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……。
…………。
………………。
ヒバリさんの声が響いてから、一分弱だろうか。
緊迫した空気が流れる中、勝ち誇ったようなヒバリさんの笑みが、徐々に歪んでいく。
なにも……起こらなかった。
「ど……どうしたの!? 早く、出てきなさい!」
焦りをありありと浮かべた顔で、指を何度もパチンパチンと鳴らすヒバリさんの声。
でもそれに応えてなにかが出てくるような気配は、いくら経ってもまったくなかった。
「どうしました?」
余裕の表情で落ち着いた声を向けたのは、所長さんのほうだった。
「そうそう、言い忘れていましたが、外で待機していた部隊なら制圧しましたよ」
ニヤリ。
微笑みを浮かべながら、所長さんはきっぱりとそう言い放った。
ドアの外には、警察官によって取り押さえられた外国人たちの姿が見える。
小屋の中に突撃してきた警察官が少なめだったのは、外に回る部隊と二手に分かれたからだったようだ。
「な……っ!?」
ヒバリさんは言葉を失う。
隣の雷鳥さんも、表情に出さないよう懸命になっているみたいだけど、明らかに動揺しているのが見て取れた。
これで本当に、終わりだろう。
それにしても手際がよすぎる。
ホトトギスがさらわれたという結論に至ってから、ぼくがヒバリさんの電話を受けてここに向かうまで、それほど長い時間がかかっていたわけではない。
長く見積もったとしても、おそらく二~三時間程度ではないだろうか。
それなのに警察官まで手配していたなんて。
「用意周到ですね、所長さん……。もしかして、最初から全部わかってたんじゃ……?」
ふっふっふ。
ぼくの言葉に、所長さんはただ笑い声を返すだけだった。
「さあ、今度こそ、観念しなさい」
「くっ……」
小さくうめき声を発して、焦りの表情を隠そうともしないヒバリさん。
「もう終わり、ということだね……。ならば……」
「そうね、仕方がないわ」
雷鳥さんの諦めたような声に、ヒバリさんも頷きを返す。
本当に、これで終わりなんだ。
そう安心しきっていた、そのときだった。
「動かないで!」
突然、ヒバリさんが大声を張り上げる。
その手に握られていたのは――。
「手榴弾!?」
ぼくは思わず叫んでいた。
一瞬にして緊張が辺りの空気を覆い尽くす。
「それも、特別製の広範囲型よ! こっちの目的は、ホトトギスさんを殺すこと! このまま心中したって構わないわ! 最終手段として指示されていたのよ!」
そう言いながらも、ヒバリさんの顔には大量の汗が浮かび、その声は微かに震えていた。
ヒバリさんとて、死ぬのは怖いのだ。
当然だろう。
過激派組織の上役からはそういう指示をされていたようだけど、それはあくまでも最終手段。
当然ながら、そんな手を使うことなく任務を遂行するつもりで、この場に臨んだはずだ。
ともあれ、すべての計画は阻止され、退路を断たれてしまった。
だからヒバリさんも、それを望んでいるわけではない。
それでもぼくたちは、動くに動けなかった。
おそらくヒバリさんはまだ迷っている。
とはいえ、最終手段を使わざるを得ない状況に追い込んだのは、紛れもなくぼくたちだ。
ヒバリさんは右手で手榴弾を握り、左手の人差し指を手榴弾のピンにかけていた。
下手に動けば、すぐにでもピンを引き抜き、手榴弾を投げつけてくるだろう。
使命に忠実なヒバリさんの性格を考えれば、内心では迷っていても、完全にあとがない状況では任務を遂行する道を選ぶに違いない。
汗が頬を伝って地面に落ちる。
誰も、身動きが取れなかった。
と、いきなりまばゆい光が、小屋の中すべてを照らし出す。
…………っ!?
まぶたに手をかざしながら、ぼくは反射的にその光の発生源へと目を向けていた。
そこにあったのは――、
全身から神々しいばかりの輝きを放つ、ホトトギスの姿だった。