞳でギロリと睨まれてしまうかな。


 若くして部長という立場にいるというのも、年上に見られてしまう原因となっているのだろう。

 気にすることもないと思うのだけど、ヒバリさんは「古女」という名字を名乗りたがらない。

 年齢に敏感になっていることを考えれば、それもわからなくはないのだけど。


「ヒバリさんも、お疲れ様です」


 セキレイが、礼儀正しい部下を演出しているのか、わざとらしいほど爽やかな顔でヒバリさんの言葉に答える。

 ぼくやゆりかもめの前では、真面目っぽいことを言うわりに、結局は一緒になってバカをやっているというのに。

 上司の前でまでバカなことをして、サクッとクビになってしまうのを恐れているのかもしれない。

 この会社……というかこの部署の場合、きっと大丈夫だとは思うのだけど。


「今回はすぐに宇宙人警報が解除されて、よかったね」


 ヒバリさんに続いてもうひとり、男性がこの部署のドアをくぐって入ってきた。

 水瀬雷鳥(みなせらいちょう)さん。

 この人ももちろん、この部署の一員だ。


 ヒバリさんと同期の人で、この部署の副部長ということになっている。

 とても優しい感じの声で語りかけてくるのが印象的だった。

 基本的にいつでも微かな笑顔を浮かべているように見える。おそらくは、それが地顔なんだろうけど。


 雷鳥さんの言う「宇宙人警報」というのは、一般の人には「超紫外線警報」として発令されている警報と同義だ。

 一般の人たちには宇宙人の存在を明かしていない関係上、そういう定義となっていた。

 社内で話す場合には、正式な「宇宙人警報」という呼び名を使う場合が多い。


 ところでぼくたちの部署のメンバーは、ヒバリやら雷鳥やらゆりかもめやら、なにやら鳥の名前ばかりだけど、それは世間的にも珍しいことではない。


 一時期、数年間くらいだったみたいだけど、どういったわけか、子供に鳥の名前をつけるのが流行った時期があった。

 ちょうどヒバリさんたちが生まれた頃から、ぼくたちが生まれた少しあとくらいまでだろうか。

 その期間に生まれた子供は、全員ではないものの、鳥の名前やそれに近い名前がつけられている人が大多数を占める。

 セキレイやアトリも当然、鳥の名前だ。


 大空に羽ばたいてほしいという願いを込めて、ということなのだと、両親からは聞いたことがある。

 そのブームのもととなったのは、数年間にわたって続編も製作された大人気ドラマだったというのだから、日本国民、テレビ番組に流されすぎだろうと思わなくもないのだけど。

 そんな鳥の名前に、なんとなくコードネームっぽいイメージがあるからなのか、社員がお互いを呼び合う場合、名字ではなく、それぞれの名前で呼ぶのが通例となっていた。


 ぼくたち新入社員三人を含めて、ヒバリさんと雷鳥さん、以上五名がこの部署の人員だった。

 大きな会社のはずなのに、やけに人員の少ない部署となっているのには理由がある。

 この雛森支社は特殊な役目を担った研究施設のため、細かく役割分担されているからだ。


 ぼくたちの所属するこの部署の名前は、「第三十八対策執行部」となっている。

 そして、対策執行部は全部で三十八ある。つまり、ぼくたちの部署は末番ということだ。

 そのせいか、一番少人数で、一番若い部長によって統率されている。


 この少人数制というのは、ぼくたちにとっても居心地がよかった。

 ……上司のふたりが会議で部署を出たら、だらけ放題だから、というのもないわけじゃない。

 確かにさっきみたいなバカ騒ぎを毎日のように繰り広げているぼくたちではある。

 だけど、それだけではなくて、ヒバリさんや雷鳥さんも含めて、楽しい職場になっていると常々思っていた。


 会社側としては、しっかり目の行き届く範囲の少人数で指導する、という意味合いもあったのだろう。

 そういった割り振りになっているのは、この雛森支社の所長さんの意向のようだ。


「おや、みんなちゃんと集まっていますね」


 にこやかな笑顔を振りまきながら会話に割り込んできたのはその所長さん、神仙寺御門(しんせんじみかど)さんだった。

 のほほんとした言動で、目尻のシワが穏やかな雰囲気を与える、気のいいおじさんといった様子。

 四十代前半らしいのだけど、その落ち着きぶりからは、すでに六十過ぎだと言われても誰も驚かないほどだ。


 雛森支社なのに「所長」という肩書きなのは、もともとここが、雛森研究所という名前だった頃の名残だ。

 今でもまだ、研究所と呼ばれることも多い施設だし、山奥にあって様々な研究開発用の建物が並ぶこの支社の雰囲気を考えたら、研究所という呼び名のほうが合っていると言える。


