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神素という気体によって、宇宙から見た地球がくすんだ色に見えるようになる。
それは事実だった。
超紫外線という人体に有害な光を防ぐため、というのが、真っ赤な嘘なのだ。
では、どうしてそんなことをする必要があるのか。しかも、嘘のアナウンスを流してまで。
その理由はただひとつ。
地球の平和を守るためだ。
いったいそれは、どういうことなのかというと――。
地球のような美しい惑星は、宇宙ではごく稀にしか存在しない、奇跡的な事例なのだという。
そんな美しい惑星の存在を奴らが知ってしまうと、地球を手に入れようと侵略してくる可能性がある。
それを未然に防ぐため、地球は美しい惑星ではないということを偽装する。
リバーシブル・アースは、そのための計画だった。
そう、ぼくたちの本当の任務は、地球を美しくない惑星だと見せかけ、宇宙人の侵略から守ることなのだ。
地球をくすんだ色の惑星だと見せかける使命を持った、ぼくたちの組織。
日本中央電力株式会社の雛森支社であることは、紛れもない事実だ。
ただその業務内容は、一般には絶対に秘密となっている。
宇宙人の存在は、昔から噂されたりはしていた。
広い宇宙に無数に存在する恒星が、それぞれ太陽のように自ら光と熱を放って存在しているのだから、その周りに地球と同じような環境の惑星があったとしてもなんら不思議ではない。
仮に地球での生命の誕生が奇跡的な事例だったとしても、無数にある恒星それぞれの周囲に複数の惑星が回っていると考えるなら、そのうちのどこかに生命が誕生していてもおかしくはないだろう。
そしてそんな中に、地球よりも文明の進んだ生命体が生活している惑星があったとしても、とくに驚くべきことではないと言えるはずだ。
十数年前、ついに宇宙人の存在を極秘裏に発見したのが、当時は雛森研究所と呼ばれていた、この日本中央電力の雛森支社だった。
その頃、宇宙を調査することで新たな発電方法を開発できるのではないかと考え、雛森研究所では、宇宙観測を中心に研究が続けられていた。
大型の天体望遠鏡を使い宇宙を調査していた研究員たちが、あるとき不可解な動きをする影に気づく。
詳しく調べれば調べるほど、それは宇宙人の乗る宇宙船に違いないという結論が導き出されていった。
さすがに半信半疑ではあったものの研究は続けられ、やはりそれは宇宙船だということが確認される。
ここはぜひ、宇宙人と友好関係を結ぶべきだ。そんな意見も出た。
でも、危険だと反対する意見もあり、どうするべきか対応に困っていた。
今のところ、宇宙人たちは遠く離れた場所にいるようだった。まだ地球の存在にも気づいていないと思われる。
とはいえ、いつ地球に気づいてしまうかわからない。
場合によっては侵略を開始するかもしれないという危険性を考えると、時間的な猶予はなかった。
宇宙人発見のニュースは、会社から日本政府に報告されていた。
それを知った政府は、混乱を避けるため一般には公開しないという選択肢を選んだ。
ただ、各国の首脳陣には連絡を入れ、国際的に対策を講じる準備をしていた。
そんな折、雛森研究所でさらなる研究成果が出る。
それが、「神素」という新たな気体の発見だった。
この神素を使って地球全体を覆ってしまえば、宇宙人に存在を気づかれても単なるガスの惑星にしか見えないから、侵略される心配もなくなるに違いない。
そういった憶測のもと研究された、この神素という気体を使った計画を、政府や各国の首脳陣は受け入れた。
日本の研究施設から気体を噴出するだけでは、地球全体に行き渡らせることまではできない。
というわけで、世界各国に神素を噴出できる施設が建設された。
また、神素自体に危険はないものの、気候などの状態によっては過剰反応してしまい、発光や発熱を引き起こすといった性質もあった。
そのため、人の多い都市などには必ず、細やかなデータを観測する機械を設置するようにした。
それらの設備を整え、数年前から活動しているのが、ぼくの勤める日本中央電力雛森支社なのだ。
☆☆☆☆☆
不意に、緊急事態を知らせるサイレンの音が、けたたましい音から静かな音へと変わる。
サイレンは、準備フェーズから実行フェーズに移る際にも変わっていた。
その実行フェーズの段階で、危険度レベル1の状態となる。
そして危険度が高まるに従って、レベル2、レベル3まで、サイレンの音で知らせるようになっている。
だけど、危険度が高まったことを知らせるサイレンは、レベル1よりもさらに緊迫感を増した激しい音となる。
今鳴っているのは、そういった種類のサイレンではない。
この音は、危険が去ったことを知らせ、後始末を開始するように促す、終了フェーズのサイレンだった。
宇宙人たちの乗る宇宙船が遠ざかり、地球が発見される危険性はなくなったのだ。
終了フェーズへの移行に合わせて、すでに神素の噴出も止められているはずだ。
神素が上空に昇っていく速度は極めて速い。
ぼくたちは素早く、各地の観測所のデータを確認する。
もう、どの観測所からも、神素の成分は検出されなくなっていた。
成層圏の手前に溜まっている神素も、拡散性が高いことと太陽光によって分解されることから、すぐに消えてなくなってしまう。
だからこそ、実行フェーズ中には神素を常に噴出し続ける必要があるのだけど。
ともかく、おそらく数時間後には地球を覆った神素は消え去り、普段どおりの青空が拝めるだろう。
こうしてぼくたちの今回の任務は、無事に終了を迎えることができた。