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そのあとぼくたちは、とりあえず会社に戻った。
ホトトギスは雛森町で生活していたとき、夜は公園で寝泊りしていたようだ。
とはいっても、人間には見られないようにカモフラージュする能力があるらしく、危険ではなかったという。
春先ではあるけど夜はまだ涼しいことも多いのでは。
そうも思ったのだけど、暑さも寒さも、人間よりは我慢できる身体構造になっているらしい。
だからといって、それを知った今、ホトトギスをひとりで帰すわけにもいかない。
というわけで、ホトトギスはぼくと一緒に暮らすことになった。
狭いのは確かだけど、社員寮に住む誰かが部屋に泊まらせてあげればいいのに、と思わなくもなかったのだけど。
ホトトギス本人が、ぼくと一緒がいいと言い出したのだ。
そりゃあぼくとしても、もちろん嫌ではないのだけど。
でも、その、つまりは同棲ってことになるわけだし、心の準備が……。
などという戸惑いが、ホトトギスに伝わるわけもなく。
「あちきを泊めるだわさ!」
という命令に、ぼくは従うしかなかった。
それを聞いても所長さんはいつもどおりの笑顔。
これは父親公認ってこと?
なんて考えたぼくの顔は、おそらく茹でダコのように真っ赤だったに違いない。
☆☆☆☆☆
ホトトギスと一緒に暮らし始めると、どういうわけか彼女も一緒に通勤するようになっていた。
べつに社員になったわけではないのだけど、バイト扱いとして所長さんのもとで働かせることにしたらしい。
「アトリ、大好きだわさ!」
ベタベタベタ。
ホトトギスは周りに人がいてもお構いなしに、ベタベタとくっついてくるようになっていた。
父親である所長さんがいる前でも、まったく気にする様子はない。
こっちが気にするっての。
それに、なんだか痛い視線も感じるし。……主に、ゆりかもめのほうから。
「ふん、なにさ。アトリってば、鼻の下伸ばしちゃって。いやらしいんだから」
「ちょっと、ゆりかもめ。なんだよ、それ? べつにぼくは……」
なんて反論するも、すりすりとホトトギスがくっついてきている状況では、説得力がなさすぎだった。
「う~、アトリの超絶おバカ! あんたなんか、ホトトギスさんと一緒に地球を出ていけばいいのよ~ぅ!」
「国外追放どころか、地球から追放!?」
どうしてぼくは、ゆりかもめからここまで邪険に扱われなきゃならないのだろう。
「納得がいかないって顔してるな。だが、周りで見てるほうからしてみたら、丸わかりなんだからな?」
セキレイがなんとなく睨みつけるような視線を向けながら、そう言い放った。
「丸わかりって、なにがだよ~!?」
ぼくにはなにがなんだか、サッパリわからない。
周囲の視線は、どういうわけだか生温かい感じだった。
それはともかく。
ベタベタとくっついてくるホトトギスとぼくは、こうしてほとんどの時間を一緒に過ごすことになっていた。
とはいえそれも、数日のあいだだけでしかなかったのだけど。
☆☆☆☆☆
ヒバリさんと雷鳥さんはまだ戻ってきていなかった。
所長さんは近いうちに戻ってくるはずだと言っていたけど、それがいつになるかは聞いていない。
ぼくは第三十八対策執行部で、ゆりかもめとセキレイ、そして所長さんやホトトギスと一緒に働く日々。
そう、どういうわけかホトトギスはぼくたちと同じ部署に席を設けられ、加えて所長さんまでもがずっと居座っていた。
ホトトギスは仕事中でもベタベタくっついてくる。
それに反応して、ゆりかもめがぼくを睨みつける。
さらにはホトトギスの父親である所長さんの笑顔も、なんとなく居心地の悪さを感じるというか、監視されているような気がして、仕事が手につかなかった。
もっとも、今のぼくたちには、大して仕事なんてないのだけど。
そんな、ある意味のんびりとした生活を続けていたある日、所長さんが唐突にこう切り出した。
「アトリくん。しばらくのあいだ、ホトトギスとお別れということになりそうです」
「……え?」
「あちき、お父さんと一緒に、一旦宇宙船に戻るんだわさ」
目を丸くするぼくに、ホトトギスがいつもどおりベタベタくっつきながら言った。
「ええ!?」
どうしていきなりそんなことになったのか、ぼくは驚きを隠せなかった。
というよりも、ホトトギスと離れるのが、嫌だったのだ。
ぼくの気持ちを察してくれたのだろう、所長さんが説明を加えてくれる。
ホトトギスが地球に来たことで、宇宙船側の地球観測が熱を帯びてきていた。
所長さんは侵略させないよう、リバーシブル・アースに関わってきたけど、それももう限界だった。
だから直接宇宙船まで出向いて、説得したいと考えているのだという。
「それに、妻とも会いたいしね」
微かに頬を染めながら、遠い目をする所長さん。
考えてみれば、所長さんはずっと昔からこの地球にいると言っていた。
奥さんは生まれたばかりのホトトギスを連れて宇宙船に向かったらしい。とすると、所長さんは何年も奥さんと会っていないことになる。
「で、せっかくだから、あちきも一旦戻ることにしたんだわさ。アトリのことをお母さんに報告して、ちゃんと認めてもらってくるだわよ!」
元気いっぱいに笑顔を向けてくるホトトギス。
そんな顔を見せられたら、離れるのは嫌だなんて、わがままなことは言えなくなってしまう。
「大丈夫、あちきとアトリは、テレパシーで会話できるだわさ!」
そのあと、所長さんとホトトギスは、すぐに宇宙へ向けて旅立っていった。
こうしてぼくとホトトギスの、超長距離恋愛がスタートしたのだった。