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リバーシブル・アース  作者: 沙φ亜竜
第5章 エクストリーム・オペレーション
28/33

-4-

「それじゃ、さようなら」


 ヒバリさんが高々と掲げた右手を、ゆっくりと下ろす。

 と同時に放たれたのは、拳銃の弾ではなかった。


「えっ? なに!?」


 慌てた声が響く。

 突然真っ白な煙が噴き上がったかと思うと、あっという間に部屋の中に充満してしまったのだ。


 視界が、奪われる。

 いや、視界が奪われただけではなかったようだ。

 銃を構えていた外国人たちが、大きく咳き込み始めた。


 これは――催涙ガス!?


 ぼくは慌ててハンカチを取り出し、目と鼻を覆う。

 さっき、煙はヒバリさんたちの足もとから噴き出してきたように見えた。

 おそらく視界を奪うための煙幕と、催涙性の高いガス、二種類が噴き出していたのだろう。

 ともあれ、部屋中に広がった煙幕のほうは、すでに消えかけているようだ。


 そのとき、小屋のドアが開かれ、複数の足音が響いた。

 ぼくは、おそるおそる目を押さえていたハンカチをずらし、様子を確認してみる。

 なにを言っているのかはわからなかったけど、焦った様子の外国人たちが咳まじりの叫び声を発している。

 そして――。


「あっ……!」


 入ってきたのは、見知った顔ぶれだった。

 それは所長さんを筆頭に、セキレイやゆりかもめ、純さんを含む、会社の人たちだったのだ!


 それだけじゃない。どうやらその中には、警察官も数人いるようだ。

 危険があると考えられる場所へと突撃してきたにしては少ない人数にも思えるけど、山の中を気づかれずに近づいてくる必要があったはずだから、仕方がなかったのかもしれない。


 セキレイと純さんが真っ先に飛び込み、外国人たちの構えていた拳銃に蹴りを入れて弾き飛ばす。

 警察官が周りを取り囲むように、咳き込んでいる過激派の人たちに迫る。

 ゆりかもめも素早く動く。流れてきていた催涙ガスを吸ったのか、涙目になっていたホトトギスのもとへ駆けつけ、縛りつけているロープをほどいていた。


「ホトトギスさん、平気?」

「ごほっ、ごほっ……! ふぅ、助かっただわさ!」


 猿ぐつわも外され、ホトトギスは咳き込みながらも感謝の言葉を返していた。

 一瞬にして、状況は変わった。


「おや? テルリンはいないのかい?」


 純さんのつぶやきが聞こえてくる。

 その声はいつもどおりの軽い響きではあったけど、純さんの表情からは真剣さが感じられた。


 あれ? そういえば、確かにテルリンの姿がない。

 いったいテルリンはどうなったのだろう?

 もしかしたら、ヒバリさんたちがホトトギスを連れ去るときに、もう――。


 ぼくは大きく頭を左右に振り、不穏な考えを払い落とす。

 と、そんなぼくにも声がかけられた。


「アトリくん、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です!」


 所長さんが、ぼくのすぐそばまで駆けつけてくる。

 穏やかな所長さんの顔を見たぼくは、これで終わったんだと思い、安堵の息をついた。

 辺りに充満していた煙は、もうすっかり消えていた。入り口のドアが開け放たれたことで、完全に霧散したのだろう。


「みなさん、もう終わりです。観念しなさい」


 まだ目を押さえて咳き込んでいる過激派の人たちに向けて、所長さんが降伏勧告の言葉を投げかける。

 でも……。


「ふふっ」


 ヒバリさんが、笑い声を漏らした。

 その顔には、余裕すら浮かんでいる。

 所長さんたちや警察官に囲まれている絶体絶命ともいうべき状況だというのに……。


 これは、なにかあるに違いない。

 ヒバリさんを取り囲んでいる面々も、うかつに近づけなくなってしまう。

 そんな中、不敵な笑みを浮かべながら、ヒバリさんは語り始めた。


「アトリくんがひとりでここまで来たとしても、所長さんには連絡が行っているはず。だから、増援が来るのは予想済みだったのよ」


 落ち着き払った声。催涙弾にも素早く対応していたのか、咳き込んだり涙目になったりもしていないようだ。

 ヒバリさんの隣では、雷鳥さんも同じように鋭い視線を巡らせながら身構え、取り囲むセキレイたちを牽制していた。

 だけど、増援が来るのを予想していたということは、最初から、所長さんも含めておびき出すのがヒバリさんたちの目的だったということなのだろうか?


「ふふっ、そうよ。わたしたちの計画をことごとく邪魔してくる所長さんは、各国にいる過激派の人たちも煙たく思っていた。だからホトトギスさんと一緒にまとめて処理してしまうことに決まったのよ」


 ――そう決まった、ということは、ヒバリさんだけの意思ではなかった、ということだ。

 きっとヒバリさんの上には黒幕ともいうべき、過激派グループの上役がいるのだろう。


「ホトトギスさんを処分するにはアトリくんが邪魔だったけど、アトリくんを処分するのはさすがにためらったわ。それでどうにか、ホトトギスさんがひとりになるように仕向けたってわけ」


 ヒバリさんはぼくを、いつもの温かな瞳で見つめる。

 直属の上司として一緒に頑張ってきたヒバリさんの瞳が微かに潤んでいるように見えたのは、催涙ガスのせいだけではなかったのかもしれない。


「本当ならそのあと、所長さんを呼び出す手はずだったのよ。……結局ホトトギスさんのわがままで、こうしてアトリくんにも心中してもらうことになってしまったけどね」


 ヒバリさんは落ち着いた声のままだった。とはいえその顔からは、今回の件に満足していない様子がうかがえる。

 最後にひとつ、ホトトギスの願いを叶える。

 それを指示したのも過激派の上役の人で、ヒバリさんの意思は考慮されなかった、ということなのかもしれない。


 こうやってヒバリさんが語っているうちに、どうにかしてしまうべきだ。

 そんな考えがよぎったに違いない。警察官たちが微かに動きを見せようとする。

 と、それを制するかのように、ヒバリさんが一歩前に出た。

 続けて、


「それじゃあ、出てきなさい! ひとり残らず、捕まえるのよ!」


 パチンと指を鳴らすと、ひときわ大きく声を響かせた。


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