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ヒバリさんと雷鳥さんが崩れ落ちるように屈み込むと、過激派の他の人たちも観念したようだった。
素早く警察官が身柄を確保、ヒバリさんたちは連れていかれた。
ヒバリさんたちがどうなるのか、ぼくにはわからない。
宇宙人のことは公表できないはずだから、表沙汰にはならないと思うけど……。
そんな不安を感じ取ってくれたのだろう、所長さんがポンとぼくの肩に手を置くと、優しく話しかけてきた。
「大丈夫ですよ。会社としても有能なおふたりには戻ってきてもらいたいと考えるはずです。政府にもつながりがありますし、どうにか穏便に済ませてもらえると思います」
「……はい、ぼくもそう思います。ヒバリさんに指示を出していた黒幕は、別にいるでしょうし」
ぼくの答えに、所長さんはいつもの穏やかな笑顔で頷き返してくれた。
「ふ~、まいったまいった」
小屋の奥から、テルリンが純さんに連れられて歩いてきた。
どうやら過激派によってホトトギスともどもさらわれて、奥の部屋に縛られていたようだ。
警察官たちはすでにいない。
残っているのは、過激派側ではない会社のメンバーだけだった。
純さんに支えられながらのテルリンも含め、残った全員が落ち着いてひと息ついたところで、所長さんが一歩前に歩み出る。
そして、いつもどおりの穏やかな声で、語り始めた。
「実はわたしは、ずっと昔から地球に忍び込んでいた宇宙人なんですよ」
最初からいきなり衝撃の告白だった。
でも、衝撃の告白はそれだけでは終わらなかった。
所長さんは昔から地球に忍び込んでいた宇宙人で、ホトトギスはその娘なのだという。
所長さんの奥さんは地球人。つまり、ホトトギスは宇宙人と地球人のハーフということになる。
奥さんは今も、宇宙空間から地球を観測している宇宙船の中にいる。
その宇宙船は地球から少し離れた場所に留まり、何十年も前から観測し続けていた。
目的は地球侵略。そのタイミングを計るための調査が、続けられていたのだ。
娘であるホトトギスも、母親と一緒にその宇宙船にいた。
もともと所長さんはスパイとして地球に忍び込んでいたらしい。
そのあいだに地球人の女性と恋に落ち、ホトトギスが生まれた。
所長さんはスパイとして地球に忍び込んではいたけど、地球人の女性を愛し、考え方を変えていた。
侵略なんて、してはいけない。
そこで、所長さんは愛する奥さんに提案した。
娘と一緒に宇宙船へ行ってくれないかと。
奥さんはそれを、快く受け入れた。
表向きは地球人の捕虜として宇宙船に連れていく、ということで仲間の宇宙人には話をつけていた。
もちろん、捕虜だからといってぞんざいに扱ってはいけないと念を押して。
地球人の能力は自分たちよりずっと上だから、もしぞんざいに扱おうものなら、怒った地球人が大量に押し寄せて宇宙船を破壊してしまうだろう。
所長さんはそう警告していた。
奥さんを宇宙船に行かせたのは、宇宙船内の状況も詳しく知りたかったからだったようだ。
所長さんの立場はそれなりに上ではあったものの、宇宙船の中にも派閥があり、中には所長さんのことを快く思っていない集団もいた。
だから、宇宙船からの通信を鵜呑みにはできなかった。
そこで奥さんを宇宙船で生活させ、逐一状況を伝えてもらっていたのだ。
その通信手段については、あとで説明するとして……。
所長さんは地球の調査を続けていた。上手く友好関係を結ぶ手段を見つけるために。
地球人たちには、すでに宇宙人に見つかっていることを知られたくなかった。
そのために考え出したのが、地球をくすんだ色に変えてカモフラージュする、リバーシブル・アース計画だった。
リバーシブル・アースに使われる神素は、実は所長さんたち宇宙人が作り出したものだったのだという。
神素の「神」は、所長さんの名字、神仙寺の「神」だったのだ。
もっとも、所長さんたち宇宙人の文化には、名字という概念はない。それは奥さんの名字だった。
