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「いったい、どういうことなんですか?」
ぼくは所長さんに問いかけた。
「とりあえず、座りましょうか」
いつもどおりの笑顔はないものの、所長さんは落ち着いた様子で所長席に腰を落とす。
慌てても仕方がない、そう悟っているのだろう。
所長さんの言葉に従い、ぼくも自分の席に着いた。
ずずず。
コーヒーをひと口すすると、所長さんは語り始めた。
「ヒバリさんはどうやら、過激派の一員だったみたいです。いつも彼女をサポートしている、雷鳥くんも含めてね」
ふたりは秘密裏に過激派としての活動をしていた。
ホトトギスをどうにかしようと、ずっと狙っていたと考えられる。
ぼくと会っているのは知っていたのだから、そのときや、別れたあとなんかを狙えばいいのでは、と思ったのだけど。
過激派がどうしてそうしなかったのかは、所長さんにもわからないという。
「さっき防衛大臣さんが通信で言っていた、ホトトギスを殺してしまえと迫ってきている過激派の国と、ヒバリさんたちは共謀しているということなんでしょうか?」
「う~ん、それはなんとも言えませんね……。ただ、もしそうなら、行動が早すぎます。防衛大臣からの通信よりもずっと前から日本に入っていたと考えれば、それもありえることだとは思いますが……」
そうではないことを願います。所長さんは苦い表情でそうつぶやいた。
所長さんにとっては、ヒバリさんも雷鳥さんも信頼していた社員なのだ。
ヒバリさんたちの普段の活躍ぶりを考えれば、有能な社員という認識だったに違いない。
若いからという理由で、三十八番目である末端の部署を割り当てられてはいたけど、所長さんがヒバリさんたちの能力を高く評価しているのはよくわかった。
だからこそ所長さんは、他の部署よりも頻繁にぼくたちの部署へと足を運んでいたのだ。
今回の件が解決したあと、できればあまり厳しい処分にはしたくないという思いがあるのだろう。
先日のテルリンと純さんの件でも、なにもお咎めはなかった。
とはいえ、今回のことはあのときとは規模も目的も違う。
泣かすなら、殺してしまえ、ホトトギス。
そう主張する過激派による行動だと考えられるのだから、危険な行為を伴う可能性も高い。
それでも、ヒバリさんと雷鳥さんは頼りになる尊敬すべき上司だったのだから、ぼくとしても、できれば穏便に解決してもらいたいところだった。
「でも所長さん、それならぼくたちは、どうすればいいんでしょう?」
ヒバリさんたちがホトトギスを連れ去ったとして、いったいどこへ行ったのか。
それがわからなければ、探しに出ることすらできない。
ぼくには思い当たる場所がまったくなかったため、あとは所長さんに頼るしかなかったのだ。
だけど――。
「わたしにも、わかりませんね……。せめてなにか、犯行声明などでも残してあればと思ったのですが、そういったものもまったくないのですよ」
所長さんは、ぼくがマンションに向かっているあいだにおかしいと気づき、ホトトギスを看病していたテルリンに話を聞こうと、医務室へと向かった。
医務室へはその前にぼくもに行っていたわけだけど、やっぱりテルリンはいなかったという。
それから、ヒバリさんたちが出席していたはずの会議室にも行ってみたものの、同様になんの痕跡もなかった。
所長さんは、目撃者くらいいないものかと、会社に残っていた人たちにも話を聞いてみたらしい。
ただ、もともとレベル2の警報が解除されたばかりで休んでいる人が多い上に、残業する必要もないのが現状。
有力な情報が得られることはなかった。
「そういったわけで、わたしとしても打つ手なし、お手上げ状態なんですよ……」
項垂れながらそうつぶやく所長さんの声が静かに響いた、その直後。
ぼくの携帯電話が鳴った。
ポケットから取り出した携帯電話の画面に表示されていた名前は――。
「もしもし」
ぼくは急いで電話に出た。
「アトリくん、わたし、ヒバリよ」
「ヒバリさん!」
そう、それはヒバリさんだった。
所長さんも頭を上げ、じっとこちらに目を向けていた。
そして軽く頷く。
――話を続けてください。任せましたよ。
所長さんの瞳が、そう語っていた。
「今、どこにいるんですか!? というか、その……」
ヒバリさんがホトトギスを連れ去った犯人。それは、状況を考えればほぼ間違いないと思われた。
でも、もしかしたら違うかもしれない。
頼んでおいた親が来られなくなり、代わりにヒバリさんたちがホトトギスを連れていこうとして、過激派の国によって一緒に拉致されてしまった、といったような可能性も考えていた。
もしそうだとしても、マンションの大家さんがヒバリさんとは親でも親戚でもない、赤の他人だったことの説明がつかないのだけど。
ともかく、ヒバリさんはやましいことなんて、なにもしていないのかもしれない。
そう思いたいという部分もあって、ぼくは一瞬言葉を詰まらせる。
……いや、今は状況をしっかりと把握することが先決だ。
ぼくは思い直し、一番高い可能性を前提とした言葉をヒバリさんにぶつける。
「ホトトギスはどうなったんですか!?」
できれば、「一緒に捕まってしまったから、助けに来て。どうにか抜け出して、今、電話してるのよ」といった答えが聞きたかった。
残念ながら、その望みは叶うことのないまま、霧散して消えてしまう。
「ふふっ、すぐそばにいるわ。ロープで縛って、猿ぐつわをはめてね。だから声は聞かせてあげられないけど」
微かな笑い声を響かせながら、ヒバリさんは淡々と言った。
信じたくはなかったけど、ヒバリさんがホトトギスを連れ去ったということに間違いはなさそうだ。
「アトリくん、すでに所長さんから話を聞いてるんじゃないかしら? わたしは、過激派のメンバーなのよ」
トドメとばかりに、ヒバリさんは迷うことなく宣言した。
もう、疑いようもなかった。
「それでね、こうして電話したのは、あなたに来てほしいからなの。もちろん、ひとりだけでね」
とりあえず、少し考える時間を与えるわ。またあとで電話をかけるから。
そう言い残して、ヒバリさんからの電話は途切れた。