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ぼくに鋭い視線を向けているヒバリさんの横には、いつもどおり雷鳥さんも立っている。
それに、会社の他の人たちや見たこともない外国人まで、総勢十人以上がずらりと並んで、ぼくのほうに視線を向けていた。
彼らが全員、過激派グループということなのだろう。
中央に陣取り、腕を組んで声をかけてきたヒバリさん。
その様子からすると、ヒバリさんが過激派グループのリーダーだということなのだろうか?
でも、過激派グループというには、十人ちょっとというこの人数は少ないような気もする。
行動しやすいように、少数精鋭での作戦に打って出たのかもしれない。
「ふふっ、アトリくん、罠だというのがわかっていても彼女を助けに来たその勇気は買うわ。だけど、勝算もなく行動するのは、愚か者のすることよ」
ヒバリさんが嘲笑を浮かべる。
ちょっと放任主義的なところはあるけど、いつも頼りになる上司。普段なら温かく向けられるヒバリさんの目線は今、背筋が凍るほどに冷たかった。
ぼくは、なにも言い返すことができず、ただヒバリさんを睨み返すのみ。
「反抗的な目つきね。仕事中にはそこまで鋭い目になったこと、ないんじゃない? ふふっ、やっぱり愛しい人の前だと違うのかしら?」
「……ホトトギスを殺すなんて、そんなことは絶対にさせない!」
面白がっているかのようなヒバリさんの嘲笑に、ぼくはどうにか言葉をしぼり出す。
吐き出されたぼくの声は、すぐに勢いを増し、最後には叫び声のようになっていた。
「熱くなってるわね。そんなにホトトギスさんが大事?」
「当たり前です! それに、ホトトギスが宇宙人だなんていう、根も葉もない理由で殺されてしまうのは、絶対に納得がいきません!」
「根も葉もない……わけではない、ということは、アトリくんのほうがよくわかってるんじゃないかな?」
ぼくの叫び声に横から割り込んできたのは、さっきまで黙って成り行きを見守っていた雷鳥さんだった。
普段は優しげな笑みを向けてくれる雷鳥さんのほうも、今は鋭い目線でぼくを睨みつけている。
「それは……」
雷鳥さんの言葉に、ぼくは声を詰まらせる。
ホトトギスがちょっと変わった女の子なのは確かだ。それは認める。
そんなところに惹かれたぼくも、かなりの変わり者なのかもしれないけど、それはこの際どうでもいい。
とにかく、変わっているから宇宙人だ、という判断は、いくらなんでも突拍子がなさすぎる。
とはいえぼくも、ホトトギスがどこに住んでいるのかや、ご家族についてなんかは、まったく知らな。
最初は家出少女かもしれないと思っていたけど、どうもそういうわけではなさそうだ。
連絡先は知らないものの、ホトトギスとは頻繁に会うことができた。
それ自体、偶然とは言いがたいことなのかもしれない。
会社側からなにも聞かされていなかったら、さすがに宇宙人だという考えには至らないだろうけど。
もしかしたら本当にそうなのかもしれない、と疑っている部分があったのも事実だ。
だけどぼくは、ホトトギスと会って楽しい時間を過ごせれば、それでいいと思っていた。
宇宙人なのかどうかなんて、ぼくには全然関係なかった。
「どっちにしても、宇宙人は危険な存在だから消してしまおうだなんて、そんな考え方自体、絶対に間違ってますよ!」
「侵略されてからでは、遅いんだよ?」
どうにか言葉を返すことができたぼくに、雷鳥さんはやっぱり落ち着いた声を向けてくる。
「それでも、推測だけで殺してしまうなんて、どう考えても行き過ぎです!」
ぼくはそう叫びながらも、頭の中では別のことを考えていた。
以前、最初にレベル1の宇宙人警報が発令されたとき、小型の宇宙船が地球に飛来した可能性があると聞いた。
隕石と区別がつかなかったというのだから、それはあくまでも憶測にすぎなかったはずだけど。
その後、会社側で調査した結果、ホトトギスが宇宙人だという結論に至ったという。
所長さんから聞かされたときには全然気にしなかったけど、よくよく考えてみると、いったいどんな調査からそんな結論に至ったのか、という謎が残る。
不思議には思ったけど、今気にするべきは、そこではない。
ホトトギスは、そのとき飛来した宇宙船に乗っていたスパイだと考えられ、会社側から、とくにヒバリさんたち過激派からマークされていたと思われる。
泣かすなら、殺してしまえ、ホトトギス。
そう主張する過激派なら、わざわざこんな小屋に連れ去ってこなくても、いくらでもホトトギスを殺すチャンスがあったのではないだろうか?
雛森町や会社の中で殺すわけにはいかなかったとしても、例えば会社の外の森辺りでなら、実行できたはずだ。
なぜヒバリさんたちはそうしなかったのか?
ぼくは叫び始めた勢いに乗って、そのことを問い詰める。
「確かにおれたちの部隊は、彼女をマークしていたよ。でも、雛森町でキミと別れたあとの彼女を追ってみても、どういうわけだか毎回見失ってしまっていた。それで追跡は諦めたんだ」
「ふふっ。だからこの小屋でいろいろと準備を進めていたのよ。宇宙人がいるとわかったあと、会社内ではいろいろな研究が進められていたわ。宇宙人に対抗する兵器なんかの開発もね。そして開発されたのが、地球人には影響が出ないけど、宇宙人の脳には影響を与えられる特殊な電波を出す装置だった」
雷鳥さんの言葉を引き継ぐように、ヒバリさんは語り始めた。
ホトトギスが雛森山に入ったことを知った過激派は、その装置を使用した。
装置から放出された電波によって、予定どおりホトトギスは倒れた。
ただ、ぼくがそばにいて、すぐに会社の医務室に連れていってしまった。
人の多い時間帯にはなかなか手が出せないため、会議ということにして遅くなっても不自然さがないようにした。
長かったレベル2の警報が解除され、代休で人も少ない日が多かったのも、好都合だったと言える。
ともかくそうやって、ヒバリさんたちはまんまとホトトギスを捕らえ、そのままこの小屋まで連れてきたのだ。
「装置のあるこの小屋なら、安全なはずだからね。あとは実行するだけだった。……でも、さすがにわたしたちも鬼じゃない。最後にひとつ、彼女のお願いを聞いてあげることにしたのよ。せめてもの、はなむけとして……」
ヒバリさんはそう言うと、微かに唇の端をつり上げる。
「そうしたら、アトリくん、あなたに会いたいってさ。ふふっ、おアツいことで」
そこで、ヒバリさんはスッと右手を上げた。
「お願いはもう、叶えてあげたからね。そろそろ終わりにしましょう」
カチャリ。
数人の外国人たちが、懐から黒い物体を取り出して、こちらに向ける。
それは、拳銃だった。
「ふたりとも、仲よくあの世に行ってね。地球の未来のために……」