宇宙をさまよって住みよい惑星を探し回っているような宇宙人の部隊は、所長さんたちの他にも、実は多数存在しているらしい。
それらの宇宙人に地球を横取りされないためにも、リバーシブル・アースは有効だった。
所長さんは調査にもっと長い時間をかけるつもりだったようだけど、娘であるホトトギスが突然地球に乗り込んできたせいで、結論を早める必要に迫られた。
少し前に、所長さんたちとは別の宇宙人部隊が地球に接近したことがあった。
レベル1の宇宙人警報が出たあと、すぐに解除されたあのときだ。
そのどさくさに紛れて、ホトトギスは乗り込んできていた。
ホトトギスが乗ってきた宇宙船は、所長さんが隕石だったと情報を操作してごまかした。
ちなみにホトトギスが地球に来た目的は、「お母さんの故郷を見てみたかったから」だった。
それから所長さんは自ら、ホトトギスが宇宙人だということを広めた。
宇宙人が忍び込んでいるという話をして、様子を見るのが目的だった。
ホトトギスが来てしまったことで、宇宙船からの監視も強化されたはずだ。その考えはのちに、奥さんとの通信で正しかったことがわかる。
ともかく所長さんとしても、これ以上調査を長引かせていられる余裕はなくなった。
調査を長引かせているのが、侵略をやめさせるためだと悟られてしまう可能性が高かったからだ。
地球の未来は、キミにかかっている。
その頃、所長さんはぼくにそう言っていた。その言葉は、本当に真実だったのだ。
長かったレベル2の宇宙人警報は、所長さんが奥さんのいる宇宙船を地球に近づかせるように仕向けたというのが原因だった。
地球の状況を頻繁に、より正確に伝えたいから、というふうに宇宙船側には報告をしていた。
だけど本当の理由は、奥さんと連絡を取るためだった。
所長さんには実はテレパシー能力があるのだという。ただし、ある程度近づかないと届かない。
だからこそ、宇宙船を地球に近づける必要があったのだ。
テレパシーが有効なのは、心が通じ合っている相手のみ。
最初は一方通行で相手の心が読めるだけというその能力も、心が通じ合っていくうちに双方向の意思疎通が可能なテレパシーとなる。
その能力は、娘であるホトトギスにも受け継がれていた。
――それでさっき、縛られて猿ぐつわをはめたままのホトトギスの声が聞こえたのか。
ぼくはそう考えながら、ホトトギスに視線を向けた。
今の話が正しいとすると、ぼくたちは心が通じ合っている状態、ということになる。
ホトトギスに目線を向けると彼女も見つめ返してくれたけど、なんだか恥ずかしくなってきたぼくは、すぐに目を逸らしてしまった。
ぼくとホトトギスのそんなアイコンタクト(?)のあいだにも、所長さんの話は続いていた。
心が通じ合っていればテレパシーは通じる。
恋人ほどではないものの、親子でもテレパシーは通じるものらしい。
地球に忍び込んだホトトギスと所長さんは、テレパシーで連絡を取っていた。
そのおかげで所長さんは、この小屋の状況が手に取るようにわかっていたのだという。
ホトトギスがさらわれたことをぼくが知ったとき、所長さんは止めたけど、無駄だというのはわかっていた。
ぼくをひとりでこの小屋へ向かわせ、そのあいだにあらかじめ連絡をつけていたみんな――ゆりかもめやセキレイ、純さんたちといった会社の人と、さらには警察にも来てもらった。
そして、目的地がわかっている所長さんたちは、ぼくを追いかけてきた。
明かりを点けるわけにもいかないから、暗視スコープまで手配していたという用意周到ぶり。
こうして所長さんたち一行は小屋を包囲し、外に待機していた部隊を制圧、タイミングを見計らって中に踏み込んできたのだ。
「本当にホトトギスが殺されてしまう可能性もないわけではなかったのですが、彼女自身が任せてほしいとテレパシーで言ってきたのでね。ここは娘を信じることにしたのですよ」
「んみゅ。完璧にあちきの狙いどおりになっただわさ!」
「……いろいろと危険だったとは思いますがね」
そうやって言葉を交わす所長さんとホトトギスは、普通の地球人の親子となにも変わらない、ほのぼのとした雰囲気を漂わせていた。