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リバーシブル・アース  作者: 沙φ亜竜
第1章 リバーシブル・アース
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-3-

 鳴り響くサイレンの音。

 続いて、部署の一面の壁全体を使ったサイズの大型モニターに、上司の顔が映し出される。


「あんたたち! 出番よ!」

「はいっ!」


 ぼくもゆりかもめもセキレイも、さっきまでバカ騒ぎしていたことなんておくびにも出さずに、ハキハキとした答えを返す。

 三人とも椅子にピシッと背筋を伸ばした状態で座り、キーボードに手を添え、各デスクに備えつけの個別モニターと向き合う。


「担当各地の風向き、気圧、天気など、異常がないかの確認、急いでね!」

「了解!」


 素早くキーボードを叩き、ネットワークでつながれた世界各地にある観測所の情報を引き出す。

 異常があれば色が変わって表示されるそれらを目視。

 すべての場所で異常がないことを確認していく。


 ひとりあたり、百ヶ所以上の担当場所が与えられているそのデータを、どんなに遅くても五分以内に処理する必要があった。

 通常は三分以内に終わらせる。

 まずはそこまでが、ぼくたちの仕事だ。


 観測所の確認が終わると、次は実行部隊の出番が待っている。

 この研究所を含む、世界各地の数ヶ所にある施設から、とある気体を噴出させるのだ。


 気体の噴出後、世界各国で緊急のアナウンスが流れる。

 日本全国に流されるアナウンスも、この会社内のアナウンス室で行う。

 それと同時に、各テレビ局にテロップで緊急ニュース速報を流してもらうことになる。


 各国のアナウンスに関しては、それぞれの国に任せられているのだけど。

 中心となっているのはこの日本。

 世界中の状況が、データとしてこの会社に集められることになっている。

 そしてそれらすべての責任を担っているのが、表向きは(丶丶丶丶)日本中央電力の雛森支社ということになっている、この施設だった。


 ともかく、ぼくたち三人は担当するデータの確認を終える。


「アトリ、確認終わりました!」

「セキレイ、確認終了です!」

「ゆりかもめも、問題ありませんでした!」


 三人が声を合わせて報告する。

 モニターの向こうに映し出されている上司も、同じように担当場所の確認作業を終え、ぼくたちの報告を待っていた。


「よしっ! 各人はそのまましばらく待機! これより、リバーシブル・アースを起動します!」


 上司の声とともに、サイレンの音が変わる。

 それは、リバーシブル・アースが、準備フェーズから実行フェーズへと移行したことを表していた。


 上司からの待機命令を受け、ぼくたちは一瞬だけ息をついていたけど、それで気を抜いてしまうわけにはいかない。

 リバーシブル・アースが実行され、気体の噴出が始まったら、各地での気体の広がりや濃度といったデータが次々と送信されてくる。

 それらを、準備フェーズのとき同様、異常がないか逐次確認していかなければならないのだ。


 大型モニターに映し出されている上司の顔にも、焦りの色がうかがえる。

 実際に緊急事態が発令され、リバーシブル・アースが実行されるのは、それほど頻繁なわけではない。

 それでも、地球の未来(丶丶丶丶丶)がかかっている、重要な任務なのだ。

 だからこそ、失敗は許されない。


 バカ騒ぎしていたぼくたちが一瞬にして静まり、素早く席に着いて真面目に任務に取り組んでいるのも、その責任の重大さがわかっているからだ。

 もしぼくたちが失敗すれば、地球は(丶丶丶)侵略されてしまう(丶丶丶丶丶丶丶丶)のだから。


 部署の片隅には、テレビも用意されていた。

 それにより緊急時に流される速報を確認できるようになっている。

 なにかのニュース番組が放送されている画面上部に、ニュース速報の文字が入った。


『リバーシブル・アースが発動されました』の文字が表示されるとともに、番組のアナウンサーにも情報が届いたらしく、


「臨時ニュースをお伝えします」


 と前置きをしたあと、臨時ニュースの内容が読み上げられた。


「先ほど、超紫外線警報が発令されました。リバーシブル・アースの発動により、しばらくのあいだ、昼間は空が七色に輝くことになります。なお、警報の解除時期は未定ですが、状況がわかり次第、続報をお届け致します」


 スーツを着た男性アナウンサーが、落ち着いた声で緊急事態を伝え終えた。

 まったく慌てた様子を見せないのは、さすがプロといったところか。


 アナウンサーが読み上げた臨時ニュースにもあった『リバーシブル・アース』とは、世界各地にある施設から特殊な気体を噴出することで、地球全体を覆い尽くす計画のことだ。

 近年、太陽の膨張に伴い、『超紫外線』と呼ばれる人体に悪影響を与える光が地球にまで届くようになった。


 少量であれば浴びても問題はないのだけど、このところ急激に強くなり、頻度も増してきた超紫外線。

 事態を重く見た各国の研究機関で、対策を考え始めた。

 研究は難航したものの、やがてひとつの有効な手段が発見される。


 それを発見し、実用段階にまで開発したのが、日本中央電力の所有する施設だった。

 そのため、リバーシブル・アースと名づけられた計画は、ぼくの勤めるこの会社が主導してすべてを取り仕切っている。


 地球を覆い尽くす特殊な気体――神素(しんそ)と呼ばれるその気体は、空気よりも軽い。

 施設から噴出された神素は上昇していき、成層圏の手前で止まる。

 神素は温度の低いほうへと進む性質も併せ持つためだ。


 成層圏ではオゾン層が太陽光を吸収して温度が上がっているらしく、そこで神素の上昇が止まり、溜まっていくことになる。

 拡散性も強い性質のため、成層圏の手前に溜まった神素は地球の自転と相まって急激に広がっていき、次第に地球全体を包み込んでいく。

 その神素が超紫外線を吸収し、安全な光だけを地表に通してくれるのだ。


 神素には、くすんだ色の光だけを反射する効果もある。その影響で、神素が広がった状態の地球を宇宙から見ると、地味な茶色っぽい惑星に見えるという。

 普段は美しい青色をしている地球が、正反対のくすんだ色の惑星に様変わりすることから、地球表面を裏返したような様子をイメージして、「リバーシブル・アース」と名づけられた。


 反対に、くすんだ色の光以外は普通に通すものの、神素の粒子によって乱反射が起こってしまうため、地表から見上げると空は七色に輝いて見える。

 明るさとしては普段と大差ないくらいではあるけど、空が七色に輝いているとさすがに人々は驚いてしまうだろう。

 というわけで、リバーシブル・アースの発動は、全世界的にアナウンスすることになっている。


 一般的に認識されているのは、以上のような感じなのだけど。

 でも、実は――。


 神素によって有害な超紫外線を吸収するため、という根本的なその理由からして、まったくのデタラメだった。


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