 それはともかく、所長はこうやって頻繁に、各部署に足を運んでいる。

 社員たちがしっかりと働いているか見回りに来る、というよりも、コミュニケーションを大切にしているということなのだろう。

 いつもこうやって、しばらくのあいだ優しい笑顔を浮かべつつのんびりとお喋りに興じる。

 で、ひとしきりお喋りに興じたあと、また別の部署へと向かう。


 各部署にはあらかじめ「所長席」が設けられているくらいだから、そうやって各部署を回るのも仕事のうちだと考えているのかもしれない。

 もっとも、普段は来客用の席として使っていいことになっているため、所長さん専用の席というわけではないのだけど。

 それでも、ぼくたちの所属するような末端の部署の場合、来客もほとんどないし、ほぼ所長さん専用と言ってもいい。


 上司や所長さんを含め、こんな感じでなんとなくのんびりとした雰囲気に包まれている雛森支社の第三十八対策執行部。

 だからこそ、ぼくはこの会社が好きなのだ。



 ☆☆☆☆☆



 と、不意に正面の大型モニターに映像が映し出された。

 オペレーターの女性が、慌てた声を上げる。


「所長、こちらにいましたか! 報告します! なにかよくわからない物体が、雛森山へ落下してきています! 今から、そちらのモニターに映像を送ります!」


 所長さんの顔からはフッと笑顔が消え、鋭い眼光でモニターを見つめ始める。

 素早く用件を告げたオペレーターの言葉が終わると当時に、モニターの映像が切り替わった。


 カメラが超望遠で捉えた映像のようで、かなりぼやけてはいるものの、青空を背景に猛烈な速度で落下してくる物体が確認できた。

 燃え上がっているらしく、その物体がなんなのかは、はっきりとはわからない。

 その物体はそのまま、山の中へと落下した。


 オペレーターの報告にもあったとおり、そこは雛森支社がある雛森山だった。

 ただ、衝撃音や振動はなかった。

 雛森支社のすぐ近くではなく、どうやら山の中腹辺りに落ちたようだ。


「あの映像からではよくわからないけど、さほど大きな物体ではなかったみたいね」

「そうですね。ある程度の大きさがあるなら、衝突で山が削られたりするはずですし。そういった形跡は、映像からは見られなかった」


 ヒバリさんと雷鳥さんが分析の言葉をこぼす。

 ぼくは、ただ呆然とその声を聞いていることしかできなかった。


「……単なる隕石でしょう。振動もなかったようですし、山にぶつかるギリギリで燃え尽きた、といったところでしょうか」


 所長さんも険しくなっていた表情を緩め、普段どおりの落ち着いた声でそう予想する。


「結構多いものなんだよ、隕石が落下してくるというのは。宇宙を観測している施設では、ごくありふれたことなんだ。ここ最近はあまり見かけていなかったけどね」


 雷鳥さんがぼくたちに解説を加えてくれた。

 新入社員であるぼくたちには状況が理解できず、思わず目を丸くしていたからだろう。


「念のため、ヘリを回して落下地点を確認してみてください。もしカケラでも山の中まで達していたら、燃え上がっていましたし、山火事になる危険性もありますから」

「はい、わかりました」


 素早く指示を出す所長さんに、オペレーターも迅速な応答を返す。

 さすがに手馴れた対応だ。


「それでは、わたしはこれで失礼しますよ。みなさんも、気を抜きすぎないようにね」


 所長さんは軽やかに立ち上がると、部署を出ていった。


「ふう……。それじゃ、通常業務に戻るわよ」


 ヒバリさんの号令により、ぼくたちは通常業務に戻ることになった。

 といっても、パソコンを使って資料のデータを整理するとか、その程度のデスクワークなのだけど。


 ぼくはキーボードを叩きながら、のんびりと仕事をこなしていく。

 ついついあくびも出てしまうってものだ。

 隣の席ではゆりかもめも、ぼくと同様に大きなあくびをしていた。


 そんなぼくたちの様子を見ても、ヒバリさんは諦めているのか、とくに注意の声が飛んできたりもしない。

 諦めているというよりは、いざというときにしっかりと仕事ができれば、それ以外の時間についてはうるさく言わない、というスタンスなのだろう。

 というわけで、上司がいてもいなくても、結局ぼくたちがだらけきっているのは変わりないのだった。


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